※この作品はR-18です。

Lower ~魔族に支配された世界の反逆者~   作:瑠璃色砂糖月

10 / 10
4話「白い貴女は何者か」

「にしても……いいんですか? ロキラ殿」

「んあ? 何が?」

 いまだ馬車の中、アーサーの言葉にロキラは小首をかしげた。

「ロキラ殿は大隊長……つまり、国の最高戦力なんでしょう? それに権力もある」

「まあ、そうだな。で、それが何か?」

「あちこちの国で純白の救世主の噂を聞きます。それはあなたの異名の1つでしょう?」

「つまり、国の重要人物が部下と同じようにあちこちの国に派遣されてるのはいかがなものかと、そういうことか?」

「あ、はい。その通りです。それに、部下の仕事ぶりを見たり書類整理とか……いいんですか?」

 アーサーの聞きたいことを端的に言い表して、ロキラはにやりと意地悪げに表情を歪めた。

「逆に働いてないと体が鈍(なま)る」

「なるほど」

「それに、大隊長ではあるが……おれの部隊にはあまり隊員が居ないからなぁ。シュタインが書類とかは大抵やってくれる」

「へぇ~! 働き者なんですね!」

「書類整理は良いのですが……トラブルを必ず週に1度起こすのは止(や)めていただきたいですね」

「あっはっは」

 フランケンシュタインの苦情を笑ってはね除けるロキラ。彼も諦めているのだろう、追い打ちはかけなかった。

 ユーサーがふと窓の外に目を向ける。

「ロキラ、そろそろ着くようだ」

「おっ、もうか。……ん?」

「どうした?」

 ロキラがユーサーから外を見る。それを不思議に思ったユーサーが声をかけた。何かおかしいことでもあっただろうか、と無意識に腰を僅かに上げるが、ロキラがそれを手で制する。

「ああいや……シュタイン」

「……ワイバーンですね。方向から考えて例の国から来ているのかと」

「ワイバーン?」

「ん? 知らねぇのか?」

 アーサーが首をかしげると、ロキラは笑う。

 

 飛小竜(ワイバーン)。

 ドラゴンよりも小柄な体格で腕が飛翼になっている竜の魔物である。気性は荒いが知性があり、魔族の一部では乗りこなすことができる者もいるという。

 

 クエスチョンマークを散らすアーサーにマーリンが耳打ちした。

「空飛ぶトカゲの魔物です。時々撃ち落としているでしょう」

「ああ、あれ……。ワイバーンという魔物なのか」

「なんだ、知ってるのか」

「? どちらへ?」

 ロキラが立ち上がって窓に手をかける。それを呼び止めたのはアーサー。

「ちょっと落としてくる」

「ならば、私も……!」

「斬撃を飛ばせるっつっても、そこまでの飛距離はねぇだろう? 雲が割れるつってもそこまで斬撃が飛んでるわけじゃねぇ。そうだな……せいぜい数百メートルってとこか?」

「むぐぐ……」

「ただの人間にしてはかなりいい線いってるが……大人しく座ってろ」

 からりと笑ったロキラは屋根の上に飛び乗った。猫のようなしなやかな動きだった。

「さて、と……おっとと」

 揺れて跳ねる馬車が減速する。ロキラは首をかしげたが、すぐに意図を理解してにやりと口角を上げた。

「随分と丁寧な対応なこって……。ユーサーかシュタインだろうな」

 銃を使うロキラを気遣って馬車の速度を落とさせたのだろう。粋な計らいに口元で笑いつつ、愛銃を顕現させる。

 ロキラの超視力が遥か遠くのワイバーンの姿を捉える。特に躾けられたような所は見受けられない。

 となると……。

「野良か。随分多い」

 

 ワイバーンは集団で行動することがある。知性もあるため空で連携をとると中々手強い。

 

 まあ、とはいえ……。

 

「おれには関係ないけどな」

 

 発砲音が連続して鳴り響いた。

 するとどうだろう、遠くで羽ばたいていた点のようなワイバーンが次々と地面に向かって落ちていく。回避行動は意味を成さない。トリガーが引かれた瞬間、死は訪れるのだから。根本であるロキラをどうにかしなければ意味がない。どうにかできないならば、死ぬしかない。

 数十㎞先の獲物でも仕留める銃の性能が最高の使い手により発揮される。

 相手の筋肉の収縮、視線、飛行速度、呼吸、その他もろもろを全て合算して数秒先の未来を予測。それに合わせて弾丸の道を作る。回避不可能、何故なら弾道が自在に折れ曲がるから。

 残り数体となった。ロキラは変わらずトリガーを引いた。光速を超えた一撃が急所に叩き込まれるその直前───

 

 ───火花が散った。

 

「あ?」

 心臓を射貫く完璧な弾道だったはず。竜の鱗すら簡単に砕く弾丸だったはず。それなのに、何故あの魔物は死んでいないのか……。

 小首をかしげるも、すぐに気を取り直して銃を構えた。トリガーを引こうとしたその瞬間──

 

 

 ───短剣が豪速で飛来していた。

 

 

「ッッ!」

 空気中の極小の塵を超高速摩擦で炎へと変え、刃に纏わせ、耳鳴りにも似た音を響かせながら心臓を狙ってきた短剣。

 ロキラは目を見開き、無意識的に愛銃の白刃を跳ね出して振り上げる。

 甲高い音と共に短剣をかち上げる。短剣が天へと消え去り、同時に馬車の屋根が崩壊した。ロキラの屋根を踏み締める力に耐えきれなかったのだ。

 

*****

 

 馬車の中にて。

 唐突に頭上で何かが破壊される音が聞こえた。

 馬車の中に居た者が崩壊音を聞き、上を見上げようとする。

 

 ただ、それよりも速く、軽快な指の音が鳴り響いた。

 

 瞬間的に屋根が元通りに治る。

 更にもう一度指が鳴ると、馬車全体に強固な結界が張られた。

 それを成した者以外が、変哲の無い屋根を見上げて首をかしげる。アーサーは不思議そうに呟いた。

「何か壊れた音がしたと思ったんですけど……」

 一方で屋根の崩壊を知ったユーサーが、屋根を治した人物に声をかける。

「……フランケンシュタイン殿、だったかな。何があったんだ」

「少々想定外の乱入が。しかし、大丈夫ですよ。ロキラさんがやられるなんて有り得ませんから」

 彼───フランケンシュタインは帽子を深く被り直しながら微笑んだ。

 

 特殊部隊第1中隊長、フランケンシュタイン。

 フリーダム最高の魔術師と呼ばれる類い稀なる賢者である大男。

 その醜悪な容姿と魔族を連想させる魔術により、『怪物』と忌み嫌われていた。

 

 その男が張った結界に気づいたのは、キャメロット王国の魔術師…マーリンである。

 その強固さと繊細さに驚きつつ、フランケンシュタインに目を向けた。

「フランケンシュタイン殿、これは……」

「予防です。ロキラさんがこちらを気にしないようにするための。それにしても……」

 彼は穏やかな声で告げた。

「よく気づきましたね。相当魔術に詳しい。驚きましたが、それ以上に同士が居たことに嬉しく思います」

「っ……。あなたと同じにしないでいただきたい」

「すいません。嬉しくて……」

 帽子で隠れていても分かる。口元だけで判別できてしまう。

 彼はとても嬉しそうに微笑んでいて、彼女はどこか己の気持ちに戸惑ったように唇を引き締めていた。

 

*****

 

「っぶねぇ……!」

 馬車の外にて。

 ロキラは久々に悪寒を感じていた。普段の派遣なら決して感じない、嫌な気持ち。後少しで心臓を貫かれていたかもしれないのだ。それを感じても仕方がない。

 同時に悔しさを覚える。死の危険が迫ってきていることに直前まで気づかなかったことに。それほどまでに感覚が鈍っていたことに。

 ロキラは沸き上がってくる自己嫌悪と憎悪、破壊衝動を押さえつけるように息を吐き出した。

「数こなせばいいってもんじゃねぇな、こりゃ」

 確かに最近、仕事が生温(ぬる)いとは思っていた。そのつけが来たのだと思うと何も言えない。

「………っあ~~~、だめだ。自分が情けねぇ、腹立つ、むかつく。今の依頼終わったらクソ野郎に喧嘩売りに行こう。感覚取り戻さねぇと」

 ぐしゃぐしゃと白髪を掻き乱して数度目のため息を吐く。

 そして、遠くを視た。

 孤独な反省会は終わり。切り換えて相手を見極めなければならない。

 残り少ないワイバーンの群れは混乱しているように宙を無茶苦茶に飛び回っていた。突然の敵の攻撃に困惑しており、目に見えない敵にどう対応すればいいのか分からないようだった。

「ん~~、だめだ。やっぱり見えねぇ。一体どこから来てんだ、この短剣」

 

 先程から自身を貫かんとする短剣を捌きながら、ロキラがぼやいた。

 

 一瞬の煌めき。急所を的確に狙う凶刃。

 それに目を向けずに、弾いて、受け流して、体を傾けて、対応している。いくら鈍っていようとも実力があるのは確か。すぐに順応してみせた辺り、やはり彼女は格が違う。

 ロキラは少しの間唸っていたが、面倒そうにため息を吐いた。

 

「能力発動(スキルブート)、第三の目」

 

 途端、ロキラの額に1本の横線が引かれ、小気味悪い音と共にそれが上下に開かれる。その周りに神経らしきものがビキリと浮き出て、眼球が現れた。それは紫一色。まるで紫色の宝石が額に埋め込まれているような……。

「あ~、ったく……めんどくせぇなぁ、おい」

 新たな視神経が脳と接続される。ギョロリと額の瞳が一周する。元ある両目を閉じても、視界は閉じていない。

(頭痛くなるからあまり使いたくないんだけどなぁ)

 く、と薄桃色の唇が弧を描く。

「まあ、楽しくなってきたからいいか」

 3つの紫の眼光が目の前の全てを見通す。

 

 聖剣、邪剣にはそれぞれ固有の能力が存在する。それは能力(スキル)と呼ばれていて、大きく分けて発動型能力(アクティブスキル)と常時型能力(パッシブスキル)の2つ。

 発動型能力(アクティブスキル)は使用者が好きな時に発動することができる能力。

 常時型能力(パッシブスキル)は常に発動されている能力。

 

 邪剣【変幻無里の魔獣(モンスター・バヨネット)】の発動型能力(アクティブスキル)『第三の目』。

 それは単純な視力向上、視界の範囲拡大。そして、視界に入ったものを全て見分けて見通す能力。聖力の瞳により魔術の効果を打ち消し、視ることができる。

 

「はい、見つけた」

 第三の目が魔族の姿を捉えた。一体のワイバーンの背中に安全帯無しで乗っていた。透明化、迷彩化、認識阻害といった魔術を使用して人間とワイバーンの目を欺いていたようだ。

 目が合ったことに相手も驚いているようだったが、それはロキラに関係ない。

 弾丸を装填して、銃を構え、トリガーを引く。

 呼吸のように行われた自然で無意識的な動作。

 

 発砲と同時に着弾。

 相手は驚いた顔をした。

 

「ん? おかしいな、確かに心臓をぶち抜こうとしたはずなんだが」

 魔族の男はまだ生きていた。しかし、完璧にロキラの銃弾を避けられた訳ではなく、左腕を失っていた。赤黒い血が吹き出ていく様(サマ)が見える。

 ロキラは首をかしげつつも、細かいことは考えずにトリガーを引く。今度は額、脊髄、心臓、肝臓、下腹部を狙った銃撃。光速の速射により、響く銃音は一度きり。

 やはり、ずれる。

 ロキラの攻撃は魔族の頭部を半分消し飛ばし、首を抉り、片方の肺を貫き、腹を掠め、腰骨を砕いた。

 避けられたことにロキラも不満そうだ。

「……む」

 再び撃ち殺そうと銃弾をより強力な弾丸を装填していたら、魔族が消えた。

 目は離していない。唐突に魔族の姿が消えたのだ。敵意はもう感じない。それに彼女は舌打ちして、ワイバーンを全て撃ち殺した後、渋々邪剣を消す。

「消化不良だ、ちくしょーめ」

 ロキラはしゃがみ込むと屋根を掴む。そして、屋根から飛び降り、屋根を掴んだ手を振り子のようにして馬車内へと戻った。

 

 

 

*****

 

 

 

「ぜっ……ふ………に、人間かよ、ほんとに……っ!」

 どちゃり、と肉が硬い所に落ちた音がした。

 先程までロキラと対峙していた魔族……ナギである。

 一瞬で死ぬ寸前の体にさせられ、このままでは間違いなく死ぬと超遠距離転移魔術を発動。今にも死にそうな風貌で拠点であるコーンウォールへと帰還した。石畳の通りの上に黒ずんだ血溜まりができ始める。

 息も絶え絶え。再生魔術を使用してなんとか動けるまでに体を治す。ナギの背後で、くすくすと笑う甲高い子供の声が聞こえてきた。

『うわ~、情けなーい。人間ごときにそんな大怪我するなんて信じられな~い』

「……」

 ナギは無言で喉を晒すように首を反らせて見上げる。そこには侮蔑の目と共に見下しているナギの先輩であり同じ部隊の仲間───赤竜王ウェールズの姿があった。

『いや~、使えない。ほんっとーに使えないねぇ~。繁殖能力しか取り柄がない下等生物ごときを相手にそんなに大怪我するとかあり得ない。ねぇ、さっさと軍から出ていくか死ぬかした方がいいんじゃない?』

 彼は失笑を交えながらナギを貶す。

 ナギはそれをぽけっとした表情で聞いていたが、体が完璧に治ると立ち上がり、ウェールズと向き合う。

「お言葉ですけど……」

『ん? なんだい、負け惜しみ? これだから驕り高ぶった新人は嫌なんだよ。もっと身の程を……』

 

 

「あなた、死にますよ」

 

 

『………』

 ウェールズは、理解ができなかった。

『………』

 自身よりも弱いはずの新人の言葉を、理解できなかった。

『………は?』

 だから、反応が遅れた。

『……なに? 今、なんて言ったの? ボクが、なんだって?』

 だから、聞き直した。

「いや、だから……」

 この男が、同じ言葉を繰り返すと分かっていながら。

 

「あなた、死にますよ。と、そう言ったんですけど……聞こえていませんでした?」

 

 あまりの無礼な物言いにウェールズの瞳孔がかっ開いた。同時に火の息が吐き出される。

 あらゆるものを等しく焼き尽くす超高熱。目の前の魔族を殺すつもりで放った一撃。

「うおっ」

『っ……!』

 それが一刀両断される。斬撃はそのままウェールズへと突き進み、赤い鱗がびっしりと生えた首元へと食いついた。しかし、竜の硬い鱗には傷すらつかない。その非力さにウェールズは鼻で嗤う。

 火息の向こうには短剣を構えたナギがいた。彼はおそらく攻撃に対して反射的に短剣を振り抜いたのだろう。顔が呆けたまま固まっている。硬直した顔がゆっくりといつもの抜けた表情に変わると、首をかしげた。

「……なんですか」

 すっとぼけたその言葉に頭に血が昇る。ウェールズが腕を上げて思い切りナギに向かって振り払った。その衝撃で廃墟と化した町が消し飛んだ。

 それを跳んで避けたナギは、迷った。いくらウェールズが先に仕掛けてきたとしても、彼は仲間である。他者を怒らせることがよくあるナギは、理由が分からずとも攻撃されたのは自分のせいだと判断していた。とはいえ、このままだと好き放題にやられると死ぬ可能性がある。

(かといって攻撃するのはなぁ……)

 いまだに迷っていると、横から何かの影が見える。ウェールズの尻尾であった。それが自身の体にぶつかり、骨を砕く音と共に吹き飛ばされる。町並みを大破しながらなんとか止まった。がらがらと崩れた瓦礫。その中からふらりと立ち上がったナギ。

 直前に耐久を底上げする魔術を使ってもこれだけのダメージ。即座に回復魔術で治るものの、痛いものは痛いのだ。

「オレの硬化魔術って効果薄いのか……?」

 ナギは歩きながら呟く。

 殺されかけているとは思えない呑気な考え。すでに心身共にぼろぼろの筈なのだが、それを微塵にも感じさせない佇まい。

 

 ───ドウッ。

 

 ナギが立ち上がると同時に、遠くから何かが撃ち出される音がした。

「お」

 火球が飛来。

 ナギの目の前が真っ赤に染まり、熱風が体に叩きつけられる。

 再び短剣を一閃。火球が半分に断たれ、左右に分かれる。着弾すると凄まじい音と共に町を融かした。

「やっべぇ、目が乾いた」

 しぱしぱと何度もまばたきをしながら、目をグリグリと擦る。お気楽な調子は崩れない。どこか緊張感がない様子でのろのろと歩き始める。

 

 ドウッ。ドウッ! ドウッ!!

 

「んん……これまじでどうするかね」

 怒らせたということは分かっているが、その原因が分からないためどうにもできない。できるのは相手から送られる理不尽な暴力に耐えることぐらいか。

 短剣を適当に振り回す。

 だらだらと歩いていると火球が打ち出される音がより鮮明に聞こえてきて、火球の勢いが増している。当然だ、ウェールズに近づいているのだから。

(……やっぱり素直に理由聞いて謝った方がいいか)

 やっとあの赤い巨体が目を映り、かなり近づいた。間の抜けた声で、ナギは話しかける。

「……赤竜王さまぁ」

 爪が立てられる。

 サイドステップを踏んでその場から少し離れる。

「何に怒ってるんです?」

 尻尾が振られる。

 前に頭を下げるようにして避ける。

「あの、口で言ってもらわないと全く分からないんで、…っと」

 腕が地面を削るように薙ぎ払ってくる。

 腕の上を転がるようにすれすれで避けて再び着地。

「何が気にくわないんです?」

 

 

『おまえのその態度だよ!!!』

 

 

 ウェールズの盛大なツッコミと共に口から炎の吐息を漏らす。

 広範囲のファイアブレスをお見舞いしてやるつもりなのだ。ナギは肩で大きく息を吐き出しながら、短剣を構えた。

 

「なぁに騒いでんだぁ?」

 

 そこへ、上司の声。

 ウェールズの目の前で、ナギの隣で酷く楽しそうな声がした。

『ろ、ロドルフォ様……!』

 いつの間に現れたのやら。近づく気配は何も感じなかった。

 ナギと肩を組んだ魔族の男───ロドルフォは満面の笑みで片手を上げた。

「よお、赤竜王。さっきから何やらバトッてたみたいだけど、何かあったのか?」

『そいつに馬鹿にされたので、殺してやろうかと思って……』

「ふぅん」

 なでなで、とんとん。

 ナギと肩を組んでいる手が彼の鎖骨をなぞって軽く叩く。そのむず痒さにナギは無言で身を捩った。しかし、ロドルフォは全く手を離さない。

「なあ、赤竜王。オレはお前になんて言ったよ」

『んえ?』

「こいつが使えなかったら殺せ。そう言ったんだ」

 ロドルフォは首を僅かに傾けて、薄い唇を三日月に歪めた。

「テメェの私情で殺してもいいなんて、オレ一言も言ってねぇよな?」

『う……』

 彼の瞳には狂気的な殺気が渦巻いていた。

 ウェールズの首が臆されたように後ろへと下がる。

『……ごめんなさい』

「分かりゃあいいんだ。なあ? ナギ」

「すいません。むず痒いんでこの手どけてもらえます?」

「お前はお前でマイペースだな。普通だったらこのまま焼き殺してるぜ」

「? すいません。今から焼き殺されますか」

「そうだと言ったら?」

「全力で逃げます」

「だっはははは! おもしれぇな、お前!」

「? ……そりゃどうも」

 毒気が抜かれる。とても面白い。素直な性格だが生真面目という訳でもなく、ちょうど良い。

 笑い出したロドルフォとぽけっとして首をかしげるナギを見ながら、ウェールズは呟いた。

『ほんと、ロドルフォ様が組めなんて言わなかったら八つ裂きにするのに』

 口から火息を吐き出す。ため息らしかった。

『でぇ? なんでボクが死ぬってぇ?』

「なんの話だ?」

「ん? ……ああ」

 ナギは小首をかしげて、思い出したように声をあげる。

「真っ白の姿の人間がいまして。そいつの銃の腕が恐ろしいほど立つんです。硬化の魔術を一応かけていたのに、全く通じなくて」

『それで、死にかけたと』

「はい」

『ばっかみたい』

 ウェールズは再び鼻で嗤う。なんとまあ、弱い新人だろうか。人間に遅れをとった、という事実にロドルフォはどんな反応を見せるのか……首を掴み折るのか、焼き殺すのか。

 ロドルフォを見て、ウェールズは血色の瞳を見開いた。

 笑っていた。歯を剥かんばかりに。

 輝かせていた。瞳をギラギラと、殺意と狂喜で。

「……なあ、ナギ」

 調子は変わっていないはず。それなのに、その声が言いようがないほど恐ろしかった。それはナギも感じ取っているはず。だが、彼も剣呑な目で上司の横顔を見るだけ。

「……何か」

「その人間、真っ白だったか?」

「白髪に紫の目、服装はまあ…白かったですね。白のロングコート着てましたし。中までは見えませんでしたが」

「充分、やっぱあいつだ。お前程度で太刀打ちできるわけがない。……くくく、ほんと、なんだよあいつ。来るなら来るって言ってくれよ。照れ隠しかぁ、おい」

 酷く上機嫌にロドルフォは笑う。独り言を呟きながらナギから手を離し、2人に告げる。

「予定変更。オレも行くわ」

「はい?」

『え?』

「んじゃあ、行く予定日できたら教えてくれや。合わせるから、よろしくな」

 非常に機嫌がよろしいようだ。ロドルフォの声が弾んでいるし鼻歌まで聞こえてくる。

 ウェールズとナギが顔を見合わせて、揃って首をかしげた。

 

 

 

*****

 

 

 

 キャメロット王国、キャメロット城にて。

 ロキラは城で最も高い塔の上であぐらをかいていた。かなりの強風が吹いているが、特に寒さは感じていない。むしろ涼しいくらいだった。

 国に入り、城の中でもてなされた後、ロキラは早速仕事に入ったのだ。早々に終わらせて、友人の国で久しぶりにのんびりとしたいのだ。アーサーと手合わせもしてみたい。

 ロキラは『第三の目』を額に顕現させ、コーンウォール王国の方向を見つめていた。彼女の瞳には荒れ果てた元隷属国がはっきりと映し出されている。

「あーあー。まさに地獄絵図だなぁ、おい。かわいそうに」

 言葉は重々しいが、あっけらかんとした口調のせいで軽く聞こえる。

 実際、ロキラは全く可哀想だとは思っていない。反抗できないほど弱いから滅ぼされたのであって、自身とは関係ない。武力を自ら育てようともせずに、自由戦士に全て頼りきりになっていたから起こったことだ。同情の余地などない。

 ついでに言うならあの国の王家並びに貴族はロキラを常に視姦していた。むしろ気分的にせいせいする。

 ロキラは「ざまぁ」と嗤って中指を立てた。嫌い過ぎである。

「さて、どうするかなぁ。また取り戻してもまた奪い返されそうで面倒なんだが……」

 一番良いのは国の奪還後、中隊長以上の実力者がその国に居座ること。だが、そうなると大抵ロキラにその役割が回ってくる。

 魔族軍に存在する幹部並びに大軍に対応できるのは中隊長以上。小隊でも対応できるはできるのだが、多少の損害が出るのだ。それよりも実力も経験もある中隊長以上が1人もしくは数人居た方がうまく行く。

「ああ、女たらしクソ野郎に頼めばいいか。貸しがあるからライオッド辺りが喜んで引き受けてくれるだろうし」

 ロキラはニタリと下種(ゲス)な笑みを浮かべる。これで美しさを損なわないのが不思議でならない。

 ロキラは立ち上がると、体を前に傾ける。レンガ造りの屋根から真っ逆さまになりながら落ちていった。

 ちなみにこの塔の下……地上にはアーサー、マーリン、フランケンシュタインが待機している。

(にしてもコーンウォールかぁ……。もっと記憶に残ってねぇような普通の国の方がまだやる気が出るんだがなぁ。まあ、その辺はしょうがねぇ……)

 下から吹き上げてくる突風を受けながら、呑気にロキラは黙考した。

 

 

「危ないっ!」

「は?」

 

 

 切羽詰まった声が突然聞こえた。ロキラが周りに目を向ける前に、誰かがロキラを抱き締めた。風が縦にではなく横に吹いている。どうやら横からかっ拐われたらしい。下を見ればまだ地面が遠くに見える。

「な、にを考えているんだ馬鹿者!! 自殺願望にしても度が過ぎるぞ!! ここをどこだと思っている!!」

 怒鳴られるが、それよりもこの男が誰なのかが気になった。

 この国の住民であることは間違いないだろう。しかし、自然落下しているロキラを見て助けに来て、見事腕の中に捉えてみせた胆力の持ち主などこの国に居たものだろうか。

 はて、とロキラが顔を上げれば、憤怒の形相をした男が目に映った。

 金色の髪、青い瞳は鋭いが知的。服装はシャツにズボンとラフな姿。顔だけ見れば20代後半だが、その体の骨格は歴戦の猛者レベルにまで鍛え上げられている。

(んん……近距離部隊第1小隊隊員レベルか)

 これならなるほど、ロキラを余裕で助け出せる。そんなことを考えている内に、安全な地面へと着地したようだった。うまいことお姫様だっこされていたロキラが地面に足を着くと、男は厳しい顔つきで彼女を見下げた。

「貴様、先程何をしていた」

「ここは……ああ、西か。となると、下が訓練場だから…今は訓練中か」

「聞かんか!!」

 自由に思考し呟くロキラにツッコむ男。

 そんな男を気怠げに見遣る彼女は本当に面倒そうだった。

「なんだよ」

「貴様、何故塔から飛び降りた」

「いちいち階段使うの面倒だったから」

「何を言っているんだ、貴様は……」

 男が不可解そうな目を向ければ、ロキラは肩を竦めた。

「ま、上手い具合にキャッチしてくれたことには礼を言う。意味なかったけど」

「何?」

「ユーサーから聞いてないのか? フリーダムの自由戦士が来るってのは」

「……」

 男は更に猜疑の含んだ目をする。何故、こいつがそれを知っているんだとでも言いそうな……。

「確かにそれはアーサー様から聞いている。が、何故それを貴様が知っている」

 実際言った。

「あん? そりゃあおまえ……」

「国の兵士にはまだ知らせが出ていないはずだが」

「……」

「しかも私服で城の中をうろついて死のうとするとは……。そういえば、今ユーサー様を呼び捨てにしたな? 不敬だぞ」

(……盛大に勘違いしてんな)

 この男、ロキラのことを国の兵士だと思っているらしい。どこをどう見ればそうなるのか分からないが……まあ、天然気質なのだろう。

「貴様……本当に国の民か? その容姿は今まで見たことないが。……ああ、唯一フリーダムの自由戦士とやらが純白の容姿をしているらしいが……」

(いやそこまで分かっててなぜ分からん)

 心の中で盛大にツッコむロキラ。

「……こんなところにその自由戦士がいる訳がないしな」

(がっつり目の前にいますけどぉ?)

「とりあえず、貴様は牢に入れ。後程(のちほど)処分を言い渡す」

「は? 嫌ですけど?」

「は? 何を言っているんだ?」

「とりあえず下に行くわ」

「ちょっと待て貴様!」

 ロキラは平然と階段へと歩き出し、その後を男は追っていった。




 投稿いたしました。
 次の投稿は少し遅くなると思われます。
 よろしければまた見に来てください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。