Nightcrawler~夜に堕ちる彼女たちへ~ 作:イツカ・ドコカデ
2.『何か』との遭遇
「ヤバイヤバイヤバイ、何かいる! 絶対ヤバイのがいるって、五月雨!」
『……うん、才女の演技が出来ないくらい焦ってるのはよくわかった』
スマートフォン越しの欠伸を聞きながら、ほのかは小声で叫ぶという器用な真似で自分のピンチを訴えた。
「誰かに見られてるのはわかるんだけど、それがどこにいるかわかんないんだよね」
保健室のベッドに腰掛けて、ほのかは意識を周囲へ拡散させる。魔法使いであるほのかの感覚は、人のそれよりも鋭敏で広範囲を知覚できる……そのはずだ。しかし、自分に今も向けられている視線の主は見つからなかった。
「体調が悪いって言って保健室に逃げ込んだけど……あたし一人じゃ対処しきれないかも」
『……吸血鬼に昼間動けってこと? 非常識な……』
「あんたは日光の下でも大丈夫でしょ!?」
『でも、だるいし……』
「それは陽の光がだるいってことだよね? あたしを助けるのがだるいって訳じゃないよね!?」
そう言っている間に、またアレが来た。舐め回してくるような視線は、どんどん遠慮がなくなっていく。ぞわぞわっと総毛立って、ほのかが息を飲んだ。
『……そんなにヤバい?』
「ヤバい。あたしより知覚範囲が広いって普通じゃないし! 魔法使いとしてあたしより上か、生物として格上かって事で……んぐ」
『わかった、今から向かう。早退しといてね』
「うん、了解」
深い溜め息と共に折れた五月雨に、ほのかはようやく安堵の息をこぼす。ベッドから立ち上がり、保険教諭がいない事を確認すると保健室からそっと抜け出した。
「――あら、どうしたの? 九条さん」
廊下で呼び止められ、ほのかは振り返る。そこに立っていたのは、ほのかと同じく生徒だった。長い黒髪。透き通るように白い肌。すらりと高い背は、一七〇は優に越えている。道端で出逢えば、どこのモデルかと視線で追うところだろう。
「えっと……あなたは?」
「ああ、ごめんなさい。あなた、有名人だから。つい知り合いの感覚で話しかけてしまったわ」
女生徒が微笑む。それだけで、薔薇の蕾が綻んだような華やかさがあった。
「私は三年の――」
「――砕け」
女生徒が名乗り切る前に、低く鋭いほのかの『言葉』が破壊をもたらした。魔法、それはこの世のものとは違う、別世界の技術体系。その残滓を拾い集め、なお改良したのが現代の魔法使いが使う魔法なのだ。
破壊の力は、女生徒へと向けられる。ドン! という衝撃音が響く中、女生徒は困ったように小首を傾げた。
「……今の、どこか怪しいところあったかしら?」
「いやいや、あなたみたいな目立つ人、あたしが知らない訳ないでしょ?」
「転校生、とか考えないの?」
「そんな記録、学校側には一切ないもの」
夕霧女学院は自分のホームグランドだ。だからこそ、情報収集は欠かさない。その力強い断言に、女生徒――を装う『何か』は肩をすくめた。
「やっぱり遊ぶものじゃないわね。さすがは魔法使い」
「お褒めいただきありがとうございます――歪め!」
ほのかが廊下を蹴って唱えた直後、景色が歪んだ。光を歪め、視界を奪う――ほのかは迷わずに、その場から逃げ出した。
振り返らず、全力疾走。いっそ見惚れてしまいそうなほどの逃げっぷりだった。
「……思い切りのいい子ね。追いかけても、吸血鬼の子と合流されちゃいそう」
はふ、と頬に手をやりながら『何か』はため息をこぼす。しかし、もう『印』はつけた。どこに隠れようと、見つけ出す事はもう難しくはないだろう。
「本当に、堪え性がないわ、私」
ぼやき、『何か』は笑みを浮かべる。赤い舌が唇を舐め、どこか恍惚として視線で言った。
「あんなに美味しそうなんだもの。我慢できなくなっても仕方ないわよね?」
誰にでもなくそう言い訳して、『何か』は踵を返す。足音を響かせながら、『何か』の姿が不意にかき消えていった……。
† † †
「憶えてない?」
ほのかと合流した五月雨は、自分の耳を疑って聞き返した。とりあえず落ち着ける場所で、とほのかの部屋までやって来ると二人は状況を確認し合っていたのだが……。
「魔法を使って逃げ出すぐらいの相手でしょう? それを憶えてないってどういうこと?」
「そんな事言っても……全然、記憶にないんだから仕方ないでしょ」
こっちの方が聞きたいよ、とほのかは深いため息をこぼす。あの時、保健室から出たすぐに『何か』と会った……そこまでは確かなのだ。
「その『何か』がなんなのか思い出せないのよ……何なんだろう、これ」
「んー。それこそ魔法か、悪魔とか天使とかなら記憶を操れるかも。他には、吸血鬼の魔眼とか、洗脳ならいけるかもだけど……」
ほのかの出したクッションに座りながら、五月雨は考え込む。こんな見た目だが、五月雨は相応の長さを生きた吸血鬼だ。知識もそれなりにある方だが――。
「……あんまり興味がないから、調べた事ない」
「ですよねー。五月雨なら、そういうのに引っかからないだろうしねー」
ベッドに座っていたほのかが、ごろんと横になる。枕を抱きかかえ、ごろごろと身悶えるほのかに、五月雨は改めて訊ねた。
「で? 視線の方は?」
「もうないよー。うちは魔法処理完璧だからね!」
上半身を起こし、ほのかは胸を張った。今いる部屋以外、2階建て6部屋のアパートが全てほのかの魔法使いの拠点だ。拠点にするために、十分な備えは整えている。だからだろう、今はあの嫌な視線は一切感じなかった。
「『門』を開けてるヤツ……かな?」
「可能性はあるけどねー。別口にしては、タイミングも良すぎるし」
「どっちにせよ、敵なら排除するだけ」
「さすが脳筋、迷いがないね」
ほのかの言葉に、五月雨は半眼するのみだ。否定はしない、それがもっとも効率的かつ有効な解決法だと知っているからだ。
あくまで魔法という技術を使う人間のほのかとは、五月雨は違う。吸血鬼であり、不死にして不老。凄まじい身体能力を誇る、圧倒的な強者だ。正直な話、この夕霧市の管理も自分が表に立たず、五月雨に任せ自分がサポートに回る方が確実だ。
「とにかく、夜に動く。それまでほのかは部屋で待機」
「はーい」
立ち上がった五月雨は、黒い霧となって消えていく。このアパートの一室にある棺桶、それが五月雨の『住処』だからだ。それを見送って、ほのかは再びベッドに倒れ込んだ。
「ううー、実力不足かー……」
悔しいなぁ、と一人になったからこそ心の底から吐き出した……。
† † †
……いつの間にか、寝てしまっていたのか? ほのかは霞がかった意識から徐々に覚醒していった。
「起きた? ほのか」
「――ッ!?」
からかうように投げかけられた言葉に、ぞくんとほのかは身を強張らせる。ベッドの縁に腰かけ、自分を優しい視線で見下ろしてくる『誰か』がそこにいた。
弾けたように起き上がろうとしたほのかは、自分の頭を撫でてくる手に動きを止める。泣きたくなるほど安堵を感じる感触に、はっ、とほのかは息を吐き出した。
「人の部屋に来たと思ったら、急に寝てしまうんだもの。夜ふかしでもしたの?」
見たことのない部屋。一人どころか数人で横になれそうな、とても大きなベッド。ほのかは少しずつ、『思い出して』いく。
「……先輩?」
「そうよ。まだ寝惚けてるの?」
そうだ、この人は結城夏絵先輩。夕霧女学院の三年生で、自分にとても良くしてくれる優しい先輩。そして、二人だけの時は……。
「ふふっ、あなたが起きるまでずっと我慢してたのよ。ね?」
「……はい、先輩」
こくん、と頷いて、ほのかはふらつきながら立ち上がる。そして、『いつものように』着替えるためにセーラー服を脱ぎだした……。
「……着替えました」
振り返り、ほのかは夏絵へと向き直る。着替えたのは、クラシカルなロングスカートのメイド服だ。夏絵もいつの間にか制服から、簡素な黒いワンピースへと変わっていた。
「ほのか」
そう呼びかけ、夏絵は手に持っていた首輪を見せる。ほのかはビクっと震えると、一瞬躊躇いながらも夏絵の方に四つん這いの体勢で近づいた。
「ん、あ……んん、ん」
唇を重ねられ、ほのかは自然と目を閉じた。あまりにも柔らかい唇と口の中へ侵入してくる舌の感触に、体の力が抜けていく。かちゃり、とどこか遠くで金属音がして、首筋が圧迫感に覆われた。
「ん……はい、準備できたわよ。見てみましょうか」
夏絵が、ほのかの手を引く。壁の一角、大きな鏡に映った自分の姿にほのかが体を強張らせた。
「どうしたの? ほのか」
「あ、や……あっ」
後ろから手を伸ばされ、夏絵がほのかの胸を揉む。下着をつけていない胸は、簡単に夏恵の指を飲み込み、いやらしく形を変えた。
「は、はずかし……い、です……っ」
「恥ずかしい? 何が?」
「ぜ、んぶですっ。服も……首輪も、あたしの、表情も……やらしい……やらしいよぉ」
目をそらしちゃ駄目よ、と耳元で囁かれ、ほのかは熱に浮かされ潤んだ瞳で自分の姿を見続ける。そうしている間にも、表情はますます蕩けていく……そして、再び羞恥に身悶えるというのを繰り返すはめになった。
「ほのかはやらしい女の子だもの。魔法を使っているより、今のやらしいほのかの方がよっぽどお似合いよ?」
「や、あ……そんなこと、ない……魔法使い、なの、あたしは……あっ」
弱々しくほのかが、抵抗する。しかし、夏絵の愛撫からは逃れられない。ふふっ、と耳元で笑みをこぼして、夏絵が一度離れた。その場にへたり込んでしまったほのかの前に改めて立ち、夏絵はワンピースのスカートを捲る。
「……あ……」
目の前に突き出されたモノに、ほのかはかすれた声をこぼす。それは女であればあるはずのない、雄々しくそそり立つ肉棒だった。
ほのかは『思い出す』。夏絵は両性具有であり、その肉棒も本物だ。その秘密を勇気を持って自分に明かしてくれたのだ。嫌われるかどうか心配だった、と言った夏絵に自分は嫌いになるはずない、と答えて……。
「ほら、『いつのもように』呪文を唱えるための魔法使いの大事な口で、いっぱいしゃぶって?」
――……駄目。
頭の片隅で、自分を止める声がする。そんな事をすれば、魔法が使えない……だが、ひどく口の中が乾き、自然と口が開いてしまう。伸びた舌が亀頭に触れると、ぞくぞくと背筋を怖気が走り抜け、くちゃりと湿った音を立てて喉の奥まで飲み込んでいった……。
† † †
「ああ、本当にいい子ね、ほのか。これであなたは私のモノよ……」
† † †
「…………」
遅かった、と五月雨は部屋の中を見回して眉根を寄せる。ほのかの部屋がもぬけの殻になっているのに気付いたのは、五月雨が部屋から出て五分も経っていない間だった。
「魔法……? ううん、ほのかの部屋の魔法は反応してない。なら魔法以外の――」
考えて、すぐに五月雨は霧となって走り出す。まだ、昼下がりで本調子ではない。太陽で灰にはならいものの、日光が嫌いなのは確かだ。
それでも、今、追うしかない。かすかに残るほのかの『匂い』が、消えてしまうその前に……。
まずは、第二話で一区切り。
次の第三話も、こちらの調子次第ですがお送りできるように頑張りたいと思います。
同好の士へ、届け。この想い!