※この作品はR-18です。

黒の少年と白の少女   作:ムマ・N

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たまには書くか。


犯人の手掛かりと錬金術師(エロなし)

「何だろなぁ……これ」

 

 自らの感情が理解出来ないまま、アクラは街中を歩いていた。先ほどとは違い、明確な目的があるわけではない。

 そのためアクラは良く知りもしない三咲町を徘徊する結果になっていた。

 目的がないのならレンの居る空間に帰れば良い。ただそれだけなのにそれをアクラは実行しなかった。

 何故だか分からないが、レンに会いたくないのだ。そんな考えがある中でアクラが帰る理由はなかった。

 

「はぁ……」

 

 しかしアクラには分からなかった。

 何故レンが志貴というあの少年の話しをしているのを見たくないと思ったのか。

 今何故レンに会いたくないという気持ちがあるのか。それがアクラには全く理解出来なかった。

 

「レンに会いたくないなんて……そんなわけないのに」

 

 レンは本当に久しぶりに会えたアクラが話せる存在だった。

 基本的にアクラに会うものは二種類。敵対しているものか、淫魔の力に溺れ、心酔してしまっているものか。

 不確定に多少話せる存在はいたが、その二種類がほとんどであった。だがレンはそのどちらでもない。

 まだ会ってからの時間はとても短いが、アクラと対等に話してくれるレンはとても希少であった。

 そういう意味ではアクラはレンにとても好意を持っていた。

 故にレンに会いたくないというのは有り得ないことであった。

 

「あ〜もう良いや。 あいつらでも探して……根元を探らなきゃ」

 

 いくら考えても答えは出ない。

 そう考えたアクラは軽く頭を振って自らの考えを振り払った。

 実際いくら考えても分からない問題に取り組むほど今のアクラは暇なわけではない。

 今のアクラには目的地はない。だが一応外に出ている目的はあるのだ。獣達が発生している原因。

 それを探す必要があるのだ。それがこの事件の犯人であるはずなのだから。

 

「しかしあれには魔力の繋がりないからなぁ……どうやって探るやら」

 

 獣達が発生している原因を特定するのはそう簡単なことではなかった。

 今までアクラが調べるまでもなく誰かしら調べている可能性は高い。そもそもこの街には教会の代行者がいるのだ。

 もはや噂になっているレベルで獣の事件は発生している。そう考えると代行者がこの事件について動いていてもおかしくはない。

 ただそれでも見つかっていないことを考えると、普通の方法で探すのは多分無理なのだ。

 

「むぅ……考えても思いつかないなら足を使うか」

 

 いくら方法を考えても思いつかなければ行動する。そう考えたアクラはまた三咲町の中へと足を進めた。

 未だ見たことのない場所へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……でかい屋敷だなぁ。 日本にしちゃ珍しい」

 

 そうして足を進めたアクラは今、三咲町の山の上の方にある大きな屋敷の辺りまで来ていた。

 この街のある種の中心であるこの屋敷には先ほどまでは近づいていなかった。単純に寄る理由がなかったからではあるが、何か近寄りたくない雰囲気を醸し出していた。

 

「まだ探ってない所の一つだからなぁ……少し入ってみるか」

 

 そうしてアクラはそっと屋敷の門を突破し、屋敷の敷地内に侵入した。しかし今だから言えることもある。

 この時レンの元を離れ、一人探索していなかったならばここに侵入することはなかったであろう。

 ここは入ってはいけない場所の一つであったのだから。

 

「中を入ってみてもまだ広い……しかしそれにしてもあんまり魔力自体はない……か?」

 

 魔力の気配がなければここは白。

 そう断定するのが普通だが、アクラは何故かこの場所が気にかかっていた。

 持ち前の勘がここを普通の場所じゃないと感じさせているのだ。

 

「むぅ……もう少しだけ」

 

 だからアクラはどんどん屋敷の敷地内の奥の方へと進んでいく。正直言って無用心な行動であった。

 実の所警戒心の強いアクラにはとても珍しい行動である。

 

「……っと」

 

 大分屋敷に近づいて来たその時だった。ここまで来てやっと人の気配がしたのだ。

 この規模の屋敷にしては人の気配が少ないと思っていた矢先だった。

 

「……メイド?」

 

 木の陰に身を隠し、アクラが前方を見るとそこにはメイド服を着た赤い髪の少女がいた。

 西洋ならば未だにいないこともないが、東洋で見たのは始めてであった。というより普通はいない。

 

「あいつらじゃない普通の人間か……やっぱり勘は外れだったかなぁ」

 

 獣がいる場所ならば、普通の人間がいれるはず はない。

 普通の格好をしていないとは言え、前方のメイド服の少女はあからさまに普通の人間であった。

 

「……何かパッと見、今の俺ってただの覗きだよねぇ」

 

 ふと冷静になってしまいそうになったが、アクラはメイド服の少女から目線を外した。

 少なくともあのメイド服の少女は獣に関係するようには見えない。だがこの屋敷全てを否定するにはまだ判断材料が足りなかった。

 ならば更に奥に進むしかない。そう考えたアクラはメイド服の少女に気付かれないよう屋敷の内部にまで侵入を試みようとしていた。

 どうやら住民が少ないらしく、メイド服の少女に気付かれなければ容易に侵入出来そうであった。

 

「不法侵入何だけどね本来なら……まぁ緊急的処置ってことで許してね」

 

 そう呟き、アクラはメイド服の少女の目を盗み、屋敷に侵入しようとした。その時である。

 

「何者です!」

 

「っ!?」

 

 唐突に声が響き、アクラは咄嗟にそちらを見た。そして自らのミスに気付いた。

 

(……まさかこんな屋敷に入ってくる人が居たなんて)

 

 アクラがしたミス。それはアクラの侵入しようとしていた経路であった。

 アクラはメイド服の少女に見つからないよう進路を取り、上手く身を隠していた。

 だがいざ侵入しようとした際に、今から屋敷の敷地に入ろうとする人物からは丸見えの位置に移動してしまったのだ。

 こんな屋敷の敷地に徒歩で入ってくる人間等いない。そんな先入観からのミスであった。

 

「遠野の敷地に無断で入ってきて……泥棒の類ではないでしょうが」

 

 そしてその先入観を壊した存在。

 それは門を抜けた少し先にて腕を組んでいる、長い黒髪を持つ少女であった。持つ気配はどう見ても令嬢の類で、気品が滲み出ている。

 まだ歳もそれほどいっているように見えない少女の持つ気配ではない。

 

「秋葉さま……?」

 

「っ……まず」

 

 どうやら少女の声で先ほどのメイド服の少女も事態に気付いたようであった。アクラの暗示は一人にしか使えない。

 この状態で同時に二人に発見されれば、上手く切り抜けることが出来るかは怪しかった。無論殺してしまえば楽なのだろうが。

 

(それを選ぶくらいなら強行突破するよな……俺なら)

 

「だんまりですか……なら少しお灸を据えさせて貰います」

 

 そんなことを考えている間も少女は一歩一歩アクラに近づいてくる。その目にはどこか殺気のようなものが漂っており、普通の人間の持つ気配とは少し違っていた。

 そしてその気配をどこかでアクラは感じたことがあった。

 

「……? この気配、吸血鬼……?」

 

「っ!? 貴方、本当に何者です」

 

 アクラの呟いた言葉に少女の表情が一瞬驚愕に変わった。

 そして先ほどよりも遥かに殺意を込めた瞳でアクラを睨んでくる。唐突にアクラから出た言葉に警戒しているようでもあった。

 

「吸血鬼を知っている……つまりまた兄さんの関係者ですか? どちらにせよ不法侵入者をただで帰す必要はありませんね」

 

 そう呟き、構えを取る少女。

 背後にはもう既にメイド服の少女の気配がすぐ近くまで迫ってきている。

 

(目の前のあの子を突破して門を突破する……か!)

 

 それしか方法はない。その覚悟を決めた瞬間であった。

 どこからかアクラの耳に鈴の音が聞こえてきたのは。

 

「えっ……?」

 

 場違いな静かで透き通った鈴の音にアクラは当初聞き間違いかと思った。だが確かに聞こえてきていた。まるでアクラを導くかのように。

 

「…………」

 

「あっ! ま、待ちなさい!」

 

 聞き間違いかもしれない。ただの幻聴かもしれない。

 だがアクラがそう考えるよりも早く、アクラの体は直感に従っていた。

 向かう先は出口があるかも分からない未知の方向。確かにそちらには目の前の少女にも背後のメイドの少女もいない。

 本来ならば知らない区域へと向かう等、馬鹿な考えでしかない。しかしアクラは直感ながら信じていた。この判断が正しいことを。

 

「こっちで……合ってるんだね?」

 

 誰に言うわけでもなくアクラは虚空へと問いかける。

 しかしそれに答えるようにアクラの向かう先に鈴の音は響いていた。

 少女は咄嗟に動いたアクラに反応し切れなかったようで、背後に気配はない。もはや逃げる必要はないのだが、アクラは走っていた。

 鈴の音が言っているのだ。こちらにおいでと。

 

「……出口?」

 

鈴の音に従うと、屋敷の壁に小さな穴が開いていた。

 普通の人間が通るには少しきついが、アクラの体格ならばギリギリ通れる。

 そしてアクラはその穴に滑り込み、そのまま屋敷の外へと脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ここまで来れば大丈夫か」

 

 鈴の音に従い逃げること数分。

 アクラはまたビルの並ぶ辺りまで戻ってきていた。そして路地裏にゆっくりと腰を落ち着かせ、小さく呟く。

 その頃には鈴の音も止まっており、これ以上逃げる必要はないと言っているようだ。

 

「……出てきてくれる? お礼が言いたいし」

 

 アクラがまた虚空に呼びかける。すると小さく鈴の音が響いて、それは姿を現した。

 

「きみは……」

 

「…………」

 

 アクラの前に姿を現したのは小さな黒猫だった。

 その姿を見たアクラは少しだけ戸惑ったような顔をしたが、すぐにどこか嬉しそうな表情になった。

 

「まずは、ありがとうかな? きみが逃がしてくれたんでしょ?」

 

「…………」

 

 アクラがお礼を言いながら軽く頭を撫でたが、黒猫は特に気にした様子もなくそっぽを向いていた。

 だが否定しない所を見ると、一応肯定はしてくれているようだ。

 

「それに無事で良かった。 あれから周りにはああいう奴らはいないか少し調べたけど、心配してたんだよ」

 

 その言葉に黒猫は少しだけ反応するように撫でるアクラを見上げた。

 そしてその真意を探るかのようにずっと見つめてくる。

 だがそれに気付いているのかいないのか、アクラは言葉を続ける。

 

「あいつらはきっと俺が何とかする。 もうきみのことを脅かさないようにね……だから安心して」

 

「!!」

 

 どこか誓うように真剣な表情で呟くアクラ。

 そんなアクラを見た黒猫は少なからず驚いたように小さく反応した。そしてすぐにアクラの表情は優しげなものへと戻っていた。

 

「さ、俺はそろそろ行かなきゃ。 二度あることは三度あるって言うけど……また会えると良いね」

 

 優しげな表情へと戻ったアクラは、黒猫から手を退かし立ち上がっていた。

 どう見ても猫相手に一人話す危ない人間だが、お互い通じているならばそれで良いのだろう。

 それを示すかのようにアクラの別れの言葉に従うように黒猫はアクラが向かう方向とは逆に走り出していた。調度屋敷のある方向である。

 

「……あの子、あそこの子なのかなぁ……まぁいっか」

 

 今のアクラの内心は何故だか少しだけ安らいでいた。レンを置いてあの空間を出た時のアクラとは全く違う。

 いつものお気楽な思考へと戻っていたのだ。

 

「約束したし……きっとまた会えるよね。 ふふっ」

 

 どこか遠くを見ながらもアクラはまた街へと歩き出した。

 あの黒猫ともう一度会えることを信じて。

 あの黒猫が自らの今後と深い係わり合いがあることも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしあの屋敷もシロだとすると……いよいよこの土地の関係者ってことじゃないってことだよなぁ」

 

 アクラは実の所無秩序に街のあちこちを歩いていたわけではなかった。

 魔力の流れを感じて歩いていたのだ。それから総合すると魔力の溜まっていた場所はこの街にそれほど多いわけではなかった。

 だが、どれも行ってみては外れ。どこも魔力の流れの場所にあっただけであった。

 土地的なもので魔力が溜まっていただけであり、作為的に溜めたものではないのだ。

 それでは今回の現象は起こせない。

 今回の現象を起こすには、魔力に対する深い知識と理解が必要なのだ。

 

「俺に気付かれない程の隠蔽を行っているってことだよなぁ。 それもこの土地の関係者に気付かれることもない程の隠蔽で……」

 

 勝手に魔力の流れを弄れば、その土地に住む魔術師の関係者にばれる。

 だからその土地の関係者が今回の現象を起こしているとアクラは考えていたのだ。

 しかしここまで土地の関係者がシロだとすると、後はこの土地に何者かが入り込んでるとしか考えられなかった。

 無論、アクラが気付けないくらい強力な隠蔽を行っている土地の関係者がいるのかもしれないが。

 だがそれをすればまた他の関係者に睨まれることは間違いなく、土地の関係者が行っているよりは、何者かがこの土地に寄生し、魔力を勝手に奪っているといった方が考えやすかった。

 

「しかし困ったなぁ。 大々的に捜索すれば、俺が目を付けられちゃうし……レンに迷惑もかかる」

 

 正直手詰まりに近い状況であった。

 誰も味方がいない状況は慣れているが、誰かのために働く以上、その人には迷惑はかけたくなかった。

 すっかり困ってアクラが路地裏の壁に背を預け、溜め息をついていた時だった。彼が再度アクラの前に姿を現したのは。

 

「や、やっと見つかった……」

 

「っ!?」

 

 路地の奥から聞こえた声、それを聞いた途端アクラは驚愕の表情をして振り返った。

 その声を一度しか聞かなかったが覚えていた。始めは気にしていたわけではなかった。

 だがその時のことを必死に思い出し、そして記憶していた。この少年。志貴のことを。

 

「……ふぅ。 話を聞かせて欲しい」

 

 そしてそんなアクラの様子に気付いているのか、少しだけ警戒した様子を見せながらも志貴はアクラに声をかけてきた。

 先ほどの言葉からしてもアクラを探していたのは良く分かった。だが、何故アクラを探していたのか?それが全く分からなかった。

 

「……良くまぁ俺の前に姿を現せられたな。 あの場でお前を殺すことも出来たんだぞ?」

 

 威嚇するように少しだけ荒っぽく言いながらも、アクラは志貴を睨みつけていた。

 この志貴という少年はアクラにとって無条件で敵である。そんな感情が何故だか浮かび上がってきたのだ。

 

「あの人達は既に死んでいた。 つまりアレを殺したのはきみじゃないんだろ?」

 

「……まぁな」

 

 確かに志貴の言っていることは合っている。

 あくまでアレは殺すつもりではなく、還すつもりでやったことだ。

 だから素直にアクラは返事をしたが、内心は志貴に敵対心を持ったままだ。

 

「なら……話だけでも聞かせてくれ。 アレは何だ?」

 

「……なんだお前、アレに興味でもあるのか?」

 

「気になるってのとは少し違うんだけど……まぁ放っては置けないかな」

 

 アクラの敵意に気付いてはいるのか、軽く苦笑しながらも真面目な表情で志貴は答えた。

 どうやら引く気はないようだった。

 

「アレは俺が片付ける。 お前には関係ない」

 

「まぁ……そうだよなぁ」

 

 アクラの返答が予想通りだったのか、志貴は頭をかいて苦笑を続けていた。

 元々駄目元だったのかもしれない。

 しかし続くアクラの言葉は予想外であったかもしれない。

 

「ただまぁ……俺の質問に答えてくれれば……教えてやらんこともない」

 

 少しだけブツブツ言うような言い方をするアクラ。

 本音を言うならば教えたくないのだが、アクラにもそれなりに理由があるのだ。

 

「……俺に答えられる範囲なら」

 

「答えなきゃ教えない」

 

 アクラの言葉に少しだけ悩んだようにしながらも頷く志貴に対してアクラはすぐに拒否の反応をした。まるで反応が子供だ。

 それに気付いてか、志貴は困ったように苦笑しながらも、少し息を吐いた。

 

「分かった答えるよ。 ただ本当に困ることは答えないぞ?」

 

「……まぁ良いか。 俺の質問はその……な」

 

「……?」

 

 志貴が答えると言ったのに、何故だかアクラの反応は思わしくなかった。そんなアクラの反応に志貴もまた不思議そうにしている。

 そしてアクラは何度か、言いづらそうにしながらもやっと口に出した。

 

「その……お前は何のためにこの事件に関わろうとしている?」

 

 アクラがやっと口に出した言葉。

 その言葉は特に変わってもいない平凡な言葉だった。あそこまで言い辛そうにしていたような言葉とは思えない。

 

「俺の目的について聞きたいのか?」

 

「い、いや違う。 目的じゃなくて関わる理由だ。 だ、誰かのため……とかなのか?」

 

「んー」

 

 アクラの質問の意図が良く分かっていないのか、志貴は不思議そうな表情をしながらも問い返した。

 しかしアクラは首を振り、少しだけ質問を変えてきていた。

 先ほどよりも明確な質問だが、その表情はまるで迷子の子供のように怯えた表情だ。

 そして質問を明確にしたおかげか、志貴は少し考えるような表情になった。

 

「まぁ……そうとも言えるかな」

 

「!? そ、それは誰だ! 答えろ!!」

 

「う、うわ!? っ!」

 

 志貴が小さく答えを言った途端アクラの表情が一気に変わり、志貴を壁に押し付けていた。

 胸倉を掴み叩きつけるようにやったため、志貴の表情も痛みに少し曇る。

 

「それが! それが重大なんだよ! 言え! お前は誰のために動いている!」

 

「ぐ……苦しい」

 

 よほど危機迫っているのか、志貴を絞めるかのようにアクラは詰め寄ってきた。

 だが首が軽く絞まっているのか、志貴は答えられない。それがアクラを更に追い詰めていた。

 

「言えないのか!? 早く言え!! 誰だ……言えないのか? 早く言え……殺すぞ」

 

 そんなアクラの興奮もまずい方向に動いているのか、少しづつ冷たいものになっていっていた。

 先ほどまでの警戒はしていても殺気は出していない状態ではない。

 その身に冷たい殺気を持ち、人外である証しのような気配も出していた。

 

「志貴!!」

 

「ぐ!?」

 

「が! げほげほ!!」

 

 だがそんなアクラの状態も長くは続きはしなかった。

 完全に頭に血が上り、冷静さを欠いていたせいか人影の接近に気付いていなかったのだ。

 そのせいでアクラの腕をいきなり飛んできた銃弾が貫き、血液が飛び散った。だがそのおかげで志貴は開放される結果になったのだが。

 

「また志貴を狙うとは……この事件の犯人はやはり」

 

「っ……またあんたか」

 

 アクラを突如銃撃し、志貴を開放させた人物。

 それは前回も志貴と一緒にいた濃い紫色の服装をした少女であった。

 腕から血を流しながらも、憎たらしそうにアクラは少女を睨む。

 その様子はさながらアクラ自身が獣と呼ぶ存在とそう変わりはしなかった。

 

「げほ! ま、待ったシオン! ちょっと待ってくれ」

 

「下がってください志貴。 彼は危険な存在です」

 

 それほど長い時間絞められていたわけではないためかすぐに志貴は復帰し立ち上がったが、シオンと呼ばれた少女はすぐに志貴とアクラの間に立った。

 その手には先ほどアクラを銃撃した銃が油断なく構えられている。

 

「邪魔するな……俺はそいつに聞かなければいけないことがあるんだ」

 

「何を聞くつもりかは知りませんが、志貴に手は出させません」

 

 冷たい殺気を纏うアクラと今にも銃を撃ちそうなシオン。そんな一瞬即発の状態を終わらせたのは志貴の以外な一言だった。

 

「……こうやってすぐに首を突っ込む友人のためだよ。 あとは俺の自己満足」

 

「は……? 志貴何を」

 

「…………」

 

 志貴の突然の言葉にシオンは意味不明といった表情をしたが、アクラは違った。

 冷たい殺気を維持させながらも、志貴の言葉を疑うような目線を向けてきていた。

 

「本当だ。 何度も言うが俺が首を突っ込みたいだけなのもあるけどな」

 

 もう一度念を押すように志貴が言うとアクラは疑うような目線を止めた。

 だが変わりに先ほど志貴と普通に話していた時のような迷子の子供のような表情を浮かべた。もっていた冷たい殺気も一気に消えてしまっている。

 

「じゃじゃあ……その友人の中に……その……」

 

「どういうことですか志貴。 話しが全く読めない」

 

「シオン。 本人から答えが聞けるみたいだし、もう少し待ってあげてくれ」

 

 なんとなくだがアクラの本質に気付き始めているのか、シオンの言葉に志貴は小さく笑って静かにするように指を立てた。

 そして当のアクラはさっきとは別人のように何度か口を開いては閉じを繰り返していた。

 そして何度か繰り返した後に小さく言葉を紡いだ。

 

「……レンっていう小さな白い女の子は入ってる?」

 

 小さな男の子が必死に考えた言葉を出す時はこんな表情をするだろう。

 そう言って聞けば誰でも納得するであろう表情を浮かべアクラは小さくそう問いかけた。

 

「レン? それに白いってもしかして……」

 

「や、やっぱり入ってるのか!? じゃあお前はレンのために動いてて……それで」

 

「あ、いや違う! きみこそあのレンの知り合いなのか?」

 

 よほど切羽詰っているのか、先ほどのように急ぎ足になるアクラを止めるためか、逆に志貴からアクラに問いかけた。

 その質問が聞こえたのか、アクラの言葉も止まる。そして今の自分の状態にやっと気付いてきたのか、何度か深呼吸をした。

 

「……まぁな。 俺の方よりお前が答えるべきだろ。 俺が質問に答える必要はない」

 

「俺の方は一応あの子のために動いてるんじゃないよ。 まぁ犯人である可能性はあったけど」

 

「そうなの!? あ、いや……そ、そうなのか? レンのために動いてるんじゃないんだな?」

 

 本音と作った部分が浮き彫りになる中、アクラにとって一番の重要視すべき部分が明らかになってきていた。

 そしてそれは明確に答えられることとなる。

 

「そうだな。 あの子のためにも動きたいとは思うけど、今は少し違う」

 

「う……び、微妙な答えだな。 まぁそれはお前がお人よしだとして……ふぅぅ……」

 

 やっと完全に冷静になり、そして安心したのか、アクラは深い溜め息を吐いた。

 

(なんでここまで安心するんだろ……分かんないけど……何か良いな)

 

 実際の所ここまで重要視しておきながら、アクラ自身何故ここまで気になるのか分かっていなかった。

 ただどうしても志貴がレンのために動いているのか気になる。そして動いていたら……殺したくなる。

 何故かそんな感情に支配され、頭に完全に血が上ってしまったのだ。

 正直、アクラ自身理解出来ない感情だが、その最後に訪れたこの安堵。

 この感情だけはアクラ自身とても心地よいものであった。

 

「……状況を分析するに。 とりあえずは敵対の意思はないと、そういうわけですか?」

 

「まぁ多分ね」

 

 アクラが一人安堵に浸ってる間に志貴とシオンはこっそりと話していた。

 結構情緒が不安定であるアクラを刺激しないようにとの配慮であろう。

 

「あ〜コホン。 とりあえず理解はしたから良いだろう。 俺の持ってるアレの情報を……まぁ対したものじゃないがやる」

 

 それに気付いてか否か、一つ咳払いをしアクラは体裁を取り戻した。

 もう取り戻せないレベルだったかもしれないが、気にしてはいけない。

 

「アレがどこから発生しているのかは俺にも分からない。 ただアレが何なのかは多少は分かる」

 

 そこまで言ってアクラは目を瞑り一度言葉を切った。

 そして次に目を開くと表情は引き締まり、真剣な表情になっていた。その表情を見て、志貴もシオンも表情を引き締めた。

 

「本当の名前は分からないが、俺はアレを肉人形と名づけてる。 死体の肉がまるで人間みたいに生活してる……死者への冒涜の代物だ」

 

「っ……死徒とは違うんだよな?」

 

「違う。 アレは魔力の流れも、肉体の肉も精巧に造られている。 自然のモノじゃない」

 

「私としてはそれが分かる貴方の正体も気になりますがね」

 

 先ほど志貴に攻撃したのが原因か、それともそもそも疑り深いのか、シオンは疑いの眼差しをアクラに向けていた。

 だがそんな視線自体に慣れているのか、アクラは涼しげに流していた。

 

「造り方の細かいのまでは分からないが、肉人形が事件の犯人だ。 そしてこの街のどこかに肉人形を作り出してる奴がいる……ま、証拠はないから半分は推測だけどね」

 

「……その情報が真実なら大きな進歩ですね。 まぁ真実ならですが」

 

「シオン!」

 

「疑うなら疑ってくれて構わない。 俺は俺で犯人を探すし、お前達は好きにすれば良い」

 

 どこか挑戦的な態度を取るシオンに対して志貴は声を上げたが、当のアクラは全く気にした様子はなかった。

 というよりも始めから信用されるとは思っていない態度だった。

 

「……あとこれは信じて貰えないと思うが俺からのサービスだ。 この辺一帯の魔力の流れを探ってみたが、おかしな流れは一つもなかった。 余所者が犯人ならかなりの隠蔽がしてるはずだ。 この土地に詳しいなら土地の関係者に当たってみると良い」

 

 その言葉を言う際のアクラは少しだけバツの悪そうな表情をしていた。

 先ほど頭に血が上って志貴を襲ったことに対する謝罪のつもりなのだろうが、素直に謝るつもりはないらしい。

 

「いやありがとう。 えっと……」

 

「……アクラだ。 そっちの人なら知ってるとは思うが、淫魔だよ」

 

「アクラ……? まさか淫魔の王」

 

「その呼び方をしないように。 俺はそんな大層なもんじゃない」

 

 シオンが知っているアクラの異名。

 それを聞いたアクラは少しだけ嫌そうな表情をした。しかしあまりその話しを続けたくはないのか、すぐに志貴に向き直った。

 

「この事件は俺が解決する。 レンを疑わせはしないし……レンに手出しもさせない。 レンは俺が守る。 志貴、お前には絶対に負けない」

 

「え……?」

 

 どこか覚悟を決めたようなアクラの言葉。いや宣言と言うべきであろう。

 アクラの表情はいたって真剣なものであったが、言われた方の志貴は全く理解出来ていないようだった。

 

「理解出来ないなら良い。 良いか、レンにはもう近づくな。 近づけば……殺す」

 

「なっ!」

 

「…………」

 

 言葉と共に放たれたアクラの殺気。それはさっき我を失って放たれた殺気とは別種のものだった。

 冷たく人外の染み付いた殺気ではない。どこか人間染みた嫉妬や怒気の混ざった殺気であった。

それを受けたシオンはまた銃を構え、臨戦態勢となったが志貴は違った。

 何故か自分の目的を話していた時の、そうあの困ったような笑みを浮かべていたのだ。

 

「……何がおかしい」

 

 その態度には流石に疑問に思ったらしく、アクラが警戒したような様子を見せた。

 しかし志貴は未だに笑っていた。そして驚くべき台詞を口にした。

 

「アクラだっけ? きみはあの子が好きなんだね」

 

「は……?」

 

「志貴! 何を意味の分からないことを!」

 

「あ……え……え?」

 

 志貴のふとした言葉。

 それにシオンは意味が分からないといったように怒鳴ったが、アクラは違った。

 志貴の言葉が理解出来ているとは思えないが、それ以上に完全に混乱していた。

 

「お、俺が……レンを……え、えぇ?」

 

 混乱中のアクラは見事に子供のような状態に戻っていた。普段のアクラと今のアクラ。

 どちらが本心というわけではないが、こちらの方が素に近いのだろう。

 

(俺がレンを好き? こいつ一体何を言って……え、でも俺のこの感情って……まさか本当に? 俺がレンを好きなのか?)

 

 アクラ自身多少の自覚はあった。

 自らと対等に接してくれる相手の少ないアクラはレンに対して少なからず好意を持っていた。

 だがそれは志貴のいうような恋愛的な感情ではない。そうアクラは勝手に決め付けていた。

 しかし今志貴に指摘されてアクラの考え方は変わった。

 自らの持っている好意。それが恋愛感情であると認識したのだ。

 今まで恋愛等出来たはずがなく、そして誰にもそれを指摘されなかったアクラには始めての経験だった。

 

「……そう……なの?」

 

「違うのか? 俺に関わるなってのもそれが理由だろ?」

 

「……分かんないよ」

 

 分からない。それは今のアクラの素直な感想だった。

 自覚したからと言ってもすぐに理解できるようなことではない。

 

「っておい大丈夫か? その血……」

 

 そこまで来て志貴はアクラの状態に気付いた。

先ほどシオンに撃たれた腕の部分、その黒いローブの衣服が赤く染まっているのだ。

 少なくともアクラが人外であることが分かっていたため、心配はしていなかったのだが志貴が見る限りどんどん赤い染みは広がっていた。

 

「え……あれ?」

 

 確かに人間ならば撃たれれば重傷だ。

 だが淫魔であれば腕を撃たれたくらいならば少しすれば再生する。そう思っていたのだが、アクラの腕からは血が出続けていた。

 それにアクラもようやく気付いた。

 

「おっかしいな。 確かに痛みはあるけどこれくらいなら大気中の魔力で回復するはず……大気中?」

 

 アクラは大気中に漂う魔力を吸収して自らの体を修復する力を持つ。

 そのため撃たれた傷を放置していたのだが、実際は治っていなかった。

 確かに大気中の魔力が少なければ再生は遅くなる。だがここまで魔力が多い場所でこの現象は少しおかしかった。

 

「え、おいまさか……そういうことなのか?」

 

「どうした?」

 

 一気に真剣な表情へと変わったアクラ。

 そこには既に先ほどのような不安な様子は全く残っていなかった。

 

「ここまで地脈に魔力があるのに大気中に魔力が少ないなんて有り得ない……大気中の魔力をどこかに集めない限り」

 

 ブツブツと呟きながらもアクラの思考は高速で回転していた。

 今日一日中調べても分からなかったこと。それが掴める様な気がするのだ。

 

「それをすることでの利点は……いや分かりやすいな」

 

 最後のピースが嵌ったかのような感覚だった。

 思わず笑えてくるほど見事にパーツが嵌っていく。

 何故誰も犯人を見つけることが出来なかったのか。

 何故土地の有力者に気付かれなかったのか。

 その全てが理解出来たのだ。

 

「大気中の魔力を観測するなんて、俺達のように魔力に対して敏感な奴か専用の道具を使う必要がある。 そもそも大気中の魔力なんて少なくて気にする奴は魔術師くらいだしな」

 

 そもそも大気中の魔力は安定が少なく、魔術を行使するならば地脈の魔力を使用する方が効率的であり、一般的である。

 故に大気中の魔力の異変を気にするものはいない。

 そうアクラのように大気中の魔力を常に体内に取り入れ、治癒や自分の強化に使っているもの以外は。

 

「ってことは犯人はこの辺の出身じゃない魔術師辺りか? まぁここまで分かれば犯人を突き止めるのも……」

 

「……そういうことでしたか。 確かに我々では気付かないはずです」

 

「……何?」

 

 そこまで一人思考していたアクラだったが、不意に聞こえた小さな声に我に返った。

 

「すみません。 どうやら貴方を勘違いしていたようですね。 アクラ・ノームーン」

 

「……俺の情報を読んだ? いやでもそんなこと」

 

「ってシオン! エーテルライトを使ったのか!?」

 

「ええ。 彼は人の話しを聞いてる風ではありませんでしたし、犯人かどうか分かる最短の方法です」

 

 アクラには理解出来なかったが、どうやら志貴はシオンが何をしたのか分かっているようであった。

 すっかり呆れたように頭を抱えている。

 

「まぁ……原理を知る気はないから良いけどさ。 とりあえず軽く説明はしてくれるんだろうね? 錬金術師」

 

「……良く気付きましたね」

 

「俺がさっき撃たれた銃弾はただの弾じゃなかったみたいだしな。 確信はなかったけどね」

 

「やはり中々頭の回るようですね。 あと……私の名前はシオン・エルトナム・アトラシアです。 アクラ・ノームーン」

 

「アクラで良いよ。 フルネームで呼ばれるのはあまり好きじゃない」

 

 基本的に敵対する意思の少ないアクラは、警戒を解いて話し出したシオンに対して普通に対応を返し始めていた。

 元々敵の多いアクラだが、別に本人が率先して敵を増やそうとしているわけではないのだ。

 

「それで、良く分からないけど俺のことはとりあえず信用してくれるようだね」

 

「ええまぁ。 それに私達が気付かずに貴方が気付けた理由も分かりました」

 

「みたいだね。 まぁ俺が解決するから……」

 

「そこで提案があります。 私への協力を要請したい」

 

「なに……?」

 

 先ほどの言葉を繰り返そうとしたアクラ。

 基本的に他の奴に協力してもらおうとは考えてもいないし、してもらえるとも思っていない。

 だからか、唐突に言われたシオンの一言にアクラは耳を疑った。そしてそれは志貴も同じであった。

 

「……珍しいなシオンが人にそんなことを頼むなんて」

 

「……志貴。 私をどういう人物だと思っているのですか。 私はいつでも可能性として最も的確なものを予測し」

 

「あ、あぁあぁ分かったよ。 ごめんごめん」

 

「……おいおいまだ俺は協力するなんて言ってないけど? っていうかお前に協力したくない」

 

 そう言って苦笑する志貴を睨むアクラ。これはアクラの素直な気持ちであった。

 志貴と協力するつもりなんてない。

 自分のレンに対する想いや、今の自分の気持ち。分からないことばかりだが、この気持ちだけは迷いなく決まっていた。

 だがそれを見透かしたかのようにシオンは小さく笑っていた。

 

「はい。 ですから私に協力してくださいと言ったんです」

 

「ん? もしかして……お前個人にか? シオン」

 

「えぇそうです。 貴方が志貴に協力したくないと言うのは予測済みでしたから」

 

「……理由を聞いても良いかな?」

 

「多くは語れません。 ただ私としては志貴にこの事件に首を突っ込んで欲しくないとだけ」

 

「ふむ……」

 

 シオンはハッキリとは理由を語らなかったが、今のアクラにとってはそれで十分だった。

 必要以上に馴れ合うつもりはないが、シオンが錬金術師なのは確証がある。

 これから先のことを考えるなら、そういう専門職の助けはありがたい。

 確かにアクラも魔術の勉強はしているが、やはり専門は専門に任せた方が良いのだ。それに信用するかどうか悩む所だが、シオンは志貴を関わらせたくないと言う。

 ならば断るかどうか判断するのはシオンに対する信頼度のみ。

 ただそれも必要性を天秤にかければ必要性の方が高いのは確かであった。

 

「ハッキリ返事は出来ないが次に会う時には答えを出そう。 レンとも相談する」

 

「分かりました。 良い返事を期待しています」

 

「ちょちょっと待ったシオン!」

 

「……なんでしょうか? 志貴」

 

 交渉がまとまってきたと思えたそんな時、今まで黙っていた志貴が話しに割り込んできた。

 正確に言えば二人の話すペースが速すぎてまともに会話に入れなかったのだが、アクラとシオンは邪魔とばかりの目線で志貴を見ていた。

 

「俺が関わらないってことを勝手に決めないでく」

 

「そこについては決定事項です。 志貴はこの件に関わるべきではない」

 

「なっ!」

 

 志貴の言いたいことが分かっていたのか、志貴の言葉を遮ってシオンは結果を言った。

 そのあまりの態度に一瞬志貴は言葉を失った。

 

「……理由を聞かせてもらえないか?」

 

「…………」

 

 しかし未だに納得は出来ないのか、志貴がシオンに詰め寄るように問いかけた。

 確かに理由もなく関わるなというただ一言で納得出来るものではないだろう。

 

「面倒だから理由を説明したらどうだ? 勝手に関わられても迷惑だろ」

 

 先ほどは理由を言わなくても良いと思ったアクラだったが、こうやって志貴が絡んでくる以上答えが変わっていた。

 むしろアクラとしては志貴にこの事件に絡んでもらうのは嫌なのだ。

 ならば明確に拒否の理由がある人物に説得してもらいたいというのは当然であった。

 

「……今回の騒ぎは吸血鬼の起こしているものではないでしょう。 いやむしろ……」

 

「あぁそういうことか……まぁ犯人は十中八九、魔術師だろうな」

 

 シオンの言わんとしてることが理解出来たのか、小さく納得したようにアクラは呟いた。

 志貴もまたアクラの口から出た言葉に興味を持ったようであった。

 

「魔術……師? シオンとかが所属してる?」

 

「魔術師協会に属するものではないでしょうね。 ここは遠野の土地ですからそんな無茶は出来ない。 まぁどちらにせよ」

 

「相手は人間。 しかも魔道を生業としてる外道ってことだな」

 

「っ……」

 

 ここまで説明されて志貴も分かったようで、小さく唇を噛んだ。

 この事件の犯人は人間であり、この事件を起こしている以上危険な人物なのは確定である。

 つまりこれから事件を解決するためにその人間を殺すということだ。

 

「志貴、貴方はあくまで吸血鬼を狩ることを意味しています。 人間を率先として殺すことをするべきではない」

 

「甘ちゃんは下がってろってことだ。 まぁ俺としてはお前が関わらなきゃそれで良い」

 

 ハッキリとした拒絶の意思を含んだアクラの言葉。

 流石にそれは堪えたのか、志貴はそれ以上口を開きはしなかった。

 

「それで? 協力しないにせよするにせよ、具体的にはどう協力を?」

 

「出来れば気になる所を一緒に捜索して頂けると幸いです。 そこを私が詳しく調べれば……」

 

「まぁそれは構わないが夜は勘弁してくれ。 代行者に目を付けられてるんだ」

 

「分かっています。 私もあまり教会の代行者を相手にはしたくない」

 

 志貴がこれ以上何も言えないのが分かると、二人は具体的な協力案について話し始めた。

 しかしそのために気付いていなかった。良く見ると志貴は全然堪えていなかったことに。

 

「それじゃあ俺は勝手に探させて貰うよ」

 

「……は? 何か言いましたか? 志貴」

 

 二人の話の流れに全く関係ない所から急に喋り出した志貴にシオンは言葉を止め、振り返った。

 発言が聞こえてはいたが、意味が理解出来ていない様子だ。

 

「だから俺は一人で捜索を続けるよ。 元々その予定だったし」

 

「……は?」

 

 志貴の突然の言葉に今度はシオンが唖然とする番であった。アクラもまた状況を理解出来ていないのか、黙っている。

 

「元はと言えば俺が捜索してるのにシオンがついてきたんだろ? だったら俺は一人の捜索に戻るだけさ」

 

「な……何を言っているんですか志貴! 貴方は先ほどの言葉を聞いていなかったとでも!?」

 

「勿論聞いてたよ。 だがそれでも放置は出来ない。 首を突っ込みたがる性分でね」

 

(こいつ……意外に強かだな)

 

 先ほどとは違い、完全に焦った様子のシオンに何事もなく笑顔を返す志貴。そんな二人を見ながらも、アクラは志貴の評価を変えていた。

 ただの馬鹿かと思っていたが、どうやらそうではなかったということを。そしてその間も二人の言い争い(?)は続いていた。

 

「貴方が一人で行動するのは危険だと昼間も言ったではないですか! そのせいでアクラに殺されかけたり……」

 

「まぁ確かにアレは無用心だったね。 だからこれからは気をつけるよ」

 

「そっそういう問題ではありません! 貴方はなんでいつもそう……」

 

「だからそういう性分なんだって」

 

「く……ぐ……」

 

 あくまで笑顔で返す志貴にだいぶ何も言えなくなってきたのか、シオンが言葉に詰まり始めた。

 シオンは理論上では強いようだが、志貴の前ではそれも崩れるようだ。

 

「……分かりました。 淫魔からの協力が得られないは損ですが、貴方を一人で出歩かせるわけにもいきません」

 

 そう一言呟き、シオンはアクラに向き直った。

 その表情にはあからまさに不機嫌な様子が見える。

 

「すみませんアクラ。 理論的には放置で構わないのが分かっていますが、私には志貴を放置出来ません。 協力の件はまたの機会に……」

 

「あ〜まぁなんとなく理解はしたから構わないよ」

 

 不機嫌かつどこかぶっきらぼうに言うシオンに対してアクラは軽く苦笑していた。

 その言葉や態度の節々からは現状に納得してないようなのが見て取れる。

 先ほどまで理論的に話していたシオンとはまるで別人のようだった。それを見てアクラは苦笑していたのである。

 

「ただ俺としても協力はして欲しい。 だからどうだろうな……情報交換だけはするってのはどうだ?」

 

「情報の……交換ですか」

 

 これがアクラの出来る最大の譲歩だった。

 志貴のことは気に食わないが、錬金術師としてのシオンの知識は欲しい。それに個人的にシオンが気に入った。

 だからこその妥協案であった。

 

「本来だったら信頼の上での情報交換が基本だけどな。 だが俺らには信頼なんて皆無だろう? だから一つ提案をしたい」

 

「……続けてください」

 

「お互い嘘はつかない。 但し、全てのことを言う必要はない。 特別聞きたいことがあるならそれは全て等価交換で行う。 そういう契約をしようじゃないか」

 

「ふむ……」

 

 アクラの提案の内容を聞きシオンは顎に手を当て考え始めた。アクラの提案はつまりは簡単なことだ。

 自分が話したい内容のみを話す。そしてその話したい内容は嘘をつかない。話したくない内容ならば話す必要はない。相手がそれを聞きたければ自らも話したくないこと等を話す必要がある。

 そんな簡単なルールであった。

 

「……分かりました契約をしましょうアクラ・ノームーン。 シオン・エルトナム・アトラシアの名において」

 

「契約の承諾感謝する。 アクラ・ノームーンの名においてシオン・エルトナム・アトラシアとの契約を結ぼう」

 

 ただの言葉によるだけの契約の契り。

 だがそれでもこの二人には強い結束力があった。この世の理は等価交換にある。

 そこに信頼とも呼べるものが生まれたのだ。

 

「さて、俺は今日は失礼しよう。 そろそろ代行者の現れる時間だ」

 

「はい。 今後の協力、期待しています」

 

「ああこちらもだよ。 それじゃあな」

 

 そう言ってアクラは二人の前から姿を消した。

 精神体となってレンの雪原へと帰っていったのだ。そして後に残されたシオンは隣で笑っている志貴に溜め息を吐いた。

 

「……強引過ぎますよ志貴。 ああ言えばこうなることが分かっていたでしょうに」

 

「まぁね。 でもそれはシオンだって一緒だろ? 俺が簡単に引き下がらないことを分かっていただろうに」

 

「……それに関しては確率はありましたが高くありませんでした。 貴方の情報の見直しが必要ですね」

 

 シオンが少し怒ったように睨んでも志貴は苦笑だけで反省した様子すらなかった。それにまたシオンは溜め息を吐くしかなかった。

 しかしすぐに気を取り直したシオンは真面目な顔で志貴へと顔を向けた。

 

「それで? 本当にこの事件に関わるつもりですか?」

 

「……ああ。 吸血鬼の事件じゃない以上、あいつは動かないだろうし、先輩は滅茶苦茶するだろうから……」

 

「……相変わらず女性のためばかり動くんですね。 彼が気にするのも分かる」

 

「ハハ……あれ、完全に敵視されてたよね?」

 

「当たり前でしょう。 彼はまだまだ純粋な子供のようなものです。 深部までは読み取れませんでしたが、それだけでも分かるほど子供です」

 

「……あの子と上手くいけば良いけど」

 

 そう言って志貴は暗くなってき始めた空を眺めた。今日始めて会った本当に変わり者の淫魔を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レン〜? おかえり〜」

 

 雪原に戻ったアクラはすっかり毒の抜けた様子で笑っていた。

 実際は先ほどまでの機嫌は決して良くなかったのだが、レンに会いに行くと思うと段々気分が良くなってきたのだ。

 実際はレンはまだ戻って来てなかったが、今後のことを考え二人で住めるロッジまで作ってしまうくらいの上機嫌である。

 

「……どこ行ってたのよ」

 

 だがロッジ完成後、椅子に座って寛いでいた所に帰ってきたレンは正反対に不機嫌顔だった。どことなく疲れが表情に見えるが、それ以上に怒っている。

 

「そりゃ勿論色々調べてたんだけど……どしたの?」

 

「……無事だったなら普通に帰ってくれば良いのに……代行者に始末されたんじゃないかと思ってさっきまで探し回って……」

 

「ん〜?」

 

 レンがブツブツ言う中、アクラは全く気付いてない風に笑っていた。実はレンはアクラが戻るよりもずっと前に雪原に戻ってきていたのだ。

 だが、いつまでもアクラが帰らないため心配になり今まで探していたというわけだ。しかし帰ってみればこの状態である。怒るのも無理はない。

 

「何でもないわよ! それに大体何よこの建物は! 私の雪原にこんなもの……」

 

「あ〜も〜怒鳴らなくたって聞こえるってば。 これは雰囲気だって。 雪原の上で寝るのも見た目に悪いし、実質上住んでるんだからこれでも良いじゃん」

 

「良くない! そもそもここは私の空間でって……あれ? ちょちょっと!?」

 

 尚も怒鳴りかかろうとしたレンだったが、立ち上がったアクラを見て急に目を見開いた。それも無理はない。

 アクラは忘れていたようだが、アクラの黒いローブの腕の部分はまだ真っ赤に染まったままなのだ。傷は塞がっているが、ローブの汚れまでは落ちない。

 精神体になるのは入る時のみで、ここでは実体のためローブもそのままなのだ。

 

「凄い血が出てるじゃない!?」

 

「え? 血って……あぁこれかぁ」

 

「これかぁじゃないわよ! まさか代行者と会ったんじゃ……」

 

「ああいや違うよ。 これは……」

 

 先ほどまで心配していたせいか、狼狽したレンを嗜めながらもアクラはシオンとの契約の話しをした。

 無論、志貴のことも話しはしたが、前回と違いレンの反応は薄かった。

 

「協力……ね。 まぁ別に良いけど」

 

「勝手に決めてごめんね。 本当はレンに相談してからのつもりだったけど」

 

「別に構わないわよ。 全く油断しててシオンに撃たれるなんてやっぱりまだまだね」

 

 先ほどの狼狽していた自分を思い返したのか、レンはそれを誤魔化すようにアクラを小馬鹿にしたように笑っていた。

 実際はレンのことで冷静さを失っていたのだが、流石にアクラもそんなことを話せなかったため、そんなレンの言葉を甘んじて受けていた。

だが、アクラは基本的に子供なのである。

 

「あれ〜? でもそんなまだまだな俺に昼間不覚を取ったのは誰だったかな?」

 

「ぐ……」

 

 薮蛇を行ってしまったレンはアクラの言葉に押し黙るしかなかった。

 自分から挑んで負けて、その上情けまでかけられているのだから仕方ないだろう。

 

「あ、あれは油断してたのよ。 まともにやれば負けるわけ……」

 

「あ〜レンも油断するんだ。 だったらレンもまだまだだよねぇ」

 

「う……うう〜……」

 

 自らどんどん墓穴を掘っていくレンに、アクラは本当に楽しそうに笑っていた。いや、楽しそうなのではない。本当に楽しいのだ。

 アクラは生まれて始めてかもしれないほど、レンとの会話を楽しんでいた。

 それは志貴に言われたことを多少自覚してしまったからかもしれない。自分はレンのことを好きなのかもしれない。

 そう思うとアクラは本当にレンと話すのが楽しかった。

 

「ふふ、嘘だよ〜レン。 俺もレンもまだまだだからもっと頑張らなきゃね」

 

「きゃ!? ちょちょっと……」

 

 そこで急に意地悪を止めたアクラはレンに近寄り、いきなりレンを抱きしめた。

 急なことに反応出来なかったのか、レンは抱きしめられ、顔を赤くしている。

 

「今日の昼間の貸しは今日一緒に寝てくれたら許してあげる。 それが俺からの罰だよ」

 

「……!」

 

 レンが気にしている理由が分かっていたのか、アクラは優しくレンの耳元で囁いた。その言葉にレンもまた顔色を戻し、少しだけ瞳を開く。

 敗者に罰を与えられるのは勝者である。そして敗者には罰を受ける義務が、勝者には罰を与える義務がある。

 口にはしないがアクラも分かっていた。

 特別視というものは時に相手を傷つける。

 当然のことをされないというのは時に孤独にさせる。

 これまでの経験からアクラはそれが痛いほど分かっていた。

 対等に扱われない痛み。アクラは無意識にそれをレンに味合わせてしまっていたのだ。

 だがアクラはレンを罰したくない。だからこその妥協案のようなものだった。

 

「……寝るだけで良いの?」

 

 レンの言いたいことは何となく分かっていた。

 レンも夢魔である以上、種類は違えど、アクラと同じ淫魔の一種である。

 無論普通の食事も出来るが性のエネルギーも食事である。それをレンは悪夢を見せることで得、アクラは性行為で得る。だからレンはアクラに自分を犯せと言っているのだ。それが相応の罰であると。

 だが、それが分かっていながらもアクラはレンを強めに抱きしめた。

 

「良い……その代わり抱きしめて離さないんだから♪」

 

「あっ!? ちょ、こら……そんなにギュッと……」

 

 後半からふざけ調子になったアクラはレンを抱きしめたまま持ち上げ、作ったベットへと飛び込んだ。

 その突然の行為にレンはそれ以上の言及が出来ず、また顔を赤らめた。

 

「ぅ……ちょっと調子に……うっん!」

 

「レンって良い匂いするよねぇ……ずっと嗅いでたくなる」

 

「なっ!? 何言ってるのよ!!」

 

「あ〜もう暴れちゃダメだってば〜」

 

 まるで子供のじゃれあいのようにベットで暴れる二人。

 アクラには笑顔が、レンもまた羞恥の表情を浮かべながらもどこか楽しそうであった。

 しばらく二人してバタバタと暴れていたが、やがてどちらともなく収まっていった。

 

「ねぇレン……その、この事件が終わってもさ……」

 

「ん……なに?」

 

 アクラの呟きは小さく、これほどの距離でも良く聞こえなったらしくレンはアクラに問いかけ返した。

 しかしアクラは小さく首を振ると改めて、レンを抱きしめた。

 

「いや……なんでもない。 ほら明日も早いんだから寝なきゃ」

 

「……この状態で眠れるはずないじゃない」

 

「眠れるよ〜」

 

「眠れない」

 

「眠れるって」

 

「眠れないわよ」

 

「眠れる」

 

「……眠れないって言ってるでしょ」

 

「だったら賭けしようか? 一時間眠れなかったらレンを離してあげる。 それに使い魔の件も受けようかな」

 

「……一時間で眠れたら?」

 

「ん〜一個だけ言うこと聞いてもらおうかな。 ああこっちは使い魔の件は何も言わないよ」

 

「……その賭け乗るわ」

 

「ふふ、成立〜。 でも喋っちゃダメだよ?」

 

「ええ構わないわよ。 寝れるわけないもの」

 

 そんな平和な賭けをしながらも、二人はゆっくりと眠りに落ちていった。

 無論、アクラが賭けを挑んだ時点でレンが一時間以内に寝てしまったのは言うまでもない。

 

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