※この作品はR-18です。

龍は真朱の黎明に鳳凰と舞う   作:雷電五郎(旧)

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四 章 


Dies lrae -怒りの日-

 

本来ならば奇跡の生還を祝し、いたわってやることが正しいのかもしれない。

だが、許せなかった。彼の健気も献身も、命を投げ捨ててまで貫こうとする自分への忠義の何もかもが、今はどうしようもなく許せない。

 

白い小袖に帷子を羽織った姿のまま、織田信長は青白い月光の下で闇夜に浮かび上がる庭園を黙って睨み続けた。

 

十日前のことになる。

越前の朝倉を攻め滅ぼすために、徳川家康と連合して一乗谷に差し迫った際、義弟、浅井長政に背後を衝かれ屈辱的な敗走を強いられた。織田家との姻戚より朝倉との旧恩を重んじた浅井の裏切りに、知らせを受けた信長は即時撤退を決め、近江豪族、朽木元綱の協力を得て、越前敦賀から朽木を越えて京へとどうにか逃げ延びたが、退く軍勢の背を追撃してくるであろう朝倉軍をくい止めるため殿軍を残さねばならなかった。挟撃された上での撤退において、殿とは主軍を落ち延びさせるために犠牲となる人身御供に他ならない。誰に任せるか、また誰が任せられるか、撤退直前の軍議では誰もが閉口して俯き、議論は一向に進まず場は膠着状態に陥っていた。

だが、その沈黙を破ったのは羽柴秀吉、彼だった。

言うなと目だけで彼に命じた。殿を務めると名乗り出てるなと。しかし、彼は自分の命を振り払って、真っすぐに信長を見つめて言ったのだ。「殿のお役目、それがしが承りたく」と、そう揺るぎない決意に張り詰めた声音で。

端から秀吉に殿軍など任せる気はなかった。彼の能力を疑っている訳ではないが、彼を失うと恐れた自分の私情が、人柱となる犠牲に秀吉を選択することを拒んだ。確かに家臣に対しては無上の忠誠を求める信長であったが、主従を結ぶものは逆に一心に自分へ尽くす忠義のみで構わないとも考えている。主君を思えばこそ人一倍懸命に働き抜くことが忠誠の証しであり、怠惰に褒賞を貪る者あらば容赦なく断罪に処す。それが自身の方針であり、現在まで、そして、今後も変わらない。自分と家臣を結ぶものは主従の立場を厳然と隔てる事務的な関係で事足りるのだ。それ以上の関係性など誰にも求めていない。

だが、唯一例外がある。

 

秀吉だ。

 

信長は青々と生い茂る楓の樹木と地面を新緑に覆う杉苔を睨み、眉間に深く皺を刻んで両目をすがめる。

熱を持たない光の下で、蒼白の月光を帯びて尚のこと深い緑に染まる草木の美しさも、じりじりと焼けつく自分の胸奥を慰めることはできない。静寂も暗闇も、ただただ自分を無闇に苛立たせる。

金ヶ崎から命からがら脱して京にたどりついた信長は妙覚寺に投宿し、自身の居城がある岐阜へ帰還する機会を窺っていた。数年前、美濃を支配していた斎藤家を滅ぼし、美濃の地を手中に収めた信長は、斎藤家の居城であった稲葉山城に居を移した後、城下の井ノ口を岐阜という名前に改め、稲葉山城も岐阜城と改称した。本拠はその岐阜城にあるため長々と京に留まっている訳にはいかないのだが、長政が同盟を破棄したことにより岐阜と京を繋ぐ近江の道が遮断されてしまっている。今現在、近江は敵国の領地であり、以前と同じような気軽さで易々と岐阜と京を行き来することは最早できない。再び京への通行を自由に行うためには、近江領を奪い取る他ないのだ。一刻も早く岐阜に戻り体勢を立て直して朝倉のみならず離反した浅井を討伐せしめ、京と近江、そして、越前を手に入れなければならない。現在、信長が取り組まなければならない最重要課題は朝倉、浅井の討滅であった。

 

本堂から臨む中庭には特別な装飾などは施されておらず、苔に覆われた大地に楓の木々が悠々と根を張り黒い枝を奔放に広げている。本堂と門を繋ぐ敷石の道は樹木の影を受け、昼間は涼しげな木陰を作っており、人の手による作為が感じられない無造作な様がかえって心地良く、信長は京を訪れ妙覚寺を宿とする際にはこの庭が見える部屋を特に好んで寝所としていた。本堂とは別に祖師堂の前にも庭園があって、細やかに整備された書院作り独特の質素な美しさを有する庭の様もまた目の保養となり、散策を楽しむには事欠かない寺である。

平素ならば法姿園と名のついたこの中庭を眺めていると、気分が沈着し波立つ心もすぐさまに凪いだ。しかし、豊かな深緑の清々しさや庭を満たす快い静けさも、今はなんの慰めにもならならず、嵐に逆巻く心は一向に沈着する気配がない。

秀吉が上昇指向の強い男だということは昔から了知していた。ともかくよく仕事をこなす。出世のためというよりも、信長への最大の奉公が職務における貢献だと考えての献身なのだろう。家臣としてのみの彼を評価するなれば、思考も忠義も才覚も正に申し分がなかったが、いまだ武による功績が第一と見なされる傾向は根強く残っており、諜報などといった戦に至る前段階で活躍する秀吉の働きは他の家臣達からはさほど評価されていない。加えて彼には武芸を習った経験はなく、戦場で敵将の首を討ち取れる腕があるかと言えば少々心もとなかった。秀吉が行った墨俣築城や稲葉山城攻における調略は、自分が美濃を掌握するに至った最大の功績であると言っても決して大袈裟ではなかったが、武力一辺倒で策謀を巡らすことに疎い武断派の家臣達は、彼を大した働きもせず、信長に媚びへつらって甘い汁をすすっている卑しい輩と悪し様に言い立てている。中には彼に対する根も葉もない悪口を自分に申し立ててくる暇人もいたが、信長はそれらの言を一切相手にしたことがない。秀吉のことは自分が一番よく知っている。彼は公私両面において信長に媚びたことも擦り寄ったことも一度たりとてない。そもそも自分が阿諛追従の類いを毛嫌いしているということを、一番よく分かっているのは秀吉なのだ。実力のある者は出自を問わず重く扱う自分の方針を、他者の成功を嫉妬する下らない悪意のために曲げるつもりは無論なかった。

しかし、秀吉にとっては甚だ居心地の悪い状況であるだろう。彼が現状に甘んじる己に対して焦りを感じていることは、なにとはなしに分かっていた。自分といる時も顔には出さないが、武功を上げなければという焦燥を常に感じているということを信長は鋭く察していた。彼の焦りが何に基づいているのかは察しがついている。

 

信長に添うに相応しい地位を手に入れなければ置いていかれる、取り残されると彼は思っているのだ。

 

愚かなと心中で叩きつけるように吐き捨てて信長は奥歯を噛み締めた。自身の勇躍を彼一人のために停滞させる程信長は感情的でも感傷的でもない。彼が追いついてこないのであれば待たずに先へゆく。だが、だからといって秀吉を手放す気などなかった。手放せもしない。握り締めた手が解けてしまったからといって、見捨ててしまえるようなたやすい愛ではないのだ。

また、新たに家臣として用いている明智光秀の存在も、彼を焦らせるには十分な要因であっただろう。取って変わられるという不安を抱いたに違いない。優秀な人間ならば信長に添うのは自分でなくとも良いのではないかという、秀吉にしてはひどく消極的な危惧を抱いていたのだろう。

なんたる愚考と心の中で苦く彼を責め、嘆息をついて信長は羽織っていた帷子を乱雑に床へ放った。

優秀な人材を重く用いるのは使える道具を好む愛着でしかない。秀吉個人に激しい執着を催す感情は苛烈な情愛であって愛着などという生ぬるい代物ではない。このあまりにも大きく、同等ではあり得ない歴然とした違いが、彼にはどうにもうまく伝わらないのだ。昔からそうだ。秀吉は愛情を受けることに不慣れ過ぎて、己に愛される価値があるとは考えようとしない。愛した者のために、いともたやすく命を投げ捨てることはできるというのに、彼が死ぬことによって身も心も砕かれる程に傷つく人間がいるとは考えもしないのだろう。

彼が殿軍に自ら手を上げた瞬間、全身の血が凍りつくような恐怖を覚えた。死による献身など自分は求めていない。しかし、彼が申し出てしまった以上、却下するだけの確固たる理由を見つけることはできなかった。理由もなく彼の申し出を覆せば、それこそ贔屓と見なされ今後の秀吉の立場は更に悪くなる。彼も信長が許すしかないと分かっていたらしく、目だけで責めた自分に小さく笑いかけただけだった。結局、秀吉が殿を務めることを許可してしまった自分が、彼を残す決断に血を吐く程後悔したことなど知りもしないのだろう。どんな思いで「戻れ」と命じたのか、どれ程悔やみ、残ることを選んだ彼を恨んだか、分かりもしないのだろう。

 

誰もが生きては帰れないと思っていた金ヶ崎から、秀吉は奇跡的に生還した。退却の途中で合流した家康や光秀の軍とも協力し、どうにか朝倉の軍勢を凌ぎきって見事に役目を果たした。戻れと命じた以上、彼は例え死んで魂だけになったとしても自分の命令を必ず守るという確信があった。死のうと生きようと彼は戻る。戻るならば、どのような結論がもたらされたとしても彼を迎えねばならない。

信長は京都の大原周辺に使いをやり、金ヶ崎から続々と戻ってくる将校兵卒達の様子を見に行かせ、たどり着いた者があれば助けて迎え入れていた。自分が京に到着してから遅れること二日、血と泥にまみれてぼろぼろに成り果てた秀吉が戻ったと知らせが入り、ようやく心の底から安堵したことは言うまでもない。敵兵と交戦しつつ、退き逃げて昼夜を問わず駆け通した彼は疲弊しきっていたのだろう、使いの番をしていた近習の顔を見て「殿にご報告を……」と嗄れた声で呟き倒れたという。

士卒将校達が投宿している寺に運びこまれた秀吉は一日経った今日、信長のいる妙覚寺に帰着の報告をしにやってきた。別室に待たせてあったのを、今し方近侍に呼びにいかせたばかりである。

彼が帰還したという歓喜と安堵の反面、解消しきれない苛立ちが胸中にわだかまっていた。秀吉を失うと思った瞬間、自分の心臓を凍らせた恐怖の所以が彼には分かっていない。主従という崩すことのできない互いの立場があるといっても、愛する者を失うかもしれない恐れを前にして、己の立場に徹する無慈悲を貫くことなど到底不可能に等しい。いかに信長といえども例外ではなかった。

許せないのは、自分の愛情がたやすく他人に移ろうと思っている彼の脅えであり、その脅えによって功に急いだ彼の浅はかさだ。自分が信用されていないということが、ひどく腹立たしく、古い玩具に飽きた小童のごとく、真新しい玩具を目の前に置かれれば簡単に心移りすると思われているようで、とてつもなく不愉快になる。裏切られる前に諦め、傷つく前に離れようとしているのは彼の方だ。自分を信じない秀吉の不実が、憎悪に近しい強さで怒りを誘発して止まない。信長は拳を堅く握り締め、痛くなる程に奥歯を噛み合わせて喉の奥底に滞留している苛立ちをぐっと胃に押しこめた。

にわかに、しゃらんと涼しげな金属の音が後方から聞こえたが、苦い溜息をついて巨躯を微動だにさせず庭を凝見し続ける。

「お連れ致しました」

閉ざされた戸を隔てて背後から近侍の声がした。通せと重い語調で端的に命じると、戸板のはまった桟がこすれた音を発し、しゃらしゃらと派手に響く金属の音色がはっきりと聞こえてくる。

「羽柴秀吉、まかりこしました」

平常とは違い穏やかな声音で名乗って深々と頭を下げた彼を、秀吉を、肩越しに瞥見した信長は、戸の影に控えていた近侍に手を振り追い払う。秀吉には背を向けたまま、入れと命じて閉口した。

自身の手で彼の首に下げてやった首飾りの金具は、軽やかな挙止動作に合わせて鈴のように鳴り響く。遠くにいても秀吉が走り回る度によく聞こえくるこの音を、今程愛しいと感じたことはなかった。

「戻りましてござりまする」

後ろから躊躇いがちに聞こえてくる彼の言葉には答えず

「二度は許さぬ」

と、ねぎらいもせずにまずは戒めた。自分の許しなく二度と死に急ぐような真似はするなという、自身の厳命を極めて簡潔に口した信長の胸中を、秀吉は恐らく汲んでいるはずだ。暫時沈黙があったが、不意に彼が微かな笑い声を上げた。

「二度もあのような危機に瀕する我が君にありますまい」

軽口で応じた秀吉の生意気さに憮然としつつも、いつもとは違う沈んだ語気に叱り飛ばす気も失せる。

「抜かしよる」

はっと短く彼の言葉を笑い飛ばして巨躯を反転させると、ごもっともと柔らかく微笑んで秀吉が平伏した。

「だが、うぬの言う通りだ」

ふっと短く吐息して信長はあらぬ方向へ目を向ける。

彼の軽口はあながち的外れなものでもなかった。自身の失態もだが、朝倉、浅井の両名には最早遅れは取らない。体勢を立て直した後、総力を挙げて完膚なきまでに擦り潰し滅ぼす。彼らが信長を敗走させることは二度とないし、二度も同じ愚を繰り返しなどしない。

信長は歯ぎしりして顔をしかめた。朝倉と浅井のことを考えると必然、はらわたが煮えくり返る。だが、気の利いた言葉をよこす彼の余裕にも憤りは増して、顔を上げた秀吉の珍しく笑みの消えた面を睨む強さで見下ろした。

「ご無事で何よりでございました……」

自分の視線から逃れるようにして目を逸らした彼が、些少震えた声で安堵の吐息とともに漏らす。どこか落ち着かない様子に、彼が何か言いたいことを腹にしまいこんでいると見抜いた信長は、口唇を真一文字に結んだまま、色濃い迷いを滲ませた相好で視線をさまよわせる秀吉を熟視する。彼は一旦ちらりと自分を見上げたが、些に逡巡した後、申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべて上目使いに信長を見た。

「ところで、まことに僭越ながら、信長様に……その、お願いがございまして」

「さても図々しき奴よ」

心底から呆れ果てて、信長は眉をしかめ間髪入れず率直に言い放つ。自分がいかに怒りを感じているのか分かっているのだろうかと、彼の無神経さがこの時ばかりは腹立たしく、舌打ちして極度に顔を歪める。慌てて額を床にこすりつけ、楚々とした態度で自分の返答を待つ彼の悪びれない様子に、深い嘆息の後、よかろうと粗雑な口調で返して、再び顔を上げた秀吉を睥睨する。

「無事帰還した祝儀ぞ。一つ聞いてやる」

今一度舌打ちして腕を組み、両目をすがめて、言えと許可してやる。秀吉は、ありがたきと端的に礼を述べて軽く頭を下げると、姿勢を正して淡く微笑んだ。信長は彼の微笑に益々険相を深めて内心歯がみする。

胃を酸で溶かされるように、腹の底を焼くやり場のない痛みは、秀吉が自身の許しなく死に急ぐ真似をしたことへの激しい怒りだった。その愚行について詫びられ許しを請われても到底積もり積もった痛憤は収まらない。許しを与える気もさらさらなかった。自分の手を振り解いて死を選ぶことなど誰が認めてやるものか。それが自分のためを思っての行為だったとしても、秀吉に対し命を賭しての忠誠など求める気は毛頭なかった。

 

意味がないのだ。まったく無意味でしかない。

 

彼を死なせて得られるものなどこの世には何一つなかった。彼の命に等しい価値を有する事物など存在はしない。秀吉を失うということは、単に優秀な家臣が一人欠けるという程度のことでは済まされなかった。片側の翼をもがれ、片目を潰され、生きながらに死ぬことととなんら変わりがない。半身を砕かれるのに等しい激痛、魂を削り取られるに値する辛苦にさらされ、それでも尚且つ死んだように生きてゆけというのか。

 

たまたま今回は運がよかっただけに過ぎない。二度も三度も同じ幸運が訪れる可能性は極めて低いだろう。この先、再び進退に窮する事態に直面した時、彼自身が、自分に秀吉を使い捨てさせるような真似をしないとは言い切れない。彼が死ぬことで自分の命が救われ生き延びることができたとしても、心は死に絶え、決して這い上がることのできない暗澹へ叩き落とされる。ともに歩む半身を失って、それで真実生きていると、生き延びたといえるのか。多くの他人と秀吉を同列にはできない。愚かしい利己だと分かっていても、彼が生きて自分の傍らに添うているという現実は、何者の命にも存在にも代えることができなかった。

彼にはそれが分かっていないのだと思うと信長の憤怒は更に大きく燃え上がり、この上までも自分に無神経な口を叩くようであれば我慢も限界だとこめかみを引きつらせて歯を噛み締めていた。

彼は相変わらず普段とは違う静かな表情をしていた。苦虫を噛み潰したような面構えをしているであろう自分を恐れる風情もなく、深呼吸を一度だけしてから、ふと微笑んだ。細い首が僅かに傾いだ途端、濃紺の素襖の上で揺れていた首飾りが涼しげに鳴る。願いと申しますのはと前置きしてから、やや間を空けて

「この猿めがしかと殿の御許に戻りましたこと、何卒お確かめ頂けませんでしょうか」

そう、微かに掠れた声で言って、怖ず怖ずと髻に手を伸ばし自らの手で元結を解く。

信長は彼の予想外の言葉に眉を跳ね上げた。要するに抱いて欲しいと、彼の方から頼んできたことが心底意外で、一瞬不意を食った。

秀吉が自分に士官した当初から何度となく彼を抱いているが、自分が彼を褥に引きずりこむことはあっても、彼が自分にこうして頼んでくるのは初めてのことだ。その痩躯に触れていない箇所などないと断言できる程、詳らかに暴いて自分の感触と体温を刻みこんだ肌は、一度口にすれば断つことの困難な美酒に似て、幾度押し開いて手に入れても、何度でも手を伸ばして欲してしまう常習性を含んだ妙な色香をはらんでいる。自分が彼に凄まじいまでの愛情を抱いているせいかもしれないが、回を重ねて慣れてゆくごとに、自分の腕の中で悦楽に溶け落ちて理性を手放す彼の有り様は、恐ろしいまでに甘く信長を誘惑する。

だが、行為に関しては殊更積極的でない秀吉は、信長が要求しても大抵の場合最初は拒んだ。拒絶という強硬なものではないが、なんのかんのと理由をつけて逃れようとすることが常で、慌てふためく彼を意地悪く揶揄する戯れを楽しむことは時折あったが、元々ぐだぐだと焦らされるのは、とてつもなく我慢がならない性分の信長にとってしてみれば、今更逃げに徹する秀吉の態度は甚だ面倒で気に食わないものだった。普段、信長の手から逃れようとする秀吉が自ら抱いて欲しいと願い出てくることは稀も稀である。

意表を衝かれたこともあったが、先刻までの怒りさえ失念して信長は目を見開いた。何も答えない自分に焦れたのか、何卒と重ねて請う秀吉の態度にふうと吐息して眉根を寄せる。ああと心の中でこぼして、彼が何を考えているのか察した信長は口内で軽く舌打ちをした。

「うぬの小賢しさが気に入らぬわ」

更に渋面になって睨みつけると、彼は少し俯いて曖昧な笑みを滲ませた。

自分が求める前に彼は先手を打って頼んできたのだろう。命じるにしても請われるにしても、いずれにせよ確認する必要がある。自身の手に秀吉の心身が、魂が、命が、しかと戻り帰ってきたことを確かめる必要が。狂おしいまでに自分を飢えさせて止まない不足感を満たすことのできる実感は、触れることでしか確かめることができないと自分も彼も知っていた。だからこそ秀吉は珍しい頼みを口にした。信長の怒りが収まるのを待っていられなかったのかもしれない。冬の雨に打たれて凍える鳥のように温もりを欲し、冷えきった胸の奥底にまで早く触れてもらいたいと願う気持ちを押しとどめることができなかったのだろう。

あはは……と気のない笑いを弱々しく上げて、秀吉が肉の薄い両肩を悄然と落とす。

「申し訳ないっす」

軽く発せられた謝辞は今し方の発言に対する詫びなのか、それとも。

信長は一層深く溜息をつくと、俯きがちな彼の眼前まで歩み寄り、だがと鋭く語尾を継いだ。

「殊勝なる心がけなれば」

威嚇するに等しい太く重い声で高らかに言い放つ。自分の大声にびっくりしたのか彼が弾かれたように顔を上げた。

「泣き言を申すなよ」

両目を細めて更に言葉を続けると、後悔じみた困惑を面に浮かべた秀吉が、は、はい……と身を縮めて頷いた。信長は彼の眼前にあぐらをかいて、座していても自身より目線が下方にある秀吉の双眸を凝視する。鷹揚に手を伸ばし、彼の胸元で揺れている首飾りを持ち上げ、解かれた髪が金具に引っかからないよう、ゆるりと取り上げて自身の傍らに置いた。

「脱げ」

簡潔に言い捨てて自身は腕を組む。秀吉は微かに目の下を赤く染めて眉をひそめたが、はいと素直に頷いた。

ぎこちない手つきで帯を解き、緩やかに素襖を脱ぎ捨ててゆく彼の挙止動作を黙って見つめる。忙しく続く衣擦れの音とともに、細作りな体を滑り落ちてゆく布から次第にあらわになってゆく華奢な腕や痩せた胸板には、治りかけた切り傷やいまだもって血の滲んだ真新しい傷口が刻まれている。暗がりの中でも血の滲む傷の数々は判然と見てとれ、着物や具足に包まれて日差しを浴びていない皮膚の白さに、痛ましい鮮赤はよく映えた。重大な怪我がないことが分かり内心ほっとした信長は一度だけ瞼を閉じ、目の前にさらされた秀吉の身体を愛撫するように視線を這わせる。正座したまま脱ぎ捨てられた衣服は、彼の痩身を中心にして花びらのように床へ散り落ちていった。

とうとう下帯だけの姿となった彼にゆっくりと両腕を伸ばし、まとわりつく布地の最中から、てのひらに馴染む肌の柔らかさをたぐり寄せる。背に腕を回し尖った肩を掌中に収めて、僅かにしなる華奢な背の緩やかなくぼみを空いた方の手で丁寧に撫でながら、下方へ伝い落ちた指先で下帯を手際よく解いた。あらわになった小さい臀部の肉を揉むように撫で上げ、深い暗がりを作る双丘の谷間へ揃えた人差し指と薬指をいたずらに滑りこませる。

ひくりと、片腕に抱いた四肢が揺れて、耳朶に熱く震える溜息が触れた。おとなしく双眸を閉じた彼の静かな面を熟視すると、髪と同じ色をした睫が濡れていることに気づき、矢で射られみたく胸奥が鋭い痛みに貫かれる。彼もまた戻ることのできた奇跡に安堵しているのだと知れて、滲み出た涙が光る秀吉の目の下へ、思わず優しく口唇を落としていた。腕の中でほっとしたように痩躯が強ばりを解き、柔らかく吐息をこぼしてやんわりと開いた彼の唇を自身のそれで塞いだ。軽く触れるだけの口づけを何度か落として、唇から頬、頬から顎の線をたどって喉元を滑り、鎖骨のくぼみを丁寧になぞった口唇で肩にある傷に触れた。突然襲った痛みに秀吉が些に退く。それを片腕で押さえこんで制した信長は、治りかけていた傷口に舌を這わせ、先端で押し広げるように血の滲む裂けた肉の痕を舐め上げる。大きく体を引きつらせて、くっと喉を鳴らした彼が痛みに身をよじって信長の肩をつかんだ。無言の非難に構うことなく、傷口に歯へ立て口づけて強く吸うと、堪り兼ねたのか秀吉が、うぁっとくぐもった悲鳴を上げた。

「いっ……痛ぅっ」

半ば泣き声に近い喘ぎで喉を反らせた秀吉の尻の肉を捻る強さで片手に握る。同時に慣らしもしていない乾いた秘所を指の背で押し、ぴくっと反応した彼の胸板でひっそりと起立した突起を口に含んだ。舌先でしつこい程先端をくすぐり、やんわり歯を立てて淡く色づいた突起を強く吸う。んんっと言葉にならない呻きを漏らし、背をたわませる痩身を一層自身の方へ引き寄せ、焦れったくなって、ほっそりとした腰を捕らえ膝上に彼を乗せた。ようやく同等程度の位置に目線が落ち着き、紅潮した秀吉の顔を殊更近くで眺めることができた。自分の凝視に耐えられなくなったのか目を逸らせた彼の耳殻を軽くかじると、反射的に顔を背けた秀吉がすまなさそうに信長を瞥見したが、それを、ふんと鼻で笑い飛ばし、彼の体を持ち上げて反転させ、散った衣服の上へ放り出した。

「信長様……?!」

唐突に体を返されて驚いた秀吉が慌てて上体を起こそうとしたが、うつ伏せの体勢になった彼の首根っこをつかんで床に押さえつける。動くなと鋭く叱咤すると彼がしばしの沈黙の後、はいと素直に応じて四肢を脱力させた。信長は口端を歪めて自身もまた小袖の帯を解く。しかし、袖を引き抜いて脱ぎ捨てることはせず、下帯だけを取り去って床に打ち捨てた。既に硬度を増してたぎる己自身の堪え性のなさを嘲笑い、上体を布地の波間に埋め膝を立てて腰を申し訳程度に持ち上げた彼の背中に覆いかぶさる。尻にわざと怒張の先端を押し当てると、秀吉の肩がひくんと跳ねた。

小柄だが躯幹の細さ故に、裸身のまま様々な体勢を取るとしなやかさを感じさせる彼の体は昔からさほど寸法が変わっておらず、同時に関節の柔軟性も昔のままだった。柔らかい四肢は多少無理な体位であっても信長を難なく受け入れ、褥における悪ふざけでは彼を羞恥のあまり泣かせる程あられもない体勢を取らせて楽しんだこともある。考えつくあらゆる術で彼の体躯を探り開いて、男を咥えこむ快楽を教えこんだ。男というよりもむしろ自分を受け入れる悦楽を覚えこませたという方が正しいかもしれない。僅かな刺激でもあっても、自分の与える感覚には過敏に反応を示す痩躯もまた、下腹に潤んだ熱を蓄え可憐に存在を誇示しているに違いなかった。

彼の腰を引き寄せ前へ手を回すと、予測通り秀吉の雄は勃ち上がっている。掌中に彼自身を捕らえて擦り上げ、信長はびくびくと小刻みに揺れる秀吉の襟足に口づけた。浮き上がる背骨に添って唇を下方へ滑らせ、彼自身をしごく手を焦らすように緩やかに動かしてゆく。すると、物足りないと非難するみたく、股間に収まっていた彼の尻が力んだ。仕様のない、と彼の無意識な淫らに胸中で楽しげに呟いた信長は、望み通り、親指と人差し指で彼自身を締め上げ、その強さを維持したまま擦り上げる。はぁ……っと熱く濡れた溜息を漏らして背を反らせた秀吉の足首を握って引っ張り、膝を崩させて掲げられていた尻ごと彼の体を床に沈めた。その間も彼の屹立をしごき上げる手は止めず、もう片方の手で袋を揉んで、完全にうつ伏せの状態になった下肢に顔を寄せ、大腿の裏側の柔らかい肉に噛みつきながら唇を這わせる。

「ぅあっ……ひぁ……あぁっ信長様……ぁっ」

布地に顔を埋めて肩で息をする秀吉の高い声に喉の奥で笑い、掌中で先走りをしたたらせて熱を増してゆく彼自身の先端の割れ目を指先で浅く掻く。刹那、手の中に生ぬるく飛沫が散ったことを知って、目の前でひくひくと小さく痙攣する尻にやんわりと歯を立てて噛みついた。途端に秀吉が驚いて上体を跳ね上げ、うひゃぁっ! という素っ頓狂な声を上げる。尻に噛みついたことなど確かに今まで一度もなかったので、彼が驚くのも無理はない。肩越しにそろりと自分を顧みた彼の瞳が色濃い戸惑いを滲ませているのを一瞥した信長は、口角を吊り上げて目をすがめた。

褥の最中で秀吉の哀願や困惑、法悦や恍惚の表情をかいま見るだに、首の後ろが粟立って巨躯の奥から残忍な喜悦が噴き上がってくるのを自身でも抑えられない。愛情故の嗜虐心がとことんまで彼を困らせ惑わせ乱したいと求める。獣のごとく理性に欠けた貪婪さで、雄に貫かれる悦びに溺れる彼の姿を何度でも見たくなってしまう。早く、自身のそれを彼の中に収めたいと気が急いたが、歯ぎしりして耐え、手に絡みついた精液を双丘の奥で慎ましく口を閉ざしている秘所になすりつけて、指の腹で押すようにして繊細な肉を擦り上げてゆく。擦り上げる程にくちゅくちゅといやらしく響く粘着質な音に、秀吉が首を振って耳を塞ごうとした。しかし、耳を閉ざそうとしていた彼の腕を素早く捕らえて床に押さえつけ、ならぬと言い放って口の端を歪める。非難がましく眉をしかめて自分を振り返った秀吉には構わず、擦り上げる指の腹で僅かに口を開く程柔らかくなった秘所へ、何の前触れもなく指先を入れた。つぷんと自分の指を飲みこんだそこに容赦なくもう一本の指を含ませる。途端に秀吉の上半身が跳ね上がって、いぁ……っ! と切ない悲鳴がこぼれた。

「くっ……いっ……つぅっ」

呻いて四肢を強ばらせる痩躯の内壁を二本の指で掻き回し、含んだ異物を締め上げる粘膜のひだを指の腹で押さえつけて擦り上げる。うって変わり、あっあぁ……っ! と甘い残響をはらんで高く伸びた彼の喘ぎに口元を歪め、信長は肉壁の最奥にまで指を進めた。内一本を鉤状に曲げ、残り一本は立てたまま、勢いよく二本の指を中途まで引き抜いてから、再び粘膜の最奥へ埋めた。とろついた白濁によって滑らかに指を咥えこんでいた狭苦しい粘膜が、指の出し入れを繰り返す程に緩まって高温を蓄えてゆく。

信長は物欲しげに絡みついてくる粘膜から指を引き抜き、秀吉の腰に腕を回して今度は仰向けに彼の体を転がした。驚いて起き上がろうとした彼よりも素早く、無防備に開かれていた両脚をつかんで左右に大きく開かせ、脚の片方を自身の肩に担いであられもなく眼下にさらされた彼の秘所を無遠慮に指先で撫ぜ回し、物欲しげにひくつく入り口へ自身の怒張を宛てがった。

「己でせい」

口角を吊り上げて端的に命じると、秀吉は一瞬目を見開いて困惑を滲ませたが、ぎゅっと唇を噛んでから、そろりと信長のそれをてのひらに包み、もう片方の手で自らの秘所に指を這わせる。十分に慣らした箇所は怖々と触れた秀吉自身の指先をたやすく飲みこみ、喉を引きつらせて、くっと短く呻いた彼の、恍惚にとろけつつある表情に下腹へ集中する熱度が高まる。早うせいとわざと冷淡な声音で促すと、小刻みに震える指で自身の秘所を押し広げた彼が、怒張の先端をそこへ僅かに含ませた。掲げられた脚をかたかたと震わせながらも、熱く潤う肉壁へ自ら信長の屹立を咥えこませてゆく秀吉の顔は真っ赤に染まり、耐え切れない羞恥にひそめた眉の下で、涙に曇る瞳だけがどこかしらとろんとぼやけている。彼の内部に収められた自身の怒張が、濡れたように熱くとろける肉壁に締め上げられ重く拍動した。

平常ならば自身の我慢はとおに事切れているはずだった。とろけ切った彼の最奥にまで自分自身を埋めて、腕の中にある秀吉の心身が間違いなく自分のものであると、心ゆくまで確かめたかった。しかし、秀吉に対する憤りはいまだちりちりと胸奥で焦げつき、信長をひどく冷静にさせる。中途まで自身の雄を咥えこんで、ぶるぶると全身をわななかせる秀吉を見下ろし、冷たく口元を歪めて

「ここからどうする」

と知っていながら問う。当然、どうするって……っと思わず声を上げた秀吉の眉が八の字にひそめられた。驚愕と当惑に歪められた彼の表情に、普段ならば胸を突かれて意地悪く責め立てるのを止めてやるところだが、今宵はどうしても許すに気になれず

「言え」

厳然と命じて双眼を細めた。信長の命令の意味を悟って、秀吉の面が見る間に耳朶まで紅潮する。殿っと哀願するみたく、むせび泣きながら自分を呼んだ彼を冷然と見下ろして信長はにいっと笑う。

「言うのだ」

重ねて命じて、中途半端に埋まった自身の怒張を催促するようにほんの微か動かすと、秀吉の体が過剰な程におののいて小さく引きつった。先程、達したばかりの彼の雄は、既に勃ち上がり先端を赤く充血させている。指で彼のそれを弾くと、透明な蜜がとろりと溢れて、平らな腹の上に散った。しばし目線をさまよわせて逡巡していた秀吉が口唇を震わせて信長を見上げる。双眸の輝きが曇って見える程、涙を溜めた瞳にほんの一瞬、悲しげな色が浮かんで消えた。

「動いて……下さ……ぁっ」

爪先まで痙攣させて、とうとうか細く請うた秀吉に

「動くだけで事足りるか」

と畳みかける。自分の言わんとしていることを理解して、彼がふるふるとかぶりを振ったが尚も許さなかった。

「言え。さもなくば、ここで仕舞いだ」

厳しく言い放って彼の両目に冷たく目線を重ねる。そんな自分の熟視から逃れるみたく睫を伏せた秀吉は暫時口を噤んでいたが、鼻をすすって苦しげに深く息を吐いた。

「奥まで……」

嗚咽交じりの小声で漏らして一旦言葉を切る。わなわなと震える唇を噛み締めて、一度顔を反らし、崩れ落ちて額にかかる前髪の合間から信長を恨めしげに凝視して

「突いて下さい……」

と蚊の鳴くような声で語尾を続けた。

「お願……っお願いします……っ」

堪え切れないといった風情で両目を堅く閉ざしてぽろぽろと泣きながら、絞り出すように吐き出された彼の懇願に、さんざん平静を保つことに努めていた理性が瞬時に瓦解してゆくが分かった。秀吉のもう一方の脚も素早く肩に担ぎ上げ、彼の上に折り重なった信長は、半端に含ませていた自身の雄で淫らに溶けきった内壁を一気に貫く。刹那、先端からだらしくなく先走りを滲ませていた彼自身が吐精を果たした。

「堪え性のないことだ」

早々に白濁を散らした彼を揶揄してくっと喉で笑う。最早非難がましく睨む気力も失せたのか、秀吉は荒く呼吸を繰り返して唇を噛んだだけで何も言わなかった。

先に達した彼には構わず、いまだ昇り詰めるまでには満足していない自身の雄で、高熱を蓄えた内壁を嬲る。達して間もなく突き上げられ、驚いて跳ねた彼の痩躯がしなって小刻みに震えた。

「いっ……あぁっ! 殿……っ!」

中途まで引き抜いた怒張で再び最奥を突くことを繰り返し、一度達して緩んだ粘膜を熾熱の塊で絶え間なく打ちつけると、応じるように肉壁が信長自身をきつく締め上げてくる。同時に、萎えていた彼自身が再び硬度を取り戻し、突き上げる度に膨らんで赤く染まる先端から再びとろりと精液を溢れさせた。

背筋を這い上がる喜悦に彼の中に収めた自身が重々しく拍動を繰り返しているのが分かる。先刻までの冷淡も忘れて、内部の、特に彼が過敏に反応する箇所をしつこく嬲り、怒張を引き抜こうとすると殊更きつく締まって自分を咥えこみたがるそこに信長は白濁を吐き出した。

「ふ……っあっあぁ……ぁっ!」

喉を反らせて嬌声を上げる彼の、いまだ達していない屹立を掌中に捕らえて乱暴に扱くと瞬く間に吐精して、信長のてのひらと指に白い液体が絡みついた。間を置かずに二度も立て続けに達した体は、急激に力を失い意識を手放そうとしていた。だが、信長はがくりと傾きかけた秀吉の頬に平手打ちを食らわせる。力の加減はしたが相応に痛みはあるはずだった。その証拠に自身の打った箇所だけが朱に染まり、閉じかけた彼の双眸がはっとしたように見開かれた。

「くたばるでないわ」

不機嫌に叱責すると眦に涙を溜めた鳶色の双眸が自分を見上げて、諦観のためでなく抗う色も見せずに一旦閉じられる。掠れた声で、申し訳……と言いかけた彼の粘膜を硬い先端で突き上げると涙声が喘ぎに変わった。

自身の吐精を受けた粘膜を容赦なく貫いて嬲りながら、体力を奪い尽くされて成されるままに身を預ける彼の上へ覆いかぶさり、雄に突き上げられる快楽にわななき引きつる体を両腕に抱き締めた。短く息をつき、甘い喘ぎを漏らしながら、切なげに眉根を寄せる秀吉の、脱ぎ捨てた着物を堅く握り締めていた手を解いて自身の指を絡ませる。汗で髪が張りついた細い首に唇を滑らせて、耳元でか細く嬌声を上げる彼の溜息に耐え切れず、秀吉と囁いて耳朶に歯を立てると、一際高い声で啼いた彼の四肢がびくんと大きく引きつった。ぬるりとした感触を腹に感じ、同時に自身を咥えこんだ粘膜がきつく信長の怒張を締め上げる。くっと喉の奥で短く呻いて彼の中で熾熱を吐き出すと、ぐったりと脱力した体躯が二、三度痙攣した。大きく肩を上下させて荒く呼吸を繰り返す秀吉の涙に濡れた顔を吐息が交わる距離で見つめながら、信長は両目を細める。

 

昔、命じるだけの確信も、口に出せるだけの自信もなく、口にすることのできなかった言葉がある。今も昔も、最も彼に望み求める愛は決して変わらず、激しく燃えて僅かも消え失せることがない。

 

誰よりも何よりも彼が好きだった。

ただ側にいてほしいのではなく、ただ離れずにいてほしいのでもなく、自分が行く道をともに歩み、ともに生きて同じ未来を創るために添い遂げてほしい。彼を愛するのと同じように他の誰も愛せないのは、自分を天へと押し上げる翼を持つ伴侶は彼だけだと知っているからだ。自分だけの翼を、彼を、見つけ手に入れたからこそ、躊躇も迷妄も捨て、一心不乱に前へ進むことができる。

 

今こそ言わねばならないのだと漠然と思った。あの日、弟を殺すと決意した日、明けゆく空の下で、彼が誓ってくれることを願って止まなかった言葉を。

再び彼が自分の手を離さずに済むように、自分が彼を失わずに済むように、裏切られることのない誓いを結ぶために。

 

「先に死ぬな。後に生きるな。ともに生き、ともに死ね」

 

信長は苦しげに上下する両肩ごと秀吉の体を更に堅く抱いて、首筋に口づけながら呻くような低音で命じた。

 

自分より先に死ぬな。

自分の死んだ後に生きるな。

ともに歩み、ともに滅びよ。

 

それ以外の生も死も、許しはしない。

 

昔とは違い、もっと強く、もっと明らかに、そして、もっと鮮やかに、自分の願いは時をかけて昇華され、余分も曖昧もない麗しいまでの簡素に整えられた。今も昔も、願うことは変わらない。決して、変わりなどしないのだ。

「誓え。必ず我が命を守ると」

顔を上げ微かに眉宇を濁して、彼の双眸を見据えた。信長の言葉に茫然としていた秀吉の顔がじょじょに歪んで、瞬く間に彼の両目から透明な滴が迫り上がり、頬やこめかみを絶え間なく滑り落ちる。

「誓います……決して御意に背かぬと」

誓いますと二度続けて彼が両腕を伸ばして懸命にしがみついてきた。秀吉の唇から押し殺した嗚咽がこぼれて、堪えようと目を閉じ口唇を噛み締める彼の頬を親指でそっと撫で上げる。

そして、幾度かしゃくり上げた肩を押さえこむみたく強く掻き抱くと、腕の中で彼が子供のように声を上げて泣いた。

 

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