かれこれ数十分空を飛ぶ。
正確には飛ばされている。
腕を掴まれ、ぶら下げられていた。
うむ、すげー怖い。
小町と映姫が取っ組み合いを始めたのを楽しく眺めていたら、不意に後ろから声がかけられた。
振り返ると、そこには紅白の巫女服に身を包んだ少女。
怠そうな、やる気を感じない目が俺を捉えていた。
なぜか脇の部分だけが空いた衣装、よく分かっていらっしゃる。
年齢や背丈からちょうど小町と映姫の間くらい。
女子高生、中学生といった年頃か。
その世代では類を見ない美少女。
怠そうな表情や態度にも関わらずそれが似合っている、マイナス要素すら映えて見える美しさを持っていた。
生前、これほどの少女は見たことがない。
いや、正確には一人くらいは居たような気がしなくもないが、文字通り目が覚めるような美少女だった。
美女、美少女、美幼女、美の三点セットが揃った死後は天国か。
改めてこの世界の素晴らしさを再認識させられた。
「《無抵抗にする程度の能力》を持っている男ってあんたでしょ?」
気だるそうだが透き通るような澄んだ声。
そこから放たれた言葉に思わず頭に疑問符を浮かべた。
無抵抗にする程度の能力。
一体なんのことだろうか。
だが、その言葉はすんなりと自分の中へと入ってきた。
同時に走馬灯のように生前、死後の行動が映像となって脳内に流れる。
いずれの映像もセックス。
だが、いずれも女の反応は同じ。
最大限に感じ、反抗はしていない。
無抵抗、その言葉が頭に浮かんだ。
無抵抗にする程度の能力、つまりは相手を無抵抗にする力を俺は持っているのか。
そうならばなんと素晴らしい能力なのだろう。
確かに女を犯す時は皆揃って妙に受け入れると思っていたが、今までは好都合と特に考えていなかった。
だがもし能力として力を持っていたなら色々と辻褄が合う。
なにより面白そうだ。
生前から持っていたのか、死んでから身に付けたのか分からない。
今持っているから起源なんぞはどうでもいいが。
レイや小町、映姫が飛んだり色々出来る世界なのだ、俺もあっておかしくないはず。
寧ろあるべきだ。
なぜ、この少女が自分すらも知らなかった能力を知っているのか分からないが、教えてくれたことに感謝しとこう。
君はあとで特別丁寧に犯してあげよう。
そう決めて意識を現実に戻す。
空を飛んでいた。
気づいた時には上空だった。
一体なにが起こったのか。
上を見上げれば巫女服の美少女。
俺を運ぶために掴んでいる腕は下がっており、見上げれば空いた脇から仄かな膨らみが見えた。
絶妙なチラリズム。
他にやることがないためずっとその一点を見続ける。
たまに風などで服が揺れたりと飽きない興奮をもたらしてくれた。
暫く眺めていると足に違和感。
地面だ。
いつの間にやら目的地についていたのか、地に足を着ける。
それに伴うように手を掴んでいた少女も降り立ち手を離した。
数歩、前へと歩きだしたところで足を止め振り返る。
「さ、あんたには自分で蒔いた種を回収してもらうわよ」
蒔いた種、とな。
俺が蒔いた種といえば三つだけ。
小町、レイ、映姫。
それを回収とは一体どういうことだ。
まさか入れたものを出せというのか、俺自身の手で。
それは嫌だ。
結論に至り、気分が一気に降下する。
なにが良くて自分の精子を意図的に触らなくてはならないのか。
精子は膣内でしばらく生きているというが、そんなの知ったこっちゃない。
生理的に無理である。
断りの言葉を言おうと思ったが、ふと開きかけた口を閉ざした。
だが。
だが、なぜ彼女は俺に彼女たちから精子を回収させたがる。
そう考えた瞬間、思いついた一つの答え。
それはあまりに突拍子がなく、しかし一番しっくりとくる可能性。
つまりこの少女は嫉妬だ。
なぜかは分からないが、俺のことが好きで好きでたまらない。
だが既に俺は他の女に子種を出しており、それが許せなくてつい行動にでてしまった。
そう考えると少女の言葉を綺麗に解釈できる。
なんて女だ、最高です。
つまり犯してほしい、そういうことだ。
内なる情熱という獣が覚醒した俺を知ってか知らずか「全く、私も紫もお手上げな異変なんて初めてよ」などと心底めんどくさそうに呟いている少女。
考えが至ってから少女の姿を見るとつれない態度、怠そうな表情、めんどくさそうな仕草の全てが照れ隠しの強がりのように思え、その姿は巷で噂のツンデレというものに感じてくる。
その願い、叶えてやろうじゃないか。
幸い俺にも力、無抵抗にする程度の能力とやらがある。
ならばその試運転、彼女でさせてもらうとしよう。
――無抵抗になれ。
そう強く願い、少女の手を掴んだ。
「……いきなり何よ?」
がつん、そう擬音がでそうなほどの衝撃を受けて体が後ろへと吹き飛んだ。
吹き飛ばされたのだ、恐らく彼女に。
痛みはないが、訳が分からずに少女を見る。
俺が掴んだ手を軽く振りながら、反対の手はなにかを掴みながらこちらへと伸ばしていた。
目を凝らす、お札だ。
映画とかで陰陽師やら呪術師やらが使っていたそれに似たものをこちらへと向けていた。
あれで飛ばされたのか。
純粋な驚愕が浮かび呆然と彼女を見つめる。
「なに呆けてんのか分かんないけど、さっさと起きて着いてきなさい」
なんで上脱いでんのよ、最初からと変わらない怠そうな目を向けて言い、踵を返して向こうへと歩きだした。
辺りは原っぱ、その奥には木々しかない。
ここで一人になっては遭難すること間違いなし。
未だに呆然としている意識をそのままに、ここで頼れるのは彼女のみと僅かな思考で考えて立ち上がりゆっくりと追いかけた。
忘れていたが、彼女に言われ映姫がいつの間にか作ってくれていたペアルックにも見える模様の緑を基調とした服を着る。
浴衣みたいな作りで、腰から垂れていたそれを掴み両腕に袖を通す。
採寸された覚えがないにも関わらずぴったりだったことに感心したのを覚えている。
佇まいを整え俺が追いつくのを待っていたのかただ足が遅いだけなのか、割りとすぐに追いつき隣に並ぶ。
前へと足を進めながら、隣を歩く少女に目だけを向ける。
肩口辺りまでの黒髪、その後頭部についている巨大な紅白のリボンが印象的だ。
見下ろす形となり首筋が露になった巫女服は見上げていた時よりも官能的で、少しばかり少女が女性へと成長したように見える。
前髪に隠れる横顔はやはり美しく、芸術品のように多方から見ても整っている少女の容姿が余程美しいと再認識させられた。
「……なによ、さっきから人の顔見てきて」
「いや可愛いなって」
声をかけられたから自然と答えていた。
「あっそ」
返ってきたのはその一言。
視線を向けてきていた少女はその言葉で再び前だけを向いた。
なんとつれない返事だろうか。
この子は本当に俺のことが好きなのだろうか。
僅かに浮かぶ疑問、すると次々と疑念が過る。
そもそも、俺に能力があるのか。
あったとしても彼女には効いた様子はない、寧ろこちらが無抵抗にぶっ飛ばされたくらいだ。
この子は嘘を吐いたのか、ならば今向かっているところはどこなのか。
そもそもここがどこなのか、どこへ向かってなにをされるのか。
全てが謎である。
――まあ、痛くなけりゃなんでもいいか。
いくら考えても分からない、そう考えてみた。
そしたら割りとどうでも良くなった。
とりあえずこの子は腹いせも含めてより入念に犯してやる、そう心に誓って。
「着いたわよ」
少女の声に前を向く。
そこには時代劇で見るような木製の囲い、その中にある時代を感じる家々。
まるで自分が過去にタイムスリップしたかのように錯覚させられる。
再び歩きだした彼女につられ歩みを進めた。
入口とおぼしき場所には二人の男が立っている。
その内の一人がこちらに気づき表情を変えた。
「あっ、博麗の巫女様!」
その声につられるようにもう一人もこちらへと顔を向けて表情を一変する。
「巫女様! も、もしや隣のお方は……」
次いで二人が俺へと顔を向けた。
俺をとらえるその目が期待に満ち溢れているような気がするのは気のせいだろうか。
「ええ、噂の彼よ」
霊夢の言葉に更に煌めいた。
よせやい、気持ち悪い。
「おお!」
「で、では……!」
「早速やらせるから案内しなさい」
俺を除いて繰り広げられる会話、その内容は皆目検討もつかない。
とりあえず分かるのは俺が今からなにかをやらせられることだ。
「は、はい! すぐに案内します!」
「さ、さあこちらへ!」
事が終わるまで黙って待っていた俺の手を男の一人が掴んで引っ張る。
男に掴まれる趣味はない。
思わず浮かんだ嫌悪感。
「……なん、だ」
途端に男が崩れ落ちた。
驚愕に目を見開きながら力なく地に伏せている。
わけが分からないが、とりあえず手を離す。
ずっと掴まれていて気持ち悪い。
「……あっ」
その瞬間、男が小さく呟いた。
そして立ち上がる。
「今のが、かの≪無抵抗にする程度の能力≫ですか!?」
さっき以上に目を輝かせて詰め寄ってきた、気持ち悪い。
「なに!? 本当ですか!」
事態を呆然と立ち尽くしていた男も凄い勢いで詰め寄ってきた、気色悪い。
鼻息荒い大の男二人に囲まれるとか、とんだ地獄である。
男の言葉は彼女が言っていたものと同じ。
この男たちが知っているたいうことは、本当に俺にそんな能力があるということだろうか。
先ほどの男が崩れ落ちたのは俺が能力を使ったからだろうか。
嫌悪感を示しただけだったような気がするが、ひょっとしたら心境の内容によって作用するのかもしれない。
とりあえず離れて欲しい一心で頷いた。
「おお! なら噂は本当ってことだ!」
「ああ! こうしちゃいられねえ! すぐにお連れするぞ!」
離れてくれた。
そして勝手に盛り上がり、やがて二人揃って俺の両手を掴み勢い良く歩き出した。
引っ張られる形で連れて行かれる。
二倍気持ち悪いが、ここで能力を使っては二人とも崩れ落ちて先程の二の舞。
苦渋の決断の末、目的地に着くまでは頑張って耐えることにする。
先ほど崩れ落ちたばかりだというのに手を掴むという行為をして怖くはないのだろうか。
巫女の少女は既に大分先を歩いていた。
男に手を握られていることを忘れるように思考へと没頭する。
俺の能力が本物だとしたら、男には効いたがなぜ彼女には効かなかったのか。
仮説を二つほど立ててみた。
一つは巫女だから。
巫女だからなにか神秘的な力を持っていて外部から力を受け入れない体質。
もう一つは御札。
俺が吹き飛ばされた時、彼女が掲げていた御札。
それが自分の身を護る、それか受けた力を反発するような力を秘めていた。
そんなところだ。
対策としては、御札なら奪う。
体質なら諦める。
これでいこう。
「おーい皆! 連れてきたぞー!」
不意に聞こえた大声に意識を現実に戻す。
前方へ視線を向ければ、そこには数十人といった人々が群がっていた。
広いとは言えないが、広場とおぼしき開けた場所、そこにこれだけの人間が集まると密度が高い。
集まっているのは女も多いが、いるのは圏外ばかり。
十中八九が俺的には女じゃない。
そこに映る紅一点。
巫女の美しさがより際立って見えた。
こちらを見る民衆が酷くざわめいている。
それはさながら先程の悪夢のようで、既視感を覚えるほどに皆の顔が輝いていた。
その全てが俺を捉える。
「ではよろしくお願いします!」
と言われても。
それだけ告げて俺から離れ民衆に一体となった男たちに安堵しつつも、疑問符しか浮かばない。
「あんたたちが群がってちゃ何もできないわよ、とりあえず道を開けなさい」
立ち尽くす俺を見かねたのか、巫女が民衆に声をかける。
おおそうか、誰かが言ったその言葉とともに慌てた足取りで民衆が左右に別れた。
リアルモーゼの十戒の完成である。
人々が避けたことにより人垣の奥がようやく見えた。
そこにあった光景に思わず驚愕させられる。
白装束を身に纏った長身の女性。
黒い髪が乱れることなく地面へと垂れ、整っている表情は目を閉じている。
言わずもがな、レイだ。
一昨日辺りにどこかへ脱走したと思っていたが、こんなところで道草を食っていたのか。
ぴくりとも動かず地面に寝そべる彼女を見ながらどうしたものかと考える。
正直、身動きせずに倒れているがレイの心配は一切していない。
もう死んでいるのだからこれ以上どこを壊せるのか。
それに、じゃれていたのか分からないが顔と足以外が緑色の糸によって巻かれみのむし状態となっていることには誰も触れないのか。
さて、それで俺にレイを見せてどうしたいと言うのか。
彼女を犯してたとかそんなのを見せつけたいだけならこちらにも考えがある。
こちとら巫女を犯す算段を立てなければならないというのに、そんなことに割いている時間はない。
「ほら、さっさと生き返らせちゃいなさい」
「は?」
思わず聞き返す。
生き返らせるとはなんのことだ。
そんな思考が表に出ていたのか、巫女は溜め息を吐いた。
「……あんたが死人を生き返らせられるって皆信じてんのよ」
とうとう言葉が出なかった。
一体なにがどうなってこうなったのか。
死人を生き返らせられるなどどこからきたのか、嘘にも程があるだろ。
「なんか閻魔の部下の一人が人里に降りてきて風潮したらしいのよ、なんでも三途の川で船頭の死神を無抵抗で犯して死人を生き返らせたって」
怠そうな少女の声、その声色は信用のなさを示している。
顔を少女から逸らし、左右に別れた人々へと向けた。
その表情に見えるのは期待の一文字。
なるほど、蒔いた種とはそういうことか。
どちらかと言えば自分に蒔かれた種っぽいが。
つまり彼らはレイが死んでると思ってそれを生き返らせろと言うのか。
勘違い甚だしいにもほどがある。
ただセックスしたら感じすぎてレイが一瞬生前の記憶を取り戻したかなんかしただけだ。
あれ以来、相変わらずの無言でペットの様に後ろをついてくるようになった。
それのどこが生き返らせたとなるのか。
「それで誰かが夢で触れられぬ天女を甦らせたならば里に安寧をもたらすだろうとかっていう啓示を受けたみたいなのよ」
ほんとかどうか分かんないけど、そう言葉を締めた巫女に思わず考える。
「よーし、そんじゃ始めるから美女よこせ」
とりあえず妙案が浮かび、それに乗ることにする。
「は? び、美女……?」
民衆の一人が呟くと互いに顔を見合わせてざわめきたつ。
まあ確かに疑問に思うだろう。
だがしかし。
「えーと、あれだ、美女を犯さないとその力が出ない的なやつ」
やはり幼女がいないからか、映姫の時ほど饒舌になれない。
とりあえず彼らが信じるか信じないかはどっちでもいい。
ここにいる美しい女は巫女だけ。
つまり美女を差し出すとはここでは巫女を生け贄とするに相応しい。
ヤれればいいし、ヤれなければ帰る。
それだけだ。
ざわめく人々。
巫女を見ると目論みに気づいたのか表情を歪めていた。
つまり巫女は自他ともに認める美貌ということになる、どうでもいいが。
どうする、などと端々から声が聴こえ、やがてその全てが巫女へと向く。
その視線を一身に受けて巫女の表情が更に歪んだ。
巫女としては俺を連れてきた手前、勝手に帰れないのだろう。
仕事熱心なことだ、ありがとう。
巫女を見つめる全員が同時に頷いた。
『ないな』
「なんでよッ!?」
民衆の溜め息混じりの言葉に巫女が吠える。
そこで巫女様お願いしますとか言われるより彼女的にはましだと思うがどうだろう。
巫女の反論に互いに顔を見合わせる人々。
「なんでって……なあ?」
「博麗の巫女様って、なんていうか」
「ずぼらで面倒臭がりだし」
「自分勝手で」
「気分屋で」
「金にがめつくて」
「……ああもう、分かったわよ!」
「女らしくないし」
「最後言ったの誰よ。ちょっと顔だしなさい」
人々から飛びだす非難の数々に当事者はうんざりといった雰囲気で溜め息を吐いた。
どんだけ人気ねぇんだ、なんて考えていたら巫女が睨み付けてきたため顔を逸らす。
さて、ということは困ったことになった。
まさかの人徳のなさで巫女が選抜から漏れるとは、他のこの食指が全く動かない奴らから絞られることになるのか。
それは流石に勘弁願いたい、レイを起こすから帰らせてくれ。
口は災いの元なんて言葉があるが、体現してしまうとは思わなんだ。
とりあえずこいつらが選りすぐった人物を拝んでからレイを起こして帰ろうと決めて静かに審判の時を待つ。
どうする、こうする、ああでもないこうでもない。
人々の話し合いは続く。
暇潰しに巫女に顔を向ければ、彼女は彼女でなにやら落ち込んでいた。
こんなに好かれてなかったなんてやまさかお賽銭が入らないのはそのせい、などと独り言を延々呟いている。
彼女としては試合に勝って勝負に負けたといった気分なのだろう、触らぬ神に祟りなしだ。
待つこと二、三分。
人々が意を決したような顔で俺を見る。
「……この天女様を助けると、この里は安泰になるんだ」
「……ああ、仕方ねぇんだ。分かってくれるさ」
まるで相手に話しかけていないような口調で皆が口々に言葉を漏らす。
それはまるで自分に言い聞かせているかのようで、見ていて気味が悪い。
こちらを見る人々の目はどこか虚ろで、さながら意識を失った三途の川の幽霊たちと重なる。
「……天女様が生き返ったら、次はうちの娘を生き返らせてもらえるんだ」
その男の言葉に皆の雰囲気が異質ななにかで埋まったように感じた。
いや、勝手に条件追加されても困る。
だがそれで何故こんなにもレイを生き返らせろと言ってきたのか理解できた。
なにかは知らんがレイを天女様と勘違いしており、彼女が生き返ればここが安泰を迎え次いで身内の命も甦らせてくれると勝手に思い込んでるらしい。
めんどくさい。
「…………よし、それじゃあ呼んでこい!」
誰かが声を上げる。
それに反応し、弾かれるように男たちが十人ほどどこかへ走り出した。
それを見送るようにやがて振り返った男が俺に向けて声をかける。
「……ただいまお連れします。人里一番の美人――上白沢慧音様を」
そう告げた男の表情は、今まで見てきたどの人間よりも醜かった。