※この作品はR-18です。

嫌な男が幻想入り   作:Nagomin

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小野塚小町SIDE


仏の顔も三度まで……えくすとら

 

 例の事件から三日。

 あの日、なぜか家に来ていた映姫様に諭され、不様を晒してしまったが暇を貰い休むことができた。

 おかげで精神的にもだいぶ回復し、二日間貰った休暇を過ごし今日仕事へと復帰する。

 三途の川へと向かう途中、別の職場へ向かう同僚たちとすれ違った。

 彼女らともこの二日間は会っておらず、三日しか経っていないが、酷く久し振りに思える。

 おはよう、声をかけた。

 なにやら話が盛り上がっていた彼女らはあたいの声にこちらへと振り向く。

 わたしを見つけ、少し驚いた顔を浮かべてから顔を逸らして見つめ合いやがて揃って笑みを浮かべた。

 

「あら、小町じゃん」

 

 楽しそうな声色で一人が返してくる。

 僅かに違和感、だがそれは常識が、世界が狂ったあの日からようやく戻れた日常なのだと考える。

 絶望の淵からも叩き落とされたあの出来事は忘れることはできない。

 

「どうしたんだい、こんな時間に」

 

 映姫様の許可をもらいあたいはいつもより遅めの出勤をしているため、本来ならこの同僚たちに会うことはないのだ。

 だが、なぜこうして会ったのか。

 一人が笑みを深めて口を開いた。

 

「小町、あんた大変だったねぇ」

 

 あんなことになってさ、その言葉に首を傾げる。

 あんなこととは一体なんのことだろうか。

 疑問が思考を占めるが、その隅で僅かな不安が心に芽生えた。

 それはほんの僅かなものに過ぎず、気のせいと切り離せる程度のもの。

 

「そうそう。まさかあんたが、運ぶだけのはずの魂に犯されるなんてね」

 

 繋げるように話を拾ったもう一人の同僚が言った言葉に、全身から一気に汗が噴き出した。

 背筋に酷い寒気が走り、体が震える。

 その反応を見て残りの一人が声をだして笑った。

 きゃはは、と笑うその声は耳障りで、内心に怒り、ではなく絶望が広がる。

 なぜ。

 そればかりが思考を占める。

 なぜ知っている、なぜ笑っている。

 無意識に後退りしていたあたいに他の二人が回り込むように背後へと動かれた。

 笑い声を上げていた残りの一人がようやく声を止め、こちらへとゆっくり歩み寄ってくる。

 肩に手を回して耳元で囁く。

 

「聞いたよー、手も足もださずに犯されたんだって?」

 

 その言葉に肩を震わせた。

 違う、抵抗出来なかったんだ。

 伝えたいが言葉がでない。

 唇が震え、上手く声がだせず荒い息だけが口から漏れる。

 

「……な、んで……」

 

 ようやく声にだせた言葉は短かったが、一番気になっていることだった。

 その言葉に彼女の浮かべる笑みが更に深まる。

 その言葉を待っていた、そう言わんばかりの笑みへと。

 

「けっこう周りの皆も知ってるみたいよ? 口を開けばそんな話ばっか聞くし」

 

 どこか他人事のような口調。

 彼女の言葉に合わせるよう、そうそう、後ろの二人も声をだして頷いていた。

 なぜ。

 なんで。

 再び感じる心の砕け散りそうな危うい感覚。

 絶望が急速に心中へと広がる。

 周り、ということは同僚たちは知っているということだろう。

 つまり、どこに行っても誰に会ってもあたいがどんな目に遭ったのか知られているということだ。

 そして気づく。

 ここにいる三人組、以前は然程仲がいいというわけでもなかった。

 会ったことはある、だが名前は知らない。

 寧ろ一方的に嫌われていた気がする。

 理由は単純、三人組が惚れた男たちが全てあたいに惚れてしまった。それだけだ。

 好みではなかったため全員断ったが、それで更に嫌われたというわけだ。

 そうだ、その一件で話しかけられた以後、話したことはなかった面子なのだ。

 それがなぜ今話しかけてくる。

 

「まっ、人の男を奪った女狐にはお似合いの末路だよねー」

 

 その言葉に体が震えた。

 彼女らあの時の仕返しをしに来たのだ。

 あたいだって好きでそうなったわけじゃないのに……。

 そう言い返してやりたいが体に力が入らない。

 あの男にされたような気持ちは動きたいのに体が動かない、ではなく体は動くのに気持ちが動けない。

 心に大きな穴が空いたような虚無感に襲われた。

 

「きゃんっ」

 

 不意の衝撃。

 思わず声を上げる。

 肩を組んできていた女に突き飛ばされたのだ。

 地面へと倒され起き上がれない体を翻されて組み敷かれる。

 相手は違えど、いつぞやと重なる光景。

 嫌なのに、絶対に拒みたいのに。

 そう意識した瞬間、一度だけ、なぜか心臓が大きく高鳴った。

 背後に立っていた二人がいつの間にかあたいの腕を片方ずつ押さえて身動きがとれなくなっていた。

 

「さて、人の男を奪った悪い悪い狐には厳しく躾しないとね」

 

 跨がっている女が笑みを浮かべながらそう言って持っていた鞄から取り出したのは、拳三個分ほどの縦長の箱。

 その先端には丸い、硝子のような水晶がついてある。

 その先端をあたいへと向けて止めた。

 呆然と見ながら、その箱には見覚えがあった。

 いつだったか、烏天狗が持っていたもの。

 なんと言ったか、確かびでおかめらとか言っていたような気がする。

 出来事の一部始終を一回で撮れる画期的な絡繰だと。

 しばらくして新聞に載せられないだとかで売ったと聞いていたが。

 それをなぜこの女が持っているのか。

 それをなぜあたいへと向けてくるのか。

 それをなぜ今取り出したのか。

 訳がわからず、困惑だけが思考を満たす。

 女はそれを向けたまま何も言わず二人に目配せをした。

 なにをするのか。

 次の瞬間、明らかになった。

 二人はあたいを押さえつけるのとは反対の腕で無造作に、あたいの服を胸元から思い切り剥いだ。

 

「あっ」

 

 思わず声を上げる。

 不意に外気へと晒されたため、僅かに訪れる刺激に体が震えた。

 咄嗟に胸を隠そうとするが押さえつけられていることにより叶わない。

 上にいる女が笑みを浮かべた。

 嫌悪感を催させる笑みを。

 

「それじゃ、男をたぶらかして男に犯された憐れな女の撮影会といこっか!」

 

 撮影会、ということはつまりなにかを撮るということ。

 その被写体は小野塚小町。

 あたい。

 今の姿はどうだ。

 押さえつけられて、その上胸を露出している。

 こんな姿を撮る、保存する。

 こんな恥態を晒すどころかその姿を相手の手元に置かれるのだ。

 冗談じゃない、絶対に駄目だ。

 

「ぐっ……このっ、放せっ……!」

 

「無駄無駄っ、いくら死神のあんたでも二人がかりで押さえられて逃げられるはずないでしょ」

 

 必死にもがくあたいに届く耳障りな女の声。

 だが、女の言う通り二人がかりで押さえつけられているせいで押し返すことができない。

 せめてもの抵抗を示し、彼女を睨み付ける。

 

「なにその目、ほんとムカつくんだけど」

 

「ぐっ……」

 

 その瞬間、顔から表情を消した女に思いきり頬を叩かれた。

 遠慮を感じさせないそれは一発に止まらず、顔が向いた方向から再び反対の手が迫る。

 

「いつもいつもッ、澄ました顔してッ、人から男を奪ってッ、人を見下した顔で話しかけてくるッ! まるで自分は悪いことをしてないみたいな顔でッ!」

 

 二発、三発。

 五回叩かれた、最後の一発は平手ではなく拳。

 般若のような表情で睨み付けてくるその目には憎悪しか映していない。

 乾いた痛みが頬を襲うが、決して声をださず睨み付け続ける。

 悪いことはしていないから。

 男が勝手に好きになったただけ。

 別にあたいがたぶらかした訳じゃない。

 興味ないのに五月蝿いくらい口説いてきたから振っただけ。

 なにも悪いことはしていない。

 歯を食い縛りより強い意識を持って睨み付ける。

 

「……なに、なにその目! なに見てんだよ!」

 

「ぁぐっ」

 

 激情の声とともに正面から殴られた。

 鼻に激痛が走り、そこから下へとなにかが流れるのを感じる。

 鼻血だと分かった。

 女の顔を殴るなんて、同じ女として信じられないね……。

 そんなことを考えながら痛みを堪える。

 何度も頬をぶたれたあげく顔面を殴られて鼻血を流す。

 今のあたいはきっととんでもない不細工な顔になっているに違いない。

 こんなあたいだったらあの男に犯されることはなかっただろう。

 あの男がこんな醜いあたいを犯すはずがない。

 

「……まあいいよ。あんたにはもっと酷い目にあってもらうんだから」

 

 険しい顔を消した女が、頬を引きつらせながらも笑みを浮かべた。

 

「さっ、やっちゃって!」

 

 軽快ながらも強い語調で女が言う。

 なにをやるのか。

 疑問に思ったその時、脇の二人が動いた。

 

「なっ……!」

 

 声を上げる。

 さらけだされた胸を二人に掴まれた。

 力任せに揉まれる。

 

「っ、痛ッ……」

 

 その行為は痛みだけをもたらし、思わず顔をしかめた。

 

「この胸ねっ、この無駄な脂肪のせいでっ!」

 

「こんな、少しだけ私より大きいってだけじゃない!」

 

  憎しみを込めるように揉む力が強まる。

 更に痛みが増すが、これだけならばまだ耐えられると思った。

 あの男に与えられたのは快楽、あれは耐えるなど不可能なものだったのだから。

 あの気持ちよさに比べればこんな痛み。

 

「気持ちは分かるけどダメだよ、痛くなんてしちゃ。小町チャンが気持ちよくなれないでしょ?」

 

 びでおかめらを向けながら見下ろしていた女が二人に話しかける。

 その内容に目を見開いた。

 はーい、渋々といった表情で力を弱めて弱くなった力で揉み始める。

 胸の麓から頂へと、女性らしい細い指が胸へと沈む。

 

「や、やめっ……っ」

 

 その軌道はいつぞやのそれと重なり、それが関係しているのか疲れていないのに息が上がり始め焦りが生まれた。

 同性故か、優しくも的確に心地よい場所が指で押される。

 

「くっ……んっ……」

 

 歯を食い縛る。

 

「あれ、ひょっとして感じちゃった?」

 

「そんなわけ……くはぁんっ!」

 

 反論した瞬間、待っていたように同時に二つの頂がそれぞれの手で摘ままれた。

 そのやり方、タイミングがまたもや既視感をもたらす。

 ただ一つ、なにかが違うことを感じながら、襲いかかった刺激を耐える。

 

「んんっ……んっ、ぁ……んふっ」

 

 乳首を摘ままれて左右へと引っ張られては捻られる。

 襲いかかる快感は徐々に体を蝕む。

 それを体感しつつも、あの男に犯された時の爆発的な快楽よりも遥かに弱く、あの時ほど翻弄はされない。

 まだ耐えられる、胸だけで絶頂なんてしない。

 その気持ちを心に強く持つ。

 

「んっ、んんっ、あ、あんたたちの下手くそな動きじゃ、っく、感じたくても、感じないねっ」

 

 無理やり笑みを浮かべてそう言ってやる。

 

「……あっそう、そんなこと言っちゃうんだ」

 

 つまらない、そんな顔を浮かべた女は再び二人に目配せした。

 なにをする気なのか、なにをしてこようとも意識を強く持っていれば屈することなんてない。

 そんなあたいの覚悟。

 

「――あああっ!」

 

 突如自らの口から溢れた絶叫。

 スカートに隠れて見えない下腹部に、小刻みに振動するなにかが押し当てられた。

 強く押し当てられると全身が震えているかと錯覚するほどの刺激が伝わってくる。

 こんなの、初めて。

 

「ああっ! はああっ! ああっ、やめっ、あっ、だ、あああっ!」

 

 言葉を発する暇がないほど強烈な刺激。

 こちらのことを一切考えない一方的な、機械的な冷たい快楽。

 だがそれは思考を、頭を急速に溶かす。

 心が冷めているのに体だけが熱くなる。

 

「あははっ、いいザマね! こんな場所でそんなに乱れて恥ずかしくないの!?」

 

 明るさを取り戻した女の声が耳に届く。

 その言葉にはっとした。

 ここは外、それも誰でも通れる街道だ。

 住宅街からも目と鼻の先。

 いつ誰が来てもおかしくない。

 我慢だ、耐えないと。

 

「あああっ! くっ、んあああ! ああ、あああっ!」

 

 無理、こんなの耐えられない。

 彼とは違う、しかし引けをとらない程の刺激に翻弄される。

 体が勝手に震え、全身が下腹部の刺激に操られる。

 こんな卑怯なやつらに気をやりたくない。

 気をやるわけにはいかない。

 あの男には暖かい快楽を与えられたせいでつい気をやってしまった。

 だがこれにはその暖かさはない。

 彼ならまだしも、こんな無機質染みた快感に感じてもイくことだけは阻止する。

 唇を噛んで声を漏らさないようにする。

 

「へえ、まだ頑張るんだぁ」

 

 すぐにイくと思ったんだけどなぁ、僅かに驚いたような女の声が聴こえてくる。

 

「イったらそこでやめようと思ってたんだけど……イかないんだからしょうがないよね」

 

「えっ……きゃっ!」

 

 声と同時に勢いよくスカートがめくりあげられた。

 露呈する下腹部、同時に大股に開かれた両足。

 胸に続き下半身の露出。

 無実にも関わらず押し寄せる罪悪感。

 露出している自分が悪いことをしているような感覚とともに激しい羞恥心に襲われた。

 秘部が外へと曝け出されている。

 誰にも、あの男にしか見せたことのない場所を見られる。

 屈辱に体が震えた。

 なんであたいばっかこんな目に遭わなきゃないんだ……。

 涙腺が熱を持ち、鼻の奥がつんと痛む。

 だが、ここで泣いてはより醜態を晒すだけ。

 

「それじゃ、小町チャンの大事な大事なところをご開帳ー」

 

 至極楽しそうなその言葉に慌てて足を閉じようとするが二人の両足に挟まれているせいでびくともしない。

 二人の手がゆっくりと秘部に迫る。

 嫌だ、イヤだ。

 そう思ってもなにも変わらず、動こうにも動けない。

 諦めず足や手を動かそうとするが、その反面思考が別の思いを浮かべる。

 元々、自分はこういった運命だったのではないかと。

 見知らぬ男に犯され、同僚からも陵辱を受ける。

 これが本来のあたいなんじゃないかと。

 そう思った瞬間、抵抗していた力が抜けた。

 あたいは結局犯される。

 ーー誰かに罰せられないといけないんだ。

 その時、なぜか一つの顔が脳裏に浮かんだ。

 上司でもこの同僚でもない、もう一つの顔見知り。

 そもそもの元凶。

 激しくも優しくあたいの体を犯し抜いた男。

 頭がおかしくなったのか、あの男にされた初めての接吻が思い浮かんだ。

 舌を絡め取られる激しさ、その後の初心なまでの優しい唇同士の触れ合い。

 そして下から突き上げられていた心地いいと感じてしまうほどゆっくりとした男性のそれ。

 全てが全てはっきりと思い出した。

 ーー嫌な走馬灯だね、全く……。

 内心で笑みを溢す。

 既に抵抗する力は全く込めていなかった。

 どうせあたいは罰せられないといけない、ならば抵抗するだけ罰が増えるかもしれない。

 でも。

 

「……どうせならあいつに」

 

 小さく呟く。

 どちらにしても絶望、だがその中で選んだ答えがその言葉だった。

 感覚で分かる、もうすぐ秘部に触られて自分はみっともなく悶え狂うのだと。

 せめてその光景を見ないように、目を閉じた。

 どうせ今撮られているそれを他の同僚たちに見せてあたいは皆から犯される。

 そう思えば不思議とあの男が初めてで良かったと思えた。

 これでやっと罰せられる。

 そんなあたいの願い。

 罰せられるのがこんなやつらなんてと悔しく思う。

 そして終わりは訪れた。

 

「アアアアアアッ!」

 

 響き渡る絶叫。

 それは苦でなく艶。

 快感を感じたあの時と近い声。

 ふと思う。

 声を上げたの、あたいじゃない。

 ゆっくりと目を開けた。

 そこに広がるのは地獄絵図。

 着ていた衣服が散乱し、全裸で無惨に寝転がっている三人。

 その間、彼女たちとあたいを挟むように立つ人物の後ろ姿。

 寝転がる三人はいずれも至極幸福といった表情で倒れている。

 そこに聞こえた一つの声。

 

「こら、ブスちゃんたち。赤毛の巨乳ちゃんに悪いことしていいのは俺だけなの」

 

 全身に鳥肌が立った。

 その声、その後ろ姿。

 全てに覚えがあった。

 全ての元凶であり、先程まで望んでいた相手。

 あたいを庇うように立つその姿、まるでお伽噺にでてくる絶体絶命の危機に助けに来た勇者のよう。

 だがその正体は強姦魔。

 似ても似つかない二つの影がなぜか今は一つに見えた。

 やはり頭がおかしくなったのか、それとも先程まで考えていたからか。

 不覚にも護るようなその姿に心臓が大きく高鳴った自分がいた。

 動かない三人組を見届けてか、彼が振り返る。

 目が合った。

 

「ぁ……」

 

 小さく聴こえた声。

 それはあたいの声。

 初恋の相手を見かけた時のような生娘みたいな声。

 顔が熱くなる。

 あたいを見た彼は笑みを浮かべた。

 それは触れ合うだけの優しい接吻をされた時と同じ優しげな笑み。

 休んでいる間、万が一男に会ったなら吐いてやろうと思っていた罵詈雑言。

 できることならこの手で存在を消してやろうとさえ考えていた。

 それが例え相討ちになろうとも。

 その相手が目の前に現れた。

 

「……どうした?」

 

 反応しないあたいに首を傾げる。

 さあ言ってやるんだ。

 思い浮かべた、思い付く限りの罵詈雑言を。

 格好の時だ、さあ早く。

 

「小町?」

 

「ッ、な、名前で呼ぶんじゃないよッ!」

 

 不意に名前で呼ばれた。

 再び高鳴った心臓に合わせて返した。

 訳がわからない、名前を呼ばれただけで心がこんなにも乱されるのか。

 

「おわっ、映姫みたいなリアクションだな」

 

 彼の言葉に再び言葉を返しそうになるがなんとか抑えた。

 訝しむ。

 えいき、とは誰だ。

 えいき、エイキ。

 一人だけ思い当たった。

 それは石頭で融通が効かず物事を白黒で割り切った考え方しか出来ない、唯一信頼しているあたいの上司。

 

「あんた、映姫様を知ってんのかい……?」

 

 思わず声をかける。

 映姫様、と彼は少しばかり眉を潜めたが「なるほど、映姫は閻魔一家だもんな」と謎の言葉を残して頷いた。

 

「ああ」

 

 肯定を浮かべる彼。

 

「今一緒に住んでるしな」

 

 がつんと鈍器のようなもので頭を思いきり殴られたような気がした。

 意識が一瞬、どこかに飛ぶ。

 

「……え?」

 

 唯一だせた声は情けないもの。

 一緒に住んでる、とは。

 同棲、頭に浮かんだ言葉。

 映姫様はなぜこの男を知っている、知り合っている、一緒に住んでいる。

 なにか弱味でも握られているのか。

 

「……映姫様になにしたんだい?」

 

「なにって……ナニかな」

 

「だから何って聞いてんだよッ!」

 

「だからナニなんだけど……まあ、結局はお互い合意の上で合体したって感じだな」

 

「なッ!?」

 

 驚愕に声を上げる。

 今この男はなんと言った。

 合意の上で合体。

 合体とはつまり、あれだ。

 あれを合意の上で、あの潔癖症と言っても過言ではない映姫様が。

 あり得ない。

 

「さっ、邪魔もいなくなったしヤろっか」

 

 唐突に話を変えた彼。

 やろうか、とは何だ。

 まさか。

 

「せっかく脱いでるんだしさ、やっちゃおうよ」

 

 ついでの用事のように一大事をとんでもなく軽く言い放つ。

 

「だ、ダメに決まってるじゃないかそんなのっ!」

 

 言葉で反論するが、体は動かなかった。

 彼に触れられていた時のような力が入らないではない。

 どちらかと言えば動けるはずなのに体が言うことを聞かない、そんな感じ。

 また犯される。

 つまり彼に罰を受ける。

 嫌なはずなのになぜか下腹部が熱を帯びた。

 叩かれて腫れ上がった頬、殴られて鼻血を流すひどい顔のあたいを彼は犯すというのか、犯してくれるのか。

 彼に罰を受けてしまう、そう思うと体が固まったようにより動けなくなった。

 

「こらー!」

 

 その瞬間、遠くから聴こえた声。

 どこか聞き覚えのある声に、その方向へと顔を向ける。

 

「ありゃ、もうバレたか」

 

 呟くような彼の声が聴こえたが、それよりも早く遠くから人影が見えた。

 徐々に近づいてくる。

 見えてきた人影、その姿がようやく認識できた。

 まず視認できたのは緑色。

 全身だ。

 やがて近づく小柄な体。

 見覚えがある。

 

「勝手にいなくなっては駄目ですよ! 出かけるときはちゃんと伝えてください!」

 

 降り立った女性、いや少女。

 彼女は着地するとすぐに男へと駆け寄った。

 詰め寄り、説教を溢す。

 男はばつが悪そうに後頭部をかき、軽く少女へと謝罪の言葉を述べていた。

 その姿はさながら夫婦のよう。

 先程まで光が当たっていたのは彼と自分、だが今は少女と彼。

 その変化のせいかその光景を見ていると僅かに胸が痛んだ。

 

「ちゃんと分かっているんですか! あなたはいつも目を離すとすぐいなくなって……子供ですか!」

 

「いやー、ごめんごめん。なんとなく散歩に行きたくなってさ。絶好のレイプ日和」

 

「なにが! れ、レイ……とにかく! そんな日和はありません! あってたまりますか!」

 

 まるで漫才を見ているかのようなやり取り。

 

「あなたは、閻魔ではない……この四季映姫を見ていなくてはいけないのです……」

 

 四季映姫、あたいの上司が想像できないほど弱々しく彼の服の裾を掴んだ。

 映姫様はあたいの存在に気づいていないのか、らしくない姿を次々と見せる。

 明るい感情、弱々しい喋り。

 ここにいるのが本人かと疑いたくなるほど別人の表情が現れている。

 その全ては彼に向けられたもの。

 その表情は明らかに恋する乙女。

 一体二人の間になにがあったのか。

 それと同時に浮かぶ怒り。

 まるであたいを除け者にしているかのように展開される二人だけの世界。

 あたいの不幸に反するように幸せそうな映姫様。

 先日この男の非道、この男の極悪さを伝えたはずだ。

 なのに何故一緒にいる。

 そんなにも楽しそうに、幸せそうに。

 この男を危険だと思わないのか。

 女の敵だと思わないのか。

 まさか。

 黒へと染まっていく思考の中で生まれた一つの結論。

 まさか映姫様が皆にあたいが犯されたことを教えたのではないか。

 なぜ。

 映姫様が持たない体躯で、先に狙われたあたいが彼に気に入られるんじゃないかと危惧して。

 そう考えると妙に真実味があった。

 普段の映姫様なら思い違いだと思考を切り捨てるが、こんな映姫様は見たことがない。

 飛んできた向き、降り立った場所、駆け寄った距離、全てがあたいを視界に捉えていておかしくないはず。

 だが気づかない。

 いや、気づかないふりをしている。

 こんな姿のあたいを無視する気だ。

 もしかしたら映姫様が彼にあたいを犯させたのではないか。

 狂うほどの快楽を与えて、恐怖でこの男から逃げさせるように。

 彼が映姫様だけを見るように。

 皆に話を浸透させるだけの言葉を持つのはこの女以外にはいない。

 ましてやあの三人組の、噂と言いながら確信を持っていた言葉。

 真実だと分かっていたのだろう、白黒はっきりしか物を言わないこの女が伝えたのだから。

 思考が暗くなっていくのを理解するが止められない。

 映姫様、いや、あんただけ幸せになんてさせるものか。

 あんたが彼にあたいの大事なものを奪わせたってんなら、今度はあたいがあんたの大事なものを奪ってやる。

 あんたの大事なもの、この男だ。

 そんな幼女体型よりもこちらの女らしい体つきの方が彼を満足させられるはずだ。

 絶対に、絶対に許さない。

 あんたも外を出歩かないような目に会わせてやる。

 未だにこちらへと見向きもしない上司を睨み付けた。

 気取られぬよう静かに体を動かす。

 指を動かし手へと、手を動かして腕へと。

 彼女の威圧に戦いたのか、彼が一歩下がり彼女が一歩詰める。

 その時、彼があたいとあいつを隠した。

 その瞬間一気に起き上がり彼の顔を両手で挟み横へと向ける。

 自分の顔も横へと傾けた。

 

「ですから早く家に……えっ?」

 

 端から聞こえる間の抜けた声。

 多分あたいだって同じことになればそんな声をだすかもしれない。

 なにせ意中の相手、恋人が目の前で他の女に接吻されたのだから。

 

「んっ……んんっ、んっ……」

 

 それにしてもこの男、積極的である。

 一瞬目を見開いたがすぐにあたいの口内へと舌を押し入れてきた。

 前回とは違い、それを受け入れる。

 こちらからも彼の舌に己のそれを絡めた。

 二つが交わり、快感が背筋を駆け抜ける。

 熱に浮かされたように思考がぼやける。

 その中でも忘れない。

 僅かに顔を動かし、視線の先に彼女を捉える。

 現状が理解できずに固まる、その表現がぴったりだった。

 呆けた状態で口を半開きのままこちらを見つめる。

 間抜け面が非常に似合っていた。

 

「……あっ、こ、小町!? な、なななにをしているのですか!?」

 

 やがて我に返り声を荒げる。

 その口調は明らかにあたいの存在をたった今認識したような喋り方。

 彼女の双眸があたいの顔を捉え、それに返事をするように目元を細める。

 笑ってやった。

 

「ッ、小町! その男はあなたを襲った男なのです! 今すぐ離れなさい!」

 

 焦りの濃い声色、その真意は果たしてどちらか。

 青ざめる表情は見ていて飽きず、もっと絶望に落としてやるために剥きだしのままの乳房を彼に押しつける。

 彼の着ている服、緑色のそれは憎き閻魔を想像させ、仄暗い感情が更に燃え上がった。

 胸を押しつけながら彼の服を脱がしていく。

 

「……こま、ち……やめなさい……それ以上は駄目です」

 

 不意に変わった声色が耳に届いた。

 服を脱がせながら目だけを向けるとそこには表情を消した彼女がこちらを見ていた。

 否、睨み付けていた。

 とうとう本性をだしたらしい。

 睨み付けてくる目は僅かに潤んでおり、そこから伺える感情は女としての激情。

 睨み付ける視線を無視して彼から緑を脱がし終えた。

 あの女から奪った彼の素肌に触れあっている、そう考えるとより感情が跳ね上がる。

 もっと彼をあの女から引き離したい、もっと彼を受け入れたい。

 そんな考えが彼に読み取られたのか。

 

「んっ、んんっ……ふぁっ」

 

 思わず口を離してしまう。

 無意識に仰け反ってしまった。

 下腹部、先程から熱とともに妙な物足りなさが込み上げるそこに、なにかが触れたのだ。

 それには覚えがあり、恐怖が浮かぶ。

 だがそれ以上に、触れる奥が大きく脈動した気がした。

 それは期待。

 先日のあれをまた受けたなら今度はどうなってしまうのか。

 彼なしでは生きられない体にされてしまうのではないか。

 彼に好きな時に好きな場所で好きなように犯される。

 それがあたいにとって一番の罰なのではないか。

 秘所から熱いなにかが溢れ垂れた感触に我に返る。

 いつの間にか未知の恐怖は未知への期待に変わっていた。

 それを意識し、再びなにかが内腿へと流れる。

 そして、今まで触れるだけだった彼のそれが徐々に動きだした。

 

「んっ……んあっ、んっ……あぁ……」

 

 ゆっくりと侵入してくるそれの感触は想像を絶するほど気持ちよかった。

 

「……あぁっ、んんっ……はぁぁ……んっ……」

 

 時間が経つにつれて気持ちよさも上がっていく。

 

「――え?」

 

 だがそこまでだった。

 僅かに侵入したところで動きが止まる。

 そこから先に進みもしなければ戻りもしない。

 気持ちよさもそれ以降感じなくなった。

 

「……なんで」

 

 思わず声を漏らす。

 お預けをくらった気分だった。

 少しばかり上を向き、彼の顔を見る。

 笑っていた。

 

「ほら、もっと気持ちよくなりたいならお願いしないと」

 

 心臓が高鳴る。

 彼の言葉、つまり動いてほしいならこちらから頼めというのだ。

 冗談じゃない。

 なんで、勝手に体を触られ燻る熱を上げられ開発されたというのにこちらからお願いしなくちゃならないんだ。

 

「ああっ! ああぁ……」

 

 一回だけ、更に奥へと進められすぐに元の位置に戻った。

 たったそれだけのことで理性が大きく崩された気がした。

 体の奥底から沸き起こる飢え。

 体は望んでしまっていた。快楽を、彼に征服されることを。

 だがそれを口にしてしまえば自分が淫らな変態なのだと自覚させられる。

 例え犯されて感じてしまおうとも、自ら望むわけにはいかない。

 震える口元が開きそうになるが理性を総動員してなんとかつぐむ。

 

「……ま、無理か。映姫もまだ言わないしなぁ」

 

 その言葉に背筋に電撃が走った。

 女の勘、それが顔を向けさせた。

 相手もまた同時にこちらへと目を見開いて見てくる。

 そして次には互いに視線が交錯。

 刹那の時間、見えないなにかが二人の間でぶつかった。

 

「…………あた」

 

「小町を襲うなら代わりに私を襲いなさい! その代わり小町には手出ししないでください!」

 

「なッ!?」

 

 あたいの声に被せるように彼女が言う。

 一見、あたいを護るような言葉に聞こえるが違う。

 体の良い牽制。

 彼の言葉から、彼女とは同じ線上に立っているのだと思った。

 その時、急ぎ足で駆け寄りあたいを力任せに突き飛ばす。

 その力は弱く、彼女のものとは思えない。

 だがここで離されては再び彼とくっつかれてしまう。

 倒れそうな体を気張り、体勢を戻して両肩を押し返した。

 

「ッ小町! 上司に向かってなんて態度ですか!」

 

「なにが上司だい! 自分に自信がないからって相手を蹴落とすなんて閻魔のやることかね!?」

 

「一体なんのことを言ってるんですか! そんなことよりもあなたの態度は許容の範囲を超えています! 説教しますからそこに直りなさい!」

 

「へんっ! 誰が女として下のあんたに説教なんてされるかい! むしろ女としてあたいが説教してやろうかってんだ!」

 

「小町!」

 

「上等さね!」

 

 どちらともなく掴みかかる。

 この女にだけは負けない、その気持ちを強く掴む力を強めた。

 あの男は、彼はあたいが奪う。

 あたいを犯した彼にはあたいを罰させなければならない。

 だからこんな女に渡すわけにはいかない。

 

「あー、いたいた。《無抵抗にする程度の能力》を持っている男ってあんたでしょ? 一緒に来てもらうわよ」

 

 その声は端から聴こえ、掴みあっている互いの手が止まった。

 振り返る。

 そこには紅白の巫女服、短い黒髪から見えるだるそうな目付きで彼を捉えながらその腕を掴む少女がいた。

 突然の出来事に声がでない、隣でも同じ状態のようだ。

 巫女服の少女が一度だけ、視線のみをこちらに向けた。

 

「それじゃ、借りてくわね」

 

 恋泥棒みたく死ぬまでじゃないから安心して、それだけを告げて有無を言わさず彼を掴んだまま飛び立った。

 その姿を呆然と見送る。

 そして徐々に意識が追いついてきた。

 次第に体が震えだす。

 

「…………こ、この」

 

「泥棒猫ぉぉっ!」

 

 同時に叫び上げた。

 その時にはもう二人の姿は見えない。

 博麗の巫女、博麗霊夢が彼を連れ去った方角を見ながら、妙な胸騒ぎだけが心に広がっていた。

 以前の自分、以前の上司と部下との関係。

 たった三日で全てが壊れたその異常性。

 これを期に世界が、常識が、人々が激しい勢いで崩れ落ちる音に、今のあたいが気づくことはなかった。

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