※この作品はR-18です。

「大和の愛から逃げ続けたらどうなるのか?」   作:なおちー

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戦いが終わる。その後。

戦闘は終わった。深海棲艦の空母艦隊に打撃を与えることに

成功した横須賀・打撃艦隊は、敵艦隊を撤退させることに成功した。

 

大和以下、傷を負った各艦娘は入渠して傷を癒している。

奇跡的に一隻の沈没感も出すことがなかった。

 

 

提督も重傷だった。

 

戦闘後、直ちに病院に搬送されて手術を受けた。

 

ひどい怪我だった。

 

あばら骨が複数骨折。これはいずれ治るという。

右の足首が折れてしまった。松葉杖の生活が続く。

 

左腕が、根元から持っていかれた。彼は身体障碍者になった。

敵弾が何度も直撃した顔面は、原型が変わった。

 

彼は30代の半ばだが若作りで艦娘達からは美男子だと良く褒められた。

それだけに今の顔を鏡で見た時は絶望し、息ができなくなった。

 

鼻は丸ごとつぶれており、上唇と下唇がほとんど閉じた状態で

正面から見て右方向に曲がっている。幸い、母から受け継いだ

美しい眼元だけは無事だったが、このショックで提督は病院食が

しばらく喉を通らなくなった。

 

だが、食べなければ死んでしまうと看護師の方に厳しく注意され、

無理やりに押し込んだ。口が思うように開かず、咀嚼が満足にできない。

少し吐きそうになるが、それでも食べた。

 

 

戦闘が終わり一週間が起つ頃には、大和たちの入渠も終わる。

 

最初に出てきたのは比較的傷の浅い間宮と由良だった。

 

彼女たちはさっそく提督のいる市内の病院へ向かう。

 

 

提督はベッドで半身を起こし、折れた片足はクッションの上に乗せている。

首から下の損傷は、時が過ぎれば必ず治ると医師から言われている。

 

「提督さーん!!」

「提督さん、会いたかったです!!」

 

ふたりの艦娘は提督とハグし、大いに泣いた。

自分たちは生き残ることができたのだ。

提督の病院服の上着は、彼女たちの熱い涙で濡れた。

 

あの激戦が嘘だったかのように、深海棲艦は攻撃をしてこなくなった。

死んだはずの伝説の一航戦が健在であることを知って警戒したのだろうか。

 

提督は顔に包帯を巻いていた。

間宮と由良の前では包帯を外すことがなかった。

彼は醜い顔となってしまった自分を彼女たちの前で

さらす勇気がなかったのだ。

 

 

次の日の午後。まもなく面会の時間も終わりという頃に、鹿島がやってきた。

 

「て、提督さん。お顔の包帯は……まさか」

 

「あ、ああ。ちょっと傷を負っちまってな」

 

鹿島はしつこく食い下がり、提督の包帯を外させた。

すっかり変わってしまった彼の顔を見た時、鹿島は絶望を覚えると

同時に、彼をここまで苦しめた敵に対する殺意が抑えきれなくなる。

 

提督の顔は一部が変形しただけでなく、左の側頭部にかけて

皮膚の表面がごっそり削られており、禿げ上がっていた。

この部分は二度と髪の毛が生えることがないと言う。

 

 

「こんな顔じゃ、皆に嫌われちまうだろうな。

 娘にもどんな顔して会ってやればいいのか。

 はは……。大和からも愛想つかされるかもな」

 

「そんなことあるわけないじゃないですか!!

 みんな提督さんのことが大好きなんです!!」

 

「ありがとな……。でもな。俺は自分が情けないよ。

 砲雷撃戦ではお前たちの足を引っ張るばかりで、助けられてばかりだった。

 ううっ……第一線で戦うお前たちがどんだけ苦しい思いをしていたのか

 知らずにな……今まで提督の仕事をしてきたんだ……うっ……」

 

 

提督は嗚咽しながら、この顔になったのは神が与えた罰だと言った。

艦娘は死の恐怖を、提督を想う気持ちで打ち消してきたのだ。

 

提督は、大和にお見合い写真を見せたことがある。

大和だけでなく他の艦娘にもだ。みんなは世間知らずだから。

戦うための存在として生み出されたから、本当の恋を知らぬのだ。

そもそも俺のどこに魅力があるのだ。そう思って疑わなかった。

 

 

だが、大和や翔鶴は命を捨ててまで提督を守ろうとしてくれた。

 

 

提督は何か彼女たちに償うことはできないかと思った。

もしできるなら、彼女達と出会ったばかりの頃に戻りたい。

だが時計の前に針は進むばかりで振り返ることをしない。

 

 

やがて大和や翔鶴たちもお見舞いに来てくれて、

最初は提督の変わり果てた姿に言葉を失ったものの、

彼を想う気持ちに変化など起きなかった。

 

妻の大和から見て夫が変わったなと思ったのは、外見の事ではない。

彼の性格が、すっかり穏やかになり、妻である自分だけでなく

他の艦娘も含めて、まるで自分の娘であるかのように愛おしそうな目で見るのだ。

 

人である提督は、傷の治りが艦娘よりも遅い。

横須賀で生き残った数少ない艦娘は、次の敵襲に備えて

日々の演習をこなしながら提督のお見舞いを続けた。

 

忙しい時は日替わりで艦娘が来てくれた。

というより、皆が提督と二人きりで会話がしたいと

思っていたから勝手にそうなった。

 

イムヤ、イク、ゴーヤも元気そうで提督は安心した。

彼女達も先の戦闘で中破、大破したのが嘘のようだ。

 

 

「お夕飯の時間ですよ。さあ提督、気が進まないかも

 しれませんが、ご飯はしっかりと食べましょう」

 

その日は翔鶴がお見舞いの担当だった。

 

艦娘達は病院側に懇願し、看護助手代理として

提督の世話をすることが認められていた。

 

提督の口元にご飯をよそったスプーンが運ばれる。

 

提督は良く開けない口で、無理に噛もうとしたから咳き込む。

翔鶴の新品の洋服にご飯の粒がついてしまった。

 

「すっ、すまな……」

 

「やはりご飯は柔らかくして食べた方がいいみたいですね。

 今日はお味噌汁をかけて食べて見ましょう」

 

翔鶴がまたスプーンを口元に運んでくる。

提督はまた小さな口を開けた。今度は咳き込むことはなかった。

 

「翔鶴、すまない。君の買ったばかりの服が……」

 

「なんのことですか? さあさあ。おかずもしっかり食べましょう。

 今日は提督のお好きな肉じゃがですよ。栄養満点ですね」

 

翔鶴は紺色のセーターに着いたご飯粒など、気にもしなかった。

提督が申し訳なさそうに頭を下げようとするのを避けたかった。

 

提督が、まるで自分は周りに迷惑をかけるだけの、

価値のない存在だと言いたいようで、

提督のそんな姿が翔鶴の胸を一番に痛ませた。

 

お茶を飲み、提督の食事が終わる。

彼に食べさせていたら、さすがに翔鶴もお腹がすく。

事前にコンビニで買ったサンドイッチを軽く頬張る。

 

ペットボトルのお茶を飲んで一息つく。

提督は少し眠そうな顔をしていた。

その顔は、どこかさみそうだった。

 

翔鶴は彼を優しく抱きしめてあげた。

提督は顔に包帯を巻いていない。

君のような美女が、どうして俺みたいな男に。

提督は表情だけでそう言った。

 

翔鶴は目を閉じ、ただ提督の温もりを感じていた。

服越しに心臓の鼓動を感じる。彼の髪の匂い。

自分の髪に感じる彼の吐息。彼は確かに生きているんだ。

 

提督は知る由もなかったが、提督が生きていることそれ自体が、

艦娘たちにとって最もうれしいことだった。

 

翔鶴や大和が命を懸けて提督を守ったように、提督もまた

自ら最前線で砲雷撃戦を戦い、自らは敵の弾を引き寄せる

おとりとして戦い続けた。

 

彼こそが、翔鶴達にとってヒーローだった。

例え提督の顔が変形しようとも、

そんなことは少しも重要じゃなかった。

 

提督が、翔鶴の長い後ろ髪をなでる。

右手だ。彼の左手はもうない。

 

ある日、提督は翔鶴に言った。

 

「もしいつか。君が俺の世話をするのが嫌になって逃げてしまった

 としても構わないからね。翔鶴。本当にありがとう。

 俺にこんなにも親切にしてくれたことを俺は一生忘れないからな」

 

「提督ったら。お爺さんのようなことを言うんですね。

 私は好きで提督のそばにいるんですよ。

 好きなことをやってるのに嫌になるなんて、そんなことありえません」

 

「ああ。今はそうだろう。だが人の気持ちは変わってしまうものなんだよ。

 それに周りの状況もな。翔鶴は今日の新聞を見たかい?」

 

翔鶴の顔がゆがむ。

 

「あの、くだらない記事ですか?」

 

「ああ。くだらない。だが深刻な事態だ」

 

 

提督には逮捕状が出ていた。

空爆後に再び再建した大本営からの督促状。

東京の大本営への出頭命令なのだが、事実上は逮捕状だ。

 

横須賀にいる戦力の大半を痴情のもつれが原因で

壊滅させた責任を取らせるために、軍法会議にかけられる。

当然提督には反論の余地などない。そんなものは認められない。

 

 

「提督がそんな命令に従う必要はありません」

 

「俺は罪人だよ。金剛の姉妹を始め多くの艦娘をこの手で

 殺してしまった。あの時は頭が混乱していたが、

 冷静に考えれば提督がやっていいことじゃない。

 軍が俺を裁くのは当然の流れってわけだ」

 

「まるで死にたがっているようにも聞こえますよ。

 提督は死にたいんですか?」

 

「いや、どうだろうな」

 

と言って、提督は病室の窓に目を向けた。

今日は良く晴れて気持ちよさそうな日だ。

 

「何も事情を知らないくせに。大本営の人たちは勝手が過ぎますよ」

 

翔鶴がまた病んでいる目つきをした。

 

「こんな時に一航戦の先輩方がいてくれたら、

 またあいつらの本部を火の海にしてやれるのに」

 

加賀たちの航空戦隊は、先の決戦で奇跡的にこの世に具現化し、

提督達の危機を救ってくれた。敵は横須賀艦隊をなめきっていて、

戦闘機の護衛もつけない艦爆連合のみの編成だったため、

たった20分の戦いで160機以上の爆撃機と雷撃機が撃墜された。

 

その間も砲雷撃戦は継続され、由良の観測機の着弾観測によって

精度を増した大和の主砲が、キングジョージ五世級戦艦を襲う。

最終的に敵主力戦艦を大和一隻によって全滅させることに成功し、

残った巡洋艦、駆逐艦の部隊が後退を始める。

 

航空戦隊は敵空母に向けて最大船速で進みながら、

信じられないほどの速さで整備を終えて第二次攻撃隊を発艦させた。

70機以上の零戦の護衛をつけた、100を超える艦爆連合だった。

 

敵は艦載機を収容した直後の混乱で反撃する能力を失っていた。

また敵に艦載機がこれほどいると思ってなかったことも重なる。

 

蒼龍の艦載機が、敵の正規空母に急降下爆撃を2発食らわせた。

飛行甲板に大穴が開き、内部の機関部から炎上し黒煙があがる。

敵の一番もろい部分に正確に命中させる腕があってこその芸当だった。

 

別の爆撃機が、近くにいた駆逐艦にも命中弾を与えて黒煙を吐かせた。

 

赤城の雷撃隊が別の大型空母の左舷に3発の魚雷を命中させて撃沈。

 

加賀爆撃隊は、敵艦隊の猛烈な対空射撃によってさえぎられ、

至近弾が多数で命中弾を与えられない。あの加賀の妖精にしては調子が悪い。

 

その分、零戦部隊が、空母の飛行甲板に並んでいた敵艦載機を

機銃掃射して8機を撃破した。

敵は慌てて燃え盛る飛行機を海へ捨てていた。

 

飛龍雷撃隊は、一番もろそうな軽空母に目を付け、第一波と第二派に

別れて波状攻撃をかける。敵艦隊に対して左右に展開し、敵の機銃の

照準をそらしつつ突撃する。なんとを一度の攻撃で2隻の軽空母を撃破した。

これにより戦闘可能な空母数が一瞬で減らされる心理的圧力を敵に与えた。

 

 

敵艦隊は、最大船速で後退を始めた。

 

提督たちは、奇跡に近い目標を達成したことになった。

 

だが、加賀たちの飛行機が戻ってくることはなかった。

それに空母もいつの間にか、いなくなっている。

高性能な電探を装備した由良や秋月が行方を探すが、どこにもいない。

 

日が暮れるまで周辺海域の捜索を続けたが、

ついに空母艦隊を発見することができなかった。

 

あれは、提督がクルアーンの力を借りて引き起こした

一時の奇跡だったのだと、榛名が分析した。

神や精霊の力を知らぬ他の艦娘達は、

とりあえず納得するしかなかった。

 

「俺は提督だ。提督は部下の責任を取るためにいる」

 

「だからって、提督はノコノコと大本営に出頭して死ぬ気なんですか!! 

 そんなことは許しませんよ!! 体を張ってでも止めますからね!!」

 

翔鶴の怒気で空気が張り詰めるが、今の提督にとっては

心地よくすらあった。怒った顔すら愛らしい。

この子は本当に、自分を慕っているのだと分かるからだ。

 

「どうして提督はそんなさみしいことを言うんですか。

 お願いします……。私たちの前からいなくなるだなんて

 言わないでください。私たちは提督がいてくれないと

 生きる意味さえ失ってしまうんです。お願いします提督。

 お願いします。どうか私達と一緒にいてください。お願いします」

 

提督は小刻みに震える彼女の肩をそっと抱き寄せて言う。

俺が悪かったよ。もう翔鶴を悲しませるようなことは

言わないから。約束するよ。翔鶴は提督の胸の中で泣き続けた。

 

 

 

提督は、晴れた日は散歩する。大好きな艦娘に車いすを押してもらう。

 

その日の担当は妻の大和だった。

大和は化粧をせず、花柄のガーゼマスクをしている。

提督にもお揃いのをつけてあげた。

ついでニット帽をかぶせてあげる。

 

こうすれば提督の顔は一見すると普通の人に見える。

提督の根元から存在しない左腕だけは、

服の上からではどうしようもないが。

 

大和は提督が顔に傷を負ってから、化粧を一切しなくなった。

提督が自分は大和ほどの美人に釣り合わない、

俺と一緒に外に出ると大和まで変に思われて

かわいそうだと言い始めたからだ。

 

だから大和は気を使って化粧をしないばかりか、髪の毛も

寝起きのままで外を歩く。服もあえておばさんが着るような

地味なデザインのシャツを着て、ジーンズをはく。

 

これでは生活に疲れた主婦そのものだが、

大和は人にどう思われようと気にしなかった。

 

二度と着飾ることのできなくなった提督を哀れみ、

自分もおしゃれをすることを放棄したのだ。

彼への愛は口で伝えるよりも行動で示した方が伝わると思った。

 

 

病院の中庭には、季節の花が咲き始めている。もうすぐ春だ。

日中は肌に感じる空気に確かに温かみを感じるようになった。

 

 

「大和には無理なお願いを聞いてもらうことになるが」

 

 

提督は真剣な顔で語り始めた。

 

提督は、こんな自分のために日替わりでお見舞いに来てくれている

艦娘達を差別なく全員愛していた。何か彼女たちの愛情に

報いる方法はないかと考え、たどり着いた答えが、

全員に指輪を渡してあげることだった。

 

それはすなわち、ジュウコン。

 

おそらく大和が激怒する。

 

そう知っていながら提督はあえてそのことを口にした。

 

「いいんじゃないですか?」

 

大和は首を少し横に傾けながら、微笑んでいた。

 

「提督が指輪を渡してあげれば、あの子たちもきっと安心しますよ。

 提督がたまたまお腹が痛くてご飯を食べてくれない日なんて

 鹿島さんは陰で泣いていたんですよ。きっと私のことが

 嫌いなんだろうって。提督があの子たちのことをそこまで

 考えていてくれたことが大和は嬉しいです」

 

「本当に……いいのかい?

 もし君が嫌がるなら、諦めようと思っていたんだが」

 

「私はあなたの妻です。あなたが良く考えて、それが一番

 みんなのためになると考えているのでしたら、かまいません。

 私は陰からあなたを支えますよ。あなたの人生なのですから、

 あなたの好きなように生きてくださって良いと思います」

 

提督は涙を流しながら大和に頭を下げた。

 

「あっ、言っておきますけど、私が最初の

 奥さんだってことは忘れないでくださいね?」

 

やはり、嫉妬がないわけではない。

だがそれ以上に、提督と艦娘の絆が一層強まることの方が

大和にとってもうれしかった。もうみんなは仲間を超えて家族だ。

 

 

数日後、鎮守府でささやかなパーティーが開かれた。

間宮が腕によりをかけて料理を作ってくれた。

鹿島やゴーヤ達も手伝った。

 

あえて披露宴とかそういった現実を思わせる名前にはしない。

皆が家族になった記念の日とした。

ここは現実だが現実ではない。

鎮守府という名の小さな世間の中で起きている現象のようなものだ。

 

「みんな、ありがとう」

 

「どうしてお礼を言うのですか。お礼を言うのは榛名達の方ですよ」

 

「そうですよ提督さん。さあさあ、涙を拭いてください」

 

翔鶴が提督のお皿に料理を盛り付けてあげた。

イクが壁際でダンスを踊って気を紛らわせる。

鹿島はずっと鼻歌を歌っていた。

 

 

皆の提督。初めからこうしていればよかったのだ。

だが、もともとは大所帯だった鎮守府。あれだけの数の

艦娘を相手に、提督がジュウコンするなど不可能だった。

今だからこそできる裏技に等しいのだ。

 

だからこそ提督は、死んでしまった艦娘のことをこれからも

想い続けなければならない。みんなはただ死んだのではない。

死んだ後も彼女らの思いは生き続けた。

空母機動艦隊は提督達を救うために戦ってくれた。

 

そのことを忘れてはならない。

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