※この作品はR-18です。

東方愛狂録   作:ソーヤー麺

10 / 22
十話 たった一つの願い

俺の目の前に居るのは壊れ掛けた烏天狗。

破れた衣服に身を包み、全身を冷水で濡らして震える哀れな妖怪だ。

 

「射命丸さん」

 

「ひっ……ぁ…は、はい…ぃ…」

 

名を呼んだだけでこの有り様。

どうやら心底、俺と言う存在に恐怖しているらしい。

何故彼女は抵抗も何もしないのだろう?

答えは簡単だ。単純に勝てないから。

俺と彼女との間には、比べるのも億劫な程に力の差がある。

別段、彼女が弱い訳では無い。

そして俺も自身が特別強いとも思っていない。

だがやはりそこには差があるのだ。

 

更に彼女は理解している。

自分自身と俺との力の差を。

だから手が出せないのだ。いや、出せないのでは無い。

 

彼女の本能が、彼女自身に警告している為に手が出ないのだ。

 

それを理解した今、俺は考えを一つ改めてみる事にした。

 

「射命丸さんは…生きたいですか?」

 

「……え…?」

 

「生きたいかどうか訊いているんですが」

 

「……も、勿論!生き…たいです…」

 

未だに死を恐れ、生を渇望するとは…正直呆れる。

だが彼女を見ていると、反省の色が見えない訳でも無い。

なので彼女にチャンスを与えてみることにしよう。

 

「…射命丸さん、はい」

 

「…………ぇ……?」

 

そう言って歌留葉が懐から取り出し、手渡したのは錆びだらけで、しかも刃毀れした一本の鋸(ノコギリ)だった。

それを目の当たりにした文は、未だに意味が判らずに小さく疑問の声を口にしていた。

 

「判りませんか?」

 

「…ぁ…あの…その…ボロボロの鋸で…何を……」

 

文が疑問を口にする、すると歌留葉の口からは信じられない、いや、信じたく無いような答えが飛び出した。

 

 

 

「その鋸で、自分の左腕を切り落としてください」

 

 

 

歌留葉の表情に初めて柔らかい笑みが浮かぶ、そして文の表情は今までに無いくらいに恐怖に歪み、そしてその体は再びガタガタと震え始めた。

 

「…ぅ、う、腕…を…?じぶん…で……?」

 

信じたく無い文は、再び歌留葉に訪う。

だがそうすればするほど、それは確実な恐怖とプレッシャーと化して文を襲うのだ。

 

「はい、この鋸を貸してあげます。貴女がもし自分の腕を切り落とす事が出来れば、貴女を見逃しましょう」

 

歌留葉は笑みを絶やさず言う。

文は再び差し出された鋸を見る。

黄土色に錆び、更に腐壊が進んでいるのか土留色に変色した箇所もある鋸。

こんな鋸で、いくら少女の細腕だからと言って、切り落とせる訳が無かった。

だが、切り落とせば命が助かる。

だから尚、文は食い下がる。

 

「こ、こんな錆びだらけの…まっ茶色に…風化した鋸で……?」

 

涙をポロポロと溢し、歌留葉の眼を見詰めながら訴える。

常人なら情に流されただろう。

だが歌留葉にとってそれは全くの無意味だ。

歌留葉は文の頭に掌を乗せ、文の濡れた柔髪を優しくく撫でながら言った。

 

「はい」

 

文の目の前が暗くなる。

あまりにも酷い現実を直視出来なかった。

これが夢ならば覚めてほしい、だが夢じゃないのなら、せめて出来るだけ楽に…

 

「せ、せめて他に刃物…」

 

文は俯きながら、震える声で言った。

その瞬間、歌留葉の表情から笑みが消える。

 

「文さん、これは罰です。何故貴女が楽をしようとしているのですか?さぁ、大丈夫、貴女なら出来ます。さぁ」

 

無理矢理、文の手に鋸を握らせる歌留葉。

最早、何も言えなくなってしまった文は血が滲むのも気にせず、唇を噛み締めて覚悟を決める。

ゆっくりと右手に握ったその鋸の刃を、自身の二の腕に近付ける。

息が荒くなり、無意識に涙が頬を濡らす。

全身からは嫌な汗が止めどなく流れ、既に寒気とは別の理由で全身が震え上がっていた。

 

「ふぅ…ふぅ……ふぅ…!ふぅ…!」

 

鋸の刃が、二の腕の肉に当たる。

ひんやりとした感触に、文の心臓が思わず跳ね上がった。

そして意を決して、二の腕に強く当てた鋸を、力一杯引き抜く。

 

「…く……あ…ぁぁ…ぁっ!!」

 

凄まじい激痛が文の体を襲う。

錆びた薄い鉄板で、自らの腕を切断しているのだ、無理もない。

だが文にとっての地獄はこれからだった。

 

そう、全く切れていないのだ。

筋肉が少し切れた程度、なのに何故これまでの激痛なのか?

それは錆び付いた刃が傷口を抉るからだ。

更に雑菌が繁殖した刃は、切れば切るだけ痛みを増していく。

 

文はそれに気付いた。

だが気付いた所で仕方がない。

文は、震える手を必死に抑え、再び二の腕の傷口に鋸の刃を、当てる。

そしてゆっくりと上下に動かし始めた。

 

「ひ…ぁ…い…った…ああ…!!い…や…ぁぁ…ふっ…ぁ…痛い…ぃ…」

 

文は、手を動かしている間は口を動かさないと気が狂いそうだった。

そこまで追い詰められていても逃げ出せない。

なら出来るだけ早く終わらせたい。

 

「は…やく……ぅ…」

 

ブシュッブシュッと血を噴き出させながら、文は腕を切り続ける。

次第に切る速度は速くなり、ようやく半分に到達したその時。

 

「……い…た…いぃぃッ!!」

 

ゴリッと言う音と共に、文は鋸を地面に落とす。

そう、骨に到達したのだ。

 

(無理ッ!!もう無理絶対無理ッ!)

 

文は泣きながら傷口を押さえ、首を横にブンブンと振った。

そんな文に歌留葉は再び笑い掛ける。

 

「ほら、あと少しですよ文さん」

 

文は再び俯いて動かなくなった、しかし十秒程すると再び鋸に手を伸ばし、鋸を掴んだ。

そして傷口から覗く、血で紅く染まった白い骨に刃を当て、再び力一杯引く。

 

「あ…ぁ…ッ!?ひ…ぅ…ぅ…!」

 

ゴリゴリと骨の削れる音だけが、洞窟内に響き。

それを見ている歌留葉はただひたすらに無表情だった。

 

やがて十分程掛かって骨を断ち、文は最後の力を振り絞る。

 

「はぁ…はぁ……あぁぁああああ!!!」

 

最後は力任せに肉を断ち切り、繋がりを失った文の左腕はボトリと地面に落下した。

 

「ハァ……ハァ…………ハァ…」

 

満身創痍の文。

いくら彼女が妖怪とは言え、血を失い過ぎた様だ。

 

「お疲れ様でした、文さん。その切り落とした腕は後で頂くとして。約束通り貴女を見逃します」

 

「……は…い…」

 

壁に寄り掛かり、浅い呼吸で返事をする文。

あと半日もすれば彼女の命は失われるだろう。

だが歌留葉は守るつもりでいた。

だなら歌留葉も彼女に約束をさせる。

 

「良いですか?これからは一切俺を嗅ぎ回らない事。勿論、楓の事もです。俺にとってのたった一つの願い。それが約束出来るのならば貴女を永遠亭へ運びます」

 

「……わかり…ま、した…」

 

「…約束ですからね?」

 

喋る気力さえ失った文は、静かに頷く。

歌留葉は溜め息を漏らすと、瀕死の文を抱き抱えて血塗れの文の額にキスを落とし、囁く。

 

「もし約束を破れば…次は俺が貴女の首を切り落としますから、そのつもりで」

 

恐怖に震える文を抱えたまま、歌留葉は洞窟を後にした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。