Lower ~魔族に支配された世界の反逆者~ 作:瑠璃色砂糖月
ロキラは王宮で1番高い塔の屋根の上にいた。強風が吹き、足元が不安定だがそこはロキラ持ち前のバランス感覚で事無きを得ている。そこからロキラは視界に入る全てを眺めていた。
王宮の周りにある城下町。そこには人がごった返しており、子供が遊び回り、店で果物や野菜を売っている人もいる。
「平和だねぇ……」
それを見てロキラは呟いた。
その城下町の外には高い壁が築かれている。国外と国内を隔てる巨大な壁。高さおよそ十数メートルほどか。その壁の向こうには平野と森、そして青空が広がっていた。
「………」
更に視界を飛ばす。ロキラの視力も邪剣により著しく向上している。数十㎞先であろうが鮮明にハッキリ見える。
「……見ぃつけた」
にぃ、と唇が三日月を描く。
ロキラの目には森の中を我が物顔で歩くコボルトの姿が見えていた。
ロキラは腕を上げ、手を軽く握る動作。
直後、銃剣が握られていた。
───
邪剣【
ロキラに授けられた邪剣、それは
長い銀の銃身の部分には黒で曲がりくねった蔓のような紋様が描かれ、筒の下には畳み込まれた片刃の刃。
くるりとトリガー部分を指で回す。ロキラは屋根の上に座り込み、あぐらを掻いた。
「さあて……的当てゲームだ」
あぐらを掻いた脚に肘を置き、長い
悪戯に細められる紫の瞳。
三日月に歪んだ唇の奥から八重歯が見えた。
*****
王国から数十㎞離れた森の中にて。
犬面の魔物がクンクンと鼻を鳴らしながら地面を這っていた。
体長は通常のゴブリンとほとんど変わらない小柄な体格。しかし、そこそこ引き締まった体をしている。最低限の衣服は纏っているが、ふさふさの毛皮が目立つ。
───
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
「クゥン? ……キュゥ?」
コボルトがふいに体を起こす。
垂れていた耳がピンと立った。
何を感じているのだろうか。周囲に目立ったものは見当たらない。しばらく耳を立てて周りをキョロキョロと見渡していたが、何もないと分かったのか……また地面に鼻を近づける。
その頭が炸裂した。
脳漿が周りにぶちまけられる。コボルトはゴトリと地面に横たわった。
2体のコボルトが無惨な仲間の死体を見つけた。無機質な目が丸められ、牙を剥いた。
「ワフゥッ!? ワンワンッ! ワンッ!! ワ、ゴッ……」
「ワオオオーーーンッ! アオォオオ……オ″ッ」
直後、2体の頭が爆裂した。
頭部に侵入した『物』は凄まじい回転でコボルトの脳味噌をシェイクする。『それ』が吐き出される前にシェイクされた脳味噌が頭蓋骨にヒビを入れ……崩壊。中身が外へとぶちまけられた。
他のコボルトがコボルトの悲鳴を聞いて集まる。
「ワフゥッ!? ワフッ、ワぶっ……」
「キャンキャンキャン!? キャん″っ…?」
コボルトの声帯が貫かれる。
『それ』は喉を真っ直ぐに貫くと脊髄を砕きコボルトから排出される。絶命する。
次も、次も、次も、次も。
目に見えない敵からの攻撃で、面白いくらいにコボルトがどろついた血を流して倒れていく。
頭に、心臓に、頭に、心臓に、時折首に、内臓に。
ありとあらゆる急所に『何か』がぶち込まれ、コボルトはグルリと目が目蓋の裏を見て死んでいく。
「ワォオ″オオオオオ″ォォオ″オ″ンッ!」
一際大きな鳴き声が森に響いた。
がっしりとした体格には鎧を纏っている。凶悪な憤怒の面には血走った目玉がギョロリ。牙を剥いて口の端から垂れる涎。
凶暴が全面に出ているオーラと共に手に持つ剣が振られる。
それだけで森の樹木が両断された。
横一線された剣の
森の木々が倒れ、鳥が鳴いて野生動物が逃げる。
「ガアアアアァアァアァアァアアアアァアッ」
敵はどこだ。
手下を殺したのは誰だ。
出て来い、殺してやる。
そう言うように吼える。
しかし、誰もその問いかけに応えない。
ただジェネラルの殺気だけがばらまかれる。
しん───。
不気味に静まりかえった。
嵐の前の静けさのような、そんな気味の悪い雰囲気が漂っている。
「ッ……」
ジェネラルは苛立ったようにギリギリと牙を噛み締め、剥き出す。
「ガアアッ───」
再び吼えようとした時、全方向より何かが飛んできた。
「ゴォゥヲォオオ!?」
光速に匹敵する『それ』はジェネラルの鎧の隙間に見事
それも、1度だけではない。
執拗に、執拗に、粘着質に。
何度も急所ギリギリを外して肉に潜り込んでくる。
「ギャッ……ンッ……」
全身に駆け巡る激痛と恐怖。
ジェネラルは生来の臆病さを露わにして、己の巣へと逃げ始めた。
増長されたプライドよりも生存本能が優先されたのだ。
しかし、何かはそれでもジェネラルを追った。気持ち悪いほどに『それ』はジェネラルの体に埋め込まれていく。
「ギャッン! キャンッ、ギャン!」
遂にジェネラルは見えない敵に屈服した。心が折れた。
ジェネラルは地面に仰向けになり、何かに腹を見せた。敵に降伏した。
助けてくれ、と命乞いをしているのだ。完璧に相手に屈服した証拠である。
「クゥン……。クゥ~ン……!」
情けない。
しかし、命には何も変えられない。
「ヘッヘッヘッヘッ」
何とかして助かりたい。ジェネラルはそう思っていた。
「ギャッ……!」
しかし、それを許すほど『何か』は優しくなかった。
「アォォオオンッ!! アオオ″オオオオォォオオ″オオ″ォォォンッ!!」
おまえは今まで何人を遊び半分に殺した?
どうやって殺した?
その立派な剣で斬り殺したか? 棍棒で叩き殺したか? 犯して苗床にしたのか?
まさか。そんなに生易しいはずがないよなぁ?
腕を千切ったか? 脚を捻り折ったか? 頸を噛み砕いたか? 目玉を抉ったか? 爪を剥がしたか? 歯をへし折ったか? 毒を飲ませたか?
おまえは一体どんな方法で人間を殺した?
「………ッ………ォオ…ッ………ン………!」
ジェネラルは口から血の泡を吹く。残った片目がクルリと目蓋の裏を見る。全身から血を流して絶命したコボルト。
指先の爪を砕かれ、肉球に穴が開き、目玉が潰され、長い鼻先が抉れ、歯はぼろぼろで、腕や脚は既に原形が保たれていない。無惨な死に様であった。
その死体はしばらくすれば消える。野生動物が肉を喰らい、血が降りかかった地面を踏みつける。
コボルトの1つの集団が全滅した。
*****
「んん……」
硝煙が上がる銃口。銃に顔を寄せ、片目を瞑り、遠くを見つめる中性的な女性───ロキラ。
その目は遠くのコボルトの死骸を捉えていた。
「
心底楽しそうに口の端を歪ませ、ロキラは銃から顔を離した。銃を肩に担いで立ち上がる。
「なっ、何をやってるんですかーーっ!?」
先程から下から聞こえる叫び声。ロキラが目線を下げれば、そこには自身のメイドの姿。
マリアである。
「あぶっ、危ないですから! 危ないから降りてきてくださーーいっ!!」
「はぁい。……よっ」
気の抜けたような返事をして、ロキラはそこから飛び降りた。
そう、
「エ″っ……!?!?」
マリアは目を剥いた。高さ数十メートルはあろう塔の上からロキラは飛び降りたのだ。常人では考えられない。
「えっ、うそっ、えっ!? っきゃあああーーー!?」
落下エネルギーを肥大化させながら自身の元へとやって来るロキラにマリアは絶叫する。
着地と同時に足を曲げてエネルギー全てを地面へと受け流すロキラ。その衝撃で地面に多少のヒビが入る。
「なんだ、もうメシが出来たのか?」
何でもないように膝についた土を払って問いかけるロキラ。しかし、返事がない。ロキラは膝から顔を上げてマリアを見た。
「……おい?」
「ひょっ、ふぉっ……へ………?」
「ぶっふぉ」
目を白黒させていた。
潰れたトマトのような死体が出来ると予想していたせいで、目の前で平気そうに吹き出してげらげらと腹を抱えて笑っている主人にどう反応していいのか分からなかった。
ロキラからすればあの程度の高さから飛び降りた所で怪我をするなんて有り得ないことなのだが、その辺は自由戦士とメイド(一般人)の価値観の違いだろう。
「ご、ご……ご無事、なんでしゅか……?」
「あひゃ、ふくくっ……お、おう。無事だぜ、おれは……あっはっはっは! むりむり! 耐えきれねぇ!! ぷはーっはははは!!」
「なっ、なんで笑うんです!?」
「面白ぇ時に笑わねぇやつはいねぇだろーが!」
たっぷり笑ったロキラ。その傍でマリアは恥ずかしそうに顔を手で隠していた。
「ふー…。あー、笑った笑った。……で? メシができたの?」
目元に涙を浮かべ、それを拭いながらロキラは問いかける。マリアはまだ顔を真っ赤にしながら頷いた。
「はっ……はい。お口に合うか分かりませんが……精一杯作らせていただきました!」
ロキラは少しばかり首を傾けた。周りに人の気配はしないのだが、言葉が標準語に戻っている。外では誰が聞いているか分からないからだろうか、マリアなりの周りへの配慮なのだろう。なまりや方言を良しとしない輩は多い。貴族や王族が集う王宮では特にそうだった。
(文句言うやつがいるならおれが撃ち殺すのに……)
物騒なことを考えるロキラ。
ある意味マリアは英断だった。おかげで死ぬ予定だった貴族達の命が守られたのだから。
「部屋に用意しているのか?」
「はいっ。私のような物が用意したみすぼらしい食事を他の皆様に見て頂くのも少し恥ずかしくて……」
「そんな畏まんなよ。不味くても完食してやるから。な?」
「は、はひっ……!」
女なのにイケメン度が高すぎる。
マリアは別の意味で顔を真っ赤にさせながらロキラの後を追っていった。
*****
凄く美味しかったと思います。byロキラ
文句なしの料理だった。
地方料理はロキラの口にめちゃくちゃ合った。村に伝わる伝統料理や味付けはロキラの好みドストライクで、ついつい食べ過ぎてしまうほど。案外舌が肥えているロキラが美味しいと素直に太鼓判が押せるほどの料理である。
「おかわり」
「あっ……は、はい!」
「あ、これも」
「ええっ!? もう3杯目ですだが!?」
「ばか言え。後2回りはするぞ」
「ひいいいっ……!?」
「美味すぎるのが悪ぃ。ほら、早くプリーズ」
「はっ……はひいっ!」
まさかここまで大食漢だとは思っていなかったマリア。大慌てで見事に空になった大皿を持って厨房へ向かう。
「……うめぇ。まじでうめぇ……」
ロキラはもっきゅもっきゅと頬をぱんぱんにして目を蕩けさせていた。食欲はまだ劣らない。
*****
厨房に入り、大皿に鍋の中身を盛り付ける。とろみのついた少しピリッとしたスープ、盛り沢山の野菜をザク切りにしたものとさっぱりした鶏肉を少し小さめに刻んだものを入れて煮込んだ料理……マリアの村では「ベジミト」と呼ばれる料理である。
まだ熱いそれをなみなみと大皿にせっせと入れる。たちまちスープが溢れんばかりに入った大皿をゆっくりと持ち上げ、慎重に廊下を歩いた。
「………ぁ……っ………!……ぅ……………」
「……ん?」
スープに集中していたマリアの耳に誰かの声が聞こえた。
「……………ゎ……ゅ…!ぃ………っ…ぁ…」
ロキラが待つ部屋に近づくと、それだけ声も大きく聞こえてくる。
(……なんだろう。どうかしたのかな……)
興味は無かったのだが、その部屋の扉が微妙に開いている。そこから光と声が漏れていた。メイドとしてはそれは見逃せない。常日頃から先輩から扉の開け閉めのことはきつく言われているのだ。マリアは皿を器用に持ってゆっくりと扉を閉めようとした。
「えっ……」
その途中で、中が見えてしまうのは咎められないことだった。
「ふあっ! んうっ、んあっ! あっ、あっ、ああああああっ!! ~っ、ふぅうううっ!」
マリアは固まる。
中では営みが行われていた。
全裸の男女が肌を重ねていた。お互いの肌がすり寄せられ、汗が混じれば熱い吐息が漏れる。
しかも、その2人に見覚えがあった。
男は王が頼りにする貴族───ウェルゴ。
女はマリアの上司であり先輩のメイドだった。
「あふっ、んっひ、ひぃぃいっ! ~っあ″あああァァアぁっ、ぁアアァあぁあああ!」
「っ………う、………ゎ」
上司のいつもの冷たい鉄仮面が崩れていた。とろりと顔を快楽で歪ませ、だらしないイキ顔をする先輩メイドにマリアはごくりと唾を飲み込んだ。
男と女の結合部はてらてらと濡れている。陰茎が出し入れされる
そのいやらしい光景を見てマリアはパクパクと金魚のように口を開け閉めして……扉を閉めた。物凄く丁寧に、慎重に、最大の注意を払って。
「…………ロキラさんの気持ち、分かるかも」
ポツリと呟かれた言葉。マリアは顔を真っ赤にしてだらだらと冷や汗を流していた。
上司と貴族のまぐあいを盗み見たなんて知られた日には、どのような仕置きが待っているのか、想像もしたくない。
マリアは両手でしっかりと大皿を持ち直すと、早歩きで部屋へと急いだ。
「マリア。おまえ、顔が赤いけどどうした?」
「あっ……き、気にしねぇでほしいです……」
「? ……あ、そ。これも追加で」
「ええっ!? (まだ食べるの!?)」
*****
「さて……と」
カチャンと置かれたフォークとスプーン。ロキラはコップに注がれた水を一気にあおった。
「腹も膨れたところだし、コボルト退治の方も進めようかね」
「は……はあ……」
「おまえはここにいろ。下手に動いてあの猿野郎にお手つきにはなりたくねぇだろう?」
「っ……」
マリアが体を強張らせる。先程の性行為の光景が脳内に浮かんで顔を赤らめた。
「じ、じゃあ、おらはここで掃除でも……」
「おう。よろしく」
ロキラは立ち上がると大きく背伸びをしながら扉へと向かった。
「あっ……あの!」
「ん?」
扉に手をかけたロキラ。その後ろ姿に声をかけたマリア。ロキラが振り向けば、顔を真っ赤にしたマリアが目を映った。
「ぉ……お気をつけて……」
「うわ、愛でてぇ」
「めっ!?」
マリアのウブな感じがツボにはまったロキラから本音が漏れる。それに羞恥で沸騰した汗をだらだらと流すマリア。汗が気化している。それを見てロキラはやはり笑う。
「おう。お気をつけて行ってきます」
扉がバタンと閉まる。
ロキラは幾分か気分が良さそうに鼻歌を歌っていた。
ちなみにマリアはロキラの言葉にキュンキュンと心臓を高鳴らせていた。
*****
何者かに自身の部下を大勢殺されたことに。たかが人間に遅れを取った部下達は口を揃えてこう告げる。
死に神が我々を殺しに来た、と。
何とも言えない答えに現場を知らないコボルト達は冗談だろうと鼻で笑い、首を傾げる。
そんなものは存在しない、何故悪いことはしていないのにやって来るのだ、と。
魔族同士で殺し合いが無いわけではないが、それでもコボルト達が一方的に殺されるようなことをやった覚えは無い。
ならば、攻撃の正体は人間か?
たかが人間の分際で我らに逆らったのか? 勝てると思っているのか? 貧弱で矮小で力も無い人間の仕業なのか?
まさか、とコボルト・キングはその考えを否定する。
近くにそれだけ強い人間が居るのならば、こんな所に巣を作る訳がない。そんな情報も入っていない。
ここまで巣を大きく出来たのは弱い人間の国から沢山の牝を攫ったからなのだ。危険があればすぐに別の場所へと逃げたからなのだ。それは今も昔も変わらない。
危険があれば逃走。そうでなければ繁殖を優先。何も変わらない。
だが、自身が納める領土内で侮辱されて平気でいられるのかと問われれば、『否』である。
王としてのプライドがそれを許さない。
罪人は徹底的に痛めつけて罰を与える。
かつての臆病で慎重なコボルトはいない。
見えざる者? 知ったことか。
キングは誰よりも強い。コボルトの群れの中で最も強い。だから、キングなのだ。頂点なのだ。そこに嘘偽りはない。
巣の中で苛立っていると、外から微かに鳴き声が聞こえた。
それは、例の死に神がやって来たという信号。
コボルト・キングの地獄耳がそれをキャッチ。すぐさま外へと飛び出していった。その際、通り道に居たコボルトが何匹か踏み潰してしまったが、目にもくれない。どうせまた増える。
空は快晴。木の葉が揺れて音を出す。
周りを見渡すが、そのような影は全く見えない。
遠くから鉄臭い臭いがした。すぐさま
「~~っ!!」
その場には手下の死体と血の海が広がっていた。
そこにもやはり、何者かの姿は見当たらなかった。ただ死体だけが血の中に浮かんでいる。
「ァオ″ッ!?」
突然、両肩に激痛が迸る。
数歩
どこから攻撃されているのか、全く分からなかった。
「ッギャ、アアッ、オオ″ンッ!?」
更に数回、痛みが体を貫いた。しかし、急所からは離れている。まるで遊んでいるように、弄んでいるように、無能さを嘲笑っているように。
血が溢れる。血が滴る。
コボルト・キングは怒りで震えていた。しかし、それと同じくらい怯えていた。永らく感じていなかった、恐怖。
死がヒタヒタと目の前に迫っている。見えない死に神の鎌が、コボルト・キングの首元に添えられているような、そんな感覚。
「ッアオオオオオオオオオオオオオオオオン」
それを掻き消すように、知らない振りをするように、目を背けるように雄叫びを上げるキング。その王の呼び声に応じて、巣の中から残りのコボルトが出て来た。行為中だったのか、下半身を露出したままのコボルトもいた。
死に神は嗤った。
「ァオッ……?」
ピッ……、と血がコボルト・キングに付着した。自身の血ではない、攻撃された痛みは無い。後方から背中にも何かがかかっている。
では、何故か。
キングは振り向いた。巣の方向を。
途端、絶望した。
コボルトが全て息絶えている。
脳漿炸裂、頭と体が分離、心臓を一撃。
その他諸々の急所を真っ赤に染めて、コボルト達は沈黙していた。
「ッ…………!」
キングも沈黙していた。数十いた手下が一瞬で食い散らかされているのだ。血の海に浮かんでいるのだ。
敵の気配は全く感じないのに。
これは一体何の冗談なのだろうか。どういうことなのだろうか。
自分もここで、死ぬのだろうか。
キングは鳴いた。喚いた。叫んだ。
己の恐怖を、見知らぬ敵への敗北を。
キングは巣の中に駆け込むと、自室にこもって縮こまった。
ひたすらに怖かった。プライドを投げ捨ててでも生きたかった。
ようやく理解した。
勝てない、と。ここに居るのはもう無理だ、と。手下が全員死んだことでようやく分かったのだ。
ならば、早く逃げなくては。どこか遠くへ。強者が誰も居ない、自分が生きていられるような弱者塗れの新天地へ。
*****
「~♪ ~~♪」
マリアは鼻歌を歌いながらロキラが使用している部屋を掃除していた。手料理を美味しいと言ってもらえたことやたくさん食べてもらえたが嬉しかった。何よりもロキラの前では素の自分でいられる。それが嬉しいのだ。
ぽわん、と頭の中にロキラの顔が思い浮かべば、マリアは胸元を押さえて
(なんであんなにかっくいいだか……!!)
そうして時折ロキラの美しさにノックアウトされながら掃除を進めていると、扉が開かれる音がした。
もうロキラが帰ってきたのだろうか。だとしたらロキラはどれだけ強いのだろうか。
マリアは輝かしい笑顔を扉へ向けた。
「おっ、おかえりなさ……」
「なんだ、派遣者殿は不在か」
耳に纏わり付く低音。マリアは笑顔を固めた。そして、入ってきた人が誰なのかようやく理解すると、数歩
「ぅ……ウェルゴ、様……」
煌びやかな貴族服に身を包んでいる男だった。髪は金髪、目は青色。顔つきは男前で彫りが深めである。
ウェルゴはにたりと意地の悪い笑顔をマリアに見せる。
「派遣者殿はどちらへ?」
「ぅ………ま、魔物、退治に向かわれました」
「そうか。つまり……ここにはしばらく居ない、と」
マリアに言い聞かせるようにウェルゴが呟けば、マリアは自身を抱き締めた。
仮にも先程、貞操を奪われそうになったのだ。警戒するなと言う方が難しい。
しかし、その行動はメイドにあるまじき行為である。ウェルゴは嗤う。
「なんだ? 一介のメイドがこの私に逆らうのか? お前の今後がどうなっても良いということだな」
そう、マリアはメイドなのだ。たとえ嫌なことでも主人と親しくしている者にも忠実に尽くさなければならない。
マリアは震えたか細い声を出した。
「っ……め、めっそうも……」
「ふん。まあ良い、目を瞑ってやろう。その代わり、お前には私に着いてきてもらう」
「は……?」
ウェルゴはコン、と扉を叩いた。早く来い、と言っているのだ。
「ゎ、私は、ロキラ様より部屋から出るな、と……」
「すぐに国から出て行く派遣者の言葉と王と親しく権力も地位もある私の言葉……」
「っ……」
「どちらの方が重みがあるのか、分からないわけでは無いだろう?」
そう言われると、マリアは行かざるを得ない。ロキラは別の国の者。この国に永住するわけではない。魔物退治が終わればすぐに国から出て行くのだろう。
マリアは震える足を必死に動かして、ウェルゴの後を追った。
*****
どのくらいの間、そうして縮こまっていただろうか。
ようやく気分が落ち着き、コボルト・キングが行動を起こそうとした。
早く、ここから離れなくては。
そう思い、巣穴へと振り向いた時。
「やっぱりコボルトはこうでなきゃあなぁ……」
そこに白い人間が立っていた。
白い髪、白いロングコート。しかし、瞳は深い紫色で悪戯に輝いている。
彼とも彼女ともとれる中性的な人間は、美顔を歪めて嗤っていた。
キングは突然現れた人間に目を白黒させていたが、すぐに威嚇体勢に入る。
「グルゥアアアアアッ!!」
「ん? 犬の分際で人間様に楯突こうってのか? おいおい、今の今まで震えて尻尾丸めていた臆病なわんこはどこに消えちまったんだぁ?」
キングを小馬鹿にするような言葉。それをキングが理解できたのかは定かではない。しかし、相手の表情を見てキングは思う。
この人間は自身を見下している。
「ガアアアアアアアアッ!!」
取るに足らない人間風情が、王である自分を見下していることに耐えられなかった。
牙を剥き出しにしてキングは吼える。その場に殺気が充満し、人間の髪が靡いた。流石は犬面人の王というべきか、その威嚇には歴戦の猛者のような風格があった。
一般の兵士なら気絶するであろうそれをまともに受けても、人間は嗤った。
「おすわりは?」
途端、殺気が呑み込まれた。
その場を塗り潰し、明確な『死』を相手にイメージさせる殺気。
濃密なその殺意という感情に、キングは絶望した。
人間の殺気が具現化している。人間の後ろに顕現する巨大なナニカ。人の形こそしているが判別はできない。気味の悪い、不気味で奇妙なナニカがキングに手を伸ばしている。
「キャウンッ!?」
後ろへ跳び退るキング。目を向ければ、そこには1人の人間が銃を片手に佇んでいるだけだった。
「おすわりもできないのか。また生を受ける時があったら、次は人間に媚びへつらうようにしとけ。それが長生きするコツだ」
こつこつ、と人間は自身のこめかみを叩きながら嗤う。
キングはそれを見た直後、額に何かが侵入したのを感じた。
そして、理解する。
ああ、これが今まで自身を攻撃し、手下を殺したモノなんだと。
見えない死に神の正体は、この人間なんだと。
コボルト・キングが倒れた後、人間は大きく背伸びをした。
「食後の運動程度にはなったかな」
それだけ呟いて、人間───ロキラは再び来た道を戻り始めた。
*****
ロキラは国王へと報告する。
討伐したコボルトは合計81体。
つまり、報酬は白金貨81枚である。
王は泣くほど感謝して、自身の娘をロキラに進めた。どうか妻に、と。姫であるアヤサもまんざらでもないような顔をしていたが、ロキラはきっぱりと断る。
まだ身を固めようとも思っていないし、何よりロキラは女である。
それを伝えると王も姫もあんぐりと口を開けて呆けていた。また、貴族のうち、女性は残念そうに肩を落とし、男性は息を荒げた。
そんな2人と貴族を置いて、ロキラはさっさとマリアが待っているであろう部屋に向かった。
*****
「マリア、飯ぃ……」
「早かったな、派遣者殿」
「………。誰だ、おまえら?」
明らかな男性の声にロキラは剣呑な目をした。冷たい声をかける。
そこには2人の貴族男性がソファに座って寛いでいた。
彼らは立ち上がると、改めてロキラの全身を眺める。視姦しているのだ。2人は熱い吐息を漏らした。
その行為だけでロキラは全てを理解して、顔を嫌悪で歪めた。
「……マリアをどこにやった。まだ無事なんだろうな……?」
「ああ、
ロキラに対して高圧的な言動をする貴族。圧倒的にこちらが優位だと思っているのだろう。それを見て思い切り顔面をぶち抜きたくなったが、なんとか耐えるロキラ。
瞬殺するのは容易い。
しかし、殺したことがバレたとして、すぐにマリアの元に移動することはできない。いくらロキラが強いとは言え、多少の時間がかかるのだ。その間にマリアに何かをされるのは嫌だった。
「……連れて行け」
「そう来なくては」
2人は嗤ってロキラの隣を過ぎた。
ロキラの額には青筋が浮かび上がり、無表情だった。
次の投稿は未定ですが、なるべく早く出すようにします。