だがその代償はあまりにも大きく……
「本当にいいのか?こころ…」
「うん、私…全然平気だから、遠慮しなくていいよ…」
父の手がぎこちなく私の頬を撫で、私は目を瞑りそれを受け入れる。
それは、家族という錆びた機構が正常に作動するように潤滑油を差すような行為。
心身ともに疲れきった父を癒すために、私が出来る親孝行。
今夜、粟根こころは実の父親に抱かれた。
母親が出ていって数ヶ月、父は仕事や家のこと、いろんなことが上手く行かず徐々に余裕をなくしていき、その鬱憤の矛先は私へ向かうようになった。
ちょっとしたことで私を叱責し、時間が経つと我に返り謝ってくる。その繰り返し。
なんでお父さんは私に当たるんだろう…
その答えは分かってる。これからは一人で娘を育てていかないといけない、その気持ちでお父さんは一杯一杯になってるだけなんだ。
私はまだ平気、まだ頑張れる。
むしろ私ももっと何かしてあげたい。お父さんの負担を少しでも軽くしてあげられたら…。
「最近お母さんに似てきたなぁ、私…」
髪を乾かしながら呟く。
両親の馴れ初めなんて聞いたことないけど、お父さんと出会った頃のお母さんはこんな感じだったのかなぁ…
その時、私の頭にあるアイデアが浮かんだ。
父の毎日の負担をちょっとでも和らげてあげられるかもしれない方法。
だがそれはあまりにも卑しい手段。
それでも、これで少しでもお父さんが楽になるなら…
今思うと、父の為と言い訳しておきながら、私自身父とのそういう行為によって胸にぽっかりと空いた穴を埋めたかったのかもしれない。
前に夜中に放送していたテレビドラマ。
バスの転落事故に娘と一緒に巻き込まれた時に自分の肉体が死亡し、一命を取り留めた娘と魂が入れ替わってしまった母親が、
夫とともに支え合い、悩みながらもやがて娘の魂の死を受け入れ、最後には娘の身体で「妻」として夫と愛し合おうとするストーリー。
その頃は母が出ていったばかりで憔悴しきっていて、さらに恋愛経験もなかった私はその父と娘の倒錯的で背徳感のある話に現実を忘れるようにのめり込んだ。
そしていつしか私自身も父親との禁断の恋に淡い憧れを持つようになった。
でもこの時の私は知らなかった。
普通の父娘にとって、その父娘の壁を破るのにどれほどの苦痛が伴うのかを。
親と子が関係を持つことがなぜ禁忌とされているのか、その理由を――
「……お父さん、コーヒー淹れたけど、飲む…?」
「あぁ…ありがとう」
さりげなく父の隣に腰掛け、コーヒーを少し啜る。これから起こることを想像して胸が高鳴る。
一息ついた後、私は父の肩にしなだれかかった。
「ん、もう眠いか?」
「私、お父さんが毎日仕事と家のこと頑張ってるの知ってるから…」
「どうしたんだ急に」
「だから…今度は私が頑張る番…」
私はしなだれかかっていた身体をスライドさせ、そのまま父の膝にまたがり、抱き付いた。
胸を強く父の胸板に押し付け、高鳴る心臓の音を父に聴かせる。
「こころ…、何やってるんだ…やめなさい…!」
「お父さん毎日頑張りすぎて疲れてるんだよ…少し息抜きしなきゃ…」
抵抗する父の手をはね除けながら、なるべく父がその気になるように、少ない知識を総動員して父の身体をまさぐる。
「自分が何をしているのか分かってるのか!」
「分かってないのはお父さんだよ!……毎日私に当たって、私が傷付いて、そしたらお父さんがごめんって謝って、今度はお父さんが傷付いて、その繰り返し……こんな今の状況のほうがよっぽどおかしいよ…」
「……っ」
抵抗する父の手が止まる。
「ねぇ見て…私の顔、お母さんに似てきたでしょ…? お母さんと付き合ってた時のこと思い出さない? ……身体、は……どうかな…お母さんに似てる…?」
「………、…」
父が押し黙る。昔のお母さんとのことを思い出しているのかな。
理性と感情の狭間で揺れ動く父に、私はダメ押しとばかりに口付けをする。
小さな頃にじゃれあっていた時以来の、触れるだけのキス。
「久しぶりだね、これ…」
「こころ…」
「私は全然平気だよ?これからすることが、どんなことなのかも分かってる…。私なりに覚悟も出来てるつもり……だから……」
「しよ…?」
私をベッドに横たわらせ、その上に覆い被さるように位置する父。
「本当にいいのか?こころ…」
「うん、私…全然平気だから、遠慮しなくていいよ…」
父が私の身体を優しく抱きしめ、頭を撫でる。
「嫌だったらいつでも言っていいからな」
「うん…」
こうして抱かれていると、まだ小さかった頃に父と一緒に寝ていた時のことを思い出す。
あの頃は幸せだった。家族全員が笑っていた。みんなで山登りに行ったのも、ちょうどあの頃だったなぁ…
昔に想いを馳せていると、首筋に味わったことのない感覚が走った。
父が私の首筋に顔を埋め、舌を這わせていた。
「ん…っ」
「力を抜きなさい」
父の舌が私の身体を這い回る。父の手が乳房を、僅かに湿る蜜壺を蹂躙する。
私も何かしなければと思いつつも、初めて味わう感覚に身体がうまく動かない。
それを察した父が「こころは何もしなくていいから」と優しく言葉を掛け、より一層攻めを強める。
波のように押し寄せる快感に溺れながら、朦朧とした意識の中に揺蕩う。
私、お父さんと、してるんだ……
でもその感動とは裏腹に、ドラマを見ていた時とは違う、どこか虚しい気持ちが頭をよぎった。
――なんで私、お父さんとこんなことしてるんだろう
微睡む私の意識は、ガサガサッという音に引き戻された。父がコンドームを包装から取り出していた。
私が今日のために自分で用意した、ドラッグストアで顔を真っ赤にしながらようやく買えた代物とは別の、父が元から持っていた私物のようだった。
なんで、お父さんがそんなの持ってるの…?
…ああ、お母さんとしてた時の残りか。
そりゃそうだよね、夫婦だったんだもん。当たり前だよね…
でも、私は想像もしていなかった…いや、したくなかった。
父と母が、今の私達と同じ行為をしていたことを。
小さい頃に山頂で見たあの笑顔とは違う、私が知らない、見たこともない表情で互いを求めあっていたことを。
両親の肉欲の残り香を、余りのコンドームという生々しい形でまざまざと見せつけられた。
両親に僅かな嫌悪感が芽生える。でも、すぐに今の私にその気持ちを抱く資格はないことを思い出した。
だって私も同じことをしているじゃないか。あの日の出来事を全部ぶち壊しにするようなことを、それも自分から進んでやっている。
しかも、産まれた時からいろんな思い出を積み重ねてきた実の父親と…
それを自覚した瞬間、この淡い夢のような一時が、嫌に現実味を帯びたような気がした。
父がコンドームを装着し、再び私の上にまたがった。ゴムでテカりを帯びた父のそれは、なんだかとてもグロテスクに感じた。
「こころ…?」
「…え?」
「大丈夫か?」
「…ぁ、…うん…、大丈夫、平気だよ…」
私の戸惑いを察して心配してくれた父に空元気で応える。
父のそれが私の入り口にぴたりと宛がわれ、ズブズブと私の中を押し拡げていく。
「うっ、く…」
「こころ…」
「大丈夫、続けて…」
私は平気、まだ頑張れる。お父さんをその気にさせたのは私、最後までやりきらなきゃ…
でも…本当にこれでいいの…?このまま続けちゃったら、私達本当に…
「よし、入ったぞ」
「え…?」
下を見ると、私と父の下腹部が一本の棒を通してしっかりと繋がっていた。
あ…、…あぁっ……
視覚的な繋がりを目にして、私は自分の選択の意味を初めて理解した。
しちゃったんだ…お父さんと…
サーッと血の気が引くような感覚と同時に、淡い夢の世界が音を立てて崩れ去る。
私、なんの覚悟も出来てなかった…
下腹部から痛みと僅かな快感という現実的な感覚が私を襲う。
父が私の中を自分のそれで突き上げていた。
……今は耐えなきゃ、我慢しなきゃ。これは私が始めたことだから…
私のことを気にかけてくれているお父さんのためにも…
「……っ、……、■■■っ…!」
その言葉を聞いて、私は愕然とした。
父がうわ言のように呟いてるのは、ここにいない母の名前だった。今まで私を気遣ってくれていた父が見ていたのは、私ではなく母だったのか。
父の心はここには無い。父は痛みに耐えている私のことなんて見えていない。
「お父さん、待って…、んぅっ…」
父の唇が私の唇を塞ぎ、舌が私の中に侵入し、口腔をめちゃくちゃに這い回る。
それは私が経験したこともない、愛する者同士が欲望をぶつけ合う本当のキス。
小さな頃にした父との微笑ましいキスが、私と家族の想い出が、全部塗り潰されていく気がした。
こんなのお父さんじゃない……!
上も下もめちゃくちゃにされながら、私は心の中であの日の山頂で笑い合っている両親に助けを求める。
助けてお父さん…!助けてお母さん…!
父が絶頂に達する。
コンドーム越しに放たれる父の男としての欲望を感じ、私の身体はビクビクと跳ね上がり、私の意識はあの山頂から暗い崖下へと墜ちていく。
墜ちていく意識の中で、私は以前見たドラマの結末を思い出していた。
娘の魂の死を受け入れ、夫婦として生きていく決意をして、初めての夜を向かえた夫と妻。
だが、夫は妻との一線を越えようとしなかった。越えることができなかった。
夫は、自分の娘の身体をした妻を、どうしても自分の娘としか認識できなかった。
これまで親子としての想い出を積み重ねてきた、その実の娘とセックスをしてしまうという現実を、受け入れられなかったのだ。
なぁんだ、最初から分かってたことじゃんか。
普通の父娘がその関係を超えようとしたら、何が起こるかなんて…
ホント、馬鹿だな私…。こんな大事なこと、忘れてたなんて……
遠くで水を注ぐ音がして目が覚めた。
時間は深夜2時。私の目元には涙の跡、裸だった身体には綺麗に服が着せられていた。
私、あのまま寝ちゃってたんだ…
重い身体を上げ、居間に戻るとコーヒーを淹れる父の姿が。
「…こころ!大丈夫か?」
「平気だよ…なんか目が覚めちゃって」
「そうか……コーヒー淹れ直したんだ、飲むか?」
私は頷いてコーヒーを受け取った。
良かった…いつものお父さんだ。
安心した私はコーヒーを一口啜る。ほのかな苦味と熱が身体に染み渡っていく。
「……ごめんな、こころ…」
しばらくして父が私に謝ってきた。目が真っ赤に充血し、涙を溜めている。父も私と同じ後悔の念を抱いていた。
「あの時、俺は突き飛ばしてでもお前を止めるべきだったんだ…それを俺は、ましてや実の娘に…親として、人間として最低だ…」
「……もういいよ、誘ったのは私なんだし!むしろ私のほうこそごめんね…お父さんの弱みに付け込むようなことして…あんなことされちゃ、お父さん断れないよね…」
「いや、あれは俺が…」
「もう全然気にしてないから!終わったことなんだし、全部忘れよっ?ねっ?」
父を制しながら、私は父に抱かれた時のことを思い出していた。
あのどうにもできない瞬間、私の脳裏に浮かんだのは昔の仲が良かった家族3人の姿だった。
私が本当に望んでいたのは、父と哀しみを分け合うことではなく、元の家族を取り戻すことだった。
母さえ帰ってくれば、私達は元どおりの家族に戻れる。
そうすれば、父も私も、もう悩むことはないんじゃないか。
そんな些細な希望を胸に、私は今まで言えなかった想いを口にする。
「ねぇお父さん……お母さんと、もう一度やり直せないかな…?」
「……」
「お母さんが戻ってくればさ、お父さんの負担もちょっとは軽くなるでしょ?だからさ、お父さんのほうから謝りに行って、戻ってきてもらおうよ!それでさ、またみんなで山登りに…」
「それは…無理なんだ」
父が私の言葉を遮った。希望が打ち砕かれる。
「なんで…?」
「もう、お父さん達は一緒になれないんだ…」
「……なんで…?…なんで無理なの…?お父さんが毎日一杯一杯なのも、私が寂しい思いしてるのも、全部お母さんが出ていったせいじゃんか!お母さんさえ戻ってくれば、全部元どおりなんだよ!?なんで!?」
「ごめん…ごめんな…」
父が泣きながら謝罪する。
その時、私は全てを察した。
もう家族が元に戻ることはないんだ。
あの日の山頂に戻れる日は二度と来ないんだ。
その現実を噛みしめながら、私はいつまでも父に縋りつき、泣きじゃくった…
「本当に何でも願いが叶うの?」
人気のない路地裏で、私は白い小動物と対峙していた。
「本当だよ。僕は君の願いをなんでも一つ叶えてあげる、どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」
「ただしその代償に、君には魔法少女になって魔女と戦う使命が課されるんだ」
魔法少女……願いと引き換えに魔女と呼ばれる怪物と一生闘い続ける運命を背負う存在。
決して安い取引じゃない。
でも私には、この身をなげうってもかまわない願いがある。
全部元どおりにする。あの楽しかった日々を取り戻すんだ。
キュゥべえの前に立ちながら、私は願いが叶った後の世界を思い浮かべる。
お母さんが帰ってきたら、何もかも全部許して出迎えてあげよう。お母さんのやったことなんて、私に比べたらほんの些細なことだから…
それから3人でご飯を食べて、お母さんと一緒に編み物して、休みの日は3人一緒に山登り。
山頂で私とお母さんが作った弁当をみんなで食べて、また昔みたいに楽しく笑い合うんだ。
一度は諦めた世界が、手を伸ばせば掴める距離に存在している。
この願いのためなら私はまだ頑張れる。いくらでも耐えられる。
「さあ、君は何を願うんだい?粟根こころ」
「私の願いは…」
私は希望と覚悟に満ちた表情で願いを告げた。
「壊れてしまった家族を取り戻したい……家を出ていったお母さんに、戻ってきてほしい……」