彼女に誘われるまま神浜を案内するタケ
だが彼女の胸の内には、ある思惑があった――
「タケさん……でございますよね」
公園のベンチで一人日向ぼっこをしている青年に、私は静かに声を掛けた。
彼は一度笑顔を見せた後、怪訝そうな顔に変わりこちらを観察しだした。
よく見知った姿から放たれる、普段とは違った雰囲気に戸惑っているようだ。
「月咲…ちゃん、だよね…?」
「……ふふっ、違いますよ」
彼に見せつけるように、後ろで一つに纏められた髪に触れる。
「ポニーテール…? ってことは、きみが…」
「お初にお目にかかります。天音月咲の姉、天音月夜にございます」
「へぇ~、月咲ちゃんに双子のお姉さんがいるっていうのは聞いてたけど、ホントにそっくりだなぁ」
「ふふっ、初対面の方はまず見分けられないでございますよ」
少し緊張ぎみのタケさん。
今日は工房の数少ない休日で、かと言って特に何もすることがないので公園でぼーっとしているのだという。
いかにも私が予想していたタケさん像そのままで、つい笑みがこぼれてしまう。
「月……夜ちゃんは、どうしてここに?」
「私も一緒でございますよ。今日は学校もお稽古もお休みなので散歩をしていたら、前に月咲ちゃんのお写真に一緒に写っていた方がいらしたので、もしやと思い声を掛けてみたのでございます。」
私は嘘を付いている。
本当はタケさんのことも、今日彼が休日だということも知っていた。
ここに来たのは、前々から考えていたあることを実行するためだ。
「さて…デートしませんか、タケさん」
「デ、デート?」
「私、普段からお稽古ばかりで、普通の女子高生の楽しみというものを知らないで生きてきたんです。だから…」
「教えてほしいのでございます。タケさんに、私の知らないことを、全て…」
それから私はタケさんに連れられて神浜のいろんな場所を見て回った。
名所に行ったり、ゲームセンターで遊んだり。
最初はぎこちなかった私たちも、いつの間にかまるでずっと昔から一緒にいたかのように仲良くなっていった。
「はい、クレープ」
「ありがとうございます」
工匠区のタケさん馴染みの店でクレープをおごってもらい、一息つく。
彼とのデートはとても充実していて、当初の目的を忘れるほどだった。
この瞬間がずっと続けばいいのに…そう頭の隅で思いながら、クレープにかぶり付く。
「ん~っ!美味しい~っ、でございます」
「ははっ、喜ぶところも月咲ちゃんそっくりだなぁ」
「そ、そうでございますか!?」
思わず鼓動が速くなると同時に、今日の目的を思い出す。
せっかく天音月咲の名前が出たんだ、この機会を逃す手はない。
「あの、月咲ちゃんって工房ではどんな感じなのでございますか?」
「そうだなぁ、いつもしっかりしてるけど意外に物事を深く考えすぎる所もあって、家事も工房の手伝いも全部キッチリこなしてくれる頑張り屋さんって感じかな。
俺なんかガサツだからいっつも月咲ちゃんに怒られてばっかでさ~」
順調に話を月咲の話題にシフトさせられた。
ここで私は、ついに確信に触れる質問をする。
「タケさんは、月咲ちゃんのことを女性としてどう思っているのでございますか?」
「えっ、ど、どうって…」
「工房で唯一の女性でございますし、気になったりするのでは?」
「…い、いや、そんなんじゃないって!確かに月咲ちゃんはめっちゃ可愛いししっかりしてるし嫁さんになってくれたらすごい良いな~って思うけど!
でもまだ高校生だし親方の娘さんだし俺には役不足っていうか!それよか月咲ちゃんには他に良い人いっぱいいると思うし!
むしろ俺年上の姐さん気質な人が好きっていうか…ってなに言ってんだ俺…!」
あぁ…やっぱりそうか…。
予想通りの反応とはいえ胸が締め付けられるように痛む。
こんなの、最初から私に可能性なんて無いようなものだ。
楽しかった気持ちが一気に反転する。
…でも、このまま終わりたくない。
せっかくここまでお膳立てして、こんな終わり方なんて、絶対に嫌だ。
「…行きましょうか」
「えっ、行くってどこに…」
私はタケさんの手を引いて、人気のない廃墟へと向かった。
「月夜ちゃん、どうしてこんな場所に…うわっ」
廃墟に残された古いソファーにタケさんを押し倒し、その上にまたがり、抱き付く。
私自身、こんな経験は初めてだ。心臓がバクバクする。
心臓の鼓動が相手に伝わらないよう祈りながら、私は平静を保とうとする。
「月夜ちゃん…?」
「実は私、以前からタケさんのことをお慕い申していたのでございます。」
私がタケさんと会った本当の理由、それは、彼の天音月咲への想いを確かめるため。
私はずっと前からタケさんのことが好きだった。
でも臆病な私はタケさんに想いを伝えることが出来なかった。
だから私は、双子の姉という立場を利用してタケさんに近付いた。
彼の気持ちが私の望むものならそれで良かった。
でも、もし望まないものだったなら……。
「抱いてください」
「月夜ちゃん、何言って…」
「あなたの気持ちが私に無いことはわかりました。だから、せめてあなたとの想い出をください。今日だけ、今この瞬間だけは…」
「目の前にいる女の子のことだけを、考えていてください」
彼は戸惑いながらも、私をじっと見つめると、意外にもすんなりと受け入れてくれた。
彼の唇に、私の唇を静かに重ねる。
その口づけは徐々に深く、濃くなっていく。
服の隙間から見え隠れする私の胸を、彼の右手がすっぽりと包み込み、小さな乳首と共に捏ね回す。
愛しい人を求めてぐっしょりと濡れた私の中に、彼のモノが入り、膜を破り、貫かれる。
快感に耐えながら、私は彼の首筋に吸い付き、印を付ける。
一時でも私を愛してくれた、その事実を証明するように。
絶頂に至るその瞬間、私は彼の名前を呼ぶ。
この一瞬の幸福を、私の中に刻み付けるように――。
「近くまで送ろうか?」
「いいえ、今日は一人で帰るでございます…」
服を着直し、ぼんやりと呟く。
「でも、そろそろ暗くなる時間だし…」
「ご心配には及びません。実はこれからある人と待ち合わせをしているので…」
「…分かった」
「今日のことは全部忘れてほしいでございます。私とあなたは今日会わなかった、なんの面識もない赤の他人。よろしいでございますか?」
「あ…はい…、分かりました」
「では、私はこれで失礼いたします」
「……あのさっ!」
何か言いたげなタケさんを、背を向けたまま遮る。
「あまり月咲ちゃんを困らせちゃダメでございますよーっ!」
私はそう叫び、振り返らずに走り去った。
私は走った。
慣れないポニーテールをほどきながら、悲しみを振り払うかのように走り続けた。
辿り着いた先は、私たちが産まれた時に名前を貰った神社。
私たち姉妹の始まりの場所。そこで彼女は待っていた。
「終わったでございますか?」
彼女がチャームポイントのポニーテールを揺らしながら近付き、声を掛けてきた。
私は髪留めを出して馴染みのツインテールを作り、彼女の声に答える。
「うん…ごめんね、迷惑掛けて…」
暫しの沈黙、ほどなくして、私の目からせきを切ったように涙が溢れ出す。
彼女の豊満な胸に飛び込む。
「月夜ちゃん…ウチ……ウチ…っ、うわあぁぁぁん……!」
朱く染まった夕陽を背に、彼女…天音月夜にしがみつきながら、私、天音月咲はいつまでも泣き続けた。
ずっと前からタケさんのことが好きだった。
私とタケさんは工房のお弟子さんの中でも比較的歳が近く、そのためか一番話す回数が多かった。
タケさんは本当にガサツでだらしなくて、本気でイライラすることも多かったけど、なぜだか憎めなくて、放っておけなかった。
そのうちに彼が彼なりに私と父に気を使ってくれていたり、実は誰よりも率先して家事を手伝ってくれていたことに気付き、その不器用な優しさに触れ、次第に好きになっていった。
でも、タケさんにとって私は親方の娘で、彼の妹みたいなもの。
彼が私に恋愛感情を抱いてくれるのか不安で仕方なかった。
そんな時、月夜ちゃんにこの作戦を持ち掛けられた。
私が月夜ちゃんに変装して双子の姉という立場を利用し、タケさんと仲を深めながら私への気持ちを引き出し、確かめる。
もし彼が私に恋愛感情を持っているのならその場で正体を明かし、天音月咲として彼に告白する。
彼が私になんの感情も持っていなかったら正体を明かさずそのまま別れる。そういう作戦だった。
結果は惨敗だった。
「でもまだ高校生だし親方の娘さんだし俺には役不足っていうか、
むしろ俺年上の姐さん気質な人が好きっていうか…」
案の定彼は私のことを親方の娘でただの子供だとしか思ってなく、恋愛対象として認識されていなかった。
最初から私に可能性なんてなかったのだ。
本当はそこで帰るつもりだった。
でも悲しくて、悔しくて、離れたくなくて、月夜ちゃんに変装したまま暴走してしまった。
月夜ちゃんはそんな私を一つも責めず、むしろ慰めてくれた。
まだ諦めるべきじゃない、二人はこれからも毎日顔を合わせるんだから、じっくり頑張ればいい、と。
月夜ちゃんは本当にすごい。上品で、身体つきも良くて、私と違って大局を見据えている。
本当に月夜ちゃんになれたらよかったのに。
そうすれば、私はなんの気兼ねもなくタケさんと…。
ホント、惨めだなぁ…ウチって…。
自分の服に着替え直して月夜ちゃんと別れたあと、夕食の買い物を済ませて帰宅する私。
玄関の前に立ち、呼吸を整えて扉を開けた。
「ただいまー!」
「おかえり月咲ちゃん」
真っ先にタケさんがやってきて、出迎えてくれた。
彼の首筋には、私が先程付けた赤みを帯びた痕が微かに残っている。
私たちが、確かに愛し合った証。
「ごめんね遅くなって。すぐみんなのご飯作るね」
「月咲ちゃんさ…今日、どこ行ってたの?」
ぎくりとする私。
「えっと…久しぶりに友達の家に遊びに行ってたんだ」
「本当に?」
「本当だよー、どうかしたの?」
「…いや、それならいいんだ」
一瞬、今日の入れ替わりがバレたのかと思ったが、それはないと思い直す。
お父ちゃんならともかく、工房に住み込みしてるだけのタケさんにバレるはずがない。
なにせ彼は、私のことなどさして興味がないのだから…。
「今度から俺も一緒に買い物行くよ」
「え?」
「俺たち月咲ちゃんに頼ってばっかだしさ。これくらいのことは手伝いたいなって」
「いいよそんなの気にしなくて、これもウチの仕事だし…」
「いいんだよ、俺がやりたいだけだから。でさ…たまに買い物ついでに美味しい物でも食べに行こうよ、俺がご馳走するから。もちろん親方たちには内緒でさ」
思わぬ展開に胸が高鳴る。
「うん…じゃあ、お願いしようかな」
台所で先程の出来事を思い出しながら、上機嫌で野菜を洗う私。
タケさんと一緒に買い物、それに美味しい物でも食べに行こうって…。
そんなの、まるで今日のデートみたいじゃないか。
月夜ちゃんの姿でしか味わえないと思っていたあの楽しい一時を、これから何度も味わえるなんて…。
月夜ちゃんの言うとおりだった。
まだ望みはある。
一度フラれたからってなんだ。時間はたっぷりある。
焦らずゆっくり、自分のペースでタケさんにアピールしていこう。
今はまだ子供に見えても、成長したらきっと私はお母ちゃん似の美人になれる。
その時が来たら、真っ向からタケさんにぶつかろう。
今度は変装なんてしないで、本当の私、天音月咲として。
灰色だった少女の日常が、少しずつ色を帯びていく。
輝きを取り戻した彼女の顔を、月の光がいつまでも優しく照らし続けていた――。