第4話
―――【義を見せせざるは勇無きなり】という諺がある。
誰が見ても間違っている物事を目にしたときに、正しいと信じることを行わないのは根性なしのヘタレと同じだ。という意味で使用される、この場合の「義」というのは儒教における五徳、「仁義礼智信」のうちの『義』、「私欲に囚われることなく正しきを為す正義」を指す。
そしてこの【義を見てせざるは勇無きなり】の対義語に当たるのが、そう
―――【触らぬ神に祟りなし】である。
「―――すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「―――すいません。うちは浄土真宗なんで」
掛けられた声に振り返った俺が咄嗟にそう答えてしまったのは、責められる問題ではないと思う。
―――だってさ、虚無僧なんだよ?そこにいたのが。
どうでもいいが虚無僧は禅宗の中の普化(ふけ)宗という宗派に属している僧侶である。
「―――ああ、失礼。このような姿では警戒されますね」
ぺこりとお辞儀をして「はっはっは」と快活に笑う虚無僧さん。いい人っぽい感じなんだが見た目の怪しさのせいで関わり合いになりたくない度が半端なく上昇中である。
「申し遅れました。私、ガイア教団の者なのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」
―――正直断りたかった。でも繋がり作ってないと今後敵に回りそうなメシアとガイアの二組で、話が通用しそうな方って言うとガイアの方だったし即お断りすると今後活動しにくそうだったので、とりあえず受けることにした。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「依頼?」
「ええ、ガイアーズからの正式な依頼です」
虚無僧さんが特徴的な顔のアレを取ると、割とさっぱり系の
なおアライメント的に脳内のヘスティアー様がムスってるがとりあえず割愛しておく。
「この辺りで地霊を狩っている悪魔がいるという噂が流れておりました。それがとても強力な力を持つ女神だという話も。ですが、メシア教が女神召喚や使役を行ったという情報も無いので、野良悪魔であれば対話が可能かをこうして調査に来た次第です」
「はぁ……あの、それで、依頼というのは……?」
話題からチラチラ見えるこっちを探ってる感があるワード。特にメシア教との対立を示唆する感じの振り方から「おうお前メシアンじゃないやろなぁ?」的な響きがバリバリする。
「ああ、すいませんね。こちらの事情をある程度話しておかないとと思ってしまって……それで、依頼なんですが」
ウェイトレスが持ってきたコーヒーを一口啜って、虚無僧さんが声を潜める。
「―――銀座の向こう、築地の方で夜な夜な現れる殺人鬼の情報を、知っていますか?」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
『―――納得がいかーん!!』
脳内でぶーぶーバタバタと暴れているまざはろ様がクッソウザかわいい件。
『そこのローマは放置しておいていいですよ。切り変えていきましょう』
まざはろ様とはうってかわってやや楽し気なヘスティアー様の声がメインで響いてくる。この脳内ラジオ放送、そのうち自分で制御できるようになるんだろうか……?
『さぁ、民をいたずらに殺して回る殺人鬼を滅しましょう!』
「―――大義名分があるとノリノリですよね、女神様」
ガイアの虚無僧さんが持ってきた話というのは『殺人鬼事件の解決』だった。
と、言うのもこの『殺人鬼』と呼ばれている犯人。実はガイアーズの構成員だったらしい。元々「力こそパワー!」と言って憚らないパワータイプの脳筋だったらしいが、ガイアでの上昇志向が激しく、どこからか「悪魔人合体」という話を聞きつけ―――何をどう間違えたのか『交霊術』で悪魔を召喚しようとしたらしい。
で、見事悪魔に体を乗っ取られてしまい、もう人間の意識は悪魔に食われて跡形もないらしい。そんで、今のところは遊び歩いていて外泊も多そうな女子高生や一人暮らしの女子大生・社会人女子を狙って殺人をすでに4件繰り返しているらしい。手口が同じってことで同一犯の可能性を見て
何とか捕縛なり殺害なりして退治したいところなのだが、悪魔と人間の合体を目指した交霊術の結果か、本来のGPよりも割と強い悪魔が召喚されて取り付いているらしく、生半可なエージェントでは太刀打ちできず、かといって手をこまねいているとこれ幸いとメシアンがこれを撃退して、
「やはりメシアは格が違った。凄いなー憧れちゃうなー。やはりガイアよりメシアでしょう?いざってとき頼りになるのは唯一神だけでしょ?」
って感じでガイアのヘイトスピーチを行ったりメシアマンセーに大衆を先導しようとするに違いないとガイア上層は睨んでいる。
だがガイア上層部の粒よりの連中はおいそれと動けない。なぜなら米国大使トールマンとゴトウ陸将の冷戦はまだ続いており、いつ戒厳令が飛び出してもおかしくない緊張の最中にガイアが総出で動けばメシアンに大義名分を与えることになるからだ。しかし末端のガイア派閥の連中は大抵がチンピラ崩れかヤクザの構成員に過ぎず、打つ手がないまま時間だけが過ぎていくしかなかった……。
―――で、そんな折に地霊を相手にヒャッハーしてる女神様の噂を聞きつけて、メシアンではないことを確認したうえで、この事件を解決するにうってつけの人材かどうかの見定めをしたかった。というのが虚無僧さんの話の本質らしい。
「報酬としてこちらがご用意できるものは限られているのですが……」
と口ごもる虚無僧さんに、脳内で『自分たちでどうしようもないというのにけち臭い話だのぅ。断って報酬を釣りあげても良いと思うぞ』と中々に鬼畜な意見を出してくるまざはろ様。実のところ俺もあんまり意義を感じてはいない。
夜な夜な女を狙って殺す快楽殺人者 という話だが、そげなろくでもないものに関わりたくな「お受けします」オファッ!?
唐突に俺の口の自由が奪われていた。奪ったのは―――ヘスティアー様だった。
なにしてくれますのん?!と脳内で叫びを上げてみるも
『他にどうにかできる人材がいないのでしょう?ならば悪魔から民を救うのは神々の役目です』
と言って頑として譲らなかった。何でこんな意固地なのこの女神様……文句を言いたいまざはろ様を黙殺してコントロール権を専有してるのかまざはろ様の反応はない
とはいえ依頼を受けた身分として俺も動かないわけにもいかず―――
「アネサン!アネサン!!こっちです!!匂いがしますゼ!!」
「……はいはい。誘導よろー」
手を振ってコボルトを先行させつつ―――夜の築地をコソコソと進むのだった。
メガテンにおける大破壊前の築地は豊洲に移動する前の市場がまだ存在するため、築地市場の周囲は朝早くから活気を生む。なので犯行時刻はおそらく夜半とアタリを付けて、深夜の闇の中をコボルトの鼻を頼りに進む。
ツンと鼻を衝く鉄錆の匂いに気付いたときには、目の前にその光景があった。
グチャグチャに解体された20代くらいの女の死体。下腹部から胸の上までをザックリと切り開かれ、内臓を一つ一つ吟味して展示会でもしていたのかと思うくらいにごっそりと引きずり出されて身体の上に盛られている。これは異常殺人扱いもされようというものだ。
思考が悪魔化してるせいか殺人における嫌悪感みたいなのはないが明日は肉とか無理。グロ中尉やってこんなん……
確認のために数歩踏み出したコボルトに、暗闇の中、銀の光が走る。
「ギャンッッッ!!!?」
短い悲鳴を上げて俺の方に向けて吹き飛ばされるコボルト。その胸元がパックリと裂けている。ドクドクと流れ出ているのは血の様にも見えるが全てコボルトを構成するマグネタイトだ。
「―――【メ・ディア】!」
「クゥーン……すみやせん、アネサン」
単体回復を持たない俺の唯一使えるのは全体小回復のメ・ディアだけである。一先ず傷口が塞がる程度の回復量は見込めたようだが、コボルトの体力がどの程度まで回復しているかを確かめる時間が惜しかった。
体勢を整えるためコボルトを下ろして身を起こす俺たちへと、闇の中から何かがこちらに向けて飛び込んでくる。
「グルルル……【ラクカジャ】!アォォーン!!」
「―――【スクカジャ】!!」
防御力の底上げと回避命中の底上げにより一時的に身体の周囲がMAGと反応して淡く輝く。ブーストの効果とは存外に馬鹿にならないもので、目の前に迫る白刃を、すんでのところで何とか躱すことができた。
「キヒヒヒヒヒッッ!!ヒィーホォ!!」
血の滴る大鉈を手に歩いているのは―――サラリーマンのような風体の中年男。
ただしその背中に張り付くようにして
「―――アナライズ!!」
目に力を集中させて―――“視る”
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
名前:雀崎 李波(inジャック・リパー) 種族:外道(悪魔憑き)
属性:Dark-Caos MAG:22
Lv 9 HP 99 MP 43
【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】
【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】
【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「―――駄目だ。耐性すら抜けない」
「グルル……アネサン!まずいですぜこいつぁ……!!」
レベルで言うなら俺の方が格上だが、俺の記憶が正しければジャックリパーは物理特化、クリティカル特化の悪魔だったはずだ。あと確か『テタノスカット』とか言うスキルを持っていたはず……
「なぁコボルト、悪魔って【風邪】とかひくのか?」
「ウゥ……?何ですかそりゃ?」
コボルトが知らないだけでなければ風邪のバステはなし、と。少しは安心できたが、状況は拙い以上の言葉がない。
もとより報酬も大したことがない依頼だ。命をかけるに値しない。
「―――【スクカジャ】!!」
「ォォーン!!【スクカジャ】!!」
命中と回避に補正を生む補助魔法スク・カジャ、こいつが身体能力を向上させるのは実験済みだ。
「コボルト!数秒稼いだら地面に潜って逃げていい!」
「オォォーーン!!!」
雄叫びで応えたコボルトを振り返ることなく、路地の壁を蹴って“跳ぶ”。
夜のビルディングを三角飛びで屋上まで駆け上がり、そのまま夜空を駆けるようにして一目散に逃げだしていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「―――ハァ、ハァ、ハァ―――」
スクカジャの重ね掛けが切れるころには、東京湾近辺まで逃げてきていた。倉庫街の一角に腰を下ろして息を整える。
―――いや、無理。あれは無理。
脳内の女神様に向けて本気で無理ゲーさを説いてみる。
『ですが、止めなければもっと被害が出ます』
『そうさなぁ。それに、今更無理ではないかな?』
息の合ったコンビネーションで「NO」を突き付けて来るお二方、わぁブラック。まざはろ様は何処か諦めた様な顔なのだが……
「ォン!戻りましたぜ、アネサン」
「おぅ。ご苦労」
地面から飛び出して来て騎士座りで敬服するコボルトの頭をナデナデしてやる。配下になってから上質のMAGを得ているのか毛並みが良くなったので最近気づいたら撫でてるのだが、撫でてると存外に子犬みたいな声を上げるのが少し可愛い。
見た目は俺よりでっかい犬の獣人ではあるが。
『―――ほれ、やはり遅かったではないか』
まざはろ様の声が脳内で響くと同時に、周囲の気配が“変わった”。
変わったと感じた次の瞬間には、ドライアイスでも炊いたような勢いで周囲の地面からモヤモヤと霧が立ち込めていく。
「まざはろ様ー!?これなんですかこれぇ?!」
『そりゃあ……“異界化”であろう?さしずめあやつの逸話から言うなら……
“夜霧の殺人事件”とかそういう感じじゃないかの?』
まざはろ様の言葉から結論を出すに―――出会ったタイミングで逃げるに遅かった。という事だろうか……?
「―――撤退不能のボス戦なら、その前になんか報告下さいよー!『ネットくん!この先はセーブができないよ』くらい言ってくださいよー!!」
『人の生にセーブロードがあるわけがなかろうがたわけ』
(後から何か書き足すかも?)