皆様、明けましておめでとうございます。
ーー午前六時ーー
時計の針が六時を指す頃、夢の世界から現世に意識が引き戻される。
今日は寝坊せずに起きられた様だ。
やっぱり朝はとても寒く、体を震わせながら布団の中をモゾモゾと動く。
…端から見たら、今の俺は芋虫の様に見えるのだろうか?
「…嗚呼、彼女は大丈夫だろうか」
何時もの癖が出てしまった。
この独り言を直さない事には、人々との交流など夢のまた夢だ。
まぁ良い、彼女を見に行こう。
寝室から、居間を挟んだ正面の部屋。
ずっと物置として使っていたその部屋を、俺は彼女に貸した。
俺は扉を軽く叩き、入室の許可を貰おうと返事を待つ。
二度、扉を叩くと彼女の声で「どうぞ」と小さく聞こえた。
俺は鍵の掛かっていない扉を開け、部屋へと入る。
「おはようございます、あの…私…」
「お早う御座います、もしかして寝てないんですか?」
「…考え事ばかりしちゃって、眠れませんでした」
どうやら彼女は自らの記憶を呼び覚まそうと、一晩中努力していたらしい。
彼女を見る限り、その行いは無駄になってしまったようだが。
「そうですか、今日はお医者様の所へ行こうと思います。取り敢えず朝御飯を作るのでお風呂に入ってください」
「そんな、悪いですよ…」
「貴方も女性なら、身の回りは綺麗に保ちたいでしょう?俺に対して迷惑だとか、良くして貰い過ぎて返せないとかは考えずに、どうぞお風呂場へ」
「は、はい、ありがとうございます…」
「因みに温水を地下から引いてますから、蛇口を捻ればそのままお湯が出ます」
「では、お湯…いただきます」
彼女が風呂場へ行くのを見送り、朝御飯の準備を始める。
昨日作った味噌汁が残ってたな、アレと…山菜の浅漬け、後の一品は残った卵でも焼こうか。
「ごちそうさまでした」
「…お粗末様でした」
「あの、食器くらいは洗わせてください…」
「…良いです、取り敢えず髪を乾かして下さい」
卵を焼き上げた頃、彼女が風呂から出て来た。
濡れた黒髪をタオルで拭いながら、頭を下げて礼を言う彼女姿が、何故か俺の網膜に焼き付いて離れない。
その姿のまま、彼女は俺の作ったご飯を食べた。
「…冷たい」
食器を洗いながら呟く。
俺は本当に独り言が多い、それだけ一人で生きてきたと言う事だ。
「………寒い」
嗚呼、冬は嫌いだ。
食べる物が少ないし、寒いし、雪が多いからだ。
今日だって空は曇っている。
何時、雪が降り出すか判らない。
さて、雪が降る前に永遠亭へ向かおうか。
防寒着をしっかり着込んで、彼女を待つ。
彼女には少し大きいが、俺の防寒着を着て貰う、今は着替えを待っている最中だ。
やはり女性の着替えが長い、と言う噂は事実らしい。
彼女が部屋に篭ってから、既に三十分が経とうとしていた。
「あの…すみません、お待たせしました」
「…大丈夫ですよ、では行きましょうか」
本当は待ちくたびれた…
ーー迷いの竹林ーー
雪が積った竹林の中を、彼女の手を引きながら歩く。
永年この地に住んでいる俺からすれば、案内役である蓬莱人の助けなど無くても、竹林を抜ける事など容易い事なのだ。
「…っ、しょ…っと…」
「大丈夫ですか?滑りますから…転ばない様に気を付けて下さい」
「はい…ありがとうございます…」
良く、この辺りには永遠亭の兎が仕掛けた罠や悪戯がかなりの数埋まっている。
注意すべきは、雪で凍った道よりそっちなのだが、今日は俺が付いてるので別に言わなくても大丈夫だろう。
暫く竹林を歩いていると、竹林の奥地に一つの建物が見える。
和を体言した様な屋敷、此処が永遠亭だ。
相変わらず大きい。
「…ここが、永遠亭ですか?」
「ええ、入りましょう」
ーー永遠亭ーー
屋敷の中を慌ただしく走り回る兎を呼び止め、永琳さんを呼んで貰える様に頼む。
すると俺の顔を知ってか知らずか、隣に居る彼女を見て、ニヤニヤと笑い始めた。
「あれ~?誰かと思えば柊じゃない、久しぶりね」
「どうも、因幡さん…永琳さんを呼んで貰えますか?」
「お師匠様を?風邪も引かないアンタが病気?」
「俺じゃなくて…この人ですよ」
「……へ~、彼女?」
「何を馬鹿な事言ってるんですか…早く永琳さんを呼んでくださいよ」
「はいはい分かった分かった、じゃあ呼んできてあげるから、待合室で待ってて」
相も変わらず、騒がしくて鬱陶しい兎だ。
俺は因幡てゐが嫌いだ。
何と言うか、波長が合わない。
「……あの」
「…何でしょうか」
「何故…こんなに良くしてくださるのですか?」
「…何故、と言いますと?」
「見ず知らずの、行き倒れていた私に…こんなに良く…」
「…気紛れですよ、少し黙っててください」
「っ、わ、分かりました…」
何故か…?
そんなの決まってる。
ただの気紛れだ。
そんな判り切った事を訊くなんて、この女は馬鹿だ。
「あら、本当に柊なのね」
「…開口一番それですか」
「貴方を見掛けるなんて、幸運の兎を見掛けるより珍しいのよ」
「俺を見ても幸せにはなりませんよ、是非とも兎を見て下さい」
「相変わらず連れないのね…」
「それより、彼女を診てあげてください。どうやら外来人らしいんですが…記憶混乱と軽い凍傷みたいです」
「そう…じゃあ診るから診察室へどうぞ」
「は、はい、失礼します」
二人が診察室へと入って行く。
俺はそれを見届けながら思った。
柄にも無い事はするものじゃないな、と。