小町が犯された。
二時間ほど前に部下から三途の川にいるはずの小町が家に帰ったと聞き、そろそろ不眠不休の引導を渡さなければと決心し今頃自宅でごろごろしているだろう彼女を説教しようと、裁くべき魂がいなくなったところで次の魂を運ばせるために彼女の家に向かう。
彼女の自宅に着き、戸を叩いた。
「小町、いるのは分かっているんです。早くでてきなさい。あなたには仕事を再開してもらう前に説教を受けてもらいます」
声をかけるが反応はない。
中にいる気配はあるのだ、つまりは睡眠中か居留守。
あくまで出るつもりはないということか。
ならばこちらにも考えがある。
戸に手をかけて思いきり引く。
錠が壊れる音とともに戸が開いた。
水音が聴こえる、どうやら風呂に入っているようだ。
それなら風呂場で説教になる。
説教に場所など関係ない、音のする方へ歩き進めた。
近づくにつれて音が大きくなる。
僅かに小町の声も聴こえ始めた。
全く、他のものが汗水流して仕事をしている中、なにを一人で休んでいるのだ。
洗面所に入り閉じている浴室への扉を静かに開ける。
なに、女同士だし部下を説教しに行くのだ勝手に入ろうが問題ない。
真っ先に見えたのは浴槽とその隣に立つ大きな木箱。
箱の中心辺りに小さな突起があり、その横には縦に数字が羅列してある。
その中で五十二と書いてある部分が木の枠に囲われていた。
見た瞬間それがなにか認識させられる。
あ、あれは幻の絡繰式湯沸器……!
幻想郷でたった六台しかないと言われる女性の味方。
一台は博麗。
一台はスキマ。
一台は吸血鬼。
一台は月人。
一台は亡霊。
確認されているのはいずれも幻想郷の要所に点在し数量は五。
残り一台は幻と言われ、他の五台よりも起動時間が早く低燃費。
更に温度変化も早く、最大の差はなんと言ってもその使いやすさ。
幻想郷に散らばる五台のそれはいずれも中の絡繰の仕掛けが大きく屋外に置くようにできており、そこから配管を使って風呂場に持っていく。
そのため湯沸かしは簡単だが、それを起動するために一度外にでなければならない。
湯沸器には起動元となる突起が着いており、それを押しながら箱の横についている取っ手を勢いよく回さなければ動き始めない。
それでいて動き始めるまでの約五分ほど、回しながら大量の理力を送り続けなければいけないのだ。
理力とは霊力、魔力、妖力、神力などの理の力。
それ故、力のある者しか扱えずその中でも最上位の理力保有者しか起動ができないのである。
力はあるためあれば普通に使うことはできるが、それの生産中止を河童が宣言してからその存在を知ったため、時既に遅し。
持っている面子はいくら金を積もうが権を積もうが楽をとる者ばかり。
博麗の巫女は大分揺らいだが最終的には楽を選んだ。
諦めよう、その時に部下たちが話しているのを偶然聞いた内容が湯沸器幻の六台目の存在。
伝説のように色々な姿が飛び交う中で共通していたのが他の五台よりも高性能。
五台は河童が幻想郷に流れ込んできた今は亡き、スキマ妖怪の能力でも見つからない素材で造った物、幻の六台目は河童が参考にした他の世界から流れ着いた湯沸器。
つまりは他の五台は幻の六台目を真似て造ったが、河童の技術を持ってしても追いつけずほぼ手間がかからずに使えるという唯一の湯沸器なのだ。
河童は五台を造ることに没頭していたらいつの間にかなくなっていたと嘆いていたが、まさかこんなところにあるとは。
少し前から小町が徐々に肌や髪の艶が綺麗になっていると思っていたがそういうことだったのか。
もしかしたらこれがあるせいで小町のサボり癖に輪をかけているのかもしれない。
ならばサボった罰としてこれの没収を考えなくては。
思わず現れた憧れの存在に柄にもなく夢中になってしまい周りが見えなくなっていたことに気づく。
「あああっ! ッ、ま、またっ、ィッ……ッああああああッ!」
不意に近くで上がった絶叫に肩を震わせる。
それは小町の声であり悲鳴とも呼べるそれに咄嗟に顔を向けた。
そこにいたのは胸に手を、反対の手を股間へと忍ばせた小町の姿。
膝が大笑いし支えを失った体が糸の切れた人形のように落下する。
背中から床に崩れ落ちた小町はこちらに顔を向けて僅かに目を見開いた後、すぐに意識を失った。
その姿に驚愕する。
小町が行っていた行為は俗に言う、自慰と呼ばれるそれだ。
しかし気になったのはそこではなく意識を失う直前に見せた彼女の瞳。
表に情を乗せ潤んだその裏にあった悲しみと後悔が入り交じったような濁りの濃い瞳。
普段の彼女が浮かべることのない感情に、なにかあったのかと思う。
先程の自慰がそれに関係しているのか。
問題は山積みだが、とりあえずは洗面所に置いてあった布巾で小町の体を拭いて居間へと運ぶ。
話を聞くにも説教するにも彼女が目を醒まさなければ意味がない。
居間に畳んであった布団を敷いて小町を寝かせた。
しばらくは起きそうにない彼女にその間をどうしようかと考える。
そんなことを考えつつも足は自然と動いていた。
気づけばそこは先程の浴室。
どうせまだ彼女は起きないのだ、ならば少しくらい入ってもいいだろう。
幻の六台目と呼ばれる絡繰式湯沸器、その気持ちよさをぜひ体感してみたい。
入ったことのない絡繰式湯沸器の入り心地を体感するために洗面所で衣服を脱ぐ。
一糸纏わぬ姿になった自分を見下ろし、僅かに顔をしかめた。
脳裏に浮かぶは先程見た小町の自分にはない膨らみ。
相変わらず彼女の性格と一緒でマイペースに育っていた。
それに引き換え自分のはどうだろうか。
せっかちに生きてきたのか地蔵だったことが原因か、幼子と変わらない大きさは自分の小さな手でも簡単に覆える。
思わず手で触ってしまい、その瞬間手の平に先端が辺り体が震えた。
それでいて鋭敏すぎる体は自慰でさえ意識を飛ばしてしまい慰めることすらできない。
閻魔なのだからそんなことに時間を割く無駄をしないというのもあるが。
だが動きすぎると衣服に胸が擦れて動けなくなるため、普段からあまり部下などとは交流を持たずに自分とともに全てを律してきた。
全ては閻魔たれのために。
そんなことを考える頭を振って意識を切り替える。
目の前にあるのは幻の六台目で沸かされた極上の湯船。
あれに浸かることこそ今の自分に課せられた使命。
――……そ、そうです、これは知識を増やすための試練なのです。やはり閻魔というのは誰よりも知識が豊富でなければ公平な審判は行えませんからね。そのために未知なるものには果敢に挑まなければならないのです。
誰に言うわけでもなく内心でそう呟き、浴室へと入り湯船に歩み寄る。
転がっていた桶を手にとり湯船からお湯を掬う。
視界の端に映った自分の表情が笑顔に見えたのは気のせいに違いない。
せっかくの湯沸器で沸かした湯なのだ、一気に浴びるか小分けに浴びて長く堪能するか。
しかしせっかくの湯を小分けに浴びても仕方ないと滝行のように思いきり頭から被る。
その瞬間、体から意識が飛んだ。
体の感覚がなくなったかのような解放された至福感。
こ、これが幻の力……。
快感にも似たその気分は身体中の力を抜けさせる。
次いで襲った激痛にのたうち回った。
あまりの熱湯に冷水を欲して辺りを見渡すが、そこは他人の家。
探せども探せども蛇口は見当たらずただただ激痛に耐えなければならない。
なるほど、木枠が囲っていた五十二という数字は温度のことだったのか。
他の五台はそんなものはついておらず、自分が望む温度のなるまで起動してから更に理力を込めなければならない。
だがこれならば、見たところ理力をかなり込めた痕跡はあらず微量の小町の力の残滾が感じられるのみ、ということは力をほとんど使っていないのだろう。
それに、だ。
なぜ小町が地獄の釜を彷彿とさせる温度で沸かしたのかである。
彼女に対して僅かに怒りもあるが、単純にも疑問に思う。
まさかこのくらい熱い湯に入っていると、その、大きくなるのだろうか。
いいや、違うに決まっている。
そんな話など聞いたことがない。
それに自分は他の者より成長期が大器晩成型なのだ。
これから徐々にだいなまいとぼでぃへと変貌するのだから。
今に見ていなさい小町、あなたの天下もここまでです。
湯船に浸かるのを諦めて洗面所にあった布巾を借りて拭きながら、まだ目覚めぬであろう彼女を思う。
服を着て佇まいを直し、まずは説教だと居間に足を進めた。
居間に向かい中に入る。
「あれ、映姫様?」
いま目を醒ましたのだろうか、布団に腰かけ背伸びをした格好で固まった小町がいた。
誰かがいるとは思わなかったのだろう、こちらに目を見開いている。
さて、まずは説教だ。
こほん、と小さく咳払いし小町を見据えた。
「小町、なぜ私がここにいるのか分かりますね?」
へ、と声を漏らした小町に説教を始めたのだった。
小町の家を後にし、急いで職場へと戻っている。
小町は寝かせてきた。
説教の途中、なにがきっかけだったのか彼女はいきなり錯乱し悲鳴を上げて布団に踞ったのだ。
話しかけても反応はなし、ただ異常に震え声にならない言葉で延々と呟いているのだった。
断片的に聞き取れた言葉から彼女に問いつめて認めた事柄は、三途の川で死者の魂に犯されたということだ。
魂を切り裂けるはずの死神の鎌が効かず、捕まってから咄嗟に弾幕を放とうとしたがでない。
更には同じ死者の魂であった女性の霊核を砕いたというのだ。
霊核を砕けるものなど神以外で聞いたことがない。
それに加え、その者は一度その女性を蘇生させたらしい。
意識のない魂が再び息をして喋り始めたのだ、生き返ったといっても過言ではない。
その者に触れられると途端に力が抜けて無抵抗に陥る。
なにもできない状態で、我慢すらできない状態で一方的に弄ばれた。
そして、挿入。
初めてだった相手がまさか強姦者だったとは、小町は力なく笑いながら涙を流していた。
そして、その者は小町からなにかを奪っていった。
彼女自身はなにも気づいていないと思うが、明らかに彼女の雰囲気には以前との違和感があった。
なにが違うとは具体的には言えないが、なにかに焦っている、彼女を見ているとそう思う。
「映姫様! あたいを裁いてくださいよ! でないとあたいっ、あたいっ」
すがりつきながらそう言った小町を首筋に素早く手を当てて強制的に眠らせる。
懇願するように見つめてきた彼女の瞳は風呂場で見たあの感情が濁った瞳と重なった。
とにかく今は小町の精神状態を安定させることと、一刻も早くその者を裁かなければならないのだ。
職場へと近づき飛んでいる高度を落とす。
やがて地面に降り立ち中に入ろうと扉に向かうと、入り口の前で二人組の男女を見つけた。
錯乱状態ながらもなんとか聞きだした外見と一致する男がそこにはいた。
後ろ姿だが間違いないと思う。
もう片方はどうやら女性の魂らしく、その姿も霊核を砕かれた者と似かよる。
男の手が、背に隠れて見えないが前にいる女性の魂の下腹部に伸びていた。
「……そのまま二人まとめて裁いてあげしょうか? この私が」
二人が行為を始める前に声をかけた。
振り返った二人。
その姿はやはり小町の話と一致しており、やはり彼らが件の者だと再認識する。
なぜ女性の魂が無事でともに行動しているのか。
思わず口にだして呟いてしまったが分からず、直接問いかける。
しかし女性の返事はない。
小町はこの男が女を生き返らせたと言っていた、ならばともに行動する上で意識なき魂よりま思考を持ち言葉が発せられる魂にしてしまった方がいいはずだ。
だが返事はない。
つまりは答えるつもりがない、ということ。
そこから導かれるのは共犯。
彼女は霊核を砕かれたわけではない、小町にそう見せただけなのだ。
そう理解すると小町を襲ったことに憤りが増す。
そのほとんどは主犯核である男に注がれ、彼から言質をとるために小町を犯したのか訊ねた。
彼からの返事は喋らずに一度頷いただけ。
だがそれははっきりとした肯定。
これで彼が犯人であることは間違いなくなった。
ならばこのままここにいても仕方がない、さっさと裁くために閻魔として業務を行う部屋に、ついてこいと声をかけて入り口へと向かう。
歩き始めた瞬間、僅かに背中へと殺気を感じた。
それは男のではなく、女性からのもの。
微弱だが確かな感覚にやはり彼女も生きているとだと核心する。
黙って歩みを進め後ろに気を配りつつ、やがて目的地へと辿り着いた。
「ここがあなた方が判決を言い渡され罪を悔い改めることになる場所です」
そう言って中に入り振り返る。
男は呆けたような顔でこちらを見ており女は変わらず無表情。
再び奥に向き直し閻魔のいるべき壇上へと向かう。
椅子に浅く腰かけて二人を見据えた。
「さいばんちょー、発言の許可をもとめまーす」
不意に男が口を開いた。
放たれた言葉はやけに間延びし、その幼子に話しかけるような口調は人を苛立たせるには充分だった。
「発言を認めます」
そう言って思わず僅かに睨みつけてしまったが仕方のないことだろう。
こちらの言葉を聞き男は呆けていた表情を少しばかり引き締めた。
口を開く。
「裁判長、罪は認めますがあなたは一方的に彼女の言い分を聞いただけで、実際に見たわけではない」
男の言葉に、僅かに考え込んだ。
確かに見たわけではない、しかし彼が罪を認めており小町のあの態度は明らかに普通じゃない。
だがしかし、閻魔としての自分が待ったをかける。
確かに互いに罪の対象は認識して認めているが、裁くとなればそれだけでは証拠が不十分。
確固たる証拠がないのに裁いていいのだろうか。
人間たちの裁判とは違い、これは即時刑執行であるため誤審は厳禁。
再び調べ始め冤罪と分かった頃には既に身に覚えのない罪を償っており、それを賠償する術がこちらにはないのだ。
地獄に落としてしまっては最後、どんな手続きを踏もうにも地獄の役人が決して堕ちた者を返しはしない。
冤罪だけは産むわけにはいかない。
そう考えてしまうと男の言葉を無下に却下できなくなり、情状酌量を求めるにせよ反対弁論を始めるにせよ、未だに聞いていない彼の側からの話も聞かなければならないのだ。
通常、死んだ人間の魂は意識はなく喋ることもないため能力による審判を下さなければならないが、生憎とこの男は意識がありましてや話すことができる。
万が一情状酌量の余地があったのならそれは例え有罪と言えど裁く立場とすれば立派な誤審。
思わず眉をしかめた。
ここで主導権を握るために男はなにも語らずついてきたのだろうか。
だとすればかなり頭の切れる者なのかもしれない。
「では、どうすればよろしいでしょうか」
そうとしか答えられなくなった私に、男は初めて表情を浮かべた。
口の端をつり上げた厭らしい笑み。
それは明らかに今の言葉を閻魔である私の口から言わせるという目的が達成したという笑み。
頭では公正公平に見ているが、心は完全に小町寄り。
今すぐ目の前の二人を裁きたいが、裁けないもどかしさに彼から見えないところで強く手を握る。
「果たして俺の行動が良いか悪いか、実際に試されたら早いんじゃないですか?」
「試す、ですか……?」
思わず聞き返した自分を誉めてやりたい。
この男がなにを言ってるのか分からない。
彼は今なんと言った、実際に試したらと言ったか。
それは一体なにを試すというのだ。
「はい。気持ちよくなったりしなければ、一方的に嫌がらせを受けた、そうなるとは思えませんか?」
気持ちよくなる、つまりはそういうことだ。
この男は暗に小町と同じことをされろと言っている。
私に、小町のように犯されろと。
冗談じゃない、なぜそんな辱しめを受けなければならないのか。
そんなことをされて快楽など感じるわけもないが、受ける義理もない。
彼から話を聞けばそれだけでも終わりなのだ。
これは許可できる案件ではない。
「……それは、受けられ」
「自信ないんですか?」
「えっ……?」
予想外、それでいて脈略のない言葉に思わず呆けた声を上げてしまった。
「自信ないんですか?」
再び言われた言葉にはっとする。
これは挑発なのだ。
この男は心理的に揺さぶりをかけてこちらからの言質をとるつもりなのだ。
この男は一体なんなのだ。
対面しても怯む気配が一切なく、かと言ってそれに附随するような力の強さは感じられない。
この私から言質をとるということは、恐らく彼は私の能力を知っている。
小町の話だと彼は相手の命を操る能力を持っている。
冥界の亡霊姫も似通った能力を持っているが彼女は死を操る、誘うだけだ。
だがこの男は殺すだけでなく生き返らせる力も秘めている。
そして一度死ねば魂となり意識が死ぬ、その状態で肉体を生き返らせたのなら彼ならば操ることができるのかもしれない。
挑発に乗るのは危険で、頭ごなしに却下も似たような繰り返しを行うだけである。
「……自信とかではありません。それでは貴方の罪が小町と私、二件に増えてしまい、私が関わる罪を作るわけにはいきません」
私の言葉に彼は小さく息を飲んだのが分かった。
いつの間にやら主導権が移りかけていた流れを戻すように続けざまに話す。
「それに、そんなことをせずとも私には白黒はっきりつける程度の能力があります。能力を使えばあなたは黒か白か分かります」
能力は最終手段である。
彼も知っているかもしれないが、それなりに抑止力にはなってくれるだろう。
「では判決を言い渡します」
そう言って能力を使う。
「つまり裁判長はそういったことの経験がないからやりたくないだけですよね」
「あなたに発言権を与えた覚えはありません、静かにしなさい」
不意にかけられた言葉に出鼻を挫かれ、内容への怒りを堪えながら努めて冷静に返した。
仕切り直しに再び能力を行使する。
だがそれは再び止められることとなった。
「んふぁっ、んっ、んんっ」
突如後ろに控えていた女を抱き寄せ、男が顔を寄せた。
接吻である。
今まで無言無表情だった女は初めて声を漏らし、その声は艶やか。
初めて間近で見た接吻に暫し呆然と意識を飛ばしてしまったが、我に返り目の前で起きている事態を再認識する。
接吻、二人の寄せ合っている顔が僅かに離れると互いに口内で舌を絡ませているではないか。
これが接吻なのか、唇を啄むのが接吻ではなかったのか。
一体これはなにをしているのだ。
「……な、な、なにをしてるんですかッ!」
立ち上がり机を叩きながら怒鳴る。
思わずどもってしまったが致し方のないことだろう。
こちらの言葉に男は目を向けるのみ。
「んんっ、んっ、んふぁ、ん、んんふっ!」
女は見向きもせず快楽に声を上げる。
わけが分からない。
「ここは魂を天国か地獄に送る場所なんですよ! そのように神聖な場所で……そんなことをして許されると思っているんですか!?」
声を荒げるがやはり反応はない。
あくまで無視をして見せつけるつもりか。
感情が一周回って冷静になり、そちらがそのつもりならと思考を切り替える。
「……分かりました。そんなにお望みなら反対弁論をここで打ち切り今すぐにあなたの白黒をはっきりさせましょう。そしてあなたへの刑はとても重くなることでしょう」
判決を下す前に思わず有罪めいたことを言ってしまったが今行っている公然猥褻の罪も含まれるのだ構わないだろう、反応を待たずに能力を使い彼の罪の色を見定めた。
見えたのは黒、それも濁りに濁った。
思わず笑みが浮かぶ。
これほどまでに濁りきった黒は久々に見た。
確信を胸に、未だに接吻を続けている男に声をかける。
「……あなたの判決がでました。あなたは黒です、刑罰は」
淀みなくそこまで言って声が止まった。
否、思わず止めてしまったのだ。
頭を指で押さえ、つい視線をさ迷わせてしまう。
なぜか。
「……えっ、白!?」
起こるはずのない逆転。
能力の名前通り、でた判決が覆ったことはないのだ。
自身の能力は全て知っている、だが起こるはずのないことが自分の能力で起こってしまった。
それはまるで自分の能力が自分ではないかのよう、知らない間に能力を変えられたのかと焦る頭で考える。
そんなはずはない、そんなこと有り得るわけがないのだ。
これはなにかの間違いに違いない。
そう言い聞かせ再び能力で視る。
「……いやっ、くろっ、黒です! 黒で間違いないですっ――えっ、し、白!?」
現れたのは黒。
やはり先程のは見間違いだ。
あんなこと起こっていいはずがない、男に訂正しながらそう考えていると、再度の反転。
思わず声を荒げた。
「裁判長」
「ま、待ってください! 黒っ、黒です黒! やっと決ま――白!? どうして!」
いつの間にか接吻を止めて話しかけてきた彼を制し、能力に集中する。
しかし反転しては反転、一向に纏まる気配を見せず、ただ能力の暴走に翻弄される。
焦りばかりが募り、思考が纏まらない。
どうすれば、なぜ、どうして、頭の中をこれらが繰り返し支配する。
やがて、能力よりも先に自分の精神が限界を迎えた。
立ち上がっていた体に力が入らなくなり机に両手をつくことでなんとか支える。
「なんで、なんで決まらないの……こんな、明らかに黒なのに」
「おいこら、流石に怒ってみるぞ?」
男がなにか言ってるが聞こえない。
俯かせていた顔を上げて男を睨み付ける。
「あなた! 一体なにをしたんですか!」
「シテナイヨ」
「なんでカタコトなんですかっ、怪しいです!」
「ノリだ、気にするな」
「こらー!」
両手を上げて怒鳴り、次いで再び両手を机について肩で大きく息をする。
喋るだけでこんなに疲れたのは初めてだ。
怒鳴ったことにより訪れた沈黙。
それは自分を憂鬱にさせるのは充分だった。
能力が自分の元を離れ一人でに歩きだし、肝心の判決がだせない。
それは自分が閻魔としての職務を果たせなくなり、四季映姫という無力な女に堕ちたと、思いたくない心を押し退けて奥底の思いが語りかけてくる。
絶望が心を支配し、それを拭おうとする気力も手段もない。
今の自分がなにをできる。
目の前の男一人裁けない自分が閻魔をやっていていいのだろうか。
今まで自分が築き上げてきた正義、白が音を立てて皹が入ったような気がした。
そんな折だった、彼の方から声をかけてきたのは。
「裁判長、そんで判決はどっちなんですか?」
その言葉に私らしくない「うぐっ」というくぐもった声を溢してしまった。
そしてはっとする。
「い、今でるんですから静かにしててくださいっ。裁判の邪魔ですっ」
言葉を詰まらせながら返す。
しかし、そうは言うものの能力は原因不明の使用不可能。
かと言って手元にある裁く魂の資料を漁っても彼の資料がない。
何度見返してもないそれは彼が裁かれるべき魂でないことを表している。
つまり彼は裁かれない、このままではそうなる。
だがここは罪を罰するだけでなく、生前の善行を労う場ともなるのだ。
天国も地獄もここから裁いて送る、ならばその判断をする資料のない彼は一体なんなのか。
「でないんじゃないんですか、俺の罪が」
「あなたはなにを……」
なにを言っているのか、その言葉は尻すぼみに小さくなる。
彼の言葉に閃いた。
いや、閃かせられたが正しいのかもしれない。
急に使えなくなった能力、裁くための資料の中にない存在。
全ての疑問が一瞬で綺麗に嵌まった。
「……あなた、なにをしたのですか?」
この男は危険だ、脳内に警報が鳴り響くような感覚に、だした言葉も低くなる。
「さてね」
その言葉すら気軽に返してくる男に体が震える。
この男はどこまで人を愚弄すれば気が済むのか。
怒りと悔しさに口元を震わせた。
更に彼は言葉を続けた。
「やっぱり、俺の言ったことを試してみるのが手っ取り早いんじゃないですか?」
思わず顔をしかめる。
そして同時に全てを悟った。
彼は最初から私に裁かれていたわけではない。
彼は最初から情状酌量を求めて意見を述べたのではない。
彼は私から言質など取ろうとしていたわけでもない。
そもそも彼は最初から裁判を受けていたわけではない。
彼はただ『裁判ごっこ』をしていただけ。
私の、裁判という茶番に付き合っていただけなのだ。
そもそも生死を操れる相手が黙って裁かれると分かっている裁判を受けるだろうか。
彼は最初から私に一つの答えしか求めていなかったのだ。
ここまできてようやく彼との力量差に気づけ、あまりの情けなさに泣きそうになる。
だがここで泣くわけにはいかない。
この部屋だけでは閻魔としての四季映姫でいなければならない。
ただの四季映姫になるわけにはいかないのだ。
ここで涙を流してしまったらその時は――。
「…………わ……かりました」
「そんじゃ、早速ヤりませんか、時間もったいないし」
人の、身を引き裂く思いで声にだした決断を、最後まで軽き口調で返され、手招きをされる。
そちらから歩いてこい。
こたらからその行為を求めているように。
どこまで人の尊厳を踏みにじればすむのだろうか、重すぎる足取りはそれほど離れていない距離に膨大な時間をかける。
例えなにをされようとも絶対にこんな男に気をやるわけがない。
気をやるわけにはいかない。
この苦難を乗りきり必ずこの男を裁く、自らの手で。
歩み寄った私を彼の手が力付くで抱き寄せる。
初めて抱き締められたその温もりに、不本意ながら力が抜ける。
戻そうにも力が入らない。
そういえば前に部下たちが話しているのを聞いたことがあるが、恋人に抱き寄せられると全身から力が抜けて骨抜きにされると言っていた。
ま、まさか私が……そんなはずが……!
彼の手が動き始める。
内心の動揺を悟られぬよう気丈に振る舞いつつも、内心の動揺に言い知れぬ不安を感じる自分がいた。