harmony victims 作:タツキチ/Nawy Finance
原作:ハーモニー
タグ:R-18 残酷な描写 リョナ レイプ 妊娠 残酷な描写 IFストーリー 孕ませ 快楽堕ち
バグダッドに御冷ミァハが現れていたら? というifをもとに霧慧ヌァザに捕まったミァハがヴァシロフらの裏切りであれこれされます。
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〈etml:lang=ja〉
〈body〉
いまから語るのは、
〈declaration:valculation〉
〈pls:惨敗者の物語〉
〈pls:繋囚者たちの物語〉
〈eql:つまりわたしと、もう一人〉
〈/declaration〉
わたしがあの宣言を出してから、
〈item〉【宣言】〈/item〉
〈description〉WatchMe使用者の集団自殺事件。老人たち〈paraphrase:主体派〉に〈/harmony〉プログラムを起動させるためわたしが仕組んだ、人々の自殺。生府の下にある人間の半数以上を自殺、または他殺を仕向けことによって死に至らしめることを宣言し、そして、わたしがその手段のために零下堂キアンを殺してしまった宣言。
わたしは本拠地のチェチェンから生府未認証の交通機関を乗り継ぎ、遠路遥々バグダットへと訪れていた。
〈reason〉
霧慧トァンに出会うために。
夕暮れの湖畔、遠景にそびえる医療都市の摩天楼。世界医療の中枢がこれほどの近さにありながら、主体派はわたしを捉えることすらできない。なぜならここは、ゾーニングの外だから。ここを往来する人々は宣言の混乱すら知らない。
〈list:people〉
〈i:肥満になっても高カロリーの食事を続ける人〉
〈i:中毒と分かっていても酒を嗜む人〉
〈i:肺を患っても煙草を喫する人〉
生府傘下の日本と違って、バグダットの街々には様々な人間が往来していた。
〈i:暴力を解決手段として持つ人〉
〈sim:銃を持つ人〉
砂っぽい往来から現れた、似つかわしくない小綺麗なスーツ姿の男が当然のようにわたしの傍に就く。エリヤ・ヴァシロフ。インターポール所属の、わたしと同じ反主体派。
「ラジールカ」
ヴァシロフは気障な笑みを浮かべながらサングラスを外し言う。
「来たれり」
長く伸びた髪を少し掻きあげ、横顔を明らかにしながら合言葉を返した。
男の全身を横目で追う。この男が、わたしを守る。WatchMeもなく、自分の命に何の保障もない場所では必要なことだった。
「お初にお目に掛かります。御冷ミァハ様」
ヴァシロフは大げさ仕草でわざとらしくお辞儀をしてから、名刺を差し出した。わたしはそれを受け取り、スカートのポケットから一冊の本を取り出して挟んだ。
「丁度いいから、栞に使わせてもらうわ」
「へえ、本ってのは、そうやってマーキングするものなんですね」
わたしは無視して本をポケットに戻す。
「こゝろ、と言う本ですか。おれも今度読んでみます」
「あなた、日本語が読めるの……」
「ええ、捜査で必要になったことが。それに、日本人だったあなたのためにも覚えておいてよかった」
ふん、と世辞で笑ってやったが、気をよくしたのかヴァシロフは軽口で言葉を続けている。その言葉は古めかしく、女を誘うような美辞麗句だった。まるで二〇世紀のラブスーリーにありがちな、つまらない口説き文句。辟易しているわたしをよそに、会えて光栄だ、とか歯の浮くような言葉を並び立てている。
赤い夕焼けが沈みかけ、すでに日没に近づいてきた頃。瓦礫にまみれた大河の川辺が、彼女──旧友──との待ち合わせ場所。多様な人々の往来も減り、直近の道路には〈大災渦〉の爆弾が壊しきれずに遺した廃屋を庇代わりに浮浪者が横たわっている。
河へと至る道の人通りの中に、血のように鮮やかな紅いマントが揺れるのを見た。ヴァシロフもそれに気付いてか、スーツを直す仕草で懐の銃を確かめた。上級螺旋監察官であることを示す赤いマントに、同じような褐色の長い髪。トァンだ。霧慧トァンがわたしに会いに来てくれた。
〈delight〉
「ねえ、知ってる……」
わたしは叫ぶように声を張り上げた。赤いマントがこちらに気づいて翻る。
「なんで、この一帯をメソポタミアって言うか、知ってる……」
沈む夕日の最後の光の一筋が、赤い影を照らした。眩しげな表情のトァンが、そこに立っていた。
「メソポタミアって、二つの河の狭間って意味なんだよ。知ってた……」
「チグリスとユーフラテス。その二つの河のことね……」
聞きなれた声と比べると、少し低いながらもくぐもった感じのない通る声が答える。
わたしはつい、くすくすと笑う。トァンは決して笑うことなく、同時に拳銃を取り出してこちらへと向けた。
「エリヤ・ヴァシロフ。なぜあなたがそこにいるの」
ヴァシロフも同時に銃を抜いてトァンへと向けていた。
「俺にもいくつか事情があってね。ミァハ様に選ばれてここに立ってるってわけさ」
一歩前へ出たヴァシロフが先ほどの軽口とさほど変わらない口調で言い、わたしへとウィンクする。
「ミァハ様・……御冷ミァハ。随分と出世したものね」
「あなたもね。トァン」
トァンはやれやれと呆れ混じりに身につけたマントをみやった。
「ミァハを追って、そして今こうして出会うために、こんなものまで手にしてしまった。あなたは今のわたしを、どう思うかしら」
「そう、紅い髪と紅い長衣……とっても似合っているわ」
「そんなこと、聞きたくて来たわけじゃない」
トァンが声を張り上げる。
「あなたはなぜ、そこにいるの。十三年前に自殺したはずなのに、なぜそいつと一緒にそこにいるの……あのキアンを死なせておいて、あなたはなぜまだ生きているの……」
トァンは返答次第では容赦しない、とばかりに拳銃の撃鉄を上げた。
「ハーモニー、だよ」
わたしが答えても、トァンは意味がわからないとばかりの表情だ。
「人間の思考の葛藤を調和して、世界にハーモニーをもたらすんだ。わたしが生まれたばかりの頃にあった魂の調和。主体派の老人たちはみんなそれを恐れて尻込みしているものだから、世界中のみんなにも与えてあげるため、わたしは誰を殺してでもそれを世界に示してやるんだ」
トァンが不快感に、怒りを湛えた面持ちになる。
「そのためならキアンのことも、仕方なかったっていうんでしょうね、きっと」
「ええ、言うわ。『仕方なかった』」
一陣の風が吹いて、わたしの髪がはらはらと横へ流れる。と、トァンは銃を撃った。浅い色をした髪の毛先が少し剥がれて、数本が風に乗って吹き消えていく。ヴァシロフは怪訝な顔をしてなお銃をトァンのほうへと向けて応戦しようとしたが、わたしは手でそれを制止した。
「わたしにとっては、仕方なくないわ。誰も死ななくてよかった」
「そうだね。でも本当は、これ以上死人は出したくないんだよ」
トァンに近い瓦礫に、ちらりと動く人影を見た。わたしはその正体をすぐに理解できた。
「でもね、主体派の人間だけは別。わたしの邪魔だけは絶対にさせない」
ヴァシロフに目配せする。あの瓦礫に気をつけろ、と。
「誰があなたの邪魔をするって言うの……世界はもうどうしようのないところまで来てる。あなたの宣言が無効になったことが世界中で理解されない限り、人々は自殺するか、あるいは隣人を殺し続ける。あなたは、あなたを苦しめた世界に復讐した。これで生府の信頼が揺らいで、新たな対策が取られることになる。もしかしたら各国生府そのものが瓦解するかもしれない。それで十分じゃない」
「そうじゃないんだよ、トァン」
そう、トァン。あなたを呼んだのは、あなたに会うためだけじゃない。
「ねえ、トァン。あの宣言の前にも、世界中の生府の下でたくさんの子供が自殺したわ。私がこんなの間違ってるって言ったら、あなたのお父さんはなんて答えたと思う……『仕方なかった』って言ったんだよ」
父という言葉に、トァンは反応を示す。彼女もまた、父に会いたがっている。それは、もうすぐなんだよ、トァン。
「ねえ、子供たちの自殺と、わたしの仕組んだ自殺、何が違うと思う……わたしがやったのは一過性の恐慌に過ぎないけど、生府は順応を拒む子供たちに慢性的な死を与えているんだよ。ねえ、本当に仕方のなかった死は、どちらに与えられるべきだと思う……」
「それは──」
トァンが口にする言葉を迷っていると、一人の男の声がそれをさえぎった。
「愚問だな。御冷ミァハ」
瓦礫の影から現れた男はトァンの父、霧慧ヌァザその人だった。ヴァシロフが再度銃を構えてヌァザへと向ける。しかしヌァザは至極落ち着いて言葉を続けた。
「生府の存在は、破壊的な人間の欲求、意思から生まれた〈大災渦〉の裏返しだ。人々の意思は流動的だ。だから、社会構造は新たな脅威の存在にも免疫的に働いて人類を存続させることができる。意思のない世界はひとつの脅威に対して無力だ」
「愚かなのはどちらかしら、ヌァザ博士。生府の傘下ならともかく、こんなところでは暗殺されこそすれ敵を逃がすだけだよ」
驚愕するトァンに、ヌァザが肩を取って抱き寄せる。それは親子の愛情に溢れたものと見るには白々しく、娘を盾に取る行為だ。そして彼はトァンに対する以上に、わたしに対して、哀憐の表情を浮かべていた。
「トァン。先に謝らなくちゃいけない。お前がこうして自由にここまで来られたのは、わたしを含む主体派が彼女を追うためだった。もしかしたらそれこそ、ミァハが君をここへ呼んだこと自体、わたしを見つけるためだったのかもしれないが」
ヌァザが言うと、トァンは疑念のこもった目でわたしを見る。
「ふふ、図星と言ったところかしら。でもトァン、あなたに会いたかったのは本当」
トァンは混乱する。どちらの味方に付けばいいのか。父か、わたしか。トァンの手が震え、わたしへ向けた銃の狙いは定まらない。
「ねえ、ヌァザ博士。トァンはその銃でわたしを撃てるかしら……でもね、この男は、あなたを撃ち殺すことを躊躇しない。トァンは傷つけたくないけど、それでもどちらがこの場で優勢かしら……」
ヌァザは精悍な顔つきを崩さない。横の男、ヴァシロフにヌァザを撃つよう目配せする。ヴァシロフはにやりと笑った。
「なあ、ミァハさん」
ヴァシロフがよく動く口を開く。
「男が女の言うことを聞く理由ってのは」
思いがけない言葉だった。無駄話をしている場合ではない。ガードの男の意見などどうでもよかった。ヴァシロフはヌァザに対して顔と銃を向けたまま更に続ける。
「昔っからたったひとつだけなんだぜ」
ヌァザが頷く。それは、ヴァシロフに対してだった。ヴァシロフは銃口をスッと下ろし、わたしの命令に逆らって──
バンッ。
わたしがヴァシロフへと顔を向けるのと、彼が銃を撃つのはほぼ同時だった。わたしは衝撃に耐え切れず、張り倒されたように地面へと倒れ込む。突いた手に砂利がめり込んで痛んだ。
「え」
片足が痺れて動かず、小鹿のように震えていた。上体を上げて痺れる脚を見ると、弾の貫通したスカートごしにじわじわと血が滲んでいた。貫通した反対側の銃弾の出口からは、赤い雫が放射状に地面へと吹き付けられていた。
ヴァシロフは、わたしを撃った。痛みを感じず力が入らない違和感だけが全身を巡っていた。
トァンがパニック気味に銃をヴァシロフへと向けたが、すぐにヌァザが銃口を押しのけてトァンからもぎ取った。
次はお前か、とばかりにヴァシロフがトァンに銃を向ける。
「やめろ」
ヌァザが叫んだ。すると、ヴァシロフは素直に銃を下ろして懐に戻した。
「ヴァシロフ……あなたは……」
息も絶え絶えにわたしが声を発すると、ヴァシロフは「しゃべるな」と凄む。
「太ももの血管がずたずただ。下手に体力を使うと、わからんぜ」
トァンがわたしの元へと駆け寄ってくる。泣きそうな顔で傷を見て、わたしの顔を覗き込む。
「裏切り者」
わたしは怨嗟を込めて、ヴァシロフに言った。
そのうち脚が痛みを感じ始めた。夜の冷風さえ、衝撃的に筋肉が反応する。わたしは久々の激痛に、胎児のように身体を丸めて震えていることしかできなかった。
すぐそこには、わたしを撃った男と霧慧ヌァザが立っている。地面に伏しているのはわたしとトァン、二人だけだった。
「ミァハ、ここに来たのは、迂闊だったな」
ヌァザが冷ややかに言い放つ。
怒りと痛みに、ぎりぎりと歯軋りしながら二人の男を睨み付けたが、やがて意識が朦朧として、そこでわたしは気を失った。わたしの敵たる霧慧ヌァザとヴァシロフに対して、無防備な身体を差し出すしかなかった。
気絶から急激に意識が目覚めるのを感じた。夢から引きずりだされ、まぶたを開くことも忘れて暗闇で目を覚ましてしまったかのような錯覚に陥る。
異様な熱気があたりを包んでいるのが肌で分かった。そこは先ほどの冷たい風が吹く河原でもなく、病院のやわらかな寝台でもなかった。ベッドというにはあまりに粗雑で硬い床に、毛布を纏うでもなく身体を横たえていた。ぼんやりとした視界と聴覚に、低い男の声が響く。
「WatchMeの正常な動作を確認。意識レベルが回復した」
はっとして、わたしは首筋に触れる。そこには、あの忌々しいWatchMeのコネクタがつき刺さっていた。日本や、老人たちの手を離れて、せっかく引き剥がしたWatchMeが、また自分の身体の中に打ち込まれていた。
「大腿部の銃創も六割方治癒している。立つことはまだ難しいだろうが、ストレッチ程度の運動は可能だろう」
また、低い声が告げる。この声には聞き覚えがあった。冴紀ケイタだ。日本人のWatchMe第一人者。ならば、ここは日本だろうか……。
「おい、目が覚めてるならさっさと身体を起こしな」
もう一人の男が乱暴に言うと、わたしの頬をはたいた。
「うっ」
痛みに声が漏れる。脚の痛みはそれほど強くなく、確かに起き上がるくらいなら十分にできるほど回復していた。
身体を起こして、部屋を見渡す。牢屋のように何もない薄汚れた狭い部屋に、WatchMeの端末とわたしのベッドだけがあった。そして、冴紀ケイタと霧慧ヌァザ。他の何人かの男たちは、螺旋監察官の制服のもの、世界保健機構WHOのお雇いPMRSの制服を着ているものなど様々で、またいかにもスパイといった風貌の小綺麗なスーツ姿の男、エリヤ・ヴァシロフも居た。
冴紀ケイタは部屋の隅でカタカタとWatchMe端末を操作している。ヌァザが男たちを制止すると彼らは一歩引き、彼は前に出てわたしと向かい合った。
「ミァハ、お前の計画は失敗した」
わたしは死刑宣告のようなその言葉に、あえて笑みを浮かべて返した。ヌァザは不敵な表情のままこちらを見下している。
「生府が公式に首謀者であるお前の逮捕を公表した。脳の報酬系の操作原理の論文は公開され、各地で批難の声が上がってはいるものの、いまや生府の転覆はありえない。なぜなら生府の庇護なしに生きていくことは人々にとって不可能だからだ」
「わかってる。あんな宣言だけじゃ、何にも変わらないことなんて。だから嫌だったんだ。だからハーモニーで何もかも変えてやらなきゃいけなかったんだ」
平静を保ちたかったが、言葉を続けるにつれ除々に語調が強くなるのを抑えられなかった。
「ハーモニー、か。お前の協力次第では、全世界を調和に近づけることも不可能ではないかもしれないが……」
ヌァザは言う。しかしわたしはその言葉に、もはや嫌悪感を抱くことしかできない。
「脳の調和状態における魂の消失、これを解決できれば精神症など一部の患者に対して、数十時間のセラピーよりも効果的、迅速な治療が見込める。ただ、今のところはハーモニクスを元に戻すと、病状まで戻ってしまうのが現状だ」
「わたしがあのプログラムを書いたのは、そんな目的のためじゃない。だからそんなことに使えるようにはなってない。洗脳するために、あれを使う気……」
「だから、ミァハ。お前の協力が必要なんだ。プログラムの改変、記述とお前自身の脳にある無意識の駆動系、それらをすべて引きだして解明できればより良い医療が実現できる。いまだに手の届かないところへ到達することができる」
「そうすれば、自殺する子供も救うことができる、とでも言うのかしら」
「そうだ」
「だから、違うのよ」
思わず叫んでいた。生府に頭を支配された人間。あなたたち大人にこそ、脳の治療が必要なんだ。
「そんなのは洗脳と同じよ、ヌァザ博士。アドルフ・ヒトラーは演説によって群衆を洗脳し、国を導いたわ。そして、それにはユダヤ人という共通の仮想敵が必要だった。今の社会はわたしたちのような子どもをユダヤのように仕立て上げて、処刑しているのと同じ。まるで殺すことに違和感を持たず、今度は死よりも残酷な未来を与えようとしてる。そんなのはもう、まっぴらなんだ」
「ヒトラーの理想に現在のような医療の拡充があったのは事実だ。しかし我々はナチスではない。彼らの破滅を参考にして、回避することができる」
「そんなの、聞き飽きた。今のこの社会を見ても、そう言い続けられるあなたに話すことも、手伝うことも、ない」
「そうか、それは残念。君にとっても、ということになるかな」
わたしはその瞬間、自殺を試みた。身体が拘束されているわけではない。いくらだって方法はある。わたしは頚動脈に、自分の爪を勢いよく差し込む。鋭利な中指の爪が、わたしの首から噴水のように血を噴出する出口を創ってくれるはずだった。
「冴紀博士」
ヌァザが短く合図した。振りかぶったわたしの腕は空中で静止し、だらりとベッドへ落ちた。
「大脳の擬似意識野を操作。調和状態よりも報酬系の幸福状態を高く設定した。彼女が自殺することは、これでなくなった」
冴紀ケイタが淡々と手順を説明する。よりによって、この男たちにわたしの脳を操作されるなんて。
「ふむ、成功だな。直接的に行動まで操作して自殺させるなんていう曲芸レベルの命令は、ミァハくらいしか記述できないと思っていたが」
ヌァザが感心して言う。これでわたしの要素がひとつ不要になったということに、安心するように。
「自殺を強制させる走査プログラムを読み込んで改変した。まだ自殺をさせるか止めさせるかくらいまでのものだがな」
皮肉だった。わたしがわたしのために書いたプログラムが、いとも簡単にわたしを苦しめるために作り変えられるだなんて。
「我々を甘くみないことだ、ミァハ。このプログラムはお前が宣言で設定した日にちよりも早く完成していた。そもそも自殺を止めるワクチンを作ることができれば、ハーモニーを発動させるまでも無かったのだ」
「そんな」
「お前のプログラムの原本はもう手に入れている。ヴァシロフという男を甘く見すぎたな。他の報酬系の操作プログラムを書くことも、それほど時間が掛からずに実現するはずだ」
わたしは思わず泣き出しそうになった。涙を流そうとするわたしの意識。もはや男たちに対抗できる武器はない。その結果、わたしの意識が選択した方法は、泣く事だった。わたしがチェチェンのバンカーでロシア将校に犯されているときに得た最初の武器。意識を得て最初にした行動。それが、男の同情を誘うためにわんわんと泣くことだった。
しかし、涙すら流れることは無かった。意識が調和状態に近いせいで、辛うじて残っている意識の命令も肉体にまで表れることは無かった。
「これでお前の脳に、もはや研究する価値はほぼ無くなったというわけだ」
ヌァザが冷ややかに言い放った。わたしはそれに対して、怒ることも悲しむこともできはしない。
「だが、お前の遺伝子には価値がある。お前の生まれた村に住んでいた少数民族の劣性遺伝子。遺伝子レベルの構造が生得に脳まで影響するというのは、まだ発見例が少ない」
まさか、この男は。この男の、しようとしていることとは。
「よろこばしいことだろう、ミァハ。わたしが君の民族を復活させる。君の種を何代も近親交配させ、また無意識の一族を甦らせるのだ。そこで君一人の研究から得られるものより、さらに多くの有意な情報が得られる。チェチェンのコーカサス山はもちろん、世界各国に君の血が分布する。君の日本での暮らしのように普通の生府下の家で育てられるもの、熱帯地やいまだ残り続ける紛争地域など環境を変化させた各地で、色々なシチュエーションを検討し、君の血族を育てる。どれも貴重なデータになることだろう」
ヌァザは、自らの計画を誇らしげに語る。わたしの種。わたしの卵子、わたしの子宮は、わたしだけのものなのに。
すると、後ろに控えていた男たちはにやにやと笑みを浮かべながら、わたしへと歩み寄る。ベッドをとり囲み、ヌァザの合図を待っている。そのなかで一人、ヴァシロフが口を開く。
「ご機嫌うるわしゅう、ミァハ様」
この男だ。この男さえ居なければ、わたしは。
「あのときの言葉の続きを教えてあげましょうか。男が女の言うことを聞けるだけの対価ってのは、そう。女が身体を差し出すときなんだ」
この、外道め。生府よりもロシア軍の将校よりも質の悪い、なんの大義も持たない裏切り者。
「霧慧博士は、あなたが思っているよりずっと話が通じるように感じましたよ、おれには。まさかあなたほどの人間の身体を好きにしていい時がくるなんてね」
「殺す」
わたしは全神経、全意識を振り絞って言葉を発した。この男だけは、この男だけは。
「おお、怖い……。冴紀博士、調整が少し甘いようですよ」
ヴァシロフは相変わらずの軽い口調で言った。直後に、わたしの意識は鋼鉄のバットでぶん殴られたかのように吹き飛ぶ。不自然で奇妙な多幸感だけが頭に、意識を司る部分にあった。
「やれやれ」と冴紀ケイタが言う。「ここまで無力にした女を抱いて、何が楽しいんだか」と漏らした。
ヌァザと冴紀が扉の外へと向かう。
「あとは任せた」
と、短くヌァザが言った。そして扉を閉める寸前、振り向きざまに、
「ミァハ。君のことは、わたしの娘と同じくらい、愛していた」
わたしは無感情に、そう言い残したヌァザを見送った。
がしゃり、と重い扉が閉まり、外から漏れる光もなく部屋を薄暗い照明だけが満たす。
「あとは、おれたちだけだぜ」
ヴァシロフはいままでになく高圧的な態度で言った。
下士官の軍服を着た黒人の男が、乱暴にわたしの身体をまさぐる。螺旋監察官の白人男が、わたしの簡素な上着を剥ぎ取る。わたしはおもちゃの人形のように、男の好きにさせるだけだった。
「報酬系の幸福値が高いと、まともに得られるどんな刺激も、脳が快楽として感じる閾値になっちまうんだってな。あんたのその状態だと、痛みすら快感に感じるそうだ」
ヴァシロフが得意げに言う。そんなこと、わたしは知っている。
ヴァシロフが自らの屹立した性器を取り出して、わたしの顔の前へと差し出した。
すえた男性器の臭いが鼻腔を突く。この臭いには、覚えがあった。わたしが意識を獲得したときに嗅いでいた臭い。恐怖と痛みのそばにつきまとった臭い。しかしそれすら、今は快楽の予感として脳に突き抜けた。わたしは胸が高鳴り、何を命令されたわけでもなく、ただ無意識に、それはあの時、無意識の頃に学習した命を守るためのルーチンと同じように、わたしは差し出された性器を咥え込んだ。
汗と残尿の塩気が舌に感じられた。それはいま、最高の味覚だった。五感のすべてを、もともと快楽にならないような何もかもが快楽に変換される。ちろちろと舌先で性器を満遍なく舐っていると、苛立ったヴァシロフがわたしの喉の奥へ、無理やりに性器を押し込んできた。
「えう」
まともに呼吸もままならない。唇が男の陰毛に触れるほど、深く挿しディープスロート込まれた。喉や肺の神経が、悲鳴を上げてわたしの脳へ強烈な信号を発する。わたしはその快感に身を捩じらせ、股間からは異常なほどの愛液を分泌、いや噴出といったほうが正しいほどの勢いで吐き出していた。
「ははっ、この女、咥えただけでイキやがった」
股を弄っていた男が楽しそうに言う。ずるずると口の中で前後させていたヴァシロフが射精する。喉から胃へ直接精液が流し込まれ、性器が引き抜かれると、わたしは口の中に残った精液を必死に舌で味わった。苦く生臭い精液が、快感を最大に高める薬液のように感じられた。
「ふう」とヴァシロフが一息ついて、煙草に火を点けた。
「ミァハ、あんたはあれだけ生府のやりかたを恨んでいたっていうのに、トァンなんかと違って煙草や酒はやらなかったよなあ」
ヴァシロフは感慨深げに、あるいは汚物を見るような目でわたしを見やった。
「こんだけ濡れてれば、大丈夫だろう」
黒人男が、わたしの股間を指で広げながら言う。するとすぐに、太い男性器がわたしの膣を押し広げてきた。
わたしの膣
わたしの子宮
わたしの卵子
それらが、男だけが生まれつき持っている武器に押しつぶされ、蹂躙されてゆく。
「あんたは盟友のおれたちと、楽しくセックスすることも否定していた。その細身で綺麗な身体をあんたが自分だけで楽しむために、おれたち男連中は無言で否定されてきたんだ」
ヴァシロフが離れたところから恨めしく言う。
「あんたは顔も知らないかもしれないが、ここに居るのはほぼ全員反主体派だった連中なんだぜ」
二〇年ぶりの痛み、二〇年ぶりの快楽が、わたしを襲う。ぐいぐいと押される度、気をやりそうになるほどの快感、快楽。わたしは腰を押し付けられる度、潮を吹いていた。
無限に続くかと思われるほどの刺激の前後運動は、男の射精で終わった。大量の精液が膣のなかに放たれて、わたしも同時に絶頂する。
それは、気を失うに等しいほどの衝撃だった。しかしWatchMeの医療分子が脳細胞を片っ端から叩き起こして、それを許さない。わたしはそれでも明快な思考状態で、言葉にならないほどの法悦を受け止めた。
びくびくと、頭をつぶされたカエルのように全身を痙攣させていると、ヴァシロフが言った。
「はは、おかしいだろ。WatchMeの効果で、膣や子宮あたりに血小板と同じ働きをする医療分子が大量に分泌されてる。本来なら流血するほどの傷や、血小板が入り込めないはずの子宮でさえ、傷から出る血液は0.1ミリリットル未満に抑えられている。だから、コンドームをつけなくても感染症とか気にする必要ないぜ」
その言葉はわたしに向けたものだったのか、他の男たちへ向けたものだったのか、定かではない。
性器が引き抜かれたわたしの膣内には、無理やり押し込まれて、いくつか傷が出来ていたのだろう、血は出なくとも、腹の中が異様に疼いた。その疼きはもはや痛みですらない快楽を求めるだけのもので、わたしは堪らずに自らの膣内に指を入れてかきむしった。
さらに他の男がわたしに挿入しようとした。股から手を離すと、どろどろと膣内からあふれ出た精液が手に付いていた。わたしはそれを丁寧に舌で舐めとり、口の中で味わった。出したばかりの男がわたしの顔に差し出してきたので、わたしはそれを口にし、尿道に残った精液を吸いだした。
わたしは次第に、明朗に、迷うことなく、無意識に男の求めるものを理解していった。ヴァシロフは後背位でわたしの長い髪を握り、引きつけながらするのが好きだった。他の男に正常位で犯されると、わたしは足で男の腰を押さえ込んで、おなかを強く押し付けた。
そうして何日か日が経つと、わたしは急激に吐き気を催すことがあった。吐き気、と言っても気分が悪いものでもなく、胸からこみ上げた胃の内容物を吐き出すとなんだかすっきりして気持ちがよかった。
わたしが妊娠すると、男たちはあまりわたしの部屋には来なくなったが、日に一人くらいは来てくれるのでわたしはその男に必死で尽くした。
わたしのおなかが大きくなると、それはそれでまた男たちは楽しんでくれた。わたしのおしりが、わたしのおっぱいが、おなかと一緒に大きくなっていって、男たちはそれを抱くのが楽しかったようだ。フェティシズムな男がいて、毛深くなったわたしの陰毛や腋毛を剃ってくれた。
わたしは、幸福だった。ここには、戦場と違って、セックスの手段として銃があるわけではない。ここでは、日本と違って、下品に男をねだって快楽に溺れることができる。わたしはここに居るだけで、あとは男たちが食事も、衣服も、住処も、何もかもを与えてくれる。女のわたしにできることは、赤ん坊をつくって差し出すだけだ。
そして二回ほど出産した頃、この部屋に初めて、男以外の人間が連れて来られた。それはなんと、わたしの親友、トァンだった。
「ひっ」
怯えながら連れて来られたトァンが口にしたのは、そんな驚きの声だった。
トァンは、この部屋に立ち込める熱気と、臭いと、汚れたベッドと、そしてわたしの姿に、恐怖や悲しみを感じたようだった。
「ミァハ」
トァンが叫ぶ。可愛そうに、だとか、そういう悲しそうな表情がわたしを見る。それはすこしずつ怒りへと変わり、ここへ連れて来た男──もはや誰だったかわたしは覚えていられない──へとぶつけている。
男が言った。
「あんたが憧れた女もあんなものさ。二年かけた、新しいハーモニー計画もあんたが捕まったことで立ち消えだ。あんたも、そいつと同じ運命を辿ることになる」
トァンが逃げようとする。ああ、行かないで、トァン。しかし扉がトァンをさえぎるまでもなく、トァンはだらりと無気力にしゃがみ込んだ。
「ミァハの卵巣の片方を摘出して、卵子を培養してる。あんたの腹でも、ミァハの子どもが作れるってわけだ」
トァンは無気力になって、反応を示さない。医療分子が作り出す魂の調和と意識の快楽に、飲み込まれてしまったのだろう。
はあ、はあ、という喘ぎが耳元で聞こえる。わたしはトァンと向かい合わせに、男におしりを差し出していた。トァンも同じに、わたしの肩へ頭をだらりと預けて、時々声をあげながら男に腰を打ちつけられている。
ああ、トァン、トァン。わたしのトァン。トァンの唇にわたしの唇を合わせ、口内をなめ回して犯していると、今までのものとはまた違う快楽が頭に響く。
やっとトァンが、こっちへ来てくれた。わたしはその幸福感で、絶頂していた。
ねえ、トァン。前にわたしに言ったよね。キアンを殺したのは仕方のないことだったのかって。
いまのわたしは、あの時とは違う答えを持っているよ。本当に、誰も、死ぬべきじゃなかったんだ。
キアン、ごめんなさい。わたしなんかのためにあなたを死なせてしまって。
わたしは、あなたをここに導いてあげることができなかった。あなたにこの快楽を教えてあげられずに、あなたを遠くにいかせてしまった。
せっかくあなたはわたしたちと同じ女の子だったのに、ここに連れてきてあげられなくて、ごめんなさい。
わたしたちはいま、幸福だ。
とても。
とても。
そうだよね、トァン……。
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