未題 - 或ル白狼天狗ノ手記ヨリ 作:荒木田久仁緒
薄い布の表面を、指が滑る。
布の向こうにある浅い溝に沿って、ゆっくりと下から上へ。
溝のいちばん上まで来ると、指先に少し力を込め、溝の中に埋もれている小さな丸いものを、掘り起こすようにひっかけて、軽くはじく。
股肉がきゅうっと震える。息が喉で止まり、背筋を快感が通りすぎるのを待って、んはぁ、と鼻と口から漏れ出していく。
昨日と同じ昼下がり、同じ小屋、同じ寝床の上で、私は壁に背を預けて座っていた。袴だけを脱ぎ、足を広げた姿で。
もう一度、同じ動きを繰りかえす。くり、と指の腹に当たるふくらみは、明らかにさっきより大きく、敏感になっていて、布ごしに吸い付いて引っ張りあげられ、ぷにゅんと揺れて元の位置に戻る。そこからまた震えと快感が広がり、吐息がより熱く漏れる。
さらに何回か突起をなぶった後、両手の指で根元を左右から押さえつけて皮を剥き上げ、そのまま強く圧迫する。パンパンに血が詰まった肉芽の表面に、痛みにも似た痺れが走る。このまま続けたら、内側から破裂してしまいそうなほど。それでも指に力を入れ続けていると、その痺れがびりびり激しく響きはじめ、やがてびくん、と小さな絶頂が頭の奥まで駆け抜けた。
脳を融かす熱い波と、その後の甘い余韻を堪能しつつ、股間からそっと手を離す。解放された肉芽から血が抜け、少し体から熱が引く。
浅く速い呼吸に胸を揺らしながら私は、ぼんやりした頭の中で、ふたつのことを考えていた。
その少し前。
昨日、少年の姿を見失ったあたりを、私は改めて探っていた。記憶のとおり、山の麓を流れる川へと続く、小さな沢。そこに、丈の高い草や低木になかば覆われ、隠された小道があった。もちろん、ただの小道ではない。
道に沿って、特殊なまじないが仕掛けられている。見るものの注意をそらし、存在を隠す術。それ自体はそんなにたいした術ではなく、穏形の効果もたかが知れている。ただ、それがびっしりと、無数に絡み合い、綿密に計算されて配置され、小道の全体を他者の目につかないようにしているのだった。ひとつひとつの力は弱いので、意識しなければ術があることすらわからない。きっと何かあるはずだと確信していた私でも、空から見ただけではまったく気づかなかったから、きっと他の誰も気づいていないのだろう。仕組みもごく単純なものだけに、雨風にも崩れにくく、実際、作られてから割と時間が経っていそうだった。
いったい誰が、こんな手のこんだことを。まさか、あの少年ではないはずだ。
妖気は感じないが、人間の
小道は沢のもっと上のほうまで続いている。その先には確か、少し珍しい薬草の群生地があったはずだ。目的はそれか。困ったことをしてくれる。
上に報告するべきか。もちろん本当はしないといけない。けれど、かなり前から使われていたらしいこの道が、今さらおおやけになると、それはそれで、ひともんちゃく起きそうだ。たぶん、薬草の管理も担当範囲な資源部と、外部勢力の動向把握が仕事である諜報部、それと私たち警備部との間で、責任の押しつけ合いが始まる。そして上の揉め事の顛末は、ほぼ例外なく下っ端にしわよせされる。さらにその結果、問題を最初に明らかにしたやつが、余計なことしやがってという目で見られて、嫌がらせまで受けるのが常なのだ。仮にそういうことがなかったとしても、報告に対して褒美が出たり、昇進したりするわけでもないとくる。これで報告する気になれというほうが無理ってものだ。
私が独断で仕掛けを壊して、後は知らんぷりするにしても、ちょっと数が多すぎる。ああ面倒くさい。知るかもう。
別に、こんな小道それ自体はどうでもいいのだ。大切なのは、私が誰にも邪魔されず静かに、昼寝とかをできる隠れ家の平穏だから。つまり、もうあの少年が小屋にやってくることがなければ、それでいい。
それを確認するために、こうして今日また、ここを訪れたわけなのだけれど。
期待は外れ、予想通りに、少年は昨日と同じ場所にいた。まいったなあ。
もちろん、彼がそこにいる目的を思えば、半分以上は自業自得そのものだ。とはいえ、困ることには変わりがない。
とにかく、この小屋と私のことが他の天狗に知れるのだけは避けたい。とすると一人でなんとかするしかないのだが。とっつかまえて脅しをかけて、二度とここに近づくなと言い含める、くらいしか思いつかないけど、実際には何も手を出せない以上、もし少年がそれを無視したら、無意味どころか泥沼もいいとこだ。山の麓にたまたま近づいたくらいの里人ならともかく、こんな所まで一人で入り込んでくるような冒険心の強い相手には、どうもうまくいきそうに思えない。
あるいは、天狗以外の誰かに協力を頼むとか。この事態を何とかしてくれるくらいの権力か能力があって、私に用意できる程度の見返りで動いてくれて、かつ口の堅い知り合いに。いないよ、そんなの。ああもう、どうすればいいんだ、これ。
そうやって、一向に答えの出ない問題に、ずっと頭を悩ませていたのだった。考えていたことのひとつは、それ。
そしてもうひとつは、先程からの行為で既にじんわり湿ってきている下帯を、さっさと解いてしまうべきかどうか、だった。
今日はもう最初から、そこに人がいるって、わかっていたというのに。いつの間にか、勝手に指があそこに伸びて。もぞもぞいじっているうちに、袴が脱げていて。結局、軽く果てるまで続けてしまうなんて。おまけに、まだ物足りないと思っているなんて、そんなに、そんなに欲求不満なのか、私は。
大きくため息をついて、返しに吸い込んだ息に混ざる、濃厚なにおい。
そうだ、小屋に入った時から意識してしまった、このにおいがいけないのだ。昨日だって、たぶん最初から。でも結局そんなの、私自身が弱いことへの、何の言い訳にもならないけれど。こんなことをすればするだけ、ますます少年がここに来たがるに決まっているのに。自分で自分の首を絞めている、どうしようもない馬鹿。そう思いながら今もまた、指が布の下のふくらみを柔らかく撫で回している。
自分というものが、こんなにあいまいだとは知らなかった。裸を恥じ、貞淑であろうとする私。快楽に飢え、進んでその肉をさらけだそうとする私。どっちも私の中にいる、本当の自分。そして、その境界線上をふらふらと惑う私は、結局するりと下帯の紐を解いた。ああ情けない。恥ずかしい。でもそれが気持ちいい。まったく、もう。
そっと股の上から下帯をめくると、蜘蛛の糸のような光が一筋、布と割れ目の間に伸びて消えた。なんとなく気恥ずかしさが沸いてくるが、下帯を尻の下から引きずり出し、軽く畳んで脇によけると、小さく喉を鳴らす音が遠くから聞こえてきて、そんな些細な羞恥などあっさり上書きされる。昨日からいったい何度目か、激しく突き刺さる情欲の視線を感じると、さっきから焦らされ続けていた肉の門の奥で、ひときわ熱く雫が膨らんだ気がした。
壁に頭をもたせかけて、目を閉じる。ほんの少しだけ、隙間をあけて。
その隙間から、そっと視線を小屋の隅に向ける。焦点をずらし、また合わせると、材木の向こうの少年の影が浮かびあがる。
不思議な気分。お互い小さな隙間から、相手に気づかれないように相手を見ている。まあ、こっちは気づいているんだけどね。そんな心の余裕が、私を恥ずかしげもなく淫猥な行為へ走らせるのかもしれない。なんにせよ、やることは同じ。
腰を少し前に突き出すようにして、膝を立てた両足を更に開く。ゆっくり左手を股間に持っていき、指先を割れ目の奥へ沈めた。慣らす必要もなくとろけた穴が、ぷちゅりと音を立てて指を飲み込み、広がった快感と痺れが奥から新たな蜜を分泌させる。
くちゅり、にちゃり、少しのんびりと中をかきまぜて、じんわりと熱が高まっていくのを楽しむ。少年に意識を向ければ、耳に届く荒い鼻息と、腰の前で上下に動く手の影。自分の存在が、行為が、彼に快感を与えてる。そんな風に思うと、なんだかちょっと嬉しくなる。死ぬほど恥ずかしいことをしてるのに。
でも、思えば他人との秘め事なんて、恥ずかしくて、嬉しくて、気持ちいい、そういうものじゃなかっただろうか。これが普通の秘め事かどうかは、とりあえず考えないことにして。
すっかり開ききった秘部をかきまわしながら、ふと思いついたことを、実行に移す。
右手で上着の裾の絞りをゆるめ、胸の上までまくりあげる。続けて、その下の肌着も。大きさには割と自信のある乳房が、ぷるんと揺れてあらわになると同時に、また鼻を鳴らして唾を飲み込む音が聞こえる。さらけだした丘の中に広がる、くすぐったい満足感。
右胸をふんわりつかんで、ゆるゆると撫でさする。激しくはないが暖かい、柔らかい快感が肌の上を伝わっていく。親指と人差し指で乳首をつまんでふにふに刺激していると、だんだん熱が集まって、ちりちりと敏感になってくる。反響するように、下の唇も、小さな突起もぴくぴく震えて、上へ、下へ、気持ちよさの波が行き来する。
股間から響く水音が、だんだん激しくなる。指があっちこっちを引っかき、押し込み、こすりたてて、中に溜まった汁をじゅぶじゅぶ溢れさせる。溢れた汁からつんと、小屋の中の空気に散って溶ける、私自身の雌のにおい。更にそこへにじんで混ざる、嗅ぐとくらっとするような雄のにおい。調香された桃色の空気を吸いこんで、時々ふるふると震えながら、私は瞼の隙間から、少年の様子を見つづけていた。
両手が腰の前で小さく、せわしなく動いているのがわかる。きっと、年相応の可愛らしいものを、一生懸命にこすって、切なそうな表情で、快感に震えているんだろうな。私に見られているなんて、知りもせずに。
自分の両手がやっていることを棚のいちばん上に放り投げながら、そんな風に思っていた刹那、あることに気づく。
私の表情こそ、今まさに全て、彼に見られているという事実に。
どっっっかん、と心臓が爆発した。
頭に爆風が吹き上げてくる。脳髄が、頬が、瞼の裏が、熱風に焼ける。思わず見開きかけた両目を、逆にぎゅっと固くつむる。小屋の中の景色が、彼のかたちが、闇の向こうに消えて見えなくなる。けど、もちろん私の顔が彼から見えなくなるはずがなかった。
昨日に続いて恥部を、今日は乳まで晒しておいて、今更だろうか。でも違う。それとこれとは違うのだ。思い切りあごを引き、深く顔を伏せる。これでもう、彼からは見えないはずだ。
でも、その前までは。
私は一体どんな顔をしてたのか。どんな表情を、彼に見られていたのか。
わからない。そんなの、鏡で見たこともない。あそこの形よりも未知な、私の知らない私自身。それを、どこの誰とも知れない少年が、知っている。
頭の中で、何かが鳴った。
何がどうしてどうなったのかは、よくわからない。でも確かにその時、私の中で、動いたことのない重い塊が、動いたことのない場所へごろんと転がった。そんな気がしたのだ。
手が、止まってる。
何かがひっくりかえった頭で最初に考えたのは、そんなことだった。
ゆっくり目をあける。顔を下に向けているから、とがった胸の先も、濡れそぼった股間までも、よく見えた。乳首に添えていた右手の指をそっと動かすと、ぴり、と鈍い快感が走る。けど、これじゃ物足りない。少し強めに、親指と中指でつまんでみる。
左手も動いた。中に入れていた指をいったん抜き、まるまる太った肉の塊を同じようにつまもうとする。どろどろに濡れた指先が、にゅるん、にゅるんと滑って、うまくいかない。それだけでも、また軽く果てそうなほど気持ちいいけど。指三本で、ぎゅっと根元を強引につまむ。そのまま、ぎゅーっと引っ張って、ずるると指紋が皮をこそげるように滑って、ちゅるん、と爆ぜた。
肉芽を中心に大きめの波が起き、お尻がびくびく震える。背骨を駆け登った波は、一緒にひっかいた乳首からの波とぶつかってさらに高まり、波に洗われた背筋が反りかえる。つられて顔が上がってしまいそうになるのを必死でこらえたら、きゅぅん、と子犬みたいな声が喉と鼻を鳴らした。
もう、ここでやめよう。やめなきゃ。これ以上は、駄目。
うつむいたまま、はっ、はっ、と短く息をつく。体の中に熱がこもって、逃げていかない。胸の奥、おなかの奥から、ねとついた飢えがじっとり肌に染み出してきて、手が触れている場所で痺れに変わる。
肉芽から離れた指が、蜜まみれの花びらを乱暴にかきわけて、強引にねじこまれる。入り口を押し広げ、肉芽ごとあそこ全体を握りこむように、鉤状に曲がって敏感な場所をえぐる。
駄目だ。やめろ。やめて。だめ。とまらない。
胸を撫でさする右の手のひらに、乳首がこすれて燃えている。ずぶずぶに融けた穴の中で、弾力のあるふくらみがぐいぐい押される。何度も何度も。押されるたびに、そこから快感が搾り出されて、背骨へ詰め込まれ、詰め込まれるたびに、びくん、びくんと体が跳ねる。詰めて、詰めて、どんどん上までせりあがってきて。ぐらぐらゆれて、もう、ぜんぶ、あふれる。
また、背すじが反る。我慢できず、顔がはねあがり、ごん、と後ろあたまが壁にあたった。いけない。このままじゃ、だめ。いや、もう、むり。
視界が白くなった。全身が硬直し、沸き立つ痺れの波が痙攣へと変わる。背骨から絞りだされた快楽の煮汁に、頭がてっぺんまで漬かる。ああ、気持ちいい。きもちいい。キモチイイ────
長い絶頂が過ぎ、目の裏側から光が霧散していく。噛みしめていた口が、んはっ、とひと鳴きした。潤んだ瞳の中で小屋の景色が、荒い呼吸に揺れている。
そっと震えるまぶたを下ろし、閉じるぎりぎりで止めた。細い隙間から、また彼に意識を、焦点を合わせる。
やっぱり、ぼんやりとして、細部はわからない。きっと、彼には私がくっきり見えているのに。ずるいや。
ああ、もっともっと、私の
見えるだろうか。君の表情も。君の瞳に映る、私の表情も。
突っ張っていた足から、力が抜ける。お尻が敷き布の上を前へ滑って、上半身がずるずると壁から落ちた。
顔がころんと上を向き、薄暗い天井が目に入る。呼吸がだんだん静まってくると、ゆらゆら波に揺られていた頭が、今度はすぅっと沈む。深くやわらかい、灰色の雲の中へ。
沈む、沈む。とろけて沈む。沈む私を誰かが見ている。誰だっけ。
もう、わからない。
さらさらと、風に木の葉の揺れる音が聞こえる。薄暗い天井が眼に映る。
ぼんやりした頭のまま、寝ぼけまなこを手でこすった。なんだか胸から下が寒い。
あ、そうか。寝てたのか、あのまま。
あのままね。
がばっと飛び起き、慌てて周りを見回す。小屋の中には、変わった様子はない。外の気配も、特には。
そして彼も、やっぱり動かずそこにいた。ほっとため息をついて、視線を下に向ければ、ううむ。またこんな格好のままで、お前は。自己嫌悪に眉をひそめつつ、とりあえず肌着と上着を下ろし、胸だけは隠す。小屋の空気はまたいっそう雄臭い。そりゃそうだ。
そんなに長く寝ていたわけではないと思うけど、すっかり体は冷めていた。懐紙を取り出し、昨日のように後始末をする。淫液に濡れていた手も股間も、ほとんど乾いてしまっていて、べたべたくっついてきれいに拭き取れない。ああもう、早く帰って水浴びしよう。敷き布も、そろそろ替えないとなあ。
それから、ええと。なんだっけ。何かあったような気がするけど、思い出せない。
まあ、たいしたことじゃないだろう。とりあえずは身なりを整えて、外に出た。小屋から離れる途中、一度ちらりと振り返る。
彼はまた昨日のように、あの小道を通って帰るのだろうか。
今日のように、また明日も来るのだろうか。
来られても困るんだけどな。一応はそう思いつつ、空へ舞い上がった。袴の中に風が入り、拭き残した雫の跡をひやりと感じる。
飛びながら、ふとした空想が頭をよぎる。
もし、もっと長く寝てしまっていたら。
もし、そんな私に、彼が何かしていたら。
材木の陰からこっそり出てきて、たとえば、胸やあそこを間近でじっくり見たり。たとえば、触って広げてみたり、中に指を入れたり。もしかしたら、その、先のことまで。いやいやそんな、夜伽草子じゃあるまいし、そんなこと。でも、もし────
冷めていたはずの腰の奥に、じわっとまた湿った熱が広がる。
その日は、部屋に戻ってもう一回した。