※この作品はR-18です。

龍は真朱の黎明に鳳凰と舞う   作:雷電五郎(旧)

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十一章


Antiphona -交唱-

天正十一年(一五八三年) 四月九日

 

火薬の臭いが鼻孔をかすめてゆく。

柔らかい春風の中に交じる花々の香しさを凌いで、周囲に充満する火薬独特のつんとした臭いは、自身が嗅ぎ慣れたものであり久しく触れていなかった戦の臭気でもあった。空気を震えさせる轟音が響き渡るごとに、潮にも似た血の生臭さが火縄の焦げた臭いとともに鼻をよぎる。

様々な感情がないまぜになった高ぶりと琴の弦のように張り詰めて満ちる緊迫感に、またがっている馬が落ち着きなく何度もいなないて首を振った。端麗な面を微塵も移ろわせず、手綱をきつく張って馬を押さえこんだ織田信長は、自軍が陣を置く城の、堅く閉ざされていた門が鷹揚に開いてゆく様を黙って凝見した。真隣には久方ぶりに具足を身につけた羽柴秀吉が自身と同じく馬上で手綱を握り締めている。馬が鼻息荒くたてがみを揺すぶると、彼の胸に輝く黄金の首飾りが金属独特の高い音を立てて大きく左右に振れた。

片手に三節棒を握った秀吉は、門が開かれた途端眼前に現れた合戦の様子を注意深く観察し、五三の桐紋が染め抜かれた旗印を見つけては、ほっとしたように表情を緩める。昔、信長が彼に与えた桐の紋は、現在彼の養子であり、二代目当主の座に就いた羽柴秀勝へと受け継がれていた。秀勝は元々信長の四男於次丸で、実子のない秀吉と妻ねねに羽柴家が途絶えることのないよう、養子にと下げ渡したものである。彼が中国地方の戦線へ赴いてからすぐに元服して秀勝を名乗り、今ではたくましく成長して武勇頭脳ともに申し分のない青年に育った。

秀吉は秀勝を我が子同然に可愛がっていたが、清々しい若武者に育った息子を見て自分の手を離れたと感じたのだろう、早々に隠居する決意を固めて家督を息子に譲った。隠居の身となった秀吉は播磨ではなく長浜に隠居屋敷を構えるつもりでいたらしく、秀勝に家督を譲り渡した後、しばらくは長浜城にとどまっていた。羽柴家の当主の座から身を引いて今や自由の身となった彼を束縛する制約は何一つなくなったに等しい。信長は長年の功績を認め、秀吉を安土城へ招き寄せて屋敷を与え、今後はその身一つで自身に仕えよと命じて手元に置いた。彼は今現在、信長との面会を取り次いだりする事務官達を取りまとめ、要人の接待や各催しの手配、報告の内容検分などなど、諸般の事務事項を統率する事務官達の長として自分に仕えている。書記司総代という新しい役職を任じ、信忠ではなく信長自身の直属の臣として彼を迎えいれ、安土城に増築した祐松庵という屋敷に住まわせていた。それ故、一度戦が起これば秀吉は羽柴の軍ではなく信長の率いる主力軍に参加し、常に自身のかたわらに添うている。

羽柴家から離れたため秀勝と会う機会の減った秀吉は、しばらくぶりに会っていない息子のことが気になるらしく、秀勝が陣を構える羽黒八幡林の方角を先刻からしきりと瞥見している。今回の戦で初めて当主として羽柴軍の総大将を務める息子のことが気掛かりで仕方がないのだろう。子煩悩な性分であるだけに、他の軍勢とともに敵軍が立て籠もっている小牧城へ攻めかかる秀勝の無事を案じているということは、彼のそわそわした様子から即座に判断がついた。

 

信長は喉元で短く秀吉の風体を笑う。すると、彼が気づいて微苦笑を滲ませ、申し訳なさそうに眉をひそめてから、馬上に預けた痩躯を正して前方を見据えた。

 

天正十年、京の山崎において謀反人明智光秀を討ち果たした信長の連合軍は、畿内の騒乱を終息させた後、本能寺襲撃事件の混乱に乗じて織田領の掠奪に走った北条、徳川に対し、再三に渡って領地の返還を要求した。

本能寺の事件が起きた直後、混沌と化した情勢の最中で上野、信濃、甲斐の三国は領主を欠いて空白地帯となり、間隙をついて徳川が信濃、甲斐に、北条が上野に攻め入った。上野を奪い合い争っていた徳川と北条の戦は、北条の勝利によって終結し、その間、信長は山崎で明智の軍勢と交戦中であったため、彼らの暴挙を糾弾する余裕はなく、返還要請の勧告を発したのは山崎の戦い以後、明智の残党を掃討しつつ安土に帰還してからのことになる。岐阜、美濃、尾張は、本能寺事件の後に担当の戦線を離脱して岐阜で合流した柴田勝家、滝川一益の軍勢により守られ事なきを得たが、信長の対応が一寸でも遅くなっていれば、徳川家康は尾張への侵攻を開始していたかもしれない。むしろ、信長の存命を聞き、狡猾な元同盟者はさぞや狼狽したことだろう。

家康は光秀をそそかして背信に走らせた張本人である。

安土城を占拠していた際に光秀が三河へ何通もの書簡を送っていたということは、捕らえられていた織田家の右筆が証言しており、捕縛されていた当時、彼らが光秀の書を代筆していたため内容も生々しく記憶していた。書簡は家康に援軍を求める内容となっており、山崎へ赴く直前に発せられた手紙には、「兼ねてより約定していたはずの援助を頂けない不義理は腹に据え兼ねる」といったもので、光秀の焦燥と憤懣がありありと感じ取れる。書の内容から察するに、光秀が信長を討滅した後、家康は同盟を組もうと持ちかけていたのだろう。だが、彼らの思惑と陰謀に反して信長は生き延びた。

情報の伝達は遠方に及ぶ程鈍重になり、事件の中心地で知れ渡る頃から更に数日の時差が生じる。本能寺事件の余波に巻き添えを食わないよう、謀反が起こることを事前に知っていた家康は堺からいち早く三河へ逃げ帰った後に、信濃、甲斐へ、信長が本能寺で横死したという偽の情報を流して民衆の一揆を陰で扇動したのだと思われる。家康の狙い通り、信濃、甲斐の領主は逃げ、また、殺されて、広大な土地が信長の支配を離れて空白地帯となった。てっきり信長が死んだと思いこんでいただろう家康は、最早憂いはなしと踏んで信濃、甲斐に攻め入ったはずだ。

ところがその直後、堺から広がった信長存命の報を数日遅れで耳にし、想定外の出来事に男が心底慌てふためいたことは想像にやすい。恐らく、信濃、甲斐を手にして北条と上野で交戦している折りに信長が生きていることを知っただろう家康は咄嗟に計算したに違いない。領地を奪取した上、ここで光秀に味方したとなれば、謀反に加担したとして光秀と同様、信長率いる大連合軍と戦を構えるはめになる。物量差でも凄まじく圧倒されているということもあったが、光秀が討たれれば情勢はいよいよ信長の有利に傾き、岐阜、美濃、尾張を死守する柴田、滝川の軍もなんらかの動きを起こすだろう。そうなれば、天下などという大それた夢を実現することもかなわず、次なる討伐対象として家康自身が滅ぼされてしまう。

幾度となく送られきた光秀の援軍要請を無視して沈黙を貫いたのは、「自分は無関係だ」という意思表示をするためであろうが、約束を反故にされた光秀にとっては散々であっただろう。

安土に戻った信長は早速、明智の軍に荒らされた城下町などの整備に着手し、しばしの間は領土掠奪について追及せずにいたが、畿内の情勢が落ち着いてから、その頃には既に自分の事務官として側にいた秀吉に対して、家康の家臣の切り崩しを秘密裏に行うよう命じておいた。彼の調略により、石川数正、真田昌幸ら、家康を見限った家老、将卒が内応を約定し、中には徳川を出奔して織田に走る者も多くあった。

 

頃合いであった。

信長はすかさず家康と北条に領土返還の勧告を何度も送りつけた。今まで黙っていたのは、貴殿らが自ずと領土の返却をすると信用していたからだ。だが、返却するどころか、信長の領土を我が物顔で支配している傲岸不遜は許しがたい。今すぐに奪い取った領土を返還しろ、といった内容の勧告は、信用を裏切られた怒りの正当性と領地を奪った者にも猶予を与えるといった寛容な態度を明確に記し、誰が見ても信長の意見が当然だと頷くようしたためてある。この勧告文に対して謝罪や即時返還という対応を取らないのであれば、徳川、北条を討伐の対象として軍を動員することに何者も異論を唱えはしないだろう。そして、信長は、北条は無論のこと、家康も今更返還に応じるはずがないと読んでいた。案の定、両者とも返還には応じず、特に北条は抗戦の意思を明確にしており、上野から退く気配はない。家康に至っては、信長不在の間に空白となった領地を預かり置いただけなのでいずれ返還するとの回答を得たが、いずれがいつであるのか明言しないあたり、手に入れた広大な領地を手放す惜しさを感じられた。

 

かくして、信長は山崎の戦いから一年を経て再び軍を編成し、徳川、北条討伐と冠して尾張の小牧に進軍、とうとう家康も逃げ切れないと観念したのか、三河から軍を率いて小牧山城を占拠し、現在織田軍が本陣を構える楽田城と対峙している状態であった。

楽田城の本丸では織田方の総大将である信忠が陣を敷き、信長は秀吉とともに小牧山城と向かい合う正門前の曲輪で騎馬隊を従えて待機している最中である。門を出た馬出しでは柴田勝家、丹羽長秀の軍が押し寄せる三河兵を蹴散らし、馬防柵を張り巡らせた城の周囲では鉄砲隊、弓矢隊が構えて突撃してくる馬や足軽達を防いでいた。更に、内応を約定した真田昌幸の一隊が既に小牧山城内での工作を開始し、家康のいる本陣へと続く門は数刻後に開かれる。

 

門が開かれる時を、信長、そして、秀吉もまた、まるでどこぞへと遊びに行くような気軽さで待っていた。家康を下し、北条を討てば関東一円にも織田の勢力が拡充され日本統一が格段に早まるといってもいい。小牧におけるこの戦は名実ともに信長が天下掌握の権利を有するという各国への大々的な宣伝効果を持ち、敗北する訳にはいかない極めて重要な一戦でもある。それだけに、参戦している宿老、将卒の緊張感と士気は高く、数的に圧倒的有利であったが誰一人として気を緩める者はいない。

 

恐らく、自分と彼だけであろう。この戦の先に見える道を照らす朝日の一筋を、長い夜が去りゆき訪れる黎明の美しさに、胸が躍るような高揚と歓喜を抱いて、ともすれば走り出してしまいたくなる幼い欲求を辛うじて抑えている不届き者は。

 

誰もがこの戦で勝てば天下は信長の元に収束すると考えているはずだ。天下を取れば、そこが終着点であると。しかし、自分と彼は違っていた。ここからなのだ。すべてはここから始まる。いまだ明けることのない暗闇に、ようやく差し始めたまばゆい白光を天の中枢に押し上げる大事業はここから始まる。終着点ではなく出発点なのだ。

ここが、ここからが、真実の夜明けであり、長く続いた暗夜の終焉。真新しい出発の場から、自分と彼は更なる高みに駆け出してゆく。

 

小牧山城の門はじきに開かれるだろう。そうなれば背後に控える一隊を率いて、一挙に小牧山城内部へ乗りこむことになる。今か今かと開門を待つ兵士卒の緊迫は必然的に増してゆくばかりだ。しかし、その中で信長と秀吉だけが、平素と変わりなく落ち着いていた。轟音と絶叫、喚声が絶え間なく鼓膜に押し寄せる戦の最中にあって、心は凪いだ水面を抱いたように波紋一つ起こりはしない。緊張でも怯懦でもない、全身を激しく駆け巡る高揚だけが心音を熱く震えさせていた。

不意に秀吉がちらりと信長を見る。目線だけで応じると、彼がにんまりと口唇を半円にほころばせた。

「いやしかし、妙な心持ちにございますぞ、上様」

広げた片手を兜の上から額にかざし、小柄な体躯を鞍から僅かに浮かせた秀吉は、小牧山城を窺ってから信長を見つめてそんなことを口走った。彼の言いたいことは分かっていたが、信長は口端を些に歪め無言のうちに先を促してやる。

「昔から前線を駆け回っとったもんで、こうしとりますとなんだか侘しゅう感じますなぁ」

眉を八の字にひそめ、いかにも寂しいといった風情で溜息をついて両肩を落とした秀吉に信長は喉元で低く笑う。

本心からの言葉であろう。小人時代から自分に仕え、ついには城持ち大名にまで昇りつめた彼は、その身一つから現在の地位と名誉を叩き出してきたといってもいい。秀吉が今日の栄光を手に入れたのは、単に自分が贔屓をしたからではなく、彼自身の並ならぬ働きと才覚があってこそのものだ。そもそも、能力のない人間に分不相応な地位を与えることを嫌う信長が、寵臣とはいっても、政や戦に支障をきたすような人事と采配を振るう訳がない。私情を差し引いて冷静に分析したとしても、秀吉に与えてきた役目、任務が相応しいものでないと思ったことは一度もなかった。

信長と同じく、根っからの仕事人であり常に第一線へ身を置きたがる秀吉にとっては、城門が開いてから敵本陣へ突撃するという、とどめの一手のみを担当する役割は物足りないのかもしれない。身分が高かろうと低かろうと、忙しく動き回って働くことを好む彼の性分を熟知している信長には、今尚、昔と変わらず自分のために働きたがる彼の一途さと、労働に対する意欲の高さがおかしくて仕方がなかった。

重く両肩を揺らして声なく笑い

「不満か」

と半ば憮然とした口調で問う。言下に、とんでもないと声高に否定して秀吉がひそめた眉を和らげて半円に止めた。

「上様のお側におられる栄誉に、不満などあろうはずがありゃしません」

少し照れたように目線を逸らして笑った秀吉に目を細める。

これもまた本心だと知れて、口元に薄く笑みが浮かんだ。

 

自分もまた彼と同じだ。時には離さなければならなかった手を、今はもう、一瞬たりとも解かずに結び合わせていられる。不足などあろうはずがない。不満など感じるはずもない。この幸福を、この人生を、この愛を、すぐ卑近で感じ得る喜びが訪れるその日を互いにずっと願い欲していた。ともに夜陰を越え、ともに黎明を行く、この日のために互いの役割を果たし抜いて、今こそ並び立つ。暗く心を覆う憂鬱も危惧も消え去り、血を優しく温めるほとぼりだけが体躯の真芯に息づいている。ただ、二人ともに在れるという他愛ない現実を、他愛ない今が、どうしようもなく喜ばしい。互いが互いの心を映し出す鏡を胸に持っているかのように、同じ思い、同じ鼓動、同じ喜悦に共振する情熱を感じているのだと感覚的に理解し合っていた。

 

信長は彼の照れを揶揄するみたく、くっと短く喉で笑い、片側の眉を跳ね上げてわざと胡乱げな表情を作る。

「下らぬ世辞を申すな」

「世辞じゃありませんてっ」

すかさず言い返して眉を吊り上げて首を振った秀吉を、ふんと鼻で笑い飛ばし

「達者なる口よな」

と更に畳み掛けると、上様っと半眼になって彼がむっとしたみたく仏頂面になった。微かに頬を膨らませて怒る彼の様子に、くくくと喉を鳴らして信長は小牧山城の門へ目を戻す。門はゆるりと動き出し、重々しい速度で左右へと開き始めていた。信長が顎をしゃくって城門を示すと、秀吉はすぐに相好をぱっと明るく解して、おっ! 開きましたななどと嬉しげに声を上げて手を打つ。信長は彼の風体を声なく笑って片手を掲げた。背後に控える騎馬隊と兵士が一層緊張を高め、視線が掲げられた手に集中する。秀吉自身もまた、馬を落ち着かせながら笑みを消して信長をじっと見据えていた。

そうこうしているうちに門は開ききり、六連銭の旗印を背にした一軍が溢れ出て葵紋の旗印を負った足軽達を軽快に蹴散らしてゆく。信長は眉間に薄く皺を刻んで口角を歪めた。彼が無言で頷き三節棒を構える。

愉快だ、と信長は心中で呟いた。戦という生死を分かつ深刻な場に身を置きながら、胸奥からこみ上げてくる楽しさは一体。

「然様に無聊を持て余すと申すなれば」

おもむろに秀吉を一瞥して、先程の彼の言葉を蒸し返す。にわかに蒸し返されて秀吉はきょとんとした顔をし、自分を見つめておとなしく次の言葉を待っていた。

信長は笑う。愉快至極と、もう一度言葉なく呟いて掲げた片手を振り下ろした。

「我について参れ」

手綱を緩めて命じた自分に、彼は出会った頃と寸分も違わぬ温かい微笑みで満面をほころばせた。そして、宝を見つけた子供のように瞳を深い歓喜に輝かせて信長を愛しげに熟視する。

「どこまででも」

そうはっきりと答えた声音の嬉々とした音色に小さく口端を歪め、二人同時に馬腹を強く蹴った。

 

日が昇る。

新しい世界を照らす朝日が。

多彩な色の旭光を幾重にもはためかせ、八雲立つ東の天際を染め抜きながら千夜の終焉を告げるために。天を覆う暗黒の果てから緩やかにその身を覗かせる輝かしい日輪の白光は、闇を飲みこむまばゆさで遍く地を照らし、音もなく新しい時代へ続く道の果てを指し示す。夜の帳を切り裂いて天上を覆う純白の薄絹が、空を地を人を、その清い光の中に包みこんでゆく、黎明の時。

 

夜明けは来た。

 

高らかに鳴り響く鼓動の命じるままに、腕を振り上げ身を踊らせ、足で地を打ち戯れる。

真朱にきらめく道のその先へ、走り出したくなる幼子のような衝動を止めることは、もうできはしない。

心を歓喜に満たす高揚とともに、手を結び、指を絡め、空を舞い飛ぶ軽やかさで、さあ。

 

さあ、今こそ。

 

 

天下という名の大舞台で二人、ともに舞い踊らん。

 

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