外出する準備が整った。
その時、商店街の構造について話した。
商店街の上は、アーチ状になっていて、屋根が付いている。
だから少なくとも、商店街の中にいるかぎり空からの敵は九割無いと考えて良いだろう。
その事を桃に話すと、桃は言った。
「魑魅魍魎の類を舐めてはいけません、当麻。私は生前、訳あってその手の類の相手には事欠きませんでしたが、ああいった手合いは本能でこちらを察知してきます。ですので屋根があるとはいえ、油断は禁物でしょう」
「そうなのか。そういう、ものなのか」
そう、窘められた。油断は命取り。確かにもう、何が起きても可笑しくない世界へと成り果てたのだ。
たった商店街の端から端。移動するだけでも、危険が伴う。
そんな世界になったのだという認識が足りなかった。
「解った。じゃあ、油断無く行こう。僕も索敵なら役に立てる筈だ。どうにも、
「っ・・・・・・左様で御座いますか。では、頼りにさせていただきます」
だから、油断無く行こう。
ドアノブに手をかける。
廃材や要らない家具で作ったバリケードで、ガチガチに固めたドア。その先は、怪物犇めく魔境となってしまった外。
まり姉さんの家までは一キロメートル強。
「行くよ。
「はい。
外出用に気持ちを切り替え。
僕等は、外に身を乗り出した。
*
セイバーは、出会ったときと同じラバースーツと豪華な刺繍が施された大鎧、腰に太刀を下げている。
対する僕は手にサラシを巻き、長ズボンにパーカーといった格好で、最低限の荷物を肩掛け鞄に下げている状態。足元で何かあっても良いように、安全靴(金属板の入った靴)を着用している。
僕等の完全戦闘モードである。
「マスター。この商店街は、店が沢山あるのですね。通常の都市よりも多いのではないですか?」
「ああ、ここは平時は観光客で賑わうような場所だからね」
・・・・・・どうでも良い、毒にも薬にもならないような会話をしながら、凄惨な様子となってしまっている商店街を見る。
無事な建物は少ない。僕の家が無事だった事が奇跡だったと、思い知らされる。
瓦礫、瓦礫。瓦礫の山。
踏み潰された鉢植え、何やら強烈に踏み付けたのか、蜂の巣状に罅割れた地面。巨大なものがぶつかったのか、外側に薙ぎ倒された家屋。
そして、何か赤いもので染まった塊。グチャッとした滲み。赤い、泥水のような水溜まり。
ホラー映画をよく見ている僕は、スプラッタなものに耐性があると想っていたが・・・・・・かなり、胃にクる。現実と映像ではやはり何か違う。
吐きそうになるのを堪えながら。僕は、商店街を進んでいく。
「先日の巨龍が原因で、この商店街に逃げ込んだ怪物が自らの巨体が邪魔して犇めきあったのでしょうね。でなければ、硬い鱗で引きずって削ったような跡や、無惨にひき殺された小型の怪物の塊などありはしないでしょう」
セイバーも、知らない人間の住んでいた町とは言え気分を害する何かがあるようで、冷静に分析しながらも、顔をしかめていた。
「そういえばこの町からは、一時的に怪物や魑魅魍魎の数が減っている、という状況だったね」
「はい。ですが、あの巨龍が倒された事はもう、察知されている事でしょう。圧倒的な気配が消えうせたことは、とても解りやすいですから」
なら、戻って来る可能性は高い訳だ。
今は静かなこの空間も、暫くすればまた、
「急ごう。怪物の数が少ない今がチャンスだ」
「ええ。ですが、急ごうにもそうはさせない
セイバーの言葉に疑問符を浮かべた次の瞬間。
ボコンッッッ!!!
と、地面が盛り上がった。
「Garrrrrrrrrrrrrr!」
そして、土飛沫を上げ、叫び声と共に地面から巨大な体躯を持った、人型の怪物が現れた!
ゴリラのようにも見えるが、サーベルタイガーのような牙を持った巨大類人猿をゴリラとは言わない。そう信じたい。
そんなゴリラモドキは、奇襲と共に、セイバーに飛び掛かった!
「セイバー!」
「大丈夫ですよ」
心配で声を上げるが、対するセイバーは涼しい顔。冷静な声で、ゴリラモドキの腕を
丸太の如き剛腕を、華奢な女の腕が軽々と受け止めたのだ。
「ほら、大丈夫でしょう? 直ぐに終わらせますので、安心して下さい。マスター」
「あ、ああ」
話しながら、片手間に。といった様子で受け止めた拳を握り潰して粉砕するセイバー。余りの衝撃的な光景に思わず、鳥肌が立つ。
「こう見えても私、力比べでは負け無しなのです。ですので、大丈夫ですよ」
「そうか」
そうして僕は、考える事をスッパリ止めた。
会話をしている間にも、セイバーとゴリラモドキの戦いは続いていた。
残った片方の剛腕をぶんぶんと振るい、セイバーにつかみ掛からんとするゴリラモドキ。だが、あまりの大振りにその腕は瓦礫を吹き飛ばすだけで全く、セイバーには掠りさえもしてはいない。
「戯れるのも少々飽きてきましたね・・・・・・」
ゴァッ、と風を纏う拳を避け、セイバーは後ろに下がる。そして、徐に太刀を抜いた。
恐ろしい程に透き通った美しさを持った太刀だ。
その太刀から、ある種の神々しさすらも感じられる。
「切り裂きますよ。起きなさい___」
美しい太刀は、セイバーの言葉と共に蒼い燐光を発し始める。
太刀そのものの美しさ、
気がついたら、見惚れていた。
気がついたら、切れていた。
抜剣から納刀まで・・・・・・あらゆる全てに美しさが付き纏い、見惚れる間に全てが終わる。
それは敵も同じのようで。
美しさに見惚れ・・・・・・その見惚れる最中、いつの間にか切られ、息絶える。
「おわり、ですね。マスター?」
「・・・・・・ん? ああ」
いけない。見惚れている場合じゃあなかった。
今は、危険な世の中になってしまっているというのに。見惚れていて死んだとなってはまり姉さんにこのマヌケな馬鹿義理息子が、と笑われてしまう。
気を取り直して、セイバーに向き直る。
「行こう。セイバー」
「ええ、マスター」
*
長い、長い商店街を抜ければ、倉敷駅付近の出口にたどり着く。
まり姉さんの店は、そこにある。
もうすぐ。
もうすぐだ。
まり姉さんに、会える。
「・・・・・・? これは」
「どうしたんだい、セイバー」
そんな、もうすぐ。といったところで、セイバーが僕の前に手を翳し、まるで僕を庇うようにして辺りを見回す。
「微弱ながらも神聖な気配がします・・・・・・それにこれは、英霊?」
「英霊? ということは、君以外の英雄がこの近くにいるのかい」
「ええ、マスターより提示された、まり姉さん、という人物の住まう店のすぐ側に居ます。神聖な気配を纏っている事から、神かそれに深い関係のある英霊かと」
「じゃあ、味方じゃあないのかい?」
「そうとは言い切れません・・・・・・それにどうやら、
その瞬間、僕は駆け出していた。
「な、お待ち下さいマスター!!」
「ついて来るんだ! まり姉さんは死なせちゃいけない!」
「ああもう全く、安全性も充分ではないのに、突っ走るマスターですね」
困り顔ながらもついて来るセイバー。その行動からも伝わる従順さと健気さに感謝しつつ、僕は急いだ。
まり姉さんの家の近くで交戦。つまりまり姉さんが危ない。幼稚園の子供でも解る簡単な事だ。
「英霊が味方だったら敵の排除を手伝う! 敵だったら撤退まで追い込む! 可能だったら打倒! これで良いかい!?」
「ええ、解りましたマスター!」
駆け抜ける。瓦礫の山を飛び越え、塞がれた道を潜り、時折破砕して駆け抜ける。体が可笑しい。だが気にしない。こんな何でも起きるような世界になってしまっているんだ。
例えセイバーと肩を並べて走る事が出来ても、可笑しくないだろう。
「見えた! あの店がまり姉さんの・・・・・・いた! あのリブ生地の服はまり姉さんだ!」
倒壊した、まり姉さんの店の前。商店街の出口を出たすぐ側。短髪碧眼のハーフ美人が見える。まり姉さんだ。
その先には、頭が三つある巨大な、とても巨大な狼とそれに立ち向かう緑色のパーカーを着た少年の姿。
「一応聞いておく! 英霊はどっちだい!?」
「マスターと同じく若草色のパーカーを纏った少年です!」
「じゃあ、セイバーはあの少年の援護! 僕はまり姉さんを連れて僕の家まで避難する!」
「そんな、道中危険で___」
す。と、続けようとしたセイバーの声を遮る。
「大丈夫だ!
「っ、そう、ですね。やはり、気付かれていましたか」
「今までずっと目を逸らしてたっ! 気付かないふりしてた! けどもうそれは止めだもう!」
苦虫をかみつぶしたような顔でセイバーは同意する。
やっぱりこんな体にした、いや、
「・・・・・・解り、ました。お供を三匹全て付けます。その者達に露払いをさせますので!」
「有り難う、武運を!」
「ええ、ご武運を!!」
それ以上の言葉は必要ない。
やることをやるだけだ。
「まり姉さん!」
腰が引けてへたり込んでいるまり姉さんの隣へ行き、叫ぶようにして話しかける。
無事だった。無事でよかった。生きていてよかった。
だが、そんな喜びを叫ぶのは、今じゃない。後でにしよう。
「ん・・・・・・!? 馬鹿義理息子、お前っ」
まり姉さんが、驚いたような声で僕を見る。オイオイ僕は幽霊じゃないんだぜ?
「話は後! 今は黙って付いてきて!」
「いや、でもアイツが」
まり姉さんが、三首の狼と戦う少年を見る。少年はボロボロの雑巾みたいになっていて、血みどろで、今にも倒れそうだった。
僕は、ハッとなってまり姉さんを見る。案の定、左側の首筋に、剣のような形の三画の痣・・・・・・令呪が、あった。
自分を守る英霊が心配なのだろう。その表情は、何よりも悲痛だ。
だが。
「あの少年なら、大丈夫だ! 何よりも貴女の義理の息子が証明する!」
その瞬間、まり姉さんがはたと僕を見る。僕が、心臓付近の、引っ掻き傷のような三画の令呪を見せると、まり姉さんは少々驚いた顔をした後で、頭をがりがりと掻きむしると、
「ああもう解ったよ連れていく所に連れていけ!」
「・・・・・・っ、行くよ!」
まり姉さんをおんぶして、着た道を、怪物の類に注意しながら戻る。
僕の周囲を守るように、見えないけれど、圧倒的な何かが付いてきてくれている事が解る。
「・・・・・・あの
「大丈夫。そう信じている」
信頼関係、それを築くにはまだ早いけれど。
それでも、僕に付き従ってくれる彼女を僕は信じたい。
「うん、大丈夫だよ」
「そうかい、じゃあ、大丈夫か」
それきり、まり姉さんは家に着くまで何も言わなくなった。
まり姉さん、そして、もう一人の英霊。
ちなみに、ですが。
桃太郎は割と呆気なく真名晒しましたけれど、パーカー少年の方はこれから暫く晒すつもりは無いです。
ヒントも出しません。