※この作品はR-18です。

黒の少年と白の少女   作:ムマ・N

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何故続けたし。


吸血鬼の少女(エロなし)

 

「はぁ……見た目には普通の町なんだよなぁ……」

 

一夜明けてからの昼間。

三咲町を一人アクラが徘徊していた。

何故こんな風にアクラが三咲町を徘徊しているのか。

それは今朝のレンとのやり取りのせいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、犯人を見つけるって言っても何か考えがあるわけ?」

 

しばらくの睡眠の後に目を覚ましたレンはアクラに問いかけてきた。

アクラがいる中で寝てしまったのが、不覚だったのだろう。

どこか寝る前よりも、レンは不機嫌だった。

 

「とは言ってもねぇ。 俺は大体からしてこの町がどんなとこだか良く知らないんだよ」

 

「は? あぁそういえば最近来たばっかだっけ、全く……」

 

アクラのお気楽な発言にレンは更に不機嫌な表情を深めたが、ふと思い出し疲れたように溜め息を吐いた。

実際結構疲れているのかもしれないが。

 

「だからまずはこの町の状況を知ってからかなって。 そもそも情報が少ないんじゃ判断出来ないし」

 

「まぁそれもそうね。 じゃあこの町の散策をしてきなさいよ。 私はまだもう少し寝たいし」

 

「そうだね。 じゃあそうするよ」

 

反論する理由は特にない。

だからアクラはすぐにレンの言うことに了承したのだが、レンは何故か呆れたように溜め息を吐いた。

 

「ん……? どうしたのレン」

 

「いや、別に良いわよ。 あと、貴方の話でも聞いて貰える人を教えておいてあげる」

 

「俺でも聞いてくれる?」

 

レンの言ってる意味が理解出来ていないのか、アクラは不思議そうな表情をしていた。

それを見て、しばらくまた呆れたようにアクラを見ていたレンであったが仕方なく理由を説明し始めた。

 

「淫魔の王なんて呼ばれてる貴方がこの町に来て、しかも代行者に追われてる時点で貴方も容疑者なのよ。 その辺、理解してる?」

 

「あぁ……面倒この上ないねぇ」

 

「そう面倒なの。 だからそんな貴方でも話しを聞いてくれそうなのを教えておいてあげる。 頭ちょっと緩いし、そんなに情報持ってるとは思えないけど、貴方よりマシだろうから」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやり取りがあった後、アクラはレンの空間を出て三咲町の市内を歩いていた。

まだレンの言う話を聞いてくれる人には会っていない。

そもそもアクラはこの町の地形すら把握してないのだ。

実際問題として動き回る上で全く把握してないのはまずかった。

だからここまでの時間を地形を把握する時間に費やしたのであった。

 

「さて……そろそろ行かないとな。 まずは病院にと」

 

アクラはレンから数箇所だけ必要な場所を教えて貰っていた。

その一つが町にある病院であった。

無論、アクラやレンに病院が必要あるわけではない。

他の理由があってアクラは病院に行かなければならないのだ。

 

「あ、すみません……ちょっと良いですか?」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

アクラは見た目にはそれほど普通の人間と変わらない。

だからこうやって病院に入って受付の看護婦に話しかけても何の問題もなかった。

そして誰も見ていないのを良いことに、アクラは看護婦と目を合わせた。

 

「血液パックが欲しいんだ。 ちょっと持ってきて貰えないかな?」

 

「あ……はい」

 

瞳を合わせればかけられる力、暗示。

レンなど普通の生命体でないものでは体だけしか不可能だが、本当にただの人間に本気で暗示をかければアクラは心までも操作することが可能であった。

但し完璧に心を奪っているわけではないので、単調な行動しか行うことが出来ないのが欠点だが、今回はそれで構わなかった。

 

(本当だったら俺くらいの力なら心まで操れるって……良く言われてたっけ)

 

受付の看護婦が行ってしまってから、アクラは何となく昔のことを思い出していた。

まだアクラが淫魔王という異名を言われなかった頃。

淫魔達の間でもアクラはあまり好かれた存在ではなかった。

淫魔の男性は射精させられることを、淫魔の女性は絶頂させられることを屈辱と感じる。

そのせいで淫魔同士の性行為は基本的に決闘や勝負以外では行われない。

だがアクラは少し違った。

淫魔の男の割りに射精に対しての屈辱などが特にはなかったのだ。

だから最初アクラは淫魔の女性達の中での身近な練習代として使われていた。

しかしそれはすぐに終わってしまった。

アクラの淫魔としての力が強すぎたのだ。

淫魔の女性達は次々とアクラの力に敗北していった。

そんな屈辱を味わいたくない淫魔の女性達は次々とアクラの元から離れ、それほどの出来事を起こしたために淫魔の男達も畏怖し、誰も近寄らなくなっていった。

いつの間にかアクラの周りには誰もいなくなったのだ。

それはアクラにとって辛いことだったはずだが、実際はそうでもなかった。

毎日のように淫魔の女性達に襲われる彼のそれまでは正直辛いものがあったからだ。

その間に手に入ったものと言えば淫魔の男達からの畏怖の目と、女を絶頂させるテクニックのみ。

今だからこそ多少の役には立っているが、当時は恨みしかなかった。

相手にしてくれるのはもう淫魔としての性が大分尽きていた歳のいった淫魔か、まだ性に関してそこまで関心のなかった幼い淫魔。

その頃にはアクラも手加減が可能になっており、幼い淫魔の少女に性の手解きをするだけが彼の楽しみであった。

大人の淫魔は嫌いだった。

彼のことを恐れ、嫌うだけの存在。

それを考えてみれば、他にも理由はあるがアクラがいつの間にか少女と呼ばれる程度の女性しかまともに相手にしなくなったのは必然と言えば必然であった。

歳のいった淫魔もアクラは嫌いではなかった。

自分に対してはっきりとした畏怖を持っていたわけではなかったし、例え持っていてもそれを隠すことが出来るだけの度量があった。

そして畏怖だけではなく、歳のいった淫魔達からはアクラは期待もされていた。

他の淫魔の類を見ないほどの強力な淫魔の力。

その力を使えば、どちらかと言えば使役されるだけであった自分達、淫魔の立場が変わるかもしれない。

そんな期待もまたアクラの重荷とはなっていたが、まだマシな方であった。

お前はもっと凄い奴になれる。

そう言われているだけでも、アクラは孤独ではないのが感じられるのだから。

 

「持って……来ました」

 

「ん……あぁありがとう。 んじゃ仕事頑張ってね」

 

思い出を思い返している間に看護婦は戻ってきたようで、その手に血液パックを持って立っていた。

それを受け取り、暗示を解くとアクラは軽くお礼を言い病院を去っていった。

暗示をかけていたことがバレることは早々有り得ないが、あまり怪しい行動を取りたくはないのだ。

コソコソはせず堂々とはするが、だからといって怪しい行動はなるべく取らない。

これがアクラが長年人間の世界を生きてきて学んだことだった。

そしてアクラはその学んだものを生かし、堂々と病院の出口から出て行った。

特に隠蔽も何もしない。

ただ病院から一つの血液パックがなくなっただけである。

事件でも何もない。

下手な隠蔽は不要なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここら辺、かなぁ」

 

病院を出たアクラは人気の少ない路地裏の方に入っていった。

レンが言うには、話しを聞いてくれそうな人はここら辺にいるらしいのだ。

それだけ聞いてると完全に浮浪者だが、アクラもしょっちゅう外で寝たりするので特に気にしてはいなかった。

アクラのように人でないものにはそれなりに事情があるものなのだ。

 

「お気楽そうで、馬鹿っぽいの探せって言われたってねぇ……」

 

レンのその人物に対する説明はかなり適当であった。

曰く、頭が抜けてるとか、緩いとか馬鹿っぽいとか。

そんな抽象的な表現だけで、この路地裏から探すのは正直かなりおかしかった。

 

(ってかそれで俺よりはマシって……俺どれだけ評価低いんだか)

 

レンの言葉を思い返しながら歩いていたアクラは意味もなく一人落ち込んでいた。

別にレンは短絡的にアクラがその人物に劣っていると言っているわけではないが、そう取ってしまうくらいには実はアクラさネガティブ思考だった。

いやたまに陥りやすいと言うべきではあるが。

 

「あ〜もう考えるの止め。 とにかく探さなきゃ」

 

ネガティブ思考をとりあえずは打ち切り、アクラは探すべき人物の捜索に集中し始めた。

アクラも早々普通の生活をしてこなかったわけではない。

こんな場所でも気配を読み、どこかに誰かいないか探すのはそれほど難しいことではなかった。

 

「……そこに誰か?」

 

「!?」

 

気配を探りながら歩き出して数分、アクラは路地裏の中に一つの気配を見つけた。

その気配はあからさまに気配を消そうとしており、普通のものではないのが明確であった。

 

「えっと、弓塚さつきさん? だったら出てきて欲しいんだけど」

 

「え!? な、なんで私の名前知ってるの?」

 

その声に反応して闇から顔を除かせたのは茶色の髪を二つにまとめた少女だった。

服装はこの近辺にある高校の制服で、顔付きの年齢もそれくらいのようだ。

だがこんな昼間にしかもこんな路地裏に女子高生がいるのはかなり変わった風景だった。

彼女の目が人外を表すように赤くなければ。

 

「あぁ良かった。 やっと見つけられたよ」

 

「お、追っ手の人? だったら逃げなきゃ……」

 

「あ、いやいや! レンから紹介されたんだよ」

 

「レン……さん?」

 

アクラのことを見た途端一旦逃げようとした少女だったが、レンの名前を聞き止まった。

やはりレンに紹介された弓塚さつきで間違いはないようであった。

 

「えっと……黒い方ですか? 白い方ですか?」

 

「え……? ん、んっと多分白……だと思うけど」

 

突然のさつきの質問にアクラは少し困ったような表情をし答えた。

さつきの質問の意味が分かっていないのだ。

今の質問の答えも、単純にレンの服が白いからそう思うと答えただけだった。

だが、その答えに納得したようにさつきは嬉しそうに頷いていた。

 

「レンさんの知り合いだったんですか。 なら大丈夫ですね」

 

「レンさん……ってのがレンなのかは分からないけど、伝言とこれを持って行くように言われたから」

 

「あっ!」

 

何故か安心しているさつきに未だ軽く戸惑いながらもアクラは懐から血液パックを取り出した。

それを見た途端さつきの目が輝く。

そしてそれに呼応するように小さくお腹の音が鳴った。

 

「あ……」

 

「えっと……すぐ飲む?」

 

「……ありがとうございます」

 

静かなために響き渡ったさつきのお腹の音。

そのためさつきは顔を伏せながらもアクラから差し出された血液パックを受け取り飲み始めていた。

血液パックから血を飲む。

それは酷く珍しい光景であったが、彼女、弓塚さつきが吸血鬼であることを考えれば当たり前であった。

弓塚さつきは死徒と呼ばれる吸血鬼で、凶暴になってはいないが、一週間に一度くらいは血液が必要なのだ。

 

「それで俺はこの町に来たばっかりでさ。 右も左も分からないから……」

 

「そうだったんですか〜。 でも私もそこまで分かりませんよ?」

 

「あれそうなの? レンってば適当言って……」

 

さつきが血液パックを飲みのを見ながらもアクラはここに来た理由をさつきに話していた。

正直今始めて会ったばかりにも関わらず、アクラの話しを真面目に聞いているさつきの神経はおかしい。

彼女は死徒であり、埋葬教会にも狙われているはずなのだ。

そんな彼女がレンの知り合いと言っただけでこうやって警戒心なく話している。

これがもしアクラが本当は埋葬教会の使いで、さつきを油断させて殺そうとしているのかもしれない。

そういう可能性をさつきは捨てているようにしか見えないのだ。

 

「それでえっと……」

 

「あぁ俺はアクラ。 ごめんごめん名乗ってなかったね」

 

「あ、はい! ではアクラさんは、レンさんとどんな関係なんです?」

 

「ん〜……どんなかぁ」

 

その質問を受けてアクラは内心少しだけ困っていた。

確かに現在は協力者となっているが、本来アクラはレンとそう良好な関係を築けてるとは言いがたい。

故にここで適当なことを言ったらレンに後で何か言われるかもしれない。

そう考えたのだ。

だが、アクラは自分の素直な気持ちに従うことにした。

後のことも考えずに。

 

「ん〜今は協力者って所かな……でも」

 

「でも?」

 

「最終的にもっと近い関係になれたらなって思うよ。 ほら、レンって可愛いじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ。 ありがとうさつき」

 

「はいっ! ではレンさんに宜しくお願いしますね」

 

その後しばらく街の様子や、注意することを聞いたアクラはさつきに別れを告げ、街中に戻っていった。

レンに言われた通り、さつきは少し天然な所もあって少し頭も緩いかもしれないが、アクラよりもずっとこの町のことが分かっていた。

しかし何よりアクラにとってはさつきが好感の持てる人物で安心していた。

アクラの正体を知っても笑っており、本音を話しても素直に聞いてくれていた。

それだけでアクラのような立場では珍しい相手であり、素直に好感の持てる人物と思って問題はなかった。

 

(もしかしてそれが目的? まさかなぁ……)

 

さつきはこれからも特に問題がない限りアクラの良い友人になってくれるだろう。

それを手に入れたのは良い収穫ではある。

それが目的でレンが会わせたというのも考えられたが、確証には至らなかった。

 

「代行者シエルか……やっぱ昨日の奴だよなぁ」

 

さつきに聞いた一番の情報。

それがこの街を拠点とするという代行者の存在であった。

確かに一度は逃げ切れたが、代行者はそう生易しいものではない。

この街に滞在する以上、また対峙することになるのは間違いなかった。

 

「あぁやだやだ……」

 

正直また会うのはごめんである。

そんなことをぼやきながらアクラが路地裏を出ようとした時であった。

どことなく違和感を感じたのは。

 

「っ……?」

 

その違和感そのものはとても些細なものであった。

言われなければ気付くことがない程度の違和感。

だが何故、アクラがその違和感に気付いたのか。

アクラは以前にこの違和感を感じたことがあるのだ。

しかも本当に、つい最近。

そして、アクラとレンの話し合いの際に浮かんだ本当の犯人候補の気配だ。

 

「また……あいつらか」

 

小さく面倒そうにアクラは呟くと路地裏へと向き直り、歩みを進めた。

すると少し行った先に幾人かの男女の人影があった。

一見すると路地裏に住む、浮浪者の類にしか見えないが、アクラには分かっていた。

彼らが浮浪者等ではないことが。

 

「ウ、ウゥ……」

 

近くまで近づくとそれはハッキリしていた。

人影は皆、瞳孔が開き、口の端から涎を流し、喉から獣が唸るかのような声を出しているのだ。

普通の人間であるならば、狂人か薬物中毒者のような様子である。

 

「お前らが無駄に被害出すとレンが疑われるんだよね。 悪いが還って貰おうか」

 

「ガァァァァァ!!」

 

アクラのその言葉に反応を示すように男女は同時に獣のように吼えた。

いやこれはもはやただの獣である。

そして獣達は子供のような体型である、アクラに襲い掛かってきた。

 

「力を使うとまたバレる可能性が高いからね……素手でも何とかなるだろ」

 

だがアクラは涼しげな表情をしたまま先頭の獣の頭を殴り飛ばした。

その衝撃にまるで車にでも撥ねられたかのように獣が吹き飛び、ビルの壁にぶち当たった。

良く見ると、殴られた場所が陥没したようになっており、即死なのは間違いなかった。

しかしそんな無残な死に方をした仲間のことを理解してないのか、獣達はそのままアクラに突進してきた。

だが所詮は獣。

それほど個体差があるわけがなかった。

あるものは蹴られ、首が有り得ない方向に曲がり、またあるものはその場に潰れた蛙のように打ち付けられた。

数分もしない内にアクラを体格で上回るはずの獣は全て死骸となっていた。

その死骸をどこか感情のない瞳でアクラは見下していた。

それがまるで当然だと言うばかりに。

 

「……まぁこんなもんだろ。 良かったな還れて」

 

「なっ……なんだこれ……」

 

「っ!?」

 

突如響いた困惑するような声、その声にアクラが振り返るとそこに今居てはまずい影がいた。

アクラより少し短い黒髪をした眼鏡をかけた学生服の青年であった。

いや正確に言えばアクラより年上なだけで、少年と言った方が良いだろう。

背丈は先ほどの獣よりは小さいが、アクラよりは高い程度。

服装から学生なのは分かるが、アクラよりも見た目的な年齢は高そうだった。

だがそんなことは対した問題ではない。

今のアクラには他に大きな問題があった。

この少年は獣ではない。

そしてアクラが今、獣の死骸の中に立っているのを見られたのだ。

しかもアクラの手には獣の血がついている。

誰がどう見てもこの状況を作ったのが、アクラだと分かるだろう。

 

「ちっ……仕方ない」

 

騒がれて警察を呼ばれたりしては教会にアクラのことがバレる可能性がある。

それを思考に入れると、アクラとしては少年をただで帰すわけにはいかなかった。

 

「殺すってわけにはいかないからな……」

 

アクラは基本的に敵対してないものまで無差別に殺すような外道ではない。

むしろアクラとしてはなるべく殺したくは無かった。

故にアクラはいきなり少年と目を合わせ、暗示を使った。

体を支配する暗示を。

 

「う……」

 

「何? 珍しいな……随分と強い心だ」

 

アクラは暗示をかける際相手の心に触れる。

完全に触れることが出来れば簡単に心の奥底まで操ることが出来るのだが、本来人の心とはそれなりに強い防壁があるものである。

それを突破するのが本来困難であり、アクラの悩みの種だった。

更に人であらざるものには大体の場合は人にはない魔力の耐性にまであり、余計に操ることが難しい。

この少年にはそういった魔力に対して耐性のある人物の上、その防壁はあらざるもの並みだった。

無論直接魔力を送り込み、強力な暗示を無理矢理かければ別ではあるが。

 

「まぁ悪いけど、今回のことは運が悪かったと思って諦めてくれ。 殺されないだけマシだと思ってくれよ?」

 

「ぐ……」

 

直接の魔力を送り込み強力な暗示をかけるため、少年の頭に手を伸ばしたその瞬間だった。

 

「動くな!」

 

「っぉ!?」

 

突如としてアクラのいた場所を銃撃が襲ったのだ。

ギリギリ反応し直撃はしなかったが、少年から離れてしまい、暗示も解けてしまっていた。

 

「志貴、大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ」

 

アクラを銃撃し、少年に駆け寄ってきたのは濃い紫色の服装をした少女だった。

その手にはハンドガン程の大きさの銃が握られており、それで銃撃したのは間違いなかった。

 

「あ、あぶねぇ〜当たったらどうするんだよ」

 

「人間を素手で殺せるような化け物である貴方が、この程度で死ぬとは思いませんから」

 

不平不満を言うアクラに対して、少女は鋭くも冷たい目線を送ってきていた。

青年はまだ少し戸惑った様子を見せてるが、少女は冷静に状況を判断しているようであった。

 

「人間って……これのこと?」

 

「……死者をこれとは。 やはりそういうものですか」

 

「ちょ、失礼な言い方するなよ! そもそも元を辿れば俺がこいつらを殺したじゃないし、俺は還しただけなんだから!」

 

あまりの言い草に少し頭に来たのか、少し声を荒げてアクラは少女の言葉を否定した。

その不思議な物言いに少しだけ少女が眉を潜める。

 

「還す……?」

 

「しっかり調べてから言ってくれよな。 まぁどうせ……聞かないんだろうけど」

 

「あっ! 待ちなさい!」

 

少女が自分に対しての思考を外したのを感じたアクラは素早く意識を集中させると、その場から姿を消した。

また夢の中へと入り込んだのだ。

そして後には何か考える様子の少女と少年だけが残されただけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外は嫌だなぁ全く……汚れるし」

 

レンの空間へと戻ってきたアクラは世界に干渉し、手についた血を消した。

アクラとてそれなりの神経は持っているため、いつまでも自分の手に血がついているのは嫌なのだ。

身だしなみを整え、そのままの足でレンの居る辺りまで行ったアクラだったが。

 

「あれ?」

 

今朝レンと別れた場所。

そこに行ったアクラだったが、そこにレンはいなかった。

この空間の中にいるのは分かっているのだが、何故かレンは姿を見せなかった。

 

「ん〜? レン? ……っと」

 

レンの姿を探そうと辺りを見渡したその瞬間、いきなり鋭く尖った氷が飛来してきた。

寸での所で避けたアクラだったが、この空間で氷で攻撃してくる人物は一人しかいない。

 

「ちっ……避けたわね」

 

「レン? いきなり何するんだよ」

 

声のした方向にアクラが振り返ると、そこにはやはり予想通りの人物が居た。

かなり不機嫌な様子でアクラを睨み付けるレンである。

 

「今日一日考えてたんだけどね……アクラが私を舐めているのは、偶然にも私に勝ったからだって分かったのよ」

 

何故か偉そうに腕を組むレン。

別段凄いことを言っているわけでもないのに凄い自信タップリの様子だ。

 

「えっと……あれは偶然じゃないと思うんだけど」

 

「偶然よ! というかそもそも負けてないわよ!」

 

「いきなり撤回してるし……」

 

とにかくレンの言い分としてはアクラに前回手酷くやられたのが気に食わないらしい。

それ自体は怒ってもらうのは一向に構わないのだが、この情緒不安定具合が気になった。

 

「ん〜どうかしたのレン? 昨日それはどうでも良いって」

 

「冷静に考えたらどうでも良くない! というか問題点はアクラが私を舐めてるって点よ!」

 

「舐めてるねぇ……そりゃ舐めたいけど」

 

「そういう意味じゃない!」

 

とりあえず深い問題になっていないのを理解したのか、アクラは余裕のある態度になっていた。

軽口を叩くくらいの余裕だが、それでもアクラの素である若干子供っぽい雰囲気に戻っている。

 

「私の使い魔にならないってのも、私を舐めてる証拠でしょ。 だから教育する必要があるのよ」

 

「それは断る。 だって俺がレンの使い魔になる理由はないし」

 

「だからそれが舐めてるのよ!」

 

まるで猫が威嚇するかのように唸るレンにアクラは少しだけ頭を押さえた。

しかしこれは決して頭が痛いから押さえているわけではない。

普通の人ならば若干ヒステリックも入ってきてるレンの言い分は頭が痛いだろう。

だが、アクラは逆なのだ。

こういった対等に近い会話。

それ自体がアクラにとってはとても珍しく嬉しいものなのだ。

 

「……何笑ってるのよ」

 

「え、あぁうん。 何か嬉しくって」

 

「嬉しい……? ってそうじゃなくて!」

 

アクラの言葉に意味が分からないと言いたげな表情になったレンだったが、急に首を振り気を取り直したようにアクラを睨みなおした。

 

「とにかく……後悔させてあげるわ。 私を舐めたことを」

 

「本気で戦う気?」

 

レンは言葉を紡ぎながらも、空中に氷のつぶてを発生させ始めてきた。

それを見ながらも最終確認のようにアクラは呟いた。

 

「当たり前でしょう? 大丈夫……殺さないであげるわ」

 

「……じゃあ俺が勝ったらレンの身体を楽しまさせてもらうよ」

 

「ふん……出来るものならね!」

 

今回は油断しない。

そう決めているからか、レンは自信満々な様子でアクラの言葉を了承した。

そして開始とばかりに氷のつぶて一つ一つが大きな氷の刃となりアクラに向かって飛来する。

 

「約束だからね!」

 

激しく飛び交う氷の刃を回避しながらもアクラはレンに呼びかけ、距離を詰めるべく走り出した。

レンは遠距離からの氷よる攻撃を得意としているとアクラは読んだのだ。

 

「まぁそう来ると思ったわよ!」

 

アクラのスピードは意外に早い。

そしてレンとて、それほど戦闘に慣れていないわけではない。

アクラが戦いに慣れており、レンの氷の散弾すらもアクラにとって対した障害にならないことも理解出来るのだ。

だからか、だいぶ近づいてきたアクラに対して、レンは深く腰を落とした。

 

「っ?」

 

「だからアクラは……舐めすぎなのよ!」

 

「なっ!? うわ!」

 

そうレンが言うと共にレンの姿が突然目の前から消えた。

アクラは直感で何かに気付くと、頭を下げ死角から放たれた鋭い一撃を避けていた。

良く見ると、レンはいつの間にかアクラの背後に立っていた。

今のはレンが近接間合いで、魔力を使い鋭い蹴りを放ってきたようだ。

 

「ちっ、良い勘してるじゃない」

 

「ふぅ……正直びっくりしたよ。 だけど……」

 

レンの近接での戦闘能力はアクラが予想していたよりも高い。

だがアクラにとってはそれだけだ。

いきなり姿を消えたのは驚いたが、この距離ならばアクラが負ける理由はなかった。

 

「この距離は、俺の距離だ」

 

素早く爪を出し、自分の手の平を軽く切る。

あまり深くは切ってはいないが、それでも軽く血は出る。

そして血が一滴落ちると、それは起こった。

 

「なっ!? くっ……この。 ケホケホ」

 

血を中心に赤い霧が発生したのだ。

それを咄嗟にレンは避けたが、多少吸い込んでしまったようで軽く咳き込んでいた。

 

「ふふっレン。 これで俺の勝ちだね」

 

「っ……何をしたの」

 

まだ決着はついていないにも関わらず、アクラは勝ち誇ったように笑っていた。

その自信満々な態度にレンが怪訝な表情になる。

だがその態度の意味はすぐに分かることになった。

 

「っ……くっ?」

 

レンがいきなり肩膝を突いたのだ。

何が起こっているのか、分かっていない表情だ。

 

「ふふっ目の前がクラクラするでしょ? それに頭もぼぉっとねぇ」

 

「これ……まさ……か」

 

「人間の魔術の応用でね。 俺の魔力を血に染み込ませ、淫魔の強力な毒を発生させるってこと」

 

「卑怯……よ。 真面目に……」

 

「真面目に戦えって?」

 

レンのくやしそうな表情を見ながらも、アクラは愉快げに笑っていた。

いや本当にレンの言い分が愉快なのだ。

レンは忘れているのだ。

アクラの種族が何なのか。

 

「レン、俺は淫魔だよ? 淫魔には淫魔の戦い方がある。 こういった戦い方がね」

 

「くっ……あっ!」

 

まともに動けないレンにアクラが近づく。

そしてレンの体を背後からそっと抱きしめた。

それだけで服が摩れたのか、軽く声を出してしまった。

 

「レンは動けなくて、俺が捕獲。 これって俺の勝ちじゃない?」

 

「っ……み、認めない……わよ。 これは負けじゃない……負けじゃないんだから」

 

口振りでは確かに否定している。

だがその瞳や動きを見て、アクラは確信していた。

レンは分かっているのだ。

戦いに卑怯も何もない。

アクラは淫魔としての自分の能力をフル活用してレンの動きを封じたのだ。

それから出る結論はただ一つ。

レンは今、アクラに敗北したのだ。

それが分かっているからこそ、レンは力を抜きどこか諦めたように瞳を伏せたのだ。

 

「ふふっさぁレンで楽しませて……っと思ったけど、今回は許してあげる」

 

「えっ……?」

 

すっかり覚悟を終えていた所での突然のアクラの言葉にレンは呆然としてしまった。

そんなレンを尻目にアクラはレンを抱いたまま、その手をレンの額に当てた。

 

「んっ……」

 

「俺の魔力を抜いてあげる。 魔力で過敏化してるのはすぐ治るからさ」

 

レンの見ている前でアクラの手にピンク色の魔力が流れていく。

それが先ほどまでレンを支配していたアクラの魔力なのは、見てすぐに分かった。

それはレンの体が常時の状態に戻っていくのでも証明されていた。

 

「……ふん、情けでも掛けて、借りでも作ったつもり?」

 

「そんなことしないよ。 ただ俺は元々レンを襲うつもり何てないんだし。 それに今回勝負を挑んできたのはレンじゃないか」

 

「……まぁ良いわ。 それでさつきには会えたの?」

 

これ以上アクラにつっかかっても墓穴を掘るだけ。

それが分かっているのか、レンは話しを変えてきた。

 

「うん会えたよ。 良い子だとは思うけど……えっとあのさ、あの子、本当に死徒?」

 

「まぁそう思うでしょうね……でもさつきは間違いなく死徒よ。 しかも正直信じたくないけど、二十七祖に匹敵するかもしれないくらいの」

 

「はぁ……あの子がねぇ」

 

レンの驚きの情報にアクラが関心したように声を出してしまっていた。

二十七祖とは死徒の中でも本当に強力な存在で、アクラにとっても目の上の存在であった。

淫魔としてはとんでもなく強いアクラにとっても、上には上がいるのだ。

 

「ってことは下手すりゃ俺やレンが本気で戦っても勝てないんじゃ……」

 

「……条件さえ揃えば私なら勝てるわよ。 アクラはどうだか知らないけど」

 

「大きく出るねぇ。 相手は二十七祖だってのに」

 

「真祖にすら通用したことがあるのよ? まぁ……本気じゃなかったと思うけど」

 

自信満々に語ったり、急に落ち込んだり。

こう話してみるとレンはアクラが思っていた以上に子供っぽい少女であった。

確かに大人びて見えることもあるが、純粋でその身に似合うくらいの白い少女であった。

 

(それを汚したんだよな俺は……って何考えてるんだか。 でもなぁ)

 

「ん? どうかしたのアクラ?」

 

「え、あ、あぁいや。 そういえば昼間なのにあいつらが出没してたよ」

 

「……? ってあいつらが?」

 

頭の片隅で考えてたことで勝手に落ち込んでいたアクラは急に誤魔化すように話題を変えた。

その態度にレンは少しだけ疑問そうな表情をしたが、すぐにその言葉の方に食い付いた。

レンにとって今一番大事な情報だからである。

 

「相変わらず人間の真似をしてたよ。 居て害にしかならないし、還しておいたけど」

 

アクラやレンの言うあいつら。

それは今日の昼間アクラが一方的に破壊した獣達であった。

人の真似をしている。

その言葉にレンが嫌悪感を露にするように表情を歪めた。

 

「相変わらず美的センス0ね。 気持ち悪いったらありゃしない」

 

「ただ造形が人間に似てるのは勘弁して欲しいよ。 変な二人組に還す所を見られてさぁ」

 

「えっ……?」

 

そんな情報を共有してる時、アクラにとっては何気ない一言だった。

しかしレンはアクラの言葉に目を見開いて反応した。

まるでアクラから聞いてはいけない言葉を聞いたかのように。

 

「ちょ、ちょっとアクラ! そんなこと初耳よ!」

 

「へっ? え、あのレン? 何のこと?」

 

「その二人組のことよ! その二人の特徴は!?」

 

急に焦ったように矢次に質問してくるレンに対してアクラは戸惑うしかなかった。

しかしそれも仕方ないだろう。

アクラにとってはちょっとした愚痴レベルの話なのだ。

だが、それにレンは物凄い食いついてきた。

本来重要なはずの獣達の情報よりもである。

 

「えっと……男と女の二人組で、男の方は学生……」

 

「学生服……でしょ? まさか会っちゃうなんて」

 

「……知り合い? 手を出しちゃまずかったとか」

 

レンの口振りに何かを察したのか、アクラは少しだけ真面目な表情になった。

確かにあの眼鏡をかけた青年は強い魔力耐性を持っていた。

ただの人間ではないとはアクラも察していたが、レンと知り合いとは思いもしなかった。

だが、続くレンの反応はアクラの想像を超えていた。

 

「し、知り合いだけど……別に手を出しても……あぁでも志貴は色んな奴と知り合いだし」

 

「っ!?」

 

レンは少しだけ顔を赤らめ、誤魔化すような反応をとったのだ。

しかもアクラが頼んで呼ばせて貰った名前を呼び、どこか困ったような表情をしている。

その反応からアクラは読み取っていた。

レンの中にある志貴という先ほどの青年への気持ちを。

それに気付いてしまうと、急にアクラの頭の中が冷え切っていった。

先ほどまでに笑顔交じりにレンと話していた時とはまるで別のようになっていったのだ。

だがそんなアクラの様子に気付かずにレンは未だに軽く困ったように話していた。

 

「ま、まぁ手は出さないことね。 志貴には真祖も味方についてるから……アクラ?」

 

そこまで言った所でやっとレンはアクラの様子の変化に気付いた。

意識がないのではない。

アクラはどこかそう、人形のような表情をしていた。

そしてレンが見ていることに気付いたのか、アクラの表情にあからさまに取り繕うような表情が作られていった。

 

「あ、あぁうん分かったよレン……ちょっともう一回外に出てくる」

 

その取り繕うような表情を作ったままアクラはレンを離して立ち上がった。

今まで離すものかというくらい強く抱きしめていたにも関わらずである。

その意思はレンも分かっていたし、先ほどの敗北の代償と考えていたからレンも暴れないでいた。

だが、これほど急に離されるとレンとしても少し唖然とするものがあった。

 

「アクラ? どうしたのよ」

 

「……別に。 まだ代行者がうろつく時間にはまだ早いだろうからさ」

 

自らの表情を隠すようにアクラはレンに背を向けてしまった。

レンの問いかけに対する返答もどこか冷たい。

そしてそのままレンの問いかけに答えることはなく、アクラのレンの空間から姿を消した。

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