トゥギャザー 作:志須
原作:戦姫絶唱シンフォギア
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R18エルキャロ/キャロエルです。
(初出:2018/09/22)(他サイトと同時投稿です)
・『フーガhttps://syosetu.org/novel/176379/』の続作です。
・時系列的に『フーガ』の後、『トロイメライhttps://syosetu.org/novel/161176/』(キャロルと響がデートする話)のような出来事があったということになってます。
・AXZ終劇(9月中旬) → フーガ(10月上旬ごろ) →(約一週間後)→ トロイメライ‘ →(1~2週間後)→ 今作(10月下旬ごろ)
(拙作クリスマス・ビフォア・アポカリプス https://syosetu.org/novel/168313/ 、レセ・ヴィヴレ https://syosetu.org/novel/169818/ 、アントラクトⅢ https://syosetu.org/novel/161175/ 等の流れを継いでいますが、読んでいなくても内容は通じます)
R18エルキャロ/キャロエルです。
(初出:2018/09/22)(他サイトと同時投稿です)
・『フーガhttps://syosetu.org/novel/176379/』の続作です。
・時系列的に『フーガ』の後、『トロイメライhttps://syosetu.org/novel/161176/』(キャロルと響がデートする話)のような出来事があったということになってます。
・AXZ終劇(9月中旬) → フーガ(10月上旬ごろ) →(約一週間後)→ トロイメライ‘ →(1~2週間後)→ 今作(10月下旬ごろ)
(拙作クリスマス・ビフォア・アポカリプス https://syosetu.org/novel/168313/ 、レセ・ヴィヴレ https://syosetu.org/novel/169818/ 、アントラクトⅢ https://syosetu.org/novel/161175/ 等の流れを継いでいますが、読んでいなくても内容は通じます)
真昼の霧のような白い闇の中に、輪郭がおぼろげに浮かび上がる。
それは徐々に色味を帯びるとともにはっきりとして――見えてくる。知っている風景だけれど、知らない光景。
これは、ときどきあるように、自分のではない方の夢のようだった。
日ごとの対面を果たした後の、ほんとうの眠りにつく前のひととき。そんな夢を見るかもしれないこのひとときは、もう一度出逢うことができて以来、密かな楽しみとなっていた。
なぜなら、自分の知らない時代の世界が見られるから。
自分の知らない錬金術の一端を、垣間見れることがあるから。
そして、“彼女”の知らない過去が知れるから。
歴史の表に現れることのない、時代の闇を見たときには、胸が痛くなる。
遠い昔の、純朴な暮らしの中でのほほえましい情景が見えると、あたたかな気持ちになる。
以前の機会に少しだけ知れたけれど、こうして知らない過去をまた知ることで、さらに“彼女“を知れることは嬉しいことだった。
今見えているのは、今はもう存在しない彼女のかつての城の、寝室の風景。
ベッドに横たわっていて、顔を倒して他所を見ている、傾いだ視界。彼女の視点で作られた映画のような、時空間に紐付いた彼女個人の体験の記憶――彼女の“想い出”。
ふと、主を呼ぶ声がした。――頭上から。
声は思いのほか間近から聞こえて、視線が顔ごとそちらへ、真上へと向けられると、見えたのは仰向けのこちらの左右に腕を衝いて上から見下ろす、配下の一人の姿だった。
彼女の配下の人形は、彼女の――こちらの様子を見ると、安心させるかのように穏やかな微笑みをにこりと返す。
そして、半身を低めていく。微笑みはこちらに近づくにつれ徐々に、楽しげな笑みへと移り変わって。
間近になったとき、口元がいたずらっぽく三日月の形になったように見えたのは気のせいだろうか。
笑みを浮かべるその顔をこちらに寄せて。
首筋に顔を埋めた。
耳朶を食んだ。
顔が倒れて覗けた喉に口接けた。
鎖骨に、胸に、先端に。
脇腹に、へそに、下腹に、人形は口接ける。
幾度も瞑られ途切れ途切れな視界にときどき見える彼女の身体が、衣類を何も着けていないことに気付いたのは、人形が内腿に、脚の間に口接けるのが見えてからだった。
なにが起きているのか、なにをされているのか――混乱する頭はようやく最も可能性ある答えの一つにたどり着けて。
思いもよらなかった。
考えてみたこともなかった。
彼女は抵抗も拒絶もしない。けれど楽しげな人形と違って歓迎しているふうでもない。
敢えて、いたしかたなく行為を受け入れているといった態。
知らなかった彼女を、また知れた。
これまでに見た想い出の中でも衝撃的で、驚きは少なくなく、けれど、それ以上に――知りたい。
彼女は、どんな様子なのか。
彼女の質感はどのようなものか、知りたい。
たまらなく知りたくなって、胸の内側が焦がされるかのようにじりじりする。
その衝動は胸の深くからとめどなくあふれ出てきて、まるで尽きる気配なく湧き続ける泉のよう。
胸に宿ったそれを抱えたまま、そのうちに眠りに落ちた。
◇
意識が浮上していくのを感じる。
もう間もなくなのだろう、もうひとりの自分がやってくるのは。
そして想い出の複写が行われる。現実の世界と同じ所作で。つまりは、エルフナインからの口接けによって。
……パパの遺した『世界を識れ』という言葉に託されていたほんとうの命題は、『人と人がわかり合うこと』だったとは、こちらの想い出の断片に遭遇したエルフナインから伝えられて、ようやくキャロルに知れた。
切望していた言葉の答えを、忌み嫌っていた奇跡によって知れることになるとはこの上ない皮肉だったが、世界から受けた理不尽を時代ゆえと飲み下せなく為した自分の所業を思えば、因果の巡った結果と言えるかもしれなかった。
命題『人と人がわかり合うこと』の解明とは、人と人の間に横たわるものと、人びとを取り巻く世界とを解き明かすことに等しい。
ほぼ毎夜に行われる日課のようにすらなっている想い出の複写は、世界とそこに生きる人びとの営みを眺めることが命題解明において欠かせない根拠基盤になる、という理由は理解できるとはいえど、その様はまるで巣に帰ってくる親鳥から口移しで餌を与えられる雛鳥かのようで、気恥ずかしさを覚えることは相も変わらずだった。
想い出の複写は、電気信号の複写。
現実世界の物理法則下にないここ、心象世界の空間では電気信号の伝導に要する粘膜同士の接触は必要ない。にもかかわらず口接けという手段で複写が行われるのは、それがエルフナインにとって想い出の複写という事象を起こす儀式と条件付けされてしまっているから。
エルフナインは自らの身体と意志で超常能力を行使した経験がないせいか、心象の世界で事象を起こすことはできても意図しての操作がままならない上、事象を呼び起こすには儀式を必要とするようで、エルフナインにとって想い出の複写には粘膜同士の接触が必要という印象が強いせいなのか、口接けがその儀式になっているようだった。
この手の条件付けは一度定着すると変えることは難しい。不可能ではなくとも多大な労力と根気を必要とすることを知っている。
そも同一躯体での異なる電気信号の共存は、ホムンクルス躯体の運用においては想定外。無理をすれば不測の事態が起きないとも限らない。
幸いこの儀式で心身への害が生じるといったことはない――気恥ずかしさを感じる以外は。致し方なく、それを押して行為を受け入れている。
想い出の複写に依らず、世界とそこに暮らす人びとの営みを直接見聞すれば良いと言われれば、否(ナイン)。
先々週、つまりエルフナインと再び出逢って二週間ほどが経ったある日。事故、というよりは現象を利用して意図的に、躯体の自我を入れ替わられたことがあった。
躯体が覚醒している時、エルフナインとは逆にこちらの意識は就眠している。けれど奇跡を体現するあいつ――『人と人が分かり合う』という命題の答えのかたちに最も近いと予感する者、立花響がそばにいると、こちらの意識は無意識的に浮上し、覗き見をするかのごとくその情景を夢に見ることがある。かつて行っていた感覚器官のジャックかのように。
入れ替わられたそのときは、エルフナインが故意に深層に沈んで眠りに就いたせいで、無意識的に浮上していたこちらの意識は、まるで一つしかない椅子に先に座られてしまった椅子取りゲームかのように沈むことができなくなり、躯体の自我として表層に現れることになってしまったのだった。
かつてのように自分自身で世界に接してみてはとエルフナインは言う。
躯体の自我としてこちらが元来のように表層意識になれることは、エルフナインから想い出を複写され電気信号を補填されて、希薄だった意識を確かにしたときすでに推測ができていたが、そのつもりはない。パパを拒絶した世界と、それを取り保つ人びとに対するわだかまりは未だ拭えないままでいる。
それに、自分は世界を滅亡の一歩手前にまで追い込んだ、世界の敵の首魁だった。
世界から取り除かれるだけのことをした自分は滅ぼされ潰えるが分相応、似つかわしい末路と思うが、そんなこちらの意識が未だ躯体に残存していると知られれば、同化しているエルフナインごと躯体を処断される可能性がある。
それはエルフナインがこの世界で生きていけなくなることを意味する。
S.O.N.G.は一国の枠もその法も超えて超常脅威から人類を守護する組織とはいえ、傘下に置くこの世界の影に存在する支配構造は手緩くない。
うっすらとおぼろげに感覚が残っている、永年生きてきた中で欧州を始めとする世界の闇を目の当たりにしてきた体感からすると、支配構造への認識と考慮と見通しが、エルフナインも立花響も、周囲の誰もかもが甘すぎる。
なにより、同化した以後は、エルフナインの生だった。
立花響が照らし出すかもしれない命題の答えのかたちを見届けるのは、自分ではなく、この世界で生きたいと願ったもうひとりの自分こそがふさわしい。
自分はこの玉座で眠り、それを夢心地に聴かせられるのが似合いだろう――夢想曲(トロイメライ)のように。
意識の浮上に伴ってしぜん、瞼が上がってゆく。
俯けていた顔をゆっくり上げるとそこは、チフォージュ・シャトーの玉座の間。
身を置いている玉座から俯瞰される広間の風景を背景に、もうひとりの自分――エルフナインが、前に立っていた。
とろみのある柔和な顔に微笑みをたたえているエルフナインの姿は、空気を含んでふわふわと持ち上がる襟足の長さの、緑がかったくすんだ金の色の髪。裾に灰緑の二重線が入ったノースリーブの白いワンピース、白いハイソックスに若葉色のバレエシューズを履いた装いともども、同化する以前の姿。
同一躯体に同化したとはいえ、意識は別個に独立している。こちらを素体として造られた出自ゆえに似ているとはいえ、外見は異なるという認識がはっきりあるため、エルフナインの姿は元来の姿である廃棄躯体の容姿で現れるのだろう。
一方のこちらは、身の丈より長い三つ編みを侍らせ、緋色のワンピースに赤のローヒールパンプス、黒絹の長手袋をはめた、ホムンクルス躯体を完璧以上に完成させ、完成された賢者の石の象徴、赤き衣の王たる存在に至ったと自負して以来、数百年来纏っていた軽装の姿で現れている。
「キャロル……」
玉座に歩み寄ったエルフナインの白く柔らかな素手の左手が、肘掛けに置かれたこちらの黒い長手袋の右手に重ねられたら、それが合図。
上げた顔をそのままに、背を傾けて寄せられるエルフナインの顔を最後目にしながら、瞼を再び下ろす。視界が閉ざされればそのせいで感覚が鋭敏になってしまうというのに、気恥ずかしさがキャロルにいつも目を閉じさせていた。
やがてもたらされる、唇への柔らかな感触。
数拍の後、触れ合わせたそれへ控えめに触れてくるものがある。唇を薄く開いてやるとエルフナインの小さな舌がそっと割入ってきて、無防備にいるこちらに触れた。
少しばかり触れ返すと、エルフナインもまた触れてくる。一定の接触面積を取るために、擦り合わせるように触れ合わせる儀式が、いつものように始まる。
けれども。
エルフナインからの圧が、ごく軽くだけれど、少しずつ増していく。
「ん、っ……」
口接けが、深さを増す。触れ合う範囲が、大きくなる。
また、だった。
ごく浅くところで触れ合わせるだけで済むはずが、近頃は日に日に深くなっている。
深く大胆に探られるといったことはないけれど、触れ合わせる範囲は以前より確実に増している。
互いの身体の間に差し入れた左手でエルフナインの右肩をやんわりと押し返す。そうやって想い出の複写はとうに終わったと気付かせなければ、いつまでも続けていそうな気配すらあった。
内心で怪訝に思いながら前に立つエルフナインの顔を見れば、エルフナインは決まって悩ましそうな切なそうな、ともすれば物足りなさそうに見える、困ったような微笑みを浮かべている。今も、また。
そんなことが、ここ一週間ほどずっと続いていた。
この口接けの儀式に言及することは気恥ずかしさも手伝って今まで憚られていたが、明らかに以前と違うエルフナインの様相がこうも続くと、いい加減気になっていた。
だから今日は。
玉座に座るこちらより、頭一つ分高い位置になっている顔を見上げ、口火を切る。
「一日の想い出をこちらに複写するのに、今のお前ならそう手間取るものではないはずだが」
エルフナインの碧と菫の取り合わさった瞳がかすかに瞠られた。
瞳が揺れて、眉尻が切なく下げられる。視線が落ちて、目が伏せがちになる。
「……、それは……」
まるで後ろめたいことがあるかのように、しどろもどろに言葉を詰まらせる。
何か理由があるのか、と考えを馳せ始めたそのとき。
突然、身体に浮遊感が沸き起こった。
「なっ……!?」
「ふあっ……!?」
重力が突然失せたかのように、座面から身体がわずかに浮き上がる。同じように、目の前のエルフナインの足も床から離れていた。
そして周囲の風景が、エルフナインを除いて水面を激しく波立たせたるかのように歪み消えて、次の瞬間、重力だけが元に戻った。
落下を感じて、反射が目をぎゅっと瞑らせる。
その直後、背中と腰とが、弾力ある柔らかいものに受け止められた。
「っ!」
「ひゃあっ!?」
こちらに覆いかぶさるように倒れ込んできたエルフナインの肩ごしに、見開いた目にまず見えたのは、見知っている天井だった。
投げ出された手であたりに触れて、エルフナインと自分とを受け止めたものを確かめる。
きめの細かい、肌触りの良いこの布地の感触は――密に織られた綿のシーツ?
「ベッド……?」
エルフナインが四つ這いに身を起こしたのを機に、こちらも半身を肘を衝いて起こし、ともに周囲を見回す。
中世の庶民の生家を思わせるような質素堅実な内装に、長年見てきた天井。壁付けされたアンティーク調のドレッサーにキャビネット、奥側にはクローゼット、書物机――かつて存在していたチフォージュ・シャトーの、自分の寝室の風景の中にいた。
「何が起きた……?」
四つ這いの体勢でこちらと同じく周囲を見回していたエルフナインは、下になっているこちらと視線が合うや否や、はっとした表情を顔に浮かべた。
「ご、ごめんなさいっ! きっとボクのせいですっ……!」
眉根を寄せぎゅっと目をつむりながら突然に謝意を示されても、脈絡を全く失していてこちらには何のことだかさっぱり分からない。
「どういうことだ?」
率直に問うと、エルフナインは申し訳なさそうな、咎められるのを悟ったかのような顔になって、こちらの視線に堪えかねたかのように視線を落とした。
そしていくばくかの逡巡を見せた後、ためらいがちに口を開く。
「その……この前、見えてしまったんです。キャロルの……ガリィとの、想い出を」
「ガリィとの? ……、まさか……」
ガリィについてこの寝室に関連する想い出を思い返し、やがて思い当たった益体もない心当たりに言葉を詰まらせたこちらを見て、エルフナインはそれを肯定するかのように浅く領く。
「キャロルと逢ったあとの、ほんとうの眠りに就く前……キャロルの想い出の断片を夢に見ることがあるのですが、そのとき偶然、その想い出が見えてしまったんです。それ以来、その情景が頭から離れなくて……空間の転換が起きたのはきっとそのせいです」
玉座の間を含め、この空間は二つの自我の、認識の撚り合わせから構築されている心象の風景。一方が思念を強く凝らせば、その自我の認識のみで風景が構築され、もう一方の自我ともどもそこへ誘われるということはありうる。
ましてエルフナインは事象を起こす術を自分の意志で行使、制御した経験がないので、意図せず現象を起こしてしまったとしてもおかしくなく、現在のこの状況は自分のせいだと言うエルフナインの推測通りである可能性は高いだろう。
ガリィとの行為のことは以前に夢に見、体感の記憶とともに出来事の想い出の残滓を断片的に取り戻していた。電界顕微観測鏡Beatriceによる躯体の脳領域走査の影響か、こちらもエルフナインのように意識が眠りに就いたときに燃え残っていた想い出の断片を夢に見ることがある。
以前の自分は、ダウルダブラのファウストローブの出力を引き出すには子供の体躯のままでは魔弦のスケールが足りず、躯体を成人にする必要があり、ローブ装着時に魔弦の音の作用で躯体を成体にできるようにするために、必要な体内の性感神経の励起と破瓜をガリィに命じて施させたのだった。……性根の腐った人形のやること、必要以上にいじられ嬲られたのだったが。
その情景の想い出の断片を、こちら同様にエルフナインにもいつか見られるだろうことは、予測の範疇だった。
これで分かったけれど、エルフナインは日毎の想い出の複写で、一日の想い出のほぼ全てを実直に複写しているが、想い出の断片を見たという想い出はこちらに複写されないようだ。
心象の風景での体験だからだろうか。それとも同じ躯体を、同じ脳領域を共有しているせいなのか。要因は不明だけれど、自分の過去の何を知られたか分からないというのは、深刻なことから今回のような気恥ずかしさまで種々の問題の因子をはらんでいて、そのことに危惧を覚えなくもないが、今は現在状況への対処が先だった。
心象の風景の転換がこの寝室へと至ったのは、件の想い出の情景がこの寝室だったからだろう。このベッドの上にいるのは件の想い出が要因だと思うと、なんだか落ち着かない。別所へ移りたいが、けれど心象の風景の転換など試みたことがない。
手段模索のためにこの空間を調べるにせよ、心の平静を取り戻すにせよ、ともかく起き上がらないことには何も始められない。さしあたって、こちらの腰の両側に手を衝いてこちらの下肢の上に四つ這いのままでいるエルフナインに退いてもらうこととして、それを言おうとした矢先。
「あ、あの、キャロル……」
エルフナインが何かを言いたげにおずおずと切り出した。
何用だろうと、瞬いた目で、続きを促すと。
「ボクも、キャロルに触れてみても……いい、ですか?」
「……、なっ……!?」
何を言い出したのか分からなかったのが半瞬。
“ボクも”という並列表現と、“触れる”という動作語、エルフナインの見たという想い出の内容から言葉の意味にたどり着くのに、次の半瞬を要した。
つまりは、こちらに、同じように触れてみたいということ――ガリィのように。
言いたいことは分かった。けれどその思考は、こちらの思考をおもいきり振り切って斜め上に跳躍している。
「あの想い出を見たからといって、何故そうなるっ!」
困惑と羞恥入り混じりで疑問を呈すると、エルフナインのあどけない緑碧の瞳はこちらの様相とは真逆に切なそうに揺れた。
胸の内に何かを飲み込んでいるかのようなその様子には、既視感がある。
「あの想い出を見て、ボクは自分で思っている以上にキャロルのことを何も知らないと、思い知りました。それ以来、ボクの知らないキミをもっと知りたくて、仕方なくなって……だめ、ですか?」
ここ数日、想い出の複写を終えて唇同士が離れた後に切なそうな顔をしていたのは、きっとそのせいだったのだろう。
悩ましそうに想いを吐露するエルフナインのその表情は、それが社会通念上羞恥や何やらを伴う行為だからというより、今に願いを言うことが迷惑かけついでかのようで、こちらに不愉快な思いをさせることの方を恐れているように見えた。
それを別とすれば、おずおずとだがそういった方面のことを面と向かって切り出すあたり、自分たちホムンクルス躯体のこととなると性に関連する羞恥が欠けるところがあるのは相変わらず。
けれど、興味半分で行ってみたいという類の意志は感じられない。欲望に駆られて、といった印象も全くない。
欲求には変わりないが、それは肉欲ではなく知に属している。
知りたいという知的好奇心。
おそらくは、エルフナインの持って生まれた純真な性向からして、分からないものを理解したいという知的欲求の現れなのだろう。
「……触れると言ったところで、お互い同一躯体内の異なる電気信号に過ぎないのだぞ」
「この空間もボクたちの姿も心象の風景ではありますが、二人の自我の認識を撚り合せてつくられているここでは、実体と変わりない姿形と質感、触感を持っているのをお忘れですか」
「っ……」
忘れるどころか、身に覚えがありすぎるほど分かっている。
玉座に座るこちらに、エルフナインが身を乗り出してくるときの衣擦れの音。顔同士が至近になったときの、髪の触れ合う感触。口接けのときに感じる、触れ合うそれの温度――おそらくこれまでの体感記憶は脳領域の何処かに残っていて、この空間での感覚はそれらを元に再現されているのだろう。
触れてみたいという知的欲求を満たすには、必要条件は整っている。
ふ、とため息が漏れて、肩から力が抜けた。
「……好きにするがいい。今のオレなど、お前の一存でどうとでもできる存在なのだからな」
胸に生じた諦観の滲んだこちらの言葉を、エルフナインは生来の気性通りに生真面目に受け取る。
「それは、ボクもキャロルも同じのはずです。一方の自我にそのつもりがあれば、他方の電気信号を躯体から放逐することは可能です……ボクたちは自我継続の意志と、異なる電気信号と共存する意志によって、この心象の世界を成立させています」
この心象の空間の性質についての問いへならば、満足いく回答だった。けれどこちらが言わんとしたことは、それではない。
「……オレの都合で作られ、利用されたお前には、オレをどのようにも処断する資格がある」
一方的に利用し、一方的に切り捨てるつもりだった。
かつての自分は、遠隔でS.O.N.G.本部にいるエルフナインの躯体から幻影を現出させ、感覚器官のジャックによってエルフナインが無意識の内通者であることを暴露し、組織に処分させるはずが、司令官の寛大な度量の前に失敗。その後さらに本部潜水艦を巨大オートスコアラーのレイアの妹に強襲させ、S.O.N.G.職員ともども、エルフナインを抹殺しようと試みた。
その報いをこちらに受けさせる資格が、エルフナインにはある。
だというのに――エルフナインは顔を左右にする。
左右に速く大きく顔を振るその様は、強い否定を思わせた。
「ボクはキャロルに感謝しています。ボクを造ってくれたことに。そして、消えゆこうとしていたボクの命を掬い上げてくれたことに。キミは、ボクにこの世界で生きる機会を与えてくれただけでなく、世界を識るという喜びの機会をも与えてくれたんです……」
懸命に、訴えるかのようにそこまでを言うと、エルフナインはふと言葉を途切れさせて切なげな顔になる。
「ボクは、大好きな人たちがいるこの世界のことをもっと知りたいです。その知りたい世界のことのひとつは、キャロル……キミのことなんです」
「っ……」
一方的に利用し、使い捨ての挙げ句に殺そうとまですれば、報復されることは必然。かつて幼い頃の自分が、利用され処分される直前に、大人たちを返り討ちにしたように。
当然の報いだと言うのに、エルフナインはそうしようと考えない。それどころか、そんな相手だったこちらに手を差し伸ばそうとする。寄り添おうとまでする。……純真がすぎる。人が善いにもほどがある。
腕から力が抜けて、背中がベッドに落ちた。
仰向けになった拍子に顔が倒れ、視界に入った顔横に投げ出された自分の右手を見つめながら、言う。
「……好きにしろと言った。どうとでもするがいい」
心を寄り添わせようとするエルフナインに、気恥ずかしく落ち着かなくなるものを感じながら、知的欲求に由来するのだろうその探求を、許してやることにした。
視界の外で、エルフナインが身じろぐ気配がする。
その気配から気を逸したい気持ちが目を閉じさせ、ゆっくりと瞬きするのようにやがて瞼を開くと、視界に上方からエルフナインのあどけなく色の白い手が入ってきて、こちらの右手に見つめている目の前で重ねられるのが見えた。
外した記憶はないのに右手からいつの間にか黒絹の長手袋が消えていて、素手になっていた。不可思議なその現象について思考するより早く、その手が指組まれて、手のひらをやんわりと握られる。
ベッドに横たわる他方に覆いかぶさるように身を乗り出して、ベッドの上の手に指組む。この位置関係はまるで、あの深夜の病室の同化を果たしたときの形勢を入れ替えて逆にしたかのよう。
視界の後ろに手を衝いているエルフナインの気配が、ぐっと近くなる。体温が、近い――そう思った直後、左頬に柔らかな感触が落ちてきた。
口接け、された。感覚と心情ともどもこそばゆい思いがしていると、もう一方の手が顎にそっと触れてくる。
促してくるのを素直に聞き入れて顔を上向ける。
エルフナインが顔を寄せてくる。口接けされる直前、最後に見えたエルフナインの顔は、普段このときに垣間見せるやんわりした微笑みより、嬉しそうにしているように見えた。
「ん……」
唇が重ねられる。
思えば、想い出の複写ではないエルフナインとの口接けは、これが初めてだった。
重ねていただけだった口接けからやがて、エルフナインの小さな唇が動かされて、こちらの唇やんわりと食む。幾度かおうとつを食まれた後、触れたいという願いの通りにか、形を確かめるようにこちらの唇をそっとなぞるものがある。毎日の想い出の複写の条件反射でつい唇を薄く開くと、そこへエルフナインの小さな舌先がそろりと差し入ってきた。
舌での触れ合いが始まる。いつものように。
この行為にすっかり慣れている自分を自覚してしまって、やるせない思いがにわかに手を握らせる。その一方、すでに知っているはずなのに自分とは違う唾液の味を今頃になってやけに意識してしまって、自分で自分に戸惑う有様だった。
擦り合わせるように、エルフナインはこちらに触れる。こちらを確かめるかのように触れてくるそれは、そっと優しく撫でられるかのようで、そわつく思いに駆られる。
そんな思いでいるうち、ほどなくしてエルフナインは退がっていって、唇も離された。
離された唇は、すぐに右顎に落ちてくる。
顎の線をなぞるように伝い、耳の下に触れられた。
「んっ……、っ!」
耳元のくすぐったさに肩が竦まって、その直後。
下腹の左側を、手のひらにひたりと触れられた。素肌に直接――服を脱いだ覚えがないにも関わらず。
目を下向けて身体を見てみれば、着ていたはずの緋色のワンピースが見当たらない。先の長手袋のように、いつの間にか消え失せている。これもまた、エルフナインが無意識に起こす空間描写の転換現象なのかもしれなかった。
エルフナインは触れるという言葉の通りに、右の手のひらでこちらの脇腹の肌に触れながら、その一方で口接けを止めない。
首筋に唇で触れ、鎖骨に口接ける。小さな舌の先で鎖骨のおうとつをなぞって、こちらの肩をひくりと跳ねさせておいてから、ふと顔を上げて、ぽつりとこぼすように呟いた。
「……ボクはどうしてキャロルに、手で触れる以外にもこうして、キスしたくなるのでしょう……」
「そんなこと、オレが知るわけがない、っ」
応えている間に右の耳に顔を寄せられ、耳朶にちゅ、と口接けされて息が詰まった。
「ん……」
エルフナインは思案げな声をこぼして顔を上げ、考え込むような表情を浮かべる。
「唇や舌は、ヒトの体の中で最も鋭敏な触感覚を持つ器官です。指先より先に生後すぐから神経が発達する、モノの形や質や害の有無を知るのに触感覚として最も使われる、生物の原初的な器官でもあります……」
独り言のように呟いた後、こちらの見上げている眼の前で緑碧の瞳が、何かに気付いたかのように瞬かれる。
「だから、なのでしょうか……手でだけでなく、キャロルに唇や舌でも触れたくなるのは、生物としてのヒトの本能のなせる衝動なのかもしれません……」
そんな言動から察するに、エルフナインにとって今行っているこの触れる行為はやはり、知的欲求に基づいた探求の一環なのだろう。
無性に生まれついたせいか、自身が当事者になっていると性の意味合いに疎いところがあると思わざるを得ない。
他者の素肌に触れることや口接けることの、ヒトの営みの上での意味合いを、分かっているのだろうか? それとも無性だから、男性女性どちらにも恥じらいなく接せられているという現れなのだろうか?
その思索は仮説を立てるに至るより前に、再び首もとに顔をうずめてきたエルフナインよって途切れさせられてしまった。
左の腰骨と脇腹の間を、自分と同じ大きさの幼い手のひらに何度となく撫でられていて、肌は粟立たされている。その手がふいに肋骨の上へ滑らされ、肌伝いにさらに上方へと撫で上がって。
指の先が、そこにあたった。
「っ……」
息が詰まって、無意識が左手で触れているシーツに指を立てさせた。
エルフナインの手が、触れたものの存在に気付いて、左胸のそこへ戻ってくる。
なだらかな曲線で描かれる肌の上にぽつんとあるそれに、揃えた二本の指の頭が存在を確かめるように触れてきて、ますます息が詰まった。
「キャロルのここ……つんとしてる……」
右の鎖骨を食んでいた唇がささやくように呟く。……いちいち報告しないでほしい。
だったら何だ、という吐こうとした言葉は口から出ることなく喉奥へと下げさせられた。
そこを、指先に捉えられたせいで。
「くっ、っ……」
指の間にやんわりと捉えられたそれを、壊れ物を扱うような手つきで、形を確かめるかのようにそっと触れられる。
指の腹でそばだたせるような動きのそれに呼吸を乱されながらも、かろうじて漏れそうになる声は堪えられた。
けれども。
意識の外になっていたもう一方を、ふいに舌の先で触れられてはだめだった。
「っあ……!」
ひくんと、思わず肩が跳ねた。
身じろいだせいで位置が少し動いた右胸のそれをエルフナインは追いかけて、またちろりと舌先で触れてくる。再び息が詰まるも、身体が跳ねそうになるのは今度は堪えられた。
もう大きく身動かないと見てか、エルフナインはもっと顔を寄せると、子猫が小さな舌を懸命に動かすかのようにちろちろと舌で触れてくる。舌触りを知ろうとしているかのように何度も。
連続的にもたらされる他の部位の肌と違う敏感な感覚に、声が漏れそうになる。身体を強張らせながら堪えていると、最後には唇に食まれた。
「ん、ぅっ……」
幼くあどけない口元の唇が、やんわりとそこを捉えて、軽く吸う。そのまま柔さの加減を見るかのように唇を離し、また捉えてを繰り返せばしぜん、ついばむかのような仕草になる。
注意深く探るかのように、感触を覚えようとでもしているかのように、エルフナインに幾度となくその所作を重ねられて、唇が離されるたびにもたらされる先端を微弱に弾かれるかのような感覚には、身体が跳ねそうになるのを身を硬く強張らせて堪えるしかなかった。
幾度目かに唇に捉えられたとき、そこを捉えたままにされて、舌先が先端を掠めるよう反復して触れ続けられる。そこへそぞろになっていたもう一方の手の、指先で捉えたそれの形をなぞるような動きも再開されて、両の胸から感覚がもたらされるようになる。
「っぁ、っ……ん、ぁっ……っっ」
胸の左右からもたらされる、少し鋭い、けれど痛みとは違う感覚。甘く疼くかのような感覚を伴うそれは、身体の奥底にある何かに、波のように何かを響かせるかのよう。
いずれの所作も、あくまで知的欲求に起因する観察のため。性感を呼び起こすことが目的ではないはずなのに、刺激には変わりなく、意思とは無関係に反応してしまう自分の身体のままならさが恨めしい。
指と舌が翻るたびに絶え間なく生まれる堪えがたいそれに、身体をこわばらせるだけでは追いつかなく、いつの間にか解放されていた右手が思わずエルフナインの肩を掴んだ。身体の横に投げ出していた左手は、シーツをますます握り込むばかり。
手から得る触感だけでなく、こちらの反応さえもエルフナインにとっては知りたい対象なのだろう。
エルフナインがこちらの様子を観察している。識られる、暴かれる――それを意識してしまうと、落ち着かないものにかられて仕方がない。
思わず目をきつく瞑って、もたらされる感覚を意識の外に追いやろうする。
だからだろう、気が付かなかった。エルフナインの右手が下肢に流れていたのを。
そこに、触れられるまで。
「っ……」
「あ……」
こちらが息を詰まらせたより少し遅れて、胸に小さな感嘆が落とされる。
深い意図などなかったろう、手のひらを滑らせるように内腿を撫で触れていたエルフナインの右手が、腿の付け根を上方へと撫で上げたときに、指先がなめらかに滑らされたのを感じて、そこの状態を否応にも自覚させられた。
反射で無意識的に脚が閉じられるも、エルフナインがこちらの両脚の間に片膝を衝く体勢でいるせいで、閉じることはかなわない。
胸から顔を上げたエルフナインがこちらの顔を見る。かあっと熱が走った頬ともども、エルフナインの目に晒されることに堪えられなくて、視線を避けるように顔をそむける。
「そんな風に触れられたら、誰だってそうなるっ……!」
心象の風景でのこの身体が、外見も触感も現実の身体と遜色ないことは分かっていたけれど、身体の生理的反応まで忠実に再現されるまでとは思わなかった。
自覚する範囲では現実での身体とまるで変わりがない。
完璧以上に完成された躯体の処理能力の高さゆえだろうけれど、今のこの状況に至ってはいらぬ節介以上の何物にも思えてならない。
視界の外で、エルフナインの右手が内腿へ戻されるのを肌で感じる。そこを再び掌を上向けた手の指先で、形に沿ってなぞるように触れられて、もたらされるその感覚に息を詰まらせた。
「キャロルのここ、すごく、熱いです……」
「っ、っ……!」
陶然とした響きをどことなく伴わせているかのような声色で、エルフナインが呟く。
様相を口にされて、込み上げた羞恥が衝動的につぐんでいた唇を開かせた。
「そんなにオレを知りたいというなら、電気信号を融合してしまえばいいだろう……っ」
そこに触れる指が止まった。感覚が止んで、一時の安息を得て思うように吸えた息で言葉を続ける。
「己以上に己を知る者は存在しないのだ、同一となってしまえば理解は容易い……お前の一存でそれは可能だ。そうすればオレのことなど、完璧以上に理解できることだろう」
「それはだめです。キミもいなくちゃ、意味がないんです」
こちらの言の後に間を置かず発せられたエルフナインの声は、静かに、けれどいつになく強くきっぱりとした声だった。
思わずそむけていた顔を戻して、こちらより少し高い位置の顔を見上げると、エルフナインは碧と菫の取り合わさった虹彩の瞳で、こちらを真摯にまっすぐに見つめていた。
「人と人が分かり合うこと――パパから託された命題を追い求めることが、ボクたちの罪への贖いです。ですが、命題の答えのかたちを見つけ出すだけでなく、パパが識れといった世界を、ボクだけでなくキャロルにも知ってほしいんです。二人で、一緒に知りたいんです。……電気信号を融合して、不可逆に同化してしまったら、それがかなわなくなってしまいます……」
エルフナインの顔は言い綴るうち切なげな表情へと変わり、言い終えた後は切実に訴えるかのような顔なって、続ける。
「なにより、キミの存在を感じられなくなってしまいます。ボクはボクのまま、キャロルのままのキャロルを、知りたいんです。キャロルのことをもっとよく知れば、よりキャロルのそばに近くなれる気がして……うれしいんです」
……かつてエルフナインは、自分たちを家族だと言った。こちらの素体を元に造られたエルフナインもまた、パパの娘には違いない、というこちらの言葉を受けて。
自分には生来の兄弟姉妹は存在しない。母親とは、物心が付く前に死別している。父親との家族愛しか知らない自分からすると、エルフナインのこちらに向ける想いが家族愛や姉妹愛といったものかは、判断しえない。
こちらを知れることはこちらとより近くになれる気がしてうれしいという、向けてくるその想いと、知りたいという欲求が結びついたエルフナインのそれは。
その様相は、絵物語でしか知らないが、まるで。
恋だの愛だのの思慕のよう。
エルフナインは、それに気が付いているのだろうか?
「あっ、っ、んんっ……!」
ふいに、腿の付け根の間を再びなぞられて。息を呑んだすぐ後、胸の先端も再び指で捉えられて、慌てて声を飲み込んだ。
こちらが視線を外して下目づかいに黙考に入ったのを、エルフナインは問答の落着と解釈して、触れるのを再開したのだろう。
左と違いはないというのに、それ自体の感触が気に入ったでもしたかのように、エルフナインは飽きることなく右胸の先端を指の先で形をつまみなぞるように触れながら、もう一方の手で腿の付け根の間を揃えあてがった指で探る。
柔さからそこが他所の肌と違うと分かっているのか慎重な手付きで、形を知ろうとするかのようにそっと、揃えた二本の指の先でつくりを探るかのように触れられ、谷間に沿ってなぞられるたびに、身体の芯にまで届いてくるようなぞくりとした感覚がもたらされる。
腿の内側が震えそうになるのを堪らえようとして、膝を軽く曲げた形でいる左足が強張って、かかとがシーツを蹴る。
ぎゅっと目を瞑って感じまいとしても、意識の外に追いやることなど到底できそうもないそれは、身体の奥底で積もり、重なって、着実に堆積していっている気がしてならなかった。
へそが、挨拶をするかのように小さな舌先でぺろりと舐められる。
予期していなかった刺激に意識が追いつくより先に、下腹の上に唇が落とされ、その次には鼠径を唇ではまれて、そこでようやくエルフナインが何をしようとしているのかに思い当たった。
「お前っ、」
そことの間に妨げるものは何もなく、脚の間にはすでにエルフナインがいて、脚を閉じるにも身じろぐにももう遅かった。
エルフナインは顔を寄せて、躊躇なく谷あいに舌で触れた。
「ふっ、ぁっ……!」
芯感のある指とは違う、柔軟で滑らかな舌にそこを触れられて、それまでと異なってぞくりとしたものが多分に含まれる感覚が身体の奥へ駆け抜けた。
谷間沿いを、質感を確かめるかのように、そこの熱を感じ取ろうとしているかのように丹念に舌先で探られる。
エルフナインは知ってか知らずか、谷間の上方にあるそれに触るか触らないかのところをなぞるせいで、甘い痺れのような刺激が、頭の芯に淡く響いてくる。
意識を乱されて仕方なく、じりじりと焦がされるようなそんなもどかしい感覚と羞恥とに耐えかねて、声を堪えるのにつぐんでいた唇を開いた。
「こんな、ことっ……オレの身体が悦がるだけで、お前には、っ、何の益も、ないだろうっ……」
「悦がる……悦い、んですか?」
「っっ~~……!」
聞き留められて失言を悟るも、遅かった。
「益なら、あります。キャロルに触れることで、キャロルをよく知れるのですから……キャロルの反応からも……ん……」
「っあ……!」
エルフナインは言葉の途中から再び顔を伏せていって、言い終わったすぐ後に再び、谷間に舌で触れた。
谷間沿いを下から上へ小さく、舌先で幾度もなぞり始める。なぞりながら少しずつ谷の中心へ探り向かうかのようだったそれは、いつしか谷の内側の淵に触れた。
周りより一段敏感な淵沿いを、舌先に触れられる。いたわるかのようにそうっと、けれど何度も。
「ぁ、あっ……ぁっ、ぁっ……っ」
柔軟で濡れて滑らかな舌に、その意図はないだろうけれどくすぐるかのような仕草でそこに触れられるたび、じんとする感覚が生まれていく。
絶え間なくさざなみのように身体の深いところへ響かせられるそれは、こちらの意思を他所にたやすく意識を乱れさせて、意識には霞がかかっていくかのよう。
エルフナインは他の何にも意に介すことなく、没入しているかのようにそこに触れ続ける。
もたらされる感覚で意識がいっぱいにされていく。
意識が、白く掠れていく。
時間の経過の感覚さえも、分からなくなっていく。
そんなさなか、ふと。ふいに、感覚が止んだ。
頭の中にかかっていた靄が、徐々に晴れていく。
意識の輪郭が立ち戻りゆく中、谷の中心にひたと、芯感のある何かが宛てがわれたのを感じた。
「キャロルの声、もっと聴きたいです……聴かせて、ください」
宛てがわれたそれが、くっと押し込まれる。
それは、するりと内へ割り入ってきた。
「っ、あぁっっ!」
悪寒に似た、けれど甘いような切なさを伴う感覚がぞくんと背筋を駆け抜けて、背が勝手に反り張った。
細い小さな指は、そこの状態ゆえにか、それとも細いゆえにか、狭さはさして障害にならなかったようだった。
それは、様子をうかがうかのようにしばらく動かされなかった。やがて強張っていたこちらの身体から徐々に力が抜け始めると、そろそろと、気遣うようにゆるく前後され始める。
掌を上向けた手の中指が内側を探るかのように動かされるたび、悪寒に似た感覚が大きく小さく、ひっきりなしに生まれて、それは腹の奥にまで響いていって、身体の奥底を甘く疼かせるかのよう。
身体の芯がよじれるようなその感覚を堪えたくて、シーツに指立てている左手に力が篭もる。
拠り所を探した右手が、身体の右横に置かれていたエルフナインの左手の甲にぶつかって、反射的にそれを握った。
その直後。
指先が、内側の中程の上面のそこに触れ、なぞられたそのとたん、ひときわ強くぞくんとした感覚が身体を駆け抜けた。
「はっ、あっっ……!」
背がピンと弓なりに反って、息が詰まる。
こちらのそんな反応に指は一瞬止まったものの、エルフナインはすぐに同じところを、そうっと、けれど丹念に再び探るように触れた。
「キャロル……ここ?」
「あっ、ぁっ、あっ……!」
探り当てられたそこを指の頭で撫でるように幾度も触れられて、漏れてしまう声が返事になってしまうのを止められない。
これまでよりひときわ強い疼きが身体の深いところに殺到して、疼きは頭の芯を甘く強く痺れさせて、熱に冒されたかのように頭をくらくらさせる。痺れは身体の奥から体じゅうに響いていって、指先までも甘く痺れさせるかのよう。
意識が白濁していく。霞んでいく。
力の入らなくなった右手の下から、エルフナインの左手が抜け出ていった。
けれど離れることなく、上下を入れ替えただけそれに、強ばる四指を柔らかく指交わすように右手を握られて、その後。
谷間の上方にある過敏なそれが、柔軟なものに触れられた。
「あぁっ!」
内側のとは異質の、熱くて鋭いような感覚が、そこから頭の芯までを駆け抜けてびくりと腰が跳ねた。
その反応に確信を得たかのように、舌先は再びそこに触れる。何度も、いたわるようにそっと優しく。
けれど微力であっても過敏なそこには十二分な刺激になって、熱くて鋭い感覚――強すぎる快感を呼び起こす。
舌先に優しく触れられるたび、指の頭で内側の上面のそこを撫でられるたび、頭の芯を直接痺れさせるようなその感覚が殺到して、連続したそれは閉じた瞼の奥の視界を徐々に白く染め上げていく。
「あっ、ぁ、あっ、あっ……!」
背が弓なりに反っていく。顎が上がって後頭がシーツに擦り付けられる。
知らないうちに強く握っていた右手が、ふいに握り返されたのを感じた、そのすぐ後。
谷間の上方のそれが唇に捉えられて、軽く吸い上げられながら、舌先に触れられたそのとたん。
頂点へと一気に登り詰めさせられて。
「――っ、あぁぁっ!」
その登り詰めた頂点から、一息に落とされた。
感覚が途方もない奔流となって体じゅうに駆け広がって、こちらの意思と無関係に全身をびくびくと跳ねさせる。シーツを握りしめ、エルフナインの左手を握りしめながら、硬い震えを断続的に繰り返すの身体を止められない。
こちらにまだ触れ続けるエルフナインの指先と舌先が動かされるたび、新たな波が生まれては身体を伝搬していって、背筋を、太腿を跳ねさせる。
「あっ、ぁ、あっ、あっ……!」
未だ触れ続けるのは、こちらの果て尽くすさまを見届けようとしているかのよう。
やがて、果てがやってきて。
感覚の波の頻度も、強さも徐々に弱まって、それにつれて震えも収まっていく。
震えが小さくなって、微震も尽きた頃、内側の指が引かれて、エルフナインが顔を上げたのがわかると、緊張の糸が切れたかのように一気に力が抜けて、身体は背中からベッドに沈み込んだ。
「はぁぁっ…………、はっ、はぁっ、はぁ……っ」
自分の吐息の音を認識できるまでにようやく意識が立ち戻ってきて、乱れた呼吸が徐々に落ち着いていくさまを、まだぼんやりする意識で耳にする。
瞼がしぜん薄く開いて、すがめられた視界の中で、腕を衝いて半身を起こしたエルフナインがこちらを見ているのが見えた。
エルフナインは困ったような、戸惑っているような、切なそうな表情を浮かべていて、ふいに切なそうな表情を強めると、手組みを解いた左手をこちらの右肩の横に衝いて、身体を低めてこちらに顔に顔を寄せた。
頬に口接けが、まだ呼吸の乱れたままのこちらをいたわるように、ねぎらうかのようにそっと落とされる。
その唇は湿度のある熱を伴って、頬を伝い顎を、首筋を食んでいく。
やがて至った耳もとで、はあ、と悩ましそうなため息が漏らされて、熱をもったこちらの肌からでも熱いと感じるその吐息に、ぞくりと肌が粟立った。
「どうして、でしょう……キャロルのこと、知れば知るほど、もっと知りたくなるみたいです……」
ため息に続いて耳元で、エルフナインは陶然とした響きを伴わせた熱っぽい上擦った呟きを、戸惑ったようにささやきこぼすと、右の手のひらで左の横腹に触れ、肋骨の上を撫でて、胸へと滑らせた。
けだるさに支配された重鈍い身体では抗う術なく、触感にかすかに震えるのみで、妨げるものなく胸にまであっけなく到達されてしまう。
「っ!」
胸の先端に触れられて、過敏になっていたそこからもたらされた鋭い感覚に、身体がびくっと跳ねる。
「ぁっ!」
それとほぼ同時に、エルフナインも声を跳ねさせた。
身体の震えが脚を跳ねさせたとき、エルフナインのまたいでいるこちらの右脚の膝の少し上あたりが、脚の間にぶつかってしまったせいだった。
痛ませてしまったかもしれない。そう危惧を覚えた半瞬の後、脚に感じ受けたものに思考が止まった。
膝上に触れたのは、熱っぽいこちらの肌よりも熱い、体温。
思いがけないその熱さに衝き動かされて、エルフナインの腹の下になっていた右手を持ち上げ、脚が触れたそこにそっと指で触れた。
「……ぁ……」
「は、ぁぁっ……」
エルフナインがふるりと身を震わせる。
指で触れたそこは、こちらのように、熱く潤いほころんでいた。
腕を衝き、よろめくように上体を起こしたエルフナインの顔を、驚きを隠せなく見上げる。
「お前、まさか……」
「キャロルの身体で過ごしているせいでしょうか……ここでのボクは、無性ではなく、女の子の身体なんです……」
この空間は心象の風景であるゆえに、意識が自身と認識する身体の像が、ここでの身体の在りように影響をもたらすことがあっても不思議はなかった。こちらが今は失われているはずの、背丈よりも長い三つ編みを伴わせた姿でいるように。エルフナインが金になりそこねたくすんだ碧銀の色の髪の、元の廃棄躯体の姿でいるように。
「っ、あぁっ……!」
指のかすかな揺らぎを敏感にも感じ取って、エルフナインが声を漏らす。そこは繊細な柔さがあるのに、その儚さと不釣り合いなくらいに、ひどく熱かった。
手指は半ば無意識に動いて、谷のつくりを探るように触れる。
「あっ! あっ、あ、あぁっ……!?」
エルフナインはもたらされる感覚への戸惑いを幼い声に乗せて漏らしながら、こちらの指が動かされるたびに身体を小さく跳ねさせた。
左右に衝いている両腕は微かに震えていて、こちらの上に崩れ込むまいとして突っ張って辛うじて身体を支えているかのよう。
エルフナインの身体が、こちらが触れるより前にすでに熱くなっていたのはなぜだろう。感覚共有は、Beatriceを介していない今、起こらないはず――こちらに、触れていたせい?
「……キャロルは、っ、こんな感覚を、感じていたんですね……」
眇めた瞼の奥の、潤んだ緑碧色の瞳がこちらを映す。
「身体が、ヘンです……っ、あっ、ぁっ……!」
その瞳が、きゅっと瞑られて。エルフナインが身体を小さく跳ねさせるたび、幼い腰は右手の上で逃げを打つように跳ねる。
けれど完全に逃げていくということはなく、腰は右手の届く範囲から出ていかない。
こちらの上から離れてしまえば触れられることはなくなるというのに、それをしようともしない。
瞑っていた目がうっすらと開かれる。眉尻を下げて戸惑いの表情を浮かべて、エルフナインがあえぐように口を開く。
「い、いけないと思うのに……っ、」
見上げる先の瞳は潤みを一段と増して、眉根が切なげにひそめられる。
「やめて、ほしくない、なんてっ……、キャロルのゆびを、こばめませんっ……!」
向けられる潤んだ瞳の眼差しは、困り果ててどうしていいかわからないというふうに、救いを求めてすがるかのよう。
エルフナインは生来、元にした素体と髪色や瞳の色が異なる、左目の下のほくろが無いなどの瑕疵と共に、外性器を含め生殖器の欠落した廃棄躯体だった。骨肉のつくりは素体と同じ女子のものでありながら、生まれながらに無性別。
きっと、生まれて初めてもたらされた女性性の性的な感覚に戸惑い、翻弄されているのだろう。
初めての、抗いがたい欲求にさらされている。
掬い、掬われた姉妹。
そんな妹に、手を差し伸べてやらなくは、なかった。
左手でエルフナインの肩をやんわりと右手の方へ押す。
軽い身体は無防備にあっけなく崩れ傾いて、腰に回した右腕で身体を抱えるように支えておき、仰向けからうつ伏せに替わる横転の要領で、上がる小さな短い悲鳴とともに身体の上下を入れ替えた。
「っ……、キャロル……?」
一瞬もたらされただろう天地逆転時のめまいと、持て余しているだろう身体の熱に目を眇め開けたエルフナインが、自分の右脚を膝で跨いで身体の左右に腕を衝いた体勢でいるこちらを、意図をはかりかねたように見上げてくる。
その視線を他所に、右手をエルフナインの下腹に伸ばす。
白い布地に触れる直前、ワンピースは白い光の粒子となって舞い散り霧散して、手のひらは直接素肌に触れた。
四大元素の操作のように念じながら触れて見れば、服の分解がなされた。こちらは超常能力操作の経験も能力も長じている分、エルフナインよりは自在に空間描写の転換現象を起こせるらしかった。
右手を下腹から下肢の方へと滑らせ、太腿の間のそこに、再び手を這わせる。
「ふあ、あぁっ……!」
身体の下でエルフナインが何も身に着けていない裸の身体をひくんと震わせる。両の素足が反射的に閉じられるも、間で膝を衝いているこちらの右脚が妨げとなって閉じることはかなわなかった。
拠り所を探すかのように、顔横に投げ出されていたエルフナインの左手に、シーツが掴まれる。
無毛の丘の谷に添わせた手の、揃えた指の先を谷間沿いに這わせて探る。
触れたい、というぼんやりした、けれど引力ある欲求に押されて触れたそこは、儚いくらいにやわく潤いに満ちて熱かった。
指に感じる熱は、陶酔のような酩酊をもたらしてくるかのよう。
抗いがたい欲求に、初めてさらされるエルフナイン。
それは、こちらも同じ。
指の触れているそこの熱に、エルフナインの姿に、その様子に、不可思議に引力を覚えてならない。
もっと、触れたい。その思いが自分の内で急速に大きく、強くなっていくのを自覚した、その直後。
ベッドに肘を衝いて半身を低め、横に倒されてるエルフナインの顔のその頬へ、しぜん口接けていた。
「っ……」
はっと我に返って唇を離す。何かに衝き動かされたとはいえ、思いもよらなかった自分のその行動に、思わず呆然とした。
そんな少々の放心の後で、ふともたらされる、腑に落ちる感覚。
理解が、降りてくる。
口接けたい、唇で触れたいという欲求。それは、世間一般では親愛、博愛などの情が由来とされているが、その根源は、もっとよく触れたいという想いの募りがそうさせる衝動なのかもしれない――
思えば自分が他者に、打算や親子の情以外で触れたく思ったり、自発的に触れたり口接けするのは、これが初めてかもしれなかった。
身体を低めて至近となったエルフナインの体温を、素肌に感じる。
触れ合っている腕や脚、胸から直に伝わるエルフナインの体温と、指先に感じる熱とに、酩酊はますます深まるかのよう。
めまいのような感覚を覚えていると、こちらの左の腰と右腕とに、エルフナインの手がそっと添えられた。
「キャロル……」
熱っぽい吐息に入り混ざるように、名を呟かれる。
その所作に、ある可能性が胸によぎって、半身を少し起こしてエルフナインの顔を覗いた。
「いや、だったか……?」
手を這わせたのは、こちらを制止するため。その可能性に思い当たって尋ねてみたものの、エルフナインは顔をゆるく左右にする。
瞼がゆっくりと上って、柔和な甘い眦の緑碧の瞳が、熱を伴わせた潤んだ眼差しでこちらを見つめた。
「ボクという電気信号が、見ている夢じゃないと……キャロルがここにいることを、確かめたかったんです……」
目をかすかに瞠ったこちらの眼下で、エルフナインが儚げに微笑む。
「……キャロルが、ボクに触れてくれることが、とてもうれしいんです」
「っ……」
生来の無垢な性根そのままに、隠すことも飾ることもなく、うれしいと。
求められているということを、目の前でまっすぐに打ち明けられて、くすぐったいような、とてつもなく気恥ずかしいような、浮足立つ気持ちに駆られる。
けれど、触れたいという衝動がここから去ることも、行為を止めさせもしなかった。
心の微震が身体に伝わったのか、手に硬く力が入ってしまって、指先が谷の内側の淵に触れる。
「あっ、っ……!」
小さな短い声と共にエルフナインの肩がふるりと跳ねて、顎が上がった。
目の前で覗けた白くか細い喉に顔を寄せて、そっと食むように口接ける。
身を震わせるように身じろがれた後、髪の下から耳が覗けて、その小さな耳に唇を寄せ、耳朶を唇で挟むように食んだ。
「ふあ、ぁぁぁ……」
吐息とともに漏らされる声に、耳を深くから埋められていくかのよう。
エルフナインの立てるかすかな音と漏れる声に聴覚が満ちていく。その一方で、谷の内側の淵沿いを指先で探るようになぞり続ける。
額に、鼻先に、唇に。手指に、腕や足に、接してる肌に感じるエルフナインの体温が、染みるようにあたたかい。
そのぬくもりに、胸の奥で硬い何かがほどけていくかのような感覚を覚える。
ほどけたそこからあたたかなものがじんわり広がって、自分の胸の中にこんなものがあったのかと、初めて知るかのように気付かされる。
胸の奥に自分からしまい込んで冷徹な氷で蓋をして、忘れられたままずっと凍りついていたものが融け広がっていくかのよう。
思えば、人の肌のぬくもりを、パパ以外から感じたのはエルフナインが初めてだった。エルフナインが目覚めた直後、宛てがった部屋のベッドが壊れて寝床を失ったエルフナインと、やむなくこちらのベッドで同衾したあのときに。
……パパの遺した『世界を識れ』という言葉に託されていた命題は、世界を分解して解析するということではないと、分かってた。
その間違った解は、パパが死に際に残したたった一言の遺言の真意がわからなかった苦悩と死別の悲しみ、パパを拒絶した世界への軽蔑と憎しみとが相混ぜになって、その苦しみのあまり外見相応に幼かった当時の自分が見出した解だった。
それから生き永らえた数百年の想い出は、過焼却の際に喪失して定かではないが、想像に容易い。世界を分解し尽くすただそのために、血で血を洗い狂えと猛り続けていたのだろう。
その間の想い出はほとんどを失くしたものの、パパを殺した世界に対する不信は、未だこの胸にある。
パパを失った悲しみと苦しみが源の不信は、パパを取り戻さない限り拭えようもない。
パパを殺されて以来、己以外の世界そのものが、復讐の対象だった。
だから世に言われる愛など、見えない。分からない。パパを想う自分のような、娘から父親へ向ける心持ち以外は。
けれどエルフナインから向けられ、こちらがエルフナインに向ける、知りたい、触れたいという初めて抱くこの想いが愛だとするなら――
自分の分身たる存在とだけ相愛になるとは、どこまでも自己完結で、パパを拒絶した世界を拒絶して世界へと立ちはだかり、何者も己に踏み込ませない者の末路としてこの上なく似合いの独り善がり以外の何物でもなく、自嘲に駆られてならない。
自分という魂は、パパを生前のまま取り戻す以外に救われることは一切ない。しかし、それは不可能事で、けれど多少なりとも魂に慰めを得られることがあるとするなら。
それをもたらしうる存在は他の何者でもない、他者というには己に近しい、自分ではない自分――もうひとりの自分であるエルフナイン以外にきっといないのだろう。
酩酊は、深くなっていく。果てなくどこまでも、いつまででも追い求めていたくなる。
知りたい。エルフナインという魂を。もうひとりの自分を。触れたい。
求めるままに、耳元に口接ける。
たやすく手折れそうなか細い首の首筋に舌で触れ、首の付根を食む。
あどけない幼いつくりの鎖骨を舌先でなぞり、唇が触れるたびに震えを返す薄い小さな胸の、かすかな膨らみの上に口接けを落とす。
淡く桜色に色づいている、他と異なるやわみの儚いそれを唇に捉えた。
「あっ……っ」
エルフナインの上体が、ひくんと跳ねる。
こちらの腕と腰に添えられたままのエルフナインの手は、抵抗するではなく指に力が篭もり、むしろすがるかようだった。
ふくっと立ち上がるそれは味なんてしないのに、唇で触れると酩酊がもたらされる。
唇に捉えたそれは、舌先でそっと触れると、たちまちにぴんと張り詰める。健気なそれに気を引かれて、都度震えるエルフナインの身体を他所に、形をなぞるように舌で触れ続けた。
唇に、舌にやわい感触を得ながら、右の手指に潤い増すそこの感触を得ながら、もたらされる熱に感じ入る。
ひどく満ち足りたかのような気分だった。欠けていた何かが、あたたかいもので深くから埋められていくかのよう。
陶酔に似た境地に身も心も浸される。
時間の感覚を忘れて触れ続けていると、ふと、エルフナインの手がこちらの髪に指を埋めるように頭に触れた。
「……キャロルぅっ……」
上擦って掠れた、限界を思わせるような声がこぼされて、ごく軽く引かれるかのように髪に触れられる。
呼ばれるままに胸の先端を唇から解放して胸から顔を上げると、見えたエルフナインは、目を眇めて切なそうな表情でこちらを見上げていた。
髪に触れていた手が、滑り落ちるように頬に添えられる。
頬に感じる手のひらのぬくもりに、胸の奥がきゅっと軋む。
あまりに切なげな声で呼ぶものだから。
顔に顔を寄せて、切なく吐息を漏らすその唇に、唇を重ねた。
「ん、……」
触れては離れる。離れては、重ねる。何度かそうして、幾度目かにおうとつに合わせて食むようにすると、エルフナインもたどたどしくそうしてくる。
唇が、ほんの少し覗いた舌先にそっと触れられる。誘われるようにそれを追って、薄く開かれた唇に舌を差し入れると、寄り添うように触れてくる。
お互いにお互いを触れ合う。擦り合わせるように、探り合う。
「ん、んっ……」
「ん、ぅ……っ」
触れれば触れるほどお互いの体温は高まるかのよう。
体温の違いも、境目も分からなくなって、触れ合っているところから蕩け合ってしまっているのではないかと思うほど。
永遠に続くかに思われた触れ合いはやがて、どちらともなく終わりが訪れる。
「ふは……」
「は、ぁぁ……っ」
熱い、濡れた吐息が繋がりを名残惜しむかのように混ざり合う。しぜん離された唇と舌には、蕩け合っていたころの感覚がいつまでも残されるかのようだった。
エルフナインの肌が、熱い。
この心象の空間のあらゆる事象は、互いの想い出の撚り合わせで構成されている。この肌の熱も、いつかの体感の記憶なのだろう。
想い出が蘇る。ホムンクルス生成に必要な抽出物を採取するために仕組んだ、男性生殖器を模した機構が廃棄躯体に発現したあのとき。こちらが手ずから処理をしたあのとき、もたらされる感覚を堪えるあまりかこちらにしがみついてきたエルフナインから、肌の熱を伝えられた。
熱に火照る人肌を、初めて知った。その体感がなければ、触れ合って産生する熱を、こんなふうに分かち合うことはできなかったのかもしれない。
膝を衝いている右脚の腿の左右に、エルフナインの腿が触れる。
エルフナインの両脚が、もどかしげに腿を擦り合わせるかのように動かされているのが分かって、足の間でそぞろになっていた右手で、再びそこを探るように触れた。
反射でか、エルフナインの両足に、腿がきゅっと締め付けられる。
その直後。ふいに、直接的な刺激がもたらされた。
「あっ……!」
予期していなかった感覚に、身体が不随意にびくんと跳ねる。
エルフナインの右腿をまたぐ体勢でいるこちらの足の間に、いつの間にか伸ばされていたエルフナインの右手が、こちらのそこに触れていた。
ゆるく動かされるそれは、探るように谷沿いをなぞる。
「はっ、あぁっ……っ!」
指先でゆるゆるとなぞられるにつれ腕からは力が抜け、左肘で支えていた上半身を支えられなくなって、あえなくエルフナインの上にかぶさるように崩れてしまう。
指はなめらかに動かされていて、そのせいでそこの状態が否応なく知れる。エルフナインに触れることで身体は知らないうちに熱を帯びてしまっていたようだった。
エルフナインに触れる手からも、力が抜けていく。それを押して、その右手でこちらを探るエルフナインの右手を遮ろうとするも、その前にエルフナインから左手を上に重ねられて。
エルフナインはその手を捉えておきたいかのように、自分のそこへ押し付けるように抑えた。
「っあぁっ……!」
自らのそのせいで、エルフナインは身体を震わせる。
「お、まえっ……っ」
「ボクも、キャロルに、触れたいです……っ」
エルフナインが、谷あいを二本の指の頭で撫でるように探り触れてくる。
ぞくぞくした感覚が身体に走るなかを、右手で、指をエルフナインの潤いに濡らしながらそこを手探る。
崩れた身体はエルフナインの右半身にかぶさるように重なり合っていて、ちょうど互いの耳元に熱い吐息と声を注ぎ合う形となってしまっていた。
熱に浮かされた上擦った声がはっきり聞かれてしまうというのに、堪え切れないそれをエルフナインの耳元で漏らしてしまう。
もたらされる感覚を堪えながら、谷あいの中心に指先をあてがう。
エルフナインに触れたい、募るその気持ちのままに、ゆっくりとそれを押し込んでいった。
「っ、あぁぁっ……!」
「ふあ、あぁっ!」
そこは、指が融けてしまいそうなくらい熱かった。
そこに指をくぐらせると、エルフナインもまたそうして、身体の深いところから甘い痺れのような感覚がぞくんと頭の芯へと駆け抜けた。
力が抜けてしまいそうになりながらも、指で内側を探る。エルフナインの指に、内側を探られる。感覚に苛まれておぼつかない手指で、互いに互いの内側を触れ合う。
こちらの耳にはエルフナインの幼い、丸くて甘い声の喘ぎが直に注がれて、耳の深くから頭の芯を熱に侵されていくかのよう。
自分の身体も、エルフナインの身体も熱くて、感じている熱はどちらの熱なのか、もはや区別がつかなかった。
どこからがエルフナインで、どこまでが自分なのか。
境目が、わからなくなる。
互いの熱で身も心もとろとろに蕩けて、時間も空間もわからなくなって、いつまでも果てなく溶け合ったままで居続けるような気すらしてくる。
「あっ……!」
一際高い声とともに、エルフナインの腰がびくっと跳ねた。
直前に触れた内側のそこに再び指を差し向けて、指の頭で撫でるように触れ始める。
「キャロルっ、あっ!? っ、あ、あぁっ!?」
こちらの下のエルフナインは身体を強張らせ、こちらの指の動くにつれて小さく身体を跳ねさせる。
その度に耳元に注がれる、戸惑いながら感覚に浮かされるかのようなその声に胸が切なくなって、鼻先で揺れている耳朶を唇で食んだ。
その刺激にもエルフナインは吐息を漏らし、身を震わせて、こちらの酩酊を深めて――その直後。
「っあっ!」
先のエルフナインのように今度はこちらが、びくんと身体を跳ねさせる番だった。
エルフナインの指先に、内側のそこを再び探り当てられていた。
こちらがそうしているのと同じに、エルフナインは探り当てたそこを指の頭で撫でるように触れ始める。
「あっ、っ、あっ、ぁっ!」
エルフナインの指で撫でられるにつれ、腰が跳ねてしまう。
倒れ込んだ先のエルフナインの上で、腰を不規則にびくびくと跳ねさせているような様相となって、跳ねることでわずかに逃げがつくられるものの、エルフナインの手はすぐに追いついてきてそれを埋めて、免れることなくそこに触れ続けられてしまう。
「エル、っ、だめ、っ……! あっ、はっ……!」
「キャロル……っ、キャロルぅっ……!」
もっと深く触れたくて、指を重ね増やせばエルフナインもそうした。
エルフナインが探るようにそこに触れてくれば、こちらもそうした。
互いの耳に吐息を、声を注ぎ合う。
それ以外の音は聞こえない。
もたらされる感覚と、肌と指に感じる熱以外、自分の吐息も声も、何もわからなくなる。
溶け合って、混ざり合って、境目が分からなくなって。
エルフナインに触れているはずなのに、まるで鏡映しの自分を介して自分で自分に触れているかのよう。
そのさまは自己愛の極地かのようで、他者を拒絶し誰も愛さなかった者の末路として、この上なく似合いの皮肉なものに感じられ、かつ当然の帰着でもあった。
けれど知りたいと、知ろうとする世界に己を含めるのであれば、それに一体何の問題があるのだろう?
自分の意思では思うように力が入らないのに、もたらされる感覚に跳ねるぶんには勝手に手足に力が入る。
意図せず手に力が入ってしまって、エルフナインの内側に触れる指が、そこを強く圧した。
「ひ、っ……――あぁっ!」
エルフナインは息を呑んで、背を反らせて身体を硬くした。と思ったその直後。びくん、とひときわ強く身体を跳ねさせた。
指で触れている内側がきゅうっと狭くなって、中の指が締め付けられる。
「あ……はっ……、あっ……っっ……!」
捉えるようこちらの右手に重ねられたエルフナインの左手は、こちらの手の甲を硬く掴むだけになって。
エルフナインのそこは、ひく、ひくと断続的な震えをこちらの指に伝えてくる。
エルフナインのこちらに触れる指が止まって、少し余裕のできた意識で、エルフナインの反応を指で直接感じ受けると、
エルフナインの感覚に共振するかのように得も言えない震えがぞくぞくと背筋を駆け上がる。
エルフナインの感覚をもっと引き出したい。もっと触れたい。
その衝動を抑えきれず、内側の指で再び触れた。
「あぁっ!」
過敏になっているのか、エルフナインの身体がびくんと跳ねる。そのとたん。
「ふあっ!?」
跳ねた反動でか、エルフナインの指先がこちらの内側のそこに強く、深く触れる。
たった、それだけで。
ぞくんとしたものの奔流が、身体の奥へと駆け抜けた。
「っ、く、あっ……!」
手足が勝手に力む。こちらの強張る指のせいで、身体を強張らせるエルフナインのその指の、そのまま強く触れ続けているそのせいで――
「――っ、あああぁっ!」
登り詰めた高みから、一息に落とされた。
◇
意識が浮上していくのを感じる。
目を眇め開けると、身体はまだエルフナインの右半身に重なるように倒れ込んだままだった。
熱の残滓は身体のそこかしこに残っていて、意識が寸刻の間だけ途切れていたのだろう、時はあれからさほどおかれていないようだった。
左腕を衝いて身体を起こしかけると、顔に伸ばされる小さな手がある。
「キャロル……」
頬に添えられたエルフナインの左手に、引き寄せられるがままに唇を重ねられる。
食むだけの口接けを終えて、しぜん互いの顔が見える距離にまで離れると、エルフナインは穏やかに目を眇めて。
満たされかけつつも未だ切なく何かを願うような、祈るような微笑みを浮かべて、緑碧の瞳でこちらの瞳を見つめる。
「ふたりで、一緒に、世界を、」
言いかけたその唇を、今度はこちらから唇で塞いだ。
その先は言葉にする必要がなかった。
言わずとも知れていた。
言わずとも、定まっていた。
互いを、そして果てない世界を、知る。
一緒に。どこまでもふたり、手を取って。
GX最終話を見て以降、キャロルとエルフナインについて考察するうちに。
見えない・分からないと叫び歌った愛を、他者というには近いもうひとりの自分であるエルフナインとの触れ合いによって、暴虐の果てに至って唯一ようやく掴みかけるとかが、父親を拒絶した世界を拒絶する少女には似つかわしい顛末なのではと考えるに至って、作話しました。
(去年以前にキャロルはどこまでも独り善がりで自己完結、とツイで呟いたことがあるのですが、これは上記をあいまいに言った呟きでした)
愛とは必ずしも恋や性欲を伴うものではないと考えます。(この言葉には、他作品のあとがきでも書きましたがいろいろ思うところがあります)
Beatriceを介して二人が再び出逢い、キャロルとエルフナインが同一躯体で共存するとしたら。
愛とは何かとは、様々な切り口と答えがあると思うのですが、キャロルにとってはそれをぼんやりにでも掴みかけてからが、『人と人が分かり合うこと』という命題の解明のほんとうのスタートなのではないかと思います。
今作のおおまかな案はGX放送終了約1年後の2016年5月ごろ?にできて、心象世界ではキャロル躯体との同化の影響で無性ではなく女子の身体になっているエルフナインという発想が生まれたのもその時期。(某所に日付の記録と言質あり)
4期AXZの始まる半年前の2016年冬には下書きもできて本文が書ける段階になったものの、本文完成まで約2年越しと、様々な事柄が積み重なってむやみに期間が開いてしましたが、自分で読みたいとずっと思っていた話(どの話も大抵そうですが)なので書き上げることができてうれしいです。
既に考えてある続作を書きたいと思っています。蛇足のようなえろ話ですが。されど予定は未定…
その他チラ裏はブログ http://sizu1885.blog.fc2.com/blog-entry-48.htmlにて。