二十分ほど待つと小舟が帰ってくるのが見えた。
そこに乗っているのは船頭ただ一人。
乗客の幽霊たちを対岸に送り届け、まだまだ沢山いる乗客を乗せるために帰ってきたのだ。
そうだ、それでいい。
早く帰ってきてくれ。
早く君に触れたいんだ。
内心に潜む獣を何とか押さえつけて、彼女が戻ってくるまでに確認しておきたいことがあったためそれを先に試す。
船頭の帰りを待つ幽霊たちに目を向ける。
少し後ろの方に試せる相手を見つけた。
川岸から百メートルほど戻り、そこにいる幽霊に手で触れてみる。
青白く半透明ではあるがどうやら触れるようだ。
触感は普通の人間のそれと変わらない。
相手は触れられても反応を一切示さずにただ無表情に川岸へと体を向けていた。
もう幽霊たちには意識がないのだろう。
いわゆる魂が生前の自分たちの姿を型どり閻魔の審判を待っているということなのではないか。
その方が好都合だ。
こちらがどう動こうが幽霊たちは一切反応しない。
そう結論づけて、無遠慮に先程触れた幽霊を自分へと引っ張る。
列はその幽霊の場所が空いたが、順番が変わらないのか後ろの幽霊が空きを埋める様子はない。
まあそれはどうでもいいか。
他の幽霊たちのことは放っておき、引き抜いた幽霊を見る。
自分の胸に力なく体を寄せている幽霊は女性。
今まで見てきたこの列の中では一番美しい容姿をしている。
船頭の女性には及ばないが、それでも真っ直ぐに下ろされた腰までの黒髪と切れ長の鋭い目、一八○センチはあるこちらより頭一つ分小さくも女性としては少し長身で、スレンダーな体格の彼女は十分に美しいと言えた。
彼女には俺の試金石になってもらう。
死んだ俺が何をどこまでできるのか、それが分からなければ船頭の女性を犯せない。
とりあえず触れることは分かった。
次は一番大事なことだ。
死んでるが、性欲はあるのかということだ。
これが俺のアイデンティティであり、無ければならないことであるため念入りに確認する。
砂利なのに何故か痛くない地面に座り、胡座をかいてその上に背中をこちらにもたれかけさせて、真っ白の浴衣の上からある程度の膨らみを見せる彼女の胸を両手で揉む。
感触は生者のそれと同じく、しかし彼女自身がそうなのか分からないが少しだけ固さがあった。
筋肉を解すように彼女の胸を下から横からその頂きに向けてゆっくりと揉み上げる。
まだ先端の頂きには触れず、肋骨の感触を感じながらただ胸を揉む。
五分ほど揉み続けると、不意に今まで無反応だった彼女の体に変化が訪れ始めた。
胸を揉む過程で肋骨を優しく下から撫でると、彼女の口から小さく息が漏れ始めたのだ。
今まで胸の上下もせずに全く息をしていなかった彼女が反応したことに疑問を持つが、反応してくれるならその方が楽しめると思い作業を続ける。
胸を揉むよりも肋骨を撫でた時の方が彼女の口から漏れる息の量が多くなり、試しに胸を揉むのを一旦止めて彼女の両脇の下に手を入れて、脇の少し下で肋骨を二、三本擦るように少しだけ強めに上下に動かしてみた。
「……ぁ……んっ……」
小さくともはっきりと聞こえた彼女の声。
凛としつつも僅かに熱が乗った声色にテンションが羽上がる。
反抗はしないが反応はする。
まさに人間と同じ構造をした愛玩人形ではないか。
ここに来て数時間、仏のように穏やかだった心境がリバウンドするかのように嗜虐的に乱れていくのが分かった。
その心地よい心境に身を委ねて彼女を責める指に力を込める。
先程よりも強めに、洗濯板を擦るように大きく脇腹から脇にかけて触れている親指を上下させる。
「……んっ……あっ……は、ぁっ……」
指の動きに合わせてリズミカルに声を漏らす彼女は次第にその声が大きくなり、僅かに体が震え始めた。
ならば他の性感帯はどうなのだろうか。
両手はそのまま肋骨をコリコリと擦りながら、顔を彼女の左耳に寄せてその中に舌を入れた。
「――ぁはあっ!」
その瞬間、喘いだ声は一番大きく、体が大きく仰け反る。
彼女は大きく絶頂したのだ。
元々敏感なのか、単に耳が強い性感帯だったのかは分からないが大きい絶頂を迎えた彼女は生者のそれと同じように肩で荒く息をしていた。
敏感な彼女に嗜虐心が更に加速していく。
「ああっ、はぁっ……ぅく――ああぁっ!」
彼女の耳の中を舐め回しながら吸引してみると、彼女は生きているかのように体が大きく痙攣して十秒も経たない内に再び絶頂。
生前の頃の名残なのか、絶頂の余韻を呼吸を落ち着かせるように肩での息を荒くさせる。
耳は絶好調、と。
耳を啜りつつ頭の中でインプットするように内心で呟き、僅かに顔を動かして自分の下腹部を見た。
息子も絶好調、と。
生前と変わらずに元気な姿を見せてくれる息子の成長した姿に満足し、次の性感帯を探すために顔を耳から移動させようと動かした時。
「なに人の縄張りで悪事を働いてるんだい、色情魔さんよ?」
背後から聞こえた声と同時に首筋に曲線を描いた大きな刃がかけられた。
思わず息を飲む。
それは先程から短くも長らく待ち焦がれた綺麗な凛とした声。
その声はとても冷えきっており、話しかけられた言葉よりも遥かに怒気を孕んでいた。
「さて、まずはその女の魂を離してもらおうかね」
もらおうか、とは言うが声色は有無を許さない。
僅かに首と空間を開けた刃は少しでも彼女が力を込めれば容易に胴体と二分されるのだろう。
明確にこちらを殺そうと顔を見ずとも理解できる声に反抗的などできるはずもなく、もたれかかっていた女性を動かして静かに地面に寝かせた。
彼女から手を離した瞬間、不思議なことにそれまで絶頂の余韻を艶かしく見せていた女性がピタリと息を止めて、何事もなかったように立ち上がり自分が並んでいた場所へと戻っていった。
どういうことだろうか、もしかしたら後ろで未だに首へと鎌をかけている船頭の彼女が何かしたのだろうか。
疑問に思っているところで、後ろから声がかかる。
「……あんた、今なにかしたのかい」
「…………いえ、なにもしてません」
彼女の言葉に慎重に答える。
そしてその言葉を鑑みるに、どうやら彼女があの女性になにかしたわけではないようだ。
幽霊なのだからなにが起きてもおかしくはないかと勝手に納得しておき、再び意識を後ろに向ける。
「……まあいいさね。さて、本来なら死んだ人間の魂はこの三途の川を渡って閻魔大王様の裁きを受けなきゃあいけないんだけど」
――あたいの鎌でも魂は消滅させられるんだよ。
彼女の言葉の内容に思わず肩を震わせここで存在を消されるのかと思ったが、割りと気持ちはただ静かに落ち着いていた。
元々死んでいたわけだし、どうやら痛覚も感じないらしいのだからこの刃物で斬られても痛くはないだろ。
裸足で砂利の上を歩いているのに痛みがないのだ。
先程の女性を胸にもたれかけさせた時も一切の重さを感じなかった。
それを思い出しながら、ならば斬られてもいいだろうと思う。
それに、斬られる相手はずっと魅了して止まない彼女なのだ。
不満なんてない。
もう死んでいるが、もう一度死ぬだけ。
ただ一つ未練があるとすれば、それば後ろにいる彼女の顔をはっきりと見れないことだ。
それだけは斬られる前に果たさなければならない。
自分にそう言い聞かせて、鎌を気にせず胡座のまま無造作に振り返って見上げる。
そこには彼女の少しばかり驚いたような顔があった。
赤い目は少し大きく見開かれ、肩より少し伸びた瞳と同じ赤い髪は側頭部分だけ両端の髪が縛られている。
紫と白の和洋折衷を果たしているかのようなフリルのついた服装。
その服から飛び出さんばかりの胸部はとてもふくよかであり、横顔で見た通りの美しい顔立ちと抜群のスタイルは好みのど真ん中をついていた。
まあストライクゾーンのど真ん中は我ながらかなり広いのだが。
それはさておき、彼女の姿を正面から拝められて話もできた。
犯せなかったのは少し残念だが、後悔するほどのことではない。
「……なに笑ってんだい」
不意に話しかけられる。
有無を言わさず殺させると思ったが、どうやらいつの間にか笑っていたらしく疑問に思ったようだ。
特に意識していたわけではないがつい笑ってしまっていた自分に納得する。
別段、自分が性欲が強いわけではない。
女性を見るとつい犯したくなるという猟奇的欲求が強いのだ。美しいが条件にはなるが。
その欲求を満たすために性欲が必要なだけである。
欲求自体も平時ならば抑えきれない衝動にかられるが、元旦の早朝に三百六十六人目の女を組み敷いて犯す直前に警察に捕まった時もそうだったが、異常時にはその欲求がなくなるのだ。
あくまで自分に降りかかる異常時の場合だけだが。
「いえ、あなたの姿をこうして見ることができたので満足しただけです」
今度は意識して笑みを浮かべた。
嘘偽りない言葉である。
想像通りの美しい彼女を拝めてなんの不満があろうか。
彼女にとって予想外の言葉だったのか、肩透かしをくらったように目尻を僅かに下げた。
「なんだいそりゃ」
そして思わず笑う。
やがて鎌を首から離した。
「まあ、恨むんならあたいの目の届くとこであんなことをした自分を恨むんだね」
その言葉を最後に彼女の携えた大鎌が勢いよく振り落とされた。