※この作品はR-18です。

龍は真朱の黎明に鳳凰と舞う   作:雷電五郎(旧)

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番外編 朝陽の鼓動

慶長三年(一五九八年)

 

熱を伴わない月光すらこの肌には熱く感じられ、このまま夜明けを迎えて朝日を浴びてしまえば、体が溶け出してしまうのではないかという馬鹿馬鹿しい想像に身じろぐ。

悲鳴を上げるように喘ぐ鼓動の息苦しさが声を奪い、それを追い撃つように痩躯を滴る汗が身内を焼けつく渇きで焦がした。既に脱力しきった指先は必死につかみ取れるものを探して無造作に散らばる衣服の端を握り、汗の滲んだ項にまとわりつく短い髪のこそばゆさにさえ、体の最奥がぞくぞくと疼く。体躯の真芯も、夜気に凍えていたはずの皮膚すら逃れようもなく熱く、そのとろける温度に理性を灰にされて久しかった。襲うのはただ、果てなく昇りつめる悦楽の、恐ろしい程に甘い恍惚。

 

短く浅く、唇を濡らしてこぼれる吐息だけで主を非難する。解放してくれと口にすれば自身の望みは即座にかなうはずだろう。底意地の悪い主ならば、食らい足りずともわざと突き放して、自ら欲しがるよう仕向けるに決まっているのだ。揶揄で羞恥を嬲り、躯幹をほとばしる法悦に耐え切れず、求める言葉を口する自分を更なる激しさで攻め溶かしてゆくに違いない。想像するだに体の最奥が淫らにひくつき、濡れた舌先から思わず滑り落ちそうになった懇願の言葉は、繋ぎ合わせた箇所から伝わる刺激と熾熱に掻き消された。

幾度重ねただろう。何度交えただろう。夜半には数えることも億劫になって、理知ごと冷静さを投げ捨てた。

羽柴秀吉は肩で息をしながら上手く回らない舌先に、信長様と主の名前を乗せて涙をまとう睫を淡く伏せる。

 

互いに心が高ぶっていた。

翌日、否、今日の昼には港に立ち、鶴寿丸と名づけられた最新型の旅客船に乗りこんで、この国を、日本を離れる。

小袖と袴に身を包むことは今日を境にしばらくの間はない。陸地に足をつけることも今日で当分の間はしまいになる。海の上で十日以上の日数を過ごすのは生まれて初めての出来事だ。しかも、その海は見知らぬ国へ続く道であり、いずれ帰り着くための路でもある。

平静を保っていられるはずはない。主と自分の歩くべき道筋は依然長く、そして、果てしなく続いている。昔は二人別々に歩まねばならなかったものが、今では手の届く位置で、すぐ傍らで、同じ明日を見つめながら歩いてゆけるようになった。純粋な喜びと未知に触れる好奇、生まれた国を初めて飛び出す冒険への高揚感がないまぜになった心は浮足立ち、平素の自分達が維持し、保っていた落ち着きをあっさりと吹き飛ばしてしまった。

興奮している。すぐ間近に迫った船出の時に、子供じみた素直さでのぼせ上がっている。

しかし、いてもたってもいられない気持ちとは裏腹に、船上で過ごす日々を思うと触れ合う機会があるのかは予測もつかず、多少の危惧は捨て切れなかった。今は離れることなく生きてゆけるはずなのに、互いの温もりが恋しくなり、他の何者でも身代わりのきかない温度の中に溺れたくなる。それは離れていた長い時間を取り戻す必死さにも似ていて、主も自分も理性では抑えつけることのできない衝動だった。船旅の最中に互いの衝動へ触れる時間や場所があるのかはまだ自分達にも分からない。もし、異国へ着くまでの間、禁欲を強いられるのであれば、互いの心奥で燃えたぎる熱情を抑止しきれるのか自信がなかった。

 

異国人が多く出入りする堺では、旅客船に乗りこむ旅人や使節団、また、国外からやってきた商人達専用の宿所が用意されており、通常の旅籠などとは違ってすべての部屋が個室になっている。高級な旅籠でも安い部屋の場合、間仕切りで区切っただけの大部屋で雑魚寝するのが普通だが、聚楽第という名のこの宿所では安い部屋でも個室となっているため、南蛮人の宿泊客も多かった。三階建ての聚楽第は建物の背後が海に面しており、海側の部屋を取れば眺めもよく、吹きこむ海風も爽やかだ。中でも特に眺めの良い三階部屋の一室に今、主と自分はいる。

本当は互いに別個の部屋で眠るはずだった。けれども、互いの寝所は冷えきったまま夜明けを迎えるだろう。用意された寝台を放置したまま、格子がはめこまれていない窓の下、脱ぎ捨てた互いの着物の上で戯れながら、月明かりだけを頼りに互いの輪郭をなぞることを繰り返し、長旅で重ねられないかもしれない肌を懸命に触れ合わせることに没頭する。一日でも多く触れ合わない時間を耐えられるように、昔みたく、遠く離れゆく前に重ねていた白熱と同じ熱さに身を投じた。

平素の褥よりも長く濃密な交わりの間に、暗い濃紺に彩られていた空には紫の色が滲んで、滴る程の銀光を放っていた白い月ははかない瑠璃色に変わり、中天から大きく傾いていた。秀吉は両腕を目一杯伸ばして主、織田信長の太い首にすがりつき、自身と同じく、髭を綺麗に剃った顎に額をぶつけて、揺すぶられる度に短く切り揃えられた堅い黒髪が腕にちくちくと刺さるくすぐったさに、ほんの微か、くすりと笑ってしまう。

異国へ渡るだけでなくイスパニアの王に謁するという重大な任務を抱えていることもあって、南蛮人に馴染まれやすいよう、外見を合わせるため髷を落とし髭を剃った自分達の風体は、少しばかり若々しく見える気がして無性に胸が弾んだ。主の端麗な面は髭がなくなると特に際だって鋭さが増し、冷淡さの奥底に獰猛を潜めた精悍な顔貌は男として魅力的だった。青年の頃の面影を僅かに残しつつも、いとけなさのかけらもない苦み走った面は、同行する南蛮人すら見惚れる程だ。比べて自身は過去に信長から指摘を受けた通り、大きく丸い双眸と朗らかな色合いの髪や瞳が愛嬌のある顔貌とあいまって、どうにも多少幼い雰囲気をかもし出してしまう。そこに低い背丈が加わると、南蛮人にはまるきり子供に見えるらしく、昼間港で鶴寿丸を眺めていた時に、何度かイスパニアの船員から「子供一人で何をしているのか」と尋ねられた。

異国へ赴くと決めてから、主と自分は使節団達の通訳を務めていたイスパニア人から南蛮の言語を学んでいたので、異国の船員からかけられた言葉の意味は秀吉にも理解できる。あまりに幾度も子供に間違われるため、つけ髭の購入を真剣に考えた程だが、確かに異国、特に南蛮の人々は顔の彫りが深く体毛が濃いので、実年齢よりも外見が少々上に見えた。これからそんな彼らの国へゆく訳だから、子供と間違われる回数も昼間の比ではないだろう。

いかん……ちぃとばかし、落ちこむわ……と、思わず会う人ごとに子供と間違われることを想像してみて、秀吉は心中で嘆息し眉宇を微かに濁した。

「O que faz o senhor?(いかがした)」

耳朶に這う舌先から流暢なイスパニアの言葉が問いかけてくる。信長には自分が心の中でついた溜息も知られてしまうらしいと微苦笑し、鼓膜を心地よく震わせる主の低音に小さくかぶりを振った。

「No nada.(いえ、何も)」

頭が痛くなる程習い覚えた言語で自身もまた応じる。信長は通訳から教わるばかりでなく、度々堺港に赴いて、荷を下ろす南蛮の船員達ともよく会話を交わしていたせいか、時折秀吉にも分からない複雑な言葉や俗語もよく知っている。探求心が強い上に凝り性な主にしてみれば、覚えたての異国語を扱うことは、初めて地球儀を手にした時と同じ喜びと楽しさを感じ得るものなのだろう。秀吉はまだまだ教わった単語や会話を覚えるだけで手一杯だったが、それは主よりも勉強するのが遅かったせいもある。信長は自分に異国へ行くと告げる以前から言語を学んでいたらしく、秀吉より一日の長があった。

脱力した四肢を巨躯に預けたまま、鈍重な動きで主を見上げると、自分を見つめる鋼の双眼に淡い月の青い光が揺らめき、それがひどく美しく感じられた。そっと手を伸ばし指先で主の頬に触れた途端、強く引き寄せられ唇に甘く噛みつくようにして口づけを見舞われる。その勢いのまま散乱した小袖の波間に背を沈められ、大きく上下する胸や引きつる喉元へ丁寧な接吻を落とされた。

幾度重ねても、何度繰り返しても、新しい悦びと愛しさがこみ上げる、触れ合うことの貴さは積み上げた時間の中で熟成されても尚、鮮やかさを失わない。果てのない暗黒を飛び続けてようやく帰り着いた主の腕の中で生きてゆける歓喜、決して色あせない情熱の鼓動に耳を澄ます刹那と一瞬は、重ねても重ねても胸がつまる程に愛おしく、体中が震える程に幸せだった。秀吉は眼窩の奥底からこみ上げる熱を拒むみたく、両目を堅く閉ざす。自身でも情けないくらいに甘ったれた声音で主の名を呼ぶと、伏せた瞼に唇が落ち、宥める優しさで口づけられた。

 

不意に信長が身を起こして裸体のまま着物の上にあぐらをかく。秀吉も両腕で体を支えて半身を起こそうとしたが、瞬間、主の腕に腰を攫われて強く引き寄せられた。軽々と抱え上げられ主の膝上に乗せられてしまい、厚い胸板に背中を預ける姿勢になる。低い笑いにうごめく信長の喉元へ頭を擦り寄せながら些に上を向くと、こつりと顎で軽く頭を小突かれた。くっと短く笑って肩をすくめた秀吉の柔らかい髪に顔を埋めた主は、唇を下方へ滑らして襟首に口づけ、切り揃えられた髪の末端へ噛みつく。小さく笑ってくすぐったさに首をすくめた秀吉は、ゆっくりと体の向きを横向きに変えて、主の胸に耳を押し当てた。

 

大きな窓から流れこむ海風は少し温み、先刻までは暗闇に染まっていた海と空がやんわりと色を変えてゆく。紫が差した天空は幾重にも鮮烈な色を重ねながら、水平線の最果てで輝く白光へと続いていた。音もなく、刻一刻と彩りを移ろわせる空と海は眠りから覚め、次第に真朱へと染まり目映い光で瞳孔を焼く。洪水のように光だけが押し寄せ、思わず両目を細めていた。朝焼けの色彩を写し取った小波が、狭めた視界の端できらきらと揺れている。

 

二人、口を噤んで目覚めゆく空の美しさを眺めていた。身じろぐこともせずに、ただ黙って夜の終焉に目をこらす。

潮騒だけが緩やかに耳へと触れる心地よい静けさの最中で、昨日とは違う夜明けを迎えた。

 

 

 

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慶長元年 (一五九六年)

 

連子窓から差し入る日光がほのかに暗い室内を淡く照らす。

四畳半という狭い空間の中にはえもいわれぬ静謐が満ち、自然、気が鎮まって元より乱れたことのない姿勢が一層正される気がした。床の間から一畳挟んでほぼ中央に据えられた炉にかけられた茶釜からは白い湯気がゆるりと立ちのぼり、微かな熱気が正座している自身の鼻先をやんわりとかすめる。狭い床の間には和訳された漢詩が書かれた掛け軸が垂れ、下には鮮やかな紫色のりんどうと吾木香の飾られた花入れが鎮座していた。

茶室独特の作りである殊更に小さな戸口は、身を屈めて室内に入る時、身分というしがらみを消し去り、この空間の中では誰しもが平等であり、互いに礼儀を払わなければならないという意図を含めて作ったのだと、茶の湯の師とも言うべき千利休から聞かされた。躙口と呼ばれる入り口は、確かに室内へ入る際に、上体を前へ深く屈めなければならないので頭を下げているようにも見える。自身も茶室へ踏み入った際は王としてではなく、一人の人間として扱われるということになるが、自らそれを承知の上で茶室に出入りする訳だから不快というよりはいっそ清々しい気分になる。

なるほど、ものは考えようだと内心苦笑して、織田信長は口端を些に吊り上げた。

 

この茶室の名でもある泰厳庵という名称は利休に命名を依頼して考えさせたものだ。字面はひどく堅苦しいが、やすらかという意の泰と、おごそかという意の厳を組み合わせた名は茶の心を的確に表しているといえなくもない。信長はいまだ爽やかな香を放つ畳の青さを一瞥しつつ、炉を挟み自身とは反対の点前座で茶器を整える小柄な男を熟視した。書記司総代という地位に就いてから多くの人間と対面することを考慮し、少しでも容貌に威圧があってはならないと髭を毎日に綺麗に剃っている男の、年齢よりもはるかに若く見える横顔は、いつになく真剣な面持ちで志野焼の白い器を手にとり、茶碗の中に落とした茶巾でぎこちなく器の縁を大きく回しながら拭ってゆく。

 

利休が茶の道として「茶道」なる理念と作法を大成してからというもの、茶の湯とは単に茶を入れて飲むというだけの短絡的な歓楽ではなくなった。茶を通じて精神の鍛練や礼儀作法を学び、茶器に対する価値観を高めて物の本質を見比べる目を養う一つの思想として確立された。無論、従来のように身分を問わず、誰しもが楽しむために茶会が開かれる場合も多いが、利休とその弟子達が継承してゆく茶道なるものは、日本の文化として磨き抜かれた芸術となった。王の権威をもってしても干渉できない品格を確立した茶道は、宗教よりも深く広く人々の共感を集め、今や高官の職に就きながら茶の作法を会得していない者は品がないと言われるまでになっている。

利休がまだ商人、千宗易を名乗っていた頃から彼の思想に興味を持っていた信長は、十年以上も前から利休に作法を習い続けており、今や免許皆伝のお墨付きをもらい、現在では自身が教える立場にあった。数年前から自分に習い茶を点てることを始めた目の前の男は、持ち前の器用さで教えられた事柄を滑らかに吸収していったが、師匠でもある信長を相手に亭主を務める際には、やはり緊張するらしく、所作は悪くないものの端々にぎこちなさが見え隠れしている。自分を客として点前座に着く時、彼の表情は平常とはまったく違い、気難しそうに渋面を作っていることが多く、茶を点てるに必要な一連の動作を細かく分割して稽古をする割り稽古に付き合う時には、いつも笑いを堪えるのに苦労した。

拭い終えた茶碗を膝の前に据え、ちらりと上目使いに信長を一瞥した彼に黙って頷いてみせると、彼の右手が茶杓へ、左手は棗へと伸びる。彼が棗の蓋を開け放った瞬間、抹茶の香ばしい匂いが微かに鼻孔を刺激し、緑色の粉をすくいとった茶杓がそれを茶碗に落としてゆくと一層香が豊かに室内へと広がった。茶碗の縁で茶杓を軽く払った彼の手が、ほんの僅か震えていることに気づいて信長は微苦笑を漏らす。慣れない茶室ということもあるのだろうか、今日は普段以上に彼が緊張しているようだった。

 

安土城に増築した祐松庵という屋敷とともに併設した俊龍院という茶室があるのだが、彼とは元々よくそこで稽古をしていたこともあり、大阪城にあるこの泰厳庵はやや内装が異なることもあって余計に緊張感を助長するのかもしれない。安土城の祐松庵は彼に与えた住まいなのだが、大阪城においても総見院という名の屋敷を与えており、自分は暇さえあれば総見院へ入り浸っていた。総見院の役割は祐松庵と変わりなく、信長に謁するためやってきた人々を待たせる間に接待する場所でもある。茶室を併設しているのも接待に使うためだ。しかし、近年信長に謁見するには膨大な手続きと身上の証明が必要なため、以前と比較しても来客は減っている。わざわざ信長が会う必要はないと判断された客は彼、あるいは彼の部下にあたる秘書官達が相手をすることになっているからだ。おかげで政に没頭できる時間が増えたばかりでなく休息も十分に取れるようになり、総見院に足を向ける機会は必然的に増した。おかげで彼との割り稽古に割く時間も取れるようになったことは喜ぶべきことだろう。

「秀吉」

見兼ねてなだめるように呼ぶと、柄杓で釜から湯を汲み上げて茶碗に注いだ彼、羽柴秀吉の手が小さく引きつった。は、はいと慌てた様子で自分を見た秀吉に、息むでないと一言注意を促すと彼の渋面が少しだけ緩み、右手に茶筅をつかんだ彼の所作から強ばりが抜け落ちる。茶碗に左手を添えて上体を僅かに乗り出した彼は、先程のぎこちなさを微塵も感じさせない滑らかな手つきで茶筅を回し湯と抹茶を掻きまぜてゆく。殊更に茶の香が匂い立ち、室内に快い香が満ちると茶筅の軽快な音が止まった。

 

秀吉が淡く睫を伏せ、茶碗をすいと信長の点前に出して、お願いしますと一礼し姿勢を正す。信長も軽く会釈をし茶碗を右手にとって高く香る茶を一口軽く含んだ。濃い苦味が舌先を突き抜ける一方で、甘味にも似た深いこくが苦さの後に口内へと爽快に広がってゆく。器を更に傾け残った液体を飲み干した信長は、飲み口を指先で拭い茶碗を膝の正面に戻すと、小袖の胸元から懐紙を取り出して指を綺麗に拭いた。香、味、作法ともに悪くはないが、最初の強ばった所作から来る微小の震えなどが影響してか、些少味や香に濃厚さが足りなかったように感じられる。ふむ……と親指で顎を撫ぜた信長に一礼した秀吉が顔を上げて、眉を八の字にひそめた。

「いかにございましたでしょうか?」

「及第点、といったところか」

ほっと安堵とも落胆ともつかない溜息をついた彼が、愛嬌のある面に微苦笑を滲ませた。

「手厳しゅうございますな」

両肩を落とした秀吉の風体を鼻で笑い飛ばし、信長は

「尚更励め」

と鋭く言い放つ。はっと応じて平伏した彼が、ありがとうございましたと礼を口にして、ようやく気が抜けたのか、肉の薄い両肩を深々と落とし、はぁ……と吐息した。くくくと喉をうごめかせて秀吉の風体を笑うと、彼が横目で自分を睨みつつ、茶器を丁寧に片してゆく。

 

飲み終えた茶碗を手に取り、釜の湯ですすいでから茶巾で器を拭っていた秀吉が不意に

「先日帰国致しました使節団の長から聞き及んだ話にありまするが」

さして重要なことでもないといった風情でそんなことを言う。

使節団というのは、見聞させた異国の有り様を報告させるために信長が編成し、国外へ派遣しているもので、いくつかの使節団が存在しているが、最近帰国したのはマニラなどを経由してイスパニアへ向かった一団である。彼らの話を聞く際には信長が直々に会うことにしているが、逆に自分が多忙な場合は代わりに秀吉が話を聞くこともある。先日、見聞報告のために彼らが大阪城を訪れた時、自分は宣教師達など、国外からやってきた外国人の内偵を進めさせていた忍からの報告を受けていたため予定が合わず、使節団の話を聞けなかったので秀吉が代行して報告を聞いたのだ。

うむと軽く頷いて話の先を促すと秀吉がいたずらっぽく笑ってみせた。

「南蛮の商人にも違いがあるそうにござりまするぞ」

「西斑牙の商人はいなごに似たる、か?」

彼の言葉に応じて信長は、はっと鼻で嘲笑った。

日本の各地に港を開いて自由貿易を推奨した信長は、堺、博多、長崎を起点にして、海外貿易網をルソン、シャム、カンボジア、ジャワ、スマトラ、安南などに拡大し、中継地点となる各国の港に日本府を置いており、同じ東南諸国の島国に植民地を作っているイスパニアやイギリスに勝るとも劣らない貿易利権を得ている。加えて、現地人を雇い入れるなどして彼らの人権を尊重し、同じ人として平等に扱い仕事を与える日本人の手法は、現地の人々から極めて友好的に迎え入れられており、植民地化による南蛮諸国からの支配を嫌った東南アジアの国々が、こぞって日本の商人を招聘することも今では少なくはない。

何しろ南蛮人は現地人を捕らえ奴隷として売りさばいたり、開墾した農園などで農奴として死ぬまでこき使うといった、人を人とも思わない扱いを行い東南諸国の反感を増大させている。彼ら、南蛮人は過去日本においてでさえ日本人の奴隷を運び出して海外へ売りさばこうとしていたことがあり、それに激怒した信長が日本国内の港に奴隷船が入ることを禁じ、これを破った場合は乗船員を斬首に処し、乗せている奴隷を解放すると宣言して奴隷の売買に関する禁止法も定めた。

商人達ばかりではない。

宣教師達にも奴隷を連れている者は多く、神の愛を説く彼らが異国の人種というだけで同じ人間を奴隷として扱う矛盾に信長は以前から嫌悪さえ抱いている。

元々、彼ら宗教の教えに傾倒した訳でもなければ、彼らの教義に正当性を認めた訳でもなく、宣教師達が持ちこんできた南蛮の技術や物品に興味があり、それらの品々をより多く運ばせる代償として彼らに布教を許したという側面もある。信長にしてみれば、奴隷という「人間」を連れておきながら、神の愛は平等だと語る宣教師達は、酒と女に溺れる破戒僧と同じ憎むべき悪といってもよかった。

選民思想と言うべきか。南蛮人の中には恐らく、己が最も優れているという根拠のない優越と自尊が強く内在しているように思える。それ故に、彼らの貿易もまた、東南諸国の民にしてみれば独裁的であり支配的なのであろう。

秀吉が聞いた話というのは、イスパニアへ行く途中、数々の中継地点に立ち寄った使節団長が語ったもので、イスパニアの商人達は植民化した土地の商品を他国に売りさばいたり、植民地の商品を他の植民地へ運びこみ、流通利益を得ているという。だからこそ、次から次へと植民地を作らなければ商売が成り立たない。しかも、その商売というのは、商品を植民地で生産し他国に売りつけるものなので、農園などを経営する商人自身の懐は潤うが国に利益はもたらさない。自身の利益のために植民地を拡大し、現地人を農奴として扱い使いつぶすイスパニア商人のやり口を、土地を食い荒らすだけ食い荒らして新しい土地へ移動するいなごに似ていると、使節団長は眉をひそめて言ったという。

秀吉とともに使節団の報告会に同席していた森蘭丸から「いなご」の話は聞いており、信長は彼らのやりそうなことだと得心してしまったことをよく覚えている。

「見習った方がよろしゅうござりますかのう」

冗談じみた口調でとぼけた顔をする秀吉に喉元で短く笑った信長は、膝を崩してあぐらをかき、口角を吊り上げて、然様といかにも同意した風情で片側の肩をすくめて見せた。秀吉はイスパニア商人のやり方では他国から反感を買うばかりでなく、自国の経済が豊かにならないと分かっていて、彼らのやり方を反面教師にすべきだと言っているのだ。

「我らはいなごにあらず。その点においては見習うべきであろう」

彼の意を汲み苦笑を滲ませると、まことにと秀吉が深々と相槌を打った。

「だが、連中の技には我が国も学ぶべき箇所がいまだあろう。更なる先進を求むるに、新しき技は不可欠よ」

眉間に皺を浮かべて腕を組んだ自分に、彼が、えっと驚きの声を上げた。

「あっちの国にゃ、まだわしらが見も知らぬ技があるんすか?!」

元々丸い目を更に丸く見開いて秀吉が喚く。それもそのはずだろう。信長がまだ右大臣の地位にあった頃、宣教師達が布教の許可を得るべく持ちこんできた品々は、どれも当時の日本に存在しないものばかりだった。例えば、地球儀、赤い酒、煙草、活版印刷などの他に、長期間にわたる航海を可能とする造船技術や、元はといえば鉄砲も彼らの国の技術である。彼らの国にはいまだ日本にはない技術が存在する可能性も高いといえるだろう。

だが、

「知らぬ」

と端的に返して信長はにっと口端を歪めた。ええっと眉を八の字にひそめた秀吉の困惑した面持ちにふっと吐息交じりの苦笑を漏らして

「確かめぬことには、な」

そう語尾を継いだ。現段階では以前から持ちこまれている技術以外に知り得るものはなく、実際に自身の目で確かめるか、商人達に尋ねるかしなければ、他にどのような技術が存在するのかは信長にも分からない。自身の言葉を受けて、ぱっと顔をほころばせた秀吉が、ごもっともと大きく頷いた。

 

そう、確かめるより他に術はない。

 

本来ならば使節団に任せておけばよいことだろうが、他人の目ではなく自分の目で見て物事を把握せねば気の済まない質が、以前よりある一つのことを信長の頭に思い描かせて止まなかった。

天正二十年、天皇の権力下から分離した政府を構築した信長は、自身が新しい政治体系の頂きに座ることを宣言し、名実ともに日本の王となった。それまでは征夷大将軍が武将としての最高位であったが、それらの位は天皇から拝命するものであり、実際には天皇の代行として幕府という形態で政治を行うものだ。天皇を頂点にした政では大々的な改革は行えない。天皇や公家が口を挟むことを許さざるを得ないからだ。幕府という形態では政の枠組みや国の概念を変えることは難しいと考え、信長は新しく政府なるものの体系を構想し、その政府の頂点となる王として日本大使首総統という地位を自ら作り上げた。

総統の次位には総代、奉行を置き、総代は書記、監司、地方、土木、外交を、奉行は行政、司法、財政、宗教、刑法、軍事を各々司る高官がおり、総代、奉行の下には番頭が着き、順に大目付、目付、小組頭と細かく階級が区分されている。

使節団はこの内、外交にあたる部署で編成され派遣されるものだが、使節団に加わるには異国語の習得と読み書きができることが必須条件となっている。というのは、現地の状況をより細かく分かりやすく報告することができなければ派遣された意味がないからだ。中には絵を描くといった特技を持つ者もおり、年々使節団達の報告は詳細を極め信長の好奇心を掻き立てた。

 

使節団に加わる者の中には、秘密裏に別の任務を受けた者も含まれる。即ち、忍であった。昔より隠密の任務を与えてきた彼らに、今では異国語を習得させ、イスパニア人の宣教師達が何を目的として日本へやってきたのか、数年前から調査をさせており、先日秀吉に使節団達の報告を聞く代理をさせたのは、彼ら忍による報告を受けている最中でもあったからだ。

イスパニアの宣教師達がこの国にやってきたのは布教のみを目的としてのことではないのではないかと、信長は数年前より疑問を抱いていた。宗教を広めるためだけに日本へやってきたにしては本国からの物的援助があまりにも豊富すぎることが、生来猜疑心の強い信長にはどうにも気にかかって仕方がない。自分がイスパニアの立場で宣教師達を派遣するとすれば、布教活動に援助をしたところで国には何の利益もないので、無駄な資金を投じることになると考え援助はしないだろう。だが、宣教師達は貧しい生活をしているでもなく、大名達に取り入るための珍しい食物や物品を多く所持している上、奴隷も連れている。間違いなく本国からなんらかの援助を受けているはずだが、それには無論資金を与えられるだけの代償があるはずだ。

そこで使節団や通訳の中に忍をまぎれこませ、イスパニアの思惑を探らせていたのだが、ある宣教師の元へ援助とともに送られてきた書状に「宗教を広めて現地の人々を骨抜きした後、日本を攻めれば簡単に支配できる」という内容のものがあったことが報告された。イスパニア本国の総督から送られてきた書状の写しを忍達が持ち帰ってきたのだ。他にも日本の支配に関する事柄を記した書状は多く存在し、宣教師達はその先兵として送りこまれていたということが判明した訳だ。

確かに、基督教が伝来した時間を考えれば、普及率の凄まじさには驚異的なものを感じて止まない。宣教師達の熱心な活動の成果ともいえるが、彼らの熱意の裏には援助を受けたいがための欲があったとしたのなら、彼らの教義には微塵の正当性もないと切り捨てる他ない。

既に本願寺との戦いで宗教が絡めば戦が長引くと熟知していた信長は、まず本願寺を西と東とに分断し、別の土地に寺社を建てさせて活動を許したが、一方で忍達により、互いが互いを悪く言っているという嘘の噂を故意に流させた。おかげで西本願寺と東本願寺は噂を真に受けて互いにいがみ合うようになり、信者の取り合いに明け暮れるようになった。同じく、基督教の広まり方にある種の危機感を覚えた信長は、布教の場を長崎のみに限定し、いわば宣教師達を長崎の地に閉じこめた。また、西本願寺、東本願寺などの仏教集団は元々基督教を毛嫌いしており、信者を改宗させるなどといった強引な措置を取る僧侶も少なくはない。宣教師達は嘆いて、僧侶達の横暴を止めて欲しいと自分の所へ嘆願に来たが、信長は我が国には宗教の自由があると突き放して、わざとそれらの行為を放置した。これにより、基督教と仏教の間に深い溝が生まれ、戦には発展しないものの、互いに互いを牽制し合うようになり、爆発的に増えていた基督教の信者数が仏教に改宗させられるなどして減ることはあっても増えることはあまりなくなった。

宗教における支配が困難となった今、次にイスパニアがどのような行動を起こすのかは信長にも想像はつかない。異国を自身の目で見てみたいという好奇の他に、日本という国の権限を認めさせるためには王自らが王に見える他ないという決意も生まれていた。

国を救うも滅ぼすも王の器量なのだ。必要な情報を得た今、王として自分がすべきことは既に決まっている。この国を生かすために、この国を守るために、海を渡るべきだと。

「来よ」

手招きして自身の傍らに彼を呼び寄せた信長は、自身の隣にちょこんと座った秀吉の耳元に唇を寄せ

「予は自ら西斑牙へ参る」

そう極めて重大な事柄を軽々しい口調で告げて笑った。秀吉はさして驚きもせず、然様にござりまするかと微笑んで自分を見つめただけだった。彼には自分の考えなど言葉にせずとも伝わってしまう。普通の人間ならば仰天するであろう自分の台詞も、秀吉にとってはごく極当たり前の提案としてすんなり飲みこんでしまえるものなのだろう。長い時を共に過ごしてきた信頼と情愛が、思慮と思想を見事なまでに同調させてしまう。

「南蛮の王を一度見ておきたい。伴天連どもを使い我が国を侵すいなごの王をな」

秀吉の腰に腕を回して軽く引き寄せながら低く笑うと、信長は彼の首筋に軽く口づけを落とす。イスパニアの書状の話は秀吉も知っていることだった。

「ご覧になられるのですな」

 

王の質と力の程を。

 

軽やかに笑い自分の唇を避けるように喉を反らせた秀吉の言葉ならぬ言葉を読み抜き、信長は、ふんと鼻を鳴らす。

 

その通りだ。見極めなければならない。南蛮の王がいか程の力量を持ち、才覚を備えているのか、自分はそれを王として見極め、そして、

「抗い得るか否か。予は知らねばならぬ」

宙空を睥睨し、鋭利な声音ではっきりと口にした自分に彼も、はっと応じて一礼する。秀吉を一瞥して短く息をついた信長は、何よりと言を継いだ。

「彼奴らの技、我が国への土産に持ち帰らねばなるまい」

途端に彼が、はははと軽快な笑い声を上げる。

「閣下は欲深き方にござりまする」

肩を些少すくめ、半ば呆れたとでもいいだけに自分を見上げる秀吉の耳朶をつかんで軽く引っ張ると

「ほざけ、懈怠者めが。うぬの頭とて瓜ではあるまい」

いたたっと大仰な悲鳴を上げた彼に片側の眉を跳ね上げて口角を歪める。南蛮の王と見えるだけでは飽き足らず、彼らの技術で得られるものあらば持ち帰ろうという信長の考えは、言われてみれば欲深いかもしれない。しかし、自分の立場であれば、秀吉とて同じことを考えていたはずだ。そして、自分が言い出さなければ彼から同じ提言が成されていたかもしれない。自分が同じ思慮を抱いていると知り、彼はあえて何も言わなかったのだろう。それを怠けていると信長は冗談交じりに叱咤したのだった。

「欲はかくものよ」

痩躯を更に引き寄せて片腕に抱きこみ、彼の着ている袴の帯を解きながら端的に言って喉元をうごめかせると、そういえばと手を打ち秀吉が身をよじって信長の手から逃れる。

「以前、閣下ご自身が申しておいでにございました」

まだ信長が右大臣職にあり、秀吉に中国地方平定の任を与えた時のこと、自分の長い休暇に彼を同行させたことがあるが、その最終日に宿所とした岐阜城において交わした会話で、信長は自らを欲深いと断言したことがある。昔のことをよく覚えているものだと呆れる反面、忘れていない自身にも苦笑が漏れ、信長は逃れた彼の体躯を強引に引き寄せ、帯を解きながら

「小生意気な」

と言い捨てて口角を吊り上げる。

「だが、うぬの申す通りよ。予は強欲故、望みあらばかなえずにはおれぬ」

「では、今お望みになられまするは?」

秀吉が微かに顔を伏せて、くすりと小さく笑って問う。知っていてはぐらかすことをいつの間に覚えたのだろうか。昔は羞恥に顔を赤らめ、逃れることに終始していた彼だが、自身に触れられることに慣れ、生意気にも余裕を見せるようになった。しかし、片腕に収めた痩身が小さく震えていることにすぐさま気がついて、残忍な程苛烈な欲求が身内から噴き上がってくるのが自身でも理解できた。

「猿一匹」

彼の問いに対し極めて簡潔に答え、痩身を壁際に追いやりながら帯を解かれて緩まった小袖の袷に手を忍びこませて、肩口からするりと着物を脱がせてゆく。一瞬、秀吉の薄い肩が大きく引きつり、細い首が深く項垂れて彼の耳朶が赤く染まった。

「それはまた……閣下らしゅうもない、小さき望みにございまするな」

責めるみたくか細く囁かれた声に、動揺を表す震えが滲む。信長は彼の顎をつかんで上向かせ、眼下で赤く染まる頬にくっと喉で笑い、非難がましく自分を睨む秀吉の唇に自身のそれを重ねた。

自分が求めても騒がしく喚かなくなった代わりに、柔順な態度で心中の羞恥と困惑を押し隠すことを覚えた秀吉の、それでもやはりいとけなく、隠しおおせるだけの狡猾さを持たない率直さがひどく愛おしくて、昔以上に彼をいじめ抜きたくなるどうしようない欲望に駆られる。口唇を僅かに離して口端を歪めた信長は、開けた裾から手を忍びこませ彼の下帯を緩やかに解きながら

「最早手中に治めし猿ではあるが」

赤く染まる耳朶に甘く歯を立てて一旦言葉を切り、不意に面から笑みを消した。

「世に二匹とおらぬ希有な猿なれば、幾度望み欲しようとも飽きぬのだ」

言って秀吉の元結を取り去り、解けて柔らかく落ちる鳶色の髪に顔を埋めて項へ口づける。唇が触れている血管から早鐘を打つように跳ねる心音が伝わり、おとなしく抱かれて成されるがままに身を預ける彼の顔を見た。すると、これ以上ないという程に赤面して唇を噛み締める秀吉の顔がそこにある。吹き出しそうになるのを堪えて、硬直した彼の鼻先で指をぱちんと鳴らした。刹那、ひくっと小さく肩を揺らした秀吉が信長を見上げてぱくぱくと口を動かしてから、おもむろに顔を背け

「その猿は、果報者にござりまする……」

消え入りそうな小声で言って片手で顔を覆った。ひどく狼狽している秀吉の姿にある程度満足はしたが、先刻平然を装って自分へと接した生意気な態度を許した訳ではない。睫を伏せて尚も顔を紅潮させたままでいる彼の耳元に、深く低く甘やかに

「いじましきことを」

と囁いて自身の着物から袖を抜き、裸身に小袖を羽織っただけの秀吉を抱き寄せ、剥き出しの尻をてのひらにつかみ取って小刻みに震える首筋に唇を押し当てると、更に

「愛でおいてつかわす」

そう言を継いで痩躯を畳に沈める。あっいえ、閣下……! と慌てて信長の肩に手を置いた秀吉の口腔に人差し指と中指を差し入れ、指の背で彼の舌を挟みこんだ。

「ひぐ……っ」

卒然異物を口に押しこまれた秀吉が呻き声を上げて喉を反らせたが、構わず捕らえた舌に指の背を食いこませた。唐突に舌を固定されたせいで、唾液が飲み下されずに口腔にたまり、とろりと彼の口端から溢れて滑り落ちる。それを空いている手の指先ですくいとり、小袖に隠されていた薄い胸板にてのひらを這わせ、荒く上下する胸の上で淡く色づいた突起の一つに、唾液を絡めとった親指で触れて指の腹で押し潰した。んんっとくぐもった悲鳴を上げた秀吉の腰が些に浮き上がり、大きな双眸が涙のせいではなく甘い潤いをたたえて困惑したように自分を見つめる。

首の裏側が焦げつく卑猥で貪婪な感覚に理性が食い破られてゆく気がした。ほとんどの衣服を剥がれ、畳の上で羞恥に震える小さく細作りな体を目線で犯しながら、若かりし頃より己以外の男を受け入れたことのない肌の白さに喉を鳴らす。今では触れれば触れる程に甘露を発するいやらしくも清純な痩躯は、懸命に両脚を絡ませて下腹を信長の目から隠そうとしていたが、彼の華奢な足首をつかんで無理やり開かせ、閉じようとした片足を制し巨躯で合間に割って入った。

 

人とは自己が思っているよりもはるかに順応性に長けた生き物であるという。外から与えられる刺激に合わせて自らの質を変えることができると聞く。質というのは性格のことではない。体質のことだ。または、外見の変化とも言えるだろう。実際に順応による変化を目の当たりにしなければ、あるいは、そのようなこともあるだろうと、さして興味も持ち得なかっただろうが、今自身の両腕に捕縛した体がここ数十年の内に見せた変貌が、自分に恐ろしく執拗な探求を与えて止まなかった。

四肢ばかりでなく躯幹に至る全身が華奢に作られている彼の体躯は、しきりと肌を重ね褥をともにするにつれ、肢体に備わる器官は確かに男であるはずが、まるで女のように雄を受け入れることに慣れ、三度に二度は後背で達するようになった。そればかりではなく、男特有の骨張った硬い抱き心地が、次第に柔らかさを感じるようになり、その不可思議な柔軟さが手と腕にひどく馴染んで手放しがたさを助長する。生来体毛の薄い痩身は端々にまで奇妙な瑞々しさを備え、触れればてのひらに吸いつく艶やかさで堅固な自制をたやすく焼き切ってしまう。衣服から覗く肌の白さから甘い香が立ちのぼるかのような錯覚すら覚え、挙止動作は男そのものであるにもかかわらず、瞳や微笑、他愛ない仕草の数々に筆舌に尽くしがたい爽やかな色香が潜んでいる。

 

女の色気を花とするならば、彼が放つそれは蜜だ。実際に味わってみなければ、どれ程の甘美さを有しているのか一見分からない。しかし、蜜の味を一度でも味わったのなら、何度でも食らいつかずにはおれなくなる。触れずにはいられなくなる。自分を受け入れ続けてきた彼の痩躯は、正に抱かれることに順応しきった体に変わっていた。同じ変化を幾度か目にしたことがある。主君の性愛を受ける色小姓、もしくは、女犯を禁じられた僧侶が代わりとする男色相手の稚児など、男でありながら男を受け入れることに慣れた者が放つ密やかな艶とよく似ている。

 

秀吉が隠居を宣言し、安土城に新築した祐松庵に移り住んで以来、自分は足繁く庵に通い詰めたが、それは無論、暇を持て余してのことではなく、職務に関する事項や近隣の動向などについて彼と談話する必要があったからだ。彼に与えた祐松庵は、謁見に訪れた人々を待たす間、接待する屋敷として茶室も設けたが、琵琶湖側に面した奥座敷は秀吉の私室となっており、彼の他には数名の側仕えがいるだけで話が漏れる恐れがない。密談の場には適した空間ということもあって、家康と対峙した小牧の戦前にも様々な調整を行うため何度となく足を運んだ。

だが、己個人の欲望のために庵へ出向いた回数は職務を上回る。自身の寝床を庵に用意させることも稀な話ではない。寝所に移動することが億劫になり、自身と彼の衣服にまみれて夜を明かしたことも多々あった。秀吉が非番の日には僅かな休憩の合間に庵へ赴き、ともに食事や会話をすることも珍しくはない。時間が惜しい訳ではなかったが、時間があれば彼の元に出向いてしまう自分がいる。自制をきかせるより早く、欲求に柔順な足が秀吉のいる場所へと自分を導いた。

祐松庵や総見院に入り浸っていると言われても仕方がない。それ程に信長は彼の住まいに居着いている。

尾張時代から秀吉を悪し様に言い立てる連中はいたが、今でさえ例外ではなく、何かと自身の傍らにいる彼をねたむ者は「閣下の側室に成り下がった」「猿の側室」などと陰で口汚く罵詈雑言を吐いた。

確かに、信長自身、そのような悪口が飛び出すのも頷けると納得してしまうくらいに秀吉の元へ頻繁に通い詰めているという自覚があった。複数いる側室の所にさえ滅多に足を向けない自分が、隠居した家臣の住まいに毎日ともいえる頻度で赴いている。これでは彼を側室などと揶揄されても文句は言えなかった。

 

しかし、歯止めなどきくはずがないのだ。

 

長く、ずっと昔から今まで、自分がどれ程彼を自身の手の届く場所へ置いておきたいと望んでいたことか。放さずに済むのなら、離れずに済むのなら、そう願い続けても決してかなうことのなかった望みは今、ようやくのように実現し、やっとの思いで成就した。互いの役割を果たすために、繋ぎ合わせた手を無理やり解いて別の道を歩くことに徹してきた自分達が、寄り添って生きることのできる時と人生をどれ程までに望んでいたのかなど、誰にも理解できるはずがなかった。十二分に暗闇を羽ばたいてきた彼の翼が、永劫その身を休める場所は自分の腕の中にしかなく、敵を滅ぼし食らい尽くした己の牙と爪が安らぎの眠るに落ちる場所は彼の腕の中にしかないと分かっていて、尚離れて生きろというのなら、王などという地位も身分も無意味なものでしかない。

天正十年に起こった本能寺の変で明智光秀の謀反を免れた自分は、当時彼の所領であった播磨の姫路城へ逃れた。そして、直ぐさま兵を集めて京へ進軍し、山崎の地において光秀を討ち果たして畿内の騒乱を治めるべく安土城に戻った。本能寺の事件が起こったことにより、備中に進軍していた秀吉とその軍勢は、騒動に乗じて織田の領土をかすめとった北条と徳川との決着がつくまで、一旦長浜に戻り軍備を整えることになった。当時既に、秀吉の口から「隠居」という言葉を聞いており、信長には彼が何を思って隠居を考えたのか熟慮の余地もなく分かっていた。

彼には息子が一人いるが、秀勝という名の嫡男は、実を言えば信長の四男であり、子のない秀吉に養子として与えた男児である。子がないことを不憫に思ったことも少なからずあるが、何より羽柴家を存続するため家督を継ぐ嫡子の存在は必要不可欠だったことが養子を託した理由だった。世襲制という悪しき体制が色濃く残っていた頃のこと、子がないということは家が途絶えることを意味している。だからこそ、彼に自身の息子を下げ渡したのだ。また、秀吉が育ての親となれば、他の息子達とは違った成長を見せるはずだという期待感もあった。事実、秀勝は育ての親によく似た性分と才覚を合わせもった賢い青年に育ち、しばしば顔を合わせる度に信長を感心させる。

そんな秀勝も秀吉が遠征に向かった中国の地で元服し初陣を飾った。秀勝だけではなく、彼が長浜で見い出し、育てていた子飼い衆もまた、今や各々立派な役方、番方となった。このまま秀吉が羽柴家の当主として居座り続けることで、家臣達、特に子飼いの衆達の忠義が秀勝に向かなくなることを彼は危惧したのだ。嫡子といえど、秀吉の実子ではない秀勝を当主と仰ぐには、彼の家臣団にとってしてみても多少の抵抗があるだろう。秀吉が育ての親にも等しい子飼いの将達ならば尚更その抵抗感は強いはずだ。将来、秀勝が羽柴の家臣団を主として制御してゆくには、秀吉が早めに退いて息子に当主の座を明け渡すしかない。秀勝が円滑に主君としての立場を維持できるよう、親の愛情故に彼は隠居を考えた。

しかし、理由はもう一つある。

羽柴家から離れることで、自由に身動きが取れるようになれば、信長が隠居した彼を側におこうと何者にも咎められはしない。身一つで、自分の元へ来ると、共に生き、共に死ぬと約束した通り、自分の側で残りの人生を歩むと、彼はそのために自身の手で築き上げてきた地位や栄誉を捨てたのだ。

こみ上げる愛しさを抑えることはできなかった。最早、距離も壁もしがらみもなく、ようやく還り着いた彼の身が自身の両腕で羽を閉ざし降り立った瞬間の、狂喜ともいうべき喜びの深さをどのような言葉で例えることができるだろうか。待ち望んでいたのだ。願い請うて止まなかったのだ。馬鹿馬鹿しい程ひたむきに、側にいることを、側にいられることを、何よりも誰よりも渇望していたからこそ、迷う理由など最早どこにも存在しなかった。

自分は一も二もなく彼の隠居を認め、すべてを失った秀吉に書記司総代の職を与えた。単に愛情からではなく、彼を取り次ぎという位置に据えることにより、秀吉に悪感情を抱く輩を黙らせることができるという利点を重んじてのことだ。勿論、彼の才覚が役職に相応しいと考えてのことでもある。この采配が功を奏して、今では秀吉を口汚く罵る者はいなくなった。書記司総代は王の代行として公の場に姿を表すこともある極めて重要な役職であり、王との連携を最も密接に取らなくてはならない職務でもあるので、自分が庵に通うことを単なる私情と思いこんで不満を言う者は激減したが、尚もねたみやそねみは根強く残り、口にこそ出さないものの秀吉を贔屓していると思っている輩がいなくなった訳ではないだろう。だが、それらの悪感情も昔の自分と彼の立場であれば、常に気を回さなければならなかったものだが、今ならば説き伏せることも黙らせることもたやすい。

何を気にかける必要もなく、通いつめた庵で自分は離れていた時以上に、否、離れていた時の空虚を埋めるようにして彼を抱いた。時には日を置かず、時には数刻と間を置かず、食らいつくような激しさで、知り尽くした痩躯の隅々を尚も暴く強さで、唇を、肌を、心を触れて重ねて繋ぎ合わせた。今でも涸れることを知らない苛烈と濃厚さで彼の温もりを貪っている。それ程までに自分を受け入れさせた体が変化を遂げるのも当然といえば当然のことなのかもしれなかった。悪循環だとも思う。秀吉の艶やかな変貌が殊更に自分の理知を使い物にならなくさせて、至極の蜜を有する体に手を伸ばさずにはいられなくさせる。

 

咥えさせた指を軽く抜き差ししていると、彼が信長の指へ歯を立てないよう懸命に顎を固定させているのが分かった。健気なことだと心の中で微苦笑し、十二分に唾液が絡まった指を口から引き抜いて、彼の痩躯をうつぶせに返し膝立ちにさせ、尻を上向きに突き出す体勢を取らせて上体は床の間にしがみつかせる。猫が伸びをする様に似た体勢は、躯幹の柔らかい秀吉にとってはさほど苦しいものでもないだろう。やはり痩せた四肢は取らせた体位に揺らぐことなくぴたりと静止したが、綺麗な湾曲を描く背から腰への線や、一切の贅肉をまとわないふくらはぎの控えめな膨らみが、肌の白さとあいまって妙に卑猥に見え、自身の雄が眼前にある肉体のなまめかしさに欲情し重く拍動して硬さを増してゆくのを感じ、信長は眉間に皺を寄せて喉の奥で楽しげに笑った。

滴る程になった唾液を健気に突き出された彼の双丘の谷間に忍びこませ、最奥でつつましく口を閉ざしている花心に透明な液体をたっぷりとなすりつける。指を動かす度に花心を嬲るぬるぬるとした感触に、秀吉の小さい尻がひくひくと細かく引きつった。繊細な秘所をいたずらに指先で強くつつくと、床の間に突っ伏した彼が頭を反らせて、ひっと悲鳴を上げ、嫌がるみたく腰を揺らすので、空いた方の手で密やかに勃ちあがった秀吉自身を掌中に捕らえ、熱を増しているそれを軽くしごくと、先端からとろりと先走りが滲んだ。むしろ、触れられたいという欲求に彼の全身は甘い熱を巡らせているはずだったが、自覚のない淫らは秀吉にいまだ羞恥を捨てさせるに至らない。くっと短く笑い、信長は急かす強さで花心を擦り上げ、自身を咥え慣れたそこが手早く口を開くよう、人差し指と中指で交互に一際柔軟な秘所を擦りつつ、時折指先を狭い入り口に食いこませて解してゆく。その間にも彼の雄を捕らえた手で袋を揉みしだき、蜜を滲ませる先端を指の腹で強くこすりつけて、割れ目を指先で執拗に嬲った。

「ひっ……あぁ……っ閣下……ぁっ」

前後から押し寄せる刺激に堪え切れなくなったのか、体中をわななかせて秀吉がねだるように甘い声を発する。信長は彼の堪え性のなさを鼻で笑い

「今少し、待て」

冷たく命じて、柔らかく解れた秘所に容赦なく指を挿入した。途端、ひあっと高く啼いて秀吉の背がたわむ。挿れる際の痛みなどとうに感じなくなっているはずの身体は、予測通り、丁寧に解さずとも内壁は既に潤んだような熱を蓄え、柔らかく充血している。内部を確かめるみたく指で掻き回しながら奥へ差し入れてみるが、抵抗をほとんど感じられないのは、潤滑剤の役割を果たす唾液が絡みついているからだろう。熱く解れた内壁を細やかになぞりながら、ゆるりと指を引き抜いてゆくと、秀吉は、やぁ……っと濡れた声音で溜息交じりに喘いで

「お願……しま……っ」

そう懇願して背を震わせた。

「何を請う」

分かっていながら無情にも問うたのは、先刻の仕返しであり、単に彼が羞恥に惑い困る様を見たいという底意地の悪い欲求のせいだった。秀吉は問われてもしばらくは口を噤んでいたが、信長様の……と躊躇いがちに呟いて鼻をすする。

「挿れて……下さい……っ」

半ば嗚咽交じりに吐露して肩を縮めた彼の後ろ姿に、首の裏と腹の下が焼けるように熱くなった。指のみの刺激でも彼には十分すぎる快感なのだろう、これ程素直にねだる言葉を口にすることも今では珍しくない。引き抜いた指で閉じた秘所を押し広げ、袴と下帯を解いて自身の怒張の先端をそこに宛てがう。途端に秀吉の腰が揺らいで、ひくひくと双丘が小さく引きつり、催促するみたく尻を突き出してきた。昔は脅えにも似た震えをはらんで自分を受け入れていたものだが、今では淫猥な恍惚欲しさに自ら腰を振る彼の淫らな柔順さに、くっと笑って望み通り、潤んだ熱にひくつく粘膜へ怒張を咥えこませる。

「んん……っはぁ……っあぁ……」

甘くこぼれ落ちる溜息とともに秀吉の背がしなり、膝ががくがくと震え出す。敏感に悦楽を感じるようになった体には、中途まで含ませた雄の感覚でも快楽を得るには十分なのだろう。しかし、いまだ不足感に焦れているはずの痩躯を更に焦らすみたく、わざと最奥を突かず、半端に咥えさせた怒張の先端でひだをなぞり、粘膜を擦り上げた。

信長様……っと非難がましく自分を呼んだ秀吉の手がすがるように畳へと爪を立てて、奥まで欲しいと言いたげに尻を揺すぶる。

「みだりがましき猿よ」

くくくと喉元で低い笑いを響かせ、積極的な様を揶揄すると彼の耳朶が瞬時に赤く染まり、押し黙ったまま四肢を強ばらせた。自身の怒張を咥えこんだ粘膜だけが、いまだ物欲しげに拍動する雄に絡みついて締め上げてくる。ふんと鼻で笑って、硬直した彼の腰を引き寄せ、望み通り一気に最奥まで貫くと、ひあぁっ! と高い悲鳴を上げた秀吉の細い背が大きくしなった。掌中に捕らえていた彼自身をしごきながら、怒張を中途まで引き抜いて再び最奥を突き上げることを繰り返し、擦り上げるごとに自身の屹立をきつく締め上げてくる肉壁の熱さに、信長は、はっと息を吐いて唾を飲み下した。

「んぁ……っああっ……ぁあ……んっ」

最奥に先端がぶつかると彼が震える手で畳に爪を立て、絶え間なく体内を駆け巡る法悦に全身をわななかせて艶やかな喘ぎを漏らす。びくびく小刻みに跳ね上がる尻を押さえこみながら、上体を折ってしなやかに反る彼の背中へ、やんわりと歯を立てて口づけていった。尻をつかんでいた手で胸の突起をつまんで押し潰すと、ひゃあっと一際高い声で啼いて秀吉がぶるりと身を大きく震わせる。

「あっ……ぁっ! は……っああっ!」

不意に背筋と四肢を琴の弦のようにぴんと張り詰めさせて、吐息交じりに嬌声を上げた秀吉の躯幹からふっと力が抜けてゆく。後背で達したのだと知れて、信長は彼の襟足に甘く噛みつき

「堪え性なき奴よ」

低音に揶揄と甘やかすような、なまめかしさを含ませてそう囁く。申し訳……と項垂れた秀吉に構わず、緩やかにしごいていた彼自身を強く握りこみ、吐精を急かす勢いで手を動かした。同時に自身の雄で彼の最奥を貫き、一度達して緩んだ粘膜を容赦なく嬲る。再び高まる悦予に秀吉は全身を引きつらせて、与えられる振動を素直に享受しながらも

「信長様……ぁっ! あぁっ! もう……っ動かな……っ」

やぁ……っと泣き声を上げて腰を引いた。しかし、内壁はじょじょに信長の怒張にまとわりついて、もっと欲しいと懇願するみたく締め上げてくる。退こうとした腰を強引に引き寄せ自身の股間に彼の尻を収め直して粘膜を擦り上げ

「上と下、言うておることが違うようだが」

一層激しく奥底を突き、絡みついてくる粘膜の卑猥さをからかう。そのような……っと首を振って反論しようとした秀吉だったが、休むことなく彼自身をしごき、過敏な肉壁を雄で擦り上げてやると、元々よく通る高い彼の声は、悦楽から逃れたがるかのように甘く啼いて淫らに濡れた。

彼自身をつかむ手にとろりと白濁が溢れ、同時に自身もまた限界に達して奥歯を噛み締め、秀吉の最奥で吐精を果たす。うあぁ……っ! と短い悲鳴を上げ、彼もまた精を吐き出すと、全身をぴんと張って、んぅっ……ぁあ……っひっと溜息のような嬌声を発し脱力してくたりと畳に身を沈めた。

萎えた己を取り除き、肩で息をする彼の体躯を軽く抱きかかえて仰向けに落ち着けてやる。大きく上下する胸も汗ばむ首筋もほんのりと桜色に染まり、涙を溜めた双眸は居残る恍惚にぼやけ、信長を不思議そうに見上げて瞼を伏せた。髪がまとわりついた頬を撫でてやると、ゆっくりと持ち上がった彼の小さい手が手の甲へ重ねられる。

誘われるように半開きになった秀吉の唇へ口づけ、信長は尚も燻る熱情に急かされるまま、自身の吐き出したそれと彼のそれで汚れた秀吉の両脚をやんわりと開かせて巨躯を割りこませた。おとなしく成されるがままに身を任せる秀吉に、先程とは打って変わって、鷹揚な所作で覆いかぶさり、再び熾熱を蓄えて屹立した自身の怒張を彼の秘所に含ませる。ひくっと一度揺らいだ四肢を抱えこみ、雄を最奥までゆるりと咥えこませてゆくと、秀吉は眉根を微かに寄せて、あぁ……とぞっとする程艶やかな溜息をこぼし顎を反らせた。

華奢な両腕が伸びてきて信長の首にしがみつく。信長様……と甘ったれるように自分を呼んだ彼の唇に唇を重ね、とろとろと唾液をまとう柔らかい舌先を搦めとり強く吸った。目の下や口端に口づけを見舞いながら、信長は彼の耳殻に甘く噛みつき

「うぬはいかにする」

突然冷静な口調でそう問う。

自分とともににイスパニアへ来るか否か、今決めて答えを出せと言外に命じて、信長は秀吉の顎の付け根へ唇を落とす。寸刻の間もおかず彼の手が信長の顎に触れ、開いたまま弛緩していた両脚が背で絡み交差した。

「昔、申し上げた通りにござりまする」

はっきりとした声音に、顔を上げて秀吉を熟視すると、彼の両目が愛おしげに細められ、微かに口元がほころんだ。

「どこまででも、信長様とともに」

 

 

 

 (・)  (・)  (・)  (・)  (・) (・)  (・)  (・)  (・)  (・)

 

 

 

 

 

慶長三年(一五九八年)

 

押し当てた耳から伝わる主の規則正しい鼓動は、緩やかに姿を表す朝日と重なり、まるで昇りゆく太陽の鼓動を聞いているような気がする。見つめる海原は一面金色に染まり、水平線から青い闇を裂いて伸びる幾筋もの白い光が高みを目指してゆく様は、光の道が海から陸へと通じるようにも感じられ、ひどく美しかった。

にわかに、主が海にできた一筋の光の道を指で示し、自分を見つめる。

「Veja! Nos vamos aquel estrada.(見よ、あれが我らの行く道ぞ)」

力強く囁かれた異国の言葉に秀吉は柔らかく微笑み瞼を閉ざした。

「Sim,Meu rei.(はい、我が君)」

とくとくと力強く脈打つ心音が伝わってくる胸板へ頬擦りし、秀吉は体中に満ちる喜悦と幸福とに泣きたくなる程胸が震えて唇を強く噛み締めた。

「Nao imagino a vida sem ti……」

不意に低く聞き取りにくい密やかな声音で、主が滑らかに聞き馴れない言葉を口にした。え? と顔を上げて信長を熟視したが、主は曖昧に笑みを浮かべるだけで何も言わない。

「信長様、今なんと仰られたんすか? えー……それがしの? 何と?」

「己が頭で考えよ」

指の背で頭を小突かれ、あいたっと大袈裟に声を上げた秀吉は、脳内で自身の教わった単語や文法を必死に駆使して、主の呟いた言葉を解読しようと試みたが、どうやら南蛮の船員達が使う俗語のようなものが交じっているらしく、正しい意味を把握することができない。お前が、想像できない、人生という部分的な翻訳しかできず、秀吉は再度主を見上げたが、その鋭利な面は自分を見つめて優しく笑うと、朝日に向けられ白光の中に溶けて消えていった。

気になって眉宇を濁したが、海を渡り多くの言葉に触れれば、きっといずれ主の言葉を解読することができるのかもしれない。そう考え直し、秀吉は主の言葉を解読できるようになる日をささやかな楽しみにすることにした。

 

朝日は高く昇ってゆく。

 

白に輝く道筋を築き、見つめる者を光の海に飲みこみながら。

そう、この道を二人で歩いてゆくのだ。

果てしない世界へと続く、この道を二人で。

 

旅は続く。

 

いつまでも、どこまでも、長く伸びる光の道の果てにまで。

二人で歩む旅は続く。

 

絶え間なく始まりを告げる朝日の先、ともに飛び立つ新世界の彼方にまで、永遠に。

 




終わりです。
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