隣家 鈴見
寒い──いやっ、暑い。鈴見洋佑は
いつもの習慣で全裸のまま、二階のアトリエに座り、 パレットの上で得心のいく色を探して絵の具を
こねる最中だった。
「どうも~」渦巻き状に巻いた紅色の短髪する
中性的な誰か。いきなり窓から侵入してきたと
思えば「イッキーイッキー ほらほら~
イッキ飲み!!!!」タンブラーに入った蒼い液体を
無理やり飲まされた。吹き荒れる雨の冷たさに
顔を叩かれながら意識は断絶していた。
目覚めたら世界は一変。血と腐肉と胆汁で埋め尽くされ、胎動していた。どこも逃げ場所はない。さらに
『ぱぱタダイマ~。オナカスイタ~』
『アナタ? イナイノ?』
どろどろの粘液と肉汁にまみれた生物が二体。
玄関だと思われる場所からひたひた
湿った足音を立てながら、何かが階段を
上ってくる。洋佑は飾っていたイーゼルの骨を
つかむ。
『アナタ?』
「ぅわぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!」
「はい──ストップ」
どろどろに粘液と肉汁にまみれた嫁と思わしき
生物におぞましさに身体が凍りつく
前に渾身の力を込め、骨の杭を振り下ろそう
とする瞬間。
透き通る目をもつ少女が、洋佑の顔面に
ストレート食らわせる。少女は身体を
左右、揺らしながら拳を構えた。
「うぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"」
洋佑が絶叫とともに包丁を振りかぶった。少女は
瞬時に見極めている。骨を握った手の関節を制し、
関節を捻りながら左側のぶよぶよと蠢く壁に
洋佑の身体を叩きつける。
突っ伏しているが、まだ失神には至っていない洋佑。
手足にまとわりつく蚯蚓のような絨毯を
ブチブチ引きちぎり起きあがろうともがく。
少女はすぐさま低い姿勢からタックルを仕掛けた。
骨を握る手首をつかむ。体重をかけた寝返りとともに
横へ逸らす。満身の力をこめ、手首を捻る。
「ッアギャアアアア!!!!」
完全に手首を極められ、汚い悲鳴をあげる
の頭部に蹴りを何発も食らわせた。
鼻がひしゃげ、前歯六本が砕け散った
全裸の画家。その側に転がる
イーゼルの骨を握りつぶし、少女は
窓へ投げ捨てた。
『ぱぱ?』
「コゼット、無事かい」
小さな怪物に付き添って隣人の青年が
「大丈夫だから早く──」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおぉ
あぁあぁあぁあぁあぁあぁあああああああっっっ!!!!!!!!」
決死の思いで、洋佑はテーブルの上にあった
灰皿を手に取った。肉片がこびりつくガラス製の
『それ』を振り上げたと同時に、青年の
カービン銃の射撃音が轟く。洋佑の腹に
全弾命中、壁に叩きつけられても
まだ立ち上がろとする。
「奥さん……」ため息まじりに少女は
娘を抱きしめ泣き崩れている妻にあることを
提案した。
「旦那さんはもう
ボクと彼らなら旦那さん解放することが
可能です。一分以内に返答を」
『コゼット』と呼ばれた少女は胸から
血を垂れ流しながら腕を振りかぶり、
殴りかかってくる洋佑の強烈な打撃を受け流す。
背中を蹴飛ばし、悪夢の中で歪んでしまったような
壁に顔面を衝突させる。
「お願いします」
「えっ?」
「洋佑さんを……解放してください」
鈴見の妻はかすれた声でそう哀願した。
「娘の目をふさいで!」少女は右の上段回し蹴りを、
ちょうど画家の頭部に真横からヒットさせる。
馬乗りになり、背中から自動拳銃を抜き
顔面に三発撃ち込む。後頭部から鮮血と脳漿が
絨毯に弾け飛んだ。
「奥さん……」息を荒げつつ、少女は
母娘のもとへ歩く。「東京を離れてください。
嵐が迫ってます、手配はしますから」小切手と
ペン型注射器に殴り書きされた取扱説明書を
渡す。二人はそのまま、家を後にした。
これで思い残すことはありません。