舞踏会に疲れて女神の塔へいったとき、僕はベレト先生とリシテアの姿を認めました。そういえば二人とも、いつのまにか舞踏会場からいなくなっていて、どこにいったのだろうと思っていたのですが、まさか、こんなところで逢い引きしているだなんて……。
「こんばんは、先生。奇遇ですね」
リシテアが先生にいいました。月夜のきれいな晩で、二人の顔がはっきり見えています。
「ひょっとして、踊り疲れたのですか? 先生はみんなに人気ですからね」
「そんなことはない」
あいかわらずの表情で先生は答えています。
「……きれいな夜、ですね」
話すことがないのか、リシテアは夜空を見上げました。こうして見ると、リシテアの白い髪の毛が夜の闇に映え、どこか神秘的ですらあります。ましてや彼女は美少女。生意気なところもかわいいと僕は思っています。
「怖くないか」
先生が、リシテアの顔を見ながらいいました。
「それはどういう意味でしょうか」
「お化けが出るかもしれない」
「はあ」
先生の言葉にリシテアはため息を吐き、首を振ります。
「またわたしを子ども扱いですか。いくら先生だからって許しませんからね」
リシテアが返すと、先生は少し笑いました。
(わ、笑った……あの無表情の先生が、笑った……!)
僕は内心とても驚いていました。あんな先生の顔、初めて見たかもしれない。
「からかったわけではない」
「じゃあ何なんですか。お化けお化けって、わたしを怖がらせようとしているでしょう?」
リシテアがむきになっていうと、先生は微笑みを崩さずにいいます。
「心配している」
「どうして先生から心配されないといけないんですか。わたしになにか不満でもあるんでしょうか」
「不満はない」
「先生、この際だからはっきりしておきましょう。わたし、天才なので何も問題ありませんから」
「不安だ」
「ふ、不安!? な、何をいってるんです! わたしは……わたしは誰にも負けないし、誰よりも…………」
沈黙が流れました。
「……すみません先生。ちょっといいすぎてしまいました」
「いや」
先生はリシテアのそばに寄っていきます。
「心配しているのは、先生としてではない」
「だから心配なんかし――え?」
リシテアが目を丸くし、先生を見上げました。
「……それは、あの、どういう……」
「リシテア」
先生が真面目な顔になりました。
「愛している」
「あ、あ、あ、あ、愛っっ!!??」
(先生っ……歳下好みだったんですかっっ……!!)
先生の手がリシテアの肩に乗ったとき、彼女は体を震わせました。
「じょじょ冗談ですよね、先生。そんなこといわれてもわたし……」
「冗談ではない。本気でいっている」
男の僕がいうのもおかしな話ですけど、そのときの先生の顔は月の光に照らされて美しく、息を呑むほどだったのです。
リシテアの頬がぽっと赤くなりました。
「で、でも……先生と生徒――」
「先生と生徒ではなく、男と女として、だ」
「…………」
リシテアはうつむいて黙ってしまいました。その小さな心臓はきっとどくどく脈を打ち鳴らし、苦しいほどに違いありません。
「わ、わたし……」
リシテアがいい終わる前に、先生はぎゅっと抱きしめました。
やさしい夜の闇が二人を包み込み、再び月に照らされます。
「リシテアは子どもじゃない」
先生は彼女の顔を間近で見つめながらいっています。
「いまは大人として……」
「はい……」
覚悟を決めたようです。二人はキスを交わしたあと、対面座位で先生の天帝の剣の上にリシテアは腰を下ろしました。
「ああっ……!」
女神の塔に声が響きます。誰かに聞かれたら相当まずい状況です。
「……怖くないか」
先生が優しく訊ねました。肩に手を乗せ、リシテアは首を振ります。
「怖くなんか……」
「そうか……」
先生はリシテアの背中に腕を回すと、ゆっくり舟を漕ぐように体を揺らし始めました。
「すっ……はっすっ……はぁすっ……はぁ」
リシテアは泣いていました。涙をこらえながら。
「痛くないか」
「大丈夫です」
「無理はしてない?」
「ええ」
長く、非常に長く二人はつながっていました。
舞踏会もまもなく終わりを迎えるでしょう。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……!」
先生の体の動きに合わせ、リシテアの声が早くなっていきます。
「あっ、あっ、あっ……先生、わたしおかしくっ……」
先生は黙ったまま動きを止めません。そのうち背中を持つリシテアの指がぐっと引きつったようになります。
「先生、だめっ……もっ、もうっ……!!」
「いく……リシテア、一緒にいこう……」
「ど、どこへですか……わたし、怖い……」
「怖くない……いくときは、一緒、だから……」
「先生っっ!!!」
リシテアの小さな体が震えたとき、先生はそれを抱きしめ、同様に体を震わせました。
「うっ……!」
二人はしばらくそのままの状態でじっとしていましたが、やがて、どちらからともなく離れました。
「あっ、あっ、あっ……ああぁああぁあああっっっっっ!!!!!」
リシテアは大泣きし、先生の腰にがっちりとしがみつきます。
やさしく頭を撫でながら、先生はいいました。
「怖かっただろう。それでいい」
僕は一部始終を見届けたあと、女神の塔を去りました。
何か、美しいものを見たような気持ちになって。