挿絵ちあ先生(https://www.pixiv.net/users/1749919)
付き合う一歩手前の距離感というものがある。
告白すれば明日からでも彼女になるような、そういう関係性。極限まで打ち解けつつ、一方でまだ確定はしていない緊張感を孕んだ空気感。
それがオレとユウリの間にあると言ったら、流石に勘違いだと笑われるだろうか。
「わーかわいいお菓子」
ユウリはその日、オレの家でテレビを見ていた。
「このスイーツ期間限定なんですね。今度買ってこようかな。並ぶのかなあ」
「SNS映えしそうだしオレも欲しいなあ。まあ、並ぶだろうけど……」
相づちを打ちながらチラリと視線をやると、すぐ隣で体育座りをしているユウリのつむじ。いつものベレー帽はリュックの上に置いてあった。
ピンク色のシャツワンピの丈は普段ならば気にならないが、そんな座り方をして大丈夫か。ちゃんとスパッツはいてるんだろうな? と少しそわそわしつつ、テレビに視線を戻す。
ユウリはチャンピオンになってからは人目が気になるようで、よく家に来る。シュートシティに借りている彼女の部屋もあるのだが、うちがお気に入りのようだ。まあ、引っ越したばかりのユウリの部屋にはまるっきり生活感がなくて、どう形容しても倉庫か独房ってかんじだったからな……。
それはいいんだけれど。
距離、近くないか?
ソファでユウリが腰を下ろした位置は、どう考えてもオレに近すぎる。でかいソファにはいくらでも空いているところがあるというのに。更に言えば、ソファどころか同じ革素材のセットで買ったスツールも空いてるし、敷いてある毛足の長いラグマットも座るのには充分だ。
「ふお!」
なんて思っていたら。
体育座りをしたユウリの膝が少しだけ脇腹に当たって、変な声が出た。
大袈裟に飛び跳ねてしまってちょっと恥ずかしい。
「んん?」
「いやちょっとびっくりして」
目を輝かせているユウリから良からぬ気配。
「キバナさん脇腹が弱点なのでは」
「違います違います」
「えい」
ユウリが手を伸ばし、オレの腰を両サイドからくすぐった。
「ぎゃっは! やめろって!」
仕返しにこちらも手を伸ばす。
「ききません! 私はおなか強いので!」
ドヤ顔だが、ユウリは墓穴を掘った。
くすぐりに強いので、ではなくおなか強いので、ってことは、弱いポイントがあると自己申告しているようなもの。
「こっちか!?」
「ふぎゃ!」
首元を掠めると、大当たりだ。ユウリは面白いように跳び上がった。
「首はだめー!」
振り払ったユウリが、バランスを崩す。
暴れた足がソファの背を蹴ってしまい、オレの方に前傾していた姿勢のまま、倒れ込んでくる。
「うお」
そのままオレを押し倒し、ソファの上手い位置には収まらずにずり落ちた。
「おおお」
ひっくり返って天井が見える。
そうして気がつけば。
オレは上半身が床のラグマットの上、下半身はソファに乗ったままの、頭に血がのぼりそうな体勢でユウリを抱きかかえていた。
ふざけすぎた、あぶないあぶない。
怪我がなくて良かったと思いつつ、起き上がろうと少し頭を上げて、身を起こす。
と。
目前に、オレの腕の中で顔を上げたユウリ。
「あ」
不意に我に帰る。
オレの顔にかかる色素の薄い髪のいい匂い。厚みのないちいさな身体の、それでも存在する重み。その身体も女になろうとしているようで、胸元に感じる膨らみのやわらかさ。
「あ」
遅れてユウリも同じように声を発した。
彼女の白い肌が赤くなっている。
オレももしかすると同じように赤面しているかもしれない。
目が合う。
ひきよせられるように、どちらからともなく唇を重ねた。
「ん……」
唇を離したユウリは恥ずかしそうに俯いた。もしかしてもしかするといや全く根拠のないオレの推察でしかないんだがこれはユウリのファーストキスなのではないだろうか。
「キバナさん……すきです」
彼女が呟いた告白は本当にちいさく。首元に顔をうずめて、耳元で囁くようなこの至近距離でやっと聞き取れるようなか細い声だった。
「……っ、オレも、好き」
起き上がろうという予定を変更し、そのまましばらく、オレの上に乗っかったユウリを抱き締めていた。
ユウリがもっと大人になるまで待つべきなんだろうけど。
彼女があと何年もオレを好きでいてくれる保証がない以上、オレはそこまで良い大人にはなれなかった。
ただ、急ぐ必要もない。
なるべくゆっくりと関係を進めていけば良い。今はデートしたり、軽いキスをするくらいに留めて、ゆっくりと。
そう思っていたのだが。
計算に入れていなかったオレが愚かなのだが、関係を進めるのは必ずしもこちらからではないのだ。
「じゃーん! テレビで見たスイーツ、買ってきちゃいましたー!」
「おお! すげー! チャンピオン特権か!?」
「違いますよ! ちゃんと並んで買ったんですからね~」
「写真撮っとこ。これSNSに上げていい?」
「どうぞどうぞ。マリィにもらったお茶があるのでポット借りますね」
そう言ってユウリは席を立った。
リビングと一体型になっているキッチンは、ソファの後ろにある。
お茶の支度を待っている間、ケーキを写真映えするように卓上で整え、よいアングルでカメラに納める。
「よし。いいかんじ」
ソファにもたれて、撮れ高を確認してにんまりしたそのときだった。
「キバナさん」
「ん」
後ろを振り返る。
ソファの背もたれ越しに、ユウリから不意打ちのキス。
なんてかわいいことをするんだ。
と、心拍数を上げた矢先。
ちろ、とちいさな舌先がオレの唇を舐めた。
「!?」
動揺しているうちに、押しつけられた唇が離れる。
ユウリの大きなアーモンド型の瞳が、至近距離の上目遣いで照れ笑いをした。
「えへへ」
遠のく顔を、後頭部に掌をやってもう一度引き寄せたのは無意識の行動だった。
唇をあわせる、のみに留まらず。
触れあったまま口を開いてそのちいさな唇を舐めると、ユウリが驚いて身体を跳ねさせた。
「あ」
何か言おうとしたのか感嘆詞として発声したのかわからないが、口を開けたそこに侵入しない手はない。
歯もちいさくて、絡め取った舌もちいさい。
すでに息が上がっていて、隙間から漏れる吐息もかわいい。
「ん、んう」
身体を固くしながらも後ろに退こうとはしないから、嫌ではないのだろう。
口の中をたっぷり味わってから唇を離すと、のぼせて涙ぐんだ瞳と目が合った。
「ユウリ……」
くったりしたユウリの頭を抱き締める。
……これはキスの範疇だからセーフ。
「もしもし、もうちょっとで着くよ」
編み上げのブーツが軽快に、迷いなくワイルドエリアを進む。
見かける一般のトレーナーは歩を進める毎に少なくなり、本当に人気がない辺りまできて、初めて辺りを見回した。
「どこ?」
お茶会はいつもこの辺り。ワイルドエリアの端っこだ。滅多に他のトレーナーが来ないような、強いポケモンの多く出る地区。
「巨人の帽子らへん? もっと先? えっと、あ、あれかも」
通話をしながら黒っぽいテントを発見し、つい小走りになってしまう。
扉の前に辿り着くと、外から一応声をかけた。
「マリィ」
テントの入り口をめくって、先ほどまで通話していた相手、マリィが顔を出す。キャミワンピの上にいつものライダースジャケットではなく、ラフなパーカーを羽織ってくつろいでいる様子だ。
「来たね、ユウリ」
少し手間取るブーツの紐を急いで解いて、テントの中。マリィの隣へ腰を下ろした。
「上手くいったっぽいね」
マリィはにやにやしながら、食べていたお菓子の袋を私の方に向けた。
「わかる?」
そこからチップスを一枚取って口に運びながら、こちらも頬が緩む。
狭く薄暗いテントの中をスマホの光だけが照らしていて、まだ陽はあるけれど内緒話には最適な雰囲気だ。
「どこまで行ったん? えっちした?」
「えっ!? そ、それはまだ……」
顔が熱い。
「なんか、すごいキス……した」
「おめでとー! やったじゃん!」
「ありがとね……色々と」
「あたしもあんまり上手くいくから楽しくなってきちゃったよ」
マリィは得意げに笑う。
そう。最初に告白されたとき。
そのときからすでに、マリィの作戦の上だった。
「めっちゃ近くに座んな」
「不審がられるんじゃないかなあ。近すぎるって言われたらどうしよ?」
「ええ、気付きませんでしたぁ。無意識にキバナさんの近くに座っちゃったみたいですぅ。って言っておけば大丈夫」
高い声色を作ってマリィが寸劇のような調子で答えた。
「じゃあじゃあ、逆に無反応だったら?」
「くすぐる」
「そ、そんな大胆な。変な顔されたら?」
「うちのポケモンたちくすぐると喜ぶんですよぉ。最近キャンプしてるとくすぐりあいっこがすぐ始まっちゃうんですぅ。って言っとき」
「……っ、わ、わかった……、やってみるよ……!」
そんな会話が展開されたのは、二ヶ月前のこと。
キバナさんとつきあい始めた、ということをその日のうちにマリィに電話したのは、自然な流れだった。
それからは会う度に、どこまで行ったの~? なんて聞いてくる。
マリィの満足するような報告は、毎回毎回特になく。
つきあったその日にキスをしてから二ヶ月。まるで進展がないものだから、私も段々と不安になってきていたときだった。
ユウリから不意打ちでキスしてみよう。更にやれそうなら唇を舐めろ。
と、マリィから提案されたのは。
たまたま席を立ったときにチャンスが巡ってきたから、恥ずかしさを堪えて実戦してみたら、キバナさんは思った以上に喜んでくれたようで……。
「どうやって不意打ちしたの? それでどうなったん? どうなってそうなったん?」
「ええー、えっとね……」
説明するのも恥ずかしいが、作戦の首謀者が求めているのだから仕方がない。
わー! とかきゃー! とかリアクションのすごいマリィに、しどろもどろになりながら昨日のことを話した。
「あー! 楽しかった! ごちそうさま!」
「お楽しみいただけてなによりです……」
「次はどうする? 今週末デートするんでしょ?」
「次ぃ!?」
「どこで何時待ち合わせなの、作戦立てよ。デートプランは?」
「もう、無理……これ以上は、心臓がもたないから……」
「ええー」
昨日だって、どきどきしすぎてどうにかなってしまいそうだったのに。
これより先があるなんて、信じられない。
「ごちそうさまでした! おいしかった!」
ハロンタウンにはないような高級レストランにも、段々と慣れてきた。
本日は週末といえどもナックルジムに用があった多忙なキバナさんと、ジムの通用口で合流。天気が良かったのでワイルドエリアで遊んでから、キバナさんが予約してくれていたレストランで晩ご飯を食べた。
個室というほどではないが、私たちだけ通路から見えない離れた席に案内されたのは、レストラン側の配慮なのだろう。
食事を終え、美味しくて可愛いデザートの盛り合わせまで堪能してからレストランを出ると、キバナさんがふとあらぬ方向を見た。
「キバナさん?」
「ん、なんでもない」
なんだろう。また記者に写真でも撮られていたんだろうか。
だとしても、私たちが熱愛報道されるなんてことはない。仲良し兄妹ですね~って書かれるだけで大したネタにはならないから大丈夫だ。ちょっとがっかりするけど。
お昼からずっと一緒にいたのに、一緒に過ごす時間はあっという間だ。
夕飯を食べたら解散になるのがいつもの流れ。
……ここで、もっと一緒にいたいです、とか言ったらどうなるのかな。
なんて。
なーんて。
考えるだけで、とても口にはできない。
そんなことを考えながら、ナックルシティを駅まで歩く。
キバナさんから手を繋いでくれて、うれしくてスキップしたい気分だ。
「夜だけど、今日は晴れてて星がよく見えるなあ」
「ほんとですね。ワイルドエリアでキャンプしてたらとても綺麗に星が見え……」
見上げた頬に、雨粒。
「え」
ぽた、ぽた、と大粒の水滴が舗装された道の色を変えていく。そのスピードは見る間に上がって。
「うわ」
「え、ええ?」
突然の雨は、もちろん私の仕掛けたなにかではない。
駅まで辿り着けば屋根なんていくらでもあるが、まだ少し距離がある。
どこかお店の軒下で雨宿りをしてもいいけれど、どのくらい降り続くのだろう。数十分、一時間とこんなずぶ濡れでそこにいれば、風邪を引いてしまうかもしれない。
「とりあえず近いから、うちに来るか」
「え、え、ひゃい!」
盛大に噛んでしまった。
意識しているのがバレバレで恥ずかしい。
キバナさんの家にはよく行くけれど、いつもはこんな夜には解散になっている。
「ちょっと走るぞ。転ぶなよ」
彼は私の手を握り直して、夜道を走った。
「……大変な目に遭ったな」
持ち物の無事を確認し、ずぶ濡れになった服を洗濯してもらいつつ順番にお風呂に入って、少し落ち着く。
「そうですね。びっくりしました」
雨がリュックの中まで染み込む前にたどり着けてよかった。寝間着にしているTシャツとハーフパンツも、替えの下着も、綺麗な状態でリュックから出てきて助かった。
そうして私も部屋着を着ているのだが、お風呂上がりのキバナさんももちろんそうだ。
その姿を、つい観察してしまう。
ヘアバンドは家ではよく外しているけれど、髪を解いた姿は初めて見た。場所によっては私と同じくらい長さがありそうだ。
「ん?」
視線に気付いて、ドライヤーで髪を乾かしているキバナさんが顔を上げた。
「あ、髪の毛長いなって思って」
「ああ、結んでないと結構印象変わるよな」
言いながら、乾かし終わった髪を結わえる。
「結ぶんだ」
「んー、寝る前には解くけど、邪魔だから起きてる間は結んでるかな」
そうしながら、彼は何気ないことを聞くように言った。
「ユウリ、今日は泊まっていくだろ?」
心臓が跳ねる。
「は、はい!」
「オレのベッド使えよ。オレはブランケットあればソファで充分だから」
「でもキバナさんの方が大きいですし」
「家主特権で決定権はオレにあるのでダメでーす」
強引な理由で寝室に連行される。
よく遊びに来るとは言っても、その部屋に立ち入ったことはないので、なんだかどきどきする。お風呂を使わせてもらったときも、まじまじとシャンプーの銘柄なんかを見てしまった。
「そこのベッドサイドランプ使っていいから。コンセントも。寒かったら収納に入ってる毛布もあるし自由に使って」
言いながら作り付けの収納を開けて見せた。
一通り説明をして、キバナさんは部屋を出て行こうとする。それを、説明してくれた収納スペースの傍らに立って見送った。
「じゃあおやすみ」
あの、一緒に寝ませんか。
なんて。
なーんて。
とても言えない。
「は、い、おやすみなさい」
「……」
そんな私の顔を見ながら、キバナさんはゆっくりまばたきをした。
ドアノブに手をかけつつ、そこで静止している。
「キバナさん?」
なんだろう、声に出てたわけじゃないよね。
「今日は何も仕掛けてこないんだ?」
「っ、えっ!?」
後退った拍子に後頭部を壁に打った。
ごん、と盛大な音が響く。
「ユウリ!?」
「いっ……た」
思わずその場にうずくまる。
「だ、大丈夫か!? たんこぶ出来てないか!? すごい音したぞ!」
キバナさんが心配そうに駆け寄ってくる。
「へ、平気です、あはは……」
しゃがみ込んだまま、同じように膝を付いて覗き込むキバナさんと目があった。
「は……」
色っぽい重ための瞼と、口角を少しだけ上げて微笑む唇。そのまま首をすこしかしげる。彼は返答を待っている。大丈夫か、のひとつ前の質問の答えを。
「……何か仕掛けてもいいんですか」
「いいよ。……いや、やっぱそれは違うか……うーん、オレがずるいな、これは」
考えるように口元に手を添えて、彼は視線を逸らした。
「ユウリはまだちいさいからオレから何かしちゃいけないって思って。でもそっちから来るんなら……なんて考えはずるいな」
それは私に言っているのか、自分に言い聞かせているのかわからないような呟きで。
褐色の肌に映える青緑色の瞳が、もう一度こちらに向いた。
「オレからも、いい?」
「……っ!」
いい? と聞いたのに、返答を待ってはもらえなかった。
顔が近づく。キスをされる、と思って目を瞑る。
意外なことに、その唇がおでこに触れる。
目を開けると、頬に、そして唇のほど近くに。
大きな掌がキスをしたのと違う側の頬に触れて、ゆっくりと耳の辺りを撫で、髪をかき上げるようにして頭を抱く。
指が髪を梳く感触に意識をやっていると、一瞬触れるようなキスを唇に落とされる。
それが二度、三度。
続いて唇の柔らかい感触の隙間から、濡れて温かい舌先の感触。
「ん」
その瞬間に背筋が震えて、よくわからない感覚にぐっと奥歯を噛みしめた。
「ユウリ、口開けて」
「あ……」
言われた通りにぎこちなく口を開くと、私とはサイズの違う舌がねじ込まれた。
「ん、ふ」
たまらず肩をぎゅっと掴む。
薄手のカットソーから骨張った身体の温度を強く感じて、ただ服の上から触れているだけなのに、掴んだ掌に汗が滲んだ。
絡め取られるのに任せて、舌を絡める。
息が苦しくて、頭の芯がぼーっとし始めるまで、それは続いた。
ゆっくり離れてゆく唇を目で追う。
お互いの唾液で濡れてつやめきながら、彼の、私を食べてしまいそうな大きな口が動く。
「もっと……先まで進んじゃおっか」
「あ……」
上手く言葉が出てこない。代わりの意思表示として、肩を掴んでいた腕を遠慮がちに首に回した。
「ん、いい子」
しゃがみ込んで抱きついたまま持ち上げられて、すぐそこにはベッドがある。
その事実だけでもう、正気を失いそうなほど動揺していた。
丁寧にシーツの上に下ろされるのが、コマ送りのように感じられる。キバナさんが着ていたカットソーを脱ぐ。男の人の胸は隠さなくてもいいもののはずなんだけれど、いけないもののように感じて目を逸らした。
ベッドの上で私の方もTシャツとハーフパンツを脱がされて、下着が見える。
つきあい始めた頃からちょっと意識して、後ろで止めるタイプのものにした。それを見られるのは想定内中の想定内のはず。
なのに。
すでに沸騰したように全身が熱い。
「あ、上下おそろいのやつ。かわいい」
褒めてくれてもなんにも言えない。
恥ずかしくて恥ずかしくて。
「取るよ?」
「ひゃい……」
正面から視線を受けられなくて、身体をひねってなんとか隠そうとする。
無意識に手が胸元を彷徨った。
それを見たキバナさんが、困ったように眉を寄せて笑う。
「ユウリ、ぎゅってしよ」
覆い被さって抱き締められると、その大きな身体にすっぽりと収まってしまう。
そうしていると、少し落ち着いてきた。
大好きなキバナさんの肌に直接触れて、その存在に包まれている安心感。体温。いい香り。心臓の音。
「ふあ……」
首筋に顔を寄せて、キバナさんの唇が触れた。
触れたところから、じんわりと気持ち良さが広がる。
首はくすぐったくて苦手なはずなのに。
息が上がってしまって上下する、ほとんどぺったんこな胸に唇が降りてくる。
胸の先に唇が少し掠めて、大きく身体が跳ねた。
「……っ!」
自分がしたリアクションが恥ずかしくて、ぎゅっと唇を噛みしめる。
さきほどキスをしたときのように何度もついばまれてから、濡れた舌の感触が押し当てられる。ぐっと閉じた口の中で、吐息を噛み殺した。
「そんなこわばらないで、力抜いて」
つっぱってシーツをぐっと押さえつける足を撫でられる。
「ユウリはただ、気持ち良くなるだけでいいから」
下着が下ろされて足を離れると、身体を隠すものがいよいよ何もなくなってしまう。羞恥心よりも心細いような不安感があったが、目が合って微笑んでもらえると、少し緊張が和らいだ。
掌がおへその辺りに触れて、ゆっくりその掌が、徐々に足の付け根に向かう。
指の先がその真ん中に落ちて、なぞる。
「ふ、あ!」
その刺激に目を見開いた。熱くて、じくじくと痺れるような感覚が、指の先に沿って広がる。彼の指がつるつると滑って、その湿った感触が恥ずかしい。
彼の身体が下に下がる気配。足の間に、キバナさんの身体が割って入る。つまり、ほとんど閉じていた足が大きく開かされる。それだけで充分限界なのに。
「だめ……!」
そこに顔を埋める彼の意図は、知識の少ない私でもわかった。
「ひゃ、ああ!」
叫んだ、と言ってもいいような声が出た。
舌先ではなく舌の広い面を押し当てられると、ほとんど全体が覆われてしまう。
ざらざらして、濡れて、やわらかくて、温かい。
「あ、ああ」
言葉が出てこない。言葉にするどころか、何も考えられない。
涙がつうっと零れた。
押しつけられた舌が上下して、その度に声が漏れる。目の前がちかちかする。
涙で濡れた髪がシーツと肌の間で、少し冷たい。
「指、入れるな?」
ごつごつした指の入ってくる異物感と、私の中よりも温度の低い違和感はかろうじて脳に届いた。
でも、続けられる舌先の動く感触が強烈すぎて、それもすぐによくわからなくなる。
指が出し入れされるのにあわせて溢れてくるぬるぬるした体液が、おしりまでつたっていった。
「かわいい、ユウリ……ここ、こんなちっちゃくてもちゃんと感じるんだな」
顔を上げて、とろんとした青色の視線が恥ずかしい場所と私の顔を交互に見やる。
「やだあ、みないで」
「大丈夫だって。ちゃんとかわいいから」
進展したい、なんて思っていたのに。今は次々と上がって行く段階に目眩がする。
「ゆび、増やすよ」
一度引き抜かれて、再び入ってくる。押し広げられる感覚。
「あ、う」
「痛くない?」
確かな圧迫感があるけれど、それは苦痛というほどではない。
「いたく、ない、けど」
ただ、埋まっているのはキバナさんの、指だ。
指も長くて、爪の形も綺麗だな、なんてうっとりと眺めていた彼の大きな手。それが、自分の中をまさぐってうごめいている。
「こんな、恥ずかしいこと、あ……っ」
バラバラに曲げたり伸ばしたりを繰り返す、その動きを意識すると頭がおかしくなりそうだ。
「これからもっと恥ずかしいことするんだよ」
ゆっくりと引き抜きながら耳元で発せられた台詞に、自分でもよくわからない高揚で身を震わせた。
回らない頭でぼーっと彼の所作を追う。ベッドサイドに手を伸ばして取り出したものがなんなのか、知識としては一応知っている。続いて、下を脱ぐのがわかって慌てて目を逸らした。
「ちゃんと入るように、ちょっと協力してな?」
膝の裏を掴まれて、大きく足を開かされる。
押し当てられたそこに、体重がかけられてめり込む。
「は、う」
内臓があがってくるような圧迫感に、息が詰まった。
苦しい。
「ユウリ、息吐いて」
言われた通りにすると、あわせてもう少し奥まで、割り開かれる衝撃があった。
鈍い痛みと、押し潰されそうな息苦しさ。
「いい子、ユウリ、もうちょっとだけ、我慢して」
シーツを掴んでいた手を取られ、指を絡めて握られる。
言葉は吐息混じりで、彼が興奮しているのがわかる。濃い肌の色から判別しづらいが、目を細めて微笑みかけてくれる頬は上気していた。
彼のそんな顔を見るのも、そんな声を聞くのも初めてだ。徐々に深くなる侵入は苦しいのに、胸がいっぱいになった。
やがて、そのせり上がる感触が止まる。
「全部入ったよ。きついな、がんばったな」
労うように、大きな掌が顔にかかった髪を撫でて、額にキス。涙で濡れている目元にも。
唇同士が合わさって、深くなる。キバナさんがたくさん入ってきてしまう。
舌を絡めているうちに、身体の中がじわじわと熱くなって、もどかしい感覚に腰がゆれた。
「あ、はあ……」
「気持ちいいの?」
腰を回されて、じんじんと響く鈍い痛みの中に、ぴりぴりした甘い感覚が広がる。その動きが段々大きくなって、言いようのない気持ちよさが圧迫感に混ざった。
「ふあ、きもち、い」
「ああ、どうしよ、やべ、うれしい」
背を屈めずに密着して抱き締められると、彼の胸に顔を押しつけるくらいの高さだ。胸にぎゅっと抱き締められるのが心地良い。じっとり汗ばんでいる背中に手をまわした。
「ユウリ、ユウリ」
浅いところから深いところまで、中を擦り上げて行き来する度に、つま先から頭のてっぺんまで電気が走ったような刺激で満たされる。
耳元に降ってくる吐息が愛おしくて。身体の奥の飲み込まれそうな快感が少しこわくて。汗ですべる背中を必死に掴んだ。
気がつけばたくさん涙がこぼれていた。
「キバナさ、キバナさん」
「ん。ユウリ、すきだよ」
掠れて上擦った声は優しいけれど、打ち付けられる激しい動きは止まらない。
奥に強く押し当てられて、背骨に突き抜けるような強い強い痺れが走った。
瞬間、頭がまっ白になる。
「あ、ああ!」
大きく叫んでしまった高い声が、厚い胸板と腕の間でくぐもって響いた。
それから3日後の黒いテント女子会。
「この前のデートはどうだったの」
「ん……」
どうもこうも。なんだけど。
そこを目指してきたはずなのに上手く言えなくて、私はマリィの前でもごもごと口ごもった。
「進展した? ねえ?」
「まあ……した……かな」
「そっかーよかった!」
自分のことのように満面の笑みを浮かべるマリィは友達思いなのだろう。
マリィの渡してくれたホットティーを飲みながら、その笑顔にほっこりする。
「あたしお手柄だね! 二人のデートを監視して雨降らした甲斐があったよ」
「……え?」
飲んだ紅茶を吹きそうになった。
雨……降らした?
「雨、マリィのせいだったの!?」
「当たり前じゃん気付いてなかったの」
「気付かないよ! だって! なんでいるの!? 夕飯どこで食べるかなんてマリィに言ってないし!」
「そんな情報レストラン入る前からずっと尾行してたんだから必要ないよ」
ずっと? ナックルジムからずっと着いて来ていたというのだろうか。
「マリィの夕飯は……」
「そんなんレストランの建物の隙間でしょくぱんとモーモーミルクだよ」
「ええ……もう張り込みじゃん」
人のデートに対するやる気がありすぎてこわい。
それに、あまごいを使って雨を降らせたのだろうが、彼女のポケモンにそのワザが使えそうな子がいただろうか。
「あとマリィの手持ちに水タイプなんていた?」
「レパルダスもドクロッグもズルズキンもあまごいは覚えるよ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。勉強不足だねチャンピオン」
あきれた、みたいな声で言われましても。
釈然としなさすぎる。
「覚えられるとしても……マリィのチーム、あまごい覚えて意味ある?」
水系のワザなんて出さないのに。
「は?」
寝耳に水、という顔。
そんなに的外れなことを言っただろうか。
「今回役に立ったばっかりだよ! ばり意味あるとよ!」
「……そっか」
マリィがそれでいいなら何も言うことはない。
「あ、そう言えば今日はすごく良いお茶請けがあるんだった。待って」
マリィが立派な箱をリュックから取り出す。
「昨日ね」
「うん」
「キバナさんからあたしに、お礼状付きの高くて良いお菓子が届いたから、一緒に食べよう?」
それを聞いて、私は今度こそ盛大に紅茶を吹いたのだった。