※この作品はR-18です。

Lower ~魔族に支配された世界の反逆者~   作:瑠璃色砂糖月

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3話「遥か先を歩む者」

 コーンウォール王国にて。

 栄華を誇った国であった。しかし、今では面影もない。かつては絶景を作り出していたであろう町並みはなく、廃墟のようだ。

 冷たい風が吹けば、宙に塵が舞う。石畳の地面には黒がかった血がこびりつき、雨に晒されても今だに色褪せない。

 

 その地面を踏み締め、歩く者が1人。

 

 まるで古跡を孤独に観光しているような。周りに目を向け、静かに城に向かって歩いていた。

 城に近づくに従い、下品な笑い声が聞こえてきた。それ同様に、生首の街灯がその者を見下す。

 城の周りには薄汚いテントが張られており、その中から女性の喘ぎ声と男性の悲鳴が相次ぐ。また、檻もあった。その中には生気を失った子供達が蹲(うずくま)っている。……食用である。人間の子供の肉は柔らかく張りがある。大人の男女もそれぞれ良い部位があるのだが、繁殖用にとあまり食べられていなかった。

 そんな悲惨な状況に、歩く者は重いため息を吐きつつも止めやしない。

 負けたのだから、仕方がない。

 そう割り切ってその者は城の中へと入っていった。

 

*****

 

 城の中には生温い風と共に鉄臭い匂(にお)いが流れてくる。赤いカーペットには黒ずんだシミがこびりつき、石畳も血で汚れていた。

 階段を上がり、謁見の間であったであろう場所に着けば、そこには1人の人物がいた。

 いや、正確には人ではない───魔族である。

 その者はやって来た誰かに、にたりと好戦的な笑みを見せた。

「お前が魔族の異端児か」

「……周りからは、そう呼ばれていますがね」

 

 やって来た『魔族』は皮肉にも美しかった。

 

 金色の短髪、同じく金色の瞳。肌は重度の日焼けのような焦げ茶色で、その表面に紫の紋様が走っている。体格は細身だがそれなりに筋肉はついており、異性を虜にするだろう。

 服装は魔族が支給する黒の軍服だが、所々にだらしなさが見える着方をしていた。あまり外見に頓着がないのだろう。

 性別はおそらく男。魔族の中には両性だったり性別が無かったりする者もいるから外見で判別は難しいのだが、謁見の間にいた魔族はそいつからどこか似た匂いを嗅ぎとったのだろう。己と同じ雄の匂いを。

 元からいた魔族が彼に問いかける。

「名前は?」

「ナギです。魔族軍奇襲部隊に属していました」

 やって来た魔族……ナギはどこか間の抜けた声で少しゆっくりと答える。

「属していました、ねぇ……」

「今は近距離部隊隊員ですので」

「はは! 違いねぇ!」

 ゲラゲラと笑い出す魔族にナギという魔族は表情を一切変えない。大方笑い終えた魔族が改めてじろじろとナギを観察し始める。

「にしても、まあ……結構やる方か?」

「……恐縮です」

 

 

「いいねぇ、殺したくなっちまうぜ」

 

 

 無音の灼熱が謁見の間全体を包み込んだ。

 赤い炎がちりちりと揺らめき、熱風が吹き荒れている。圧倒的熱量がそこに存在していた。その中心で、それを成した魔族は「おお」と軽い感嘆の意を示して天井を見上げた。

 天井にナギはへばりついていた。いつの間に移動したのやら。火の風が彼の髪を波立たせ、煽っている。

 ナギは相変わらずの死んだ目で今後隊長となる魔族に声をかけた。

「挨拶にしては、かなり乱暴かと」

「くっくく、この程度避けきれねぇでオレの部下が務まるかよ馬鹿め」

「………はあ」

 ため息なのか返事なのか、よく分からない呟きを吐き出しながら、ナギと名乗る魔族はとうに炎が消えた地面へと降り立った。

「まあ、合格だ。オレの炎を初見で避けられるのなら今からでも動けるな」

「はい?」

「おい、赤竜王!」

 魔族が外に向かって怒鳴れば、一際大きい窓から中を覗き込んでくるドラゴンが現れた。

『はぁ~い。何かご用ですかぁ?』

「声幼っ……」

 頭の中に響く声に思わずナギの本音が漏れる。それにギロリと眼光を飛ばすのは馬鹿にされたと感じた赤竜王である。

 赤い鱗が日を浴びて輝き、赤い瞳から放たれる眼光は全てを焼き尽くしそうだ。口からは牙が見え、炎の吐息が漏れている。体長はどれほどあるのか分からない巨体。鋭利な爪は触れるだけでも切り裂きそうで恐ろしい。

 

 赤竜王ウェールズ。

 

 それが幼い声を響かせるドラゴンの正体。

 ちなみに本当に幼い竜という訳ではなく、ただ声がそう聞こえるだけである。

 だからこそ、左遷された新人の無礼に苛立った。

『ナニ? 今バカにした? オマエ、殺されたいの? だったら今すぐケシズミにしてやるよ? 外に出てきてよ』

「ああ、いや……馬鹿にしたわけではなく、つい本音が漏れただけで……」

『それがバカにしてるって言ってるんだよ』

「いやだから本音が……」

「お前ら初対面なのに仲良いなぁ」

 上司がけたけたと笑い出せば、1人と1体は黙り込むしかない。あらかた笑い終えた上司は、ナギをもう一度見据えて両手を広げた。

「さて! 改めて歓迎するぜ、異端児ナギ! オレはロドルフォ・ヘプバーン! そして命令だ! お前は赤竜王と一緒にキャメロットとかいう人間の国を壊してこい! 手段は問わねぇ! いいな!!」

「……りょーかいです」

『ええ~? このボクがコイツと組むんですかぁ? やです、コイツの面倒見るの!』

 ナギは了承したが、ウェールズは文句を言った。それにロドルフォと名乗った魔族はにたりと嗤う。

「使えなかったら遠慮なく殺せ。弱いやつに価値なんてねぇからな」

『分っかりましたぁー! ロドルフォ様のそーいうところボク大好き!』

「はっはっは! お前のそーいうとこ、オレも好きだぜ赤竜王!」

 呵呵大笑してみせるロドルフォ。

「んじゃあ、後はよろしくな。オレは野暮用あるから、それなりにやっとけ」

 そう言って、ロドルフォは謁見の間から去っていった。

 残されたナギはその後ろ姿を眺めた後、改めてドラゴンに向き直る。

「えーと……よろしくお願いします」

『はあ?? なんでこのボクがオマエみたいなちんちくりんとヨロシクしなきゃいけないの?』

 ウェールズはフン、と鼻を鳴らす。鋭い瞳は嫌悪と侮蔑で鈍く光っていた。

『オマエはボクの邪魔にならないように突っ立っとけばいいの。分かる?』

「りょーかいです。先輩」

『はあ? センパイ? 赤王竜サマでしょ?』

「……りょーかいです。赤竜王様」

 ナギがウェールズの言う通りに復唱すれば、満足そうにウェールズは鼻を鳴らした。

 

 

 

*****

 

 

 

「お初にお目にかかります、フリーダム王国女王ケシ・クィン=ヘローナ様! 私はアーサー・ペンドラゴン! 不躾を承知で申します! 私にロキラ殿を娶らせていただけませんか!」

「はあ?」

 

 これがアーサーとケシの最初の会話だった。

 ロキラに連れられて城へと来たアーサーとマーリン。女王と対面すると、彼は大声でそう言ったのだ。これにはケシも目を丸めるしかない。

 ちなみに彼の両親であるペンドラゴン夫婦は生暖かい目でロキラを見ており、何も聞いていなかったフランケンシュタインは凄い勢いでマーリンを見た。マーリンは肩を竦めただけで何も言わない。ロキラはため息を吐いていた。

「……ロキラを娶ると言ったのか?」

「はい! いけませんか!」

「……ふっ」

 爛々と輝く翡翠の両眼。その輝きの中にある純粋と素直さを感じとってケシは軽く吹き出した。くつくつとおかしそうに笑い、足を組み直した。

「あのじゃじゃ馬を貴様が制御できるのか? 若き王子よ」

「制御? 私はロキラ殿に見合う男になるために今まで生きてきたのです。彼女に至らぬところを叱られることはあれども、私が彼女の判断を止めることはできないでしょう」

「ぷっ、はははは!」

 ケシはけらけらと笑い出す。ここまで笑ったところは見たことがなかったのだろう、ロキラ以外の全員が珍しそうな顔で見ていた。

 ひとしきり笑ったケシは、目元に浮かんだ涙を拭ってロキラを見た。

「良かったじゃないか、ロキラ。ようやく身を固めるのか」

 その言葉にロキラは困った顔でため息を吐き出し、アーサーは更に目を輝かせた。

「では!」

「私はロキラの保護者ではない。故に、ロキラの恋愛観に口を出すつもりもない」

 ケシは愉しそうにアーサーとロキラを見比べた。

「若き王子よ、貴様がロキラを口説くことに口は出さん。好きにしろ」

「ぃよっし!」

 アーサー、ガッツポーズ。

 ロキラ、こめかみを押さえて再度ため息。

「ロキラ、お前は今からキャメロットへ出向き、この件が一区切り着くまで戻ってくるな」

「依頼が達成されるまでだな? いつも通りだ。何も代わり映えがねぇよ。シュタインは連れていってもいいか?」

「構わん。2人だけでは役不足と判断すれば援軍を送ってやろう」

「要らねぇよ。あほか」

「貴様がロキラでなければ今頃打ち首にしてやったのだが……残念だ」

 ケシが軽く息を吐く。本当に残念そうな様子にフランケンシュタインが苦笑いする。

「では、ロキラ。さっさと支度をして出ていけ」

「へーへー、言われなくとも」

 ロキラはべーっ、とてらりと濡れた赤い舌を出して早歩きで去っていった。それにケシがため息を吐いて、ユーサーを見つめた。

「……如何(いかん)せん無礼な奴だが、実力は確かだ。使ってやってくれ」

「彼女の扱いは慣れている。大丈夫だ」

「ふむ」

 ケシは頷くと、次にアーサーを視界に入れた。

「アーサー、と言ったな?」

「はい」

 アーサーがケシを見上げる。

 直後、彼は目を見開いた。

 

 

 目の前に巨大な甲虫が現れた。

 

 

 いつの間に現れたのやら。不気味な色を輝かせる体表、無機質な複眼、ギチギチという音が鼓膜を犯す。機械的な殺気が、目の前に迫っていた。

 身の毛もよだつ気味の悪い気配が、悪寒となり背筋から脊髄へと駆け昇る。それに息を止めてすぐさま迎撃体勢を取り、目の前の気配を切断しようとした。

 

「アーサー!!」

 

「っは……!?」

 父の一喝にアーサーは目を見開いた。

 巨大な蟲が消えていた。

 新たに与えられた長剣をほとんど引き抜いたが、全てを引き抜くすんでのところで手を止める。

 突然のことにアーサーが放心していると、上からくつくつと喉を鳴らす音が聞こえた。

「……くく。普通なら気圧されて退くのだが、貴様は無謀にも抗ってみせるか。気に入ったぞ、若造。愉快愉快……くく、く」

「っは……」

 アーサーはそこでようやく、今の甲虫が女王の殺気により作り出されたものだと理解した。

 頬を伝う冷たい水……それを拭き取り、自身が顔全体に冷や汗を噴き出していることと手が小刻みに震えていたことを知る。それほどまでに恐怖と危険を感じたのだ。

 ケシはそんなアーサーにお構い無しに言葉を続ける。頬杖をついて、口の端をおかしそうに上げながら。

「今ので気絶しないのなら良し、及第点だ。ロキラは弱い輩に惹かれやしないからな。その辺の貴族よりもまだ見込みがある。流石、竜殺しの息子だ。鍛えられている」

「お褒めいただき光栄だが……いささか、乱暴な確かめ方ではないか? 我々は隷属国では無いのだが」

「それは失礼した。我が部下を娶る未来の騎士様へのお節介だと思っていただけると助かる」

 くすくすと笑うケシは手を払う。さっさと出ていけ、と口外に言っているのだ。それにユーサーは「女王様め」と皮肉を言うも、そこに嫌悪は感じない。彼女のカリスマ性とユーサーの人柄によるものだった。

 ユーサーは妻と息子を連れて出口へと向かう。

 その途中、アーサーは振り返ってケシを見上げた。なんだ、とケシは僅かに首を傾けてみせたが、続くアーサーの言葉に目を丸めた。

「ご指導、ありがとうございました!」

「はあ?」

「今はまだ未熟者ですが……いつか、必ずしや貴女を超え、ロキラ殿に見合う男になってみせます故!」

「………」

「その時にはまたご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!!」

「ふはっ、はっはっはっは! やめろ! 私を笑い殺す気か!? 頭(ず)が高いぞ、この無礼者めが!」

「すいません! では、失礼します!」

 最後の最後まで大笑いするケシ。アーサーはマーリンに頭を叩かれて首根っこを掴まれ、ようやく退出した。

 

 その後、ケシの笑い声は中々収まらず、彼女の召し使い達が困惑していたそうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったい! いっったかったぞ、マーリン! お前今本気で叩いたな!?」

「当たり前でしょうこんの破天荒王子。あなたの言動は見たり聞いたりするだけでもひやひやします」

「今に始まったことじゃないだろう」

「開き直るな馬鹿王子」

 

 ゴツン!

 

「あいっだあああ!? おま、お前女魔術師のくせになんでそんなにパワーあるんだ!? 先祖にゴリラでも居たのか!?」

「叩き殺すぞ年増好き」

「おい待てマーリン、今のは訂正しろ。ロキラ殿は確かに年上だがそこまで年は取っていないはずだ。彼女を侮辱する発言だったから訂正しろ」

「どこにキレてるんだ……」

「いいから、謝れ。今すぐ謝れ」

「はいはい。ロキラ殿はお若く美しゅうございますね。流石アーサー王子殿。お目が高い」

「よし、それでいい!」

「はあ……」

 

「相変わらず仲が良いわねぇ」

「そうだな」

 

 

 

*****

 

 

 

 キャメロット王国。

 ブリテンという地方の王国で、のどかな風景が特徴的な場所だった。絶景スポット、パワースポットが随所にあり、自由国の民達からは絶賛されている。また、その国から作り出される天然の特産品は絶品。

 隷属国から脱し、フリーダムと同盟を組んだことにより、フリーダムの人々から対価を受け取ることができ、より豊かな生活を送ることができる。そういった生活の質の大幅な向上や経済の発展も同盟国の利点だった。

 

 現在、ロキラはユーサーから貰った果物にありついていた。

 

 フリーダムを出発した馬車の中である。マーリンが器用に剥いて切っていく。それを口にしたロキラの瞳が輝いた。

「甘っ、うまっ、瑞々しっ!」

「はは、気に入ってもらえて良かったよ」

「シュタイン、ほらおまえも食え」

「あ、はい。じゃあフォークを、ぉぼっ!?」

 一口サイズに切られた白い果肉の果物。それをフランケンシュタインは喋っている途中に口の中に突っ込まれた。溢れた果汁が気管を通って、必然的に噎(む)せる。

 ロキラはにんまりと非常によろしい笑みを浮かべた。

「どーだ、うまいだろう」

「ぐふっ、げほっ……う"、は、はい"。み、瑞々しくで、おいしい"……っです。げほっ」

「あ、無理に感想言わなくても結構ですよ」

「す、ずいま"ぜ……っ」

 ぐふげほと顔を反らせて咳を繰り返すフランケンシュタイン。そんな彼に心配そうに声をかけるマーリン。ユーサーとイグレインはにこにこと笑って見守っていた。

「いいなぁ、食べさせてもらえて。ロキラ殿、私にも1つください」

「お? …おお、いいぞ」

 ペンドラゴン夫婦の視線が生暖かくなった。ロキラの返事がワンテンポ遅れているのを感じ取ったからか、生暖かさが2割ほど増していた。

「ほれ、あーん」

「あー……んむ。……ん、おいひいです」

「そうかい」

 幸せそうに頬を染めて笑う青年に、ロキラも笑みを返す。どこか眩しそうな、でも憂いが見え隠れする笑みにアーサーは気づかなかった。

 彼は真剣な顔で提案する。

「よろしければ毎日してもらって構いませんか」

「さらっと口説くなよな」

「バレました?」

 なはは、とアーサーはとぼけたように笑う。それにロキラはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

「肉食系なのはユーサー譲りってか?」

「ん? 私は肉食に入るのか?」

「他国の人妻を略奪する男は間違いなく肉食だろーよ」

「やめろその言い方」

「はっはっは」

 イグレインは元々キャメロットの民ではない。彼女は敵対国であるコーンウォールという国の出身である。しかも、彼女はその国王であるゴルロイスの王妃だった。

 ユーサーはイグレインに一目惚れし、あろうことか彼女をゴルロイスから奪うためにコーンウォールに攻め入った。戦に勝利した後、ユーサーとイグレインは結婚。初めこそお互い気持ちがうまく通じ合わずぎくしゃくしていたが、今ではこの相思相愛ぶりだ。

「何より傑作だったのはおまえがイグレイン好きすぎてゴルロイスに化けて……」

「やめろ、ロキラ。子供の前で言うことではないだろ」

「なぁんでぇ、いいじゃん。親の黒歴史を知ってこそ子供は成長するんだ」

「何も黒歴史で子供の成長を促す反面教師のような育て方はしていないししたくない」

「あらあら、うふふ……」

 ロキラとユーサーのやり取りに、頬を少しだけ染めて嬉しそうな恥ずかしそうな笑い声を漏らすイグレイン。

 フランケンシュタインとマーリン(当事者)は話を察して苦笑い、話を知らないアーサーは首をかしげた。

「父上、なんの話ですか?」

「お前にはまだ早い。後2年したらロキラ殿に教えてもらえ」

「ふざけんなそっち方面にまだ経験無いわドアホ」

「………」

「その『嘘だろ、まだなのか』的な目をやめろ。地味に傷つくし恥ずかしいし腹立つわ」

 苦い顔をするロキラをまじまじと見つめるユーサー。一体どこの誰達が人前で何の話をしているんだろう。その辺考えてもらいたいとマーリンとフランケンシュタインは切実に思う。

「……ABCは?」

「ぶっ飛ばすぞ」

「……」

「だからその『Aすらないのか』的な目をやめろっつってんだろ。脳天ぶち抜くぞ」

「……無いのか」

「うるっせぇ。おれに対する下世話はやめろ」

 顔を歪めてふんと鼻を鳴らすロキラ。ユーサーはいまだに信じられないという目をしていた。それにロキラは額に青筋を浮かべ、今にも邪剣を呼び出しそうな雰囲気になる。

「純情なのよね、ロキラ様は」

「……」

 イグレインのフォロー。ロキラは何も答えずに顔を外へと向ける。不機嫌さは多少抜けたようだ。フランケンシュタインが苦笑いして「すいません」と謝る。

「ロキラさん、お互い様ですよ」

「分かってる。だからこそくそ腹立つ」

「はあ……。果物はまだ食べますか?」

「あ、それは食う」

 ぶすっとしながら頬杖をつくロキラはパクパクと果物を食べる。それにフランケンシュタインは再びため息を吐き出す。

「それにしても、魔族がフリーダムの隷属国に手を出すとは思いませんでしたよ。自由戦士が居た筈なのに、僅か1日で落とすとは」

 フランケンシュタインは持ってきた報告書を見ながら言う。

 隷属国の1つ、コーンウォール。

 かつてキャメロットと敵対していた国で、ペンドラゴン夫婦と因縁が深い国でもある。

 かつては悪王と名高いゴルロイスが悪政によって治めていた国。周囲の国と比べて武力が抜きん出ていたのでそれなりに国の名は通っていたのだ。

 しかし、所詮は王の器とおつむが足りない弱国ではあったらしい。魔族と自由戦士には敵わなかったのだから。

「コーンウォール……? そこ、どこのやつらが派遣されてた? まさか、おれの部下じゃねぇよな?」

「ええ、中距離部隊の第9部隊の隊員が今回派遣されていたらしいです」

「それが全滅?」

「みたいです」

「あの馬鹿、だからあまり隊員増やしすぎんなって言ったのに……。ほんと、適当だよな…全く」

「あのー……」

「あん?」

 アーサーがおそるおそる、声を出した。

「その、私は政治とか一切興味がないので、いまいちフリーダムの政治は分からないのですが……」

「今めちゃくちゃすげぇこと言ったな」

「自由戦士はどのような部隊があるんですか?」

 ロキラのツッコミを軽く流しながらアーサーが聞く。ロキラは明後日(あさって)の方向を向いて、指を折り曲げていく。そして、ある程度目星がついたのか、アーサーに顔を向ける。

「……5つだな。近距離、中距離、遠距離、特殊、連絡。細かく分け始めると遊撃やら奇襲やらあるが……基本的にその5つで分けられるな」

 

 基本的に聖剣、邪剣シリーズの形態や性質によって振り分けが行われるが、本人の希望によって隊を移動することも可能だ。

 近距離武器なら近距離部隊、中距離武器なら中距離部隊というように分けられる。唯一、連絡部隊は所謂(いわゆる)事務職のような立ち位置なので、一応戦えない一般人も入隊可能だった。

 

「んでまあ、その、なんつーの……? だから……シュタイン、パス。後は任せた」

「でしょうね」

 面倒な細かい説明はフランケンシュタインに丸投げ。彼は分かりやすいように説明し始めた。

 

 それを纏めるとこうだ。

 それぞれの部隊の隊員はある程度の隊…つまり、チームで纏められる。そのチームのリーダーが隊長であり、色々と責任やそれなりの強さが求められる。

 そのチームリーダーのことを『小隊長』と言った。

 また、それが何隊も作られ始めると、今度はその隊長を纏める一つ上の隊長が生まれ始めた。その者達は、増えすぎたチームを制御して面倒を見るために新たに作られたのだ。

 数隊、十数隊を纏め、それと同等の実力を持つ人物……その人を『中隊長』と呼んだ。

 そして、その中隊長達を纏め、大きな1つの『部隊』のトップであり、顔。その分野において最も高い実力を持つ証。

 僅か5人しかいない部隊の最高責任者であり実力者達を『大隊長』と女王が決めた。

 

「まあ…もっと言うと、その大隊長を纏める総隊長とか、自由騎士団とかもあるんですけど……そういう話はまた今度ということで」

 アーサーは自分で聞いておきながらあまり理解できていないのか曖昧に頷くだけで、マーリンは興味深そうに頷いた。

「複雑なんですね。自由戦士も」

「簡潔に纏めると、部隊の大隊長>中隊長>小隊長ってわけで、最も弱いのはただの隊員だってことですね」

 

 小隊は番号が若いほどに実力を有する隊員で構成されている。小隊で最強なのは第1部隊、それからは実力順で隊が構成されているが、新人(ルーキー)でも強ければすぐに上の隊に引き抜かれることがある。

 

「じゃあ、ロキラ殿とフランケンシュタイン殿はどの部隊に属しているんですか?」

 マーリンが問うた。それにアーサーも頷く。確かに気になる話だった。思い人とその部下は一体どの部隊で、どのような立ち位置にあるのか。

 フランケンシュタインは少し困ったように笑って告げた。

 

「ロキラさんは特殊部隊大隊長、僕はその第1中隊長を務めています」

 

「……え?」

「……大隊長?」

 

 2人してきょとん。ユーサーとイグレインは勿論知っていたので、くすくすとこっそり笑い合っていた。

「……ロキラ殿」

「ん? どうした、アーサー」

 紫の瞳に少し悪戯めいた輝きを灯しながら、ロキラが軽く首を傾けた。その動作に見惚れるも、アーサーは確認するように問いかけた。

「大隊長……ですか?」

「特殊部隊大隊長、ロキラ・オブコニカ=ミノルタだ。改めてよろしくな、アーサー王子殿」

 にっこりと意地悪に満面の笑みを浮かべたロキラにアーサーは絶句する。

 

 私が憧れ求婚した女性は、遥かに『上』に居る者なんだ、と。

 

 地位、権力、強さ。あらゆる面において、とてもじゃないが及ばない。同盟国の王子ごとき(・・・)が敵うような相手ではない。

 生半可な気持ちで彼女に求愛したつもりはないが、あまりにも高いハードルについ生唾を飲み込む。

 やっと見えた背中が、また遠くなってしまった。

「アーサー」

「!」

 アーサーが名前を呼ばれてはっとする。ロキラは優しげに微笑んでいた。

 まさに、女神の微笑み。

 アーサーだけではなく同性のマーリンもつい硬直してしまう。

「おまえはここ(・・)まで来れるのか?」

「っ……」

 紫の宝石のごとき瞳。そこには希望だけではなく絶望までも渦巻いていた。

 一体、どれほど戦えば、どれほど殺せば、どれほど救えば、どれほど頑張れば、あの神域まで届くのだろう。

「聖剣、邪剣シリーズの特徴に身体能力の向上があるのは知ってるな?」

 身体能力の超向上。

 地面を割り、平野を駆け抜け、山を飛び越える。怪我や病にもかかりにくくなり、丈夫な肉体になる。そういった力や忍耐といったものだけではない。

「特に邪剣シリーズ持ちは老化のペースが遅い。長く使用者を生かすためだ。何のためか、そんなの邪剣がより長く使い手に使用されるためだ」

 

 老化の遅滞。

 

 加護を受けた者は極端に老いが遅くなる。それにより、肉体が若く、身体の全盛期がより長く続くことになる。

「邪剣には更に上の段階があるが……まあそれはおいといてだ」

 ロキラはくつくつと笑う。

 いやに色気がある笑みにアーサーは口元を横に引き絞り、頭を引いた。何か、恐ろしかったのだ。距離を取りたいが、ここは狭い馬車の中。そう簡単にはいかない。

 

「おれが何十年、何百年とかけたこの域に、おまえは辿り着けるのか?」

 

 何故彼女が子供の頃に見たあの姿と変わらないのか、ようやく理解した。

 若作りなんて言葉は不十分というか失礼にあたる。ロキラの肉体年齢はほとんど止まっている(・・・・・・・・・・)のだ。だから、美しいまま変わらない。ただ、精神年齢だけは年を取る。そうだとしても、彼女は若々しいままだが。

 どれほどの時間を歩んできたのかは想像につかない。アーサーは生まれてまだ10年とちょっと。とてもじゃないが、その期間だけの努力じゃあ追い付けない。まだまだ足りない。

 それが分かっていながら、アーサーは笑う。

 

「いずれ、必ず追いつきます」

 

 やることは変わらない。何故なら今までロキラの背中を追ってきたのだ。今回、その彼女がまだ遠いところに居るということが分かったくらい。ロキラを諦める理由にはならない。

 

「あなたの背中に、必ず」

「……そうかい」

 

 ロキラはその決意と覚悟に何も言わず、そう返しただけだった。

「……ま、頑張れよ。若人」

「はい!」

 アーサーは太陽のような笑みで応えた。




 投稿いたしました。
 次の投稿は未定ですが、近い内に出せるようにしたいと思います。

※2月22日22時22分……。すいません、出来心です。なんとなく記念にと思って(なんの記念かは分かりませんが)。
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