Lower ~魔族に支配された世界の反逆者~ 作:瑠璃色砂糖月
1話「同盟国より」
とある子供には、憧れていたものがある。
その背中は美しく、勇敢で、誰よりも頼れる背中だった。
下手をすれば父よりも凄いかもしれない。子供の父親はそれはそれは凄い人間だった。しかし、それよりも遥か『上』に、高みに居る存在……それが彼女だった。
子供は表情を輝かせてそれを見ていた。
舞うように、本能的に、しかし理性的に、自由に戦うその容姿や姿勢に見惚れていた。
憧れた。そして、胸をときめかせた。
初めての感情だった。初めて感じる気持ちだった。内側から燃え上がってくる感情のまま、子供はその人に言った。
『わたしのきさきになってください!』
プロポーズ。求婚。愛の告白。
それを受けた彼女は目をパチクリとさせていたが、子供の言葉を否定することはなかった。普通なら子供の戯れだろうという言葉も、冗談だと流すことはなかった。
むしろ、軽快に笑ってみせた。
『もっといい男になって出直して来い。そうしたら考えてやる』
彼女は子供の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。その顔はあらゆる者が見惚れるほど、美しく快活な笑顔だった。
子供にもその笑顔は脳に刻み込まれていく。
そして、子供は決意する。
必ず彼女と同じ所まで立ってみせる、と。
『あなたにみあうおとこにぜったいなります! だから、わたしと───』
子供の熱烈なアピールを彼女は楽しそうに躱す。それを見ていた子供の両親も微笑ましそうに見ていた。
『いっしょうのおねがいです!』
『だぁから、
それが、2人の出会いだった。
*****
自由国「フリーダム」。
そこは戦士達の国である。
国民全員が手練れで、1人でさえ他国の騎士や戦士では話にならない実力を持つ。
その国には「フリーランス」という自由戦士団があった。
1人1人がただの国民よりも更に強く、国の象徴とも言える戦士団である。少し前から聖剣使いや邪剣使いが入り混じっているが、特に彼らの間に目に入るような差別はない。その戦士団に居るには強いことが前提条件。強ければ誰にも文句は言わせないし、誰も文句は言わない。
戦士団は基本的に国の防衛はしない。防衛はほとんど全て騎士団の仕事だからだ。
では、戦士団の仕事は何かというと、国外で敵と戦うことである。自衛のためではない。攻めるために戦うのだ。
隷属国である他国に派遣された自由戦士は敵を倒して報酬を受け取る。そして、魔族により支配されている国を解放し、勧誘する。大きく分けてこの2つが自由戦士団の目的と仕事だった。
基本的に仕事は前者になる。最近は魔族から容易に国を奪取することができなくなっていた。しかし、もし国を奪い取ることが出来るとなれば、彼らはまずこう問う。
「お前達も
……と。人間の国は魔族よりも人間に支配されている方が良いらしい。今の所、どの国からも拒否されたことはなかった。
しかし、何しも自由国は隷属国だけを増やしているわけではない。自由国に隷属する国に戦力と政治経済が整えば、「同盟国」として新たに契約を結び直すこともある。
しかし、その条件はかなり厳しい。何故なら「フリーダムと同等かそれ以上の戦力と経済」が必要だったからだ。そうでなければすぐさま魔族に食われてしまうだろう。だから、選定はより厳しくした。
政治経済はそれぞれの元々の特産品などを発展させればいい話だが、戦力はそうもいかない。
最終試験はかなり過酷。
「自由戦士と戦い、勝利すること」なのだ。
これをクリアする国はそうそういない。どの国も魔族より遥かに弱いから支配されていたわけだ。それなのに、現人間最強国であるフリーダム、その中の戦士に勝てる人材を揃えるというのはかなり難しい。
だから、どの国も独立を諦めていた。それよりも守ってもらう方が安全性が高まるのだから。
だが、独立し、自由国と同盟を組んでいる国もかなり少ないが存在していた。
その代表格が「キャメロット」と呼ばれる国だった。
ブリテンと呼ばれる地方の王国。
なんとそこの王が自由戦士に勝利し、独立を勝ち取ったのだ。
その後も彼らはフリーダムと良い交友関係を築いていた。お互いの国に王や戦士が息抜きに行き来するほどだ。
そして現在、そこの王とその血縁者がフリーダムに向かって移動していた。
「久しぶりだなぁ……あの女王様は元気だろうか」
「きっと元気よ。変わってないわ」
「父上、母上! 私は少し失礼をば!」
「おい? 待てアー……行ってしまった」
「あの子は相変わらずやんちゃねぇ。うふふ」
「はあ……。マーリン、あいつをよろしく頼む」
「……承知しました」
……どうやら、ただの観光というわけにはいかなさそうだった。
*****
自由国「フリーダム」、王都「ローレス」に建てられた屋敷にて。
そのとある寝室ではくだらない格闘が行われていた。
「起きてください、もう8時ですだっ!」
「ううむ……。あと、30分……」
「だめだっ! そう言って昨日も10時までずっと寝てたですだ!」
寝たい主人を起こそうとするメイド。先程からこのくだりが繰り返されているのだ。
メイドの名はマリア。
つい最近、今の主人にスカウトされた新人メイドである。丸いメガネとツインテールがチャームポイント。
彼女は頭まで蒲団をかぶった主人を起こそうと必死だった。蒲団を剥がそうとしたが、馬鹿力の持ち主である主人には敵わない。
「寝ることの一体何が悪い……」
「きょっ、今日はお城に行かれるのでは!? 確か同盟国から旧友が来るって……」
「ああ、そういえば」
「きゃあっ!?」
突然起き上がった主人。主人が蒲団から手を離したせいで蒲団を引っ張っていたマリアは倒れて尻餅をついた。
主人は美しい人だった。
寝起きなのにさらさらの白い髪の毛は肩まで伸ばされており、半分閉じられている深い紫色の瞳は宝石のようだった。乳白色の肌は押せばどこまでも沈みそうで、薄桃色の唇には吸いつきたくなる。
どこまでも魅力的で神々しい容貌を持つ女性───ロキラ・オブコニカ=ミノルタ。
彼女は口を大きく開けてあくびをするという品が無いことを平気でやると、背伸びをした。
「マリア、今8時だと言ったな」
「はへっ……あ、は、はい……8時ですだよ」
「あいつの到着予定は9時半……ま、丁度良いくらいか」
ロキラが寝台から降りる。白一色のネグリジェを着ていた。しかし、華美さはなく、ただ機能性や保温性、通気性といったものだけを求めた少し色気がないネグリジェである。
「朝食の準備よろしくなぁ。おれちょっと湯浴みしてくる」
「あ、はいっ」
ロキラはあくびをしながら湯浴みの準備をし始めた。
彼女が起きたのならマリアは部屋に居る理由がない。マリアは厨房へと向かうために部屋を出た。
*****
マリアが食事の準備をしていると、玄関のベルが鳴った。
マリアは先輩達に出るように言われて慌てて玄関へと向かう。
「い、今開けますだ!」
扉の鍵を開けると、すぐに扉は開かれた。
「あ、フランケンシュタインさん」
「おはようございます、マリアさん」
そこには2メートルを超える大男が居た。
しかも、容姿が醜い。
全身に刻まれた手術痕、色んな種族から寄せ集めたような継ぎ接ぎの肌。三白眼で白く濁った瞳、ごつごつした体格。特に顔が酷い。言い表せないほど醜かった。万人が顔を逸らしてしまうような醜悪な顔をしている。
しかし、表情は豊かだった。醜悪な顔に笑顔が浮かべば誰もが警戒するが、どこか人間らしい。声も男らしく穏やかで、容姿から判断できない優しさがある。人柄が良い証拠だった。
マリアも初めこそギャップに苦しんだが、今では普通に話せるようになってきた。できれば夜に会うのは避けたいが。理由は分かるだろう。
彼はフランケンシュタイン。
自由戦士団「フリーランス」に所属している、ロキラの部下であり右腕であった。
彼は微笑みながらマリアに問いかける。
「ロキラさん、起きてます?」
「起きてますだ。んだけど、今から
「ああ、起きているなら良かったです。あの人、自宅では朝が弱めなので……」
「みてぇですだね」
2人して苦笑する。
ふと、フランケンシュタインがマリアに問うた。
「どうです? もうこの国には慣れてきましたか?」
「あ、はい。先輩達からもよくしてもらってて、とっど楽しいだす」
「そっか、なら良かった」
フランケンシュタインは容姿が最悪なだけで中身は至って紳士。
だからマリアも打ち解けられた。
「あ、フランケンシュタインさん、どうぞ中へ。すいません、おらすっかり忘れててっ。お茶でも飲んで待ってでください」
「あ……。じゃあ、失礼して」
フランケンシュタインは少しはにかみながらマリアの開けている扉をくぐった。この扉、実は3メートルほどの高さがあるため、フランケンシュタインのような高身長でも余裕で入ることができた。
朝からもりもりと食べるロキラに少しばかり胸焼けしたのは言うまでもない。
*****
女王が住まう城は国の中心にある。その周りを覆う城下町には基本的に自由戦士や騎士しか住んでいない。後はその城下町で商売をしている自他国の商人だけか。更にその外には一般の国民が住まう町が広がっている。
ロキラの住まいは城下町でももっとも城に近いとされる区域。屋敷は少しこぢんまりとしているが、彼女とその使用人が住まえるだけの広さはある。
ロキラとフランケンシュタインは城の中を歩いていた。
赤と黒のコントラストが多い城。女王の趣味が良く出ていた。
「9時20分……まあ、良い時間帯なんじゃねぇの?」
「まあ、そうですね。……それにしても、珍しいことがあるんですね」
「ん?」
ロキラが半歩後ろから着いてきているフランケンシュタインを見上げる。30㎝はある身長差。まるで大人と子供のようだった。
「この国に他国の王がやって来るなんてこと、あったんですね」
「あれ、シュタインはユーサーに会ったことないんだっけか」
「ユーサー……キャメロット王国の国王ですね。はい、会ったことはまだ1度もありませんが……記憶はしています」
「ほうほう、どんな?」
悪戯に輝く
「キャメロット王国は最初に隷属国から同盟国へと昇格した国です。その頃はこの国も他国を隷属から外すという初の試みで色々としっちゃかめっちゃかだったとか……」
「その辺は良いから、結果だけ言え」
「……。国の経済は文句なしでしたが戦力がどうしても足りない、となるのが他国の悩みです。だからこそ、自由戦士と他国の戦士の代表が試合をして自由戦士に勝てたら隷属から外すということになっています。そこはあなたもご存知の筈」
「それで?」
「自由戦士と試合ったキャメロット王国の戦士代表はなんと国王のユーサー・ペンドラゴン。彼は国随一の剣士で、確か十数年前に……」
「そうなんだよなぁ、ユーサーのやつめっちゃ強いんだよ!」
ロキラがフランケンシュタインの言葉を遮った。心底楽しそうな声に彼は口をつぐんだ。
「剣だけなら多分近距離部隊の中隊長やれるだけの力は持ってる。毎回国に遊びに行ってスカウトしてるんだけどよ、毎回断られるんだよな」
「なんてことしてるんですか」
他国の王を部下として勧誘するような大それたことをやれるのはどこを探してもいないだろう。思わずため息がこぼれた。
ロキラは部下の言葉にからからと笑う。そして、楽しげな笑みを浮かべるのだ。
「よっし、今日こそはおれの部下にするぞ」
「やめてくださいよ……」
口では言うが強くは否定しない。フランケンシュタインはロキラの決めたことにはあまり口を出さなかった。
2人は謁見の間という広間に向かっていた。他国から城に来るとなれば、大抵はそこだろう。大広間よりかは多少狭いが、それでも十分な広さがある場所だ。その奥には王座があり、そこには自由国の女王が座っている。
「もう来てるかなぁ」
目の前に見えてきた大きな扉。それにロキラは楽しそうに口元を歪めた。
*****
「ユーサーっ!!」
「! おおっ! 久しぶりだな、ロキラ…うぼっ」
「あ~~っ、ひっさしぶりだなぁ、おい! ……おっ? おまえ、また肉付き良くなってんなぁ! おれの部下になるためだろ!? なっ!?」
「ロキラは相変わらずだな……」
謁見の間にて。
ロキラは王座の前で女王を見上げていた橙色の髪の男を見るや否や超特急で抱きついた。その際苦しそうな声が聞こえた気がしたが、本人は軽く無視。そして、ペタペタと全身をくまなく触りだした。
仮にも男性は国のトップ。本来なら不敬罪と言われても致し方無いのだが、彼は苦笑しつつも全く嫌悪感を抱いていなかった。むしろ彼女の行動を寛容している。
少しくすんだ橙色の髪、穏やかな海を連想させる青い瞳を持っていた。筋肉は隆々とは言えないがそれなりについており、ロキラを軽々と抱き上げられる程度には鍛え上げられている。高身長だが、フランケンシュタインよりかは低い。
彼はユーサー・ペンドラゴン。
キャメロット王国の現国王である。
そんな2人の傍には焦げ茶色の髪を持つ女性が1人。くすくすと楽しそうに2人を眺めていた。髪色と同じ焦げ茶色の瞳が細められる。
「お久しぶりね、ロキラ様」
「おっ? ああ、イグレインじゃねぇの。ユーサーと仲良くやってるんだろうな?」
「うふふ、当然よ」
彼女はイグレイン・ペンドラゴン。
キャメロット王国の現国王の妃である。
夫が美人と仲良くしている所を見ても微塵も動揺しない辺り、器量も良く肝も据わっている。
ユーサーとロキラは少しばかりそうして触れ合っていたが、彼がロキラを降ろす。
「で、悪ふざけはここまでにしておいだ……ユーサー、本当にどうだ? おれの部隊に入るつもりはないか? おれの第2中隊長として受け入れる準備はいつでもできてるんだが」
「魅力的な話だが、今の状況は気に入っていてな。悪いが断らせてもらおう」
「ちっ、お堅いねぇ……」
舌打ちしつつも楽しそうに口角を上げるロキラ。ユーサーは苦笑いしながら「すまないな」と彼女の頭を撫でた。
「さて、感動的な再会は終わったか? そろそろ本題に入らせて貰いたいのだが」
有無を言わせない声色。全員の目がその声の主に向く。
見たのは王座。
そこには女王が座っていた。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、鋭利な刃物を連想させる黒い三白眼をした女性。頭には花をモチーフにした赤の王冠。顔の両頬には逆三角の赤い刺青を彫っている。服装は黒と赤を基調とした毒々しいドレス。いや……ゴスロリと表した方が正しいのかもしれない。赤いストッキング、黒いルイヒールには真っ赤な薔薇が付いている。
神々しさと禍々しさを
それが彼女……ケシ・クィン=ヘローナ。
彼女を見てロキラはあからさまに顔を歪めた。
「ケシ……おまえ、空気読めないよな」
「口を慎め、我が屈強なる戦士ロキラよ。誰に物を言っている」
「あーはいはい、ケシ様女王様。というか、おれが無礼者だと知っているだろう? いちいち目くじらを立てんなよ、めんどくせぇ」
「ロキラさん」
「怒んなよシュタイン。事実だ」
国の最高権力にも軽い態度。フランケンシュタインが咎めたが、ロキラは肩を竦めただけだった。
「で? 話ってなんだ。ただの観光じゃねぇのかよ」
「まあ、それもあるが……ちょっとこの国に頼みたいことがあってな」
「……ふうん」
同盟国となったキャメロットには派遣者は送られない。同盟国は隷属国ではなく、大抵のことなら自国で解決することができるからだ。
そのため、自由国フリーダムに依頼することはない。あるとすれば、それはキャメロットからの応援要請というわけで……。
「一番頼りになるロキラに話を聞いてもらおうと思ってな」
「あっはっは! 褒めても何も出ねぇぜ?」
ひらひらと手を振って笑うロキラ。まんざらではないらしいのは見て分かる。ロキラは笑みを浮かべたままユーサーを見遣った。
「いいぜ。その依頼受けてやる」
ロキラの言葉にユーサーは少しばかり安堵する。
「すまんな」
「なぁに、気にすんなよ。おれとおまえの仲じゃねぇか」
からからと笑うロキラ。彼女は気に入った者には至極甘い。
「で、その対価として何を我が国に寄越すのだ?」
ケシは美脚を組みながら言う。それに舌打ちするロキラはケシを睨み上げた。
「おれは何も望まねぇよ」
「これはお前に対する依頼ではない。我が国への依頼だ。キャメロットは隷属国ではなく
「その通りだ、ロキラ。ただ恩恵を授かるだけでは同盟国となった意味がない。
「……ちっ」
ケシとユーサーの言葉にあからさまに表情を歪めるロキラ。それでもなんとか納得できたらしく、それ以上言葉を続けることはなかった。フランケンシュタインがどことなく促す。
「ロキラさん、控え室に行きましょうか。後は国の代表同士、話すこともあるでしょうから」
「……だな」
ロキラはぐしゃぐしゃと髪を掻き撫でながら、それに頷く。そして、怠そうに全員に背を向けた。
「ああ、そうだ。ロキラ」
「あん?」
ユーサーがロキラに声をかけた。ちゃんと振り向いて足を止めて話を聞こうとする辺り、彼女は人が良い。
「この国におそらく私の息子がいる」
「息子?」
「お前も会ったことがあるはずだ。覚えてはいないか?」
ロキラが眉を寄せた。
最後にユーサーの元を訪れたのは十年ほど前のことだ。その時にユーサーとイグレインと共にいた子供……。
「……うすぼんやりとしか覚えてねぇけど、多分いたか」
「私と同じ容姿をしている。会えば分かるはずだ」
「いや、つっても十年くらい前の話だぜ? おれは全く変わってねぇだろうが、向こうは違うだろう」
子供なら見ない間に凄まじい成長を遂げているものだ。ロキラの言葉にユーサーは生暖かい目を向けた。
「大丈夫だ。あいつはお前を見ればすぐに分かる」
「? おう、分かった」
その言葉にロキラは眉を寄せて首をかしげるばかりだった。
「あ」
「どうしました?」
「いっけね。息子の名前聞き忘れてた」
「……ああ」
*****
城下町にて。
マリアは食材の調達に商店街に来ていた。
「えっと……卵、牛肉、牛乳、小麦粉、砂糖……」
先輩達から渡されたメモと簡易の地図を両手に、買ったものを入れるバスケットを腕に提げて、彼女は真剣な顔つきで歩いていた。
「初めてのおつかい……がんばる」
ふんす、とやる気を見せるマリア。先輩方は理由があってマリアにはついていけないし、あまり表にも出られないのだ。そのため、マリアがこうしておつかいに来ていた。
ロキラのメイドや執事がよく行く店はある程度教えられている。いつもなら先輩達が発注しているのだが、今回は新人であるマリアが発注に向かっていた。何事も経験である。
周りの男の視線が彼女に集まる。
メイド服を盛り上げる肢体、高い位置で括られたツインテール、かわいらしい顔つき。どことなく庇護欲を掻き立てる無垢な少女。
自分が注目の的となっていることも知らずに、マリアは最初の店へと向かった。
*****
マリアは道行く中、周りの人を見渡していた。
(この人達全員が、ロキラさんと同じ、実力者……)
カフェで談笑している女子、和気あいあいと話し込んでいる老紳士と老婆、ふざけて店の人に怒られる男子グループ。
その全てが戦闘のプロフェッショナルと言われても、マリアは信じられなかった。ただの一般人と言われた方がまだしっくりくる。
(ロキラさん、有名なのかな……?)
マリアがふと目の前を見ると、誰かが居ることに気づいて足を止める。後数歩も歩けば当たっていた。考えながら歩いていたせいだろう。マリアはそれに気づかなかった。
ぶつかりそうになっていたのは男性達だった。
全身に鎧や機動性を重視した衣服を纏っている、見るからに強そうな団体。どの男性も背が高く、彼らの見下ろす眼光にマリアは竦み上がった。
「す、すいません」
無難に避けようとしたマリアだったが、腕を捕まれて小さな悲鳴をあげる。
それに下卑た笑みを浮かべる男達。にやにやと嗤いながらマリアの腕を掴んだ男が言う。
「すいませんん? おいおい、それだけじゃとてもじゃないが許せねぇなぁ」
「あ、え、で、でもまだ、私、ぶつかってな、い……ですっ…!」
「はあ? 何言ってんの? 謝るだけじゃもの足りねぇんだよ。もっと誠意を見せろ、誠意を」
「っ……」
だめだ。話が通じない。
嫌な輩に捕まってしまった、とマリアは己の不幸を嘆いた。
掴まれた腕はびくともしない。いくら暴れようとも動きもしない、緩みもしない。叩いた所で自身の腕が痛むだけ。まるで鋼鉄を殴っているような感覚だった。
「は、離してくださいっ。私っ、やらなきゃいけないことが……っ!」
「それは俺達の相手をした後ね。はいはい、お一人様ホテルにご案なーい」
「い、いやっ……!」
必死に抵抗を試みるが、呆気なくずるずると引きずられるだけ。周りに助けてほしいと目を配るも、好奇の視線を向けるだけで誰も助けてくれない。
どうでもいいのだ。
彼らにとってマリアはちょうどいい見世物でしかない。
言葉にはできない悪意。
それを感覚的に感じ取ってマリアはゾッとした。
これが、自由国「フリーダム」。
何事も成し遂げるには力が必要。
力が無いものには成し遂げることができない。
思いも、志も、意思も、思想も、計画も、地位も、権力も、何もかもが。
全てが強者のものであり、弱者が得られるものではない。
弱肉強食の世界。
強いものこそが全て。
強者こそが自由に生きられる。
それが、『
マリアは涙を浮かべて抵抗した。
しかし、全てが無意味。
男達はかわいい抵抗だと嗤って彼女の腕を引っ張った。
このまま、成す
マリアの中に絶望に似た諦めが占める。
「女性に乱暴するのは流石に見過ごせませんね」
それを晴らしたのは、太陽のような青年だった。
橙色の癖のある短髪が靡く。見たものを安心させる深い翡翠色の瞳。端正だが、どこか幼さを感じる顔立ち、日焼けて小麦色になった肌。発達途中でありながら男らしい筋張った体格。それらを金と赤に輝く布と糸で縫われた貴族服で隠している。
誰もが見惚れる活発な美青年だった。
彼はマリアを掴んでいた男を腕を鷲掴みにして、穏やかな声色で告げる。
「彼女を離してはいただけないでしょうか? 嫌がっているようなので」
「あ……?」
それに不快感を
どこぞの馬の骨とも知れない青年が現れたのだ。
彼らは殺気を醸し出す。言葉ではなく、態度で示しているのだ。
雑魚は引っ込んでいろ、誰にモノを言っているのだ、と。
それに青年が表情も態度も変えることはなく、むしろにっこりと笑みを深めてみせた。
「早く離してください。今なら話し合いで解決します。私も無闇に暴れたいわけではありません」
「はあ? 話し合いだぁ?」
男はにたりと笑った。
「良いところのお坊っちゃんは、随分めでたい頭をしてんだなぁ?」
途端、青年の頭に何かが直撃する。直後、青年が後方へと吹き飛ぶ。
何か硬いもの同士がぶつかり合うような音がした。
それにマリアは悲鳴をあげれば、男達はげらげらと笑い出した。
「バカが! 油断してるからだよボケッ!」
「ギャハハハハハハ! 自由戦士の前でボーッとしてると死ぬぜぇ、オイ!」
男達の1人が鉄棒を持っていた。銀色に鈍く輝く、変哲のない鉄の棒。それで青年は頭を突かれたのだ。
この男が持つ鉄棒───勿論、聖剣シリーズである。
そんなもので頭をつつかれたら、一般人はたまったもんじゃない。頭が弾けて脳漿が散る。そんな一撃を青年は食らってしまったのだ。
男達はただただ笑う。死んだであろう愚かな青年に。
しかし、次の瞬間男達の笑顔が凍りついた。
「あいたた……。やっぱり話し合いは通じないか……」
青年が起き上がったのだ。
頭は弾けるどころか血さえ流れていない。傷もなく、ただ額を擦っていた。
「は……?」
平然と立ち上がった青年に、男達どころか周りも唖然としていた。
周りから向けられた視線も気にせず、青年は体に付着した砂や土を払い落とすと、喋り出す。
「なあ、マーリン。今のは向こうから攻撃してきたんだから、正当防衛が成り立つんだよな?」
男達がその言葉に眉を寄せる。
「まあ、成り立たないと言っても成り立つように屁理屈をこねるんでしょう? もう慣れました」
青年の後ろからぬるりと現れた黒いフードマントを纏った人物。
顔も性別も分からない、人物の特徴を覆い隠した黒いフードマント。唯一分かるのは声と顔の下半分だけ。
そんな謎だらけで怪しい誰かは、疲れたような呆れたような声で青年に答えた。
それに青年はからりと笑う。
「だって本当のことだろ。これで私があの男達を再起不能にしても全てあっちのせいってことでカタがつく」
「いや、それは流石に無理があるような……」
「なんでだよ。事実じゃないか」
平然と理不尽でおかしなことを言う青年に、首をかしげて困惑した声色を出すフードマントの人物。
「あ、マーリン。あの子を助けてやってくれ」
「……了解」
思い出したように青年が言えば、マーリンは呆れながら了承する。
それに男達が獲物を狙われると警戒するが、その集中力も呆気なく散った。
パチン、と。
指を鳴らしただけで女がマーリンの側に移動していたのだ。
一瞬で掴んでいた女の腕が消えて空気を掴む。目を青年達に向ければ、きょとんとしたメイド服の女がそこにいた。
「え、あ……なんでだか!? お、おおおら、なんでこんなどこにぃっ!?」
「お怪我はありませんか? お有りでしたら私の部下に教えてください。彼女はこう見えて凄いんです」
「あえ? え? ええっ??」
混乱するメイド、平然と話を続ける青年、色々と苦労しているようなため息を吐く謎のフードマント。
その異常な光景に耐えきれなくなった男達の1人が喚いた。
「ナニそっちでごちゃごちゃ喚いてんだ!? アア!? テメェは何者だっつってんだよ!!」
その言葉にようやく2人の会話が終わる。
その男の言葉に青年は嬉しそうにフードの人物を見た。
「この展開、中々楽しいな! なんだか人気者になった気分だ!」
「何言ってるんですか。明らかに敵意と悪意と殺意しかない言葉ですよ。いい加減その楽観主義どうにかしないといけないと何度言えば……」
「おいぃい! 何無視してんだ雑魚がぁぁああっ!」
しびれを切らした男の1人───鉄棒使いが前に飛び出した。額には青筋が浮かび、聖剣である鉄棒を握り潰さんばかりに握り締めている。
今にも叫びだしそうな形相の男が迫ってきている。
青年も獰猛な笑みを浮かべた。
「マーリン、その子を連れて下がってろ。楽しくなってきた!」
「了解。メイドさん、私の後ろに」
「えっ、えっ!?」
青年は嬉しそうに迎撃に出た。
投稿いたしました。
次の投稿はできる限り早くいたします。
お気に入りしてくださる方やしおりをしてくれる方がいて嬉しいです。
拙い話ですが、これからもよろしくお願いします。