どうやら俺は記憶が混濁していたが……ようやく状況を理解した。
俺は異世界転移をしたようだ。
それも並行世界。
いわゆるパラレルワールドと言われる。
現実とよく似た異世界へ。
壁全面がモニターになって、今日のニュース映像を写し。
……程よい音量で、俺にこの世界という現実を伝えてくれる。
窓は無いようだが、ニュースの時刻を見ると……既に夜だ。
「――そうそう、医者が今日は軽い食事なら、大丈夫と言っていたから――」
ベッドで横たわる、俺の目の前。
そこには、俺を転移させた張本人。
カフェで出会った、自称魔女の美少女。
マギサが笑顔で丸い座椅子に腰掛け。
青いリンゴを果物ナイフで剥き。
脇のサイドテーブルに置いた、白い丸皿に置いていく。
サイドテーブルには、紅茶とティーセットもあるようだ。
俺はどうしても気になり……マギサに話しかけた。
「すみません……この世界のリンゴって……何でそんなに青空みたいな……色をしているのかな……遺伝子組換えですか?」
そう、青いリンゴといっても、青空の様に皮が真っ青なのだ。
因みに中の実は……薄い水色っぽい。
俺の常識では、遺伝子操作した産物にしか見えない。
「……あら大丈夫よ――」
シャリ。
「私の故郷ではこれが普通のリンゴよ。こっちでもリンゴは赤よ……あなた達、普通の人間でも、安全に食べられるわ」
そう言うと、マギサは切り分けたリンゴをつまんで……齧ってみせた。
「君の故郷って外国かな?」
地球といっても、ここは並行世界。
俺のいた地球には存在しない果物や国家。
民族や人種……『普通の人間』という表現から察するに。
人間以外の知的生命が存在しても、不思議ではない。
「私の故郷は地球とは違う……異世界よ。少し事情が複雑だから、詳しい説明は後でするわ」
その後、俺はマギサと異世界原産のリンゴを食べ。
出された紅茶と思っていた、異世界のお茶を飲んだ。
このお茶は紅茶でなく。
竜の巣の近くで取れる野草を使った、ハーブティーのようだ。
見た目はまんま、紅茶だが名称は『竜茶』といって、この激甘の青いリンゴを食べながら、一緒に飲むのが、一般的なようだ。
味はお茶といった感じで、青いリンゴ程の驚きはなかった。
そして小一時間程……マギサとお茶を飲みながら、大まかな話を聞いた。
まず先に話されたのは、俺の世界で起こっていた、例の振り込み失踪事件。
その一部は、マギサ達が行っていたようだ。
だが、大半は誰が行っているのかは、動機も含めて不明。
そして失踪した方々の消息や、生死も不明だそうだ。
俺も報道レベルで知っているが、急激に失踪する人が増えた事。
その状況に危機感を覚え。
マギサが自ら俺のいた世界に乗り込み。
以前からマークしていた対象の一人。
俺を身柄保護の観点から、転移させたそうだ。
今現在、得られる情報からして、マギサは俺の命の恩人と言えるかもしれない。
(しかし……マジで異世界かよ)
そして、マギサの世界は剣と魔法、モンスターが存在する世界。
所謂、ファンタジーな世界の類いと考えればいいようだ。
(今のところ俺が分かった他の情報は、ここが近未来の地球の並行世界。それも第三次世界大戦後の日本国内……マギサがこの世界では、民間軍事会社の幹部という事くらいだ)
そして今、俺は部屋を移動している最中だ。
服装は白い入院着といった感じである。
俺の隣にはマギサ。
周囲には、サブマシンガンを持った筋肉マッチョの黒服。
その中には黒人や白人も混ざっている。
「着いたわ……適当に座って頂戴。それと、あなたのスマホが見つかったから、渡しておくわね」
「ありがとう」
「通信は無理だけど、記録装置や目覚まし時計としては使えるから、転移者は重宝しているわよ。時刻は手動で修正してね」
俺はマギサからそう言われ。
傷だらけになった自分のスマホを渡された。
そして映画館の様な部屋に通され。
部屋の中には座席がズラリと並び。
……俺は一番見晴らしが良さそうな中央の席に座った。
護衛は部屋の外で警備に当るのだろう。
……ここにいるのは俺とマギサの二人きりだ。
マギサも隣に座り。
「今から、私の故郷、異世界に関する情報を映像資料で説明するわね」
マギサがそう言うと部屋の照明が暗くなり。
……映像資料が大画面に映し出された。
◇◇◇
――数時間後 深夜――
俺は先程の病室の様な部屋に戻って……一人でボーッとしている。
近くのサイドテーブルには、マギサに渡されたスマホ用の充電器。
予備のモバイルバッテリーや、ミネラルウォーターの入ったPETボトル。
俺の世界でも売っている、箱詰めのカロリーバーが……置いてある。
消費期限を見ると、俺の時代から十数年は先だ。
見た感じが、そんな長期の保存食でもない事から……やはり違和感が残る。
流石に並行世界だと、アダプターや電源の規格が違うようだ。
並行世界から来た、俺みたいな人用に用意した、専用の変換アダプターもあるようで幸いだ。
そして手元には傷だらけになった、米軍の調達要求基準を満たしたグッズ。
ミルスペックの防水ケースを装着した……俺のスマホがある。
スマホ本体が無事なのは凄い。
(ぼんやりとしか覚えていないが、確か高所から落下する、記憶はあるから……尚更だ)
今日はもう寝ろと、マギサや医者にも言われたのだが、仕方ないだろう。
寝る前にスマホを弄るのは……習慣なのだから。
そもそもここは圏外だし、ソシャゲでも遊べない。
因みに向こうの世界、俺の世界で手に入れた万馬券の成果。
諭吉達は何枚か回収したが、後日渡すそうだ。
「それにしても……何か面倒な事に巻き込まれたな」
見せられた映像資料によると。
マギサの世界では一万数千年前。
創造主である優しい神々に恐れられ、地上にマギサの出自である種族の魔族が追放され。
賢い神々の支援の元、独自の文明を築いて謳歌していたそうだ。
だが、魔族が許せなかったらしい優しい神々は、魔族を滅ぼそうと地上へ侵攻を開始。
それを哀れみ、魔族を支援した賢い神々は、地上に多くの亜人種の軍勢を送り込み。
大規模な戦争が勃発。
結果はマギサの出自である種族。
魔族と亜人種側、優しい神々を裏切った眷属の人間が勝利。
その後、魔族と賢い神々は、優しい神々の最後の生き残りの女神を捉え。
それまで実現不可能とされていた魔術。
完全死者蘇生魔術の触媒にする為、黒い炎を顕現させて、女神を燃やし尽くし。
世界に光り輝く女神の遺灰を撒くと、その後、マギサの世界ではゲームでお馴染みの復活の呪文とでもういうべき『死者蘇生の魔術』が使えるようになり。
その後の世界秩序は、死者蘇生を司る機関である教会『救済教会』と戦争に勝利した先住種族である、魔族側を中心に世界秩序が形成され。
今は教会の代表者、女神の代理人達を決める、戦争の最中だそうだ。
詳細は分からないが、戦争の原因は代理人の後継者が、居なくなったからみたいだ。
(そして、今いる世界は並行世界の地球か……)
この世界は近未来の並行世界の地球だ。
大まかな歴史は一緒だが、細部が異なるらしい。
映像資料を見る前に見たニュース。
そこに映る、この世界の日本での止事無き方々。
……その御姿は、俺の記憶にない方々だった。
明治維新以降の元号が全て、一緒だったのは意外だ。
これじゃ苗字が一緒なだけの、他人様の家に上がり込んでいる。
そんな奇妙な気分だ。
もはや並行世界なら何でもアリと考えないと、俺の思考が耐えられないだろう。
その辺で悩むのは、残る決断をした場合、大いに無駄だと思い……直ぐに止めた。
そして、この世界の別の変化点に注目した。
圧倒的に違うのは、第三次世界大戦後の近未来である点だろう。
(ニュースの天気予報図を見た限りじゃ、九州の北部に国境地域が出来て、琵琶湖が割れて海になっているとか……変わりすぎだな)
予定では、明日にはここを離れ……魔女であるマギサと契約を行い。
女神を目指す戦争に参戦する、参戦者の一人になるか。
或いは記憶を消した状態で、元の世界に戻るか……選べるそうだ。
(そういえば、参戦者のルールだったか)
俺はスマホのカメラで記録した映像を静止画にして拡大。
『参戦者のルール』を確認する。
当然だが契約をしない場合。
この世界で、俺が記録したデータ類は消去するそうだ。
それでもいいのなら、撮影してもいいと言われた。
後、俺の世界のスマホは、セキュリティが意外と固いらしい。
この世界での、部外者への情報流失の懸念は無いそうだ。
「それにしても、ルール多すぎだろ……」
そのルールというか、女神の掟とやらは全て。
先ず『女神の奇跡を統べたい者達よ』で始まるようだ。
俺は記録したその一部を見ていく事にした。
<女神の奇跡を統べたい者達よ。武器を携え、黒き炎が生まれた、始まりの丘に集え>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。黒き炎に両手を入れ、汝の輝きを受け取れ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。汝が手にした輝きには戦いの軌跡が鎖として紡がれる>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。戦いの期間中の奇跡は行い難いものと心得よ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。女の参戦者は女神に敬意を払い、魔女を名乗れ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。一陣営で奇跡の代行者になれる魔女は108人までだ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。参戦する陣営の数は108までしか許されない>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。全ての陣営が集いし日から108時間は宴の席を催せ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。全ての陣営が集いし日から108日後が開戦の日だ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。開戦後に参戦者を迎える際は魔女の輝きを分け与えよ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。輝きを分けた魔女は参戦者を守る義務と責任を負う>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。全ての参戦者は自陣営の魔女を守る義務と責任を負う>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。108回奇跡を統べる者が決まらぬ時に奇跡は消える>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。108年を過ぎての戦いは奇跡を汚す冒涜である>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。戦いが108年を過ぎた時、異界より異形が顕現する>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。108年を過ぎて別世界に留まる輝きは無効となる>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。半数以上の魔女の輝きを手に入れ、黒き炎に捧げよ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。捧げた輝きが柱になれば勝利は誠だ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。捧げられなかった輝きの持ち越しは出来ない>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。奇跡の代行者は奇跡の対象外である>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。奇跡の代行者による就任中、退位後の婚姻を禁じる>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。奇跡の代行者の就任期間は、一人辺り108年までだ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。一度退いた奇跡の代行者の重祚を禁じる>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。最後の奇跡の代行者は開戦の年を決める権利を有する>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。魔族の参戦の有無は魔族の掟で個別に束縛される>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。神話の戦いに基づき別世界の異邦人の参戦を認める>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。黒き炎を管理する教会を創設し奇跡を公平に運用せよ>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。教会が堕落したならば殲滅と新教会の創設を認める>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。教会は反乱勢力の殲滅、若しくは鎮圧する責任を負う>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。教会は神代の武器を悪用する者の殲滅する責任を負う>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。別世界の神による戦いへの介入を排除する義務を負う>
<女神の奇跡を統べたい者達よ。統べる者達が決まった日から108時間は皆で祝え>
ハッキリ言って、このルールを全て覚え。
正確に立ち回るのは難しいのかもしれない。
どうも掟に出てくる『奇跡の代行者』とやらにマギサは成りたいようだが、別の呼び名である『女神の代理人』や、単純に女神の方が、呼び方としてはマギサの故郷。
死者蘇生の魔術が使える、異世界では一般的なようだ。
この掟には載っていないが、死者完全蘇生魔術は各種族の寿命の範囲内で、108回は使えるようだ。ただ108回という最大回数に近付き、寿命が近いなどの要因があると、死者完全蘇生魔術の成功率は必然的に下がると、マギサから口頭で教えられた。
人前では誤解をされる、その可能性があるから言えないが、人が争い競う状況。
それは戦争であろうが……ゲームの一種だと俺は思う。
(見た限り、異世界人も参戦出来るようだし……それに神話の構成から察するに、地上に様々な種族が降臨して、戦ってきた歴史があるのだろう。気になるのは108の数字や時間、回数がやたらと多い。この辺は除夜の鐘でお馴染み……仏教っぽい感じも漂っている)
この他にも掟はあるようだが、俺が見た限り好きになった掟。
心に響いた掟が一つだけある。
それは――女神の奇跡を統べたい者達よ。
「……汝の手にした輝きを最後まで守り抜けか……」
俺はそのままスマホを握り。
ウトウトして寝落ち……朝を迎えたのだった。
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05話は明日の朝
02月13日06時43分の投稿になります。
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