そして始まる、愛欲の日々。
そんな彼の正体は、○○から来た○○○○○○で——
とりあえず、これだけは言わせてほしい。
「藤子先生、ごめんなさい!!!!!!」
「ただいま」という独り言に返事が返ってくるようになってから、数カ月がたった。
「おかえり」
1Kのマンション。玄関と部屋とを隔てる扉は開いており、彼がひょっこりと顔を覗かせる。
「ご飯できてるよ。それともお風呂にする?」
「ありがとう。じゃあ、先に食べちゃおっかな」
ヒールを乱暴に脱ぎ捨てながら、私は答える。
残業でいつものように帰りは遅い。こういう時、家で待ってくれている相手が居るというだけで嬉しいものがある。まして、家事までこなしてくれているのだから言うことはなかった。
彼がつくってくれたカレーを一緒に食べつつ、職場の愚痴を思い出すままに並べ立てる。言葉にいちいち棘のある局、可愛いだけで仕事は全くできない後輩、そしてそんな後輩と私とで目に見えて扱いに差をつける上司。
彼は私の言葉一つ一つに頷き、時には「本当に?」「大変だったね」と眉根を寄せて相槌をうってくれた。
学生の時、少しだけ付き合った彼氏の様に「でも、君にも問題があるんじゃない?」などと正論を振りかざさないところがありがたい。
おかげで、お風呂をあがる頃には、すっかり私の機嫌は治っていた。
ドライヤーで髪を簡単に乾かし、冷蔵庫からチューハイを一本取り出す。身に着けているのはバスタオル一枚だ。
食器を既に片づけた彼は、ベッドに腰掛け煙草をふかしていた。彼が転がり込んでくるまでは毛嫌いしていた煙草の臭いだったが、今ではすっかり慣れてしまったし、何なら好ましくすら思える。大好きな、彼の匂い。
私は飛び跳ねるように近づくと、彼の隣にちょこんと腰かけた。彼は薄く笑みを浮かべたまま、ちらりと私を見ただけで何も言わない。
私はチューハイを飲み干すと、ほんのりと火照った体で彼に寄りかかった。
「どうしたの?」
わかっている癖に、わざわざ訊いてくる彼。こういう時の彼はいじわるだ。
私は黙ったまま、両手で握りしめた空き缶を弄ぶ。
「欲しくなっちゃった?」
彼の問いかけに、こくんと小さく頷く。
彼はテーブルの上の灰皿で火を消すと、私の両肩を優しく掴み、体を自分の方へと向けさせた。そのままゆっくりと、自分の顔を私の顔へと寄せる。唇同士が触れ合い、舌と舌が絡み合う。口内に煙草の味が広がる中、相手の舌を舐め、吸い、息をするのも忘れて互いを貪りあった。
そのまま彼が私を押し倒し、空き缶がベッドの下に転がる。
彼は私の巻いたバスタオルを慣れた手つきで優しく剥ぎ取ると、一糸まとわぬ私の体を、蛍光灯の白い光の元へと晒した。
恥ずかしさに、思わず彼から顔を背ける。そんな態度とは裏腹に、私はこれから自分がされるであろう行為の数々を想像し、期待に胸を高鳴らせていた。
きっとそんな胸の内もお見通しなのだろう。私の髪をそっと撫でながら、「めちゃくちゃにしてあげるからね」と囁く彼。
その言葉通り、きっと今夜も私は、彼に優しく壊されてしまうのだろう。
人が見れば「理想の彼氏」と言うかもしれない。しかし、それは間違っている。彼は、私の恋人ではない。とは言え、体を許す割り切った友人関係でもなければ、お金で彼を買っているわけでもない。
彼は私の「ペット」であると同時に、私を可愛がる「飼い主」。
私の「玩具」であると同時に、私を弄ぶ「所有者」。
そう——彼は私を慰める為につくられた、未来から来た猫型ロボットなのだ。
彼が化粧台の引き出しから現れた時、私はあまりの出来事にその場で気絶してしまった。
目が覚めた時、私はベッドに寝かされ、彼の介抱を受けていた。
「君はこれから運命の相手に出会うまで、一人きりの、長く孤独な時間を過ごすことになる」
私の額に濡らしたタオルを乗せながら、優しい声で彼は続けた。
「その間、君の心と体をケアする為に送り込まれたのが僕さ。そういうわけで、今日から一緒に住ませてもらうよ」
制約上、未来のことはあまり詳しく明かせないようだったが、どうやら彼は未来の私自身の手によって送り込まれたらしい。
彼は下腹部についたポケットから、様々な道具を取り出すことができた。仕事やプライベートで危機に陥った時、彼の機転や便利な道具の数々に、どれほど救われたことだろう。
しかし彼が真価を発揮するのは、夜、ベッドの上でだった。
初めての晩、「寝る前のマッサージ」と称して、うつ伏せに寝転んだ私の背中をさする彼の丸く大きな手が、徐々に徐々にきわどい部分に触れ始めた。
塗りたくられた潤滑油が、卑猥な音を立てはじめる。息の乱れた私の耳元で、彼がいやらしく囁いた。
「君が嫌だって言うなら、ここまでにするよ。僕は一人で、押し入れで眠る。でも、もしも君が続けて欲しいって言うなら——」
私は、彼の言葉を最後まで待たず、掠れた声で哀願した。
「お願い……続けて……やめないで……!」
彼は「いい子だね」と微笑むと、ポケットの中に手を入れ、私に尋ねた。
「空を自由に飛びたいと思ったことはない?」
ポケットから取り出した掌には、鮮やかなピンク色をした、電動式の玩具が握られていた。流石にそれが何なのかは知っていたが、実際に使用したことはなかった。
「叶えてあげるよ、その願い」
激しく振動するそれで蕾をかき乱され、私はその晩、あげたことの無いような大声を発して果てた。
それからというもの、私はすっかり彼の虜となった。
彼は私以上に私について理解していた。自分でも知らなかった本当の私を、彼が教えてくれたのだ。
目隠し、手錠、口枷——彼の取り出す道具は多岐にわたった。今夜は、首輪だ。
私に鈴の取り付けられた首輪をつけると、彼は「どっちが猫だかわからないね」と喉の奥で笑った。
「ほら、躾けてあげるから四つん這いになって」
言われるまま、恥ずかしい体勢でお尻を突き出す私。
「僕のこと、好き?」
「ええ、好きよ」
呟く私のお尻を、彼の柔らかい手が叩く。
「あんっ」
思わず漏れる声に、揺れる鈴の音が重なる。
「どれくらい好きなの?」
「とっても。とっても好きなの」
「聴こえない。もっと大きく」
再び、私を叩く彼。
「あんっ、あんっ、あんっ——とっても、大好き、ドラ——ああんっ!」
いきなり逞しい男性のそれを模した器具をねじ込まれ、私は大きくのけ反る。
生き物の様に動き回るそれに体の中を蹂躙され、私はやがて獣のような鳴き声をあげつつ自分を見失った。
気づいた時、私は彼の、太い腕を枕に横たわっていた。
「目が覚めた、子猫ちゃん?」
微笑む彼に、頬を赤らめ、小さく頷く私。
彼のずんぐりとした青い体に顔をうずめつつ、先ほどの営みによって未だにホンワカパッパした頭で私は考える。
私が、「運命の相手」とやらに出会うのはいつなのだろう?その人は、彼以上に私を理解し、愛してくれるのだろうか。その日が来たら、やはり彼は元の時代へと戻ってしまうのだろうか?
わかっている。彼は機械であり、幸せな未来の代用品。私への優しさも、全てはプログラムに過ぎない。けれども——
「ねえ」
甘えるような私の声に、「またかい?しょうがないなあ」と、呆れたように笑う彼。
けれども私は、ついつい思ってしまうのだ。
「未来」などどうでもいい。この、またたびで酔わされたような怠惰で幸福な「今」が、このまま永遠に続けばいいのに——と。