ぴちゃ、ぴちゃ。
熱いほとばしりが首筋を撫でる。
身体は息を吹き返したように跳ね、鈍器で殴ったかのような音が部屋中に響く。
鼓動が、囁く。
血が巡る。速く、速く。浮き出た血管がごぽごぽと揺れる。
収縮する。
頸を、斬らねばなりませんね。
一体、どうしたと言うのか。
項垂れた意識が、顔を上げ、ぽつりと呟く。
どれだけの時が経った後だろうか。
ぴちゃ、ぴちゃ。
どくん、どくん。
苦しくはない。むしろ心地いい。
ただーー
どうしようもなく瞼の裏にこびり付いた闇が、私の不安を煽る。
みし、みしと床が唸る。
ぴちゃ、ぴちゃ。
身体が跳ねる。
どくん、どくん。
熱いものが込み上げる。
まだ、イカせません。
女が、そう囁く。
ーー嗚呼、そうか。
悟った途端に、氷が融けるように、きしきしと音を立てて瞼が開いた。
私がいる。
“私”の上に女がいる。
女の舌が首筋を這う。
ぴちゃ、ぴちゃ。
私はそれを見ている。
不思議なことに、私の視点は二つあった。
私を見下ろす私と、女を見上げる私。
天井から吊られた私と、布団に横たわる“私”。
興奮した彼女に呼応するように、頚動脈が収縮し、頭と繋がっていたはずの場所で、まだ熱いモノがぴゅう、ぴゅうと吹き出した。
それが“私”の右側を紅く塗りつぶすと、枕がじっとりと紅く、情熱的に濡れる。
彼女の指が、私の胸を薙ぐ。
私の頭を、頭があるべき場所を、彼女が塞ぐ。口付けのように。
女の黒い髪が、“私”を覆う。
とく、とく。
鼓動が聞こえる。
ぴゅう、ぴゅう。
吹き出すものを、溢さぬように。
ちゅう、ちゅう。
絞り出すように。
ごく、ごく。
まだ、イカせません。
足りないと喚き立てる。
一体、この女はどうしたと言うのだ。
血の通わぬ頭では考えられない。
まだ、イカせません。
どうか、生きていて下さい。
血を巡らせましょう。わたしが、貴方の心臓となります。
誘うような、響きだった。
とく、とく。
身体が脈打つ。
ぴゅう、ぴゅう。
熱いものが吹き出す。
ごく、ごく。
巡り出す。彼女の中で。
私の意識が、声が、言葉が。
ーーまだ、イカせません。
どうか、生きていて下さい。
とうに死んでしまった。
何故、生かす。死体を陵辱する。
ーーだって、
貴方の瞳が、わたしの光を奪ってしまった。
声が、言葉が、わたしの耳を塞いでしまった。
貴方の夢が、わたしの未来を閉ざしてしまった。
貴方の愛が、わたしの心を潰してしまった。
だから、逝かせてあげません。
この冷たい身体の何処に、それらがあるのですか。わたしから奪った、わたしの宝物。
骨に刻んであるのでしょうか。
ならば肉を削がねばなりませぬ。肉を削ぎ、骨をねぶらねば。
貴方が悪いのです。持ち去ってしまおうとするなんて。
最期まで、身勝手な人。
早く、教えてください。
わたしを唆した、その声で囁いてください。
わたしを誑かした、その指で示してください。
その瞳に、映してください。
不意に、目と目が合う。
彼女は“私”をそっと包むと、まるで我が子のように頬擦りする。
剥き出しの眼球に、紅く色づいた彼女の艶やかな微笑が映る。
互いが互いを見つめ合う。見つけ合う。
嗚呼ーー
そこに、いたのですね。
わたしのひかり
そこで、“私”の意識は貪られた。
女は満足気に身体を震わすと、嗚咽にも似た驚嘆を漏らす。
まだ足りませぬ。
まったく足りませぬ。
どうすれば、応えてくれるのですか。
心に直接触れれば、理解るのでしょうか。
それは何処に。この、どうしようもなく冷たい身体の何処にあるのですか。
肋骨を開けば、見えるでしょうか。
まだ、逝かせてあげません。
どうしてか熱いのです。お腹の奥が、どうしようもなく。
熱くて、熱くて、今にも死んでしまいそうです。
時間がありませぬ。鼓動が止むよりも先に、心臓を握らねば。わたしが生かしてやらねば。
刀が錆び付くよりも早く、肋骨を開かねば。腹を裂かねば。腑の一つ一つ、見て回らねば。連れて行かれる前に、還してもらわねば。
絞り出さねば。わたしの全てを。
爪の一枚、髪の一本、血の一滴たりとも、天に還すわけにはいきません。
だからどうか、どうかーー
生きていてください。