「松沢隊長、外の連中は何者ですか?」
「NEETの偵察部隊という事しか分らんな……ところで、屋上から攻めてきた敵を殲滅した賞金稼ぎ達の行方はどうなった?」
「敵を殲滅した勢いで地下シェルターにルームクリアを装い突入。シェルター内の壁を物凄い速さで破壊、隣接する下水道から逃走、その後見失ったそうです。今のところ署員や民間人への人的被害の報告はありません」
「そうか……ご苦労。対戦車火器への弾薬補充を急がせろ」
「了解!」
署内での籠城戦を選んだ松沢達はエルフ達の襲撃を生き延び、これから負傷者の収容と遺体の回収を開始しようとしていた。
だがその矢先、市警察本部から州軍の増援が来るまで現状の防衛体制の維持を命じられ、NEETの偵察部隊が先行して、トラップの捜索と無力化、残敵の掃討を行うとの連絡を再度、市警察本部から受けた直後……彼等は奇妙な光景を目撃した。
先ず目撃されたのは、土煙や煙の中を素早く動く透明の人影達だ。
サーモゴーグルに人型の熱源反応こそ直接無かったが、周囲の空気を動かす人間サイズの質量をSWAT隊員や一部の機動隊員が使用する、市警察仕様の火器管制装置、賞金稼ぎの一部が使用する、高額な照準器のセンサー類やソフトウェア、AIが解析して表示。
示された解析結果に対してSWAT隊員や賞金稼ぎの一部は違和感を受けながらも、他国の軍や国防軍、NEETの部隊が運用している、光学迷彩の類いだろうと概ね納得していた。
だが、続いて目撃されたのはアスリート顔負けの異常な跳躍を繰り返す、金髪のシスターだった。
そしてNEETの高速輸送ヘリから降りてきた者達も、実に奇妙な風貌である。
まるで消防車の様に真っ赤な鎧で全身を包み、刀を持った長身の不審者。
同じく刀と思しき凶器を腰に差し、オレンジ色のフルフェイスのヘルメット、プロテクターが付いたような ウェットスーツと酷似するスーツで全身を包み込んでいる者が一名。
槍のように長い狙撃銃と思わしき銃を持った、同様のスーツの色違いであろう、全身をピンク色で包み込んだ女性と分かるシルエットが一名の計三名だ。
その姿を目撃した者達からはまるで、戦隊シリーズのヒーローっぽいと評されていたが、その指摘は数分後……巨大な脅威が塊として空から降ってきた事で現実になった。
――数分後 東署屋内――
ゴロゴロ…………ゴロゴロ。
「やけに空が暗いな。ゲリラ豪雨でもくるか?」
「空でも派手に爆発していたからな。人工降雨と同じさ――うぉっ! 揺れた!」
「こんな時に雨と落雷か……なんだぁあああ! 揺れてやがる! 地震か!?」
署内の窓から対戦車火器を構える、署員や賞金稼ぎ達は先程以上に驚いていた。
落雷に伴う大きな揺れに続き……目の前に巨大な塊が落ち……蠢きだしたのだ。
「墜落か、いや…………怪獣!?」
「怪獣退治は自衛隊だろぉおおお!」
「落ち着け! 自衛隊はもう無いぞ!」
眼前目掛け空から落ちてきた巨大な蠢く影。その正体を知らない彼等には、特撮映画の怪獣やアニメに出てくる、巨大な敵の類いにしか見えなかった。
「松沢隊長! ど、どうするんですか! あの馬鹿でかいの!?」
「おいおい! デカすぎだろ……全弾――!?」
だからこそ、彼等はやるべき事を本能レベルで分かり切っていた。
最早この状況で彼等が引き金を引くのに命令は不要だった。
署内の窓からは、対戦車ミサイルと対戦車榴弾が続々と発射されていく。
空から突如として降ってきて、装甲車の残骸を押し潰し…………蠢く巨大な神蟲の姿が彼等に抱かせた恐怖は………彼等が構える対戦車火器の引き金を引かせるのには十分だった。
「全弾発射! 撃った奴は離脱……と……今更言うまでもないな!」
既に署員や賞金稼ぎ達は松沢の命令が下される前に対戦車火器を発射して後退を開始。
「全員署外に退避しろ! 後退だ!」
神蟲の由来や正体を知らない松沢には、神蟲の毒々しい模様は当初、毒蜘蛛のように見えた。だが、無反動砲式の対戦車榴弾発射筒から排出され、壁で弾けたカウンターマウスの塩水を浴びた直後の彼には、その模様が動く有り様と舌に残る塩味から………海洋生物のタコのような印象も神蟲の姿は与えていた。
「たく……相変わらずしょっぺぇな! それにしても……なんて毒々しい模様だ……」
後退を開始した松沢の背後では神蟲に向けて放たれた、無数の対戦車ミサイルや対戦車榴弾が…………次々と着弾していった。
―― 同時刻 東署屋外 ――
◇◇◇
ズドドドドドドドドドドォオオン!
『署内から神蟲に向けて対戦車榴弾、ミサイルの一斉射を確認――』
「撃つのが早いな!」
私は市警察や賞金稼ぎ達の対応の早さに思わず声を漏らした。
『全弾、魔力障壁に着弾。神蟲側の損害ゼロ』
「矢島~効いてないわよ~」
「やっぱり魔力障壁は厄介だな」
神蟲の頑丈な魔力障壁を見ている、隣のエルーナも声を漏らした。
巨大な魔力障壁に実弾が連続着弾していく光景は、硫黄島での実験や異世界から迷い込んだ海竜との戦いを思い出させる。
『これより神蟲と交戦状態に入る。以後の戦闘指揮管制を対魔術戦部隊のフィオンに移行。神蟲から索敵用魔力波を感知。補足された。回避しろ!』
「フィオン了解! 全員散開!」
クラウゼの警告がインカムに鳴り響いた直後、私の目の前で魔弓を構える対魔戦のフィオンが叫び。
飛翔飛翔魔術で飛翔。
私や隣のエルーナ、皆も飛翔魔術を使い――周囲に散開。
高速輸送ヘリが緊急離脱した着地ポイントには、神蟲が放った大型魔力弾が着弾。
瞬く間に土煙と破裂した水道管から水柱が噴き出す……クレーターが出来上がっていた。
不味いな。
私は戦闘による被害の拡大と今後の隠蔽工作を一通り思い浮かべながら、飛翔魔術の上昇力が尽き。降下に変わった瞬間、腰の鞘に手を伸ばし――――刀を抜き。
眼下の神蟲に向けて刃を振るった。
『グギャァアア!』
魔力を帯びた遠当ての斬撃……魔力によるエネルギー波の攻撃を受けた神蟲からは、絶叫と似た……不気味な音が鳴り響いた。
『矢島の魔斬撃の効果あり。神蟲の魔力障壁が消滅。魔力障壁再生前の攻撃を推奨。魔力障壁の再生まで約一分と推定』
『おいおいティス! 敵の魔力障壁の再生速度が速いぞ!』
ルミナがティスに疑問を述べながら神蟲に突っ込み――脚部を高速ピストンの如く、猛烈にナックルで殴り始めた。
『ルミナ! 一分なら遅い位だ! ここに来る前に倒した群れなら――――』
続いて飛び込んだレクが腰の鞘から双剣を抜き。
『数秒で再生していたぞ! うぉおおおお!』
魔力を帯びた刀身を振るい――高速で脚部に斬りつけた。
『二人共いい感じ~モレク~脚をへし折って動きを止めて~』
既に周囲を飛行魔術で旋回するティスが、魔短杖をモレクに向け魔術を発射。
魔術を受けたモレクの身体を青い霧が微かに包み込み。
飛翔魔術の上昇力が尽きたモレクが路面に着地した瞬間――――アスファルトが砕け散って――――大剣を突きの姿勢で構えたモレクが無言で神蟲に向けて射出。
ガコォオオン!
脚部にモレクの突撃を受けた神蟲の姿勢がぐらついた。
「うぉおおおおおおお!」
ガガガァアアン!
続いて咆哮を上げながら連続で繰り出す、モレクの斬撃で神蟲の脚部の一つが瞬く間にへし折れ、神蟲の姿勢が崩れた。
「ははは! 相変わらず豪快だな!」
私は神蟲の姿勢が崩れる様を見て思わず声を漏らし――装甲車の残骸の上を滑り――火花を出しながら、装甲車の上部に着地。
『エルーナ! 私の矢に合わせて魔力弾発射!』
『りょ、了解!』
私の頭上をフィオンの魔力矢とエルーナの魔力弾の軌跡が駆け抜け、魔力矢が神蟲の身体を貫き――――魔力弾が神蟲の内部で――――盛大に爆発。弾けた装甲の割れ目から火柱を生み出し。
…………周囲に火の粉をまき散らした。
―― 数時間後 名古屋市内某所の邸宅 ――
最近では見る事が少なくなった空間の一つ、土間で食事の準備をする老女と少女達がいた。
『速報です! 市警察襲撃に関して市当局と州政府は制圧を完了と緊急声明を発表しました! 以後の治安維持は戒厳業務の委託先である特別軍事法人NEETに州内の全域、反政府ゲリラ支配地域との境界地域への治安維持体制を強化する様に要請が――』
老女と少女達は居間から流れてくる、モニターに映るニュースの音声を時折聞きながら竈に薪をくべ……竹筒を両手で構えて息を吹きかけ……火の粉を飛ばして……火加減を調整していた。
◇◇◇
「あらら、やっと制圧出来たみたいだね」
「婆ちゃん! 今日はお客様が多いね!」
「そうだよ。マギサちゃんや馬鹿孫が向こうの世界からいっぱい連れてきたからね。しかも無理矢理だよ。血も涙もありゃしないよ……たく、どこの誰に似たのやら……大広間のお客様には、もうそろそろツマミとお酒を出してやりな。それと客間で寝ている二人も起こしておいで」
「分かった! 婆ちゃん!」
「行ってくる!」
『――続いて、本日正午過ぎに起きた、州内東部の特別軍事法人NEET関連施設での爆発では、溜池が決壊して周辺の田畑と道路に土砂が流れました。幸いにも死傷者は発生しておらず、今回の市警察同時多発襲撃事件との関連は不明ですが――』
―― 数分後 同邸宅 客間前 ――
セミの鳴き声が微かに聞こえる空調が効いた和室の屋内、そこに並ぶ布団が二つあった。
そして男女が一名ずつ寝息を立て、ぐっすりと眠ること実に数時間が経過……その部屋の前で二人を見守り終えた……老齢の男性医師が老女との会話を終えようとしていた。
◇
「――報告や検査結果を聞く限り、転職者特有の肉体変化だけでなく、魔力増強効果のある異世界産の飲食物の急激な摂取……竜茶の摂取が主な原因ですね。魔力を外部に放出したのなら、副作用の心配は無いでしょう。やよい様、私はこれで失礼します」
「ご苦労様です」
そして部屋の中の二人の男女は、浅瀬のような夢の中を漂い……目を覚ました。
◇◇◇
「転移者さん! おはようございます!」
なんだ……仲居さん?
いや違う、それっぽい服を着た黒髪の幼女が俺に跨り、元気に挨拶をしている。
薄っすらとだが、実家にいる夢を見ていたが…………やっぱり俺が転移したのは現実だ。それにしても人に起こされるのなんて、十数年ぶりだろうか。
「おはよう」
そして隣でも似たような幼女……いや、少女達が群がって…………俺を転移させた魔女。
マギサを起こしているようだ。
「もう……何よ……チビ達じゃない」
「「お姉ちゃん! 挨拶!」」
「……おはよう」
なんだろう……少女達はマギサに似ている。
というより、俺の上に跨っている幼女……いや、少女も含めて皆、似たような顔付きだ。
ドタバタドタバタ!
……………………いや、おいおいおい!
一体何人いるんだよ!?
「はいはい! お客様が驚いているじゃないかい。おや、マギサちゃんやっと起きたかい」
何やら着物を着た老女が手をパンパンと叩きながら、マギサを取り囲んでいた少女達を見事に誘導して、室内には三人……いや、俺の上に跨って笑っている少女と老婆。マギサの四人だけになった。
「やよい様、お久しぶりです」
「元気そうで良かったよ。さて……そっちの彼、遠近義明さんだったかい?」
老婆は俺の横に静かに座ると名乗りだした。
「初めまして、矢島の祖母のやよいです。そこのマギサちゃんや、孫が迷惑をお掛けしております」
―― 同時刻 市警察東署前 ――
夕陽に照らされた緊急車両が頻繫に行きかう、瓦礫だらけの通りに面した一角は小一時間前、瞬く間に飛来した、ドローンの群れが組み立て式のテントで白いドーム状に覆いつくし。
消防車が放水をするまで、黒煙と火の粉を巻き上げていた、巨大な残骸を瞬く間に隠し終えていた。
―― ドーム内 ――
人工照明に照らされたドーム内の中央には焼け焦げ、消防車の放水でずぶ濡れになった……神蟲の残骸がドカッと鎮座し……上下左右斜めから照明を当てられている。
その周りでは全身防護服を着た作業員やドローンが検査機器やセンサー類を使い、粛々と調査を進めている。
その光景をドーム内の入り口付近から眺める二人の男女がいた。
◇◇◇
「へっくしゅっ!」
「矢島、大丈夫?」
「きっと祖母ちゃんが私の悪口でも言っているんだろうよ……で、エルーナは神蟲のアレ、どう思う?」
「どうって……私も間近でさっきまで稼働していた神蟲の残骸なんて、始めて見るから何とも言えないわよ。ティス達の方が詳しいでしょうから、ティス達の休憩明けに説明も交えながら、見分をしてもらいましょう」
「そうだな。餅は餅屋だ……私達も休むか。それにしても消防車の放水は凄かったな。私までずぶ濡れだよ。まるで滝行だ」
―― 同時刻 矢島祖母宅 ――
◇
矢島さんの祖母と少女に連れられ、少しだけ眠気が残る俺とマギサが案内された先。
そこはまるで旅館の大広間みたいな場所だ……上座の方には何やら馬鹿でかい、屛風絵が飾ってある。
「お! 遠近~大丈夫か?」
「こっち、こっち!」
先に座って日本酒を飲んでいる、神谷達が手招きをしている。
俺は空いている席に近づいたタイミングで口を開いた。
「神谷、もう飲んでいるのか」
「他にする事も無いからな。その小さい子達から転移者に由来する、屛風絵でも眺めながら、お待ちくださいって言われたんだよ」
転移者に由来する屛風絵か……なんだろう、教科書で見た覚えがある鳥獣戯画とタッチも似ているが……それに既視感もあるし……描かれている人や物が変だな。
恐らくかなり昔に描かれた作品なのに、銃を持つ人々やファンタジーな風貌の人々、武器を持った羽の生えた小柄な人々……妖精族も描かれている。
いや、転移者に由来するという屛風絵というのなら……そういう事か。
だが……ちょっと待てよ。
この馬鹿でかいカブトムシみたいな怪物と……俺達を戦わせる気じゃないだろうな?
「神谷~この化け物って、俺達が昨晩、食堂で遊んだスマホのゲームに出てきたボスキャラと似ているよな」
「だな。遠近はやった事あるか? このネトゲ?」
神谷は懐からスマホを出し、見覚えのあるゲーム画面を俺に見せてきた。
「あるよ。スマホでも出来たのか?」
通りで見覚えがあるわけだ……。
俺のゲーミングPCのHDDをバーストした、ネトゲのボスキャラと屛風絵に描かれている化け物はそっくりだ。
「少し前のアップデートで対応したみたいだよ。勝手にインストールされてやがった」
……まさか異世界転移をしてまで、こいつを見るとは、なんか因果な感じを覚える。
「皆さん、そのカブトムシみたいな怪物は神蟲よ」
隣に立つ矢島さんの祖母、やよいさんが語りかけてきた。
「神蟲?」
「神蟲は貴方達の世界にも似たような伝承があるのよ。こっちでも表向きは鬼を退治する存在だけど、その正体はマギサちゃんの世界で製造された古代兵器よ。で、神蟲と戦っているのは転移者……私達のご先祖様ね」
なるほど。矢島さんのご先祖様も転移者なのか。
それなら俺達への手慣れた対応も納得できる。俺はやよいさんに軽く会釈をし、空いている二人分の席にマギサと共に座った。
「なぁ遠近。体調の方は大丈夫か? その……射撃訓練で、まさかお前が砲撃みたいな攻撃魔術を使うとか、驚いたぜ。なぁみんな」
なんだ、他の転移者達が俺を見て神谷の言葉に頷いている……いや待て。
そうだった……! 俺は確か妖精族や葉菜、由美に勧められ、魔力弾の発射ができるか矢島さんに渡された銃で……溜池に向けて引き金を引いたら……大爆発!?
「か、神谷! だ、だれも死んでないよな!?」
「大丈夫だよ! お前が一人で宙にぶっ飛んだだけだ!」
神谷に言われて記憶がフラッシュバックしてきた。
確か引き金を引いたら……物凄い閃光とジェットコースターを上回る加速感の残滓が記憶の片隅にある。我ながらよく死ななかったなとは思うが、この世界に転移する時にヒモ無しバンジーで着水しているのだから今更気にしても仕方ない……気持ちを切り替えよう。
「それにしてもお前頑丈だな……ところで、その女子高生も転移者?」
そうか、神谷達はマギサと面識が無かったな。
「この娘はマギサ。俺達のボスだよ」
「ちょっと」
「なんだよ?」
何やらマギサは戸惑っているのだろうか?
俺の袖を引っ張って向かい合い、恥ずかしそうにしながら小声で話し掛けてきた。
「ボスって……」
「実際そうだろ? 君は女神の代理人になりたい魔女とやらの一人で、一つの陣営の主要な立場なんだからさ」
「そうだけど」
「それに姐さんとかだと、君の連れと被るだろ」
「連れ?」
「ツバメちゃんだよ」
ツバメちゃんの話をした直後、軽快な足音と……無数の羽音がしてきた。
お読み頂きありがとうございます。
相変わらずの不定期更新ですが、今後ともよろしくお願いいたします。