――西暦2030年代末夏、正午――日本国内。
――中部州内 山間部――
――民間軍事会社敷地内 環境体験型訓練施設――
大海原を思わせる青空。
その下に広がるのは、緑で覆われ。
木の葉が水面の如く揺れる、木々の樹海と、波の様な山々。
そんな人里離れた、山間部に囲まれた盆地。
その中心部には、円状の巨大な人造湖があった。
その湖に繋がる水の線。
形状も真っ直ぐな運河や、蛇行をした幾つかの人造河川。
その周囲に点在するのは宛ら、中世ヨーロッパを思わせる村の様な空間。
そんな村の中を元気に走り回って、汗を流す者達がいた。
走り回るのは、赤青黄、ピンクなどのカラフルな髪と瞳をした。
冒険者っぽい格好をした少年少女。
皆、剣や刀に杖を持ち、或いは弓を携えている。
そんな彼らの周囲に鳴り響くのは、セミの鳴き声と――タタタァアン!
鋭く響く一筋の銃声。
発砲を続ける者達。
特殊部隊と思しき格好をした、武装集団は村の中へ。
少年少女を追い立て。
少年少女が逃げ込んだ先。
家屋の屋内へ――パァン! 閃光弾や――ボン! 催涙弾を投げ入れ。
ドガン!
ドアを蹴破り――銃を構え。
タタタ!
武装集団は屋内へ次々と突入。
構えた銃の銃爪を絞込んでいく。
そして、銃声の後に続くのは、狼の遠吠えの如く唸るサイレン。
訓練の終了を伝える、よく通る声をした。
女性のアナウンスだった。
『訓練終了、各員ブリーフィングルームに集合せよ』
――ブリーフィングルーム内――
ここは普段から、ブリーフィングルームとして使われる空間。
だがその外観、そして内装も教会そのものだった。
最も細部を見れば所謂、教会と言われる場所と違うのは分かるだろう。
だが訓練を施す者にとっては、それが故郷の教会の姿だ。
逆にここで訓練を受ける者達。
剣と魔法、モンスターが当り前の異世界へ送り込まれる者達には別世界。
資料で見た覚えがある、異世界の女神を祀る教会の姿だった。
そんな異世界の教会を再現した施設の祭壇。
そこでは女神像の前に立ち。
よく通る声で、シスターっぽい格好をした……金髪の女性がマイクを片手に。
笑顔で話を始めていた。
『は~い! 皆さん午前の訓練お疲れ様です! ええと~本来ならここで――』
彼女の眼前には、訓練用のレーザー発信機を銃口に装着した、自動小銃を携え。
特殊部隊風の装備で全身を整えた男達。
年の幅も十代から四十代と思われる、日本人男性が半数。
残りは腰に剣や刀を携え、手元に杖や弓を握り締めた、男女混成の少年少女達だ。
最もこの少年少女達……髪の色や瞳が赤や青に緑にピンクなど……実に多彩だ。
中には耳が笹穂になっている者達も紛れ、その格好は全体的にファンタジー作品に出てくる、冒険者を思わせる格好だ。
皆、地球の教会にもよくある、長椅子に腰掛け。
姿勢を崩し、訓練の疲労を解そうとしている。
……だが、次の言葉を聞いた瞬間。
彼らの意識のベクトルは反対の方向に向いた。
『――昼食をしながら反省会となりますが、抜き打ちで何人か転移者が来ますよ!』
話を聞かされる少年少女達が懐に忍ばせた、カロリーバー型の携行糧食を齧り始めた。続いて大半が、背中に背負う形で忍ばせた、キャメルバック。
ラクダのコブを参考に造られた、軍用水筒のチューブを口元に伸ばし。
チューチューと水分補給を開始。
特殊部隊風の男達も素早く動いた。
銃口を天井に向けたまま、薬室内の空砲を手動で排莢。
続いてレーザー発信機を外し、ポーチに収納すると空砲を装填した弾倉も外し。
そのまま自分達が座る、長椅子の下にある収納から弾倉を取り出し。
ガチャ――ジャキン――実弾を装填した弾倉に急いで交換。
男達の一部は収納にある別の銃器。
軽機関銃、グレネードランチャー、狙撃銃に装備を急いで変更する者達もいる。
『はい! 準備を済ませて転移陣に行きますよ~!』
シスターっぽい金髪の女性が声を出した。
それに続いて、戦闘準備を済ました男達が銃を抱え。
無言で隊列を組んで、外へ駆けていく。
少年少女達も剣や杖、弓の状態を軽く確認した者が――次々と外へ駆けていく。
そして最前列の長椅子に座る三人の少年少女と……シスターっぽい格好をした。
金髪の女性だけが残った。
『こらぁああ! あんた達も行きなさいよ!』
マイクを握った金髪の女性は……残った三人に向けて叫んだ。
「教官! 自分達の魔力は残り少ないので! 今回はパスでオナシャス!」
刀を携え。
青い髪と瞳をした少年が、鍛えた胸板を見せ。
カロリーバーを一口齧って。
発情期のワンコの如く。
腰をカクカクと振りながら、笑顔で教官にウィンク。
割と美少年なのに『全てが台無し』という状況を彼は見事に表現している。
「そうよ! 腹が減っては戦が出来ないって、教官も言っていたじゃないですか!」
隣に座るのは真紅の髪と瞳をした少女。
少女は迷彩柄のコンパウンドボウを膝に置き。
齧りかけのカロリーバーを握ったまま。
片手を上げて抗議。
後は……余分に持ってきた、カロリーバーやお菓子に夢中だ。
「…………すみませんエルーナ教官。私では…………」
両手で杖を握る、ピンクの髪と瞳をした小柄な少女。
彼女は力なく呟き。
シュンと肩を落とし。
両手で顔面を覆い――握っていた杖が――カランと音を立て。
続いて、涙の粒もポタポタと床に落ちた。
「うわぁあああああああん! あたし! この二人と組みたくないよぉおおお!」
二人を率いる班長である、ピンク髪の少女は耐えられず号泣を開始。
残ったのは『あちゃ~』といった感じの困った顔と仕草をした、教官のエルーナ。
……問題児の3人だけだった。
エルーナは背後を振り返り。
わざとらしく両手を挙げて叫んだ。
「ああ女神様! この哀れな三人に道を示してください!」
エルーナの視線の先には女神像。
その背後には仕方なく……予算の都合で採用された物。
当たり障りのないステンドグラス。
割りとエルーナが気に入っている絵柄。
裸婦が描かれた、スラム街のラブホテル跡から鹵獲した逸品。
その最後の姿が映った。
ガシャァアン!
「きゃぁああああああ!」
エルーナは驚いた。
女神様が怒ったのだろうか。
ステンドグラスは木っ端微塵に砕け。
その中央にはステンドグラスを砕き。
バチバチと帯電した光の膜に包まれ。
飛び込んできた少女。
「マギサぁあああああああ!」
エルーナと同郷の異世界人。
先程までカフェで青年とコーヒーを飲んでいた少女。
魔女のマギサが……この世界へ転移で帰還してきたのだった。
ドカン!
マギサは唖然とする、問題児の前に着地。
大きく床を凹まし。
衣服に付いたステンドグラスを叩き……息を吸い込み。
発生した深刻な問題を解決する為に叫んだ。
「エルーナ! 直ぐに本社に電話して!」
「マ、マギサ何があったの!?」
「……パイロット候補がいきなり『転移』したのよ!」
そう言うと、マギサは小走りで移動をしながら。
ブレザーの内ポケットからメガネを取り出して装着。
何やらブツブツと呟きながら……教会こと……ブリーフィングルームを出て行く。
ブリーフィングルーム内では――焦った表情のエルーナが壁際に走り。
警報装置のスイッチを押し。
周囲には――けたたましい警報音が鳴り響き始めた。
エルーナは警報装置の横にある、固定端末の受話器を手に取り。
誰かに指示を飛ばし始めている。
何やら問題児の3人も急いで、身支度を整え始めている。
◇
「クラウゼ聞こえる?」
『お帰りマギサ。予定に無い転移を複数確認しましたが、何かトラブルですか?』
「……私が片道用の転移術式と魔力照射をしたら、パイロット候補がいきなり転移したのよ……転移先の予測座標を出せるかしら? 少なくとも、今の時期なら中部州内に転移する筈よ。それと後で、調べてほしい案件ができたわ」
最悪だ。
まさか、いきなり転移するとは思わなかった。
私と彼……パイロット候補にする予定の青年がいた場所。
駅前のカフェは……自爆テロ後の現場みたいになってしまった。
(私が見た限り、死者はいない感じが幸いだった……)
私は防御術式で無事だったから、尚更マズイと思い。
その場で緊急転移をしたから……私はもう。
(緊急転移の回数制限、転移用の魔力チャージの期間も考慮すれば、向こうの世界へ約一年間は、転移が出来ないだろう)
私は立場を気にせず、寛げる世界に行けなくなったのを惜しみ。
少し悲しくなった瞬間。
クラウゼの報告が、通信デバイスも兼ねた装備。
メガネの骨伝導スピーカーから響いた。
『マギサ、パイロット候補の生体反応と魔力反応を補足しました。転移先の予測座標は中部州、名古屋市郊外のスラム街です。鬼化の兆候は見られませんが、検出した魔力値から危険と判断。現場付近のハイウェイを市警察のSWAT部隊が哨戒任務中です。彼らを現場に急行させます』
◇
――名古屋市郊外 ハイウェイ上――
朝の渋滞ラッシュが過ぎ去った、正午過ぎのハイウェイの路上。
そこを行き交うのは、主に物流関係の無人車両。
赤い赤色灯、パトライトを輝かす有人車両。
名古屋市警察とペイントが施された、市警察所属の装輪式装甲車輌の車列だ。
そして、その上空20メートルを漂う、市警察所属の無人機(ドローン)の編隊。
更にその上空、50メートルから200メートル付近。
その高度では、何万機もの物流関係のドローンが飛び交い。
宛ら前世紀の空想科学の小説や漫画で描かれた世界。
未来都市の姿を実現させ……都市部の摩天楼の間や……郊外を行き交っている。
そんな光景が当たり前になっている者達。
その一部が装甲車の中で昼食を取っていた。
◇
『――続いて、次のニュースです。昨夜未明から今朝まで、名古屋市内のスラム街で続いていた暴動は、市警察当局の要請で介入した、PMCの軽攻撃機による空爆で、鎮圧が完了しました。また、空爆時に誤爆で全壊した州立戦災孤児院の児童や職員は――』
聞こえるのは、男性アナウンサーの淡々とした声。
モニターに映るのは、誤爆後の現場に繋がった映像。
そこには瓦礫を背景にクマのぬいぐるみを抱き抱え。
涙を流す、カラフルな髪と瞳をした子供達が映り――『ともだちをかえせ! へたくそ!』――などと、感情をぶちまけていた。
画面の上下にリアルタイムで表示され、横に流れるSNSのトレンドワードは『へたくそ』や戦災孤児の俗称である『ストチル』が堂々と上位に入る有様だ。
その映像を見つめ。
ため息混じりで、己の気持ちを吐き出す。
……男がいた。
「どのチャンネルも報道ばかりか~それに制空権内で誤爆とか……どこのPMCだよ」
装甲車内の後部搭乗員乗車スペース。
そこでは車内モニターに映る、メディアのニュース映像。
何度も聞かされる、似たような解説に嫌気を覚えた男がいた。
彼の目の前の足元。
そこにはテーブル代わりに使われ。
炭酸飲料の空き缶やノンアルコールビールの空き缶。
ツマミ類のパックや缶詰の残骸が、歩兵の如く…………デサントする装備。
収納された状態の担架の側面板があった。
彼はそこにドカっと――傷だらけのタクティクカルブーツを履いた足を置き。
経験上の勘で分かる時間帯。
束の間の休憩を寛ぎ……愚痴を吐いていた。
男はグレーのニット帽を被り。
全身を市街戦迷彩柄のグレーを基調とした、特殊部隊仕様の装備で固め。
右太腿にはレッグホルスターを装着、その中には一般警官が装備する9ミリ拳銃と違い。
50口径の銃弾を撃ちだす、大型自動拳銃が収まっている。
だが、この特殊仕様の装備も当然だろう。
この男が乗っている装甲車。
その砲塔部にはミニガンとグレネードランチャー装備の無人砲塔が搭載。
車体側面には『名古屋市警察 SWAT』とペイントされているのだから。
男はテーブルに置いた、ナッツ類を食べ尽くしたのに気付き。
左手で胸元のポーチから、市販のカロリーバーを取り出してボリボリ食べ始め。
右手で握った、500ミリサイズのPETボトルの飲み口を口元に運び。
ゴクゴクと飲むミネラルウォーターで……喉元を潤していく。
「仕方ないだろ。どっかの馬鹿達が暴動を起こすからさ」
もうひとりの男が軽やかに応えた。
彼もまた特殊部隊特有の充実した、装備を身につけている。
灰色ベースの市街戦迷彩柄のブーニーハットを被り。
上下共に同じ柄の市街戦迷彩服を着用。
右太腿には、カロリーバーを食べる男と同じく、レッグホルスターを装着。
その中にはダットサイトを装着した自動拳銃。
PDW(パーソナルディフェンスウェポン)用の銃弾。
5,7ミリ弾を撃ちだす自動拳銃が収まっている。
装填している弾倉はロングマガジン仕様だ。
腹部のマガジンポウチには10本近い、ロングマガジンが収まっている。
そんな二人の視界には、モニターに映る、夜空を輝かす爆発の閃光。
飛び交う銃弾、曳光弾の軌跡。
瓦礫の上で隊旗を突き刺し。
カービン銃を掲げて叫ぶ、市警察機動隊員達のニュース映像。
そして……アナウンサーの解説が、耳元に淡々と流れていく。
『――州政府は引き続き、市当局、州政府の戒厳業務委託先である【特別軍事法人NEET】との連携体制を万全の体制で取っており、市民には落ち着いた行動を呼びかけています。また先程、州政府の報道官からあった発表によりますと、州知事は本日正午、正式に州軍へ緊急待機を命じ、即戦予備役の呼集を開始。国防軍も警戒態勢を――』
どちらかが、チャンネルを変えたのだろう。
オカルト系のゴシップニュース番組が流れ出した。
雷雲の合成画像をバックに熱を込め。
落雷の効果音に負けない様に語る。
魔法使いの格好をした、おっさんが映っている。
『――皆様ぁあああああああ! 先週、九州方面の国境線付近の難民キャンプで発生した、連続爆破テロについて! 我が番組は新情報を入手したぞぉおおおおお! 現場付近ではなんと! カエル男達に続いて! 全身を緑の鱗で覆われた! レプティリアンの目撃例が相次ぎ! これに歓喜乱舞したまま! UMA捕獲に完全武装の一個中隊の編成で向かった! 我が番組のスポンサーにして! 現役の賞金稼ぎで爬虫類マニアとしても有名なぁああああ! 小林氏とその同志達からの熱いメッセージが届いたぞ――』
ゴシップニュースを見飽きたのだろうか。
カロリーバーを食べる男が車内モニターの電源を落とし。
口を開いた。
「鬼沢さんも戦闘データは見ただろ……スラム街の一件は暴動じゃないぜ。銃どころか、ダンプに機関砲や火砲を積んだ、テクニカル車両で大暴れ……これは戦争だぜ!」
「戦争か……確かに龍澤の言う通りだな」
鬼沢は龍澤の指摘に納得して頷く。
鬼沢と龍澤は共に第三次世界大戦を経験していた。
その当時、鬼沢は二十代前半の会社員。
龍澤はサバゲー好きな、引きこもりの十代後半だった。
二人が駆けた戦場は、今も銃声が鳴り止まないここ。
日本列島だ。
日米関係の悪化で起きた在日米軍の撤退、第三次世界大戦のきっかけになった内戦。
南北戦争後初となる、米国の内戦の影響が重なった結果。
日本国内では、複数のカルト集団が武装蜂起。
行政機関を襲撃して、無政府状態へまっしぐら。
それに合わせて、周辺国が邦人保護を名目に武力介入を大規模に開始。
ドロドロの内戦状態になっていった。
否応なしに戦場が日常生活になった二人は、比較的マシなモラルを備えた組織。数多くあった民兵組織の一つに入り込み。
そこで出会い、ペアを組まされて戦った戦友だ。
二人は何とか大戦を生き延び、終戦後は新政府の発足に伴い。
雨後の竹の子の如く増えた民間軍事会社。
日本国内では、PMCの略称で呼ばれる、会社でのお勤めを選んだ。
その後、鬼沢は十年近く国内外で軍事活動を行い。
数年前から、名古屋市警察に再就職。
常勤のSWAT要員として働いている。
対照的に龍澤は昨年末まで、国内最大手のPMCに所属して軍事作戦に従事。
今では色々あって、鬼沢の紹介と推薦で昨年末、名古屋市警察に再就職していた。
警察活動と軍事活動の違い。
経験や立場の違いからくる、感覚や判断に相違があるのも、仕方ないなと鬼沢は思い。
鬼沢は昔を思い返しながら……静かに口を開いた。
「そういや龍澤、今年の春先から俺達ってさ、何か忙しいよな」
「確かに自分が市警察に入った頃は、訓練期間が一ヶ月の内、一周間はありましたからね」
「しかも今は緊急出動が多くて、訓練途中でも出動で残業が当たり前……こんなの市警察に入ってから、初めてだぜ」
「ここのSWATは報酬も結果次第でたっぷり出るから、まだいいですよ。ああ~部隊の新設増強は無理でも、新人とか補充してくれないですかね~」
「どうだろうな……春先からSWATが死にすぎて、署長の話じゃ、選挙前の市長が、かなりご立腹みたいだしな。残ったのが俺達みたいな、問題児の部隊ばかりじゃ――」
鬼沢が全て言葉を言い切る前に、車内の照明は赤い警告灯に変貌。
サイレンが煩く。
ビービーと鳴り響いた。
前線車両の警告灯とサイレンを鳴らす原因は少ない。
車載センサーやレーダーが捉えた、対戦車ミサイルや自爆ドローンの接近。
照準用のレーザーやレーダー照射を浴び。
装甲車が挽肉を詰めた棺桶に変わるか、否かの瀕死の瞬間。
若しくは――市警察の司令塔。
市警察本部、そこから直接下される任務『急ぎの用件』だけだ。
「ちっ! 本部からか!」
鬼沢は緊張感を急いで纏い。
不愉快な感情を口から素早く排莢。
ガンラックにある自分の銃。
5、7ミリ弾を撃ちだす、カービン銃型のPDWを掴み。
装着している各種装備の点検も開始。
そして――スピーカーから――男性オペレーターの声が流れ始めた。
『本部より緊急指令! コード033発令、至急SWAT第四分隊は郊外廃墟郡の指定座標へ急行せよ! 繰り返す――』
「龍澤仕事だ。装備のチェックを済ましておけ」
「あいよ。鬼沢さん――おっ! そうだ」
龍澤はPETボトルの中身を飲み干し。
ゴミ箱にボトルとカロリーバーの包装用紙を放り込む。
そして、手馴れた感じで装備のチェックを済まし。
インカムと本部の通信をデータリンクで繋いだ。
龍澤は想定されるケースを考えながら……口を開いた。
「こちらSWAT第四分隊龍澤、オペレーター聞こえるか。任務内容の開示を求める」
緊急時に発令されるコード033が、緊急度の高さを示す。
その意味を龍澤と鬼沢は理解していた。
だが、任務内容の幅は広い。
それは銃撃戦やテロ攻撃、工事用の大型ドローンの暴走。
昨日あった、スラム街の騒動程ではないが、暴動に近い乱闘。
野生動物が人の居住エリアに侵入する事や、家畜の逃走劇。
その中には近年、軽装ながらも銃火器で武装を開始した、一般のレスキュー部隊ですら、救助出来ない……危険な環境にいる、対象の救助も含まれている。
『こちら本部、任務内容は人命救助との事。最優先コード033で実行命令がNEET側から――』
「龍澤は本部との通信を継続しろ。俺は担架を準備する」
「了解。そうだ鬼沢さん、明日の昼食のピザを賭けませんか? 俺は――」
龍澤は自分の座っていた、座席の下から黒い袋。
死体袋を取り出し一言。
「今回は仏の方に賭けますわ。お前らはどうするよ! ガンナーとドライバー!」
龍澤がそう呼びかけると、車内のスピーカーから、若い女性達の声が流れた。
『こちらガンナー、私は生きている方に賭けます。偶には生きた人を運びたいですよ~』
『こちらドライバー、私は仏になっている方かな』
「だそうです。鬼沢さんはどうします?」
「たく……お前ら……」
確かにガンナーの言う通り、春先から人命救助の通報で駆けつけ。
運んでいるのは死体袋に入る連中ばかりだ。
生きていたのは、今は署で留守番をしている、食い意地の悪い雑種。
警察犬に昇格した、大柄な元野良犬が一匹だけ。
だが、今回はどうだろうか。
鬼沢は龍澤達の士気も考え……口を開いた。
「俺は生きている方に賭けるよ!」
かくして、車内のSWATが全員参加する、不謹慎な賭けが始まった。
鬼沢は目の前でテーブル代わりに使っていた装備。
担架の側面板の端にビニール袋を持って移動。
デサントしたゴミを――龍澤が無言で足を動かし。
……名古屋市指定の業務用ゴミ袋に纏めて放り込む。
これで掃除は完了だ。
鬼沢はゴミ袋を近くの収納に放り込み。
担架の準備を始めた。
さっきまでテーブルだった担架の正体は、人工呼吸器や人工血液パック、人工心臓、人工肺、遠隔治療用のロボットアームなどの生命維持に必要な医療機器を組み込んだ装置が搭載された自律型自走担架。
世間では『人命救助ドローン』と呼ばれる、装備の準備を鬼沢はしていた。
お値段がこの装甲車より高かったりする、ハイテク満載の医療機器だ。
そんな貴重な代物を扱えるのも、特殊部隊故の贅沢か。
いや、一番贅沢なのはこんなに充実した装備で、人命救助される輩だろう。
『――繰り返す、最優先コード033で実行命令がNEET側から――』
本部と通信を行う龍澤は古巣の名称を聞き。
……微かな不安を覚えた。
(NEETとなると、戒厳業務の範囲か……嫌な予感がするぜ)
先程まで龍澤達が見ていた報道でも、触れていた存在『特別軍事法人NEET』は龍澤、そして鬼沢の古巣である。
銃爪を引け、それなりに身元が確かなら簡単に入れる、懐が広い会社。
第三次世界大戦後の日本の復興を原動力に勢力を拡大。
税の徴収すらも行政機関に変わって行い。
3割から4割は手数料として懐に頂き。
それらを根拠に税金の類いは一切収めない、尚且つ不逮捕特権まで持っている。
国内外から批判が殺到している、チートな武装集団である。
最も自称関係者の証言や流出したデータによると、生きて五体満足で尚且つ、精神面も無事で退職出来る社員は『一割もいない』に始まり『創業者達は地球外生命体』や『異世界出張がある』や『社内にエルフや獣耳が紛れ込んでいる』などと、都市伝説な風評も飛び交い。
創業者の一人は周辺国や同業者、国内外の各勢力から恨みを買い過ぎ。
暗殺の返り討ちが日常になった通称『異世界帰りの男』を二つ名に持つ男。
それらが国内最大の民間軍事会社。
特別軍事法人NEETに関し、世間や龍澤と鬼沢も知っている古巣の概要だ。
「どうした? 応答し――」
龍澤は突如途切れた、オペレーターの応答に違和感を覚えた。
だが、その原因は直ぐに……その耳元に聞こえてきた。
『――こちら戒厳司令官の鬼頭だ。SWAT第四分隊は速やかに指定座標へ急行せよ。任務内容は人命救助だ。繰り返す、任務内容は人命救助――』
◇
数分前――郊外廃墟郡――上空
「うぁああああああああああああああ!」
一人の青年が大空で叫びを上げていた。
その姿は宛ら、真っ青な大海で溺れ足掻く。
瀕死の遭難者。
或いはこの世に生まれ、産声を上げる赤子であろうか。
だが、この青年が一定の高度に留まる事は許されない。
何故なら青年には、翼も無ければ揚力もない。
人間だからだ。
それ故に青年は惑星の引力にガッシリと掴まれ。
所々砲爆撃の跡が残る灰色の底。
廃墟郡へ沈んでいく。
否――――直撃していく運命だ。
ガシャァアアアアアン!
ガラスの砕け散る盛大な音が響き。
ドボォオオオン!
舞い上がる水柱と水飛沫。
水面に波打つ波紋。
そして、水面に顔を出す……一人の青年がいた。
◇
バシャバシャ!
「げほっ! げほぉお!」
(やべえ! 死ぬマジで死ぬ!)
俺はともかく足掻き。
空気を求め――陸を求め――ガシッ!
岸をその手で掴んだ。
身体の痛みや、ずぶ濡れた不快な状態は本能が無視。
俺は肺呼吸を獲得した、両生類の様に陸に這い上がって。
ペタリと……床に倒れ込んだ。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
(一体どうなっている!?)
徐々に呼吸が落ち着き。
思考が冷静さを取り戻した俺は――思考を開始。
(俺は何をしていた……確か駅前のカフェで女子高生と話していた……その筈だ。それに何だ……俺は落下したのか?)
俺は寝そべったまま――周囲を見渡す。
場所は……何処かの廃墟のようだ。
造りからしたら、ショッピングモールだろうか?
「はぁ! はぁ!」
俺の視線は、ガラスの破片がパラパラと落ち。
ヒラヒラと見慣れた形状の紙……俺の財布に入っていた万札が舞う円形の穴。
青空を切り抜いた天窓の様な場所に向いていた。
俺はあそこから落ちたのか?
それに陽射しが強いし……セミの鳴き声?
(つうか……やべぇ……結局……俺は……無一文かよ)
その思考を最後に……青年の意識は途切れた。
◇
――十数分後――
――廃墟群 ショッピングモール跡地――
鬼沢達が向かった場所は、廃墟群のど真ん中。
途中何度か、チンピラ達の縄張り争い、銃撃戦の現場に遭遇。
だが、チンピラ達は装甲車両を見ると我先に逃走。
他の住人達も……怯える様にコソコソと……物陰に隠れていく。
スラム街という閉鎖環境、コンクリートジャングルの中で、食物連鎖の頂点に立つ存在。
逆らえば、確実に殺しに来る、官憲の鋭い牙。
それが、名古屋市警察特殊部隊SWATに対する、スラム街の住人達の共通認識だ。
だからこそ、鬼沢達は襲撃を受けず……スラム街の奥まで入る事が出来た。
鬼沢達がたどり着いた先は、廃墟郡の中でも、その中央に位置する一際大きな建造物。
ショッピングモールの吹き抜け構造のホールだった場所だ。
かつては多くの利用客が行きかった天井の下。
そこは行き交う人々を見守る、白い彫刻の女神像に見下ろされ。
地下水を汲み上げて湛えた、白い円形の噴水を中心にした。
人々の出会いが交差する、憩いの空間だった空間だ。
だが、噴水だった白い空間は女神像だけを残し。
噴水の周囲ごと真下に数メートルは陥没。
今では木漏れ日が差し込む。
底が見通せる程に……透明度の高い泉となっていた。
◇
「……なんだよ。これ」
人命救助ドローンの右側面を守りつつ。
PDWを構えた鬼沢は声を漏らした。
「どう見ても、一万円札だよな」
同じく左側面を守る龍澤が片膝を床に付き。
片手でカービン銃を構えたまま。
辺りに散乱する……紙幣。
今では使われなくなった紙幣…………一万円札を確認しながら応えた。
「で、アレが救助対象か?」
「みたいですね……何とか岸に這い上がった――!?」
「息があるようだ! 前進」
「こちら龍澤。車内の二人、賭けは鬼沢さんとガンナーの勝ちだ」
龍澤はインカムで隊内通信を使い。
賭けの結果を報告。
『こちらガンナー了解~周囲に敵はいませんので~今の内にお早く~』
少し陽気な感じが漂う、ガンナーの返事を聞きつつ。
鬼沢と龍澤は目元に装着した装備。
サングラス型の情報デバイスのセンサー類が表示する、周囲の情報を確認した。
本部へリアルタイムでデバイスから送信する現場映像。
そこには速やかに本部から――赤い追加マーキングで強調表示された人物。
目の前で俯せになったままの……救助対象を確認。
二人は銃を構え。
人命救助ドローンに足並みを揃えて――前進。
周囲に銃口を向け安全を確認。
「クリア!」
「クリア……おい! 大丈夫か!?」
龍澤は救助対象に駆け寄り。
声を掛けた。
鬼沢と龍澤は、泉の岸で奇妙な青年を発見して救助。
青年は出血を伴い……ずぶ濡れになっていたが……息はしているようだ。
人命救助ドローンは、龍澤に青年から離れるよう促し。
素早く青年に近付き――内部に自動収容すると――診断と治療を開始した。
同時刻――民間軍事会社関連施設――環境体験型訓練施設。
――――転移陣――――
◇
そこは周囲を木々に囲まれた……湖畔の砂浜。
砂浜の中央部に浮かぶ……青く輝く魔法陣。
転移陣は地面から少し宙に浮き。
回転を続け――この世界へ転移者を――運んでいた。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
ズシャ!
転移陣から『また転移者が』吐き出された。
彼は砂浜へバンカーに打ち込まれた、ゴルフボールな感じで着地。
如何にもオタクっぽい、金髪メガネで太り気味の青年だ。
先に転移してきた、小柄な男が両手を挙げ。
口を開いたまま、驚愕の表情で驚き。
互いに視線が交差。
ブランド物の白いスーツを着た、小柄なイケメンホストっぽい茶髪の男だ。
どうやら、この二人と砂浜に両膝を付き。
両手を頭に載せ。
ズラリと並んだ数十名近い…………男性達が、此処に転移してきたようである。
『そうだ! 全員、両手を開いたまま頭に置け!』
男達は真正面の湖上に浮かぶガンボートから、特殊部隊風の男達に銃口を向けられ。
……唖然としていた。
砂浜の両翼には、揚陸艇から上陸した集団が、既に展開して男達を包囲。
様々な銃を構えた、特殊部隊風の男達、そして残りは剣や刀、杖や弓を構えた。
冒険者風の少年少女達だ。
――数時間後――
――名古屋市郊外廃墟群 数百メートル上空――
既に星が輝く時間帯になった頃。
周辺情報を収集しつつ。
タンデムローターを搭載した、人員輸送ドローンの中から……。
地上の様子を気に掛ける者達がいた。
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次話の投稿は02月12日16時58分になります