Nightcrawler~夜に堕ちる彼女たちへ~ 作:イツカ・ドコカデ
はぁ、と深いため息を九条のぞみはこぼし、ソファベッドに寝転んだ。
「……最悪ね、本当」
外務省大臣官房境界防衛局のオフィスに今いるのは、自分一人だ。のぞみは眼鏡を外して目を閉じると、意識が遠のきそうな感覚に頭を左右に振った。
「忙しい時とそうでない時の落差、どうにかならないかしら……」
つい『三日』前に数百年来なかったような出来事が起きたのだ。未だに異能に関わる界隈では騒ぎが収まらず、忙しい日々が続いていた。
とはいえ、それでも収束の気配はある。真祖同士の激突など、こうして世界が無事な時点でとりあえずの決着が着いているのは明白だからだ。
「ここしばらく、夕霧市では何者かの手によって『門』が開く自体が続いていた……その影響で真祖が出てきたのか、あるいは真祖がやらせていたのか。それで変わるわよね」
とはいえ、『三日』で出来ることなどたかが知れている。それはこちらももちろん、『向こう』も同じはずだ。まだ向こうが動いているのならば、どれだけ早くこちらが状況を整えられるかが、勝負の分かれ目だ。
「夕霧市に送って戦力になる異能者、となると……選定も簡単にはいかないわ」
何せ異能者は貴重で、優れた者を遊ばせている余裕はない。実力のある異能者は既に相応の役割を負っている――そんな人とは限らない人員を移動させるとなると、簡単にはいかない。
「……いっそ、私が行きたいわ」
魔法使いの名家の当主になった時から、のぞみは現場から離れた。しかし、それまでは現役の魔法使いとして異世界からの侵略者や脅威を討ち滅ぼす者として活躍していた過去がある。今でも妹のほのかはもちろん、境界防衛局でも屈指の実力を持っている自信はあるのだが……。
「そうなると、この局長の職務を誰に投げるかなのよねー」
そう、いっそ投げて楽になりたいと思うのだ。書類やお偉方、人の皮を被った政治の鵺たちと牽制し合うより、ずっと戦う方が気が楽だ。不謹慎なので、口には出さないが。
「……ままならないわ」
のぞみは深い溜め息をこぼし、再び目を閉じた。一五分だけ……そう自分に言い訳して、微睡みの中に落ちていった……。
† † †
「やっぱ、アレだわ。インチキだよ、インチキ」
円形の部屋、自分の椅子に腰掛けたままイフリータは胡座をかく。豪奢な玉座に見える椅子への座り方としては行儀が悪いが、それを注意する者などここにはいない。
「シニストラの時間操作の魔法、ヤバいわな。オレだったら、相手にしたくないわ」
時間の勝負となった時、シニストラに勝てる者はいないだろう。一秒で年単位のアドバンテージを片手間に得られるのだ。むしろ、あの魔女を追放できた世界があるのが驚きだ。
――……あるいは、自分から追放されたか、か……。
イフリータは細かいことは気にしない質だ。どういう経緯でシニストラが生まれた世界から追放されることになったかなど興味はない。話さないならその程度のことだろう、と流してしまった。この褐色美女の魔神は、良く言えばおおらかで悪く言えば大雑把な性格だった。
だからこそ、イフリータは四人の中で中心人物だった。ベネトナシュを拾い、シニストラと手を組み、アルスヴィズと同盟を組めた。それは魔神という真祖に匹敵する実力だけではなく、彼女の性格によるところが大きかっただろう。
――この世界の組織も、どんなのを送り込んでくるかね?
この世界に受け入れられた異能者と『縁』を結び、留まれるようにする。それが彼女たちの共通の目的だ。
アーク・デーモンであるベネトナシュはこの世界の人間に肉体を近づけることにより、深度『3』の『門』があれば問題ない。
シニストラは魔女として強大過ぎるために、深度『4』の『門』が必要だが世界から弾かれないように時間操作の魔法でごまかし続けている。あるいは彼女だけなら目的は簡単に果たせただろうが、消耗が激しいのであまり好ましい状況ではないらしい。
「……問題は、オレとアルスヴィズだよな」
魔神であるイフリータと真祖であるアルスヴィズが世界に留まるには、深度『5』の『門』が必須となる。しかし、そのような深度の『門』があれば遠からず世界は蝕まれ、腐った果実のように滅んでしまうだろう……それでは、意味がなかった。
――だから、『縁』を結ぶ。オレらにふさわしい存在と『縁』が結べれば、うまくいけば深度『3』でも大丈夫になるらしいからな。
伝聞形なのは、シニストラがそう言っていただけだからだ。「じゃあ、それで」とイフリータが賛同し、アルスヴィズが頷きしか返さなかった時、シニストラは珍しく呆れた笑みを浮かべたものだった。
「計画がうまくいっても、この世界の組織たちがオレたちを受け入れるかどうかもわからねぇしな。ま、そん時は全部薙ぎ払えばいっか」
イフリータは、そこまでの計画さえ成功してしまえば後は問題ないと思っている。自分はもちろん、何と言ってもアルスヴィズがいる――あの白い真祖と対抗できる唯一の戦力は、もう自分たちに屈しているのだから。
「イフリータ、イフリータここ!?」
「ん? どうした?」
円形の部屋に転移してきた相手に、イフリータは目を丸くした。そこにいたのはベネトナシュなのだが、普段のフランス人形然とした服装ではなかった。異常に露出度の高いビキニアーマーに、何故かこめかみの辺りに二本の羊の角とトカゲのような尾を臀部から生やしている――まさに、悪魔娘といういでたちだった。
「あー、服を買いに行ったんだっけ?」
「こんな服、普通着ないでしょ!?」
着てるじゃん、と指摘はしないでおいた。地団駄を踏むベネトナシュの角と尻尾を撫でて、イフリータは感心したように言う。
「おー! できが良いな、こっちの世界の衣装は」
「あぅっ、それは自前!」
「……お、おう」
そうだった、時折忘れそうになるがベネトナシュはアーク・デーモンだったっけ。確かに角や尻尾は生えていた……気がする。鱗が生えているのに絹のような滑らかな手触りをイフリータは楽しんでいると、ふと気付いて笑みをこぼした。
「……尻尾が二本ないか?」
「あ、う、違うっ……!」
尻尾を撫でられて、ベネトナシュのビキニアーマーの股間部分が窮屈そうに膨らんでいた。その膨らみをイフリータが撫でると、びくっとベネトナシュの小柄な体は震える。
「何か、すっかりとそっちが板についたなぁ」
「だ、って……みんな、寄ってたかって……あ」
ベネトナシュは腰を逃げるようにくねらせながら、潤んだ瞳でイフリータを見上げてくる。快感に溺れ始めると誰にでも甘えた視線を向ける悪魔娘だが、最初から甘えてくるのはイフリータにだけだ。本当に困って絶望していた時に救ってくれた命の恩人だからだろう……犬っぽい、とは思っても言わない優しさがイフリータにはあった。
「可愛いのが悪いよ、可愛いのがー」
ちゅっと尻尾の先にキスして、イフリータは舌を這わす。目を大きく見開いて、ベネトナシュはのけぞった。
「ひゃん! イフリータ、急に、そ、んな……」
「敏感だなぁ、いやだったか?」
「それ、はぁ……」
自分の腰にぎゅっと抱きついてくるベネトナシュに、イフリータは尻尾の先を咥えて舐め回す。びくんびくん、と明らかに感じている表情で体をはずませ、ベネトナシュは甘え声で言った。
「きもち、いいの……もっとぉ、イフリータァ……!」
「よしよし、たっぷりと気持ちよくしてやっからな」
「うん、うん……ひゃん、ああ、ああああああああああ!!」
こくこく、と頷いていたベネトナシュは尻尾の先をイフリータに喉奥まで飲み込まれ、嬌声を上げてのけぞった。その可愛らしい反応に、ついつい虐めたくなってしまうのだが……。
イフリータはもちろん、アルスヴィズやシニストラまでこの高位悪魔を可愛がっている。ある意味で、イフリータが中心ならベネトナシュはつなぎ役と言うべきなのかもしれない。
――ベネトナシュ自身は不満だろうけどなー。
それでも、今のこの関係に悪い気はしないとイフリータは快感に溺れる悪魔娘を抱き上げた……。
† † †
こうして、世界の片隅で人知れず世界は変化していく。圧倒的な時間のアドバンテージを持つ超越者四人に対し、この世界の者たちがどれだけ抗えるのか?
それを知る者は、『まだ』いない――。
※応援で夕霧市に訪れる異能者のアンケートを行なっております。
よろしければ、ご参加ください!
のぞみお姉さんをどうするかは、また後のアンケートにて……。
夕霧市に応援で訪れる異能者アンケート
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