中部州の北部。
そこは第三次世界大戦前まで、複数の県境を跨ぎ。
国立公園だった、広大な区域が存在する。
……山頂部に夏場でも雪を残す、3千メートル級の山脈。
山腹には氷河期から残る氷河を抱え。
手付かずのまま残る、広大な高原と湿地。
熊や鹿などの野生動物が生息する樹海。
そして、幾つかの渓流と湖を抱えている。
それらの険しい地形は今や、観光地や登山地ではなく。
天然の要害として機能。
陸続きである、日本海側の沿岸部の一部地域と併せ。
第三次世界大戦後は、反政府ゲリラの支配地域と化していた。
◇◇◇
「ぎゃぁああああああああああ!」
私は背中と傷口に伝わる感触。
甲板から伝わる、波の揺れを感じ。
苦痛に犯され。
……悶えている。
「――姉御!」
そんな暴れる私を甲板に押さえつけ。
必死に叫ぶ仲間達の形相。
仲間達が私を抑えつける感触と……重力を感じ。
私は幼少時に全身に埋め込まれた鱗。
……竜鱗から伝わる……感触を全身で受け止め。
潮の臭いを嗅ぎ。
血潮の漂う戦場で足掻き。
苦痛と憎悪に喘いでいる。
喘ぐ私の頭上。
黄昏に染まった、空を駆け抜ける影。
それは―――ゴーレムの竜核から放出され―――魔力で刻まれた。
……淡く白い軌跡。
「――あ――」
だが、私は何時もここで気付く。
既に私は何年も前に竜鱗を失い。
同じく竜鱗を纏った、仲間の大半を失い。
新たに得た力を思い出し。
――その矛盾の重なる瞬間が――
「ね――」
…………私を目覚めさせるのだ。
――州北部 ゲリラ支配地域の山岳部高原地帯 湿地帯との境目――
◇◇◇
「姉御! 起きてください」
「……ルガスか……」
「交代です。今から湿地帯に入る前の準備と休憩を挟みます」
「……そうか」
「その間に朝食を食べて下さい。外は空気がうまいですよ」
私はこの世界の移動手段。
車輪で動く、地上走行専用の機械。
自動車の後部座席で仮眠中に……夢を見ていたようだ。
そして、現実でも……ルガスに起こされた。
どうやら、食事は外で堂々とするようだ。
オルーシャや仲間達が、現地の協力者達。
冒険者を思い出す格好をした、ゲリラ達と話しながら。
炭火焼の道具を自動車の荷台から取り出し。
肉の塊や野菜を切り分け……準備を進めている。
ゲリラの一部は銃火器。
転移者達が使う、この世界で生まれた武器を携え。
同じく、この世界生まれの機械。
妖精族の様に飛行をする、小型ドローンや。
四足歩行になった、オークの様な毛むくじゃらのドローンを使い。
立体的に、周囲への警戒に当たっている。
中には肌の色も様々な、銃火器で武装をした。
少年少女も混ざっているようだが。
(全員……動きがいい。よく訓練されているな)
この世界に来る前。
こちらの情報を得ていたが。
敵地とはいえ。
モンスターの襲撃が無い。
それだけでも素晴らしいが。
警備も念入りで、恐れ入る。
(――それに何より――)
ここは私達の部隊が突破してきた、亜空間の一つ。
常に夕焼け状態の亜空間と違い。
「…………青空が綺麗だ」
車外に出た私は暫し。
朝日を浴び。
青空を見つめていた。
――同時刻 名古屋市内――
『――緊急車両が通過します!』
パトライトを点灯させ。
サイレンを唸らせる、白バイと警察車両に先導され。
進む車列があった。
信号はこの車列を優先して通す為。
わざわざ切り替わっていく。
徹底ぶりだ。
そんな車列の前後は、護衛の装輪装甲車に挟まれ。
上空にも護衛の為、警備用のドローンだけでなく。
爆装をした攻撃機。
無人、有人攻撃ヘリを複数機。
上空に飛行させ。
迎撃力を最大にした状態で、名古屋市内を進む。
黒塗りの高級車が三両あった。
その内の二両はダミーと予備車両を兼ね。
残り一両には、マギサとツバメ。
……エルーナの三名が搭乗していた。
◇◇◇
「マギサ~朝食それで足りる?」
「問題ないわエルーナ」
チラ。
「……私はもう食べたから、二人にやるよ」
「やった♪ ありがとう! エルーナ!」
「二人共、カロリバー大好きだな~」
私の向かいの席に座ったマギサ。
彼女は片手に持った、タブレット端末で資料に目を通し。
カロリバーを握った、手の親指で私にGJの合図。
ツバメはマギサにカロリバーの先を――サク――親指で軽く折ってから、分けて貰い。
笑顔で朝食を抱え。
マギサがハンカチを敷いた。
隣の座席に座って、バリバリとリス様に食べ始めた。
私は急遽、予定を変更。
寝起きのマギサとツバメの両名と合流。
私達は蘇生したハーフエルフが確保されている、市警察東署に向かっている。
急いで車に乗る前。
事情を知った真希から急いで渡され。
私の隣の席に置いた、金属製ケースの中身も。
偶々、修繕が間に合っていたようで。
……役に立つかも知れない。
(だけど、何で情報が漏れちゃったかな~)
既に私達が向かう、市警察東署の周囲は報道陣や野次馬が集結。
速報で『市警察東署でゾンビが発生!?』などと、情報が一部。
……漏れてしまっている状態だ。
私がいなくても、転移者への説明や教育は矢島や。
既に20歳代半ばの葉菜なら。
概ね……上手くやってくれるだろう。
(逆に私達の方は上手くいくかな~)
「ねえ……エルーナ」
「何?」
「蘇生したハーフエルフは、男女のペアで間違いないのね」
マギサより先に資料を読み終えていた私に。
質問が飛んできた。
「報告だとその通りよ。次いでに言うと、検死時のDNA鑑定からして、双子みたいね」
「うにゃ? 双子のハーフエルフって珍しいね!」
「ツバメ、だからこそ『どんな立場の参戦者』なのか、分かりやすいのよ」
マギサやツバメの言う通りだ。
そもそもハーフエルフは、他種族と比べて出生数も少なく。
……双子での出生数も極めて少ない。
人とエルフの狭間で生まれる少数派だ。
それ故にハーフエルフが生まれる、要因は限定される。
ハーフエルフが生殖能力の無い個体、一世代限りの個体として生まれる関係上。
人間とエルフの婚姻は古くから、禁止されているが。
逆に公認されている産業。
人間とエルフが相手側の種族の異性を利用する、売春宿に出生ルートは限定される。
逆に亜空間内の自由都市の類いだと、其の辺は縛りが緩く。
古くから、人間とエルフのカップルが駆け落ちをする、先になっている。
しかしながら、次世代の個体に生殖能力が無いという、致命的な禁忌。
片親が不明な、売春宿から生まれる個体が大半である事などから。
ハーフエルフの扱いは過酷だ。
片目を閉じて黙認される。
……そういった、危うい立場にいるのが。
ハーフエルフだ。
だからこそ……。
「……マギサ、ミリサ達が調査をしたら、身元は直ぐに分かりそうだね」
「ええ、直ぐわかるはずよ。彼女は救済教会の孤児院にも出入りしていたから」
「お! そういえば、ミリサの姉御も旅の道中、教会や孤児院には寄っていたね~♪」
「ツバメもお菓子目当てで、ミリサに付き添っていたわね」
「うん♪ 子供の群れを掻い潜るのが大変でさ~あいつら、あたいを捕まえようと必死だもん!」
(二人の昔話を聞くのもいいが……)
コツコツ。
「マギサ。クラウゼに繋げてみようか」
私は隣の席に置いた、金属製ケースをコツコツと叩き。
久しぶりに彼。
クラウゼを『見慣れた姿』で呼び出す様。
マギサに促した。
「そうね。エルーナ、そのケースの中身は……修繕が間に合ったようね」
「そ、真希に頼んでいたのが丁度。今回の騒動に間に合った感じかな」
「おおお! クラウゼ君の本体が十数年越しに復活!?」
「ツバメ、クラウゼの本体は亜空間の要塞よ。アレは手足みたいなものよ……エルーナ、出して見て」
「あいよ。マギサ」
カチャ……。
私はマギサに促され。
隣の座席に置いた。
金属製のケースから、銀色の卵型の物体。
クラウゼの手足に相当する、端末を取り出し。
主である、マギサに渡した。
ピピ!
「クラウゼ聞こえる? クラウゼ――」
――同時刻 亜空間内 最深部 ???――
ここは亜空間内では珍しく。
モンスターや……暴走した自律型兵器が寄り付かない場所だ。
何故なら、此処は遥か昔。
一番初めに発見した人々が安全対策を行い。
周囲に海水を流し込んで海を造り……その様に整えた場所。
四方を海に囲まれた大陸である。
発見者達は海を造ると、大陸内に巨大な建造物郡。
都市を建造した。
そして、この地で様々な研究を始め。
亜空間と外に広がる……世界の調査に明け暮れていた。
だが、亜空間の外で起きた大規模な戦争の末。
彼らはここに蓄積した、様々な物資、設備、兵器。
研究成果の一部と、彼らの世界の知識を残し。
この地から……去っていった。
そして、発見者達が去ってから、一万数千年近く経過した数百年前。
この地に到達した、一人の魔族の少女と、その仲間達がいた。
少女はこの地で、銀色の卵型をした宙に浮く物体。
発見者達が残した、クラウゼと名乗る存在と出会い。
クラウゼは少女達の仲間になった。
その後、少女達はクラウゼの持つ知識や情報。
この地に残されていた兵器を使い。
亜空間の外で起きていた戦争。
女神の代理人を決める戦争に勝利。
その後、少女とその仲間内の魔女の何人かは目的である、女神の代理人になる事が出来た。
そして、かつて魔族の少女だった、女性は数十年前。
女神の代理人を任期満了で退位。
退位後は、戦争の過程で手に入れた領地に隠居。
かつて恋人だった、亡き男の細胞から生殖細胞を作成。
一人の娘を人工授精で授かり。
……クラウゼと自身のクローン体の改良型の乳母達と共に育てた。
◇◇◇
――私を十数時間振りに目覚めさせたのは、やはりマギサだった――
だが、今日は目覚め方が違う。
ここ十数年行ってきた、音声通信とデータリンクによる。
味気ない、やり取りではない。
この感触は久しぶりに、私のセンサー類が動き。
人間の五感と手足に相当する部位。
専用端末の機能が動いている。
懐かしい状態だ。
『クラウゼ。聞こえる?』
――同時刻 名古屋市内 黒塗りの高級車内――
『おはようマギサ。私の端末が直ったようだね』
私はエルーナに渡された、クラウゼの端末が宙に浮き。
端末に埋め込まれ、瞳を連想させる、形状の青い鉱物が輝いたのを……十数年越しに……確認。
毎日聞いている声だが。
やはり直に触れられる形ある存在。
そこから漏れる……聴き慣れた声は……重みが違う。
…………ポロポロ。
『マギサ。君は私の端末の復活を喜んでいるようだね。感謝する。君はいい子だ』
「あ~クラウゼ君がマギサを泣かした~」
『やぁツバメ。君は相変わらず元気そうだな』
「う~ん♪ やっぱりこの乗り心地いいな~」
ツバメは涙を流す、私などお構いなしに。
昔のように、クラウゼにしがみつき。
頬擦りをしている。
「クラウゼ、調子はどうだい?」
『やぁエルーナ。真希の修繕は完璧だ。後で直に謝辞を伝えたい』
「あいつも喜ぶだろうね。矢島達のスマホに残っている映像を見て、あんたに一目惚れって感じだよ。再起動はマギサの生体認証、魔力認証が無いと不可能だから、起動時に立ち会えないから残念がっていたよ」
『真希は根気よく、私の端末の修繕に取り組んでくれた。彼女は私の天使だ。謝辞の際に慰める事にしよう』
何故だろう。
クラウゼの会話は普段通りなのに。
私は懐かしさや……嬉しさ。
涙でいっぱいだ。
だが、私達は女神の座を目指し。
戦っている最中だ。
それでも、真希や仲間達だけでなく。
女神様にも感謝したい。
(女神様……この幸せをありがとうございます)