「アォォォーーーン!!!―――――――――ウッ(ビクンビクン)」
『―――という状況になっている可能性があるのでは?』
『今後撫でるのに抵抗できそうなことを言わんでください(滝汗』
※嘘です(多分)
【情けは人の為ならず】という諺がある。これはきっとそういう事なのだろう。
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「―――ハァ、ハァ、ハァ――――ハ―――!!」
駆ける。
駆ける。
地を蹴って、駆ける―――!!
スモークの様に地面の上を揺蕩う濃い霧を蹴り飛ばしながら、駆ける。
モヤモヤと停滞し続けるその霧が、不意に人型に膨らんだ。
「―――クキキキ!!ヒィーホー!!!」
「あぎッッ……ィ――――!!!」
霧が形を成す前に駆け抜ける銀の光を避けきれずその場に転がった。足の太腿辺りがザックリと大きく切り裂かれて内部が見えるほど深い傷なのが見て取れた。
「―――【メ・ディア】!!」
すかさず回復を行うが、傷口を塞いでも痛覚は痛みを訴えているため集中が続かない。だが、追撃を受けることはなく、ゲラゲラと下品に笑う髑髏顔は再び霧の中に沈んで消えた。
―――もう何度目になるのかわからない。霧の中の奇襲に苛立ち紛れに傍らの壁を殴りつける。悪魔としての力量でブーストされた拳はコンクリの壁に結構致命的なヒビを入れた。
―――【夜霧の殺人事件】(仮)とは、この地面を這うように広がる霧状の“領域”のことを指すようだ。
強力な悪魔がしばしば作り出す“異界”というのはその悪魔の逸話などを含めた正室を色濃く反映している―――らしい。俺もその辺まざはろ様から聞いただけなのでよくわからないが。
“異界”を解除するにはこれを展開している悪魔を斃すことが条件で、そうしない限り異界から逃げることはできても“領域”はその場に残り続けることになる。そしてここに“領域”がある限り、この中での殺人遊戯はこれからも続く。
そして性質の悪いことにこの【夜霧の殺人事件】のモチーフとなる悪魔がかの悪名高い『ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)』だと仮定するならば、この異界の中に迷い込むのは皆女性で、皆惨殺され臓器や身体のパーツを失うのだろう。
先ほども言ったが、異界というのはボス悪魔の意向を大きく反映する作りとなっている。この盤面が主に俺に致命的な仕上がりになっていて涙が出てきそうだった。
※【夜霧の殺人事件】(仮)
異界内限定:【ジャックリパー】と遭遇時、常に不意打ちを受ける。
異界内限定:女性型悪魔及び性別:女性の対象への物理ダメージ+50%
異界内限定:霧の届く範囲内ならばジャックリパーはどこからでも出現でき、霧の中に逃げ込むことができる。
はっきり言って「何だこのクソゲーは!」とコントローラー投げたい気分で一杯である。何よこのクソゲーっぷりふざけてるの?馬鹿なの?死ぬの?(俺が)
目当てのジャックリパーはこっちをいつでも殺せる対象として見たのか一撃離脱でじわじわと追い詰める方向にシフトし―――もうこれで8回目の襲撃になる。その度に回復でMPを消費させられており、こっちもそろそろ手詰まりに近い。
『これ以上はこちらも危険です……ですが―――』
脳内では悔しそうなヘスティアー様の声。まざはろ様もなんかイラついている様子を見せている。どうにか別の一手を考えたいところなんだが、どうにもならん。
何よりこの霧、タチの悪いことに建物の中だろうと隙間から上って床一面に広がって来る。まざはろ様曰く『この霧全てがあやつ(ジャック・リパー)と繋がって居る。これ自体は霧に過ぎんから攻撃しても無意味だ』とのこと。わぁひでぇや、こんなひでぇクソゲーに付き合わされるとかなんかこう引くわー……。
『最悪は“鍵”を使え。さすれば逃げることだけは出来よう』
脳内のまざはろ様の声に、首からアクセサリーの様に下げている『銀の鍵』を手に取る。詳しい原理はわからんが、これを使うと最初に起き上がったあのホテルの一室に転移できるらしい。
『まぁ、これだけの大規模な騒ぎを起こしてスタコラサッサしようものなら騒ぎを拡大した悪魔としてメシアからもガイアからも民間の退魔師からも狙われるであろうなぁ……』
『民の安寧のためにも、ここで討つ以外の選択はあり得ません』
「使えないじゃないですかやだー!!」
脳内で響く今後の詰んでるビジョンと精神論でGOサイン出してくる女神様に喚くことしかできねぇ俺という図。脳内の声を聞くことができないコボルトも地面から顔だけ出して困惑している。
『どの道近いうちに崩壊する世界であろう?放置して一度魔界にでも逃げて崩壊後にまた来ればよかろうよ。ローマ建国が遠くなりはするが命あっての物種ぞ?』
『これを放置し続ければ確実に後の禍根になります。ヒトとしての常識や理性を持っている貴女が、自分が放置した結果無差別に殺され続けているであろう無辜の命を悔やまぬはずがありません』
まざはろ様の言い分は選択肢の一つではある。が、ヘスティアー様の言う通り、元一介の小市民としての思考としては、この事態を招いてしまった身として罪悪感を感じないとは言い切れない部分がある。悪魔化してしまった思考でどこまでそれが起きるかはわからんが、放置した結果一生喉の奥に小骨が刺さった生活を送るのはなんか嫌だ。
結論:どうにかしなきゃならねぇ
―――情報を整理しよう。
8度に渡る奇襲攻撃の結果、脳内に嵌ったピースがいくつか。それによって、以前よりも多少はマシなデータがアナライズできた。
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名前:雀崎 利波 種族:悪魔憑き
属性:Dark-Caos MAG:22
Lv 9 HP 99 MP 43
力 9 魔 7 体 6 速 10 運 8
耐性:破魔弱点 呪殺耐性 恐怖無効
スキル 奇襲 ムド シバブー
【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】
【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】【UNKNOWN!!】
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――うん。肝心のパッシブスキル構成が見えてないが、相手の攻撃方法が物理攻撃か呪殺しかないことが分かった。これは大きな前進と言えるだろう。
ちなみに、マグネタイトの節約のためにコボルトにはお休みしてもらって土の中に隠れて貰っている。吸い上げと供出はこっちが管理できているので維持するのにぎりぎりの量で我慢してもらったうえで「後で特別上質なのくれてやるから」という約束でもって納得してもらっているのだ。
専らの苦戦の理由は簡単な話―――戦闘経験が違いすぎる。
中年男は元々ガイアーズの実行部隊で鉄火場を潜り抜けてきたバリバリの実戦派。かたやこっちはスペックは上だが中の人はのんべんだらりと生きてきた平和な日本の小市民である。積み重ねたモノの違いが如実に表れる近接戦闘において、それは致命的な差と言えた。
女神様というのも問題で、処女神・炉と竈の神であるヘスティアー様は争いごととは無縁の神話にいる。炉とか竈は家の真ん中にあるもので、家の外に出ていくことはないからだ。実際ヘスティアー様の神話における活躍はものすごく少ない。神話において他の神々がピンチに陥ろうとも【家の中央を護る女神】という立ち位置から外に出られないとされていたからだ。
『子は宝です。私は弟ゼウスに永遠の処女を誓い、結婚の喜び、子を為す喜びを永遠に失う代わりに今後人の営みを護ることを仕事とし、全ての“親なき子供たちの母”として在ることを許されました
―――故に“女としての喜びを奪う者、人の営みを否定する者”は絶対に許せません』
一瞬、脳内にチリッと電気のようなモノが走った。脳内で膨れ上がったヘスティアー様の感情が伝播でもしているのか、ふつふつと怒りの感情が湧き上がってくる。
『―――言うてもこやつは根が面倒くさい女だからなぁ……家庭を持ったらユーノー(ギリシャ神話におけるヘラ)のようになっていた可能性が高いぞ?おまけにこやつの仕事はお主の世界で言うなら「自宅警備員」に限りなく近いナニカだからな?それでいて“捧げものの一番良い部分を最初に食べることができる権利”を貰っておるし……』
『ヘイトスピーチでギリシャを下げようとしないでくださいますかローマ』
脳内で巻き起こる神話的宗教対立(口喧嘩)が遠ざかっていく。やがて完全にシャットアウトされると意識が前を向いた。その間襲撃がなかったのは偶然か、それともなにがしかの意味があってか……?
―――ギ――――ィギャ――――ァ――――
かすかに耳に届いたそれは、複数の悲鳴のようで。
「―――コボルト!先行!!」
「ォ、ォオンッッ!!任せてくだせェ!!」
地面を叩くとそこから飛び出してくコボルトになけなしのMAGを分け与えて先行させ、走る。耳を頼りに走り、先行したコボルトとの繋がりを頼りに路を進む。
もしも、の話だ。
ジャック・リパーの襲撃がなかったことが偶然ではなく、“別の襲撃対象を狙っていたのだとしたら”?
もしもの話を真実に変えるかのように、目の前には凄惨な光景が広がっていた。
複数の『鱗が生えた人間』がごろりと転がっている。ピクリとも動かないそれらは首や腹部に重傷を負い、息をしているかもわからない状態だった。
ただし、“鱗が生えている人間をふつうの人類としてカテゴライズした場合ならば”の話だが。まだ息がある連中もいることを確信して―――後先なんか考えないで『助ける』ことを優先させた。或いは端くれとはいえ【女神】の神格がそうさせたのかもしれない。
「―――【メ・ディア】!!」
『アォォーン!【メ・ディア】!!』
コボルトと二人でメディアの重ね掛けを行う。10体ほど倒れていた集団のうちの2~3名が、ふらつきながらも立ち上がった。
「―――キュウエンを、カンシャします」
一番程度が浅かったか、喉を切られていた30手前くらいの女性が立ち上がり、喉の辺りが直ってすぐだったので若干しゃがれ声で感謝を述べる。その後しばらく「あー」だの「うー」だの声を整えてから、こちらを品定めするようにじっと見つめ始めた。
「そのお姿は……よもやメシアの方ですか?」
「いいや、拠点なんか持ってないただの野良悪魔みたいなもんだよ」
「おぉ……おぉ……見ず知らずの我らを見捨てることなくお救い下さる……なんと徳の高いことか。神の名を免罪符に我らを滅ぼそうとする天使どもと違うその行い、素晴らしきかな。その義に応えなければ我らの名折れ!どうぞ我らの地にお越しください!」
ダバダバと涙をあふれさせつつ大仰に江戸時代とかの町民がやるように両足で跪く魚人に戸惑うしかない俺。この悪魔は一体何処時代の悪魔《ひと》なのだろうか……?
「―――申し遅れました。私は【妖鬼アズミ】と申します。コンゴトモヨロシク」
―――
東京湾から海水を取り入れた独特の潮入り水庭があるここは、江戸時代から存在する場所らしい。元々は甲府藩下屋敷のものだったが、徳川将軍家の浜御殿になったり宮内庁管理になったりしつつ最終的に都立公園に落ち着いた場所である。
その潮入りの池の水際に、ざわざわと集まる人々がいた。
どいつもこいつも魚のようなぎょろりとした目で、わりと平面顔(日本人に多いけど)で、幽かに首元に鱗が見えている。
「我らはこの地を護るために古巣を離れ、護国鎮守のためずぅっとここを護っておりました」
猫背からすっと背を伸ばし、アズミの姉さんが両手を広げる。
「―――我らからのお願いでございます。この地を血で穢す輩を退治して頂けないでしょうか?」
「―――『良かろう、引き受けた』―――」
アズミさんの言葉にまたも口を奪われ了承させられる俺。しかも今度はまざはろ様の方である。ヘスティアー様も引き受ける気だったのだろうが、虚無僧のオッサンの時とうってかわって肯定的な様子に戸惑いを隠せない。
『―――まざはろ様?俺ら対抗手札がないから詰んでましたよね?しかもどのみちアレを斃す依頼を引き受けてきたんですよね?』
『―――何を言う!倒して報酬を得る仕事に加え、他の収入も見込める。受ける以外の選択肢がなかろう?』
報酬の二重取りというのではないだろうか?そんな疑問が脳裏をかすめたが、結局まざはろ様の言ったことを取り消すこともできないので放置。
『それで?そこで引き受けたからには、何かあるんですよね?打開策が』
『無論―――あるぞ。目の前になぁ』
脳内でヘスティアー様の問い詰めに「にやぁり」と悪巧みする笑みを浮かべてまざはろ様が答える。
『ギリシャと海の種族、そして妖鬼、これだけの材料がそろったのならば十分ぞ。我が英知にひれ伏すが良い』
「なーっはっはっは!」と笑うまざはろ様の笑い声が脳内で木霊する中、とりあえずアズミさんにまざはろ様から告げられた条件を交渉材料にのっけておく。
「―――えぇと……戦力を拡充しないとアレを斃すことはできません。なので……
―――どなたか、私の配下になった上で“悪魔合体”に応じてくれるアズミの方は居ますか?」