「う゛っ……お゛え゛っ……」
申し訳程度に敷かれたような布団の上で、低い嘔吐き声が響いた。ピンク髪の女が裸になってひざまずき、その小さな口で男のモノを咥えている。彼女は苦しそうに顔を歪めているけれど、男に頭を押さえつけられて、これからより深く喉を抉られようとしていた。
「苦しい?」
行為と裏腹に、慈しむような声音で男が言う。女は彼の顔を見上げ、窒息と嘔吐感の苦痛から涙を流していた。
彼女の、水色の瞳が男のことを見つめている。健気なような、あるいは、媚びるような目だった。
「ごっ……!?」
容赦なく押し込まれた陰茎が、喉奥にえぐりこまれ、根元まで隠れた。女は反射的に背中を丸め、男の足に添えた両手に力が入る。……けれど彼女は、抵抗しなかった。
男が、決して腕の力を緩めないまま言う。
「オナホなんだよね……? どう扱ってもいいんだよね……?」
相変わらず女は抵抗する素振りを見せない。手で腰を押し返そうとすることもなければ、目で助けを求めることさえしない。しかし、その表情に一切の余裕がないことも事実だった。
呼吸が出来ない上、今にも嘔吐してしまいそうな苦痛に悶える女は、それでも上目遣いに男のことを見つめる。その目に拒否の意思は宿っていない。
「吐くなよ」
短くそう言うと、男は自慰でもするかのように、好き勝手に女の頭を振った。
「ごっ、え゛ぉ゛っ……! げぇ゛……!!」
少しの労りもないピストンを受けて、ピンク色の髪を揺らしながら女はうめいた。女性らしくないどころか、まるで獣のような嘔吐き声を絞り出しながら、彼女は目を見開き耐えている。
一つ突くたびに女が背中を丸める。腹筋に力が入り、嘔吐しないよう根性だけで耐える。彼女に出来ることは、耐えることだけだった。それで限界いっぱいだった。
「もっと舌動かしてよ」
「ふ……うっ……」
女はモノを根元まで飲み込まされたまま、ぐりぐりと押さえつけられる。顔は半ば陰毛で覆われるようだった。
舌を動かせ。……そう言いつつ、彼は動きを止めて猶予を持たせるわけでもなく、むしろわざと苦しさが増すように、様々な角度で女の喉をえぐる。ぎゅっと目を閉じ、悲痛に顔を歪め、彼女は自分を拷問する肉棒に、舐め奉仕しようとした。
しようとは、したのだけれども。
「ぶぐぅ゛っ」
彼女は吐いた。ロクに無い胃の中身を嘔吐した。それも、出口が塞がれているせいで、ドロドロとした吐瀉物は、彼女の鼻の穴から吹き出た。
限界を知らせるかのようなそれが自分の陰毛を汚していくのを見て、男はようやく腕の力を緩めた。
「うぅおえっ」
ずるり……と陰茎が吐き出される。解放された女は再び嘔吐した。そして、しばらくして吐き気が収まった彼女は、震えながら男のことを見上げる。
「も、申し訳あ……いっ!」
謝罪の言葉を並べることさえ許されず、女は頬に平手をくらった。その威力で彼女は体勢を崩し這いつくばる形になる。
「ぐぇ……。ご、ごめんなさい。申し訳ありません……」
追い打ちとばかりに体を踏みつけられながら、彼女は必死に謝った。許しを乞った。
「お布団汚してしまってごめんなさい。言われた通りに出来なくて、申し訳……うぐっ……」
踏みつけに、より一層の体重をかけられて、女が呻く。
「もういいから、ヤらせてよ」
「は、はい」
足をどけられた彼女は速やかに、どこからかコンドームを取り出した。そしてそれを彼女自身が、透明で粘つく液体に塗れてテラテラと光る肉棒へと、慎重に慎重に……あるいは怯えながら、顔色をうかがうような手つきで取り付けていく。
「すみません、その、……決まりですから」
「いいから早く」
「はいっ」
仰向けに寝転がり、女がすぐに股を開く。
「ど、どうぞ」
酸欠の名残が抜けきらず赤く染まった顔で、卑屈な笑みを浮かべながら女が言う。男は無言で挿入した。
拷問されていただけのはずだけれど、彼女の中は十分に濡れていた。
「んっ……うぁ……あっ……」
正常位で無遠慮に腰を打ち付けられて、どこか後ろめたそうに女が喘ぐ。
……しばらくそれが続いた。部屋に響くのはぐちゅぐちゅといやらしい水音に、肉と肉がぶつかる音と、女の喘ぎ声だけ。男はずっと無言でいる。
心のどこかで答えを察しながら、そしてそれが裏切られることを期待しながら、女が言った。
「き、気持ちいいですか……?」
ピタリと、腰の動きが止まった。奥まで押し込まれ、子宮を突き上げられたままになって、女はまた矯声を上げる。
突然、男が彼女の首を絞めた。
「かはっ……」
ぎりぎりと、絞める力が強められる。みるみるうちに女の表情は苦痛に染まり、そしてそれに連動するかのように、緩かった膣が肉棒を締め付けていく。
「かっ……あ……っ……」
そのままピストンが再開される。女は焦点の定まらない目をぎょよぎょろ動かして、言葉はなくとも「死んでしまう」と言っているようだった。無意識だろうか、自分の命を脅かす男の両腕を、彼女の白く細い腕が掴んでいる。
けれど男は、一度だけ「おお……」と感嘆の声を漏らしただけで、その後また無言で腰を打ち付け続ける。首を絞める力は一切弱めずに。
苦痛に満ちた女の表情に焦燥までもが入り交じり、彼女が痙攣するようにじたばたと暴れたところで、不意に男が手を離した。
「ア、がはっ! ゲホっ! ゲホゲホっ……! げほっ……お……うっ……ひゅー……ひゅぅー……」
うつろな瞳で天井を見つめながら……どこを見るでもなく瞳を彷徨わせる彼女は、ただ生きることだけにしがみついて、弱々しく呼吸を繰り返す。肉棒は彼女の中に収められたままだけれど、もう彼女が喘ぐことはない。そんな余裕はなかった。
「……いいんですよね」
女の目を見ることなく、うつむいたまま男が言う。
「え……?」
女はまだ、いつ意識を手放してもおかしくなさそうな、か細い呼吸を続けている。その女の腰を掴んで、
「もっと、今よりひどいことしても、いいんですよね」
……と呟く男が、まともなのかどうか。彼自身にもわならない。
「……はい」
まともに思考することなんか出来る状態ではなかった女が、直感的に、限りなく本能だけに近い意識で、確かにそう答えた。
その瞬間、再び彼女の首に手がかけられる。ただし今度は片手だけだった。
「オっ……!? う……ぎっ……っ……っ……!?」
空いた片手は、女の腹を殴りつけていた。痩せた腹の肉に拳がめり込むたび、処女よりも強く締め付けて男に快感を与える。
防衛機能の一環なのだろうか、彼女の中はびしょびしょに濡れていた。彼女の腹部に青アザが浮かんでくる。
「っ……! ッッ……!!」
散々殴られたあと、彼女は改めて両腕で首を絞められる。もはやうめき声さえ出せずに、彼女は狂ったかのように暴れた。文字通りもがき苦しんだ。
そしてある時、それが終わった。何度も何度もタップを続けて、限界を訴えていた手が、助けを求めるように、鬼気迫ったように暴れていた足が、突然だらん……と投げ出され、以降ピクリとも動かなくなる。……それでも、彼女の体はピストンによってしばらく小刻みに揺れた。
それから少しして、男が射精した。肉棒を抜き去ると、精液が流れ出るのと一緒に、ちょろちょろと失禁による尿が漏れてくる。……女は瞳だけ若干上を向いたまま、人形のように沈黙していた。決して動かず、話さず、そして……。
確認すると、息をしていなかった。
「……たかぎさん?」
呼びかけても返事はない。揺すってみたり、頬を軽く叩いたりして、何度も呼びかける。
「え、し、死なないんですよね……? たかぎさん? ねぇ……ねぇ! たかぎさん!」
身勝手にも、男の焦りは加速していく。聞いていたのと違う、自分は悪くない。そんな言い訳ばかりが頭の中に浮かび、そして……そのうち思考は「逃亡」だけに染まっていった。
が、結果だけを言えば、彼が行動するよりも早く、女は目を覚ましたのだった。
「ぷはっ。……ん? あ、あれ……? わたし……」
戸惑う女の横で、心底安堵のため息を吐く男。彼の表情は、それはまるで、事故で意識を失った恋人が再び目覚めた時のような、そんな物に見える。……何も知らない者が見れば、の話だけれど。
「あ、すみませ……申し訳ありません! 意識を失ってしまったみたいで、その、本当に至らないことばかりで、謝って済むわけじゃないですけど、でも、あの……申し訳ありません……申し訳ありません……!」
謝罪の言葉を並べて、彼女は迷いなく土下座する。この数分でひどく汚れた布団に額をこすりつけて、ただひたすら謝り続けた。申し訳ありません、申し訳ありません……と。
すっかり活力を失った下半身を露出したままで、独り言のように男が言った。
「ごめんなさい」
膝立ちの姿勢になった男が、自らに土下座で許しを乞う女を見下ろす。
「ごめんなさい。ひどいことして、あんな、取り返しがつかないようなことまで。……ごめんなさい、たかぎさん、ごめんなさい」
彼の目もまた、首を絞められた時の女のように、焦点が定まっていなかった。
「なんであんなことしたくなるのか分からないんです。やるだけやったら分からなくなるんです。なんで僕は、あんなこと平気で……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
……いつの間にか、女は這いつくばることをやめていた。一糸まとわぬ姿のまま、彼女はそっと男を抱きしめる。腹のアザは消えていた。
「大丈夫ですよ。そういう人のためにわたしがいるんです。好きなだけ性欲をぶつけてもらえたら、わたしにとってそれ以上の幸せなんてありません」
その言葉が本心から来るものなのか、あるいは優しい嘘なのか。またあるいは業務上のリップサービスなのか。男にはまったく判別できなかった。
ただ、自分にその資格がないのだとしても、彼女が立場上の愛想を見せてくれているだけだったとしても、今はどうしようもなくその言葉を、優しさを抱きしめてしまいたい。……そんな感覚に陥った彼が、おそるおそる、華奢な女の背中へ手を回す。
……その時、
「あ」
ピピピピ、ピピピピ、……と繰り返し電子音が鳴った。部屋の隅に置かれたタイマーの音だった。ピピピピ……ピピピピ……と、そのちょうどよく不愉快な音は、タイマーに触れない限りいつまでも止まらない。
「すみません、お時間です。……よろしいですか?」
申し訳なさそうに女は立ち上がる。……その時の男は、どんな顔をしていたのだろう。
女は、一瞬理性を失ってしまいそうになった。全てを忘れて、目の前の男の物になってみたい……そんな気持ちが、一瞬だけ彼女の中をかけめぐった。
けれどすぐに持ち直した。早く帰らなければ、自分だけでなく、男の方までお咎めを受けることになる。たとえ殺されたって卑屈な笑顔を崩さない彼女だけれど、他人様に迷惑をかけることを良しとは思えなかった。
「あ、あの」
タイマーを止め、服を着て、少ない荷物をまとめた彼女を、男が呼び止める。すがりつくような声だった。
「あの……今日は、今日は本当に、……すみませんでした」
どうしたってここを去る彼女は、どう言葉をかければいいのかわからなくなってしまう。それで、またこんな気休めを言う。
「いいえ、楽しかったです。……次の機会を楽しみにしてますね」
次の機会。それは、彼のように通常受け入れられ難く、なおかつ強い性欲を持つ者の中から、再び「彼」の順番が回ってくること。機会とは、その途方もない順番のことだ。
「次……」
「はい、次です。それまで健全な市民として、生きていてもらえると嬉しいです。……あ、それと汚してしまった物はちゃんとわたしが弁償しますから、心配しないでください」
「……はい」
「本当にすみませんでした。……では」
がちゃりと、玄関の扉が閉まる音がして、彼の視界から女は消えた。少し前まで肌を触れ合わせることさえできた、可愛らしいピンク色の髪の彼女。綺麗な水色の瞳を持つ美少女。……人の道を踏み外したような自分を、受け入れてくれた人。
けれど彼にはもう、今彼女のあとを追いかけたところで、その姿は消えてなくなってしまっているように思えた。根拠なく、そんな気がした。
……ある市の役所が、近年新たな試みを始めた。それは性犯罪を抑止するため、性欲のはけ口となる女を、市の備品として市民に提供する……そんな試みだった。
しかしもちろん、全ての人間には人権がある。そんな役割を任せてもいい人間なんて、誰一人として存在していない。存在してはいけない。……そんな「人間」は、どこにもいないのだ。
折れてしまいそうに華奢な美女、たかぎさん。彼女は市役所の29番窓口、性活福祉課で働く……不死者だ。
いわく不死者は、化け物であるらしい。