四校合同練習試合は無事終了した。見せつけるべき戦法、温存すべき戦術。各校がそれを分かち合い、再認識し、己の身を以て共有し合った良い催しになったと総評していいだろう。生徒たちに解散を命じ、関係者各位に挨拶を済ませ、飲み会の誘いを断り、私は喫茶店で一人自分を労っていた。行きつけの店というわけではない。たまたま目についたのだ。今日という日は直接帰るには全く暑すぎた。それに私も歳だ。このあたりで一息ついておかなければ、タクシーの運転手に寝顔を晒すことになってしまうだろう。
アイスミルクコーヒーを少しずつ胃に流し込みながら思い出していたのは、先ほどの練習試合のことではなかった。もっとごく個人的な事案だ。試合の途中からずっと感じていた視線のこと。その主のこと。放送席の端から、まるで気づかれていないとでも思っているかのようにこちらを盗み見ていた彼のこと。どういうわけかそれが、心の片隅に引っかかってならない。
西住流の家元となった今、衆人環視の的となるのは珍しいことではなかった。むしろそれは意識すべきことだ。大衆は今や私の一挙手一投足にすら西住流を見出そうとしている。歩き方、座り方、果ては落としたペンの拾い方にまで。誰もが私を見ている。誰もが私を評し、賞賛するか、もしくは西住流も落ちぶれたと貶すかの二つに一つ。言わずもがな私が自分に許すのは、そのいずれか一方のみだった。
そう考慮した上で彼の視線を思い出してみると――放送機材のメンテナンスクルーなのだろう、まだ顔にあどけなさの残る青年だ――なんと言うべきか、そういった類の観察眼ではなかった。明らかに性質の異なるものだ。痺れを切らして睨み返した時の反応もそれを物語っている。目を合わせたのだから会釈か敬礼の一つでも返せばいいものを、彼はパッと目を逸らしたのだ。全く無礼だ。そのくせ、私が正面に向き戻るとすぐ、再び横っ腹へ視線を浴びせるのだ。おかげで試合への集中力は半ば削がれてしまった。
彼が注目していたのは私の横顔、胸、腰、臀部、そして脚の付け根といったところだろうか。つまり全身だ。特に胸には視線が集中していたように思う。こんなものを見て一体何が楽しいと言うのか。前提として、彼が私に異性を感じていたという仮説は成り立たないだろう。あの場には黒森峰や他校の生徒たちだって大勢居たのだ。健全な男子ならば、彼女らに目を奪われるのがむしろ自然というものだ。うら若き乙女たちが戦車道に汗を流しているのだ、そちらを眺め心の内で楽しむというなら、実にけしからん発想だが納得はできる。
だが彼が見ていたのは私だった。……もしかして、私の服装に何か不備でもあったのだろうか。全く気がつかなかったが。少し確かめてみるとしよう。着慣れた黒のパンツスーツ。ヒューゴボスで仕立ててもらった逸品だ。素晴らしい仕上がりで、襟元にほつれなどは全くない。ヨレや汚れも見当たらない。袖も同様に。
では何が原因なのか。彼の個人的な思いに起因しているものだろうか。例えば、私の姿が生き別れた母親に似ているとか、大昔に記念撮影か何かで私が抱きかかえた赤子本人であるとか。だとすれば声くらいかけるべきだったか。ひょっとしたら同級生のご子息だということも考えられる。だがあの年頃の子供を持つクラスメイトに、差し当たって心当たりはない。私も早婚の身。彼は娘たちよりかは年長であるように見えたが……。
氷の塊がコーヒーに溶け出した頃、ドアのベルがカランと鳴り、新たな客の来店を告げた。一瞥すると、若い男が一人。どこかで見た顔、とも思わなかった。それは今しがた考えを巡らせていた青年その人だった。仕事着から私服へ着替えたのか、今は随分と垢抜けた格好をしているが。
客はまばらだというのに、店員は彼を私のはす向かいの席へ案内した。ソファーへ座ったところでようやく、彼はこちらの存在に気づいたようだ。驚きが顔ににじみ出ている。間違いない。やはり彼は私を見ていたのだ。だがその腑抜けた反応のおかげで、よもや私を尾行してきたのではないかという疑念は潰えた。この再会は全くの偶然ということにしておこう。
彼はぼそぼそと注文をし終えて、ばつが悪そうにおしぼりを弄んでいる。あのようなことがあった後にこの巡り合わせだ。これは神の思し召しだろう。つまり、今度は私の番というわけだ。いかに不快な思いをしていたか、思い知らせてやるとしよう。
注文の品を待つ彼を、私はじっと見つめた。穴があくほど見つめてやった。頭からつま先まで、舐め回すように眺めた。こちらが背筋を伸ばし、堂々と気迫すればするほど、彼は小さく縮こまった。水のコップに目を落とし、額にはかわいそうなほど冷や汗を流している。先ほどまで被っていた、作業帽の形に潰れた髪型もそのままに、彼は両手を膝の上で握りしめている。
だが西住流に撤退の二文字はない。私はなおも目を向け続けた。睨みつけているといっても過言ではない。その情けない顔に冷ややかな視線を刺し、こちらが抱いた気まずさを追体験させてやった。赤の他人をここまで観察するのは初めてのことだが、視線一つで屈服させるのはなるほどなかなかに気持ちがいい。あの場でこの私を眺め続けていた彼なら、さぞかしいいご気分だったことだろう。
やがてコーヒーが供された。それもしっかと観察してやった。ブレンドコーヒーのSサイズだ。この店で最も安い品の一つ。だがビスケットが二枚付いてくる。学生には嬉しいメニューだろう。私もこのくらいの年頃には、これを注文していたに違いない。
湯気の上がるそれを二、三口啜ると、いくらか落ち着きと勇気を取り戻したのか、彼はこちらへ目を向け返してきた。当然、視線を交わすことになる。私は怯まず、余裕たっぷりにまじまじと見つめ続けた。相手も簡単に視線を外そうとはしないが、分はこちらにある。補給戦において重要なのが、燃料、弾薬、そして水。私のアイスコーヒーにはストローが備わっている。つまり、視線を外さずとも水分補給ができるのだ。彼にその術はない。私は彼を見つめたままコーヒーを口に含んだ。すると、彼はサッと顔を背けてしまった。
どうだろう。これは私の勝ちと言えるのではないか。図らずもメニュー決めの段階から優位に立っていたのだ。私は少々得意げに、もう一口コーヒーを啜って見せた。
どうにも相手の様子がおかしい。頬がみるみる紅潮していくのだ。こちらと向き合うそぶりも見せず顔を赤らめる様子はいじらしくあったが、同時に少々可愛くもあった。ふん。まるで子供のようじゃありませんか。どうやら彼を脅威として見過ぎていたようだ。もちろん、戦車道ではどのような相手に対しても万全を期して挑むのが礼儀ではあるが、これはもはや戯れだ。私はテーブルに頬杖をついて、小動物のように怯える彼を観察し続けることにした。
顔を背けたまま、彼はチラリチラリと横目に私を盗み見た。全てがこちらの視界に入っているのだ、そんな行為は愚策と言える。私はニコリともせず、氷のような目つきを作ることでそれに答えた。少々行儀が悪いが、頬杖をついたままストローを咥えたりもした。余裕を見せつけるためだ。その度に彼はまた目を逸らして、さらに耳の先まで真っ赤にした。
試合会場では気づかなかったが、その反応から見るにこれはどうも私に照れているらしい。家元という私の立場に対しての畏怖がそうさせているのか、それとも私という存在そのものに対しての羞恥心かはわからない。考えられるのは前者だろう。だが、私の立場を示す手段はここにない。それに比べ、後者を確かめることは容易い。試しにそうすることにした。
テーブルから顔を上げ、背筋を伸ばして相手を堂々と見据える。手本のような座り姿。彼も私の視線に答えた。注目が集まったのを確信してから、私は腹のあたりで腕を組み、そして……両腕で少しだけ胸を持ち上げてみた。
彼は一瞬目を丸くして、やはり顔ごと視線を逸らした。これは想定通りだ。年増の女に目の前でこんなポーズをとられれば誰だってそう反応するだろう。鍵はここから彼がどうするか、だ。席を移るか、早々と店を去るか、それとも再びこちらを盗み見るか。
赤らめた横顔からして結論は出ていたが、確証には至らない。私は駄目押しで、腕をゆっくりと上下させてみた。つまり、腕に支えられた胸もゆっくりと上下に揺れるということだ。
……なるほど。彼にとって、これは羞恥心を差し置いてでも見たい光景だったようだ。顔を真っ赤にしつつ、私の胸元に視線を浴びせている。よほど記憶に残したいのか、目を綺麗に丸くして。これでわかった。この青年は私を女として見ている。試合会場で受けた好奇の目も、どちらかといえば熱い視線と呼べるものだったということか。
ふぅ、と私は一つため息を吐いた。呆れのため息だ。この年増の女をそのような目で見るとは、途端に彼の将来が心配になってくる。私より年配の役人どもに色目を使われることはままある話だが、それは連中からすれば私など小娘だからだ。彼は違う。彼にすれば私は、母親も同然の枯れた女だろうに。そんな相手を視姦するとは。
だがまあ、正直なところ悪い気はしない。もちろん、不快感を覚えない訳ではないが、それを上回って嬉しさも感じている。私にも未だ残っている女の部分が喜んでいるのだ。このような腑抜けた男、もし私が彼と同世代だったなら歯牙にも掛けないだろう。だが今の私は、人間は若いだけで一定の価値があると思えるほどに年老いている。若者に目を向けられる私も、まだまだ捨てたものではないらしい。
もっと直接的に彼の劣情を煽ってみたくなった。ただの戯れだということを示すため、鉄のような表情は少しも崩さない。ポーカーフェイスを保ったまま、私は片方の乳房を手のひらで支えてみた。すぐに彼の視線はそこへ向く。次に、片乳房の中央を手で覆ってみる。次に、ジャケットのボタンを外してブラウスを見せつけてみる。次に、ブラウスの上から胸をひと回し撫でてみる。
私の手つきに彼の視線は面白いほど従った。愉快だが、これは鼻で笑える愉快さだ。胸への視線誘導もそこそこに、私は脚を組んでみた。彼はそちらへ目を向けた。パンツスーツ姿だということを忘れているのだろうか、そんな動きで下着も太ももも見えるはずがない。実に無様だ。思わず破顔してしまいそうになったが、なんとか堪えた。
再びストローに口をつけた。なるほど、彼には私の唇まで魅力的に見えているらしい。久方ぶりに目が合ってしまった。難儀だ。私はストローを唇で咥えたまま、試しに手を胸元に伸ばした。瞳と手との間で目が泳いでいる。胸の膨らみの頂点あたり、ブラウスのボタンとボタンの間に生じた隙間から、指をそっと中へ差し込んでみた。それも中指を一本。視線はそちらへ完全にくぎ付けになった。女の顔よりも胸に目が行くとは、まだ青い。
挿入している指の隣にきらめくものを見せつけるよう、何度か谷間をまさぐるうちに、彼は顔を背けてしまった。
やりすぎたか、と思うのと時を同じくして、アイスコーヒーは空になった。ストローが一瞬下品な音を立て、唇から離れていく。口の端からこぼれそうになったミルク色の雫を、私は舌先で舐め取った。彼はその瞬間を見逃した訳だ。残念でしたねと、頭の中で嘲笑する。
飲み干してしまった以上、もうここに居る理由はない。青年との戯れは楽しかったが、これ以上味わいたいかというとそうでもない。私は立ち上がり、支払いを済ませて店を出た。彼が追いかけてくるのではないかと危惧したし、僅かに期待もしたが、やはりそこまでの度胸は身につけていなかったようだ。タクシーを捕まえ、そのまま帰路に着いた。それから彼を見ていない。
その夜。寝支度を済ませた私は寝室に居た。畳の上には布団が二人分、既に敷かれている。常夫さんが用意しておいてくれたのだ。いつもそうなのだ。当の本人は先に布団へ寝転がって、雑誌を片手で頭上に持ち上げ読んでいる。曰く、筋トレを兼ねているとのこと。これもいつも通りの光景。
だが私はいつも通りの心持ちではない。間を空けて敷かれた自分用の布団には向かわず、常夫さんの布団へ潜り込んだ。さも当たり前のように添い寝し、厚い胸板に頬を埋める。ただ事ではないと悟った常夫さんは雑誌を脇に伏せ、代わりに私の頭を抱いてくれた。何かあったのか、と聞くこともなく、この人はただ私が話し始めるのを待つ。私は常夫さんのこういうところを気に入っている。
「今日の練習試合でのことです」
うん、と常夫さんは低く頷き、話の続きを促した。私の頭を撫でながら。
「私のことを見つめる若い男の子が居ました。勘違いではありません。物陰からこの私を、私の身体を眺めていたのです。そうですね……」
一息置いて、私は事実を少しだけ編集することにした。そのまま話してしまえば、私が青年と故意にカフェで同席した、と想像させてしまう恐れだってある。簡略化も兼ねて喫茶店という舞台は伏せておこう。
「……あれは視姦と呼べるものだったかもしれません」
常夫さんの手が止まった。私は胸板に頬ずりして、別段深刻な話でないことをアピールする。が、この人はそう捉えてくれない。私の頭を、がっしりした指で掴んで一層抱き寄せてくれた。
「まさか私にそういった目が向けられるとは思いませんでしたので、少しばかり確かめてみました。こう、胸に手を置いてみたり……寄せて下から支えてみたり……」
そう言いながら、寝間着に包まれた胸を常夫さんの身体に押し付けた。逞しい肉体に、私の熟れきった柔な乳房が潰れる。あの子はこうして触れてもみたかっただろうか。残念でしたね。私に触れていいのはうちの人だけなんです。
「そうしてあげるとその子はもっと私を見つめてきました。そこでようやく確信したんです。この子は私に興味を持ってるんだって。……悪い気はしませんでした。こんな歳でもまだまだ通用するんだと思うと、嬉しいくらいで」
表情を崩さないよう努めつつ、淡々と告げていく。常夫さんは心穏やかでないようだ。心配そうな声で、そいつに何かされなかったのかと尋ねた。
「ええ。そんなことを許す私ではありませんよ。肌だって見せていません。今にして思うと、むしろこちらがからかい過ぎた気がします。あの目に晒されるうちに、私も女なのだと久々に思い出してしまって……」
常夫さんの胸を、人差し指でくるくるとなぞった。私は不愛想な女だ。甘え方というものを知らずに生きてきた。これはそんな私にもできる精一杯の「甘え」の印なのだが、この人がそれに気付いているかはわからない。
「常夫さん。あなたの目に私はどう映っていますか」
ここでようやく私は密着している身体の主と目を合わせた。顎を上へ伸ばすと、ほんの至近距離にこの人の瞳はあった。途端、身体の内側がぽうっと熱くなる。頬も同様に熱を帯びていく。例の青年と見つめ合っていた時には発生しなかった生理反応だ。むしろこれは、私を眺めていた彼の側に起こっていた現象と全く同じだと言っていいだろう。
私は常夫さんの首元に視線を落とした。そんなところまで彼と同じ反応だ。羞恥心に目を逸らしてしまった。
「私…………今日は昂っているのですが」
蚊の鳴くような声でそう絞り出した。こちらからの誘いは以上だ。返答を待つべく、頼もしい身体にしなだれかかろうとすると、その目論見は失敗した。あてにしていた支えがなくなり、私の頭は枕に、背中は布団に沈み込む。常夫さんはというと、いつの間にか上で四つん這いになって、四肢で私を囲い込んでいた。両手首をまとめて頭上で組み敷かれている。腕の自由も、身体の自由も効かない。もっとも抵抗する気は露ほどもないのだが。
しほさん、と常夫さんは私の名を呼んだ。誠実そうな目が私を見下ろしている。だがその瞳の奥には獣のような意思が働いているのが見て取れた。私は思わず口元を緩めた。そして横顔を晒して、ついに笑った。よかった。この人にとっても私はまだ女らしい。今の所は。
「常夫さん」
と返すよりも前に、私の唇は塞がれた。もう何度も味わっている柔らかさと息遣いが、口先から全身へと回る。その瞬間少女に戻った心地になった。この人と接吻する度、私は十六歳になる。常夫さんと出会った歳。あの頃から恋心は少しも変わっていない。
「ふ、く、んっ……! ふっ、ふむっ、はぉっ、ちゅぷっ、むちゅぅ……っ、はふっ、ん、くっ……んふぅん……」
変わったのはその発露の仕方だけ。これから始まるだろう激しいまぐわいは長い夫婦生活の中で徐々に形づくられていったものだ。毎晩愛し合うほどには若くない分、一旦こういう雰囲気になると歯止めが効かなくなる。今回その引き金を引いたのは私の方だった。それも、他人をダシにするという滅多にないやり方で。
「はぁっ、はぁっ、あっ……んゃっ、常夫さっ、ん……! そこは、いけませっ、ああ、もう……っ! だめです、だめ……」
幕開けの接吻を終え、常夫さんは真っ先に私の首にかぶりついて、吸い痕をいくつも残した。まるで所有権を主張するみたいに。ちゅぽん、と音を立てて唇が離れたかと思うと、首筋に再び捺印が成された。明日は平日。後先を考えるタイプのこの人がこうして痕跡の残る行為をするのは珍しい。
……ああ、嫉妬してくれてるんですね常夫さん。見知らぬ青年なんて人物が私の話に登場して、妬いているんですか。私は心身にくすぐったさを覚えて破顔した。口元が自分の意思に反して波打った。こんな表情は見せられまいと、常夫さんの肩に抱きついて顔を埋めた。そしてお返しに、こちらも甘噛みの痕くらいは残させてもらう。それに乗じて爪の痕も。
肩を抱えられ、身体ごと布団へ押し付けられる。襟元を起点に寝間着を剥ぎ取られ、私は肌を空間に晒した。溢れそうになる乳房を腕ですくい、組んで、少しでも見栄えが良くなるように谷間を作る。股をキュッと締めて秘部を隠し、おまけに手のひらで陰毛を覆った。息の上がっている表情は髪が隠してくれないかと期待したが、頰に張り付いた横髪は常夫さんの指が丁寧に剥がしてしまった。悦びのにじんでいるだろう横顔に読書灯の明かりが落ちる。そして両手はいとも容易く再び頭上で束ねられ、私は腋の下までも見せびらかさなければならなくなった。抜かりなく処理はしてある。身だしなみと体型には気を遣っているつもりなのだが、乳房だけは寄る年波に抗えず、リラックスして両開きに垂れた。
常夫さんのお仕事をこの時ほど思い出す瞬間はない。この人はまるで私を高級車のように丁重に扱うこともあるし、スクラップ寸前の突撃砲のように少々乱暴に弄ぶ場合もある。どちらのモードでも言えることは、常夫さんはプロだということだ。私の身体のことは私以上に知っている。この人を前に裸になると、私は配線や内燃機関まで見透かされているんじゃないかという気になるのだ。
そしてそのメソッドに従って……ああ、今夜は私を徹底的にバラすつもりらしい、常夫さんは私に手を触れる。計器の目盛りでも読むように私の顔を覗いたまま、乳房を掴み、柔肉に指を埋め、その先端の周りを指先でなぞる。腰のくびれをトレースし、へその下あたりで手を止め、その一点を指の腹でトントンと叩く。最初は何でもないただの軽い打撃。それが幾度も重なると身体の内側で大きな波になり、その快楽指数は私の顔に現れる。頭ではポーカーフェースを気取っているのだが無駄だ。表情筋は嘘をつけずにいるらしい。その証拠に、常夫さんの指は次第に適切な場所へと移っていく。つまり、私をより感じさせる位置に。
「つねおさっ……ん、そこは、あっ……! …………い、いえ、もっと、してください……でもお願いです、声が漏れちゃいますから……塞いで」
目の前の女の顔色を読んでいた常夫さんは目を閉じ、私の要求通りに動いた。唇は圧倒的な体躯に塞がれ、媚びた嬌声も吐息も、全て常夫さんの中に流れ込む。指は――へその真下を圧迫していた指は、肌をつぅとなぞり、根元の濡れた隠毛を通りがけによじって、キュンキュン疼いている私の秘所へ伸びた。それをこの人は瞼を閉じたままやってのけるのだから敵わない。……なぜ常夫さんが目を閉じているのを知っているのかというと、それは私が半目でこの人の顔に見惚れているからに他ならなかった。
「んふっ……! ンフーーッ、フーーッ、ふぉっ、んむぁ……んっ、んぅ〜〜〜〜〜〜ッ! ふぅっ、んぶっ、むぅんふっ……」
先ほどまで表面から何度も子宮あたりをノックされていたのだ。私のそこは常夫さんの指を歓迎した。既に濡れかけてはいたが、閉じた口に指の腹が触れた瞬間愛液が溢れて、するりするりと更なる侵入を許す。指は一本だと思う。それでも常夫さんのそれは仕事柄太くて、ほぐれきっていない私の膣口はいっぱいになった。心地いい圧迫感が私を満たしていく。そしてある瞬間、おそらく関節が膣壁に触れた時、私の身体は脊髄に支配された。反射的に腰が浮き、へそが常夫さんに向かって反る。たっぷり焦らされていた乳首には乳輪ごと芯が宿り、指先の寵愛をねだった。
この人はそれも逃さない。膣に触れる手つきよりもいささか乱暴に乳房を掴み、硬く尖った頂点を乳肉の中に押し込んだ。二人の子育てを経て、生娘の頃よりふた回りほど肥大化した乳首。こうして弄られ転がされると、生まれる快楽もふた回りほど大きくなっている気がしてくる。または、常夫さんのがっしりした指には、はしたなく育った今の大きさの方がうってつけだということなのかもしれない。
まことに恥ずかしいことに、こうして私はたった二本の指で軽く果ててしまった。私を熟知した常夫さんの能力はもとより、ここまで期待に満ち満ちていた自分の身体にも驚く。その期待を育んだのは私だが、そもそものきっかけを芽生えさせたのはあの青年だ。彼は今頃どうしているだろうか。私とのささやかな交流を思い出して、自室で自分を慰めている頃合いやも知れない。
「ぇろ……んぇ、れろっ、れるぅっ、れるれる……ッ、んく、んふ、ふぅ…………ぷは、はぁ、はぁ、はぁっ……」
生憎だが、私を好きにできるのはこの人だけ。私が好きにできる男なら、その気になればあなたのように何人か作れるかもしれませんが、身体を許すのはこの世で常夫さんただ一人。もしそう告げたら、あなたはそんな事実も自慰の材料にするでしょうね。
膣と乳房に感じていた圧迫感が薄れ、接吻も遠ざかって唾液の筋が名残惜しそうに私と常夫さんを結んでいる。もはやどちらの唾液かはわからない。それをぼーっと見つめていると、目の前に常夫さんが指を差し出した。泡立った粘液に塗れた中指。今まで私の秘部を埋めていた指に違いなかった。常夫さんはその先を私に向けた。舐めて綺麗にしろということだろう。それは厭わなかったが、試しに目で訴えてみた。常夫さんは指差すのを諦め、ほかほかと湯気の立ちそうなそれを自分の口に咥えた。私はつくづくこの人のこういうところが気に入っている。ご褒美と言っては何だが、私は満足して舌を突き出し、常夫さんとの接吻を再びねだった。私の愛液に汚れた常夫さんの舌を、今度は私が掃除した。
「…………おかげでこちらはすっかり出来上がりました。常夫さんは……」
続いては私がこの人の準備を手伝う番だろう。すっかりその気だったのだがその提案は途中で遮られた。常夫さんがいそいそと寝間着を脱ぐ。眼下には、既に臨戦態勢に入っている肉棒が隆々とこちらを向いている。ひくつく竿に、先端には玉のように溢れた先走り。
「おや……いつもより興奮してませんか? もしかして、私と男の子との一件……効きました?」
常夫さんは居心地が悪そうに唸って、視線を枕の脇に落とした。かわいい人。頭を撫でたい衝動を抑えて、私は常夫さんの手をそっと握った。軽い触れ合いは、すぐさまどちらからともなく恋人同士のような握り方に変わる。
「あなたのものにしてください。早く。……誰の女なのか、私に教え込んで」
それから起こったことをあまりはっきりとは覚えていない。常夫さんが慣れた手つきで勃起したものを私に挿入し、大きな身体で私を外からも内からも覆った。やはりいつ味わってもこれは私の身に余る。全てが私には大きすぎる。でも、私がこの人にしか身体を許していないように、この人も私の身体しか知らないのだ。だからいつも満足させてあげられるまで付き合う。この体型も……凛々しく保っているのは西住の看板を背負っているからという理由もあるけれど、その中に少しは常夫さんの存在だって寄与しているのだ。
「はっ……! くっ……ふっ、んっ! つねおっ、さんっ……! もしかしてっ、妬かせて、しまいましたかッ……その子との、は、ぁっ……ことで……っ」
――はい、妬いていますよ、しほさん。
「っ…………♡」
真剣な瞳でこうもまっすぐ答えられたら、私にもまだ残っている少女の領域が疼くというものだ。この人はこういうことを狙わずにぶつけてくる。頭の中で何度もシミュレートしてから行動する私には、これができない。
「ふふっ、お互い、歳をとりましたが……っ、私もまだまだっ、ぁ……! 通用するって、ことっ、でしょうか、ね……っ」
――しほさん。通用するって言い方はよくないですよ。確かにしほさんはずっと綺麗ですが。
「じゃっ、じゃあ私もまだッ……若い子にとっても魅力的に見えるっ、と……んくふっ♡ 常夫さんはそう思いますか……?」
――思います。
「んっ……♡ ふふっ♡ だとすればこれからっ……大変ですよ……っ、あの子っ、運営のクルーでしょうから……これからも会場で会うかもっ……私に視線を送って、今日みたいなこと……っ! くすっ♡ 期待してくるかもっ、しれません」
――…………。
「……ね、常夫さんっ……若い子のパワーを侮っちゃいけませんよ……ッ、私も体力には自信ありますが……んっ♡ 年頃の男の子に目をつけられたら、私……くふっ、かっ……! 勝てない、かもぉっ……」
――……しほさんっ!
「ッ♡ はぁっ、はぁっ、ふ、ふっ♡ だからっ、ねっ、常夫さんっ……♡ 私のこと奪ってッ……誰が見ても人の妻だって……あなたの妻だってわかるように……っ♡」
入り口から子宮口まで当然のように常夫さんで満たされ、視界も覆われ、太く頼もしい腕に裸体を包まれる。私にできることは指を絡めて愛情を繋ぎ止めることと、誘惑の言葉で目の前の人の劣情を煽ること。そして、私に情欲を打ちつけ続けている腰に両脚を巻きつけて、自分の意思を伝えること。それだけだった。
「常夫さん……っ、子供、作りませんか…………」
この人にとっては突発的に始まった情事。避妊具の用意などしないままに粘膜同士を触れ合わせていたのだ。……常夫さんの名誉のために言っておくが、私の夫はセックスについて避妊という最低限のエチケットをわきまえないような男性ではない。これは合意の上の子作り。さらに言えば私のわがままだった。娘たちが成長し、形は違えど二人とも戦車道に興じるようになってから、頭の中に一つもやもやした思いが生じていた。この女所帯の中では、常夫さんが、私の好きな人が、ぽつんと疎外感を覚えているのではないか、と。
「ふっ、あっ……男の子……ッ、男の子産ませてくださいっ……常夫さんの子がほしいですっ……あっ、もっ! もちろん女の子でも嬉しい……ッ、です、けど、ぉほっ……! ふぁっ、んふっ……常夫さんが男の子を抱っこしてるとこ、見たいからっ……」
つまりはそういうことだ。ここ最近は子作りのための営みを何度か再開していた。それでもこうして「男の子がほしい」と口に出すのは初めてだ。そのロジックに従って私は常夫さんをその気にさせようとしていたのだが、とうとう種明かしをしてしまった。……生真面目で素直なまほは新婚旅行先で授かった子だ。つまり、常夫さんと私が初々しく指南書通りの子作りをしてできた娘。みほはそれからしばらくして、言葉にするのも恥ずかしいほど甘い夜に授かった子。それであんなに優しく、人を思いやれる子に育ったのだろう。
とまあ私らしくもない、迷信めいたジンクスではあるが……ちょっとやんちゃっぽい男の子を望むのなら、常夫さんを煽って激しいセックスを誘発した方がいいのではないか、とそう思ったわけだ。昼間の青年をダシにしたのも、より良い夫婦生活のため。ごめんなさいね。でも、息子があなたのようなウブでかわいい男の子に育つのは悪くないと思います。もちろん、やんちゃな女の子が生まれるのも大歓迎だが。
「はっ、あっ、あっ、常夫さっ……! 全部ナカにくださいっ……孕ませてッ……♡ わたしをっ♡ 私を貞淑な女に戻してくださいっ……!!」
やはりこういう台詞は殿方に効く。……そして孕みたがっている女にも。言葉にした瞬間、身体の覚悟が完了する音がした。もう充分に常夫さんと密着しているというのに子宮口が降り、亀頭の先に吸い付いて子種をねだるのがわかった。準備はできている。あとは常夫さんが精液を放つだけ。
「………………♡♡ 常夫さんっ……♡ すき……ッ、好き……♡ 好き、です……う、うぁっ……はぁぁっ、愛して、ます……♡」
激しく長いストロークの前後運動が終わると、あとはいつもの紳士でちょっぴり甘えん坊な常夫さんになった。私の頭を熊のような腕で抱いて、軽く触れるだけのキスを何度もくれ、息継ぎの代わりに私の名を呼ぶ。全く。精液を受け止める瞬間にこれだけ甘々にされては、またあの子たちのような優しい女の子が生まれてくるかもしれませんね。
でも、まあ……それもいいだろう。娘を授かる限りは、こうしてまた子作りに励む口実を得られるだろうから。