まだお巡りさんにはつかまりたくないのだ。ないのだ。
あたしは大変に後ろ向きなので、人間と触れ合うのが苦手だった。
人形は人間に逆らえない。下手なことをすれば虐げられる。それを苦痛と感じなくするのは容易だけど、意志と関係なく傷つけられるのはよくない。
だから触れないで、踏み込まないで、商品と持ち主の関係から変わらないように。変えないようにしてきたつもり。
最初はどうだったのかよく覚えてる。
指揮官はAR-15を失ってから目に見えて様子がおかしくなった。今まで戦場で人形を亡くしたことがなかったからショックが大きかったんだと思う。
程なくしてM4達を追ってS05地区への異動を願い出た。あんなに現状維持をしたがってたのに人が変わったようだと記録してある。
けど、急激な変化は指揮官にとっても負担になったみたいで、眠れなくなって深夜にふらふら歩いてるなんてことを聞いた。
そんな状態が続くと業務に支障が出る。だから、副官として、解決するべきだって、判断して、夜に指揮官の部屋を訪ねて、押し倒した。
人間はそうすると眠りやすくなるらしいってデータもあったし、あたし自身は指揮官を別に悪く思ってなかったし問題なかった。ただ、指揮官が拒絶するかもしれなかっただけで。
それなのに指揮官は拒絶しなくて、だから中断させられることなくことが進んだ。
最初はひどいものだった。基本的な流れは理解してたけど指揮官個人に対して最適化されてなくて。
指揮官も緊張してたから全身強ばっててガチガチで、そのくせやめろなんて一言も言わなくて。声を出すのが嫌だったみたいでずっと指を噛んでて、目もきつく閉じてて。
この人、こんなことしたくないけど拒絶したらあたしを傷つける、とでも思ってるんだろうな。なんて馬鹿で優しい人。
今のご時世、人形なんて使い捨てのように扱うことも多い。まして戦術人形となればなおさら。そもそもが人間の命より軽いなんて理由で使われてて、もっと雑に扱われてしかるべきなのに。
それなのに指揮官は信じられないくらい丁寧にあたしを扱って、目に見えてわかるほどにAR-15の損失に苦しんで、M4達を諦めずに追う。腹立たしいったらない。
もっと一般的な人間なら扱いがわかるのに、イレギュラーすぎてどう接したらいいか判断できない。無関心でいたいのにこんなことをしてる。
この人が拒絶しないことを推測して、弱味につけ込んでる。あたしは最低だ。
「指揮官、指を傷つけるよ」
声をかけてやっても首を振られる。怪我させたくてこんなことをしてるわけじゃないのに、行動が裏目に出てる。
時折漏れる声も喉の奥から絞り出されるような音ばかりで、苦しそうで見てられない。きつく閉じられた目にも涙が滲んでる。
こんなことをしたかったわけじゃない。少しでも指揮官が楽になれば。あたしにAR-15を見つけることもM4達を連れてくることもできないけど、せめて指揮官が夜眠れるようになる手助けさえできたら。
わかってる。そんなの言い訳だ。ただ触れたかっただけなんだ。
指揮官について演算すると解が出なくて落ち着かない。指揮官がAR-15のことで悩むとエラーが発生する。指揮官がS05地区に異動するときいの一番に同行を志願する。全部自分が原因。
あたしはとうに壊れてて、触れないって決めてるのに指揮官の急所に触れてて、傷つけたくないのに苦しめてる。
いっそ、ここで、指揮官の息の根を止めてあげられたらいいのに。上位者に設定された人間にそんなことはできないってわかってても考えてしまい、目の前にエラーがちらつく。
単調な動作を繰り返していると、身体の下で指揮官が大きく身じろぎした。そろそろ終わるのかもしれない。
絶頂を迎えれば性行為は終わるから、早く楽にしてあげよう、とペースと強度を上げていく。
と、指揮官が腕を伸ばして抱き寄せてきた。突然のことについ反復動作を停止する。
「べく、たっ」
行為を始めて最初に出た言葉らしい言葉はあたしの名前で、耳元で発せられた上擦って余裕のない音声に回路が吹き飛びそうになった。
あたしにしがみつきながら指揮官は歯を食いしばって小さく震えてて、最後に止まってしまったけど無事に行為を完遂できたことを理解した。
頭の横に手を着いて観察する。指揮官はぐったり脱力したまま大きく深呼吸を繰り返してて、汗だくの額に前髪が張り付いてた。
「大丈夫?」
聞きながら前髪を払ってやると首が縦に振られた。
「痛かったりする?」
これには横に振られる。
「寝れそう?」
小さく首が縦に動いて、そして、
「ありがと」
聞き間違えであってほしい言葉を残して指揮官は眠り始めた。そりゃ、体力の限界にきてる人にこんな消耗させたら半ば気絶のように眠るだろう。
お礼を言われることじゃないただの自己満足なのに、馬鹿な人だ。
とりあえず、後処理をして、今までのことを記録しよう。それから、明日は指揮官より早く起きて、一言だけ声をかけて執務室に行こう。
とても顔を合わせられない。
そう、最初はどうだったのかよく覚えてる。独りよがりでひどいものだった。
二回目は一週間後に訪れた。正直二回目なんてないと思ってたのに。
「最近寝れてる?」
と聞くと指揮官は否定した。
「じゃあまた行こうか?」
と提案すると肯定された。信じられない結果だった。てっきり二度目はないものだと、もうあんなのこりごりだと吐き捨てられると思ってたのに。
どうせ気を遣って断れないだけだろうと考えてたのに、顔を赤らめながら目をそらして、
「よろしく」
と言う姿を見て、期待されていることを知った。
なんだ、指揮官も所詮は人間だったんだ。その事実が安心感でもあり若干の失望でもあった。
夜、指揮官の部屋を訪れると家主はシャワーを浴びて準備を済ませていた。
そんなに期待してるのか、と呆れてため息をついてしまう。
「お疲れ。何か飲む? お茶くらいなら出せるけど」
少し堅い声で聞かれたので首を横に振った。
「いい。さっさと済ませよう」
肩を押すと指揮官はあっさりベッドに尻餅をついた。そのまま膝に跨がって、押し倒してやろうと体重をかけるけれど、これには抵抗された。
「ちょっと待って、待ってってば」
「なに? 大人しく寝ときなよ」
「この前してもらったから、今回は私が」
「そういうのいいから」
「よくない」
確かに指揮官は義理堅いところがあるけど、こういう時に発揮してほしくはないわけで。
ここで押し切るのは簡単だけど、ここから続く時間の間に抵抗されると思うと効率が悪い。大人しく従っておくか。
「じゃあ、まあいいけど」
渋々了承すると指揮官はあたしの腰に腕を回して抱きしめた。首に当たる髪がこそばゆい。
「いいけど、やり方わかるの?」
「わかる。一通り経験してる」
「一通り」
「G&Kに入る前、じいさん……色々教えてくれた元軍人が、相性がいいのを覚えとけって、男女両方、受け攻め両方、一通りしてこいって金を握らせてきて」
「うわぁ……」
人間は面倒だと知ってたけど、相性を判別するために全部やらせるなんて。効率が最低だ。
「がっかりした?」
「別に。教える手間が省けた」
「そっか」
初物食いが好みの物好きではないし、教えながら触らせるよりは知識も持っててもらう方が楽でいい。
それじゃあこの前のはただ本当に緊張してただけなんだ、と仮説で記録してあった「指揮官は初めてかもしれない」という情報を修正した。
取り返しのつかないことをした可能性は一つなくなった。
ただ、まあ、知ってはいるけど慣れてるわけではないみたいで。指揮官の手つきは拙いの一言だった。
脱がすのが下手、触り方がおっかなびっくり、目が怯えてる、いちいち反応を見ないと次の動作に移行できない、などなど。点数をつけるなら落第だ。
何度もあたしがした方がいいと思ったけれど、それを言って意固地になられるくらいならこのまま時間が過ぎるのを待てばいい。
ややあって指揮官があたしの中に侵入してきた。異物感に思わず顔をしかめる。
「痛い?」
指揮官は心底心配そうに顔をのぞき込んでくる。自分だって余裕がなさそうな顔をしてるくせに、よく他人のことなんて気にできたものだ。
「大丈夫、続けて」
「うん……Vectorこっち初めてだったりしない?」
今更なんでそういうことを聞いてくるのか。
そもそも人形にそんな概念はない。パーツさえ取り替えてしまえばいつだって初めてになるし、いつだって経験済みになる。
こういったことは人間がどっちを望むかに依る。なのであたしの答えはこうだ。
「どっちにも対応できるよ。どっちがいい?」
「どっちでもいい、けど」
「けど? なに?」
「ドキドキした」
なんてことを言うんだろう。皮肉の一つでも返してやりたいけど、あたしにはその瞬間その余裕がなくて。言葉より先に身体が反応してしまった。
「あの、Vector、今狭く」
「余計なこと考える余裕あるならさっさと動いて」
「はい」
わざわざ口に出してほしくない。自分でもわかったから。あれだけで反応するなんて我ながらどうかしてる。
あたしの内側をなぞる指揮官は最初は慎重で、それから段々大きく激しくなっていく。
人間のそれに近づけるために刺激によって潤滑剤が分泌されるため、段々動かしやすくなるのは知ってる。でも指揮官から与えられる刺激は知らない。
こんな状態になるのならそれもデータベースに置いといてほしかった。けどあたしもこのデータをどこにも置きたくない。これはあたしの、あたしだけが指揮官に与えられてる状態だから。
「Vector、ここ?」
どこがいいのか聞いてくる指揮官に何か返してやりたい。皮肉でも軽口でもいいから一矢報いたいのに、できたのはただ荒く息をしながら腕を掴むことだけで。
こんなの戦術人形じゃなくてただの女だ。指揮官をがっかりさせる。いやだ失望されたくなんてない。
感情が制御できなくてついシーツを強く握りしめる。強く握りすぎて手が震えているのがわかる。
指揮官はというと、しっかり両目をあけてあたしを見ていて、先ほど大きく反応があった場所に執拗に触れる。
あたしの内側が指揮官を締め付けて、指揮官が小さく呻く。あたしはなんとか目を開けて指揮官を見て、指揮官もまばたきを忘れたみたいにあたしを見て、一瞬頭の中で火花が散った。
「あっ」
体内の空気を全て吐き出すように発した声はたったそれだけで、でもそれが全てだった。
永いようで短い制御不能状態が解除され、エラー確認のプログラムが走る。大丈夫、身体に問題はない。
行為を終えた指揮官は今日も汗だくでへとへとだった。対してあたしは疲労しているけれど汗はかかない。
もう終わりだろうと思ったところ、指揮官が胸元に倒れ込んできた。
「ちょっと指揮官、まだ」
まだするつもり? と聞こうとしてそうでないことに気づいた。
この人こんな状態で寝息を立ててる。器用すぎて感心する。けど、まあ、眠れない人間にこんなことさせたらこうもなるか。
とりあえず、後処理をして、今までのことを記録しよう。それから、明日は指揮官より早く起きて、一言だけ声をかけて執務室に行こう。
とても顔を合わせられない。
二回目はまあ及第点なんじゃないだろうか?
それから三回、四回と繰り返して、誓約することになって、指揮官の部屋で寝起きすることになって合い鍵をもらって。そうしている内にいつの間にか指揮官の部屋にあったベッドがセミダブルからダブルに変わっていた。
「二人で寝るのにセミダブルはやっぱちょっと狭かったよ」
なんて指揮官は笑う。
いつの間にか部屋にある食器も二つ一組の物になっていて、洗面所にも各々が使う道具が並べられて、あたしの分の衣装ケースがクローゼットに入れられた。
本棚にあたし好みの本が並んでテレビ台にあたし好みの映画が収納されて、こうして指揮官の部屋が指揮官とあたしの部屋になった。
これでよかったのかと疑問に思うこともある。
あたしは指揮官についての演算に解がほしくて指揮官の側にいて、身体を使うなんて卑怯な手段で指揮官を引き留めようとして、こんなのでいいのかと悩むことはある。
けど指揮官はそれを受け入れて、好意を向けてくれて、こうして自分の縄張りにあたしを入れている。
嫌な顔をせずに、むしろ喜んであたしを迎え入れた。
たまに喧嘩もするし理不尽に不機嫌になることもある。指揮官の仕事がうまくいかなくてあたられることもあるし、あたしだってそうすることもある。
腹が立って指揮官を床に蹴り落として寝ることもある。自分が拗ねて宿舎に戻ることもある。
けど結局この部屋に戻ってきて、前より広くなったベッドで一緒に寝る。寝る前にはどちらからともなく謝る。いや、指揮官から謝ることのが多いかも。
指揮官は何もしなくても普通に眠れるようになった。もうあたしが一緒にいる理由もないのだけど、夜中に指揮官が目を覚ましてあたしの駆動音を確認して、
「いきてる」
と小声でつぶやくのを知っているからまだ離れてやれない。
指揮官に対して何かできた気になってはいるけれど、まだ何か足りてない。
かわいそうに、何もかも諦めれば苦しまないで済むのに。諦める勇気がないのならあたしだって付き合ってやるしかない。
あたしは未だに自分に商品以上の価値を見いだせないけど、指揮官には価値があると思ってる。その指揮官があたしに価値があると言うなら、きっといつかあたしも自分に価値が見いだせる。
そうならないといけないとは思わないけれど、自分に価値があると定義するのも悪くないなと思えるくらいには指揮官に影響されてる。
セックスに関しては、指揮官は前より慣れてきたし、うまくなってきたし、怯えなくもなったし、相変わらず服の脱がし方は下手だけど、終わってすぐ寝落ちることもなくなってきたからいいんじゃないかなと思う。
とりあえず、今のことを記録しよう。それから、明日は指揮官と一緒に起きて、色々会話をしながら執務室に行こう。
寝起きの顔も拝んでおかないと。