狐月の誓い 作:じゃじゃじゃ
◆ ◆ ◆
最近夜になると村から男たちがどこかへと消えていく。
そのことにぼくが気付いたきっかけは簡単で、夜中に水を汲みに井戸に向かった時に、山へと向かう何人もの人影を見たから。
しかも、一度きりじゃなかった。その別の日も何回も……確かに誰かが山に入っていくのを目撃した。
きっと何かある。
でも、その理由を誰に訊いても、適当なことを言われはぐらされるか無視をされてしまう。
だけど、多分みんな本当のことを知っている。
……きっとまだ十五のぼくには理解できないぐらい難しい話なんだろう。
そう割り切っていても、畑を耕している時とかに、夜中に山で何をしているのか不意に気になりだして、手が付かなくなってしまうこともよくあった。
やっぱり気になる。一体みんなで集まって、どんなことをしているんだろう。
……ぼくは何で呼ばれないんだろうな。いや、やっぱり呼ばれないだろう。ぼくと同年代の人はこの村にはいない。つまり、比べる対象がいないから、詳しいことはよく分からない。
けれど、村の中でもこれと言って目立つ存在でもなく、力も弱く、かと言って頭も良くなくて、病気にもよくかかって、特技は無く、人付き合いも苦手で、身寄りもなく、小柄で背も百五十
村八分とかまでにはなっていないにせよ、恐らくぼくはみんなからしたら居てもいなくても関係ない、どうでもいい存在だ。そういう意味じゃ、去年の災難の時大けがを負ったりせず、ぼくの田んぼや畑も辛うじて全滅を免れたのは運が良かった。多分手負いのぼくのご飯を賄ってくれる人なんていないだろうから、飢えて死んでいたに違いない。
うーん……。
そう言えば、あんなに酷い災害が立て続いて起こったのに……不思議とそれほど被害は無かったな……。
食料が尽きて、村がいよいよもうだめかって思った時には、倉庫の腐っているはずの昔の食べ物が元通りに新鮮になっていたり、誰も耕していないはずの捨てられた田んぼから稲がたくさん生えているのを誰かが見つけたり、池から魚が突然沸いたり……。
散々なことと不思議なことが沢山起こった年だったな……。
考え事をしているとふとまた、手が止まってしまっていることに気が付いて慌てて鍬を持ち上げる。
◆ ◆ ◆
静かな夜だった。
どんどん、と鈍い音を聞いて目を覚ます。誰かが、玄関の扉を叩いているみたいだ。
こんな夜中に、いったい誰だろう。思い当たる節が無いまま、慌てて草履を履いて外に出れば、そこには……。
「……屋五郎さん」
村のまとめ役の屋五郎さんが立っていた。
「遅いぞ」
屋五郎さんは不機嫌そうにぼくのことをじろじろと見下ろす。
背が高くて力も強く、みんなから慕われている屋五郎さんは、前からぼくを疎んでいるらしい。村の役にも立たない厄介者だって。嫌がらせのようなことをされたこともある。殴られたことも……。
ぼくはこの人が苦手だ。そもそもぼくに、これと言って気に入っている人なんていないけれど……。
しかし面倒な人に会ってしまった。しかもこんな夜中に呼び出すだなんて。
「な、なんでしょうか?」
ぼくは恐る恐る尋ねてみる。
はっきり言って、怖かった。今すぐにでも部屋の中に逃げ込んでしまいたかった。
「……来い」
ただ、屋五郎さんはそう言って、くるりと背を向けて歩き出す。
ついていこうか、いかまいか一瞬迷ったけれど、村八分だけは嫌だったので黙って後に続くことにした。
屋五郎さんは不機嫌そうな顔を崩さずに、黙って前を、山の方へと向かって歩いていく。
必死に姿を見失わないように、内心びくびく怯えながら歩いていく内に、ふと思い当たる。もしかしたら、ぼくは、あの夜の、山の集まりに呼ばれているのかもしれない。いや、きっとそうだ。
と、いうことは――ついに参加できる日が来たんだ。
今まであまりに軽かった自分の存在が少しでも重くなったように感じて、少し嬉しくなる。
一体何をするんだろう。
博打だろうか? 博打なら、一度やってみたい。初心者のぼくはきっとすぐに負けてしまうんだろうけど、それでも……。
屋五郎さんに訊いてみたかったけれど、それは着くまでの楽しみに取っておいた方がいいかもしれない。
山道をひたすら入っていく。辺りは暗闇に包まれ、ただ屋五郎さんの持つ提灯だけが獣道を照らす。梟の声がこだまする。
進んでいく内に――。
「あっ……」
現れたのは、朱色の鳥居。そうだ、思い出した。確かこれは神社への道だった。
鳥居を潜ると広がる石畳の境内、その向こうには拝殿がある。久々だな、神社に来るのは。
子供の頃にお参りをした時の記憶が蘇ってくる。
懐かしい気分で、ぼんやりと建物や手水舎を眺めていると。
「おい」
屋五郎さんに呼ばれて、ぼくは慌ててその後を追う。
屋五郎さんが向かったのは、神社の本殿じゃなくて……やや奥まった場所に設けられていた蔵だった。
こんなところあったっけ?
そう思いながら見てみれば、蔵の小さな格子窓から薄明かりが漏れている。
なるほど、みんなここにいつも集まっていたんだ。段々と気分が昂ってくる。
「屋五郎だ」
その蔵の扉を屋五郎さんが叩く。
「おう」
と、誰かが返事をして、ぎいい……と扉が開いていき、屋五郎さんが蔵に入った。
本当にぼくも、入っていいのかな?
それに、一体何が起こるんだろう。こんな密かな場所で……やっぱり博打?
……あ、いけない。もし博打をやるんなら、お金を持ってくるのを忘れた。誰かから借りれるかな……。
戸惑っていると、早くしろ、と中から誰かに急かされたので、蔵の中にぼくも入る。
――その途端に。
お金を持ってきてなかったとかそういう些細な悩みは、すぐにどこかへと飛んで行ってしまった。
その蔵の中の風景が、賭場なんかよりも一層異質だったから……。
蔵には10人ぐらいの村の男たちが既にいて、みんな服を脱いでいて。
そして、部屋の奥で、同治郎さんと、誰かが体を重ねているのがちらっと見える。
「出すぞっ!」
ぱん、ぱん、と激しい音を立てていた同治郎さんの動きが一瞬止まって、すぐに体が大きく震える。同治郎さんの体の影に隠れ、その相手の女の子の姿はよく見えない。
――盛り場だ。そう察せるぐらいにはぼくは大人になっていた。
盛り場。緊張と高揚からごくり、と唾をのむ。
ぼくは今まで手淫をしたことはあったけれど、本物の交尾をしたことはもちろん一度も無い。
もしかしたら、ぼくにもいよいよ本番が来た……?
相手は誰なんだろう? 蔵の奥をよく覗いてみる。
だけどその瞬間、蔵に入ってから今まで抱いた色んな感情が、全てどうでもいい、ちっぽけなものへと変わってしまった。
もっともっと大きな、別の感情が芽生えたから……。そして戸惑った。
精液を出し終わったのか、交尾をしていた同治郎さんがようやく立ち上がって、次の人に順番を譲る。
視界に、相手の女の子がはっきりと映る。
鼓動は早まり、胸が熱くなってくる。
――その女の子は、狐の姿をしていた。
――――初めての恋だった。