天空神ゼウスの妻へーラーは、彼の姉であるという。末の子孫を愛する(少なくとも形式の上で)神は、今も違いなく居る。
──それなら。イデア・シュラウドの
「オルト、モードΠ」
「
ここ数日で何十時間か作業台に向かって凝り固まった背を伸ばす。ベッドに防水シーツを敷くのも玩具(トイザラスで売っていない方)を用意するのも任せきりなのはよくないのだろうと思うが、昔からずっとイデア・シュラウドのベッドメイクは下手だったことをオルト・シュラウドは知っているので、イデアにはやらせようとしなかった。
「兄さん」
そう言って、目元を桜色の布で覆った弟がイデアの裾を引いた。目と口のどちらかを隠すのは、まあなんというか、イデアの個人的な心情の問題なので、近親相姦BLで常時目隠しorマスクとか特殊性癖が過ぎない?と言われれば何も言い返せはしない。
薄墨色のキトンを纏ったその姿で歩くオルトを見るたび、違うとはわかっていても過去を幻視する。最低だな、という自覚はある。わざわざ
「おいで」
わざとらしくそう言って、ベッドまでオルトの手を引いて導く。オルトの
成長途上の少年を愛して抱くのは、立場あるものの義務だ。イデアは、よくやりすぎたのだろう。研究者として。技術者として。嘆きの島の外、企業と学会との構成員から、讃えられすぎた。彼は、少なくともシュラウド家の者としてではないイデア・シュラウド、技術者としてのイデア・シュラウドは、
困りはしないにしても、ずっと困惑していた。気持ちいいのは嫌いじゃないけど、他人に触れられて気持ちよくなれるとは思えなかった。自分の手なりオナホールなりの方がよほどましだろう。嫌になったらちゃんと止めてくれる保証は?気持ち良くなれるところをフィードバックする気はほんとにある?地雷と性癖は合致してる?大体、気持ちよくなりたいなら一人で十分。妥協の必要もない。他人とキスだのセックスだの虫唾が走る。主には衛生面。それを超えるだけの価値をそこに見出している他人が、イデアには理解できなかった。
だから、
兄さん、兄さん、とオルトがイデアを呼ぶ。この時ばかりは二人どころか三人でも余裕の
「うん。大丈夫だよ」
何が?と自問しながら、向かい合って座ったオルトの首筋に手を伸ばす。ゆるりと首から頬を撫で上げて、巻かれた布の上から目元へ唇を落とした。額が燃える髪にさしかかって、オルトの炎の形が揺らいだ。
結婚は仕方ないとして(避けたいけれど避けられるわけでもないし)も、イデアに
オルト・シュラウドの解答は、シンプルで、それ以上にイデアを困惑させた。曰く「うーん、僕が兄さん
いやできるの??と脳内のクエスチョンマークを増やしつつ、最終的にはイデアもそうすることにした。セックスができるかどうかで選ぶなら、他の選択肢はないも同然だったから。倫理観?何それ美味しいの?異母兄妹婚は合法ですが??(嘆きの島並感)。
そう。嘆きの島は輝石の国がそうであるように同性婚が合法なわけではないが、イデアが性転換薬を服用するなり、オルトに女性型ボディを与えるなりすれば、結婚だってできる。前時代的だと言われる嘆きの島の法制度では、半血のきょうだい間における婚姻は合法だ。意思ある死者との冥婚が合法であるように、合法だ。それを喜んでいいのか、イデアにはまだわからない。
好きだよ。ほんとだよ。恋情ではなくても、この世で一番、君が好きなのは嘘じゃないんだ。
小さく造られたオルト・シュラウドの手が、下腹からイデアのTシャツの中へ忍び込む。オルトの纏うキトンの、右肩の留め具だけをイデアが外す。性感を感じる機能はオルトにはない。これはただイデアが、オルトの着る
「オルト、好きだよ」
馬鹿の一つ覚えみたいに何度も繰り返してきた言葉が変わらず口をつく。それに応えて、オルトはにっこりと笑った。
「知ってる!僕も兄さんが大好きだよ」
そう言って、オルトがすっと背を伸ばしてイデアの口元へその唇を寄せる。
「オルト、口開けて」
うん、と小さく囁くようにして、兄弟の舌が絡む。学習機能はオンのままだから、回を追うごとにオルトの舌使いは巧くなっていく。
「ん、ふ、ぁ……」
自分の喉から空気が漏れ出て、しかも甘く掠れるのを、他人事のようにイデアは聞いた。経験回数自体はイデアの方が多いのに(たぶん。というかそうじゃなかったらどんな顔をすればいいんだ)、オルトの方がずっと上手に舌を運ぶ。上の歯列をなぞられ、ぞわりと震えるイデアの後頭部を、オルトが腕一本で支える。空いた左手は下肢に伸ばされ、ズボンの前をくつろげた。
「ん、く」
下着まで取り去って、オルトの手指がイデアの腿を這う。太い静脈の上を指が過ぎるたび、決定的な部分を避けて隣の脚や胴の表裏へその手が移るたび、イデアの口から思わず声が零れる。ぱちぱちと黄橙に染まった火の粉が飛んで、一言、名前を呼んだ。
「オルト」
地下に眠る黄金が、特殊鋼とシリコンと合成ゴムのこどもを見つめている。
「その、そろそろ……」
兄のその言葉にこくりと頷いて、オルトはベッドの端に転がされていたローションボトルを手に取った。人肌にはだいぶ冷たいローションも、ゆっくりとしか脈打たないイデアの心臓にはむしろ丁度いいのだということを、オルトはよく知っている。
粘性のある液体とオルトの小さな手が、仮性の先皮を剥かれたイデアの陰部に絡む。ぐちゅ、とか、ぐちゃ、とか素面では聞くに耐えない淫音が、実際の音以上に響いて聞こえる。
「兄さん、気持ちいい?」
兄の金色を見上げるようにしてオルトが聞く。
「ん……」
ゆるりと頷いたイデアの金の瞳は、常なく艶めいている。電気炉の熱でどろりと溶けたような黄金に、オルト・シュラウドは満足感に似た何かを覚えた。
「なら、よかった」
勃ち上がった性器の、表面に浮き上がる血管をなぞり、先をぐりぐりと刺激して、搾り取るように握り込んだ手を上下させる。その間に上がる、待って、辞めて、の声を分析して、本当に嫌がっているわけではないのを確認しながら。
「う、ぁ、あー……」
言葉にならない声と一緒に先から白が噴き出して、くたりと性器が力を失う。それと入れ替わるように、ベッド上に広がる青い炎が、制御を離れたようにも見える動きでゆっくりとその支配域を広げていった。
「オルト」
脱力して俯いたイデアが、オルトの名前を呼ぶ。聞いたのがオルト・シュラウドでなければ、怒らせたのかと思うだろう、地下洞窟のような冷えた声だった。青い炎が、セミダブルのベッド脇から溢れて落ちるほどに広がっている。一度出したはずなのに、自分でもどうしようもない興奮に意思と理性が呑まれる感触がしていた。
「オルト、おいで」
この弟に、イデアの
オルト・シュラウドの伸ばした手を引いて、その身体を抱きすくめる。常人よりは冷たくて、けれどこもる排熱の所為で人魚やイデア自身よりは温かな人工皮膚の感触。
「オルト、僕のオルト……」
148センチメートルのからだを引き倒して、それより1フットも大きい体躯で覆い被さる。空から隠すように。この青い渦の只中だけを世界と錯覚してほしくて。
「うん。どうしたの?兄さん」
イデアが作った眼、色硝子と微量の金とが当て布の奥、温度のない色でこちらを見ていればいいと思った。自分がどんな顔をしているのかももうわからないまま、笑ったつもりになっている。
「大丈夫、なんでもないよ」
魔力コートされたオルトの
「きれいだよ、オルト……」
つるりとした局部は、男女いずれの外性器も持たない。そこにローションをぶちまけて、他のギアの硬質さから程遠い、有機高分子で覆われた太腿に自身を挟ませる。イデアがオルトの上で好き勝手に腰を振っている間、目隠しの向こうの
「兄さん」
オルトの腕がイデアの首元を抱きしめるように囲って、上半身だけを起こしたオルトが兄へと口付ける。深く、深く。繋げられたの口腔をイデアの唾液が行き交う水音が、イデアの脳内を反響する。
「大好きだよ」
弾けて飛ぶのは子種ばかりではなく、感情もそうだった。オーバーフローした感情が、何に切り替わったのか涙が零れる。ありがとうね、と言ったかもしれない。何にだろう。オルトの、イデアとは似つかない部分になのだけは、確かだった。
開口部への挿入は男女でやるものだという意識だとか、男同士なら当然年長者が抱く側に回るだとか、あるいは男女の関係と
嘆きの島で育ったイデアも、人に恋情を抱けないイデアも、どちらも同じイデア・シュラウドだから困る。でもそもそもの話、だ。
洗浄を後回しにしてイデアの横で眠るように身を横たえるオルトの頬を手の甲で撫でる。
「好きだよ、オルト。ほんとに、好きなんだよ」
愛情を感じないのではない。性感を感じないのでもない。ただ、それが繋がらないだけ。かけがえのない他人へ向ける友愛と、血族へ向ける親愛とで、愛とつくものがおしまいなだけ。ほんとうに、ほんとうにイデアは、オルトのことが世界で一番大好きなのに、それに
「ほんとなんだよ……」
「
ほらまた、