※この作品はR-18です。

マギサ・パラべラム   作:hidenyan

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プロローグ~04話

<プロローグ>

 

 かつて神々が戦った、過酷な世界があった。

 その戦いを終わらせたのは、一柱の優しい女神の犠牲。

 女神は自らが属する陣営の神々。

 優しい神々が創造し、その存在に恐怖を覚え、地上に追放した種族。

 魔族の軍勢と、魔族を哀れみ、手を差し伸べた神々。

 賢き神々が送り込んだ援軍、多様な亜人種を相手に長く続く戦い。

 戦争の早期終結を願い……最前線で戦っていた。

 だが、女神達の陣営は魔族に敗北。

 女神達の世界は、賢き神々の導きと支援を受けた者達。

 魔族の中でも戦いに秀でた、戦士達の総攻撃で滅ぼされてしまう。

 地上で唯一生き残った女神は、自らの血を分けた眷属の戦士達。

 人間が魔族の手によって、自我に目覚めた事で、女神に反旗を翻し反乱。

 女神は人間と魔族に捕まり、激戦地となった場所の一つ。

 ……荒野と化した戦場跡。

 そこに佇む丘の上で磔にされ……女神は最期の時を迎える事になる。

 女神を捉えた魔族と賢き神々は、世界に新たな秩序を生み出す為。

 それまで不可能とされていた、ある『魔術の創造』を行った。

 それは本来なら決して、人々の目に見えない力。

 世界を静かに燃やす炎。

 黒き炎を束ねて顕現させ。

 磔にした女神を燃やし尽くし。

 生じた遺灰……世界に光り輝く灰を撒き。

 世界に新たな秩序を生み出す……礎としたのだ。

 その後、戦争を勝利で終えた賢き神々は、この世界から立ち去る際。

かつて神々が協力して生み出し、争いの火種の一つになった建造物。

 異界を互いに繋げる、空の果てにある巨大な門を封じる事にした。

 だが、賢き神々は万が一に備え、門を開く鍵の半分と、神々の残した膨大な兵器。

 神々の世界の知識を若き魔族の皇帝に託し。

 神々の世界の側から門を封じ。

 この世界から神々の姿は消え去った。

 その後、人々は新たに創造された魔術を秩序の中心に据え。

 人々が生み出し、抱える業と戦いながらも……独自の歴史を紡いでいた。

 

 そして時は流れ、女神の犠牲から一万数千年後。

 

 魔族と神々が生み出し、世界を動かす要になった魔術『死者完全蘇生魔術』が蘇生や救済などと縮めて呼ばれ『女神の奇跡』などと敬われ、人々の社会秩序に定着した時代。

 女神の奇跡を統べる存在、女神の代理人を務める者が、最後の一人となった年。来るべき、次世代の女神の代理人達を決める戦いに臨むべく。

 野心と武器を手にした人々は、種族の垣根を越えて徒党を組み。

 国家だけでなく、躍進を目論む諸勢力も軍備の増強を進め。

 世界を巻き込んだ…………戦いが始まろうとしていた。

 

 ――中央大陸西部 大森林地帯 深夜――

 

「はぁ! はぁ!」

 私は夜の大気に漂う……焦げた臭いを嗅ぎ。

 背中の羽に魔力を送り――全力で飛んでいる。

「ゲホッゲホッ!」

 時折、焦げ臭さに苦しみ。

 私の視界に映る光景。

 それは闇夜を照らす業火。

 …………舞い上がった火の粉。

 そして敵の姿だ。

『ぐぉおおおおおおおおおおおおお!』

『ひゃっはぁああああああああああ!』

 雄叫びを上げる敵は銀色の甲冑を纏い。

 戦斧や大剣を振るう。

 背丈の巨大な人影だ。

 その中には真紅の仮面を被り。

 全身を真紅の鱗で覆われ――大槌を振るう女がいた。

 女が振るう大槌の一撃は大木を木っ端微塵に粉砕していく。

『フハハハ! 総員に告ぐ! 存分に害虫の駆除を楽しめぇえええ!』

 悦に浸った女の声が……大音量を放つ魔術を介し。

 何度も拡声術式で荒々しく。

 周囲に響いている。

『――――兵士諸君! 奴等は人に牙を剥く! 羽の生えた害虫! 害虫である! 奴等は我々の敵ですらない! これは来るべき聖戦! 女神の代理人の座を我が西ドルア帝国が手にする為の予行演習である――――』

 私達を害虫呼ばわりする巨大な人影。

 その正体は私達の里と敵対する人間の帝国。

 ……西ドルア帝国の兵士達だ。

 銀色の甲冑を着込んだ、帝国兵が雄叫びを上げ。

 燃え盛る大樹と家々を打ち壊し。

 帝国兵達は希少な魔力繊維で作った、これまで見た事もない道具。

 妖精捕獲用に考案、造り出されたと思われる、網の付いた棒を使い。

『見つけたぞぉおおおおおお!』

 私の同族、同じ年代の少女達を……次々と何人も捉えていく。

「きゃぁあああああ!」

 今も大木の幹の穴に隠れていた……姉妹に……命乞いをさせている。

「お姉ちゃん! 怖いよ!」

「嫌だ! やめて人間さん! 私がなんでもしますから! 妹だけは――」 

 妹を守ろうと、泣き震えながらも妹の盾になる姉。

「……二匹かよ」

 だが、その懇願。

 姉の願いは叶わなかった――パシン!

「きゃっ!?」

 ガシッ――ビリビリブチブチブチッ!

「ぁああぎゃああああああああああ! 痛いよぉおおおお姉ちゃん!  ぎゃぁあああああ! 助けて女神さまぁあああああああ!」

「い、いや! やめてください! お願いだから――――」

「――――うぎゃぁぁぁあああ!」

 願いと羽を絶たれた姉の嘆きが木霊して……私の心に抉り込んでくる。

 帝国兵は手馴れた手つきで、姉を平手で叩き。

 素早く姉妹を掴み――衣服と羽を剥ぎ取っていく。

 むしり取った背中の羽を腹部のポーチに放り込み。

 クスリ漬けにした、虚ろな眼差しの配下。

 養殖ゴブリンが抱える檻。

 網目状の箱へ私の同族を放り込んでいく。

 箱の中は張り付いた血糊からも……………………ポタポタと血潮が垂れ。怯えきった妖精族で溢れている。

 だが……今の私には同族を助ける力がない――!?

「きゃっ!」

 私は燃え盛り、倒れてきた大木を避け。

 私が向かっていた場所。

 そこに通じる円柱状の連絡通路に着地ではなく。

――飛び込む形で到達した。

「いたた!」 

 私は業火に包まれた……丸い出口を一瞬だけ見つめ。

 両足を床につけ。

 ペタペタと……先に進んでいく。

 朝から逃げ回って、此処まで来たが。

 身体中が……羽がとても痛い。

 家族の安否も気になるが、それでも私はこの先。

 格納庫にある兵器。

 私達、妖精族がこの世界の秩序の根幹である『女神の代理人の座』を手に入れる為、神話時代の戦場跡から発掘して、復活させた古代兵器。

 私はそれを動かし。

 私達の里を蹂躙する……帝国兵と戦わないといけない。

 私の目の前には、月明かりに照らされた。

 巨大な岩壁で囲まれた円状の空間。

 昨年までは神殿だったが、今では格納庫と訓練場も兼ねた空間が拡がっている。

 天井は半球状に織り込んだ、光学特性と魔力特性が特殊な私達の体の一部。羽を私達妖精族の羽が生え変わる時期の行事。

 年に一度の祭りの度、何世代も掛けて…………数層に分けて覆ってきた。

 この天井は羽の状態を制御して、陽の光と月の灯りだけは照明として内部に通し。

 外部には光や魔力の類いも、一切漏らさない代物。

 定期的に幻術も施し、岩山に偽装しているここは今や、我々妖精族の軍事拠点だ。

 壁面の一角には、攻め込んできた敵が振るっている武器、それらと同じ大きさの巨大な各種の人間用の武器が置かれている。

 訓練で使い慣れた大剣、長槍、双剣。

 破壊力に優れた魔力弾を撃ちだす魔杖。

 速射性に優れた魔力矢を放つ魔弓。

 それらの武器が……段差のある壁際の席に置かれ。

 見栄えよく、観客の様に丁寧に並んでいる。

 月明かりにその姿を照らされた武器達。

 彼らが使われる時を待っているのなら、今がその戦時であろうか。

 私はペタペタと……………………床を足で歩き。

 それらの武器を操る際、私が乗り込む……兵器の置かれた場所に到達。

 そこは巫女達が祈りと舞踊を女神に供えた祭壇だ。

(お姉ちゃん…………元気かな)

 私にとっては、人間の男と駆け落ちした身内。

 姉が数年前に舞踊を舞った……因縁深い場所でもある。

 私は月明かりに照らされ――――無言で鎮座する人型兵器を見上げていた。

 それは用途不明なゴツイ遺物と同じ場所で数年前、発掘された戦鎧の類い。

 胸部の中には我々妖精族が後付した、小さな乗り込み口が開いたままになった、直立不動の黒い甲冑だ。

 コイツの名称は……今は里の近郊で遺跡を探索中の私の友人。

 今後、魔女仲間になるかも知れない、魔族の少女。

 マギサと彼女が召喚した者達、異世界人の協力で解読された。

 神話時代の文字の解読が確かなら、それは神話に出てくる『賢き神々の軍勢の精鋭』と同じ『クロガネ』だ。

 だが、訓練通りに――私はクロガネを動かし。

「……うまく戦えるかな」

 ズズン! 

 私が不安を漏らした直後。

 格納庫全体が激しく揺れた。

 私の視線は素早く。

 敵が侵入してくると思われる場所。

 格納庫に作られた出入り口――分厚い扉に向いた。

 ドガン! ズガァン! 

 どうやら帝国兵が……この場所に気付いたようだ。

 いくら神話時代の遺跡から拝借した、未知の金属で出来た頑丈な扉でも安心は出来ない。

 私はふらつきながらも舞い上がり。

 クロガネの胸部に設けられ。

 突き出た板状の胸部の装甲に着地。

 冷たい装甲の上を歩き。

 私は乗り込み口に搭乗。

 カチャ。 

 装甲が城門の様に閉じ……扉。

 私を守る盾に変わった。

 私は里の周りに生息する、スライムの肉塊を使った、背もたれに背中と羽を預け。

 両腕や両足、つま先も……柔らかい背もたれに埋め込む感じだ。

 同じ様にクロガネの内部もスライムの肉塊を使っている。

 スライムが種類によっては、微弱ながらも魔力を生成して蓄えて動き。

 その肉塊が精神感応もする事は、今のところ妖精族だけが知っている秘密だ。

 クロガネの内部には、鍛えて人骨型に整形した骨。

 金属質な竜骨の骨格に沿って、スライムの肉塊を筋肉状に魔力糸で繋いで覆い……内部に詰め込んでいる。

 実戦は初めてだが、武装した人間の兵士相手にも……戦える実力と重量は十分にある筈だ。

「それと……コイツも動かさなきゃ」

 カチャ――私は異世界人達から渡され。

 クロガネ内部に設置した道具。

 魔力波を使わない……奇妙な通信具を起動させた。

 道具には奇妙な図形や文字が表示され。

 葉の擦れる様な雑音しかしないが……これで異世界人から呼びかけが在れば。

 私に……聴こえる状態だ。

 この通信具を設置した異世界人の青年。

 彼とは翻訳魔術無しで、この通信具を使う練習をした。

 だが、お互いにカタコトしか通じず。

 素直に便利な翻訳魔術に頼る事にした。

 この通信具を間に挟み、翻訳魔術を使う場合。

 最低でもどちらかに、翻訳魔術を施す必要があるのも分かった。

 異世界人は、学者みたいに細かい事まで調べるようだが、少なくとも。

 彼らは学者の類では無いと、自称していたのが意外だ。

「あっ……ん!」

 私は背もたれから伝わる……振動と優しい感触に包まれ。

 里が蹂躙されている最中なのに……不謹慎にも変な声を漏らした。

 後は無防備な真正面を背もたれの一部が形状を変化させ。

 私の下半身と――上半身を――身体のラインに添って包み込み。

 ガチャ――クロガネ胸部の装甲が閉じて、私を守る準備の大半が完了。

「……ん!」

 暗闇の中で形状を変化させた、背もたれが震え始めた。

 震えが収まると、輝き出すクロガネ内部は真昼のように……外部の光景を映し。

「よし……腕も足も動く」

 感覚が一体化したのを確認する為。

 私はクロガネの両掌と腕、足を自分の体の一部の様に動かし。

 ……歩き始めようとした瞬間。

 ドガシャァアアン!

 扉が派手に倒れた。

 扉上部に異世界人の助言で仕込まれた罠。

 侵入者対策の仕掛けも起動した。

 ブシュァアア!

 罠は魔力が蓄積した粉。

 スライムの粉末を詰めた袋が床に叩きつけられ。

 空気中に漂う微弱な魔力と反応。

 白く湿った濃霧が……スライムの亡霊の如く……格納庫内部を覆った。

 これで視覚聴覚の感覚を拡張、増幅する索敵用の補助魔術。

 攻撃魔術や魔杖、魔弓に組み込まれた照準、誘導魔術。

 外部との通信魔術は妨害を受け……まともに使えない。

 この罠を考えた、異世界人達の世界では突入時、似たような戦術を使うようだ。

 煙幕の吹き出る筒と閃光や音を放つ筒を投げ込み……一気にケリをつけるそうだ。

(……妖精の霧で……少しは時間が稼げるか)

 私は直立不動の状態で動きを止め。

 クロガネ越しに侵入者を視認。

 私にはどういう仕組みかは分からないが、クロガネは補助魔術や照準魔術を使わずとも、全天候下で…………外部を見渡せる。

 だからこそ、妖精の霧と言われる現象。

 本来なら諸刃の剣になり兼ねない素材。

 スライムの粉末も防御や妨害工作だけでなく。

 異世界人の助言を得た事で、魔術兵相手の戦闘でも、有利な条件で積極的に使える。新たな可能性が出てきた、その矢先だったのだが……敵の侵攻の方が速かった。

(魔術兵が数名……か)

 私の視界には魔杖と魔弓を構え。

 紫色の魔導甲冑を装着した兵士。

 完全武装の魔術兵5人の輪郭が……霧の中に見えた。

 状況からして、魔術兵が放った攻撃。

 爆発魔術が頑丈な扉を押し倒したのだろう。

 周りには姿勢を低くした護衛。

 銀色の甲冑を着込んだ歩兵が展開。

 片手剣と丸い盾、短槍を装備した歩兵が両脇に15人。

 計30人程が魔術兵を護衛している。

 更に後方から同じ装備をした歩兵、魔術兵がゾロゾロとアリの様に侵入。

 素早く両翼を形成。

 こいつらは皆、今現在進行形で里を襲撃している。

 帝国兵で間違いない。

(数が多い……それにアレが指揮官か)

『げほっ! げほっ! 生き残っている妖精の捕縛は後続に任せろ!   我々は古代兵器の探索を開始する!』

「ハッ!」

『くそっ……この霧……魔素を混ぜてやがるな! 各員魔術に頼らず肉眼で敵を補足しろ! 魔術兵は直接照準で陣形維持! 制圧を急げ!』

 中央の魔術兵の背後には、歩兵よりも動き易い感じが漂う。

 銀色の甲冑を着た男が1人。

 男は霧に咳こみながらも、拡声魔術を使い。

 大声で指示を出しているのが……ハッキリと聴こえた。

 男は咳に苦しみつつも呼吸を整え。

一度拡声魔術を停止後……再起動させて指示を再開。

『ここは敵の軍事拠点だ! 罠と襲撃に警戒しつつ前進しろ!』

 男の左腕には神話時代の魔族が生み出し、この世界にばら撒いた道具。

 下級魔術なら属性を問わず、数十個は装填と発射。

 同じ系統の装置同士なら距離を問わず、遠距離通信も出来る装置。

 甲冑の装甲に偽装した、魔術装填射出及び魔力波増幅装置の携帯型。

 通称『ウェルテックス』を使って、文字情報を宙に浮かび上がらせ。

 ……指揮官と思しき男が指揮を取っていた。

 指揮官はウェルテックスを甲冑に組み込み……使用しているようだ。

 歩兵の甲冑なら、魔力を供給する簡易な装置があるから、合理的な組み合わせといえる。

 この指揮官と魔術兵は黒鉄の基準で脅威度が高いと判断。

 ……赤い輪郭で浮かび上がった。

 クロガネ越しに、帝国兵の典型的な突入陣形を見る私の中。

 ……………………そこでは沼の底から這い出てくる泡のように…………殺意が沸いている。

 その感情の根源は私の同族を殺され。

 同族の少女達を捕獲され。

 里を破壊され。

 日常を奪われ。

 衣服を剥かれ。

 羽を奪われ。

 笑顔を奪われ。

 家族を奪われ。

 平和を奪われ。

 尊厳を奪われ。

 自由を奪われた……それだけでない。 

 一番の根源はここが武器庫であり、私が敵を殺せる兵器に搭乗している事。牙を手に……息を潜めている事……それが一番大きな要因だ。 

(ゴクリ!)

 私は喉元にこみ上げる衝動を抑えつつ。

 霧の中を歩む敵。

 ジリジリと正面に近付いて来た――歩兵を捕捉。

(……………………くっ!)

 私は訓練通りに右足を掲げ――――グシャ! 

 歩兵の頭部を兜ごと踵落としで潰し。

 ヒュン! グチャバキバキ! 

 唖然とする歩兵数名の首を回し蹴りで粉砕。

 ブシャァアアア! 

 同時に私は――――血飛沫の源泉を掘り当てた。

(……こんなものなの?)

 初めて人の類いを殺したが……余りにも呆気ない。

 これなら里の周りにいる、スライムの群れや。

 数百年前に滅んだ、人間の帝国の管理から解き放たれ、野性化した人工生命。

 生体兵器を起源に持つ、オークやリザードマンの方が反応も早く。

 肉体は屈強だろう。

「て、敵襲だぁあああああああ!」

『各員防御体制を取れ!』

 血飛沫を浴びた帝国兵が叫び。

 指揮官の指揮が続いた。

 私は霧と混乱に紛れ。

 ジグザグに駆けていく。

 向かう先は――――観客席にいる、ここの先住民の武器達だ。

 私は駆ける最中も何人か――――ヒュン! バキボギグシャ! 

 歩兵を殴り殺し。

「うぁああああああああ!」

 恐怖に負けた魔術兵達が叫び。

 ギキキィイイン!

 魔術兵の武器も叫び始めた。

 魔術兵が武器に装填した、攻撃魔術の装填詠唱を急速開放。

 連続で魔術攻撃をする際に取る措置だ。

 だがそれをやると術式は、装填という保存状態から離れ。

 そのまま放つか。

 数分以内に起こる宿命。

 術式の自然崩壊の二者択一しかない。

 辺りには飛竜の鳴き声を連想させる――――鋭い音が立て続けに響いた。

『――――馬鹿野郎! 撃つな!』

「ぎゃぁあああああああ!」

 歩兵の一部は音に耐えられず武器を落とし。

 耳元を抑えている。

 魔杖や魔弓に搭載した詠唱音を処理する、減音機構が耐久値を超え。

 壊れた……当然の結果だ。

『撃つなぁあああ! 同士討ちになるぞ!』

 指揮官の指揮が響く。

 だが――――もう手遅れだ!

 私は帝国兵の中に悲鳴と恐怖の軌跡を生み出し。

 逆に私の中では殺意と闘争心が満ち。

 加速していく。

 カカカッ! チュドドドォオン!

 混乱した魔術兵達が攻撃魔術を乱射。

 周囲は閃光と爆煙に包まれ。

 敵側だけ視界が狭まって――私の姿を隠してくれる。

 私は神々の残した戦鎧。

 クロガネの中で生まれたばかりの……煮え滾る感情。

 ……憎悪と殺意を抱え。

 クロガネの拡声機能を使い――――――――――――言葉に出来ない叫びをあげた。

『こ、後退しろ! ぜ、全隊後退! 後退しろぉおお!』

 私の叫びに続く――怯んだ指揮官の指揮。

 乱射される攻撃魔術の詠唱音。

 爆音と爆風。

 だが――どれも私が望むものではない

(――――誰か――――)

 私が泣きそうになった刹那。

 タタタァン!

 乾いた音が断続的に響いた。

 その音が響く度。

 兵士の頭部は真っ赤に弾け。

 次々と兵士達は―――糸の切れた木偶、昨年まで此処で舞った、祭り後の舞踊人形の様に崩れ落ちていく。

 天井からは、木偶を操るには不釣合いで太い線。

 縄が何本も垂れ。

 詠唱音より勢いと数を増した乾いた音に併せ

 …………黄金色の筒が雨のように降り注ぎ。

 キィインキィイン!

 金属の筒と床が奏でる……雨音を生み出し。

 翼なき彼らが縄を伝い―――真っ直ぐ―――迷いなく地上に舞い降りた。

 彼ら―――異世界人は武器を突き出す様に構え。

 彼らの人差し指が動き―――武器の先端が閃光を放った。

 タタタァアアン! 

 統制された武器の咆哮。

 閃光の明滅が場を覆い。

 武器から放たれた―――牙の群れが兵士達に群がっていく。

 咆哮が狂った詠唱音をかき消す中。

 異世界人の設置した通信具から……声が聞こえた。

『―――聞こえるか! 応答しろ! こちら義明! 黒鉄(クロガネ)に搭乗しているのはツバメか!? 聞こえるかツバメ! 助けに来たぞ! 全員撃ちまくれ!』

 聞き間違いようもない……無線機を設置した彼の声だ。

 彼の声を聞いた瞬間。

 私は涙を流し。

 無線機から溢れ出た銃声に包まれ。

 ……その場に崩れ落ちた。

 ◇◇◇

 

 ――約一年後――

 

 ――赤道付近 島嶼部――

 

 ◇◇◇

 夕焼けに染まる砂浜。

 そこには血潮を滾らせ。

 闘争心が駆け巡る躰を扱い。

 戦う者達がいた。

 攻める側は見るからに、夕陽を反射する装甲の群れ。

 お揃いの銀色の甲冑を着込み。

 お揃いの片手剣や短槍を構え。

 刃と穂先に覚悟を宿した群れは……陣形を組んだまま。

 砂上を駆けていく。

 その後方には腰に備え付けた筒。

 銀色の筒を左手で取り出して握り締め。

 間隔を維持しながら駆けていく集団が……兜から耳元に届く。

 ……………………声に耳を澄ましていた。

『――――後衛は射撃準備開始。各自の魔力残量に注意』

 カシャ! カチャカチャ! ブブゥウン! 

『構え!』

 集団は下された号令に従い。

 変形機構を備えた射撃兵器。

 うっすらと赤い霧を纏い……赤い光の弦を張りつめた。

 お揃いの短弓を構え。

 弓と弦の間に浮き出てきた――赤い光の矢を番え。

『撃て!』

 ヒュヒュン――赤い光の弦からは宛ら。

 エネルギー兵器を連想させる。

 炸裂する赤い光の矢を――ズガガン! 

 撃ち始めた。

『弓兵は歩兵を援護! 各自の判断で機動射撃開始!』

 弓兵達は砂上をジグザグに動き。

 赤い光の矢を撃ちまくる。

 ズガガン! 炸裂音が鳴り響く中。

 群れを構成する、全ての個体を喚起させるには些か、単純なフレーズだが、全ての個体が望む……魅力ある言葉が兜に響いた。

『総員突撃! 帝国に栄光あれ!』

「うぉおおおおおお!」

 それは精神操作魔術と訓練の成果。

 体と精神に染み付いた習慣で、効率的に脳内麻薬を分泌させ。

 戦意を高揚させた…………総勢、数百名規模の兵士達の姿だった。

 

 逆に守る側は見るからに、雑多な格好をした軽装備な者達である。

 その武装は兵士達と違い。

 雑多で賑やかな装いと言える。

 長さや使い込み具合、装飾も様々な剣や槍。

 兵士達と同じく、炸裂する色彩豊かな光の矢を放つ弓。

 火球や氷塊、雷撃を撃ちだす、魔法使いの使いそうな杖。

 各々が使い慣れた武器を巧みに扱い。

 各々が戦いの中で培った経験、戦技、手際の良さで兵士達を相手に……冷静に交戦していく。

 そんな彼らや彼女達の正体は、神々の戦いが終わった後。

 世界の復興を進める為、この世界に誕生した職に携わる者達だ。

 

 難易度も様々なモンスター退治。

 学者達の間でも、神々の戦いの影響なのかは意見が分かれる場所、不定期に亜空間と繋がる遺跡や戦場跡、そしてそこに生息する、モンスター類の調査。

 高額で取引される、神々の残した兵器類の残骸を発掘して、一攫千金に夢と希望を見出し。

 危険や見返りの幅も広い、冒険を生業とする。

 百数十名規模の冒険者、それも信頼と実績がある存在。

 実力と経験を備えた……上級冒険者の徒党だ。

 

 本来冒険者が主に交戦する相手は、モンスターや神々が残した遺物。

 終戦を忘れた、神々の残した自律兵器など。

 国家やその意思、思惑とは因果関係の少ない、遥か昔から世界に存在する脅威が相手だ。

 故に人間やエルフなどの亜人種を含む、広義における人々は主な交戦対象ではない。希に冒険者が賞金首を捕らえる為、傭兵稼業や対人戦を少人数で行う事もある。

 ただ、大規模に徒党を組んでとなると……その意味はだいぶ異なる。

 それはこの世界の秩序の軸が、大きく移り変わる、節目の時期。

 女神の座を目指す者達、その中でも女神になれる魔女(マギサ)と呼ばれる、女性達を中心に志や野心を抱いた参戦者達が、徒党を組んで世界中が戦う……戦国の世へ入る際の特徴だった。

 

<00話 参戦者>

 

「やぁああああああ!」

 若い叫びが何度も鳴り響く。

 夕焼けに染まる砂浜……そこには冒険者を思わせる集団。

 百数十名近い若者達が、敵を相手に戦っていた。

 彼らや彼女達が手に握り、振りかざす武器は長さやデザインも様々だ。

 それは剣や槍に始まり、火球や氷塊、光球を撃ちだす長杖や短杖。

 エネルギー兵器を連想させる、魔力矢を撃ちだす魔弓など。

 武器の種類や、殺傷能力の幅も多様だ。

 その一方、若者達が戦う相手。

 それは異世界でお馴染みの存在。

 スライムやゴブリン、オークなどといった。

 殺すのに躊躇が不要な、モンスターではない。

 同じ赤い血を流す『人間の兵士達』だ。

 銀色の金属製甲冑を装着した、完全武装の訓練された兵士達。

 その総数は数百名。

 兵士達の手に握る武器は、同型の剣や短槍が二割。

 樹脂感漂う黒い警棒の八割で統一。

 最前列の兵士達は、全身を隠せる長方形の盾を構え。

 防御体制は万全。

 まるで暴徒を制圧する、治安部隊の様な装備だ。

 だが、若者達と戦う決断をした指揮官が、戦場において攻者に求められる条件。

 攻者三倍の法則を満たした上で、戦術的に若者達を攻めている事は変わらない。

 そんな決断を下した指揮官の声が、夕焼けに染まる……戦場に鳴り響いた。

 ◇◇◇ 

『ぼ、冒険者達に警告する! す、速やかに武装解除して、と、投降せ、せよぉお!』

 砂浜に鳴り響く。

 拡声術式で増幅された、震える中年男性の声。

 その声を出したのは、兵士達の後方に控えた。

 数メートルはある人影。

 銀色の装甲を甲冑の様に装着した、ゴーレムだった。

 中には兵士達を指揮する隊長が、部下の若い隊員と二人で搭乗。

 隊長は只今、ガクガクと内部で震えている最中だ。

 そんな隊長が軍から受けた任務。

 それは隣国と帰属や宗教関係の問題で、係争中の島嶼部において発見された存在。

 魔力探知が困難な木造船に乗った、正体不明な武装集団の捕縛だった。

 この手の任務自体は、彼の部隊も持ち回りで担当しているので、受領した当初。……さほど違和感はなかった。

 どうせ、昔自分が対処した対象と同じ、信仰心を試す為に騒いでいる狂信的な信者。高値で転売できる、古代兵器の残骸目当ての盗掘に来る輩。

危ない稼業に手を染めた、冒険者の類いに違いないだろう。

 そう考えていた。

 だが、偵察部隊の報告を聞いた時。

 彼は違和感に気付いて……寒気を感じた。

 規模が百数十名と、これまで聞いた事もない規模だったからだ。

 しかも、百近い同様の武装集団が、同時に近隣の島嶼部でも相次いで発見されたからだ。

 その後の彼の行動は、オークの様な体格と違い。

 実に素早かった。

 彼は即座に指揮官の権限を最大限に行使。

 部下の装備を防御が充実した、暴徒制圧用に急遽変更。

 暇そうな他の部隊からも、応援を呼べるだけかき集めた。

 部隊の規模も当初の規模から、数倍の数百名に増員。

 自分は念の為、増加装甲を付けたゴーレムに搭乗。

 部下の冷たい視線に耐えながらも、安全かつ万全を期して出撃したのだった。

 その後は状況に危機感を覚えた、上層部も他の出動部隊に同様の措置を行い。

 準備が整い次第、出撃させていった。

 それは現場から叩き上げた彼の判断能力、行動の正確さを物語っていたといえるだろう。

『く、繰り返し警告する! 諸君の行動は、我が西ドルア帝国への敵対行為であるぅうう!』

 ドガガガン! 

 警告への挑発であろうか。ゴーレムには小型の火球が何発も着弾。

 冒険者達はゴーレム内部にいる、隊長の耳元に騒音をお届けしていく。

 だが、増加装甲の前では、その程度の攻撃は……威力不足もいいところだ。

『ぁあちくしょう! お前らどこの国の冒険者だぁああああ! こっちが下手に出ているからって調子に乗るんじゃねぇええ!』

 流石に内部の隊長は怒り、言葉も荒くなっていく。

 だが次の瞬間。

 ゴーレム内部に大量の警告音が鳴り響いた。

 その警告音は、彼の感情のベクトルを別の方向へ急転換。

『警告! 高魔力反応を検知! 大型魔力弾来ます!』

 足元の席で職務に励む部下の報告も危機を伝え。

『いやああ! そこの武装魔術士さんお願いだから! 爆発系の魔力弾は撃たないでぇええ!』

 隊長の生存本能を言葉という形で表層に引きずり出した。

 ゴーレムに目掛けて放たれたのは、白い光球。

 それもゴーレムを一撃で葬れる、魔力弾であった故。

 ゴーレムに搭載した、魔力警報装置も反応……隊長は死を覚悟した。

 だが、魔力弾はカクっと軌道を下方へ変換。

 グゥウウウン!

 魔力弾は、兵士達の構える盾スレスレを掠め。 

 軌道を上空へ変更。

 チュドォオオオン!

 ……盛大に上空で炸裂した。

 それが合図になったのだろうか。

 火球や氷塊、ビーム兵器っぽい攻撃。

 魔力矢も兵士達の盾に殺到。

 ボカスカと盾に弾かれ。

 上空で次々と炸裂。

 最早、この砂浜は花火大会の様な光景だ。

 ――ゴーレム内部――

(死ぬかと思ったじゃないか! てかよ……なんで逃げ場のない『聖域』に冒険者連中がこんなに集まっているのよ!? マジで勘弁してくれ……訳わかんないよ。モンスター退治や盗掘……ましてや参戦者なら、大陸で派手にやってくれないかな! 海軍はお隣のマウラーレ王国と何世期も揉めているから忙しいのじゃぁああああ!)

 複座式の搭乗席の後部座席には、疲れきったオークっぽい物体。

 人間のおっさんがいた。

 おっさんは拡声術式で、叫ぶ事に疲れた隊長。

 隊長は映像術式で、外部の花火大会な状況を見つめ。

 頭の中で――情報を整理して、ある事に気付いた。

(…………これは囮だな…………『本命』はどこだ?)

「隊長! 上空を通過する友軍の機影を確認。数は30機! 速度や魔力反応のパターンからして、特殊部隊の強襲ゴーレムと思われます」

 前席の若い搭乗員が、ゴーレムの光学センサーが捉えた報告を上げた。

「あ~あ、そっちが本命だろうな……ったく、仕事熱心な連中だぜ」

(強襲ゴーレムって事は……戦闘狂の巣窟じゃないか……上は本命の目標を殺す気満々だな)

 色々と察しのいい隊長。

 彼が見る映像、それは彼が司令部に頭を必死になって下げ。

 何とか兵士達に持たせた装備。

 高レベルの魔力防御措置が施された盾に魔力弾が弾かれ。

 打ち上がる花火大会。

 その遥か上空を横切る……強襲ゴーレムが刻む。

 30本の白い軌跡が映っていた。

 この時、上空を通過する強襲ゴーレム。

 白い軌跡の矢尻とでも言うべき、先端部。

 そこでは察しのいい隊長の読み通り。

 殺意をフル充填した、戦闘狂達が獲物へ向かい。

 

 その頃、別の島嶼部でも冒険者と兵士達が……死闘を繰り広げていた。

 

 ◇◇◇

 

「ぎゃぁあああああああ!」

 短弓を握っていた一人の兵士が絶叫。

 ジタバタと砂上で転げ回っている。

 その傍らには持ち主を失い。

 砂上に落ちた短弓が転がり。

 そこに張り詰めていた、赤い光の弦は霧になって、消え失せていく。

 兵士は何かに腹を貫かれ――腹部が爆破。

 腹から…………ブスブス…………脂を含んだ煙を昇らせ。

 真っ赤な臓物を……乾いた砂上にぶちまけていた。

「うぎょぁああああああああああああああああああああああああああ!」

 兵士は赤子の様に足掻き。

 吹き飛んだ甲冑を臓物や血潮。

 砂と混ぜ合わせ。

 乱雑さという衣に包まれ。

 亡骸へと近付いていく。

 産声がこの世に秩序が増える、響きだとすれば。

 絶叫は秩序を壊す響きだ。

 普段は人も訪れない静かな島。

 この世界で聖域とされる島の砂浜は、人型の秩序を壊す事に特化した空間。乱雑さの生まれる舞台、戦場という名のゆりかごへと変貌していた。

 ◇

「そいつはもうダメだ! 負傷者を優先しろ!」

「了解!」

 爆音と叫びの混ざった、戦場。

 そこで五体満足に動く二人の兵士。

 周りは仲間の死体と肉片だらけである。

「急げ! ここだと『本当に』死んでしまうぞ!」

 前線では兵士達に死傷者が続出。

 何とか動ける二人の兵士達は、この世界では簡単な通信手段。

 魔力波を使った、兜に装填された受信専用術式で後退命令を受け。

 行動を開始していた。

 腹部や下半身が吹き飛び悶え。

 血塗れで死にゆく、数名の仲間を見捨て。

 なんとか四肢が残り、負傷して意識が混濁している、一人の仲間を引きずり……退避行動を取る、二人の兵士達の視線。

 その先には、この世界で軍艦の装甲にも使われる素材。

 海竜の鱗を重ねて貼り付け。

 砂上に構築された、黒い砦が映った。

「なんで冒険者如きが……野戦築城している!?」

「どうせ軍人崩れが、混ざっているとかだろ! 急げ!」 

「ちっ! あんな砦如き……ゴーレムが在れば砲撃で潰せるのに!」

 兵士達は軍の主力兵器である、大型の人型機動兵器。

 ゴーレムの火力支援がないまま。

 この戦場に対人戦用の装備で投入されている。

「それにしても! 連中がここ(聖域)でボカスカ魔力弾や魔力矢を撃ってくるのは、例の捕獲対象が原因か!?」

 兵士達は装備した甲冑に装填したエネルギー源。

 魔力を攻守共に使っている。

 特に魔術兵の類である、弓兵は魔力消費が激しい。

 ましてや兵士達だけでなく、冒険者達も恐れている聖域と呼ばれる場所。そこでの魔力消費の激しさは尚更だ。

 だが、この冒険者達は何かが違う。

 特に火力が桁違いだと、兵士達は戦場の渦中で、身を持って感じていた。

「ああ! 女神になりたい何処かの『魔女』が湯水のように魔力を分けているとか……参戦者どもは贅沢だぜ!」

 兵士達の作戦目標は、一人の魔女を生け捕りにする事。

 魔女の捕縛命令を受けてこの砂浜。

 聖域とされる、島嶼部に派遣されていた。

 何も殺すだけなら、こんな面倒な上陸作戦など不要だ。

 軍艦やゴーレムが発射できる、大型魔力弾による艦砲射撃、砲撃で殲滅すればいい。

 だが、上の命令は軍人にとって絶対。

 ……例えそれがどんなに理不尽で、矛盾があっても、守らねばならい掟だ。

「もたもたするな! 冒険者の魔力矢に――!?」

 兵士達の視界に赤い光線が走ったその直後。

 ズドン!

「ぎゃぁああああ!」

「大丈夫か!?」

「くそ! これじゃいい的だぜ!」

 砦に潜む、冒険者の魔弓が放った攻撃。

 魔力矢の爆風が負傷した兵士に痛覚を与え。

 苦痛の中で意識を目覚めさせ。

 兵士達に砂塵の波を被せていく。

「げほっげほっ! ゴーレムや戦艦の支援砲撃が在れば、あんな砦一発で潰せるのに……なんで戦艦が……即効で沈められているんだよぉおおおおおおおお!」

 兵士達が向かう先の洋上。

 そこでは黒煙を上げ。

 …………沈みゆく影があった。

 戦艦が四隻、揚陸艦二隻と搭載した機動兵器である、主力兵器のゴーレム約百機。

 何とか発艦したのだろうか。

 上陸前に敢え無く撃破されたゴーレム約数機が……漁礁にクラスチェンジの最中だ。

 生き残った乗組員は救命艇に満身創痍で満載。

 仲間の水死体がプカプカ浮かぶ中……………………敗北の空気が洋上に漂う有様だ。

 ただ、その空気は上陸した兵士達の多くも味わっている最中だった。

 彼らは後退を余儀なくされ。

 浅瀬の水面を仲間の血潮で真っ赤に染め。

 凹み潰れ、抉り取られた、無残な甲冑の一部をプカプカと波間に漂わせ。母艦を失ったが……ギリギリ安全圏内にある、野戦病院状態になった小舟。

 揚陸艇の群れに引き返していく。

 戦況は守る側である、冒険者が数の面で不利だが。

 冒険者達は強襲揚陸艦隊を撃沈させ。

 上陸された砂浜では、事前に設置した冊や障害物を使いこなし。

 兵士達の持つ数の威力と、突破力を削ぐことに成功している。

 そう、冒険者の側は事前に色々と準備。

 対策を用意していたのだ。

 

 この瞬間、策に嵌った一人が、一隻の揚陸艇の中で苦痛を味わっていた。

 

 ◇

 ――揚陸艇内部――

 ズドン!

「ぎゃぁああああああああ!」

 波音に紛れ。

 砂上で発生する爆音と悲鳴。

 遠くから剣戟が聞こえる、揚陸艇の群れ。

 その一隻は血塗れになった、顔以外の全身を緑色の鱗に覆われた重傷者。

 一人の女を治療する為に使われていた。

 甲板には彼女が着用していた、深緑色の仮面が割れた状態で右半分を残して転がり。

 体を覆う緑色の鱗も所々が無残にも砕け。

 彼女の流す真っ赤な血潮と肉片が混ざったまま…………転がっている。

「体重を乗せて抑えろ!」

「了解!」

 兵士達は暴れる重傷者を数人がかりで、甲板に抑えつけていく。

 それは顔面が血塗れになった、重症の女だ。

 その脇では指示を飛ばした者。

 水色の魔導甲冑を纏った、初老の魔術衛生兵が叫んだ。

「ガルーシャ! いい加減にしろ! これじゃ貴様の治療に専念できんぞ!」

 衛生兵は短杖を左手で握り締め。

 短杖の先端には小型魔法陣を幾層にも、飛竜の角のスライスに刻み。

 魔液として精製利用される、地竜の血で球体状に固めた結晶。

 緑の魔結晶を……ガルーシャの傷口に向けている。

 この特殊な環境、聖域で使えるように自ら最適化した上。

 左腕に頑丈な海竜の髭でグルグル巻にして付けた装置。

 ウェルテックスに装填した、回復魔術を宙に浮き出た光る文字……魔術項目から選択。

 右手人差し指で項目に触れ。

 左手で握り締めた短杖を発動媒体として女に――回復魔術を照射。

 緑色に輝く霧が…………重症の女に降り注いでいく。

「ぎゃぁあああああああああああ! いてぇええぇえ!」

 だが回復魔術は彼女に苦痛を与えてしまう。

 その答えは心当たりがある、魔術衛生兵が口から漏らした。

「やはり此処も聖域の中じゃからの~鎮痛術式は壊れて使えんの~おい! 煩いからその辺に転がっている甲冑でも咥えさせておけ!」

 甲冑を拾った兵士が布を充てがい。

 暴れるガルーシャに咥えさせた。

「ちくしょうぉおおおおおおおもぉおごぉおお!」

 回復魔術と一緒に痛みを味合う彼女。

 ガルーシャは西ドルア帝国の国教、正ドルア聖人教会が保有する軍事部隊。汚れ仕事全般を非公式に行う、特殊部隊に属する一人だ。

 顔以外の全身を覆う鱗は、後天的に生体改造を施され。

 ……生き残った証。

 彼女の任務は、女神の代理人を支える国際組織『救済教会』に悟られない様に動く隠密対応。

 禁じられている、女神の代理人を決める戦い『救済戦争』に参加する、参戦者への事前妨害工作だ。

 その中でもガルーシャは敵陣営の中核になる者、主に女性の参戦者である魔女。

 女神を目指す者達、その可能性のある者達への……暗殺が主な任務だ。

 だが今回、その任務は盛大に失敗した。

 それは工作対象が生まれた時から、参戦した女性以外で、自他ともに魔女(マギサ)と呼ぶ存在。女神の代理人を決める戦いへの参戦を掟で自主規制している、この世界で最強の種族。   

 ……魔族の少女であった事。

 そしてその少女が、人々の間では禁呪である、転移の魔術を使い。

 異世界から召喚した仲間、異邦人と徒党を組み。

 参戦の妨害を試みた、特殊部隊を毎回、返り討ちにしては一年以上も逃走。

 遂には女神の代理人を決める、戦いに参戦してしまったのだ。

 この結果に業を煮やした、正ドルア聖人教会の上層部は、特殊部隊の中でも精鋭部隊。

 切り札である、ガルーシャの部隊を投入。

 遂にガルーシャも私の出番、仲間達を殺した連中への報復も出来る流れに喚起。

 だが、下された命令内容は彼女の得意分野、暗殺から外れたものだった。

 魔族への敵対行為を恐れた、正ドルア聖人教会の上層部が躊躇した結果、殺傷行為を厭わない対象の『身柄の確保』という……無理難題であった。

 その結果、満足な武装も出来ずに投入されたガルーシャの部隊も、見事に返り討ち。

 ガルーシャは異邦人が笑いながら発射した、武器の連撃と爆発で全身に重症を負い。

 ……………………鎮痛無き治療の最中だ。

 ガルーシャは足掻き。

 歯形の刻まれた咥えた甲冑を吐き出し。

 血涙を流し絶叫。

「ぎゃぁあああああああ!」

「抑えろ!」

「了解!」

 洋上でも爆音が激しさを増してきた。

 魔力弾や魔力矢が洋上にも、着弾を始めたようだ。

 揚陸艇は激しく揺れ始め。

 ……ガルーシャの身も心も揺れまくった。

(ちくしょぉおおおお――――――――絶対にあの魔女だけは! 私がぁああああああああ!)

 痛みと憎悪にも内部から揺らされ――――――――ガルーシャは暗殺対象の名を叫び。

「マギサぁああああああああああ絶対に殺してやるからなぁああああああああああああ!」

 白目を向き……口を開いたまま。

 痛みに耐えかね意識を失った。

「やっと静かになりおったか! 元々改造人間は魔術が効きにくいから、治療に手間が掛かりすぎるわい!」

 ……衛生兵はそう一言漏らすと、ガルーシャの傍の甲板に片膝をつき。

 阿鼻叫喚の顔芸をした……ガルーシャの治療を続けていく。

 

 その頃、砂上の一角でもまた、別の悲鳴が上がっていた。

 ◇

「うぎゃぁああああああああ!」

 冒険者が設置した、障害物の岩影から獲物を狙い。

 片手剣を構えて飛び出した一人の兵士。

 だが――兵士は体を穿つ複数の火球の直撃を受け――内部から人体発火。断末魔の叫びを上げ。

 炭と脂混じりの煙を上げる肉塊に変じ。

 悶え苦しみながら踊って……ドサッ……砂上に崩れ落ちた。 

 兵士は神々の残した技術。

 攻撃魔術の餌食になったのだ。

 それは飛び出してきた兵士を冒険者の眼が捉え。

 兵士の斬撃より早く右腕を構え。

 敢えて近接攻撃用に威力調整した上で、腕に事前装填した魔術。

 戦いに慣れた上級冒険者や賞金稼ぎが使う、少し危険な手法。

 暴発寸前にまで魔力を込めた、火球(ファイアボール)数発分を無言で同時発射した。

 ……ブシュゥウウ……当然の結果だった。

「ああ、ああああ!」

 神々も多用した、攻撃魔術で兵士を瞬時に殺害した者。

 それは震える細い左腕で片手剣を持ち。

 剣士系の冒険者の少年に偽装していた。

 ……黒い短髪をした魔術士の少女だった。

「うぉおおおおおおお!」

 砂塵の舞う中。

 岩陰からは、仲間を殺され。

 編成員数を減らした者同士が集まり、臨時編成した数十名の兵士達。

 およそ一個小隊規模が叫び。

 片手剣や短槍を構え。

「舐めやがってぇえええ!」

「ぶっ殺してやる!」

 まともな指揮統制もないまま。

 少女めがけて突入。

「きゃぁああああぁあああああああああああああああ!」

 少女は叫び。

 片手剣を投げ捨て――――笑顔で――――後方に走り出した。

 少女が走るのは後方の両脇で山積みになった障害物。

 木箱の作り出した空間。

 一本道目掛けての全力疾走である。

「うぉおおおおおおお!」

 兵士達は集団となり、突破力を生み出しつつある。

 だが、その突破力に意味は無かった。

 ズボン!

 兵士達は木箱の作り出した、狭い空間に駆け足で踏み込んだ瞬間。

 彼らの視界には砂塵と小さな白い欠片が舞い。

 自分達の視界の――上で真っ直ぐに伸び……砂粒がこぼれ落ち。

 太い丸太の上を走っていく――元気な少女の後ろ姿が映った。

 そして、自分達が落とし穴に落ち。

 網に絡められながら、将棋倒しになっていく事を感じ。

 穴の先にある、小さな丸い穴から……閃光が明滅を始めたのだった。

 ◇

 ――数十秒前――

 ◇

『――――各員に戦況を報告する。我々を追撃してきた暗殺部隊は、遊撃隊が殲滅。一名だけ逃げ延びたようだが、グレランの爆風で吹き飛ばされ、生死不明――――まて、こちらHQ、帝国兵がラビットに食いついた。大穴に直行中。歓迎してやれ。戦果は我々が目視確認する。大穴まで5,4,――――』

(…………マジで来たか!)

 俺は骨伝導スピーカーでロボット物のアニソンを聴き。

 ヘッドセットから聴こえる、HQの戦況報告をラジオ替わりに戦意を高めたまま。

 木箱を椅子がわりに使い……この瞬間を待っていた。

 今の俺は宛ら、夜の海で釣り糸を垂らし。

 獲物を待つ釣り人……だろうか。

 色々な思考が始まるが――先ずはやるべき事が……俺にはある!

 バリバリ! ズシャァアアア!

 前方の天井だった、発泡スチロールが砕け。

 砂粒と擦れる音が波の様に響いた。

 俺が覗く穴の先に伸びる緩い坂道。

 穴の底には砂煙と地上の光が差し込み。

 転落した兵士達が見え。

 俺はそれを合図に――――ビカッ! チカチカ!

 小さな丸い穴に向けたフラッシュライトを何度も明滅。

 兵士達は思わず眩しさで目を閉じ、手が動く者は顔を隠してしまう。

「すぅ……」

 俺は大きく息を吸い込み……グッ……腹筋に力をいれ。

 装着したヘッドセットと無線LANで接続した機械。

 小さな丸い穴『銃眼』の下に設置した、拡声機で英単語混じりの日本語を叫び。彼らを盛大に歓迎した。

『兵隊さんゴールぅううううううううう!』 

「!?」

 多数の敵を仕留めようと試みる際。

 敵の群れの動きを一瞬でも長く。

 怯ませるのは重要だ。

 だが、既に便利なスタングレネードの類い。

 待ち伏せ攻撃に最適な兵器。

 クレイモア対人地雷はここに上陸する前の戦い。

 戦災孤児を拉致して、人身売買をしていた生ゴミ。

 異世界のエロ豚枠でお馴染みの存在。

 オークの犯罪組織相手のクソッタレな市街戦で品切れだ。

 敵を怯ませる必要性、残り少ない銃弾で無駄弾を撃てないからこそ。

 俺の頭と闘争心は敵との遭遇。

 一期一会の挨拶をするべく。

 余った発泡スチロールの箱と、現地調達した漁網をスタングレネードの代用品に変える工夫。

 ……罠の設計図を脳内から捻り出した。

 その設計図である元の記憶は、昔見た深夜のお笑い番組。

 間違った選択をした、タレントが発泡スチロールの壁を突き破り。

 泥沼に突っ込むといった、内容だっただろうか。

「くそったれがぁああ! 眩しすぎるぞ!」

「――――間違いない例の異邦人だ!」

「いてぇえええ! 腕の骨がぁあああああお前ら全員――――」

(……魔女に施された翻訳魔術で連中が何を言っているかは……大体分かった)

 だがそんなのは全て無視だ。

 俺は翻訳していない状態で一方的に叫び。

『無事ゴールした皆さんにはぁああ漏れ無く! 地球の特産品をプレゼントだぁあああ!』

 俺は銃眼に銃口を突き出した銃――ジャキィイン! 

 銃身下部のハンドガードに装着した、フラッシュライトが猛烈に自己主張する銃、ミニミ軽機関銃のボルトを引き。

 ガングリップを握り締め。

 銃爪を――グッ――人差し指で絞込み。

 俺は機銃弾の豪雨を放った。

 タタタタタタ!

「ぎゃぁあああああああ!」

『オラオラ! 残さず受け取れや糞共がぁああああああああ!』

 マズルフラッシュの閃光。

 フラッシュライトの明滅を浴び。 

 発泡スチロールと破片混じりの砂塵の中で踊り狂い。

 肉片へ変わりゆく兵隊さん御一行。

 彼らはこの世界で大国に相当する『西ドルア帝国』の兵隊。

 世界の半分は今のところ、彼らの『友達』だ。

 ……俺達はそんな連中を相手に喧嘩を売っている。

 そう、ここは剣や魔法、モンスターが当たり前の異世界。

 そして俺達はこの異世界に迷い込んだ、地球からの漂流者達……その生き残りだ。

 だが漂流者なのも『色々あって』今日で終わりだ。

「こちら大穴、攻撃終了。ラビットと合流後、広場に後退する」

 攻撃の終わった俺は、HQに状況を報告。

 微かに震える指先で……フラッシュライトのスイッチを切った。

『HQ了解。義明さん、ここからの眺めは最高ですよ。軍艦が漁礁になっていくのが絶景だ!』

 俺は悦に浸っている、HQの連中に不安を覚えたが交信を続けた。

「了解、後で録画映像を見せてくれ」

『HQ了解、帰るまでが遠足だ。通信終了』

 小規模とはいえ、俺達は部隊行動をしている。

 故にHQの略称で呼ばれる、本部の類いは必要だ。

 その辺は特殊部隊並みの経験と技能をお持ちの仲間。

 上級冒険者達も手際がいい。

 俺達に合わせて、無線機の使い方を覚え。

 積極的に連携してくれるので助かっている。

 彼らもリアルタイムの通信と連携の重要性に関しては、過去の経験を通じて実感しているのだろう。

 無線と似たような道具、魔力波通信機もあるそうだが、高価すぎる上。

 各国の軍が製造と流通に規制をかけているから、先ず冒険者程度では使えないそうだ。

 それ以前に『敵に居場所を知られるような道具は』使いたくないとも、軍人上がりの上級冒険者の一人が、酒の席で言っていた。

 なんでも話によると、地球の対レーダーミサイルみたいな、遠距離攻撃魔法があるようなので、違法な魔力波通信をしていると、自殺志願者と変わらないとの事だった。

「よいしょ!」

 俺は起き上がり。

メタルリンクで繋がった機銃弾を収めていた箱。

 ボックスを捨て――ガチャ――念の為にと、仲間に持たされた予備弾倉。

 自動小銃用のボックスマガジンを装填。

 俺はミニミ軽機関銃を抱え。

 匍匐前進で後ろのトンネルに後退。

 トンネルの先には……丸い光が見える。

 このトンネルは円柱状に出来ている。

 素材は現地調達した、よく分からない金属素材のスクラップだ。

 冒険者連中が言うには、大昔の神々が使っていた船の素材らしく。

 運ぶのに手間取るが、高く売れるそうだ。

「しかし……なんだ……これじゃまるで俺が」

(……………………弾丸みたいだ)

 そう思った瞬間、俺は外の夕陽を浴びた。

 砂まみれになった、砂漠戦仕様の迷彩服と防弾ベスト。

 腹部のポーチには予備の弾帯が数百発。

 そして背中には予備の弾薬約1000発を満載した、アイアンマンシステムを背負い。デザートブーツを履いた。

 30代も半ばの、無精髭の生えた男が――バシャ! 

 海水と砂に薄く包まれた、磯臭い石畳の空間に降り立った。

 ……水深は足首まで位だ。

(結構な重量の装備だが、全然重さや疲れを感じない……筋力増強魔術と結晶に感謝だな)

 俺は仲間の魔女が掛けてくれた、筋力増強魔術。

 そして俺の意思で、参戦者の集う場所。

 この世界の教会の大神殿に今も残る……黒き炎に手を入れ、掴んだ青い結晶。

 茶色い飛竜の髭でペンダント状にして……胸元に忍ばせた参戦者の証『女神の欠片』などと呼ばれる、魔術結晶が持つ効果、魔術装填の性質に感謝した。

 魔術を覚える素養が無い者達の大半、俺達みたいに異世界からの転移者は、過去の参戦者が残した未回収の証や、神話時代の魔族が残した、似たような道具を使うそうだ。

 俺は過去にどんな奴らが、参戦したのかを思いつつ……目の前に広がる廃墟群を眺めた。

(ラグーンの中に建てられた……………………摩天楼が聳える水上都市の廃墟か)

 この辺りの島嶼部は、この世界で聖域と呼ばれる、大昔の戦場跡だ。

 魔力が使いにくい環境であり、人々から畏敬の念を持たれながらも、復活無き本当の死が訪れる『死者蘇生魔術などというチート』が使いにくい環境特性から、恐れられている場所の一つ。地球人の感覚で言えば、地雷原やネトゲのPKゾーンみたいな場所だ。

 国や地域によっては、死刑制度の変わりに、こういう場所に意図的にモンスターを放流して、凶悪犯の流刑地として、積極的に利用しているとの話である。

 逆に凶悪犯やテロ組織が逃げ込み、拠点を構えたりするのも、自然な流れみたいだ。

 場所によっては、未知の亜空間と不定期に繋がるようで、更に危険度が高い場所もあるそうだ。

 蘇生魔術は一万数千年前、この世界で起きた、神々や魔族の戦争が終わる際。

優しい神々の生き残りである神様、優しい女神様とやらが原材料……蘇生魔術の触媒になって、この世界に生まれた魔術らしい。

(各種族で全く同じ神話を共有しているのは……不思議だが……要は)

 国民的なRPGでお馴染みの光景。

 棺桶を引きずって教会まで行って、有料で復活させるか。

 僧侶の運と確率に任せる中途半端な呪文か。

 賢者のレベルをガンガン上げて、確実に復活させる呪文。

 或いは一枚しか手に入らない、復活が確実な葉っぱ。

 別のRPGなら道具屋で売っている、不死鳥の羽的なアイテム。

 そんなチート能力の類いが現実として、生活の一部になっているのが、この世界だ。

 そんな歴史的経緯と秩序がある故。

 この世界の人々が、こういう場所で戦う事は本来なら、最大限避けられている。

 だがそれも……世界規模で決着をつけないといけない状態。

 深刻な事案が発生すれば別だそうだ。

 チート能力である蘇生魔術の管理をする組織。

 救済教会のトップである、新たな女神の代理人を決める、戦いの期間。

 救済戦争と言う名の、世界規模の大戦を除いての話だ。

 其の辺の事情は、平時と戦時の倫理観の違いといった、そんなところだろう。

 確かにいつまでも戦争していたらダメだし、ケリをつけるなら自然と――ん?

「義明さん! 私マジで怖かったよ!」

 背後の頭上から俺を呼ぶ少女の声がした。

「ツカサ、お前は元陸上部で、日本人初の魔法少女だろ。ビビリ過ぎ」

「違うぅうう! 私は魔術士です! 魔術士!」

 この子は松沢ツカサ。

 約一年前に起きた、同人誌即売会の夏期会場で起きた事件。

 原因不明の『コミバ参加サークルブース消滅事件』で消えた、行方不明者の一人だ。

 実際には、今では俺達の仲間になった、魔女が使った魔術。

 異世界転移魔術の実験に巻き込まれた、被害者の一人である。

 俺や他の仲間も異世界転移に巻き込まれたのは同じだが、ツカサの場合は事故に近いと、異世界転移の実験を行なった魔女は、申し訳なさそうに語っていた。

 因みに俺やツカサ以外の仲間は事故ではなく。

 仲間になった魔女が笑顔で『狙った』と言っていた。

「それより広場に急ぎましょう! みんなが――」

 そうだった。

 俺は敵兵を罠で始末したら、摩天楼の残骸が何本も聳える。

 水上都市廃墟の入り口。

 広場まで撤退する事になっている。

 そう、仲間達。

 魔法少女とでも言うべき、女神を目指す魔女達。

 彼女達と合流してそのまま……地球……第三次世界大戦中の日本に転移する、手筈なのだ。

 正直なところ、この世界よりは、地球や転移先にある。

 とある場所……魔族の伝承に残っている『亜空間』の方が、遥かに安全圏内の可能性があるのだ。

「あ! 師匠ぉおお!」

 ツカサが会話を中断して足を止め。

 満面の笑みで、両腕を喜ぶ犬の尻尾のようにブンブン振り出した。

 俺達には夕陽を背に飛行してくる人型。

 セクシーな女性のシルエットが映り。

 ……スタッ……パシャ! 目の前に美女が降り立った。

 美女は双剣と見違える、ピンクのツインテールを従え。

 銀糸の刺繍が施され、黒いチャイナドレスに似ているデザインのドレスを着込み。

 同じく黒いヒール状の靴を履いている、雪のように透き通る肌と真紅の瞳をした。

 俺達の仲間の一人だ。

 彼女はツカサに攻撃魔術を教えている師匠だ。

 ニコッ――彼女は笑顔で俺達や、周囲を見ると――話しかけてきた。

「二人共無事なようね。さてと、ちょっとどいてなさい!」 

「ミリサ、敵なら俺が――」

「手緩いわよ! 火力不足は私が補うわ!」

 そう言い放つとミリサは俺達を押しのけ。

 俺が這い出てきた穴に片腕を入れ。

 口を開いた。

「爆ぜろ!」

 俺がその声に震え。

 ミリサの瞳に急激な鋭さを感じた。

 次の瞬間。

 穴が――カッ――白い閃光を放ち。

 ズガァアン! 轟音が生まれ。

 火柱が穴の向こう側で立ち昇った。

「うぉっ!」

「師匠やり過ぎですよ!」

「いいのよこの位で……これで時間稼ぎにはなるでしょ……それにしても、聖域は魔力が使いにくいから嫌ね~二人共、ここは私に任せて、お嬢様のいる広場に行きなさい!」

◇

『こちらHQ、ミリサの火力支援開始を確認。各員は警戒を維持しつつ、転移への準備を――』

 轟音の直後。

 水上都市の廃墟と化した、摩天楼に潜む地球人の仲間。

 観測班も兼ねた、HQの通信が翻訳魔術を介し。

 ……私の脳内に流れてくる。

 彼らの使う言語。

 今では日本語が、翻訳魔術無しでも少しは分かるが、漢字が厄介だ。

 種類が多すぎる上に書くのが大変だ。

 地球人の彼ら、日本人も読むのは慣れているが、いざ思い出して漢字を書けと言われたら悩み……彼らの携帯型端末である、スマホを使って漢字を調べていた。

 故に私は翻訳魔術とその開発者である、神々に感謝する次第である。

それにしても、この広場からでもよく見える程……砂丘の方では馬鹿でかい。火柱が出来ていた。

 私と同じ魔族で、魔力量に余裕のある、私の乳母。

 ミリサの攻撃が始まったのだ。

 こうなると、帝国兵が全滅するのも、時間の問題だ。

 バリボリムシャムシャ! 時間の問題といえば、こちらもそうだった。

……甘い香りを漂わせ。

 ゴブリンの様に菓子を食べる、隣の友人の咀嚼音。

 その響きの変動から察するに菓子の残量も時間の問題だ。

 確かに彼……義明達の故郷。

 地球のお菓子は美味しい。

 そして何より包装用紙の絵が……かわいい。

 私としては、保護した戦災孤児の心の傷を癒すのに、役立っているのも有難い。

「ごちそうさま~」

 私は菓子を食べ終えた友人と視線が交差。

 友人はかわいい笑顔を浮かべ。

 唇の周りに口紅のように付いた、チョコを地球人提供の道具。

 ウェットティッシュをゴシゴシ使って拭い。

 口を開いた。

「マギサ~荷物は転移完了だよ。後は人員を送るだけ~」

「ツバメの魔力量はどの位余裕がある? 戦闘が可能ならミリサに加勢してきたら?」

「う~ん」

 私の隣の宙には、身体のラインが浮き出る、際どい意匠の民族衣装を着た。

 黒髪の短髪がかわいい、小さな妖精族の少女。

 ツバメが無音で浮いている。

 床には食い散らかした、お菓子の破片や包装用紙。

 炭酸飲料の空き缶やペットボトルが散乱。

 この辺は義明達の武器である、銃も使うと空薬莢が散乱するから似ている。

 お菓子であれ、武器であれ。

 同じ世界の生まれである事を感じてしまう一瞬だろう。

 ツバメは私の学友で腐れ縁。

 今では共に同じ陣営で、女神の代理人を目指す魔女仲間だ。

 彼女の里が壊滅した後は、だいぶ落ち込んでいたが……今は私の彼。

 遠近義明に懐き……だいぶ元気になったから……安心だ。

 今のところ、私達の陣営が勝利を取った際、誰が女神の代理人。

 救済皇の座に一番初めに誰が着くかは、まだ決めていない。

 過去の歴史では、勝利した陣営内で少人数、しかも短命な人間しか魔女が残らず。

 人々が四半世紀も待たずに、再び戦乱に突入した事もあった。

 中には、人々の間では禁呪である、転移の術を使い。

 異世界に転移したまま……未帰還の参戦者や陣営も存在する。

(きっと……帰り方を考えてなかったとか、なんだろうけど。それが原因で転移の術が禁呪になったとか言われているけど……真相は分からない)

 さて、そんな参戦者の一人である――私達が片手で触れ。

 魔力を注ぎ込むのは、広場の中央部で青く輝き。

 静かに回転を続ける魔法陣。

 神々の残した太古の魔術……異世界へと通じる転移陣である。

 私は魔族だから、人々の定義から若干外れると認識しているので、禁呪だろうがお構いなしだ。

 勝つ為の手段は選ばないとツバメと……転移の術を授けてくれた亡き母に……私は誓ったのだ。

「そうだね~」

 ツバメが声を漏らした。

 ツバメは背中から生えた、虹色の四枚の羽を少しばかりパタつかせ。

 妖精族特有の悩む、仕草をすると口を開いた。

「流石にミリサと一緒に戦う程の魔力量は残ってないな~後は人の転移に使うので限界かな。やっぱり~里から持ってきた兵器類、特に『黒鉄』を転送するのに魔力を使いすぎたのが、大きいよ~」

 確かにツバメの里から、私達が持ってきた珍しい兵器。

 売りに出せば確実にひと財産築ける、使用可能な古代兵器は転移させるのが大変だった。

 余程強力な未知の対魔力対策が施されているのだろう。

 転移させるのに、私達は魔力をかなり消耗した。

 それ故……ツバメや私がお菓子を大量に食べるのも……仕方ないのだ。

 パリッ! ゴクゴク。

 私は軽くポテチを齧り、炭酸飲料を飲むと話を続けた。

「確かに馬鹿でかいゴーレムの基本素材と、人間サイズの鎧が同等の魔力消費って滅茶苦茶よ」

 本当は洋上で沈めた軍艦が一番無防備な状態。

 軍港で停泊中に軍人上がりで、多少は汚れ仕事も請け負う、上級冒険者を使い。

 強襲して軍艦を奪取。

 ゴーレムを何体か鹵獲した後。

 先に私達がゴーレムに乗り込んで、この聖域まで飛行させ。

 ゴーレムを分解してから、先に地球に転移している仲間に届け。

 そのまま私達も地球に転移するのが、作戦だった。

 だが、軍港近くの研究所付近のスラム街のゴミ捨て場で、山積みになった……内蔵を抜かれた形跡がある戦災孤児の遺体を多数発見。

 同時にまだ生きている、戦災孤児達が研究所に運び込まれていくのを見つけた事で、作戦は急遽変更。私達は人命救助を優先した。

 だが、既に過ぎた事は仕方ない。

 子供達を助けると言い出したのは、強襲作戦を立案して急遽変更した彼、地球人側のリーダーが言うように『子供を守るのは大人の責務』だと私も思う。

 実際、上級冒険者の面々も賛同して、その後は私達の陣営に参加しているのだ。

 先を見据えれば、彼の決断は最適解なのかもしれない。

「ツバメ、貴方は子供達を先に転移させて」

「まぁそうなるよね!」

 ツバメはそう言い残すと、近くの廃墟の壁の間に貼られた、天幕に向かって飛んでいく。

 そこは、保護した子供達が積み重ねた土嚢の近くに集い。

 義明達が提供した、非常食用のお菓子を……笑顔で食べている。

 その中心ではアクシデントにより、黒い猫耳と鍵しっぽを生やし。

 ポッチャリした人影。

 メガネをかけた黒髪の地球人の青年。

 私達の仲間の一人、通称猫くんに子供達が笑顔で群がっていた。

 子供達は生まれつき魔力生成能力が高い為。

 赤青黄緑といった、目立つ髪の色と瞳の色をしている。

 親は高い確率で人間の娼婦と、何処かの戦場を放浪する、無責任な魔族の男達だ。

 稀にだが、魔力関係の重大災害に巻き込まれた、人間の夫婦。

 母体内にいる胎児が変異して、半魔族の子供が生まれる事はあるが……その様な事例での生存確率は、この世界の人間の持っている、魔力の質や体内での生成量。

 種族間で微妙に質が異なる魔力の関係で低い。

 そのような半魔族の出自故。

 この子達は戦場で暗躍する、オークの人身売買組織に不幸にも狙われてしまい。

 その後……私達と出会ったのだ。

 そういえば。

 この子達を助けると言い出し。

 助けた張本人は、そのすぐ奥の地下室。

 予備の転移陣がある場所で、今は静かだ。

 その張本人とは、私が彼らの活動拠点ごと転移させた、レジスタンス組織の創設者、矢島だ。

 彼、地球人側のリーダーである矢島は、戦況を確認しながら時々。

 HQに指示を出したりしている。

 矢島は今回の作戦でも、冒険者と共に前線で戦う事を熱望した。

 だが矢島の師匠でもあるミリサが一言。

『貴方は私達の奥の手だから、戦況を私の代わりに眺めた上で、いつでも出撃できるように準備ね』と念を押して、押しとどめていた。

 だが、それも仕方ない。

 矢島の装備している、西ドルア帝国製の鹵獲した兵器類が露見すれば、 私達の命は西ドルア帝国に確実に狙われてしまう。

 万が一にも、矢島が戦う様な事態を避ける為、私達は数千人の冒険者達に大金を払い。

 この周辺の島嶼部に似たような、上陸者の一団をわざわざ囮として、送り込んでいるのだ。

 だが、揚陸艦隊がピンポイントで此処に来たのは想定でも最悪の範囲だったが、あくまでも想定内だ。

 事前に海中に敷設していた、地球製の爆発物で、西ドルア帝国海軍の艦船を沈め。

 発艦したゴーレムを撃墜する事は何とか出来た。

 ヒュゥウウンズガシャァアアン!

「きゃあああ!」

「うわぁ~!」

 風切り音と衝突音の後に続き。

 子供達の悲鳴が響いた。

「!?」

 私は転移陣への魔力注入を中止。

 飛来物が着弾し。

 土煙を上げる――土嚢目掛けて走っていく。

 そんな私の耳元にはHQの焦った声が、ヘッドセットに届いた。

『こ、こちらHQ! 洋上からの攻撃で砦が大破! 敵の増援を目視と赤外線反応で多数確認!』

「こちらマギサ、敵の数と種類は?」

『数は不明! 敵は――うぁあああああああああああああああああ!?』

 ズドォオン!

「くそっ!」

 HQとの通信が途切れた。

 彼らが陣取っていた、観測所も兼ねていた、先史時代の高層建築の廃墟。

 その一つが魔力弾を撃ち込まれ。

 木っ端微塵に崩れていくのが見えた。

 その直後、私達の頭上を高速で飛行する――――私達が鹵獲しようとした、西ドルア帝国の主力兵器。

 竜の臓器、魔力発生や増幅を司る部位である『竜核』を取り出して搭載した、戦場の王者。

 竜核搭載ゴーレム、通称ゴーレムが飛行形態になった姿。

 矢尻状の機影が数機――禍々しく映った。

「げほっげほっ! お嬢さま! 急いで転移して下さい! 敵の増援です!」

「ミリサ大丈夫!?」 

 土嚢に突っ込んでいたのは額から流血した……ミリサだった。

 ミリサは子供やツバメ、猫くんの無事を確認すると――ニコッ――笑顔で離陸。

 ゴーレム相手に空戦を開始。

 魔力量が豊富で戦闘経験がある魔族なら、ゴーレムを空中戦でもそれなりに倒せる。

 だが、それも相手の部隊規模や交戦高度……経験次第だ。

 今の私は……数百年は生きている……彼女。

 ミリサを信じるしかない。

 タタタ! ズズン! 

 私の中で不安と期待が交差した瞬間。

 耳に銃声と炸裂音が聞こえ始めた。

 広場には私が見慣れた、二人の焦った声が反響気味に響いた。

「マギサ逃げろ!」

「マギサさん! 師匠がブッ飛ばされました!」

「義明! ツカサ! 大丈夫!?」

 フラッシュライトを作動させた、機関銃を構えた義明。

 腕から火球魔術を連続で撃ちだすツカサ。

 砂まみれになった、二人が駆け足で現れたのだ。

 タタタ!

 義明は持っている機関銃を発砲。

 フラッシュライトの閃光で何かを威嚇している。

 ボボン!

 ツカサも両腕に一週間近く掛け。

 魔族の禁呪で数万発も装填した魔術。

 攻撃魔術の火球を四方にボカスカ惜しみなく。

 撃ちまくっている。

 しかもツカサの両腕にはツバメの里を襲撃していた敵、帝国軍の将校達から奪った術具。

 ミリサの手によって改造された、ウェルテックスが装着されている。

 周囲の魔力を集め、ツカサへ圧縮供給する、ウェルテックスを使うのは緊急事のみ。

 確実に敵を殺す必要がある時だけだと。

 そのように、ミリサがツカサに教え込んでいたのは、私だけなく。

 ……皆が知っている。

 どう考えても、この状況は普通じゃない。

 何か――ドクドクドクン――嫌な予感がする。

 だが、ここで動かないと待っているのは『本当の死』だけだ。

 私は不安を振り切り。

口を開いた。

「義明! ツカサ! あなた達も急いで転移させるから――」

「マギサ伏せろ!」

「きゃっ!」 

 タタタタタタ!

 黄金色の空薬莢が宙を舞い。

 瞬く間に火薬の臭いが拡散。

 義明は空になった弾倉を投げ捨て。

 背中の弾薬補給システムから伸びる帯を掴み。

 機関銃への弾薬の補充を始めた。

 ズズズドォン!

「ぉおおおおおお義明さん! 弾薬の補充急いでぇええ!」

「分かっているよ!」

 ジャラジャラ――ガチャガシャン! ズダダダダ!

 銃声と火球の爆裂音がやばい。

 ヘッドセットで私の耳元は守られている。

 だが、今の私は義明が私そっちのけで故郷の歌。

 アニソンを聴いている時と同じ。

 ヘドバン状態だ。

 二人は残った土嚢を盾に使い。

 周囲に向かって、とにかく撃ちまくっている。

「マギサ! お前たちは子供達と一緒に地下室に行け! ヤバすぎる!」

「敵は私と義明さんで食い止めますから!」

「二人共何を言っているの!?」

 それ以前に二人は一体『何と』戦っているの?

『こちら義明! 矢島出て来ぉおおい! 緊急だ!』

『こちら矢島、今ちょうど、地上に出たぜ』

 私の耳元には義明と矢島の交信が聞こえ。

 通りの先にある、地下室の入り口を見ると……赤い人影が出てきた。

 それは私達が、戦災孤児を人体実験の素材にされるのを防ぐ為。

 西ドルア帝国の研究所を襲撃した際。

 偶然にも鹵獲した、実戦試験に投入寸前だった、試作兵器の一つ。

 人間が着用して扱える、西ドルア製の小型竜核搭載甲冑の動く姿。

 左腰には西ドルア製の片刃造りの魔剣、右腰には刃と見間違う飛び道具。

 銀色の銃身をした、50口径の回転式拳銃を装備して……戦場に立つ……矢島がいた。

 矢島や義明は魔剣を、彼らの故郷の剣と同じ名称の『カタナ』と呼び。

 その甲冑を纏った、矢島を故郷の空想上の存在。

『オニ』のようだと言っていた。

 私は未だにオニの立ち位置がよく分からないが『怒ったミリサ』を引き合いに出され。

 オニの側面の一つはこんな感じだと言われ、少しだけ腑に落ちた感じはする。

 後、鬼を表す漢字は見た目が気に入ったので、すぐ覚えた。

 そんな戦う鬼と化した、圧倒的な殺傷力を秘めた矢島の横を――――砂まみれの子供達が、同じ境遇の赤子を……必死に抱えて駆け抜けていく。

 矢島は駆けていく子供を見て、兜の外からも分かる……優しい目元を浮かべ。

 彼の脇で滞空するツバメ。

 自動式散弾銃を構えた猫くんを見て口を開いた

「ツバメと猫くん……子供達を頼んだぞ。マギサはさっさと地下に――!?」

 ズドン! 直ぐ上空で爆発音。

 空間と私の頭も不愉快に揺れた。

「何なのだなぁああ!?」

「これって上がやばい感じ? ミリサぁああ頑張れ! 頑張れ!」

 ビリィイズガシャァアアン! 

「きゃあああああああ! ミリしゃああああああ!」

 ツバメの悲鳴に近い驚きが轟く中。

 灰色の天幕がビリビリに引き裂かれ。

 衣服が所々で破れ、傷だらけになった私の乳母。

 ミリサが目の前に墜落してきた。

「みんな早く逃げて! ツバメと猫くんは地下へ!」

 涙を流し……悲愴な形相のミリサが叫んだ。

「わ、分かったのだな!」

「了解です姉御!」

 ダッ!

 次の瞬間――――矢島は無言のまま通りを駆け抜け。

 私はミリサに抱えられ――――地下室へ運ばれていく。

 運ばれていく私の視界。

 そこには義明とツカサの少し後ろで――矢島が垂直上昇。

 義明の機銃掃射とツカサの火球が突き抜ける空間。

 広場の中央部。

 回転が止まり、術式が崩壊して青い霧になった。

 ドスン! 転移陣の残骸の上に矢島が降り立った。

 矢島はカタナを右手で抜刀。

 ヒュン! 

 演舞の様に刃を素早く高速で振り――刃に周囲の魔力を喰らわせ。

 片手で斬撃を開始した。

 ガギィイイン! 

 青い魔力を纏った、真紅の刃の斬撃が何度も火花を散らし。

 ダダン! 矢島が銃爪を絞った――回転式拳銃の銃口が閃光を放った。

 矢島の繰り出した、魔力を載せた斬撃。

 50口径弾による至近近距離からの銃撃を受け……隠れていた敵が呆気無く……何体も浮き出る様に顕れた。

 緑色の血飛沫を吹き出し。

 全身を覆う緑色の鱗と二本の角。

 両手に握るのは金属質な竜の牙を鍛え、双剣や槍状にした武器。

 黄色い瞳が特徴的な種族。

 ……………………幼かった私の目の前で母を殺した『竜人族の暗殺者集団』だ。

「ぁああああああああああああああああああああ! ミリサぁああああああああ下ろしてお願い! 私を戦わせてよ! お願いよぉおおおおおミリサぁあああああああああああああああ!」

 私はミリサに抱えられたまま暴れた。

「…………」

 ミリサの表情は分からない。

 だが、私を抱える腕が震え。

 力が優しく強まるのを感じた。

 ◇

 その後、私は地下室へ運ばれ。

 泣きじゃくり暴れる私は、空中戦で魔力の残りが少ないミリサに睡眠魔術で眠らされ。

 そのまま――――矢島や義明、ツカサ達の故郷である異世界。

 地球に転移して……十数年の時が過ぎた。

 

 ◇◇◇

 ――西暦2030年代末――4月初頭 日本国内。

 中部州――――名古屋市郊外――――某所。

 

『――先週、硫黄島沖で行われた、海軍の総合火力演習中の事故について、国防省の駆逐艦が誤って撃墜したのは、演習に複数参加していたPMC(民間軍事会社)の内、一社が開発していた、無人の実験機であり、犠牲者はいないとの公式声明が国防省広報局からありました。また、現在も行われている、現場海域に流失した燃料の回収作業や、漁業関係者への補償は――』

 

 私はテレビから流れる、朝のニュースを目覚めのBGM替わりに使い。

 私が内容に注目する情報を発するのは、別の媒体だ。

 それは部屋に置いた、スマートスピーカーが読み上げる報告。

 その声は今では亡き人になった、私の恋人。

 彼の声に似た、大人の男性特有の低い声で……大変気に入っている。

 既に私は自室内のシャワールームで体を洗い。

 着替えを済まし。

 ソファーに座って、湯気の登るブラックコーヒー片手に持ち。

 スマートスピーカーと連動した、壁際の大型モニターに映る……仕事関連の映像を見ている。

 壁際の窓には私の家族。

 猫達がゴロゴロと喉元を鳴らし……寝転がっている。

 この部屋の窓から見える庭には、植えた桜が満開だ。

『――以上が、防犯カメラ、ドローンの捉えた映像です。他にも確認しますか? マギサ』

 私は名前を呼ばれ。

 意識を報告へ向け、コーヒーの香りを微かに感じつつ。

口を開いた。

「どこも似たような映像ね。クラウゼ、現場のガンカメラの映像を出して」

『了解。市警察の業務記録分散サーバーにアクセス開始……関連映像を抽出完了。表示します』

「……クラウゼ、暴徒の中に紛れている、亜人種の種類と数を解析」

『了解……解析完了。種類と個体数はデータで表示します』

 【エルフ 151体】

 【ハーフエルフ 263体】

「……射殺したエルフとハーフエルフの数。それと隠蔽工作の進捗は?」

 尖った耳は、整形手術を施さなくても、身体偽装の簡易魔術で簡単に誤魔化せる。

だが、エルフやハーフエルフ特有の高体温。

 人間より平均値で2~3度の高さは、サーモグラフィーで見る限り。

 偽装が無理なようだ。

 もっと無理なのは個体レベルで、魔力反応を誤魔化す魔術だろう。

 それを生身でやると、魔族以外の種族は、反動で死んでしまう可能性が高い。

 魔力の根源とは己の存在を糧に現世と異界を結び。

 異界に働き掛けて『流れ』を得る危険な行為。

 この認識は魔術を扱う者達の間では、基本的な共通認識だ。

 過去の回想に入りそうな、私の耳にはスマートスピーカーの声。

 クラウゼの声が響いた。

『――ハーフエルフ35体を市警察が射殺しましたが、残りの個体は全て逃走。市警察の検死は我社から派遣したスタッフが行っているので、隠蔽工作は既に完了しています。整った魔力反応のパターンや検死結果から、正規の軍事訓練を受けている、ハーフエルフと推測され、何れかの国家、参戦陣営が地球に送り込んできた、工作員の可能性が高いです』

「逃走したエルフ達の身柄を確保出来たら、最優先で尋問を進めるように」

『了解。それと第七研究所のツバメ様からメールが届いています』

「読み上げて」

『パイロットがまた山中に逃げた。折角だから有給を使い――』

「――私が直接研究所に出向くから、ツバメをそこから動かさないで。警備隊と賞金稼ぎも使って、付近の山狩りも実行開始」

『了解。山狩りの依頼をPMCネットに発注しておきます』

(……たく。ツバメも何やっているのよ! これで逃走者は何人目よ!) 

 私は友人が抱えてきた問題にも、悩みそうになったが、優先順位を考え。

直ぐに意識を切り替えた。

(それよりも今は――こっちだ)

 この世界に来た、私達の仲間にもエルフやハーフエルフは何人かいる。

 だが国家という枠内では、私達の陣営の敵勢力だ。

 エルフ主体の国家となると、その数は大国規模で一つ。

 中小の衛星国が10あるかないか位だ。

 とはいえ、エルフ達も救済戦争に備え、転移魔術の研究をしている眉唾物の噂、都市伝説や陰謀論はあった。

 結果からして……その噂は正しかった可能性が高い。

(しかし、これはなんだ?)

 【不明 3体】

「クラウゼ? この不明3体は?」

 不明3体として分類されたのは3人。

 映像で見る限り、暴動に巻き込まれた。

 怯えた一般人男性に見える。

『該当する種族の情報が、データベースにありません。外見と話している言語から、日本人男性に見えますが、魔力探知センサーから得られた簡易反応が、他の平均的な地球人の値とは、異なります』

「不明3体の魔力反応を詳細に解析して」

『了解、本社の魔力解析システムにアクセス――――』

 もしかしたら、ご先祖様に異世界人の血筋がある人かも知れない。

 偶にいるのだ……魔力を浴び。

 望まずに魔力関係の力に覚醒してしまう地球人が。

 状況からして、日本に潜入しているエルフが先導した工作。

 暴動に巻き込まれたみたいだ。

 事後処理は出来るだけ、穏便にしておきたい。

 私がいるこの場所は……今は亡き人。

 私の愛した彼、義明の故郷である。

 この世界の人々には、不必要な迷惑は掛けたくないのだ。

 それ故に私達の陣営の基本方針はステルス重視。

 私達『異世界人の存在はフィクションの産物』と世間に信じ込ませてきた。

 その為には、あらゆる手段を使い。

 社会的な認識を操作する事で、私達は余計な軋轢を避けて本来の目的。

 私達の世界で、私達が女神の代理人の座を手に入れる為の力。

 独自の自己完結した軍事力の構築と保有。

 …………故郷の世界で女神の座を手に入れる準備、日本で言うところの『天下取り』の準備に専念できるのだ。

 私は不必要に高揚しそうな気持ちを落ち着ける為。

 カチャ 

 コーヒーを口に含んだ……苦味と熱さが心地良い。

『――――解析完了。魔力反応値は活性値が平均的な地球人の約五百倍から、数千倍程の間で不安定化して非常に危険な状態と判断しま――――緊急です。スラム街の治安維持に出動していた州軍歩兵中隊が『鬼化した不明3体』並びに武装ゲリラと交戦状態。交戦している歩兵中隊の被害は甚大――――』

 ブシャアアアアア!

 私は思わずコーヒーを吹き出した。

「げほっ! げほっ!」

 不覚にも二度目のシャワーを浴びる事になった。

 窓の外では強風が吹き始め…………桜吹雪が舞っている。

 

<01話 勝利の女神を求める者>

 

 ◇◇◇

 

 一人の青年がいた。

 彼は穴が大好きだ。

 物凄く大き過ぎて、誰も見向きもしない穴が好きだ。

 頭に1~9の数字を据えた後に000000000000000が大量に並ぶ。

 そんな数字で表現される大穴が好きだ。

 彼を知る人々は皆、大穴が好きな彼を馬鹿だと思っていた。

 勿論、彼自身も馬鹿な事をしている自覚はあった。

 心理学で言うところのサンクコスト効果。

 執着や依存症の怖さも知っていた。

 それが原因の歯車の一つとして動き、人々が様々にして悲惨な末路を迎え。

 苦しみ、死ぬ事も、報道レベルとネット検索で見る程度には知っている。

 大穴を選ぶ事で自分が失うモノも知っている。

 大穴を得る為に自分がどれだけの時間。

 気力と体力。

 機会を差し出したかも、分かっている。

 彼もそんな自分を駄目だと思い。

 苦しんだ時期もあった。

 こうなる前の日常に戻ろうと、何度も取り組み。

 挫折した回数も一度や二度では収まらない。

 だが彼には、退屈と日常は最早、同じだった。

 大穴という美味を知った、彼に日常は余りにも――――フラット――――過ぎたのだ。

 彼はまるで、心停止したかの様な毎日に恐怖した。

 彼は大穴が恋しかった。

 だが彼は何とか、その疼きと恐怖に耐え。

 数年をかけて……日常を取り戻しつつあった。

 その結果、彼は爆音が轟く、日曜朝のヒーロータイムを目覚ましに使い。

 八時半からの美少女戦士の活躍をパンツ一丁か全裸で視聴。

 ベランダ近くに集う……観葉植物への欠かさない水やり。

 ホットケーキを作って食べる……休日の静かな朝。

 昼から夜は好きな読書を嗜み。

 仲間達と共に宇宙の危機を救うネトゲ三昧。

 だが、その日常は程なく終焉に向かい始めた。

 初めは運営側の不手際で、ワームと化したネトゲの更新データで愛機を喪失。

 ゲーミングPCとエロ画像やエロ動画の全てを失った。

 トドメは世界経済の景気悪化。

 大量解雇という、大規模な強制イベントで呆気無く終わりを迎えたのだ。

 その後、彼は不安を抱えたまま……ある決断を下した。

 そこは大地震を観測する地震計の如く。

 集う人々の感情が喜怒哀楽の間をシャープに乱高下。

 集った人々の懐から無駄弾が飛び交い、無価値になった紙屑が舞う空間だ。

 そこへ……青年は勝利の女神が微笑む事を信じ。

 自己批判という苦い膜に包まれた、微かな希望と甘い期待を懐に忍ばせ。

 ……大穴の待つ場所へ舞い戻ったのだ。

 ◇◇◇

 ――西暦2020年代前半――12月末――夕刻 名古屋市内某駅前。

 平日は通勤や通学に利用する、人々が行き交う、とある私鉄の駅。

 だが、季節が年末の夕刻だからだろうか。

 行き交う人影の中に、学生服を着た少年少女の姿は少ない。

 代わりに私服を着た若者や、本日まで市内で開かれていた大規模な催し。

 同人イベントの影響だろうか、コスプレ姿の人々が増えている。

 そんな人々の流れの一部が留まる、入江のような空間。

 ……何とかの叫びっぽいロゴの外資系カフェがあった。

 店内に幾つか並んだ、カウンター席の端では、一人の青年が上機嫌でコーヒーを啜っている。

 青年は数日物の無精髭を……片手のスラっとした指で時折触れ。

 灰色のニット帽を被り。

 黒い皮のジャケットを羽織っている。

 何年も着ている感じの漂う、色が所々落ちた青いジーンズで足を覆い。

 靴底が磨り減った白黒のスニーカーを履いた。

 身長175センチ弱の一人の青年が『この瞬間』確かにそこにいた。

 青年の姿は、店内の防犯カメラがリアルタイムで捉え。

 ここに来るまでの姿は、テロ対策で駅構内や、その周囲に張り巡らせた防犯カメラが捉え。

 人の瞳より遥かに多い電子機器の瞳は、カウンター席でコーヒータイム中の青年を捉え。

 この世界で青年が過ごす…………………………………………最後の姿を記録に残していた。

 ◇

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 店員がトレーに乗せた、ブラックコーヒーを持ってきた。

 カチャ 

 これで三杯目だが、再度確認してみよう。

「……ふぅ」

 間違いない。

 この香りと苦味は現実だ。

 自分にそう言い聞かせる様に再度……コーヒーを少し飲み。

 カチャ 

 白いソーサーにコーヒーカップを戻す。

 俺は数十分前から、気持ちを落ち着かせようと試みている。

 その手段は白いカップに注がれ。

 白い湯気の柱が立ち昇る……真っ黒な輝き。

 その内部に熱量を凝縮した存在。

 小宇宙とでも言うべき黒い液体……ブラックコーヒーを少しずつ飲む事だ。

 何故このような事をするかは、大いに原因がある。

 俺は小一時間前。

 大金を手にいれたのだ。 

 懐の財布から感じる不自然な重み。

 未だに札束を握り締めた……感触が残っているから夢ではない。

 せめて心の中では叫びたい。

(ウヒョォォォォォ勝利の女神様ぁあああざぁああああす!)

 興奮が冷めやまないのも無理はないが、今は……落ち着くのが先決だ。

 しかも俺は夏季連休前。

 会社に人員整理の名目で解雇。

 存在を否定された、クソッタレな元非正規社員の身の上。

 単なる無職……だ。

 感情的になるのは危険でしかない。

 だが今月で失業給付も終了する、やばい状況下での大金ゲット。

 棚ぼたであろうが、素直に喜ぶ。

 それが、勝利の女神への感謝にもなるというものだ。

 因みに手に入れた手段は、馬が走る公営ギャンブル。

 財布の中だけでも、諭吉が百人程軽く入っている。

(さて、これからどうしたものか)

 とりあえず。

 俺はスマホを左ポケットから取り出し。

 指をスイスイと動かし。

 送金用のアプリを起動。

 先月、お金を貸してくれた、兄夫婦の口座に先ずは返済だ。

 使うのは数年前から爆発的に拡がり始めた、ネットでの送金手段だ。

 自称サトシさんが十数年前に公表した、ブロックチェーンとやらを応用したサービス。

 大手SNSが構想を発表した段階でも、色々と批判が多かったが、結果的に20億人近い人類が使い始めた、広義における暗号資産の一種。

 価値が乱高下する、ビットコインや他の暗号資産と違い。

 その価値を法定通貨や短期国債を根拠に安定させた真逆の存在。

 ステーブルコインを金融と情報技術の融合した、フィンテックサービスを使い。

 俺は諭吉数人分のステーブルコインを秒速で、兄のアカウント口座に送り込んだ。

 人によってはスマホでの送金や決済を嫌い。

 大手SNSが世界各地、特に日本ではコンビニを中心に設置した設備。 ステーブルコインを購入、現金化する事もできる、ATMで発行される、QRコードの付いたカードと生体認証を組み合わせた、簡易な形がある媒体を好む人も多い。

 交通系のチャージカードに慣れ、現金が大好きな日本人の趣向なら尚更だろう。

 実際、このカフェで使っている人も来る度に……何人か見かける。

 既にアフリカなどのインフラが整っていない地域では、ステーブルコインを管理する組織。

 複数の多国籍企業が資金提供をして、創設した非営利団体が、先行して新たな活動を開始。

 太陽光パネルを鱗の様に張り巡らせた、空飛ぶ鯨を何百と空に泳がし。

 飛行船の母船から離陸したドローンが、僻地でも大手通販会社の日用品無人配送サービスなどの一部と併せ、送金決済サービスを行っている程だ。それらの情景は宙に浮く運搬用のロボット。

 レンタルドローンと共に大自然やサバンナを歩く人々。

 ユーチューバーの動画やSNSの呟きなど、様々な角度から拡散され。

 新たな領域の出現を世界に知らせている。

(最も……価格帯が海の家価格なのは、まだ仕方無いのかも知れないな)

 因みにカードや決済を利用する際は、テロやマネロン対策で生体認証を条件にしているようだが、今でも偶に読む作品。

 監視社会化が進んだ設定の近未来を舞台にした、SF小説みたいに死体の一部や偽造した指紋を使えば、抜け道になりそうと、不謹慎にも思ったが残念。

 同時に複数の生体認証を登録した上で、その後の状態も多角的に追跡するので、その難易度は桁違いである。

 しかも、ブロックチェーンで紐づけすれば、改竄も困難だ。

 既に海外では新たな身分証明手段としても、その信用が認知される存在になりつつある。

 海外旅行の際にわざわざ発行していく人もいる程だ。

 よってダークウェブなど行われる、アングラな取引には、サトシさんがどう思っているかは、誰にも分からないが。

 今でもビットコインなどの暗号資産が、送金経路や送金先を暗号化する、ミキシングサービスなどと併用され、使われている。

 俺の持っている仮想通貨いや、暗号資産はこのステーブルコインを除けば、草コインと呼ばれるジョークで造られた類いのが複数種類だ。

 昨日もゲーム関連のSNSツール内の掲示板で、自称異世界で頑張っている電波な人から『コッチではかなりの額だが儲かったからやるよ!』……などと、俺のSNSのウォレットに対して、一方的に草コインが送付されてきた。

 いわゆる投げ銭、ばら撒いて遊ぶ。

 そんな草コインの一面を久しぶりに体験したが……(流石に異世界で使える云々は、胡散臭いが、当人はそういうノリが楽しいのだろう……何故かこっちの世界に帰りたいと、悲痛なコメも多かったが……)

 因みにゼロが沢山あるので、少しだけ嬉しかったりするのも事実だ。

(……次は)

 俺の目の前をガラス越しに、若い親子連れが笑顔で通り過ぎ。

 次の行動を閃いた俺は……通販サイトのアプリを起動。

 兄夫婦の甥っ子と姪っ子に密林な通販サイト経由で何か。

 プレゼントを贈ってやろう。

「童話の詰合せと……」

(童話がいいかな。桃太郎に一寸法師、浦島太郎、マッチ売りの少女。こんなところか……)

 先程コンビニでPETボトル飲料一本、カロリーバー、板ガムを買うついでに数万円分のギフト券を購入して、アカウントにチャージ済みだから、プレゼントも余裕だ。

 ニヤッ

 俺は指先を動かし。

 プレゼント用のラッピングを選択。

 少し口元がニヤっと動く感触を覚えつつ。

 注文を完了した。

(さて、どうしよう……兄夫婦への借りは返したし、一応、叔父らしい事も出来たかな)

 そうだ、このまま夜の街に向かい。

 いい女を侍らせ。

 勝利の宴を楽しむのも……悪くないか!

(そう、先程目の前の雑踏を優雅に歩いていた、黒髪ロングの女子高生の様な女を――!?)

「お隣宜しいでしょうか?」

「ど! どうぞ」

 何という事だ。

 混みだした店内に、自分が脳裏に思い浮かべた人物。

 先程目の前を歩いていた、黒髪ロングの女子高生が登場。

 しかも隣に来て、話かけてきたじゃないか!

 俺は昨晩読んだWEB小説の主人公の如く。

 召喚スキルでも、身に付けてしまったのだろうか?

(いや、召喚出来ても使役出来な――マズイ!) 

 俺の脳裏に一瞬だけ浮かんだ、煩悩全開の如何わしい光景。

 それは股間のジュニアが元気を通り越し。

 暴発するかもしれない危惧と――明日以降の朝刊の一面に載った自分の顔写真。某掲示板で晒し者にされる危惧を思い浮かべ。

 俺の危機意識が自動的に強制起動。

 ガタッ!

 席から離脱する事を促し――俺の足を駆動させた。

(仕方ない! このまま店を出て風俗街にでも――?)

 俺が出口に視界を向けようとした刹那。

「すみません……少しだけお話よろしいでしょうか?」

 隣に座った、女子高生に笑顔で話しかけられていた。

 俺は速やかに着席……状況を読み。

 言葉を急いで装填――ジェスチャーも交え。

 口を開いた。

「いいけど、もしかして……お嬢さんも、このニュースが気になるの?」

 俺がジェスチャーで指さした先は、通行人が行き交うガラス壁の少し上。

 そこには、学校の黒板サイズに匹敵する、大型有機ELモニターがあった。モニターには多くの人が気にしている、ニュースが報じられている。

 この巨大モニターと、カウンター席の組み合わせ。

 それもこのカフェが賑やかな要因だろう。

 実際、俺もこの巨大モニターを眺め。

 手元のスマホで馬券を選ぶ愚行が、失業期間中の習慣になったのだ。

 その客寄せ効果はかなりのものだろう。

「はい。とても気になりますね……特に事件への各々の見解が、気になるのですが……毎週、掲示板やSNSのサーバーがダウンしていたら、つい……話が合いそうで、話しやすい感じのする方、あなたに話しかけてしまいました」

 女子高生は俺の質問に笑顔で答えてくれた。

 そして俺は気付いた。

(このお嬢さんはアレだな……冬休みで暇だから、おそらく背伸びがしたいのだろう……仕方ない! 幸い俺は懐が豊かで上機嫌だからな……話を合わせてあげるか!)

「なるほど。では、何か飲みながら話そうか……」

 俺はそう言うと、手を上げて店員を呼び。

 お嬢さんの分と合わせて、飲み物を頼んだ。

 俺はエスプレッソを一つ。

 お嬢さんはブラックコーヒーを頼んでいた。

 俺はコーヒーを飲む……お嬢さんを片目で見守りつつ。

 もう一度、ニュース映像を眺める。

 スピーカーからは、見慣れた女性アナウンサーの声が漏れてきた。

『――本日、警察から発表があった、連続振り込み失踪事件の失踪者は、今週だけでも、百数十名弱が失踪しているものと思われ、金融庁は該当する口座の――』

【連続振り込み失踪事件】

 事件の発生当初は主に、現役の自衛隊員が口座に多額の入金を何者から行われ。

 行方不明になるという、前代未聞の事件であった。

 それだけでも前代未聞の事件であるが、振り込まれる金額も前代未聞の金額だ。

 入金される金額は、複数回に分けられ、一人あたり千万単位。

 多いもので億単位という、凄まじい金額が振り込まれている。

 なお、演習中や作戦行動中に部隊単位や艦船単位で、行方不明になっていない点から、戦国時代や、先の大戦中のミッドウェー海域に転移している、その手の可能性は早期に排除され。

 今現在、ネット上では異星人によるアブダクション説、異世界転移説など、秘密結社や某国工作員によるアブダクション説、多くの真偽が疑わしい。

 様々な説が飛び交っており、最近ではその手の議論の加熱具合に合わせ、某掲示板や大手SNSのサーバーは、増強を繰り返してもダウンする。

 焼け石に水の状態である。

 この事件は規模こそ当初、数十人程度だった。

 だが、今では既に自衛隊経験者も行方不明になり、約十万人弱が極めて短期間で行方不明になるという、世界的に見ても全く前例がない事件だ。 これが日本で起きている、連続振り込み失踪事件に関して、一般人が知り得る概要だ

(俺の中では、何で銀行口座に金を振り込むのかが、一番気になる部分かな……そもそも単なる誘拐目的なら、金を振り込む犯人の行動が意味不明過ぎる)

 当然ではあるが、世界中のマスメディア、諜報機関。

 国内外の各種人権団体、政治団体、何処かの掲示板の住民達もこの事件には注目している。

(なんだ……アナウンサーの表情がおかしいぞ?)

 何やら引きつった表情になった、アナウンサーが読み上げる最新の情報によると。

 どうもここ最近、行方不明になる人間は警戒レベルが上がった自衛隊関係者から変化。

 サバイバルゲームが趣味の人間や、FPSゲームが趣味の所謂。

 軍事オタクなどに変わり、既に先程の自衛隊関係者を上回る勢いで、行方不明になっており、振り込まれる金額も既に総額が数十兆円に達し、行方不明者の総数が百万名に近づき――ん?

(ちょ……失踪者多すぎ!)

 だからだろうか。

 アナウンサーの声色までも、震え始めている。

 急いでADに渡された、手書きのメモを持つ。

 マニキュアで彩られた指先や手元も震えている。

 失踪者の劇的な増加。

 それに伴い、失踪者関連の特別措置法で警察庁に設置された、特別捜査本部の名称も【自衛隊関係者振り込み連続失踪事件対策本部】から【自衛隊関係者及び軍事オタク等振り込み連続失踪事件対策本部】に変更されたようだ。

 放送は別の特設スタジオに変更。

 専門家っぽいおっさん達の解説が、事件の参考映像と共に流れていく。

(てか、捜査本部の名称長すぎだろ! あ……だから天空に浮かぶ、お城のアニメ映画の放送日でも無いのに、SNSがサーバーダウンしていたのか。そりゃ情報の拡散を制御しないと、大変だとは思うが、此処まで来ると、対応に無理があるな)

 しかし、明らかに尋常でない規模の国民が失踪。

 それと同時に莫大な金が、不自然な形で急激に動いている状況。

 流石に国会でも、この事件は度々、問題視はされていた。

 そして本日遂に与党と野党がこの事件の議論から、殴り合いの乱闘をしてしまう、異常事態になってしまったそうだ。

 既にその国会中継の映像を素材にした、MAD動画が既にSNSや動画サイトへ大量アップロード。ランキングの上位を占める緊急事態に突入。

(今のところ……海外の格闘の技試合っぽく、字幕と効果音やBGMを調整している動画が一位か)

 動画サイトのサーバーが、非常に深刻な危機的状態である事も速報で何故か伝えている。

 この状況でもダウンしにくいネット環境は、先程俺が送金したフィンテックサービスにも使われている、ブロックチェーン技術を応用して、先祖返り的に復活を果たした、ファイル共有ソフトと、昨晩電波な人と遭遇して、草コインを貰ったゲーム関連のSNSや。

 その繋がりが構成する、P2Pを使った、玉石混交のカオスな群れぐらいだろう。

(一体犯人はどこの誰だよ……金バラマキすぎだろ)

 それにしても、失踪した人達。

 彼らは振り込まれた金を使えない。

 大変残念な状況だろう。

 いや、それ以前に自分のものじゃない、大金を手にいれても。

 使う気にはならないか。

(そもそも…………それって、一体どんな状況だ?)

 失踪者が誰ひとり、未だに発見されてないのも、想像が膨らむ要素ではある。

 だが……今の俺は自由に使える金を手に入れ。

 こうして、逆ナンしてきた女子高生とカフェで、会話を楽しめる立場だから――おっと!

 俺は下衆で甘い悦に入りそうだった、思考を切り替え。

 エスプレッソの残りを……少しずつ飲む。

 隣のお嬢さんも、白い湯気の昇るブラックコーヒーを飲み。

 白いソーサーにコーヒーの入ったマグカップを置き。

 話し始めた。

「あなたはどう思いますか? この失踪事件で消えた人達がどこにいるか……」

 何やら、お嬢さんの顔は笑顔だが……雰囲気が違う。

 まさか、このお嬢さんは社会人……いや。

 顔が若すぎる。

 だが、街中でよく見かける女子高生よりは、落ち着いた雰囲気だ。

 服の感じや、着こなしなどから察するに。

 数日前から駅前に大量発生した、コスプレの偽女子高生とも違う感じを受ける。

 なんか普段着のように気慣れた。

 そんな感じを……このお嬢さんから感じるからだろう。

 それに何より、他人に無関心な都市部で逆ナンをしてくる。

 女子高生という構図……それ自体も珍しい事だ。

 気のせいかも知れないが、この制服はこの辺りでは見たことがない種類だ。

 それに何より、このお嬢さんは小顔で目鼻立ちの整った顔立ち。

 スタイルもいい……つまり似合っている。

 何かしら矛盾や違和感があるが、流石にこのルックスで、悪質なキャッチセールスや宗教の勧誘はしてこないだろう。

 それにここは……そもそも店内だ。

(しかもカウンター席だからな。いざとなれば、店を出て行けばいいだけだ!)

 などと微かに、最悪なケースを想定した直後。

 俺も画面を見ながら、言葉を繋いだ。

「そうだね……」

 俺の会話に合わせてお嬢さんは軽く頷き。

 再びコーヒーを飲み始める。

 俺もその動きに合わせ。

 ……昨日某掲示板で見た情報を交え。

 言葉を紡いだ。

「未だに失踪した人々は、誰ひとりとして発見されていない……まぁ自称失踪者で、今は異世界で、わがままな魔女と一緒に女神の座を手に入れるために、仕方なく戦っているとか、ゲーム関連の掲示板で主張している人もいるけど、実に嘘臭い――」

 そういやさっきも思い出したが。

 昨晩は、そんな電波な輩がいる事を寝る前に発見したのだった。

 貰った草コインの名称が確か『NEET』で桁は9の後に      00000000が一杯付いていたから、嬉しかったけどな。

「ぶっ!」

 だが何故だろう? 

 俺が言葉を全部出し切るその前に、お嬢さんはビクッと身動ぎ。

 コーヒーを吹き出しそうになっていた。

「大丈夫?」

「ゲホッゲホッ!」 

「失礼しました! それと宜しければその掲示板を教えてくれませんか」

 俺は電波な書き込みがされた、掲示板をスマホでお嬢さんに閲覧モードで見せ。

 お嬢さんは始めから終わりまで見終え。

 何やらスレッドの内容に思い当たるところがあるのだろうか。

 驚きと非常に不味そうな気持ちが混ざった、複雑な表情をしていたが、直ぐに笑顔になって口を開いた。

「……ありがとうございます。すみません話の続きをお願いします」 

 俺は若干の疑問を抱きながらも、そのまま話を続けた。

「後はどこから金を用意したのかなぁ~とか、自分もサバゲーが本格的に趣味だったら、行方不明になっていたのかな~なんて、考えながらこのニュースを見ていたよ」

「よく調べているようで驚きました……貴方はこの事件に興味があるようですね」

「まぁね。毎週テレビで特集も組んでいるし、ここ一年くらいは、この話題で某掲示板のサーバーダウンも恒例の現象だから、どうしても気になるかな」

「ところで……お尋ねしますが」

 お嬢さんはそう言うと、ブラックコーヒーの残りを飲み干し。

 真っ白な底が顕になった、カップをソーサーに置き。

 数秒の間を置いてから……口を開いた。

「あなたは幾らなら、もしくはどのような願いを叶えてくれるのなら……別の世界で戦う決断をしますか?」

「別の世界で戦う? ああ、行方不明で音沙汰ないってことは、そういう状況かもしれないね。そうだね~」

 俺は引き続き例の行方不明事件の特集をしている……モニターを見ながら考える。

(このお嬢さんはアレだ……少し中二病気味だな……失業中の俺は暇だし合わせてやるか)

「最高の装備と互いに信頼できる仲間と上司、金は手に入るなら億単位で欲しいし、健康で若く長生きできて、毎日うまい食事に酒が飲めて、いい女が手に入れば最高だね」

(しまった!)

 最後の部分は、女性相手には失礼だったか!?

 ……でもないようだ。

 何やら真剣に考えている顔つきになっている。

 これが本物の中二病なのだろうか?

 しかし、目の前のお嬢ちゃんは可愛い。

 だからこそ、まだ許せるのだろうなと、ふと俺は思う。

「他にも何かありますか……その願い事は?」

……どうもお嬢さんの中二病は深刻なようだ。

 だが、懐が諭吉達で豊かになって優しい俺は、話を合わせてあげる事にする。

「そうだね、戦うって前提なら、死んでもゾンビや吸血鬼とかじゃなく、人間として若く元気に無制限で何回も復活できる、そんな特典があればいいかな~」

 俺がそう言うと、お嬢さんの目は何故かパッと見開き。

 …………俺を見つめている。

 お嬢さんの中二病を刺激しすぎたのだろうか?

 何か……お嬢さんにとって、意外なことを言ってしまったのだろうか?

 なんかのってきたので、今度は逆に俺が質問してみよう。

「君が仮に、願いを叶える側の立場だとしよう。君は他者の願いを叶える事で何を望む?」

「女神になる事、それ以外望まないわ」

(即答かよ!)

 まてよ……女神って、それじゃ昨日の掲示板の書き込みと一緒?

 俺の質問に答えたお嬢さんは、何か嬉しい事でもあったのだろうか。

 口元に微笑を浮かべ……再び口を開いた。

「気に入りました採用です」

(はい?)

「貴方のその願い事も一緒に叶えましょう」

 お嬢さんがそう言うと耳鳴りが始まり。

 次の瞬間――――目の前は――――真っ白に輝き。

 俺の視界は光で塞がれた。

 

<02話 転移者>

 

 ――西暦2030年代末夏、正午――日本国内。

 

 ――中部州内 屋外――

 ――民間軍事会社敷地内 環境体験型訓練施設――

 

 青空の下で鳴り響く。

 セミの鳴き声と――タタタァアン! 鋭く響く一筋の銃声。

 あとに続くのは、狼の遠吠えの如く、唸るサイレン。

 訓練の終了を伝える、よく通る声をした女性のアナウンスだった。

『訓練終了、各員ブリーフィングルームに集合せよ』

 

 ――ブリーフィングルーム内――

 

 ここは普段から、ブリーフィングルームとして使われる空間。

 だがその外観、そして内装も、教会そのものだった。

 最も細部を見れば所謂、教会と言われる場所と違うのは分かるだろう。

 だが訓練を施す者にとっては、それが故郷の教会の姿だ。

 逆にここで訓練を受ける者達。

 剣と魔法、モンスターが当り前の異世界へ送り込まれる者達には別世界の教会、資料で見た覚えがある、異世界の女神を祀る教会の姿だった。

 そんな異世界の教会を再現した施設の祭壇。

 そこでは女神像の前に立ち。

 よく通る声で、シスターっぽい格好をした……金髪の女性がマイクを片手に、笑顔で話を始めていた。

『は~い! 皆さん午前の訓練お疲れ様です! ええと~本来ならここで――』

 彼女の眼前には、訓練用のレーザー発信機を銃口に装着した、自動小銃を携え、特殊部隊風の装備で全身を整えた男達。

 年の幅も十代から四十代と思われる、日本人男性が半数。

 残りは腰に剣や刀を携え、手元に杖や弓を握り締めた、男女混成の少年少女達だ。

 最もこの少年少女達……髪の色や瞳が赤や青に緑にピンクなど……実に多彩だ。

 中には耳が笹穂になっている者達も紛れ、その格好は全体的にファンタジー作品に出てくる、冒険者を思わせる格好だ。

 皆、地球の教会にもよくある、長椅子に腰掛け。

 姿勢を崩し、訓練の疲労を解そうとしている。

 ……だが、次の言葉を聞いた瞬間。

 彼らの意識のベクトルは反対の方向に向いた。

『――昼食をしながら反省会となりますが、抜き打ちで何人か転移者が来ますよ!』

 話を聞かされる少年少女達が懐に忍ばせた、カロリーバー型の携行糧食を齧り始めた。続いて大半が、背中に背負う形で忍ばせた、キャメルバック。ラクダのコブを参考に造られた、軍用水筒のチューブを口元に伸ばし、チューチューと水分補給を開始。

 特殊部隊風の男達も素早く動いた。

 銃口を床に向け、レーザー発信機を外し。

 ポーチに収納すると弾倉も外し。

 薬室内の空砲も手動で排莢。

 自分達が座る長椅子の下にある収納から弾倉を取り出し。

 ガチャ――ジャキン――実弾を装填した弾倉に急いで交換。

 男達の一部は収納にある別の銃器。

 軽機関銃、グレネードランチャー、狙撃銃に装備を急いで変更する者達もいる。

『はい! 準備を済ませて転移陣に行きますよ~!』

 シスターっぽい金髪の女性が声を出した。

 それに続いて、戦闘準備を済ました男達が銃を抱え。

 無言で隊列を組んで、外へ駆けていく。

 少年少女達も剣や杖、弓の状態を軽く確認した者が――次々と外へ駆けていく。

 そして最前列の長椅子に座る三人の少年少女と……シスターっぽい格好をした、金髪の女性だけが残った。

『こらぁああ! あんた達も行きなさいよ!』

 マイクを握った金髪の女性は……残った三人の名を叫んだ。

「教官! 自分達の魔力は残り少ないので今回はパスで! オナシャス!」

 刀を携え。

 青い髪と瞳をした少年が鍛えた胸板を見せ。

 カロリーバーを一口齧って。

 発情期のワンコの如く。

 腰をカクカクと振りながら、笑顔で教官にウィンク。

 割と美少年なのに『全てが台無し』という状況を彼は見事に表現している。

「そうよ! 腹が減っては戦が出来ないって、教官も言っていたじゃないですか!」

 隣に座るのは真紅の髪と瞳をした少女。

 少女は迷彩柄のコンパウンドボウを膝に置き。

 齧りかけのカロリーバーを握ったまま。

 片手を上げて抗議。

 後は……余分に持ってきた、カロリーバーに夢中だ。

「…………すみませんエルーナ教官。私では…………」

 両手で杖を握る、ピンクの髪と瞳をした小柄な少女。

 彼女は力なく呟き。

 シュンと肩を落とし。

 両手で顔面を覆い――握っていた杖が――カランと音を立て。

床に落ちた。

「うわぁあああああああん! あたしこの二人と組みたくないよぉおおお!」

 二人を率いる班長である、ピンク髪の少女は耐えられなくなり号泣を開始。残ったのは『あちゃ~』といった感じの困った顔と仕草をした、教官のエルーナ。

 ……問題児の3人だけだった。

 エルーナは背後を振り返り。

 わざとらしく両手を挙げて叫んだ。

「ああ女神様! この哀れな三人に道を示してください!」

 エルーナの視線の先には女神像。

 その背後には仕方なく……予算の都合で採用された物。

 当たり障りのない、量産型のステンドグラスが――一瞬だけ映った。

 ガシャァアン!

「きゃぁああああああ!」

 エルーナは驚いた。

 女神様が怒ったのだろうか。

 ステンドグラスは木っ端微塵に砕け。

 その中央にはステンドグラスを砕き。

 バチバチと帯電した光の膜に包まれ――一飛び込んできた少女。

「マギサぁあああああああ!」

 エルーナと同郷の異世界人。

 先程までカフェで青年とコーヒーを飲んでいた少女。

 魔女のマギサが……この世界へ転移で帰還してきたのだった。

 ドカン!

 マギサは唖然とする、問題児の前に着地。

 大きく床を凹まし。

 衣服に付いたステンドグラスを叩くと……息を吸い込み。

 発生した深刻な問題を解決する為に……叫んだ。

「エルーナ! 直ぐに本社に電話して!」

「マ、マギサ何があったの!?」

「……パイロット候補がいきなり『転移』したのよ!」

 そう言うと、マギサは小走りで移動をしながら。

 ブレザーの内ポケットからメガネを取り出して装着。

 何やらブツブツと呟きながら……教会こと……ブリーフィングルームを出て行く。

 ブリーフィングルーム内では――一焦った表情のエルーナが壁際に走り。

 警報装置のスイッチを押し。

 周囲には――一けたたましい警報音が鳴り響き。

 警報装置の横にある、固定端末の受話器を手に取り――一誰かに指示を飛ばし始めている。

 何やら問題児の3人も急いで、身支度を整え始めている。

◇

「クラウゼ聞こえる?」

『お帰りマギサ。予定に無い転移を複数確認しましたが、何かトラブルですか?』

「……私が片道用の転移術式と魔力照射をしたら、パイロット候補がいきなり転移したのよ……転移先の予測座標を出せるかしら? 少なくとも、今の時期なら中部州内に転移する筈よ。それと後で、調べてほしい案件ができたわ」

 最悪だ。

 まさか、いきなり転移するとは思わなかった。

 私と彼……パイロット候補にする予定の青年がいた場所。

 駅前のカフェは……自爆テロ後の現場みたいになってしまった。

(私が見た限り、死者はいない感じが幸いだった……)

 私は防御術式で無事だったから、尚更マズイと思い。

 その場で緊急転移をしたから……私はもう。

(緊急転移の回数制限、転移用の魔力チャージの期間も考慮すれば、向こうの世界へ約一年間は、転移が出来ないだろう)

 私は立場を気にせず、寛げる世界に行けなくなったのを惜しみ。

 少し悲しくなった瞬間。

 クラウゼの報告が、通信デバイスも兼ねた装備。

 メガネの骨伝導スピーカーから響いた。

『マギサ、パイロット候補の生体反応と魔力反応を補足しました。転移先の予測座標は中部州、名古屋市郊外のスラム街です。鬼化の兆候は見られませんが、検出した魔力値から危険と判断。現場付近のハイウェイを市警察のSWAT部隊が哨戒任務中です。彼らを現場に急行させます』

 ◇

 ――名古屋市近郊 ハイウェイ上――

 朝の渋滞ラッシュが過ぎ去った、正午過ぎのハイウェイの路上。

 そこを行き交うのは、主に物流関係の無人車両。

 赤い赤色灯、パトライトを輝かす有人車両。

 名古屋市警察とペイントが施された、市警察所属の装輪式装甲車輌の車列だ。

 そして、その上空20メートルを漂う、市警察所属の無人機(ドローン)の編隊。

 更にその上空、50メートルから200メートル付近。

 その高度では、何万機もの物流関係のドローンが飛び交い。

 宛ら前世紀の空想科学の小説や漫画で描かれた世界。

 未来都市の姿を実現させ……都市部の摩天楼の間や……郊外を行き交っている。

 そんな光景が当たり前になっている者達。

 その一部が装甲車の中で昼食を取っていた。

◇

『――続いて、次のニュースです。昨夜未明から今朝まで、名古屋市内のスラム街で続いていた暴動は、市警察当局の要請で介入した、PMCの軽攻撃機による空爆で鎮圧が完了しました。また、空爆時に誤爆で全壊した州立戦災孤児院の児童や職員は――』

 聞こえるのは、男性アナウンサーの淡々とした声。

 モニターに映るのは、誤爆後の現場に繋がった映像。

そこには瓦礫を背景にクマのぬいぐるみを抱き抱え。

 涙を流す、カラフルな髪と瞳をした子供達が映り――『ともだちをかえせ! へたくそ!』――などと、感情をぶちまけていた。

 画面の上下にリアルタイムで表示され、横に流れるSNSのトレンドワードは『へたくそ』や戦災孤児の俗称である『ストチル』が堂々と上位に入る有様だ。

 その映像を見つめ。

 ため息混じりで、己の気持ちを吐き出す。

 ……男がいた。

「どのチャンネルも報道ばかりか~それに制空権内で誤爆とか……どこのPMCだよ」

 装甲車内の後部搭乗員乗車スペース。

 そこでは車内モニターに映る、メディアのニュース映像。

 何度も聞かされる、似たような解説に嫌気を覚えた男がいた。

 彼の目の前の足元。

 そこにはテーブル代わりに使われ。

 炭酸飲料の空き缶やノンアルコールビールの空き缶。

 ツマミ類のパックや缶詰の残骸が、歩兵の如く…………デサントする装備。収納された状態の担架の側面板があった。

 彼はそこにドカっと――傷だらけのタクティクカルブーツを履いた足を置き、経験上の勘で分かる時間帯。

 束の間の休憩を寛ぎ……愚痴を吐いていた。

 男はグレーのニット帽を被り。

 全身を市街戦迷彩柄のグレーを基調とした、特殊部隊仕様の装備で固め。

 右太腿にはレッグホルスターを装着、その中には一般警官が装備する9ミリ拳銃と違い。

 50口径の銃弾を撃ちだす、大型自動拳銃が収まっている。

 だが、この特殊仕様の装備も当然だろう。

 この男が乗っている装甲車。

 その砲塔部にはミニガンとグレネードランチャー装備の無人砲塔が搭載、車体側面には『名古屋市警察 SWAT』とペイントされているのだから。

 男はテーブルに置いた、ナッツ類を食べ尽くしたのに気付き。

 左手で胸元のポーチから、市販のカロリーバーを取り出してボリボリ食べ始め。

 右手で握った、500ミリサイズのPETボトルの飲み口を口元に運び。

 ゴクゴクと飲むミネラルウォーターで……喉元を潤していく。

「仕方ないだろ。どっかの馬鹿達が暴動を起こすからさ」

 もうひとりの男が軽やかに応えた。

 彼もまた特殊部隊特有の充実した、装備を身につけている。

 灰色ベースの市街戦迷彩柄のブーニーハットを被り。

 上下共に同じ柄の市街戦迷彩服を着用。

 右太腿には、カロリーバーを食べる男と同じく、レッグホルスターを装着。

 その中にはダットサイトを装着した自動拳銃。

 PDW(パーソナルディフェンスウェポン)用の銃弾、5,7ミリ弾を撃ちだす自動拳銃が収まっている。装填している弾倉はロングマガジン仕様だ。

 腹部のマガジンポウチには10本近い、ロングマガジンが収まっている。

 そんな二人の視界には、夜空を輝かす爆発の閃光。

飛び交う銃弾。

 瓦礫の上で隊旗を突き刺し。

カービン銃を掲げて叫ぶ。

 市警察機動隊員達のニュース映像と……アナウンサーの解説が耳元に淡々と流れていく。

『――州政府は引き続き、市当局、州政府の戒厳業務委託先である【特別軍事法人NEET】との連携体制を万全の体制で取っており、市民には落ち着いた行動を呼びかけています。また先程、州政府の報道官からあった発表によりますと、州知事は本日正午、正式に州軍へ緊急待機を命じ、即戦予備役の呼集を開始、国防軍も警戒態を――』

 どちらかが、チャンネルを変えたのだろう。

 オカルト系のゴシップニュースが流れ出した。

 雷雲の合成画像をバックに熱を込め。

 落雷の効果音に負けない様に語る。

 魔法使いの格好をした、号泣中のおっさんが映っている。

『――さて皆様ぁあああああああ! 先週、九州方面の国境線付近の難民キャンプで発生した、連続爆破テロについて! 新情報を入手したぞぉおおおおお! 現場付近ではなんと! 全身を緑の鱗で覆われた! レプティリアンの目撃例が相次ぎ! これに歓喜乱舞したまま! UMA捕獲に完全武装の一個中隊の編成で向かった! 我が番組唯一のスポンサーだった! 現役の賞金稼ぎで爬虫類マニアとしても有名なぁああああ! 小林氏とその同志の惨殺死体が――』

 どうやら突然決定した、最終回のようだ。

 その後、番組唯一のスポンサーであった、故人を偲ぶコーナーが開始。

 故人の経歴がなんとか、可能な範囲で微妙に美化されている。

 だがそれも当然だ。

 故人の職業は賞金稼ぎである。

 故人が生前にガンカメラやボディカメラで記録した、賞金稼ぎ中の行為。それらの映像は、所々でモザイク処理が施され。

 尚、余りにも放送禁止用語が多すぎる、故人の音声は大体『ピー』の音で宛ら、モールス信号風にカット。

 銃声や捕獲対象の命乞い。

 阿鼻叫喚の悲鳴、爆発音をBGMにしたまま報じられていく。

 ……何やら制作スタッフの苦労が感じられる……追悼番組だ。

 ゴシップニュースの最終回を見飽きたのだろうか。

 カロリーバーを食べる男が車内モニターの電源を落とし。

 口を開いた。

「鬼沢さんも戦闘データは見ただろ……スラム街の一件は暴動じゃないぜ。銃どころか、ダンプに機関砲や火砲を積んだ、テクニカル車両で大暴れ……これは戦争だぜ!」

「戦争か……確かに龍澤の言う通りだな」

 鬼沢は龍澤の指摘に納得して頷く。

 鬼沢と龍澤は共に第三次世界大戦を経験していた。

 その当時、鬼沢は二十代前半の会社員。

 龍澤はサバゲー好きな、引きこもりの十代後半だった。

 二人が駆けた戦場は、今も銃声が鳴り止まないここ。

 日本列島だ。

 日米関係の悪化で起きた在日米軍の撤退、第三次世界大戦のきっかけになった内戦。

 南北戦争後初となる、米国の内戦の影響が重なった結果。

 日本国内では、複数のカルト集団が武装蜂起。

 行政機関を襲撃して、無政府状態へまっしぐら。

 それに合わせて、周辺国が邦人保護を名目に武力介入を大規模に開始。

 ドロドロの内戦状態になっていった。

 否応なしに戦場が日常生活になった二人は、比較的マシなモラルを備えた組織。

 数多くあった民兵組織の一つに入り込み。

 そこで出会い、ペアを組まされて戦った戦友だ。

 二人は何とか大戦を生き延び、終戦後は新政府の発足に伴い。

 雨後の竹の子の如く増えた民間軍事会社。

 日本国内では、PMCの略称で呼ばれる、会社でのお勤めを選んだ。

 その後、鬼沢は十年近く国内外で軍事活動を行い。

 数年前から、名古屋市警察に再就職。

 常勤のSWAT要員として働いている。

 対照的に龍澤は昨年末まで、国内最大手のPMCに所属して軍事作戦に従事。

 今では色々あって、鬼沢の紹介と推薦で昨年末、名古屋市警察に再就職していた。

 警察活動と軍事活動の違い。

 経験や立場の違いからくる、感覚や判断に相違があるのも、仕方ないなと鬼沢は思い。

 鬼沢は昔を思い返しながら……静かに口を開いた。

「そういや龍澤、今年の春先から俺達ってさ、何か忙しいよな」

「確かに自分が市警察に入った頃は、訓練期間が一ヶ月の内、一周間はありましたからね」

「しかも今は緊急出動が多くて、訓練途中でも出動で残業が当たり前……こんなの初めてだぜ」

「ここのSWATは報酬も結果次第でたっぷり出るから、まだいいですよ。ああ~部隊の新設増強は無理でも、新人とか補充してくれないですかね~」

「どうだろうな……年末からSWATが死にすぎて、署長の話じゃ、選挙前の市長が、かなりご立腹みたいだしな。残ったのが俺達みたいな、問題児の部隊ばかりじゃ――」

 鬼沢が全て言葉を言い切る前に、車内の照明は赤い警告灯に変貌。

 サイレンが煩く。

 ビービーと鳴り響いた。

 前線車両の警告灯とサイレンを鳴らす原因は少ない。

 車載センサーやレーダーが捉えた、対戦車ミサイルや自爆ドローンの接近。

 照準用のレーザーやレーダー照射を浴び。

 装甲車が挽肉を詰めた棺桶に変わるか、否かの瀕死の瞬間。

 若しくは――市警察の司令塔。

 市警察本部、そこから直接下される任務『急ぎの用件』だけだ。

「ちっ! 本部からか!」

 鬼沢は緊張感を急いで纏い。

 不愉快な感情を口から素早く排莢。

 ガンラックにある自分の銃。

 5、7ミリ弾を撃ちだす、カービン銃型のPDWを掴み。

 装着している各種装備の点検も開始。

 そして――スピーカーから――男性オペレーターの声が流れ始めた。

『本部より緊急指令! コード033発令、至急SWAT第四分隊は郊外廃墟郡の指定座標へ急行せよ! 繰り返す――』

「龍澤仕事だ。装備のチェックを済ましておけ」

「あいよ。鬼沢さん――おっ! そうだ」

 龍澤はPETボトルの中身を飲み干し。

 ゴミ箱にボトルとカロリーバーの包装用紙を放り込む。

 そして、手馴れた感じで装備のチェックを済まし。

 インカムと本部の通信をデータリンクで繋いだ。

 龍澤は想定されるケースを考えながら……口を開いた。

「こちらSWAT第四分隊龍澤、オペレーター聞こえるか。任務内容の開示を求める」

 緊急時に発令されるコード033が、緊急度の高さを示す。

 その意味を龍澤と鬼沢は理解していた。

 だが、任務内容の幅は広い。

 それは銃撃戦やテロ攻撃、工事用の大型ドローンの暴走。

 昨日あった、スラム街の騒動程ではないが、暴動に近い乱闘。

 野生動物が人の居住エリアに侵入する事や、家畜の逃走劇。

 その中には近年、軽装ながらも銃火器で武装を開始した、一般のレスキュー部隊ですら、救助出来ない……危険な環境にいる、対象の救助も含まれている。

『こちら本部、任務内容は人命救助との事。最優先コード033で実行命令がNEET側から――』

「龍澤は本部との通信を継続しろ。俺は担架を準備する」

「了解。そうだ鬼沢さん、明日の昼食のピザを賭けませんか? 俺は――」

 

 龍澤は自分の座っていた、座席の下から黒い袋。

 死体袋を取り出し笑顔で一言。

「今回は仏の方に賭けますわ。お前らはどうするよ! ガンナーとドライバー!」

 龍澤がそう呼びかけると、車内のスピーカーから、若い女性達の声が流れた。

『こちらガンナーです~私は生きている方に賭けます~』

『こちらドライバー私は仏になっている方かな』

「だそうです。鬼沢さんはどうします?」

「たく……お前ら……俺は生きている方に賭けるよ」

 かくして、車内のSWATが全員参加する、不謹慎な賭けが始まった。

 鬼沢は目の前でテーブル代わりに使っていた装備。

 担架の側面板の端にビニール袋を持って移動。

 デサントしたゴミを――龍澤が無言で足を動かし。

 ……名古屋市指定の業務用ゴミ袋に纏めて放り込む。

 これで掃除は完了だ。

 鬼沢はゴミ袋を近くの収納に放り込み。

 担架の準備を始めた。

 さっきまでテーブルだった担架の正体は、人工呼吸器や人工血液パック、人工心臓、人工肺、遠隔治療用のロボットアームなどの生命維持に必要な医療機器を組み込んだ装置が搭載された自律型自走担架。

世間では『人命救助ドローン』と呼ばれる、装備の準備を鬼沢はしていた。

 お値段がこの装甲車より高かったりする、ハイテク満載の医療機器だ。

 そんな貴重な代物を扱えるのも、特殊部隊故の贅沢か。

 いや、一番贅沢なのはこんなに充実した装備で、人命救助される輩だろう。

『――繰り返す、最優先コード033で実行命令がNEET側から――』

 本部と通信を行う龍澤は古巣の名称を聞き。

 ……微かな不安を覚えた。

(NEETとなると、戒厳業務の範囲か……嫌な予感がするぜ)

 先程まで龍澤達が見ていた報道でも、触れていた存在『特別軍事法人NEET』は龍澤、そして鬼沢の古巣である。

 銃爪を引け、それなりに身元が確かなら簡単に入れる、懐が広い会社。

 第三次世界大戦後の日本の復興を原動力に勢力を拡大。

 税の徴収すらも行政機関に変わって行い。

 3割から4割は手数料として懐に頂き。

 それらを根拠に税金の類いは一切収めない、尚且つ不逮捕特権まで持っている。

 国内外から批判が殺到している、チートな武装集団である。

 最も自称関係者の証言や流出したデータによると、生きて五体満足で尚且つ、精神面も無事で退職出来る社員は『一割もいない』に始まり『創業者達は地球外生命体』や『異世界出張がある』や『社内にエルフや獣耳が紛れ込んでいる』などと、都市伝説な風評も飛び交い。

 創業者の一人は周辺国や同業者、国内外の各勢力から恨みを買い過ぎ。

暗殺の返り討ちが日常になった通称『異世界帰りの男』を二つ名に持つ男。

 それらが国内最大の民間軍事会社。

 特別軍事法人NEETに関し、世間や龍澤と鬼沢も知っている古巣の概要だ。

「どうした? 応答し――」

 龍澤は突如途切れた、オペレーターの応答に違和感を覚えた。

 だが、その原因は直ぐに……その耳元に聞こえてきた。

『こちら戒厳司令官の鬼頭だ。SWAT第四分隊は速やかに指定座標へ急行せよ。任務内容は人命救助だ。繰り返す、任務内容は人命救助――』

 ◇

 数分前――郊外廃墟郡――上空

「うぁああああああああああああああ!」

 一人の青年が大空で叫びを上げていた。

 その姿は宛ら、真っ青な大海で溺れ足掻く。

 瀕死の遭難者。

 或いはこの世に生まれ、産声を上げる赤子であろうか。

 だが、この青年が一定の高度に留まる事は許されない。

 何故なら青年には、翼も無ければ揚力もない。

 人間だからだ。

 それ故に青年は引力にガッシリと掴まれ。

 所々砲爆撃の跡が残る灰色の底。

 廃墟郡へ沈んでいく。

 否――――直撃していく運命だ。

 ガシャァアアアアアン! 

 ガラスの砕け散る盛大な音が響き。 

 ドボォオオオン! 

 舞い上がる水柱と水飛沫。

 水面に波打つ波紋。

 そして、水面に顔を出す……一人の青年がいた。

 ◇

 バシャバシャ! 

「げほっ! げほぉお!」

(やべえ! 死ぬマジで死ぬ!)

 俺はともかく足掻き。

 空気を求め――陸を求め――ガシッ! 

 岸をその手で掴んだ。

 身体の痛みや、ずぶ濡れた不快な状態は本能が無視。

 俺は肺呼吸を獲得した、両生類の様に陸に這い上がって。

 ペタリと……床に倒れ込んだ。

「はぁ! はぁ! はぁ!」

(一体どうなっている!?)

 徐々に呼吸が落ち着き。

 思考が冷静さを取り戻した俺は――思考を開始。

(俺は何をしていた……確か駅前のカフェで女子高生と話していた……その筈だ。それに何だ……俺は落下したのか?)

 俺は寝そべったまま――周囲を見渡す。

 場所は……何処かの廃墟のようだ。

 造りからしたら、ショッピングモールだろうか?

「……青いな」

 俺の視線は、ガラスの破片がパラパラと落ち。

 ヒラヒラと見慣れた形状の紙……俺の財布に入っていた万札が舞う円形の穴。

 青空を切り抜いた天窓の様な場所に向いていた。

 俺はあそこから落ちたのか? 

 それに陽射しが強いし……セミの鳴き声?

(つうか……やべぇ……結局……俺は……無一文かよ)

 その思考を最後に……青年の意識は途切れた。

 ◇

 ――十数分後―― 

 ――廃墟群 ショッピングモール跡地――

 鬼沢達が向かった場所は、廃墟群のど真ん中。

 途中何度か、チンピラ達の縄張り争い。

 銃撃戦の現場に遭遇。

 だが、チンピラ達は装甲車両を見ると我先に逃走。

 他の住人達も……怯える様にコソコソと……物陰に隠れていく。

 スラム街という閉鎖環境。

 コンクリートジャングルの中で、食物連鎖の頂点に立つ存在。

 逆らえば、確実に殺しに来る、官憲の鋭い牙。

 それが、名古屋市警察特殊部隊SWATに対する、スラム街の住人達の共通認識だ。

 だからこそ、鬼沢達は襲撃を受けず。

 ……スラム街の奥まで入る事が出来た。

 鬼沢達がたどり着いた先は、廃墟郡の中でも、その中央に位置する一際大きな建造物。

 ショッピングモールの吹き抜け構造のホールだった場所だ。

 かつては多くの利用客が行きかった天井の下。

 そこは行き交う人々を見守る、白い彫刻の女神像に見下ろされ。

 地下水を汲み上げて湛えた、白い円形の噴水を中心にした。

 人々の出会いが交差する、憩いの空間だった空間だ。

 だが、噴水だった白い空間は女神像だけを残し。

 噴水の周囲ごと真下に数メートルは陥没。

 今では木漏れ日が差し込む。

 底が見通せる程に……透明度の高い泉となっていた。

 ◇

「……なんだよ。これ」

 人命救助ドローンの右側面を守りつつ。

 PDWを構えた鬼沢は声を漏らした。

「どう見ても、一万円札だよな」

 同じく左側面を守る龍澤が片膝を床に付き。

 片手でカービン銃を構えたまま。

 辺りに散乱する……紙幣。

 今では使われなくなった紙幣…………一万円札を確認しながら応えた。

「で、アレが救助対象か?」

「みたいですね……何とか岸に這い上がった――!?」

「息があるようだ! 前進」

「こちら龍澤。車内の二人、賭けは鬼沢さんとガンナーの勝ちだ」

 龍澤はインカムで隊内通信を使い。

 賭けの結果を報告。

『こちらガンナー了解~周囲に敵はいませんので~今の内にお早く~』

 少し陽気な感じが漂う、ガンナーの返事を聞きつつ。

 鬼沢と龍澤は目元に装着した装備。

 サングラス型の情報デバイスのセンサー類が表示する、周囲の情報を確認した。

 本部へリアルタイムでデバイスから送信する現場映像。

 そこには速やかに本部から――赤い追加マーキングで強調表示された人物。

 目の前で俯せになったままの……救助対象を確認。

 二人は銃を構え。

 人命救助ドローンに足並みを揃えて――前進。

 周囲に銃口を向け安全を確認。

「クリア!」

「クリア……おい! 大丈夫か!?」

 龍澤は救助対象に駆け寄り。

 声を掛けた。

 鬼沢と龍澤は、泉の岸で奇妙な青年を発見して救助。

 青年は出血を伴い……ずぶ濡れになっていたが……息はしているようだ。

 人命救助ドローンは、龍澤に青年から離れるよう促し。

 素早く青年に近付き――内部に自動収容すると――診断と治療を開始した。

 

 同時刻――民間軍事会社関連施設――環境体験型訓練施設。

 ――――転移陣――――

 ◇

 そこは周囲を木々に囲まれ……水がボコボコと湧き出す泉。

 その中央部に浮かぶ灰色の砂地。

 そこに浮かび……青く輝く魔法陣。

 転移陣は地面から少し宙に浮き。

 回転を続け――この世界へ転移者を――運んでいた。

「うぉおおおおおおおおおおおお!」

 バシャン!

 また一人、転移者が転移陣から吐き出され。

 浅い池にポチャっと転移。

 如何にも、オタクっぽい金髪メガネのデブ。

 先に転移してきた小柄なイケメンホストっぽい、茶髪の男。

 どうやら……この二人が転移してきたようだ

 

『そうだ! 両手を開いたまま頭に置け!』

 二人は水上のガンボートから、特殊部隊風の男達に銃口を向けられ。

 ……唖然としていた。

 その光景を岸から見つめる集団がいた。

 半数は様々な銃を構えた、特殊部隊風の男達だ。

 残りは剣や刀、杖や弓を構えた。

 冒険者風の少年少女達だ。

 

 更に――数時間後――廃墟群 数百メートル上空。

 

 既に星が輝く時間帯になった頃。

 周辺情報を収集しつつ。

 タンデムローターを搭載した、人員輸送ドローンの中から……。

 地上の様子を気に掛ける者達がいた。

 ◇

 ――人員輸送ドローン機内――

 私は機体機首に搭載した複合センサーの捉えた、映像を視ている。

 地上は経年劣化、砲爆撃で割れた路面に廃墟群。

 点在する赤外線反応は、浮浪者達がドラム缶で焚火をしているのだろう。

 偶に見かける複数の発砲反応は、スラム街に巣食う犯罪者達の喧嘩だ。

 人員輸送ドローンに搭載した、カメラやセンサー類からの情報。

 データリンクで手に入る、リアルタイムの周辺情報は貴重だ。

 私の役目は任務達成に必要な新鮮な情報を収集して分析。

 状況に応じた戦術を組み立て、脅威を排除。 

 仲間を率いて、今夜の内に任務を達成する事だ。

 ……そんな忙しい私の耳元。

 そこにはチームメイトである、彼女の楽しそうな声が……骨伝導スピーカーから響いた。

『ねぇねえ! 下を見て春菜! チンピラが銃撃戦をしているみたいだよ!』

 私の名前を呼ぶのは、真っ赤なパワードスーツを着た、女豹を思わせる。

 シルエットの仲間。

 彼女は窓際にへばりつき。

 地上を目視で監視中だ。

 私は彼女の名を思い浮かべ。

 口を開いた。 

 

「紅菜、はしゃがないの……私達の任務は何でしょうか。復唱してみて」

『え? マギ姉ちゃんが転移に失敗した後始末の『排除』です!』

「ぷっ!」

 

 その時、私の隣で感情を抑え。

 吹き出す声を微かに漏らした……もうひとりのチームメイト。

 刀を抱えた仲間、オレンジ色のパワードスーツを着た。

彼が口を開いた。

『春菜、因みに今回お迎えに行った男で、マギ姉ちゃんの何番目だろうね……』

「誠、いくらなんでもそれは言い過ぎよ。今は脅威の排除に集中よ……みんな降下準備開始」

 春菜は緩みそうになった思考を切り替え。

呼吸を整えると、静かに口を開いた。

「こちら春菜、高度を上げてください。これより目標地点への降下準備を開始します」

 春菜はマニュアル通りに指示を出し。

 自身もシートの下に収納された降下装置。

 市街地への精密降下にも対応した、スマートパラシュートを取り出して装着していく。

『こちら機長、了解した。上昇する』

 機長を名乗る音声の主は、このドローンに搭載された人工知能。

 因みに音声は、春菜の趣味で渋いおっさん声だ。

「ちょ! もうそんな時間なの!?

 紅菜は手をあたふたさせ、準備を開始している。

 だが、あたふたしながらも、パワードスーツの点検を行い。

 スマートパラシュートを装着する様は、ぱらぱらと踊っているかのようだ。

「仕方ないよ紅菜、こんな機会でも無いと『連中を倒す』経験を僕達が積めないよ」

 誠はパワードスーツの点検を素早く終え。

 武器である刃が収まった、ハイテク感が漂う鞘を背中のマウント部にセッテイング。

 左右の太腿に装着したホルスターに収まっている銃。

 自動拳銃のスライドを引き。初弾を薬室に装填してホルスターに戻していく。

 そして春菜も誠や紅菜と同型色違いになる、ピンク色のパワードスーツの点検を開始。

 春菜は自分の武装である、誠と同じくハイテクな感じが漂う武器。

 銀色の穂先以外全体がピンク色をした、短槍の点検も素早く終え。

 短槍を伸縮させ、ハイテクな鞘に納め。腰にセッテイングすると……誠に声をかけた。

「誠、最近は転移者関係以外でも、連中の発生事例が多いけど、どう思う?」

「そうだね。僕達の権限じゃ転移関係の情報は少ないから、モンスター(連中)の発生事例と、転移との明確な相関関係は分からないけど、今は戦うだけさ」

『こちら機長、後部ハッチの開放準備に入る。各員降下準備』

「そうね」

誠の隣ではピンク色の髪をした少女、春菜が微笑み。

膝元に置いた、ピンク色のパワードスーツ用のヘルメットを装着。

 誠も膝元に置いた、オレンジ色のパワードスーツ用のヘルメットを装着。

『後部ハッチ開放開始10秒前、9、8、7、――』

 数秒後、戦闘準備が整った、夜風が三人に吹き付けた。

 

 ――数分後――

 

 廃墟群の中でも一番大きい建造物。

 正午頃、転移者が転移した、ショッピングモールの屋上に、今度は赤い人影が降下。

 赤い人影は屋上にパラシュートで着地。

 真っ赤なパワードスーツを着た少女が、無線を聞き。

 意気揚々とピョンピョンと飛び跳ねていた。

『こちら春菜、モール内部にゴブリンとリザードマンを数百体規模で確認。外に出る前にケリをつけるわよ。紅菜は魔力矢でゴブリンへの攻撃を開始。誠は死角のリザードマンを掃討』

『紅菜了解』

『誠了解、春菜、俺が切り損ねた奴は頼む』

『いいわよ誠。今度照り焼きバーガー奢ってよね。モビアック以外の肉で』

『オッケー』

『こちら紅菜、適当に始めちゃうよ』

『こちら春菜、いいわよ』

『いいぜ紅菜、派手な花火を頼むぜ』

『了解!』

 紅菜はウキウキしつつ――腰から筒を取り出し。

 真紅の弓を作り出して構え。

 赤い光の矢を何本も下に向けて、素早く撃ち始めた。

 赤い矢の向かう先。

 階下では爆発音や振動が、何度も激しく響く。

『こちら紅菜、攻撃開始!』

『誠了解、紅菜はそのまま雑魚を潰してくれ』

『紅菜了解』

『こちら春菜了解、私は降下して誠の援護をする』

 ◇

 ――廃墟郡ショッピングモール内部――

 紅菜の放つ援護射撃の魔力矢。

 宛らグレネード弾の空爆に匹敵する猛攻は、ゴブリン達を次々と爆殺していく。

 その一方、刀を握る誠。

 彼は鱗の装甲で守られた敵。

 刃で武装した敵と何度も刃を交えていた。

「クソッタレ!」

 その敵は余裕で、誠の斬撃を刀身で受け止め。

 片刃の刃を――誠目掛けて振り回す、数十体規模の異形の姿。

 だが、子供ぐらいの体をしたゴブリンとは違い。

 体格も段違いに大きい。

 身長2メートル弱はあるだろう、 筋骨隆々とした体躯。

 全身は緑色の鱗に覆われ。

 人間的な知性は感じさせない眼差し。

 爬虫類っぽい……特徴的な姿。

 モンスターの中でも斬撃に強いと、誠は何度か戦った経験から学んでいた敵だ。

「まさか、武装したリザードマンが団体で……登場とか……今回の転移者は、どれだけやばい――んだよ!」

 誠は後方にバックステップ。

 リザードマンの繰り出す、重い斬撃を回避していく。

 手馴れた動きで、斬撃の間合いから逃れた誠。

 彼は中段で刀を構え直し。

 切っ先の狙いを定め。

 向かってくる……敵を見据える。

 誠の視線と切っ先の狙う先には――早足で間合いを詰め。

 上段から斬りかかってきた、一番手前のリザードマンが一体。

 一瞬だけ映った。

 ザシュ! 誠の斬撃で素早く切り捨てられ。

 リザードマンの腹部から飛び散る――真っ赤なブラスト。

 飛び出す臓物をバックにして――誠はリザードマンの間を駆けていく。

 誠が駆けた軌跡には、鱗を砕く斬撃音、飛び散る火花。

 真っ赤なブラストが刻まれていく。

「グギャァアアア!」

 誠は十体近い、リザードマンを無傷で斬殺。

 だが、誠の目の前には、弾痕だらけのコンクリートの壁が立ちはだかった。

「ギシャァア!」

 リザードマンが誠目掛けて殺到する。

 だが、誠は刀を背中に背負った鞘に戻すと――口を開いた。

「春菜! 吹きとばせ!」

 誠はそう言い放つと――数十メートルは垂直に跳躍。

 彼の視線の先には階下のリザードマンに向けて――槍の穂先を向ける仲間。

 春菜が映った。

『春菜了解!』

 春菜が握り締めた槍の穂先の空間が歪み。

 歪みの中から、火球が数発飛び出し。

 リザードマンの群れに着弾。

 閃光が走り――爆風と熱風がリザードマンを喰らっていく。

 誠は体を宙で捻り、テラスに滑り込み――滑走しながら着地。

 向かいのテラスでは春菜が、片腕を掲げ勝ち誇っている。

「春菜、ファイヤーボールの数が増えたな」

『当然よ! マギサ姉ちゃんに合宿で鍛えられたから!」

暗闇に包まれた廃墟で異形、モンスターを相手に戦う三人の戦いは始まった。

 ――同時刻――名古屋市郊外 軍事区画――

 ――民間軍事会社医療施設 VIP専用ルーム――

 ◇◇◇

(――――眩しい!)

「……」

「瞳孔は大丈夫そうだな」

 眩しさで目が覚めた……俺の目の前。

 そこにはライトを持った男……白衣を着た初老の医者がいる。

 その後ろには――女子高生?

「それでは、私はこれで失礼します。少し記憶の混濁があるかも知れませんが、何かあったらナースコールを」

 そう言うと医者は、女子高生に会釈をして退室。

 ……扉は自動ドアのようだ。

 ドアの外には黒い人影……銃を持った黒服が何人かいる。

「無事で良かったわ……」

 部屋に残った女子高生が何やら、俺の安否に安堵しているようだ。

 女子高生と思ったのは、それっぽい服装をしているからである。

パッと見た感じ。

 ロングの黒髪をしたモデル体型の美少女だ。

 なんだろう……笑顔が素直に可愛い。

「改めて自己紹介をします。転移者さん……私はマギサ……貴方に仲間になって欲しいと考える、魔女の一人です。以後よろしくお願いします」

 

<04話 チュートリアル>

 

 どうやら俺は記憶が混濁していたが……ようやく状況を理解した。

 俺は異世界転移をしたようだ。

 それも並行世界。

 いわゆるパラレルワールドと言われる。

 現実とよく似た異世界へ。

 壁全面がモニターになって、今日のニュース映像を写し。

 ……程よい音量で、俺にこの世界という現実を伝えてくれる。

 窓は無いようだが、時刻は夕方だ。

「――そうそう、医者が今日は軽い食事なら大丈夫と言っていたから――」

 ベッドで横たわる俺の目の前。

 そこには、俺を転移させた張本人。

 カフェで出会った、自称魔女の美少女。

 マギサが笑顔で丸い座椅子に腰掛け。

 青いリンゴを果物ナイフで向いている。

 俺はどうしても気になり……マギサに話しかけた。

「すみません……この世界のリンゴって……何でそんなに青空みたいな……色をしているのかな……遺伝子組換えですか?」

 そう、青いリンゴといっても、青空の様に皮が真っ青なのだ。

 因みに中の実は……薄い水色っぽい。

 俺の常識では、遺伝子操作した産物にしか見えない。

「……あら大丈夫よ――」

 シャリ。

「私の故郷ではこれが普通のリンゴよ。こっちでもリンゴは赤よ……あなた達、普通の人間でも、安全に食べられるわ」

 そう言うと、マギサは切り分けたリンゴをつまんで……齧ってみせた。

「君の故郷って外国かな?」

 地球といっても、ここは並行世界。

 俺のいた地球には存在しない果物や国家。

 民族や人種……『普通の人間』という表現から察するに。

 人間以外の知的生命が存在しても、不思議ではない。

「私の故郷は地球とは違う……異世界よ。少し事情が複雑だから、詳しい説明は後でするわ」

 その後、俺はマギサと異世界原産のリンゴを食べ。

 小一時間程……彼女から大まかな話を聞いた。

 まず先に話されたのは、俺の世界で起こっていた、例の振り込み失踪事件。

 その一部は、マギサ達が行っていたようだ。

 だが、大半は誰が行っているのかは、動機も含めて不明。

 そして失踪した方々の消息や、生死も不明だそうだ。

 俺も報道レベルで知っているが、急激に失踪する人が増えた事。

 その状況に危機感を覚え。

 マギサが自ら俺のいた世界に乗り込み。

 以前からマークしていた対象の一人。

 俺を身柄保護の観点から、転移させたそうだ。

 今現在、得られる情報からして、マギサは俺の命の恩人と言えるかもしれない。

(しかし……マジで異世界かよ)

 そして、マギサの世界は剣と魔法、モンスターが存在する世界。

 所謂、ファンタジーな世界の類いと考えればいいようだ。

(今のところ俺が分かった他の情報は、ここが近未来の地球の並行世界。 それも第三次世界大戦後の日本国内……マギサがこの世界では、民間軍事会社の幹部という事くらいだ)

 そして今、俺は部屋を移動している最中だ。

 服装は白い入院着といった感じである。

 俺の隣にはマギサ。

 周囲にはサブマシンガンを持った筋肉マッチョの黒服。

 その中には黒人や白人も混ざっている。

「着いたわ……適当に座って頂戴。それと、あなたのスマホが見つかったから、渡しておくわね」

「ありがとう」

「通信は無理だけど、記録装置や目覚まし時計としては使えるから。時刻だけは手動で勝手に修正させてもらったわ」

 俺はマギサからそう言われ。

 傷だらけになった自分のスマホを渡された。

 そして映画館の様な部屋に通され。

 部屋の中には座席がズラリと並び。

 ……俺は一番見晴らしが良さそうな中央の席に座った。

 護衛は部屋の外で警備に当るのだろう。

 ……ここにいるのは俺とマギサの二人きりだ。

 マギサも隣に座り。

「今から、私の故郷、異世界に関する情報を映像資料で説明するわね」

 マギサがそう言うと部屋の照明が暗くなり。

 ……映像資料が大画面に映し出された。

 ◇◇◇

 ――数時間後――

 俺は先程の病室の様な部屋に戻って……一人でボーッとしている。

 近くのサイドテーブルには、マギサに渡されたスマホ用の充電器。

 予備のモバイルバッテリーや、ミネラルウォーターの入ったPETボトル。

 俺の世界でも売っている、箱詰めのカロリーバーが……置いてある。

 消費期限を見ると、俺の時代から四半世紀は先だ。

 見た感じが、そんな長期の保存食でもない事から……やはり違和感が残る。

 流石に並行世界だと、アダプターや電源の規格が違うようだ。

 並行世界から来た、俺みたいな人用に用意した、専用の変換アダプターもあるようで幸いだ。

 そして手元には傷だらけになった、米軍の調達要求基準を満たしたグッズ。

 ミルスペックの防水ケースを装着した……俺のスマホがある。

 スマホ本体が無事なのは凄い。

(ぼんやりとしか覚えていないが、確か高所から落下する、記憶はあるから……尚更だ)

 今日はもう寝ろと、マギサや医者にも言われたのだが、仕方ないだろう。

 寝る前にスマホを弄るのは……習慣なのだから。

 そもそもここは圏外だし、ソシャゲでも遊べない。

 因みに向こうの世界、俺の世界で手に入れた万馬券の成果。

 諭吉達は何枚か回収したが、後日渡すそうだ。

「それにしても……何か面倒な事に巻き込まれたな」

 見せられた映像資料によると。

 マギサの世界では一万数千年前。

 創造主である優しい神々に恐れられ、地上にマギサの出自である種族の魔族が追放され。

 賢い神々の支援の元、独自の文明を築いて謳歌していたそうだ。

 だが、魔族が許せなかったらしい優しい神々は、魔族を滅ぼそうと地上へ侵攻を開始。

 それを哀れみ、魔族を支援した賢い神々は、地上に多くの亜人種の軍勢を送り込み。

 大規模な戦争が勃発。

 結果はマギサの出自である種族。

 魔族と亜人種側、優しい神々を裏切った眷属の人間が勝利。

 その後、魔族と賢い神々は、優しい神々の最後の生き残りの女神を捉え。

 それまで実現不可能とされていた魔術。

 完全死者蘇生魔術の触媒にする為、黒い炎を顕現させて、女神を燃やし尽くし。

 世界に光り輝く女神の遺灰を撒くと、その後、マギサの世界ではゲームでお馴染みの復活の呪文とでもういうべき『死者蘇生の魔術』が使えるようになり。

 その後の世界秩序は、死者蘇生を司る機関である教会『救済教会』と戦争に勝利した先住種族である、魔族側を中心に世界秩序が形成され。

 今は教会の代表者、女神の代理人達を決める、戦争の最中だそうだ。

 詳細は分からないが、どうも戦争の原因は代理人の後継者が……居なくなったからみたいだ。

(そして、今いる世界は地球の並行世界か……)

 この世界は近未来の並行世界の地球だ。

 大まかな歴史は一緒だが、細部が異なるらしい。

 映像資料を見る前に見たニュース。

 そこに映る、この世界の日本での止事無き方々……その御姿は俺の記憶にない方々だった。

 明治維新以降の元号が全て、一緒だったのは意外だ。

 これじゃ苗字が一緒なだけの、他人様の家に上がり込んでいる。

 そんな奇妙な気分だ。

 もはや並行世界なら何でもアリと考えないと、俺の思考が耐えられないだろう。

 その辺で悩むのは、残る決断をした場合、大いに無駄だと思い。

 ……直ぐに止めた。

 そして、この世界の別の変化点に注目した。

 圧倒的に違うのは、第三次世界大戦後の近未来である点だろう。

(ニュースの天気予報図を見た限りじゃ、九州の北部に国境地域が出来て、琵琶湖が割れて海になっているとか……変わりすぎだな)

 予定では、明日にはここを離れ。

 ……マギサと話し合った上で、魔女であるマギサと契約を行い。

 女神を目指す戦争に参戦する、参戦者の一人になるか。

 記憶を消した状態で、元の世界に戻るか。

 ……選べるそうだ。

(そういえば、参戦者のルールだったか)

 俺はスマホのカメラで記録した映像を静止画にして拡大。

『参戦者のルール』を確認する。

 当然だが契約しない場合。

 この世界で、俺が記録したデータ類は消去するそうだ。

 それでもいいのなら、撮影してもいいと言われた。

 後、俺の世界のスマホはセキュリティが意外と固いらしい。

 この世界での、部外者への情報流失の懸念は無いそうだ。

「それにしても、ルール多すぎだろ……」

 そのルールというか、女神の掟とやらは全て。

 先ず『女神の奇跡を統べたい者達よ』で始まるようだ。

 俺は記録したその一部を見ていく事にした。

 

<女神の奇跡を統べたい者達よ。武器を携え、黒き炎が生まれた、始まりの丘に集え>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。黒き炎に両手を入れ、汝の輝きを受け取れ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。汝が手にした輝きには、戦いの軌跡が鎖として紡がれる>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。戦いの期間中の奇跡は行い難いものと心得よ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。女の参戦者は女神に敬意を払い、魔女を名乗れ> 

<女神の奇跡を統べたい者達よ。一つの陣営で奇跡の代行者になれる魔女は108人までだ>  

<女神の奇跡を統べたい者達よ。参戦する陣営の数は108までしか許されない>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。全ての陣営が集いし日から108時間は宴の席を催せ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。全ての陣営が集いし日から108日後が開戦の日である>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。開戦後に参戦者を迎える際は魔女の輝きを分け与えよ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。輝きを分けた魔女は参戦者を守る義務と責任を負う>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。輝きを受け取った参戦者は魔女を守る義務と責任を負う>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。女神を決める戦いの期間は108年までしか許されない>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。108回奇跡を統べる者が決まらぬ時に奇跡は消える>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。108年を過ぎての戦いは奇跡を汚す冒涜である>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。戦いが108年を過ぎた時、異界より異形が顕現する>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。108年を過ぎて別世界に留まる輝きは無効となる> 

<女神の奇跡を統べたい者達よ。半数以上の魔女の輝きを手に入れ、黒き炎に捧げよ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。捧げた輝きが柱になれば勝利は誠だ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。捧げられなかった輝きの持ち越しは出来ない>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。奇跡の代行者は奇跡の対象外である>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。奇跡の代行者による就任中、退位後の婚姻を禁じる>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。奇跡の代行者の就任期間は、一人辺り最大108年までだ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。一度退いた奇跡の代行者の重祚を禁じる>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。最後の奇跡の代行者は開戦の年を決める権利を有する>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。魔族の参戦の有無は魔族の掟によって個別に束縛される>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。神話の戦いに基づき別世界の異邦人の参戦を認める>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。黒き炎を管理する教会を創設し、奇跡を公平に運用せよ>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。教会が堕落したならば殲滅と新教会の創設を認める>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。教会は反乱勢力の殲滅、若しくは鎮圧する責任を負う>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。教会は神代の武器を悪用する者の殲滅する責任を負う>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。別世界の神々による戦いへの介入を排除する義務を負う>

<女神の奇跡を統べたい者達よ。統べる者達が決まった日から108時間は皆で祝え>

 

 ハッキリ言って、このルールを全て覚え。

 正確に立ち回るのは難しいのかもしれない。

 どうも掟に出てくる『奇跡の代行者』とやらにマギサは成りたいようだが、別の呼び名である『女神の代理人』の方が、呼び方としてはマギサの故郷。

 死者蘇生の魔術が使える、異世界では一般的なようだ。

 人前では誤解をされる、その可能性があるから言えないが、人が争い競う状況。

 それは戦争であろうが……ゲームの一種だと俺は思う。

(見た限り、異世界人も参戦出来るようだし……それに神話の構成から察するに、地上に様々な種族が降臨して、戦ってきた歴史があるのだろう。気になるのは108の数字や時間、回数がやたらと多い。この辺は除夜の鐘でお馴染み……仏教っぽい感じも漂っている)

 この他にも掟はあるようだが、俺が見た限り好きになった掟。

 心に響いた掟が一つだけある。

 それは――女神の奇跡を統べたい者達よ。

「……汝の手にした輝きを最後まで守り抜けか……」

 俺はそのままスマホを握り。

 ウトウトして寝落ち……朝を迎えたのだった。

 

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