――中部州北部 反政府ゲリラ支配地域 湿地帯と森林の境界――
水面の底で陽光に照らされ。
静かに揺らめく……水没した草花と泳ぐ魚影を抱える。
……若木の水没林。
ヴィイイイイイン!
その静寂をウォータージェットの水流でぶち壊し。
水中芝刈り機と化した、一台のジェットスキーが水飛沫を巻き上げ。
「ひゃっほぉおおおおおおおおおお!」
一人ノリノリになったサングラスの男。
金髪碧眼の筋肉マッチョ。
びしょ濡れのルガスを載せ――――水上を疾走していた。
ルガスの向かう先は何度も水没を繰り返し。
樹齢数百年から数千年の大木が乱立する地。
陽光が遠のき……苔類が地面を覆う……緑の摩天楼。
樹海の深部だ。
――樹海深部 反政府ゲリラ基地 桟橋――
微かな木漏れ日が差し込む水辺。
陸地から水辺に伸びる桟橋には……ゲリラ達が使う水陸両用車や小型船舶が停泊。
物資類の積み降ろしを行う、旧型の作業ドローン達が桟橋の上を動き回り。
少し離れた砂浜では、迷彩服姿のゲリラの小隊が汗を流し。
朝練のジョギングを行っている。
その一角、桟橋と砂浜の中間に位置する、水面に向けて伸びる大木の根元。
天然の桟橋で釣りに興じる……老人がいた。
◇
「今日の朝練は歩兵小隊だけか~」
いつも一番乗りで朝練をしている連中。
同じ世界から来たエルフ共。
奴らは夜明け前から慌ただしく。
やけに騒がしかった。
今日は基地の外で演習かの?
「なんじゃ? 騒がしいの~魚が逃げ――――アレはルガスか!?」
◇
「ウヒョォォォォォ!」
クイッ――バシャアア!
やべ!
朝練の連中に水飛沫を浴びせちまった!
お返しの野次も相変わらずだ。
だが、大きくターンを決め。
減速の為に距離を稼がないと。
俺が砂浜に突っ込んでいたのは間違いない。
減速した俺は浴びた水で頭を冷やしつつ。
……桟橋に接舷した。
◇
「さて、急がないと――お」
同じ世界から来た仲間が釣竿を振り上げ。
駆け寄ってきた。
「ルガス! 朝食の魚が逃げたぞ!」
「ボルス済まない!」
俺は医療魔術の専門家である、衛生兵のボルスに謝ると。
懐から未開封の箱。
ボルスもよく食べる、カロリーバーを投げ渡し。
ボルスが笑顔でキャッチするのを見てから。
再度話かけた。
「司令は地下壕か?」
「なんじゃ、急ぎか?」
「そうだよ」
「今日はエルフ共といい。忙しい奴らが多すぎじゃ」
「それだよ! それ! だから俺が忙しいんだよ!」
――――数分後 ゲリラ基地 地下壕――――
モニター類が立ち並ぶ、薄暗い墓所のような冷えたコンクリートの空間。
此処に勤務するゲリラ達が此処に来るまでの道。
かつて、この地を切り開いた先人達。
僧兵達によって壁に掘られ。
或いは埋め込まれた、地蔵の道を通る度。
無意識に感じる印象は概ね、墓所の類いだ。
それは今ここを歩く者達。
死生観の違う世界。
異世界から来た者達にとっても差はあれ。
戦いの場に身を置くのなら尚更……似たようなものだった。
◇
「早かったな。ルガス」
「藤堂一佐! なんでエルフ達が白昼堂々と市内に殴り込んでいる!?」
「原因はコレだよ。ボルス氏、私も一本いいかね? 私も腹ペコだよ」
「しょうがないの。半分やるわい」
「失礼……寄り合い所帯は人心掌握が難しいですな。ボルス氏」
「藤堂よ。エルフの連中は我々と目的の優先順位が違ったのだ」
「そうでしたな」
「これは色々と面倒な事になりそうじゃわい」
片手に握ったコーヒーの湯気で……メガネのレンズを白く曇らせ。
サクッ……。
ボルスから貰った、カロリーバーを齧り……目元を輝かせる男。
反政府ゲリラの創設者にして、指導者の藤堂がモニターを見るよう。
俺を促してきた。
見たところ検死を行う警察施設。
俺達の天敵である、SWATの隊服を着た男がいる様子からして。
市警察内部の防犯カメラの映像だろう。
「エルフの死体か…………おいおい!」
「昨晩ネット上に流出した映像だ」
「…………なんだよ…………これ」
「私も驚いたよ。我が家の伝承で聞いていた様式と違い……まるで、ゲームの蘇生魔術を彷彿とさせるな。だが、コレが君達の世界では当たり前なのだろう?」
藤堂に問いかけられ。
俺は言葉に詰まった。
確かに女神の奇跡と呼ばれる魔術。
死者完全蘇生魔術は俺達の世界じゃ当たり前だ。
冒険者連中が冷気の漂う、冷凍魔術で保冷した棺桶や死体袋を伴って並ぶ。
教会前の行列は、どの国や地域でも昔から日常の光景だ。
だが、俺が見せられた防犯カメラの映像。
そこには教会にお馴染みの復活の祭壇もなく。
蘇生魔術を行う司祭もいない。
…………そんな異常な死者蘇生。
俺は見た事も聞いた事もない。
「ほう、事前装填の蘇生魔術とは古式ゆかしいの。コレなら魔力検査でも発覚せず、どの陣営の懐にも潜り込める筈じゃ」
「ボルス氏。ルガスの反応からして、そちらでもコレは珍しいのかね?」
「かなり昔に廃れた蘇生魔術じゃよ。コスパが悪いと言えばいいかの……こりゃエルフ共が慌てて殴り込むわけじゃ」
「ボルス! 同郷の俺にも分かるように説明してくれ!」
「焦るでないルガス。要はお前さんの様に生まれがいい者達の為に作られた魔術じゃ」
俺の生まれは人間で西ドルアの貴族だ。
……そういう事か。
「つまり……エルフの貴族向けか」
俺達と行動を共にしているエルフやハーフエルフ。
南エルフの残党は共和制時代の軍人だ。
共和制を転覆して、数百年ぶりに南エルフに返り咲いた者達。
貴族階級は連中にとって敵。
その中でも……倒すべき優先順位は最上位だろう。
「そうじゃ、エルフの貴族連中が大昔に使っていた、高級な蘇生魔術じゃよ。ただ難点があってだな、この魔術を装填する際の魔力が桁違いに多い事。後は使える対象や発動条件の設定が――――藤堂! 画面を見ろ! なんか大変な事になっておるぞ!」
ボルスが藤堂の背後。
メインモニターを釣り竿の先で差し。
驚いている。
モニターの向こう側。
名古屋市内で派手に爆発が起きているようだ。
オフィス街に急降下していくのは、ゴーレ――ムじゃなかった。
……この世界の攻撃機か。
「これは宜しくないな。ルガス」
藤堂がメインモニターに映る、爆炎を見ながら懸念と俺の名を漏らした。
……となると。
「君にエルフ達の始末を頼みたい。此処まで公の場で暴れられては隠蔽工作も不可能だ」
当然そうなるよな!
「エルフ達がNEETに捕まって情報を漏らせば、NEETに本格的な武力介入の口実を与える事になる。そうなれば我々が共有する戦略目的……『ニキティスの鍵』の作成が外部……NEET側に露見、破綻する可能性が高くなるのは避けたい」
俺が此処にいる存在理由。
それはニキティスの鍵などという、俺達の世界に伝わるおとぎ話の類い。
鍵の実現性を帝国お抱えの学者たちが立てた、大胆な仮設を基に検証を行い。
俺達に共通する目的達成から得られる成果を得る為だ。
故に目的の破綻は俺や姉御達の任務失敗……後がない俺達の死を意味している。
それだけは絶対に……何が何でも避けねばならない。
「藤堂、直ぐに出撃するから地底湖の簡易ゲートを使わせてもらうぞ」
「そうしてくれ。帰りは好きなセーフハウスを使え」
「そうさせて貰うよ」
確かにエルフ達がNEET側。
マギサ達の陣営に捕まれば、余計な事を喋る可能性が高い。
これまでも脱走者の類いは散々始末してきた。
だが、男女ペアのエルフかハーフエルフは…………始末した覚えが全く無い。
(別の奴が始末したのか? そんな事より急ぐか!)
「ルガス!」
「なんだよ。ボルス」
「カロリーバーもまとめ買いして来いよ! こっちじゃ高すぎるわい!」
「分かったよ」
「ボルス氏、ここの物価は物流コストが適正に反映されていると思うが」
「藤堂! このカロリーバーの名古屋市内との価格差は3倍じゃ! さっさと地底湖のゲートを相互通行可能にせねば、わしの懐が空っぽになるわい!」
映画館の様な爆音。
爆炎の映るメインモニターの輝き。
藤堂とボルスの物価に対する会話を背にして。
俺は部屋を後にした。
――――地底湖――――
照明に照らされた、鍾乳石の岩肌とコンクリート壁のコントラスト。
水面を囲むように照明郡の輪が輝き。
まるで、夜の港街の様にしている最大要因は水上に浮かぶ幾つかの船影。この空間の半分近くを満たす膨大な水だ。
かつて、その水を全て抜けば『此処には小規模な地下都市が出来るだろう』その様に考え、此処に莫大な資金と資材を超法規的に投入した者達の大半。タカ派の官僚や政治家の大半は、先の大戦の混乱時。
消息不明や戦死で消え去り……ここを引き継いだのは転移者を祖先に持つ者。
反政府ゲリラを生み出した、一人の男だけだった。
◇
俺は藤堂のご先祖様が残した遺物。
俺達の世界でも希少な制御可能な状態で動く、古代兵器。
この世界、地球でいうところの戦艦の内部。
片道専用の簡易ゲートを生み出す部屋。
その入り口の前で完全武装の体制でいる。
「たく、完全武装は重たいから嫌なんだよ。しかも慣れた得物は使えないし最悪だぜ」
それでも俺はエルフ達を始末するしかない。
ガチャ……扉を開けた先には青く輝く円形の水面。
にしか見えない、簡易ゲートが飛び込む者を待っているようだ。
「よし、行くか」
『ルガス待て!』
飛び込もうとした寸前。
藤堂に無線で呼び止められた。
「おいおい藤堂! 急いだほうがいいだろ!?」
『どうも事態は更に深刻なようだ。君、傍受した警察無線を流せ』
どうやら藤堂は脇に控えるオペレーターに指示を出したようだ。
俺の無線にも警察無線が流れ出した。
『――――展開中の市警各部隊に告ぐ! コード033が発令!』
確かコード033はNEET絡みでよく使われる、市警察の緊急コードだ。
『――――対象はNEETの要人救出! 対象はオフィス街で爆発に巻き込まれ意識不明! 繰り返す! コード033が発令! 至急座標――――』
(おいおいおいおいおいおいおい。ちょっと待て)
「おい藤堂……………………NEETの要人って誰だ?」
NEET側の要人の動きは可能な限り。
普段から動向をチェックしていた筈だ。
…………嫌な予感しかしない。
『――――ニキティスの鍵候補のマギサだ』