※この作品はR-18です。

龍は真朱の黎明に鳳凰と舞う   作:雷電五郎(旧)

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三 章


Credo -信仰-

元亀元年(一五七〇年) 四月二十六日

 

 

「秀吉殿!」

背後から自分の名を呼ぶ聞き馴れた声に、羽柴秀吉は足を止めて振り返った。

予測通りよく見知った男が小走りに駆けよってきて懇切丁寧な会釈をする。秀吉は、おおっと大仰に声を上げ自身も頭を下げて返すと、いつも何かを思い悩むように沈んだ光をたたえている男の黒い双眼を見つめた。

「光秀殿」

片手に握った三節棒を肩に預け、秀吉は底抜けに陽気な語調で目の前の男、明智光秀に笑いかけた。長い黒髪が光秀の挙止動作に合わせて流れ落ち、菫色の威へ解けて舞ってすらりとした長躯にことのほか優雅な印象を与える。見るからに優男然とした容姿は武士というより貴族を連想させ、慌ただしく喧噪の溢れかえる陣中には甚だ不似合いにも思えた。しかし、男が腰に佩いている長刀を見るだに、秀吉は思わず内心嘆息が漏れる。

自身、小柄で痩せているので腕力はなく、また武芸の嗜みなど皆無に等しい。そのため、刀は重すぎて扱えず、槍では長すぎて振り回すことができないので自分の手にあった武器の調達にはいつも頭を悩ませていたが、四尺程度の棒の先端に分銅を括りつけた鎖を繋げて敵を殴打し攻撃する乳切木と、唐で使われているという多節の棍を組み合わせ、試行錯誤の末に三節棒という自身の手に合った武器を作り上げた。刃から柄に至るまで、ほとんどが鉄で作られる刀と比較しても、木の棒を素材として使用する三節棒ははるかに軽く、二つの節が鎖で繋がれており自在に着脱するため機敏かつ変則的な動作を可能にし敵に攻撃を凌がれにくい。しかも、殺傷能力は低く、相手に怪我を負わせることはあっても死に至らしめることはまずなかった。秀吉にとっては理想的な武器ではあったが、人を殺める機能を持たない以上、目立った武功を上げることは難しい。

戦場においての武を第一の功績と見なす価値観がいまだ根強い風潮にあって、戦闘能力に劣りながら異例の出世を続ける自分の存在は家中でも妬みや嫉みの対象となり皆から疎まれている。勿論、秀吉が戦に至る前の過程で諜報活動や調略戦において並ならぬ活躍をしていることを認め、親しく接してくれる者も少なくはないが、そんな彼らですら、嫉妬を買いたくないのであれば武功を立てろと諌める言葉を口にする。秀吉とて焦りがない訳ではない。今以上の出世を望むのであれば諜報活動のみでは心もとないということは自分でも分かっていた。第一、秀吉の主君である織田信長が自分の功績を認めてくれたとしても周囲が納得しないのだ。

自分の昇進が単なる主の贔屓目だと思われることだけは回避したかった。いかに主と自分が主従以上の関係を持っているとはいえ、仕事となれば公私混同は一切しないと互いに理解し合い決意を貫徹している。自分が信長に認められたのはまぎれもなく秀吉自身の実力であり、主に気に入られているためではないということを皆に示さなければ、主が多くの人間に嘲笑を受けることになるだろう。

人に擦り寄り主君の機嫌を伺うだけで、才覚も武勇も持たない卑しい人間を取り立て、旧来の重臣達を蔑ろにしている愚かな君主だと信長が陰口を叩かれる。それだけは我慢がならない。だからこそ、戦あらばなんとか武功を挙げようと試みるものの、確たる成果は今のところなかった。生来前向きな性分のおかげでひどく落ちこまずには済んだが、まだ次があると自身に言って聞かせる度に、胸の奥底で少しづつ降り積もってゆく焦燥があることを否定できない。

そこへ来て、この光秀である。

わしでもさすがに……と心の中で再度溜息をついて秀吉は眉宇を濁す。後頭部に太陽光を思わせる派手な立物を打ちつけた兜の眉庇から、光秀のいかにも上品な面立ちを一瞥して喉元にこみ上げる苦い感情を無理やり飲み下した。

弘治三年、謀反を企てた実弟信行を暗殺した主、信長は、三年後、五万の大軍勢を率いて尾張へ侵攻してきた駿河、遠江の大名、今川義元を田楽桶狭間で急襲しこれを打ち破った。当時、天下に最も近いと噂されていた大国の元首である義元を討ち取ったことにより、今川の勢いは急速に衰え、それを契機とし、今川軍の先兵として酷使されていた三河の国が独立を果たした。信長は三河の元首となった徳川家康と利害関係の一致から同盟を組み、背後を衝かれる不安を消し去って美濃攻略に本腰を入れ始めた。本拠地を美濃との国境に近い小牧山城に移し、機があれば度々戦いをしかけたが、戦略に長けた美濃兵は手ごわく攻略は遅々として進まなかった。永禄七年に尾張を完全統一すると翌々年の九年、美濃攻略の足掛かりとして兼ねてより侵攻をかけていた墨俣に築城する策が上がるが、今までの手痛い失敗から誰も名乗りを上げなかった。その時分、まだ足軽の身分でしかなかった秀吉は、困難とされた墨俣での築城に自らを名乗り出た。秀吉には自分がこの策を成功させることができるという算段があったのだ。

かくして、別の場所で組み上げた部品を川の上流から流して墨俣で組み上げるという誰もが思いつかなかった方法で一夜にして城を築き、見事に美濃攻略への道を切り開いた。

身分の低かった自分が軍議に口を挟めば諸将から生意気だと反感を買うものだが、元より主は理にかなっていれば誰の意見にも耳を貸す合理主義の塊のような人物である。主は自分の意見を採用し、秀吉を墨俣築城作戦の大将に任命した。

 

尾張から京の都を目指すのであれば、美濃か伊勢を通らねば京へ続く近江の道をたどることはできない。即ち、美濃か伊勢を奪らなければ京への上洛は不可能ということになる。天下に号令したいのであれば、まずは政局の中心である京に上洛せねば話にならない。そのためにも京へと続く道に悠然と横たわる美濃の地は是が非でも手に入れねばならなかった。

墨俣城が完成した後、秀吉は更に美濃を支配する斎藤家の外堀を埋めるため調略に駆けずり回った。八方に手を尽くして内応を約定させ、斎藤家本拠地であった稲葉山城を攻め落とし、とうとう美濃は主の手に落ちた。美濃攻略と時を同じくして、伊勢の北畠具教を降伏させた信長は、同時期に近江を所領とする浅井長政と同盟を結ぶため妹のお市を嫁がせていた。美濃の次に上洛を妨げる壁として浅井家が所領とする北近江の地が存在するが、浅井家は越前を支配する朝倉義景率いる一門と懇意にしており、朝倉を攻めれば浅井が、浅井を攻めれば朝倉が共同戦線を張ることは自明の理と言える。二家の戦力が合わされば激突した際に熾烈な戦となることは熟慮の余地もなく分かっていた。一刻も早い上洛を望む現段階では浅井、朝倉と戦を構えるのは良策ではない。故に、姻戚関係を取り持つことによって浅井家と連携し、同盟を組むことで敵対することを防いだ。

これにより京への道は確保されたも同然となった。

そして、いざ京へという段になって信長の元に幸運が舞いこんだ。上洛にあたって、他のそうそうたる大名達を抑えて、にわかに名を上げた弱小の織田家が京都を制し覇を唱えては反感を買う。上洛に値する確固たる理由がなくては周囲から敵愾心を抱かれることは免れない。なにかしらの理由を欲していた折りに、流浪を続けていた足利将軍家、足利義昭から、京へ上り自分を征夷大将軍に就任させてほしいという要請があり、図らずも上洛の大義名分を得ることになった。その際、義昭と信長の橋渡し役として活躍したのが光秀である。

始めのうちは義昭に仕えていた光秀であったが、義昭と信長の対立関係が明確になってくると主の直臣となり、近江や畿内の平定において華々しい戦攻を上げ、織田家では新参でありながら重用されて一角の扱いを受けている。秀吉にとっては功を競う好敵手でもあるが、光秀との出自の相違に知らず知らず劣等感を覚えている自分に近頃情けなくなることがあった。

零落したとはいえ光秀は元美濃の守護であった土岐氏の流れを組む正当な武家の出自である。血筋は決して悪いものではなく、加えて剣技に優れ容色雅やかとくれば、いかに陽気な性分の秀吉といえども、あまりの落差に落ちこむこともあった。

墨俣の築城からこれといって武功を上げてはいなかったものの、諜報や調略によって成果を上げた秀吉もまた、主から重んじられよく用いられた。そればかりではなく、ただの藤吉郎から木下という姓を得て、木下藤吉郎となっていた自分に、いつまでも足軽の頃の名では武将としての威厳がなかろうと、信長から新たに秀吉の名前を賜り、織田家の旧臣である柴田勝家、丹羽長秀の両名から一字づつもらい姓名を羽柴とした。更に、武家の血筋を持たないため、旗印とする家紋のない秀吉に、主は足利家の貴紋である五三の桐を授け家紋とせよと言って、鍍金されたべっこうに桐紋が蒔絵された首飾りを手ずから自分の首へと下げてくれた。自身が元は農民であったことを考えれば、正に破格の扱いと言っても過言ではない。

しかし、光秀の登場により、それまで漠然と自身の胸中にあった不足感に焦りが加わった。主の勢いはとどまることを知らない。

朝日が刻一刻と天空へ昇り詰めてゆくように、日に日に高みへと躍進している。自分は取り残されないように主の後を追うだけで精一杯だった。信長の背を追うだけでは主の支えにはなれない。現状に甘んじるしかない自分の不甲斐なさに苦々しい思いを払拭できず、常日頃から今一歩、前へ進むだけの力が欲しいという焦燥がついて回った。自身でも幼稚だと思わざるを得ない。光秀が自分に取って代わり、主の支えとなれば秀吉は地に取り残されたまま、天へ昇りゆく信長の姿を見上げていることしかできなくなってしまう。置いてゆかれるのが怖いのだ。情けないと心中で自身の弱音を吐き捨てても、光秀の有能を見せつけられる度に、取り残される未来が現実味を帯びて否定することさえできなくなってしまう。

ともに歩むのなら自身もまた主と同じく、更なる高みへ飛び立たねばならない。だが、その機会はいまだ訪れてはいない。

秀吉は些に眉をひそめて口元に微苦笑を滲ませる。

だからといって、決して光秀を嫌っている訳ではないのだ。新参にしてよく用いられる光秀は、出自卑しくも破格の出世を遂げた秀吉と同じく、織田家中からは嫉視の対象となっている。己の才覚に自負のある光秀にしてみれば、自己を磨かずして他人を嫉む輩の悪口など不快以外のなにものでもない。元より、真面目すぎる程生真面目な性情の光秀は、他者の罵詈雑言を受け流す柔軟さを持たず、最近では見かけるといつも眉間に皺を寄せて鬱屈した表情をしている。

どれ程罵倒され陰口を叩かれようと、決して他人を悪く言わず、また誰に対しても笑顔を崩さない秀吉に対して、光秀がある種の信頼と安心感を持って接してくれていることは分かっていた。秀吉もまた自分を卑しい輩と蔑むことなく、他将に接するのと同じように礼儀を払ってくれる光秀には好感を抱いている。

私的な時間を設けて顔を合わせる場で信長と二人、会話を楽しむ際にはよく主の口からも光秀の話題が出た。それは男を褒めるというものではなく、光秀が秀吉を褒める話ばかりするのが気に入らないという類いの、少し嫉妬めいた不満ではあったが。

秀吉のいない場所で、どうやら主に自分の話までしているらしい光秀の好意を無下にする理由もなく、男の才覚を認めてもいるので、仲間としては非常に頼りがいのある人物であった。

心奥によどんだ薄暗い感情を吐き出してしまうようにして小さく吐息した秀吉は、兜の眉庇を上げ目元まで表情を明らかにして、光秀に満面の笑みを向けたまま

「いかがなされましたかな?」

と尋ねた。

ちょうど自軍が陣を敷く場所から本陣にいるであろう信長の元へ戦況報告に赴く途中だったので、特筆すべき用事がなければ会話を早めに切り上げなければならない。主は何より待たされることを嫌うので、迅速に参上せねば信長の機嫌を損ねることなるだろう。主の機嫌を損ねると二重の意味で後が怖い。一つには怒鳴られ叱責されることと、もう一つには私事においての叱責である。遅参の理由が光秀と話しこんでいたせいだと知れれば、褥の最中でどのような責めを受けるか分かったものではない。割りと嫉妬深くていらっしゃるからのうと胸中で、存外子供っぽいところがある主に苦笑を漏らした秀吉はくっと喉の奥で声なく笑ったが直ぐさま、おっと、いかんいかんと自身の不謹慎を戒めた。

光秀は秀吉の笑顔に当てられたのか、沈鬱な面を微かに緩めて眉根を寄せつつも、口元に小さく笑みを象った。

「こたびの朝倉攻め、長政殿はどのように考えておられるのか気にかかるのです」

淡々としていながらも深い危惧を滲ませる男の語調に秀吉は笑顔を消して、ふうむと唸った。光秀の言いたいことは即座に予測がついた。朝倉家と誼みを通じる北近江守護、浅井家の若き当主浅井長政のことである。

今現在、織田は三河の徳川と連合し、再三に渡る上洛勧告に応じなかった朝倉義景を討伐するため朝倉家の本拠地である一乗谷に向けて進軍していた。

朝倉家に旧恩のある浅井家は確かに今回の越前攻略を快く思ってはいないだろう。というよりもむしろ、主は長政に対し、朝倉を攻め滅ぼすと一言も通告してはいなかった。何の前触れもなく自国の領内を通過して越前へと向かう織田の軍勢を知り、長政はさぞや驚愕し困惑したことだろう。

浅井家とは姻戚の縁を持って同盟を締結したが、同盟を結ぶ際、長政から提示された条件の中には朝倉を断りなく攻撃しない、という条項が含まれていた。しかし、いずれ越前を奪取することを視野に入れていた信長は、とうとう長政との約束を反故にし、今正に一乗谷へ大軍を引き連れて襲いかかろうとしている。

信長の妹、お市が嫁いでからは同盟関係の念押しをするため、度々浅井家が本拠とする小谷城へ赴いていた秀吉は、当主長政とじかに接しているので彼の人となりはよく知っていた。信義に厚い長政の性分を考えれば、若い当主が恩義ある朝倉と姻戚関係を結んだ織田、いずれに味方すべきなのかを悩み抜いていることは察しがついた。だが、主がこうもたやすく約束を破棄した以上、長政が今後の同盟関係に不安を覚えることも考えられる。信長はたやすく約束を破る輩であって信用ならないと思われれば、浅井もまた同盟を破棄して織田を攻めてくるだろう。

秀吉もまたその点に憂慮があった。

織田、徳川の連合軍は、朝倉一門、郡司、朝倉景恒が預かる天筒山城を攻めて開城させ、大激戦の末に金ヶ崎城へ後退した景恒の軍を撃破した。既に朝倉の本拠地である越前一乗谷は目前にある。だが、背後には浅井領の北近江が広がり、ここで長政が反旗を翻せば挟撃され、たちまち窮地に陥ってしまう。

長政殿に限って、と思いたいとこじゃが……と内心苦く呟いたものの、自身の眼前で凛と整った面を鬱々と曇らせている光秀には、胸中の危惧を微塵も出さず晴れやかに微笑む。すると、光秀がつられたように顔を上げほっとしたみたく表情を柔らげた。

「まぁ、複雑なお心持ちではあられましょうが、わしらがしのごの考えてもしゃーないことですわ。今は朝倉討伐に身ぃ入れていきましょうや」

何もおかしいことはなかったが、あっはっはと声を出して笑い軽い調子で答える。光秀は溜息とともに、そうですねと応じたが声に力はなかった。

かく言う光秀とて複雑な心境であろう。主に仕える以前は朝倉に身を寄せていたことがあるこの男に、織田の旧臣達が「かつての主君に刃を向ける気分はどうだ」などと心ない揶揄を口にすることもある。光秀にとってしてみれば、かつての主に軍を差し向けることは心痛以外のなにものでもないだろう。自分は下らない皮肉を光秀にぶつけるつもりなどまったくないが、できれば一乗谷の様子や地形など、記憶しているのであらば男から多少なりとも情報が欲しいとは思っている。一乗谷に攻め入った際、効率よく立ち回るにも情報は必要不可欠だ。光秀に城の構造や周囲の地形について、尋ねたい気持ちはやまやまだったが今は口を噤むことにした。男が朝倉に仕えていたことを話題にすべきではないと判断したのは、厭味を言ったととられたくなかったからだ。また、長政はどう思っているのかなどとこぼしていたが、長政の心境はそのまま今の光秀の心境にも少なからず通じるものがあるはずだろう。下手に否定的な意見を返せば男の当惑や苦悩を刺激してしまう。

戦において迷い程に人を鈍らせるものはない。主が男の有能を認めているように、自分もまた光秀が信長の役に立つ人材だということは了知している。第一、人を貶めてまで功績を上げたいなどとは思わない。光秀には遺憾なく実力の限りを発揮して戦ってもらわねば、自身もまた張り合いがなかった。能力の面においてだけは自分が男に劣っていると感じたことはないので、競うとしても互いに存分力を出し合いたいという、ある種矛盾した矜持が秀吉にはあった。厄介な性分だわと自分自身に呆れて苦笑いした秀吉は、眉間の皺を深めて沈黙する光秀の、案外筋肉質な背中をばしばしと軽く叩いた。

「さあさあ! 光秀殿がそんな顔しとったら兵の指揮も下がりますで、笑顔笑顔!」

自身でもにこりと笑顔になって更に、さぁと促すと男は一瞬呆気に取られていたが、すぐ笑みを浮かべてみせた。

「ありがとうございます」

「はい?」

何に対する礼なのか分かり兼ね、相好を苦笑で崩した光秀を見つめて小首を傾げる。男はやんわりと破顔して

「私はどうやら、深く考えすぎていたようです」

と言を継いで眉をひそめた。真摯であるが故に、熟慮するあまり危惧にとらわれやすいのだろう、良くも悪くも、その真面目さが光秀らしさでもあるのだ。不安や心配事は人に吐露して笑い飛ばしてもらうのが最もよい。人の憂いを慰めるに、何事にも積極的で前向きな秀吉の性分は最も適していると言えるかもしれない。光秀の礼は少なからず男の気を晴らしたことへの言葉だろう。男の律義さが急におかしくなって、再び、あっはっはっと大声で笑うと秀吉は光秀に片目をつぶってみせた。

「実直なる志し、おおいに結構。それが光秀殿の良いところですわな」

褒めたつもりはなく正直な感想であったが、男が照れ臭そうにぎこちない真顔で口を噤む。いわれのない悪口に慣れた身には、面と向かっての褒め言葉が殊更嬉しく感じられたのかもしれない。しばし、狼狽した様子で閉口していた光秀は、僅かに目の下を紅潮させてわざとらしい咳払いを一つした。

「秀吉殿にはかないませんね」

出し抜けに言われ、へ? と思わず裏返った声を上げた秀吉に、男が微苦笑する。意味が分からず首を捻った秀吉は

「かなわないとは?」

率直に問うて瞬きもせずに光秀を熟視した。自分の視線に耐え兼ねたのか、困ったように笑みを滲ませた光秀が目を逸らして、いえと短く返し答えを濁した。

「信長様があなたを気に入っている理由が分かります」

「はぁ」

間の抜けた返事をして怪訝な面持ちになった秀吉には構わず光秀は丁重に会釈した。

「失礼。自陣に戻ります」

はっとして、おっとと秀吉も人差し指で頬を掻いてすまなそうに苦笑した。

「お引きとめして申し訳ないっす」

小さく首を振った光秀の面に先刻までの憂いはなく、ではと踵を返した男の背は心なしか晴れやかになったように感じられ、秀吉もまた安心する。

「ま、気張らんで行きましょうや」

遠ざかる男の背に手を振ると、立ち止まった長躯が鷹揚に振り返った。

「努力してみましょう」

ふふと小さく笑い、珍しくも軽口で応じた光秀に秀吉も笑みで返した。

不意に後方からざわめきが起こり、波紋のように動揺が一斉に陣中へと広がった。一瞬にして緊迫に陥った空気に秀吉は顔を強ばらせる。光秀もまた自陣に戻りかけた体を反転させ、秀吉に駆け寄った。

「秀吉殿」

険しい声音で男に呼ばれて秀吉は渋面で頷く。

兵卒が忙しく行き交う陣中のはるか後方から、赤い母衣を背負った使番の騎馬武者が絶え間なく鞭を振り上げ馬を走らせてくる。砂煙を上げて疾駆する葦毛の馬は、既に口端へ白泡を浮かべて大きな目を異常な程充血させていた。恐らくは、軍の最後方から休みなく駆けてきたのだろう、馬は命の限界を迎えようとしている。馬にまたがった将校の背や母衣には数本の矢が刺さり、荒く上下する肩に合わせて揺れる威には血の飛沫がこびりついている。

「伝令ー!!」と何度となく叫ぶ将校の切羽詰まった喚声は陣内に大きく響き渡り、先程まで喧噪に溢れていた陣営は水を打ったように静まり返った。馬は信長と諸将が軍議を開いている陣幕の手前でとうとう前脚を折り崩れ落ちて倒れた。馬から振り落とされた将校は地面に放り出されてうつ伏せになっていたが、近くにいた何人かが駆け寄って彼を助け起こす。将校は自ら立ち上がることもままならず、幾人かの人間に体を支えられながら陣幕内へと姿を消した。

 

ただごとではない。

 

誰しもそう思ったに違いないが、秀吉は一人、いかんと思わず重く呟いていた。

赤母衣を背負っているということは、今し方駆けてきたのは伝令役の将校であろう。将校は陣の後方からやって来た。京都を発して大津から琵琶湖沿いに進軍し、田中から熊川へ至り疋田城、手筒山城を陥落させ金ヶ崎を開城させた現在、織田の軍勢は手筒山城にとどまっている。最前線の金ヶ崎では、自ら先鋒を買って出た家康率いる三河の精鋭が押し寄せる朝倉軍と交戦中だ。連合軍の背後には北近江の地が広がり、攻め上ってくる敵はいない、そのはずたった。

秀吉の脳裏に三つ盛亀甲の旗印が過る。同時に若き浅井家の当主と、彼に嫁いだお市の顔もまた。

「長政殿……」

口内で呻くようにこぼした秀吉は手にしていた三節棒を堅く握り締めた。浅井長政との同盟が崩れない前提に基づいて遂行された今回の越前朝倉攻めは、軍の背後がまったくの無防備であり、後方を衝かれれば織田、徳川の連合軍を殲滅させることは赤子の手を捻るよりもたやすい。

「こりゃあ……まずいことになり申した」

秀吉は独白みたく呟いて隣に立っている光秀を瞥見し、急いで陣幕に足を向ける。光秀もまた深く頷いて秀吉の後に続いた。

 

 

 

 

 

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浅井長政、離反。

 

もたらされた予期せぬ知らせに陣幕内は重苦しく沈黙していた。

諸将が居並ぶ陣幕内にあって秀吉と光秀の席はいまだ末にある。信長が腰を落ち着ける床几からは最も遠い席だが、主の至って無表情な顔ははっきりと見えていた。長政の裏切り、否、裏切ったとすれば主が先であろう。誓約を反故にして朝倉を攻めた以上、長政が離反するのも無理のない話だった。

だが、今は議論を戦わせている余裕はない。こうしている間にも浅井の軍勢は着実に背後から迫ってきている。一刻も早く撤退せねば朝倉と浅井の軍に挟み撃ちにされ、もろともに滅ぼされるだろう。撤退するとすれば京に向かわねばならない。が、どちらにせよ、敵に背を向ける状況に変わりはなく、この苦境に殿軍を務める者は間違いなく死ぬ。誰かが務めねばならないとは言え、万に一つも生きては帰れない役目を進んで引き受ける者は中々に現れなかった。皆が口を噤んでいる。誰もが殿軍の役割を名乗り出るための覚悟を決めているかのような、張り詰めた空気が陣幕内を満たしていた。

秀吉は黙って床几に座っている主を瞥見する。絶体絶命といっても差し支えない状況下にありながら、信長の面には静かな憤怒がみなぎっていた。熟慮するまでもなく、同盟を破棄した長政への激しい怒りを抑止していることは予測がついた。そして、殿を名乗り出る者のいない自軍の不甲斐なさに苛立たしさを感じている。切れ長の眉が時折不快げに吊り上がり、主の憤りが募り続けていることを察して、秀吉はぐっと両手を握り締め奥歯を噛み締めた。

 

個性的な織田軍の武将達は自身を始め、用いる具足についても個性が顕著に表れていた。身軽さを重視する秀吉の場合、鎧直垂の上に鎖帷子を着こみ、南蛮具足の胸板を装着した上へ袖がなく裾の短い帷子を着ている。両肩には極端に短い威を重ね、更に主から授かった首飾りを下げているといった具合で、両腕には籠手をしており、三節棒を返したり弾いたりする左手には腕を痛めないよう腕輪をしていた。帯は瓢箪が彫刻された金具で止め、腰の両脇に申し訳程度の草摺を垂らして、足には臑当を巻き、小さな金の瓢箪がぶら下がった組紐で頬貫をとめている。軽さに特化した具足であるため防御力は極めて低いが、重さを極力省くことによって敏捷性は格段に上がった。腕力で敵に競り勝つことの難しい秀吉には素早い動きの取れる軽い具足の方がむしろ安全であると言える。

逆に主は見るからに重量のある南蛮胴具足を用いており、元は西洋からやってきた宣教師達が彼らの国で使われている鎧を信長に献上したものだが、あまりの機動性のなさと、一度倒れれば自ら起き上がることもままならない重さが実戦向きではないとして主は受け取らなかった。しかし、西洋の鎧が持つ独特の意匠はおおいに気に入った様子で、形を残して機動性を高め軽量化した南蛮胴具足を作らせ、鎧直垂の上にそれを装着している。腹の部分に炎を模した意匠をこらした特徴のある具足は長身の主によく似合い、肩口を飾る烏羽とともに家紋を染め抜いた西洋の物と思しき特殊な布を背になびかせてせている様は、大名というより王者の風格を感じさせるものでもあった。

通常の具足よりも鉄を多く用いた信長の武具は重いだけでなく、身じろぐだけでも金具の噛み合う音がよく響く。しかし、先刻から微動だにしない主の具足は僅かも音を発せず、場に満ちる無音を威圧しているかのようでもあった。

秀吉は無の中に触れれば切れそうな鋭さを潜ませた信長の面を瞥見してから、押し黙る諸将の俯きがちな顔を見回した。

しゃらりと首飾りが涼やかに鳴り、主が気づいて秀吉を見る。刃のような黒い瞳が、ほんの微か険しさを消して自分を熟視した後、苦く細められ元の鋭さを宿した。主の凝視を受け止めていた秀吉は眉根を寄せ静かに瞼を伏せて下を向く。

 

信長の胸中は理解している。お前に殿軍を任せる気はないと、主は目だけで自分を牽制したのだ。それは秀吉の能力を疑ってのことではない。

 

むしろ。

 

信長様……と胸の中で主を名を噛み締めるように呟き、秀吉は目深くかぶった兜の下で双眸をすがめて、こみ上げてくる震えを必死に噛み殺した。寸刻といえども時間が惜しい。無意味な沈黙に徹している暇はないのだ。誰かが殿軍に回らねば主の命に危険が及ぶ。誰もやらずに済むという訳にはいかない役目だ。主は自分に任せる気はないようだが、既に秀吉の覚悟は決まっていた。

 

「それがしが」

 

重圧感さえ覚える空気をいともたやすく打ち破り、微かに笑みを浮かべて一言声を発した秀吉は、ゆるりと立ち上がり主を見つめる。先刻まで無を張りつけていた信長の端麗な面が驚愕に歪み、瞬く間に顔色が変わった。鉄色の両目が絶叫するのに似た必死さで訴えている。その先は口にするな、その言葉は言ってならない、と。

秀吉は主の目から顔を背けて唇を噛み締める。そして、自分を沈黙させようと躍起になる主の鋭利な視線を振り払うように地へ膝をつき、真っすぐ主を凝視した。

「殿のお役目、それがしが承りたく」

瞬間、主が双眼を大きく見開き頬を引きつらせる。顔を上げた諸将もまた秀吉の言葉に息を呑んだ。

 

自ら死ぬことを志願したのと同じだった。

誰もが秀吉に憐憫を抱いたと同時に安堵したに違いない。殿でさえなければ、まだしも生き残ることのできる可能性は残されている。いかに戦場が死と隣り合わせとはいっても、人は生への執着を完全には捨て切れない。

主君のために命を投げ出すことなど惜しくはないと普段から胸を張って豪語する輩でさえ、いざ差し迫った事態になれば猫のようにおとなしくなり、口を噤んで都合の悪い役目から逃れようとする。別段、それらの怯懦を軽蔑する気はない。生きていたいのは皆同じことだ。ただ、自分だけが生死にさほどの重点を置いていないというだけの話だった。

信長に拾われていなければ、今頃屍となって路傍に転がっていたであろう己の身は、単に死ぬことが先延ばしになっただけに過ぎないものだと割り切る冷淡さが秀吉の中にはある。苛酷な環境下で虐げられて生きてきた自分には、死んで元々だという冷めた感覚が常に頭の隅に存在していた。長年培われてきた思想が今更覆る訳でもない。死ぬことが怖くないと言えば嘘になるが、主の危機を救うことと自身の命を計りにかけることなど到底できはしない。自分はなんとしても信長に生きていてほしかった。主が自分に同じことを望んでいるように。

一番恐ろしいとすれば、死によって二度とは信長と会うことができなくなることだ。それ以上に怖くて寂しくて辛いことなどなかった。

 

主の震える口唇が、発音を伴わずに「貴様」と呻いたのを見、秀吉は堪り兼ねて頭を下げる。鼻の奥が痛くなり喉がわなないて何も言えなかった。眼窩の奥底から熱く迫り上がってくる塩水を拒むようにして瞼を堅く閉じると、耐えられずに滲んだ涙が睫を濡らす。

恨んでくれてもいい。主の訴えを振り切って殿軍を務めると自ら手を上げた自分の無情を。いかに信長といえど、確たる理由もなく秀吉のありがたい申し出を却下することはできないだろう。秀吉がやると言い出したはずなのに、それを却下して別の人間に殿を任じる理不尽は、主君としても人としても許される行いではない。信長は拒みたくとも拒めない。逃れる織田軍の犠牲となって散り果てる役目を自ら望んだ秀吉の言葉を、多くの人間の上に立つ者の責務として拒むことも覆すこともできない。

今ここで、主が口にできるのはただ一言。

「許す」

吐き捨てるような自棄と、やりきれない苦痛にまみれた低音が短くそう言った。秀吉は主を見ることができず地に額をこすりつけたまま、ははぁっと返事をする。恐る恐る顔を上げると、既に無表情へと戻った信長と目が合った。平素から人を寄せつけがたい冷徹さを拭い切れない主の面が微かに引きつり、眉間に薄く皺が浮き上がる。

 

何故、言った。

 

暗く沈んだ主の双眼が問いかける。

自分くらいしか、こんな悲惨な役割を買って出る物好きなどいないと小さく笑い、丁寧な所作で主に向かって鷹揚に叩頭した秀吉の横を、信長の愛馬が轡を引かれて通り過ぎてゆく。主は馬にまたがり片手を掲げた。床几に黙って座っていた諸将が一斉に立ち上がり陣幕を出てゆく。軍議に参加していた諸将は、殿の役目によって死ぬだろう秀吉に同情し、平素は陰口を叩いている者までもが陣幕を出てゆく際に声をかけて、兵や銃、槍や弓などを残してゆくから使ってくれと分けて与えてくれた。光秀もまた兵を置いてゆくからと秀吉の手を握って、生きて戻られましたら是非祝杯を上げましょうと沈痛な面持ちで言って陣幕を後にした。

取り残されたのは自分と馬に乗った主だけで、兵卒によって片付けられてゆく陣幕を横目で眺めながら、秀吉は立ち上がり信長と視線を重ねる。主は手綱を緩めて馬の腹を両脚で圧迫し、黒鹿毛の愛馬を数歩進ませて秀吉の傍らで止まった。

「戻れ」

おもむろに簡潔な命が下され、秀吉は些に驚き馬上の信長を凝視した。

「必ず戻れ」

念を押すように繰り返して主は鞭で秀吉の肩を軽く打ち眉を吊り上げる。

「命に背くことは許さぬと心得よ」

有無言わさぬ語気で言い放った信長をじっと見上げ、秀吉は柔らかく笑って

「はい……」

と、静かにそう返した。

 

遠方で法螺が鳴る。

 

三度鳴らされた法螺の音は退却の合図だった。主は貝の音が鳴っても手綱を張ったまま興奮していななく馬を煩わしげに宥めていた。背後から光秀や勝家が、殿と信長を急かす。秀吉もまた出発を促すため、別れを口にしようとしたが途端、頭上から

「要らぬ」

と素っ気ない信長の声が振ってくる。

戻れと命じ、背かないと頷いた。ならば、別離の言葉を言うべき時は今ではない。口にするなという主の思いを知って、秀吉はただただ黙って首を縦に振った。

しばしの沈黙の後、信長は馬腹を蹴って馬を走らせた。同じく馬にまたがった諸将が主に続き、次いで数多の騎馬、歩兵が置いてゆかれまいと必死に後を追う。高く砂煙を舞い上げて遠ざかってゆく五つ木瓜の旗印を見送り、秀吉は兜を目深くかぶって口元に笑みを浮かべた。

武功を上げる、今が最大の好機だ。

ここで朝倉、浅井の軍を凌いで生還すれば、秀吉に目覚ましい武功がないなどとは誰も言わなくなるし、戦場では役に立たないなどと最早誰にも言わせはしない。より高い地位を得るには、最早命懸けの任務に身を投じる他、自身が家中で成り上がる術はなかった。

 

これでええわと心中で呟いて、秀吉は眉をひそめて笑う。

 

主に着いてゆきたいのであれば、同じ道を歩んでゆくのであれば、自分もまた空へ飛び立たねばならない。己もまた主と同じ高みにたどりつかねば、いかに立身出世を果たしたところで信長に添うことなど到底できはしない。高みへ駆け上がる王に添うていたいのであれば、自分もまた王たる輝きを発する誇りがなくては。己を高めることができなければ、飛び立とうとも翼を失い失墜してゆくだけなのだ。

 

昔も今も、自身の中にある想いは決して変わらない。

主が好きだった。

強さと弱さを合わせ持つ、最も愛する主君の、自分は翼になりたい。そして、信長が創る明日を、世界を、同じ未来を見つめていたい。

 

「これでええ」

強く言い放って三節棒を握った秀吉は、既に視界から消えた旗印の残映を追うように、舞い上がった砂塵が春風に嬲られて霧散してゆくのを凝立したまま眺めていた。

にわかに、別れの言葉を許さなかった信長の、戻れと命じた低い声音が耳の奥でこだまする。死ぬなというよりは、死ぬことを許さないといった苛烈で切実な主の命に、胸の奥底がずきりと痛んで喉が震えた。

「戻ります」

目を閉じて心の中で、戻りますともう一度口にする。秀吉は完全に消え去った砂煙を一瞥し、信長が走り去った方向へ深々と頭を下げた。

まずは自陣に帰って、残された兵士卒達に事の子細を伝えねばならない。浅井の離反を知ることなく、最前線で戦を続けている家康にも急ぎ撤退の旨を伝えねばならなかった。ここで家康が死ねば、長年続いた両家の同盟にまで破綻をきたす恐れがある。家康には主のために生きていてもらわねばならない。

秀吉は一人の兵が引いてきた馬に飛び乗り手綱を片手に握った。諸将から預けられた兵卒達を振り返り、無言のうちに着いてくることを促して馬を走らせる。まずは家康と変わり、金ヶ崎城に立てこもって朝倉の兵を押しとどめなければならない。朝倉側に浅井が織田から離反したと知られる前に、逆茂木や虎落を張り巡らせて城の防御を固めておく必要があった。

今は一刻の猶予も惜しいんさ! と胸中で独白して秀吉は自陣に向かい、馬をひたに走らせた。

死んで元々だという気持ちはあっても、端から死ぬ気で殿の役目を申し出た訳ではない。必ず生きて帰ってやるという揺るぎない意志とともに、ようやく巡ってきた武功を上げる機会を逃すものかと、陽気なまでの貪欲さで意気ごんで奥歯を強く噛んだ。

 

だが、もしも力及ばず命果てる結果になったとしたら。

秀吉は弱音を吐く自身の小さな臆病に苦笑いして、誤魔化すように馬腹を蹴り馬を急かした。

 

自分が死んだら、主は泣いてくれるだろうか。

 

感傷的になっている自分を叱咤しつつも、信長が自分の死を悼んでくれるのなら、それだけでも命を投げ捨ててしまえる程に嬉しいなどと、我ながらの健気に失笑して、目端に迫り上がった涙を乱暴に拭い去った。

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