※この作品はR-18です。

ゴブリンガービッジ~恋人が苗床廃人になったので格安娼婦に仕立て上げます~   作:幻闇

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16話 紅月下 ☆

 観客の誰も居ない闘技場。

 

 天蓋の無い吹き抜けとなっているその上空からは、浴びただけで発狂してしまう様な蒼褪めた月が冴え冴えと地上を照らしていた。

 

 今の季節は春。温暖な気候の帝都ならば夜と言えど暖かく、ともすれば生温さすら感じられる筈の気温であったが……。この闘技場の舞台の上は別であった。

 

 まるでそこだけが現世から切り取られて異界と化したかの様な空間。張り詰め過ぎた空気が、舞台の上で対峙する二人の人物の発する鬼気によって凍り付き、さながら重い枷となって纏わりつくかの如くに沈む。

 

 

 ゴクリ――固唾を飲んだのは誰であったか。

 

 客席と舞台のはざま、関係者のみが立てる場所で事態を見守る幾人かのうちの一人のものか……それとも対峙する二人の内どちらか……。否、少なくとも後者では在り得なかった。例え一分の隙でもあらば、その刹那に命を失う事は間違いない。それほどまでに舞台上の二人が発する気配は尋常のものとは思えなかった。

 

 片や薄青の刀身を持つ片刃の長剣を携えた剣士。

 精悍な面差しに刃の様に鋭い瞳をした剣士は、だらりと両手を下げた自然体のままに立っている。だが、敵手を見つめるその瞳には無限の渇望と覚悟を宿していた。

 

 片や禍々しき大剣を構えた異形の剣士。

 つるりとした緑色の頭部はゴブリンを想起させるが、対峙する人族の剣士と同じ背格好にも関わらず、その極限まで研ぎ澄まされた肉体がただの小鬼族などでは無いと語っている。そしてなによりもその瞳に在る虚無の光よ……死そのものに魅入られたかの様な暗黒は、直視すれば精神を即座に破壊されてもおかしくはない程であった。

 

 時は間もなく満つるだろう。

 二人の気配が、その場のアトモスフィアが、降り注ぐ狂える月光が、それを雄弁に物語っていた。

 

 これは、敗北者の死をもってしか鎮まらぬ戦いであると――

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 時を15日ほど過去に戻る。

 

 マリオの案内によって闘技場に到着したアッシュとユナ。

 すでにマリオを通じて話を通していた為、スムーズに事は運んだ。

 ゴブリンエンペラーの住まう部屋に向かう一行。彼の者は、闘技場における長き功績と言語も流暢に話せる為に蛮族奴隷とは思えぬ待遇を受けていた。

 

「貴様がエンペラーか」

「如何にも……剣士殿。統べる軍団も護る一族もおらぬ張りぼての皇帝が、この私だ……」

 

 豪奢とは言えぬが、実用品の中でも相当に高級品であろう事が解る寝台の上で、巨躯の上半身だけを起こした年老いたゴブリンが答える。

 

「そんなヨボヨボでユナを抱けるのか? 腹上死されても困るんだが……」

「問題ない。もはや自力で起き上がる事も出来ぬこの身だが、跨った女を悦ばせる位は出来る」

「あまり期待出来そうにはないな。ちなみにいつからここに?」

「ふむ……私が囚われてより30年といった所だろうか。戦で捕虜となり、この有様よ……今年の冬はもう越せそうに無いな」

「そうか」

 

 ゴブリン達の肉体の寿命はおよそ50年と云われている。この老いたゴブリンの年は53歳、いつ冥府の神たるヤマに誘われてもおかしくはない。

 種付けが出来るのであれば問題はない。そう判断したアッシュは会話を打ち切ると、ユナを寝台に乗せて老エンペラーに跨る様に告げる。

 

「ロマンもムードもあった物では無いな」

「ゴブリンの癖に随分と知性的なんだな」

 

 指示通りに行動するユナによって、満足に動かせぬ下半身を包む下衣を脱がされながら独りごちるエンペラー。

 想像していたのとは大分違うゴブリンエンペラーの態度に、流石のアッシュも面食らっている様だ。

 

「長く生きればゴブリンとて賢しくもなろうよ。幸い時間はたっぷりとあったからな、書物なども随分と読んだものだ」

「…………あうー…………」

「すまないなお嬢さん。直接刺激を受けなければもはや使い物にならんのだよ」

 

 下衣を脱がせたユナが、萎びた枯れ木の様な逸物をみて残念そうな顔を見せる。

 エンペラーらしく、萎えていてもその長さは相当なものだが、力無くくたりとしたソレは精気のカケラも感じられぬ有様だ。

 

「すまないが手や口で触れて貰えないかね。お嬢さんの様な麗しの君の奉仕ともなればそれなりに血が通うだろうさ」

「…………あぃ…………」

 

 エンペラーの脚の間にしゃがみ込み、萎れた逸物を撫で擦りながら先端を口に含んでいくユナ。もごもごと懸命に逸物に奉仕するその姿を暖かな眼差しで眺めながら、エンペラーがアッシュに語り掛ける。

 

「我々の所為かね」

「……半分はそうだろうな。あとの半分は俺の所為だ。」

「しかし彼女は此処にいる。ならば君はやり遂げたのだろう?」

「カラダだけはな」

「心の為にこんな事を?」

「察しの良い奴だな……どうも年寄り相手はやりづらい。なんでも見透かされてる気分だ」

「彼女を見る君の顔付きを見れば解るさ……――くぅ、中々の手管だ。枯れかけた私の逸物が燃える様だ」

 

 快感に耐える様に顔を歪ませるエンペラー。

 彼の萎びていた男根が、ユナの手慣れた手淫と口淫によりムクムクと屹立しつつあった。

 

「……んぅ……ちゅぽ……じゅぽ……」

 

 凝り固まっていた海綿体に血が通い、色あせて皴だらけになっていた肉柱の表面に青黒い血管の筋が浮かび上がっていく。

 往時の性豪ぶりが垣間見えるかの様な、数多くの雌を啼かせてきたであろう肉の凶器が堂々と、老いたゴブリンの股間にいきり勃っていた。

 

「んはぁ♡♡おちんぽすごいよぉ♡♡♡でかちんぽぉ♡♡」

「ちゃんと頂きますして、食べるんだぞ」

「いただきまぁす♡♡♡おまんこででかちんぽたべちゃうよぉ♡♡♡んはぁ…………おっきぃよぉ♡♡♡おまんこさけちゃうよぉ♡♡♡ふとすぎぃ♡♡♡」

 

 ずぶずぶと、屹立した肉柱の上に腰を落としていくユナ。

 しとどに濡れそぼった解れた秘唇が、逞しい男の腕ほどもある凶器を呑みこんでいく。

 メリメリと軋みをあげる膣口を、限界まで拡げられながらもユナの顔に苦痛の色は無い。ゴブリン専用に造りかえられた生殖器はむしろ、その鍵穴にぴったりとはまる鍵を受け入れているかの様に裂ける事も無くぴっちりと、巨大な肉柱をゆっくりと呑みこんでいくのだった。

 

「くうううっ……なんという快楽か。これほど気持ちの良い女陰は初めてであるぞ。冥神の誘いを目前にして生涯最高の女とまぐわえるとはな……くふぅ……」

「くひぃん♡♡おまんこいっぱい……――あっ……ごぶりんちんぽだ! ごぶりんちんぽすきぃ♡♡わたしのおまんこめちゃくちゃにしてくれたのぉ♡♡♡がばがばのゆるゆるのごみくずまんこにしてくれたのぉ♡♡♡ごぶりんちんぽさいこうだよぉ♡♡♡♡」

 

 ダンジョンから救出されて以来、久しぶりに味わうゴブリンの逸物の感触に、しどけない嬌声をあげて悦ぶユナ。

 

「ゴブリンの事は思い出したか……ちゃんと刺激にはなっている様だな」

 

 部屋の隅に用意されていたソファーに座り、二人の様子を眺めるアッシュ。

 普段であれば下半身を熱く滾らせ、自慰を始めてもおかしくはない状況である。だが、アッシュの下半身には何の反応も見られない。

 この機会を最後にしようという決意と、どうせ駄目なのだろうという諦観が、アッシュから興奮という感情を拭い去ってしまったのだろうか。

 

 

 色の抜けた瞳で、ゴブリンによる種付け作業を淡々と見守り続けるアッシュ。

 如何な生殖に特化した小鬼の皇帝といえど、余命幾ばくもない状態では長時間の性交には耐えられないのだろう。時間にして30分ほど、回数にして三回の射精をユナの胎内に放った老皇帝はぜぇぜぇと吐く息も荒い。

 

 これ以上は無理だと判断した闘技場の支配人がアッシュに終了を伝える。

 物足りなそうなユナに声を掛け、共に別室に下がったアッシュは中途半端に火のついてしまったユナの相手をしてやりつつ、今後に想いを馳せていた。

 

(西部だったらどこが良いんだろうな……海が近い方が良いか? 農業には向かないか……やはり山間部が手頃か……)

 

 9割9分諦めている自分を受け入れ始めていたアッシュ。もはやかつてのユナが戻る事はあるまい。微かな希望はあれど、それに縋り生きていくのは辛すぎた。ならばもう、還らぬものとして定義してしまえば――

 

(これ以上。辛い思いをしなくても済むか……。念の為に出産までは様子を見るが、それで区切りをつけるとしよう)

 

 希望が大きい程に、砕かれた時の絶望は深い。もはやその痛みに耐えられないと理解したアッシュは、目の前の白痴と化したユナを受け入れる事をようやく……覚悟したのであった。

 

 

 

 闘技場に滞在して三日目。

 担当の医療士によって妊娠を確認されたユナは、以降のエンペラーとの性交を免除されていた。

 これはユナの負担を考えての事では無論なく、むしろ老いたエンペラー側の体調を慮ってなのは言うまでもない。

 

 いつものアッシュであれば、ならば闘技場が所有する他のゴブリン達にユナを使わせろ。とでも言い出すのであろうが……もはや諦めの境地に至った彼は、闘技場に用意された部屋にてユナの世話をするのみであった。

 

 

 そして出産の予定日前日。妊娠から丁度15日目の朝に、老いた皇帝とアッシュは二人きりで会話を交わしていた。

 

「話があると聞いたが、何の用だ」

「そう急くでない、若き剣士。まぁ掛けたまえよ」

 

 どうもこの老ゴブリンの相手はやりづらい……とでも言いたげな仏頂面で老皇帝の部屋にあるソファに腰を降ろしたアッシュ。

 種付けの役割を果たしたエンペラーにもう用は無いのだ。闘技場側の依頼でもあるゴブリンの子供達を出産し、彼等に預ければ二人の仕事は終わりだ。せめてそれが刺激となってユナの記憶が戻れば言う事は無いのだが、期待はしない方が良いだろう。

 

 アッシュには、何故老皇帝が自分と話をしたかったのかが理解できなかった。

 

「私はかつて、一族随一の剣士と呼ばれていてね。正神に与するニンゲン達を殺し、一族に繁栄を齎してきた。立場は違えど君も同じなのではないかね?」

「そうだな。邪神の信奉者たる蛮族達を殺し、糧としてきた。そこに何の違いも無いだろうな」

 

 若き剣士の答えに、満足そうな表情を浮かべた老皇帝。

 下らぬ正義感などでは無く、単純な闘争の本質を理解している目の前のヒューマンの剣士が好ましく思えたのだろう。

 

「勝敗は兵家の常よ。例え負けようと生き残れば勝ちかもしれぬが、よもやこの様な地に囚われるとは思いもよらなかったがの」

「同情はしなくもないがな」

「必要ないさ。敗者は何を奪われても文句は言えぬ、それが戦の理よ」

 

 何気なく発したであろう老いたゴブリンの一言。それがアッシュの心に鋭く突き立った。

 敗者は何を奪われても仕方ない。ましてや無辜の民などでは無く、望んで戦場に立つ者であればなおさらだろう。ゴブリン達を討ち取る為に彼等の巣穴に侵入し、返り討ちにされた自分達は奪われても仕方が無かったのかもしれないと。

 

「ああ……済まぬ。剣士殿を責めるつもりはないのだ。奪われる事を良しとせず、奪い返さんとするもまた戦なのだからな」

「……解っている。だが、俺を諭す為に呼んだわけでは無かろう。本題はなんだ」

「私も取り戻したくなったのさ。このまま寝台の上から動けぬまま邪神の御許に召されては申し訳が立たぬ。せめて戦の中で死にたいのだよ」

「俺にお前を斬れと? すまんが動けぬ老人を斬る趣味は無い」

 

 戦の中で死にたいと願う戦士は珍しくはない。冒険者や傭兵は、死ぬならば戦場か惚れた女の腕の中が良いと豪語する者も多いのだ。

 だが、己が信念を破ってまで、老いた皇帝の為に介錯をするつもりはアッシュには無かった。

 

「これが何かわかるかね?」

 

 罅割れて染みの浮いた枯れ木の如き右腕を上げ、そこに装備された無骨な腕輪を見せるエンペラー。鈍い銀色に輝く飾り気のない腕輪は、装飾品というよりも枷を想起させる。

 

「知らん」

 

 にべもないアッシュの返答に苦笑しつつ、エンペラーが説明を始めた。

 

「これは進化封じの枷よ。これを付けた状態でいくら経験を積もうとも我らが進化に至る事は無いのだ」

「成程な。闘技場で闘わせる以上、そういった魔道具は必要か」

「ニンゲン達の知恵には恐れ入る。なまなかな事では破壊出来ぬ仕掛けだが……お主ならば斬れるであろう」

「斬るとどうなる?」

「今までの経験が全て反映されるのだ。私であれば確実に進化可能であろうな」

  

 成程と頷きかけるアッシュであったが、ふと、目の前の老いたゴブリンの巨体ではあるが枯れ木の様な肉体を見て疑問が浮かぶ。

 

「進化した所で、その朽ち木の様な身体で戦えるのか?」

「無理だろうな、このままでは……。だが問題はないぞ、私の魂と引き換えにして一族に伝わる秘術を使えば、短時間であれば全盛期の肉体に戻れるはずだ」

「俺に勝とうが負けようが死ねるという訳か」

「無論断っても構わん。お主にしてみれば勝っても意味はなく、負ければ死ぬ戦いだ」

 

 エンペラーの言葉を受けたアッシュは、その言葉の意味を考える。

 何の意味も無い戦い。勝てば目の前の老ゴブリンの願いが叶うだけ。負ければ己は死に、老ゴブリンも願い通り死ぬだろう。

 

 相手にしか利が無く、自分にとっては損しかない戦いだ。だが……本当にそうだろうか。

 

「何時だ」

「なんと……お主受けてくれるのか? 叶うならば嬢ちゃんの出産を見届けた後が良いが……むしろお主の都合の良い時で良いのだぞ」

「明日だ」

 

 言葉少なに即断したアッシュに驚きつつも、その反応を何処か想定していたかの様に受け応えるエンペラー。

 

「お主、生き急ぎすぎであろう。そもそも此処の者に許可を得ねばならぬ。生き死にの権利も今の私には無いからの」

「俺からも頼むとしよう。支配人を連れてこよう」

 

 言うが早いか、すぐに席を立って部屋から出て行ったアッシュ。

 そんな、若さそのものの勢いを羨む様に、老いたゴブリンは独りごちる。

 

「奉じる神の違いはあれど……眩しいのう。せめて一助となれれば、枯れた魂でも捧げる価値はあろうよ」

 

 

 数分後、部屋に連れてこられた支配人は、二人の話を聞いて困惑しきりといった様子であったが、もはや次回の種付けは体力的に不可能である事と、何より二人の鬼気迫る様子に気圧されて首を縦に振らざるを得なかった様だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 いくらかの下準備の末に実現したアッシュと老ゴブリンの戦い。

 見届け人として闘技場の支配人とマリオ、そして出産を終えたユナが見守る中で、客席に誰も居らぬ静謐な闘技場の舞台で対峙した二人の男。ちなみに出産を経てもなおユナの記憶が戻る事は無かった。

 

 

 キンッ――と、小さくも甲高い音を立てて斬り捨てられた鈍色の腕輪。

 一度付ければ、装着した者とて外す事も出来ぬ筈の枷が今、解かれた。

 

 杖をついて歩くのもやっという有様であった老ゴブリンの身体が数秒間、闇色の光に包まれる。

 蛮族達の進化は邪神の恩寵である。故に、例えその光を斬りさこうとしても刃が届く事はない。神の御業を人の手によって変える事など出来ぬのだから。

 

 闇光が治まった時、そこにはさらに一回り身体を大きく縮めた老ゴブリンの姿があった。

 アッシュの1.5倍はあった巨体は同じくらいの背丈に縮まり、むしろ圧縮された闘気の様な力強さを感じさせたが……当の本人は枯死寸前のミイラの如き有様だ。

 

 本当に戦えるのだろうか? そうアッシュが思った刹那、老ゴブリンが体を支える杖を捨てて、天に両手を翳す。

 

「偉大なる邪神よ! ゴブリンに恩寵齎す豊穣の陰陽神よ! わが生涯最後の戦をご照覧あれ! いまこそ汝が神剣を一時、我が許へ――イアール・ムナール・ウガ・ナグル・トナロロ・ヨラナラーク・シラーリー!」

 

 詠唱が終わると、ゴブリンの頭上で何の前触れも空間が裂けた。

 その瞬間に闘技場の舞台を覆い尽くした名状しがたく冒涜的な気配。見てはならぬと訴えかけてくる本能に従い、ゴブリン以外の全員が下を向いて目を閉じていた。でなければ精神どころか魂すら汚染されて異常をきたしてしまうだろうから。

 

 開いた時と同じ様に唐突に消えた空間の裂け目。もはやあの狂的な空間はどこにも存在して居なかったかの様に、先程とまったく同じ光景が広がっていたのだ。否、一つだけ違いがあった。

 

 

 アッシュが瞳を開いて対峙していた相手を見つめる。

 

 つるりとした緑色の頭部はもとより、染みなど一切見当たらない艶やかな表皮だ。その下ではち切れんばかりに盛り上がった筋肉が、血管が、先程のエンペラーの言葉が嘘では無かった事を示していた。

 凄まじい程の覇気であった。若き日の老ゴブリンが進化して英雄に至ればこうなっていたのだろう。今ひと時のかりそめの全盛期といえど、その武威は正に抜山蓋世の覇気を纏っていたのだ。

 

「凄いな。鋼の肉体に神の剣、とても愉しみだ」

 

 あり得ざる強敵を前にして臆心など心にも浮かばぬアッシュが楽しそうに声を掛ける。

 己が誇りと矜持の為に死を受け入れた老ゴブリンも、昏く輝く死に魅入られた者の瞳でアッシュを見据え、言葉を返す。

 

「邪神より賜りし邪剣、これなるは《ダークブリンガー(闇を撒く者)》……その能力により私の魂と引き換えに数刻の奇跡を賜っているのだ。時が至れば、我が身は塵と化して消滅するだろう」

 

進化を終え、全盛期に戻った老ゴブリン。もはやその名は相応しく無いだろう。まるで戦場で行われる将同士の一騎打ちの如く名乗りを上げていく二人。

 

「我が名はアッシュ! 佩くは《レイザーエッジ(かみそり刃)》! 己が魂を掛けるに値する女の為に戦う者!」

「私の名はブレイダクス! 滅びた血族の最後の皇帝! 誇りある戦いの末に死を願う者!」

 

 老ゴブリンの頃の面影を確かに残しているブレイダクス。彼の進化した種族はハイゴブリンエンペラーであった。年代記にも記されていない程に希少な存在である。

 かつてアッシュ達が戦ったエンペラーは迷宮の加護を得ており、ハイゴブリンに迫る力を持っていたであろう。だがあの時は何人もの神官の援護が掛かっていた状態での勝利だ。

 

 仲間もおらぬ孤剣独り。まして相手は闘技場で30年もの間闘い続けて技量を高め、智慧を蓄えて来たハイゴブリンだ。アッシュの不利は否めないだろう。

 

 

 互いに距離を取り合図を待つ二人。

 

 場のアトモスフィアに呑まれかけていたマリオが、それでも意地をみせて開始のコングを鳴らした刹那――

 

――ギィン!

 

 甲高いゴングの音をかき消す様に剣戟音が響き渡る。

 

 縮地もかくやといわんばかりに刹那で距離を詰めつつ、戦技(アビリティ)で肉体を強化した二人が、互いの相棒たる剣を噛み合わせ、即座に距離を開ける様に後方に飛び退った。

 

「おお……なんという鋭き剣閃よ、億分の一のカケラに過ぎぬとはいえ邪神の一部たる魔剣ごと斬られるかとおもうたぞ」

 

 感嘆と共に喜びに打ち震えるブレイダクス。己が最後の相手に相応しき剣士を前に興奮を抑えきれぬのだろう。

 

「斬れぬか。ならば斬り続けるのみよ」

 

 喜悦を隠そうともしないブレイダクスとは対照的なアッシュ。いつもと変わらぬ凍り付いた視線で敵手を睨みつけて刃を構え直している。

 

 霞の様にブレる二人。残像を残しつつ神速で距離を詰め合い刃を交わし合っていく。もはや語るのは言葉では無く刃でという事なのであろう。

 

 

――ヒュパッ――リィン――キィン――ギィン!

 

 

 常人には視認する事すら叶わぬ速度で斬り結び、回避し、虚実織り交ぜた刃の閃きが舞台の上で踊り狂う。

 

 それはどこまでも美しく――儚く――幻想的であった。

 

 

「アッシュ……すげぇなぁ。こんなに強かったんだなぁ」

「仕事柄、長く戦いを見てきましたが……これほどまでに凄まじい戦いは初めてですよ。ここの支配人をやっていて本当に良かった」

「………………」

 

 舞台のすぐ横で見届け人として観戦していたマリオと支配人がそれぞれに感想を零し合う。その前で、舞台に両手をつく様にして瞬きすらせずに見つめているのはユナだ。思えば白痴と化してから、彼女の前でアッシュが本気で戦うのはこれが初めてだった。

 

――リィン

 

 涼やかな音と共に鞘走るレイザーエッジの刃。戦闘中で有るにも関わらず、アッシュは隙を見て攻撃では無く納刀を行っていたのだ。師匠から伝授され、自らのモノとした居合術の為であろう。

 

 例え進化したハイゴブリンエンペラーとはいえ、アッシュの技量から放たれるレイザーエッジの一閃を受ければ死は免れない。拮抗する邪剣ダークブリンガーにて受けるか、今の様に紙一重を見切り回避するしかないのだ。それでも避けきれぬ斬撃によって幾筋もの傷がその身に刻まれていた。

 

 勿論ブレイダクスとて防戦一方では無い。

 剣を打ち合わせるは愚策、刹那の見切りにて回避したブレイダクスは禍々しい大剣をその身に抱え込むかのように巻き込みつつ破城槌の如き勢いで肩口から突進を仕掛ける。

 

――ドゴッ!

 

「がふっ!」

 

 密着状態から繰り出したとは思えぬ程の衝撃がアッシュを襲い、その身を硬直させた。

 その隙を見逃さず、突進の勢いをそのままに竜巻の如く回転したブレイダクス。横手に構えた邪剣ダークブリンガーを用いてアッシュの身体を上下に両断せんと横殴りに斬りかかった。

 

――ギィン!

 

 膂力のみで無理矢理レイザーエッジを引き戻し、己が盾としたアッシュ。代償に右腕の筋肉がブチブチと音を立てて千切れていくが命には代えられぬという事だろう。

 

 此処に至り、趨勢は明らかだった。

 

 全盛期の肉体を越える英雄級の肉体を得て、培った戦闘経験で邪剣ダークブリンガーを使いこなすブレイダクス。位階に換算すれば9……或いは10に匹敵するやもしれぬ。上位魔神(グレーターデーモン)級といっても過言では無い程に、今のブレイダクスは強かった。

 

 

 ブレイダクスの目的は、誉ある戦いの末の死。それが敗北であろうとも勝利の末の死であろうとも構わぬのだ。故に、彼がアッシュに手心を加える事など有り得ない。それは戦士に対する侮辱にほかならぬのだから。

 

「これを凌ぐか、だがまだ終わらぬぞ!」

 

 感嘆の声を上げつつも、邪剣を振るうブレイダクスの手が止まる事はない。

 辛うじて致命の一撃を防いだアッシュであったが、回転の勢いを利用して暴風の如き連撃を繰り出すブレイダクスに対して防戦一方という有様であった。

 

 横殴りの一撃から返す刃で斬り返し、袈裟懸けに切り上げては逆袈裟に斬り下ろす。進化した肉体性能にモノを言わせて、人間ならば肉体が耐えれぬ様な体勢からも十全に力の乗った斬撃を行うブレイダクス。

 対するアッシュとて尋常の使い手では無い。激痛の走る腕を物ともせず、最小限の見切りでレイザーエッジを己が盾としてダークブリンガーの禍々しき刃を受け止め、いなし、流していく。

 

 僅か数秒間の攻防だが、一つ受け違えれば即座に生死を分かつ場面が幾度もある。一瞬たりとて眼の離せぬ戦いは、観戦者にとっても長い様で短い濃密な時間であったが、戦いの当事者たる二人にしても永劫にも似た刹那であるだろう。

 

 

 瞬く間に追い込まれていくアッシュ。誰の目にも劣勢だという事が明らかな若き剣士が、無惨に血の華を咲かせて斃れゆく光景を見届け人達が幻視したその時――

 

 

 ゾクリと、全身の体毛が総毛立つのを感じたブレイダクス。

 

 

(なんだこの感覚は……追い込んでいるのは私のはずだが――いかん! そう誘導されている?!)

 

 

 ハイゴブリンに進化した事によって強化された視覚で捉えている視界。ひどくゆっくりとしたその視界の中で、ブレイダクスは己が間違いに気づく。

 

 

 連撃に次ぐ連撃。防戦一方の相手を押し込み続け、守りを崩した瞬間を狙う。一見只のゴリ押しにしか見えぬ剣技であっても、相手の逃げ場を封じつつ斬りかかるのは容易では無いのだ。

 

 一歩、いや半歩。一時的に若返った肉体に高揚し過ぎたのか、つい踏み込み過ぎてしまった瞬間に放たれた返しの刃。

 

 踏み込み過ぎたブレイダクスの喉元にぎらりと、稲妻の如き突きが迫り――鮮血が舞った。

 

 

「ぐおおおおッ! なんたる技前! あと一手遅れていれば終わっていた!」

「躱すか。だがその出血……長くはもつまい」

 

 ギリギリの所で飛び退り致命の刺突を避けたブレイダクスではあったが、とっさに左手で抑えた首筋からは止め処なく鮮血が滴り落ちていた。蛮族にとっても頸動脈が急所となるは変わらぬのだ。もはや勝負は決したか――に見えた。

 

「数分もてば十分よ。この命、まだ尽きてはおらぬ!」

 

 首筋の筋肉に力を籠めて血液の流出を限界まで抑え込むと、ブレイダクスはダークブリンガーを両手持ちに構えて大上段から振り下ろしつつアッシュに迫った。もとより死は覚悟の上、死の寸前まで戦士でありたいと願う彼にとって、数分後の死よりも現在の戦いの方がよほど大事であったのだ。

 

「があああああっ! 共に神の庭(ヴァルハラ)に征こうぞ! 稀なる剣士よ!」

「ぐうっ……」

 

 先程の返し技にて、殆どの体力と集中力を使い切っていたアッシュ。先の一撃は、もはや背水の陣とばかりの大技であったのだ。死を前にしてより苛烈に責め立てるブレイダクスの猛攻を防ぎきれるはずもなく、剣戟の度に受け流し損ねた邪剣の刃が四肢に食い込み血を吹き出させていく。

 

 

「アッシュ! 畜生! 負けるんじゃねぇ! くそっ……こんな事なら、万が一の時は嬢ちゃんの面倒を見てやるなんて言うんじゃなかったぜ」

 

 生死を掛けた戦いに臨む友に対し、つい安心させる為に放った言葉。それが逆に友から諦めぬ意思を奪ってしまったのではないかと思ってしまったマリオ。だが、そんな彼の願いも虚しく戦いはもはや一方的な物となりつつあった。

 

 

「啜れっ! ダークブリンガー(闇を撒く者)! 至高の強者の魂を喰らいつくせ!」

 

 全身の至る所から血を吹き出し、それでもレイザーエッジを構え続けるアッシュ。ぶるぶると震えたまま剣を構える様子は、もう一撃とてブレイダクスの斬撃を受け止められる筈も無いと誰もが確信できる程に弱々しい。

 

 

(これ以上は受けきれんか……だが、俺は信じている。こんな時、いつもなら――)

 

 反撃すら出来ぬまま、最後の一撃となるだろう攻撃の前に――しかしアッシュの瞳はなおも輝いたままであった。

 色を亡くし、諦めという名の絶望に曇っていると思われたその瞳は、今なお生への渇望に満ち溢れていたのだ。

 

「諸共に旅立とうぞッ!! があああああああッ!!」

 

 全身を、首から流れ出していた血に染めて死相に濃く隈取られたブレイダクス。

 喉も枯れよとばかりに叫びながら大上段に振りかぶった禍々しい邪剣で、空間ごと叩き潰すかのようにアッシュに斬り掛かった瞬間――

 

「神撃(フォース)!」

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