※この作品はR-18です。

「大和の愛から逃げ続けたらどうなるのか?」   作:なおちー

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翔鶴の背後に何かがいる。

翔鶴は長い銀髪を後ろでまとめる。

背筋を伸ばして正座をし、一息つく。立ち上がって弓を引く。

道場での彼女の練習姿は一種の芸術だった。

 

一航戦の赤城や加賀は弓道だけでなく剣道や空手も達者だった。

だから

 

いまや横須賀を守る唯一にして最強の空母として翔鶴が君臨する。

彼女は五航戦の片割れだが、五航戦とて練度は世界的に見て低くない。

 

飛行機の操縦技術の極みと称される一航戦と比べたら

劣るわけだが、そもそも比べる対象が悪すぎるのだ。

 

 

妻の一人になってからの翔鶴は、それはもう美しくなった。

他の妻との競争意識がある中で料理を覚え、

裁縫を覚え、家事の全てをこなすことができた。

 

提督がもっと楽な生活ができるようにと、提督の世話も進んでやる。

どうしたら彼のためになるのかと日々考え、自らを高めた結果、

彼女は内面からどんどん綺麗になっていった。

 

街を歩くと大勢の若い男が自分に振り向く。

バス停でバスを待っていると、しつこく声をかけてくるスケべな老人もいた。

翔鶴は、そんなつまらないことより早く提督のもとに帰りたかった。

 

テレビをつけると芸能人で顔の良い男がたくさんいるが、

どうでもよかった。彼らが翔鶴に何かを与えてくれるわけでもない。

話ができるわけでもなければ、戦うために生み出された自分に

戦う以外の楽しみを教えてくれたわけでもない。

 

 

「ん? なにかしら」

 

翔鶴の靴の歩みが止まる。

振り返っても歩道と住宅地の一角が見えるだけだ。

 

翔鶴はいつからか誰かの視線を背後に感じるようになった。

 

おそらくストーカーか。

翔鶴は自分が男に人気があることを嫌でも認識していたから、

たぶんそうだと思っていた。だが、どうもおかしかった。

 

 

謎の視線は翔鶴がトイレで用を足す時も、

お風呂場で髪の毛をシャワーで洗っている時にも感じるのだ。

決まって背後から。

 

翔鶴が艦娘寮の廊下を歩いている時だった。

空母の寮を使っているのは翔鶴だけだ。

夜なので人はいないはずだが、確かに人の気配を感じるのだ。

 

翔鶴はくるっと綺麗に反転し、確かに見た。

黒い影のような塊が、廊下の角へ引っ込んだのを。

 

 

「ま、まさか今のは……」

 

 

明らかに、人じゃないものがいると直感で悟った。

確かに横須賀鎮守府では同士討ちという形で

壮大な殺人事件が実際にあったのだ。

 

地縛霊となった艦娘がいてもおかしくはない。

しかしこの気配を感じたことのあるのは翔鶴だけであり、

他の妻に聞いても何の情報も得られなかった。

 

 

おかしなことは提督の身にも起きた。

 

提督は夢に加賀がでると言った。

 

「別に夢の中で何かされたわけじゃないからな?

 夢の中の加賀は何もしゃべらないんだ。

 ただじっと俺のことを遠くから見つめていてな。

 俺に何か伝えたいことがあるんじゃないのかな」

 

提督は死んだ艦娘一人一人のお墓を作るようにと

みんなにお願いし、彼女らはその通りにした。

 

戦闘で最大の活躍してくれた空母艦隊の墓には

丁重に花を添えてある。提督も車いすを榛名に

押してもらって加賀の墓掃除を手伝った。

 

だが、結果は逆効果だった。

 

「俺が眠るたびに、あっちの世界で加賀と会うようになった。

 たぶん夢じゃない。あれはもう一つの現実なんだよ」

 

きっと夫がおかしくなってしまったのだと大和や鹿島が本気で心配した。

間宮は神主に頼んでお祓いをした方がいいのでは?と言い、

実際にやってもらったが、高い金額を払っただけで効果がなかった。

 

提督の足首の骨折は予定よりも早く完治した。

彼の強靭な生命力のなせる業か、じめじめした梅雨の時期を迎える頃には

退院が許可された。あばら骨も今ではしっかりとしている。

 

提督は鎮守府に泊まることが多いが、休みの日は大和の家に帰った。

片手でも、執務は普通にこなせる。

秘書艦が献身的にお手伝いをしてくれるからだ。

 

あれから大本営からの出頭命令は来ない。最初は黙殺しても

逃げられないと考えていたが、今では命令自体がなかったことになっている。

 

そして提督のもとには今まで以上に資源や食料が供給されており、

いつでも大和以下の艦隊を出撃させることができる状態なのである。

 

なぜ自分が処罰を受けずに生き続けられるのか、

疑問に思わずにはいられない。だが深く考えないことにした。

きっと翔鶴や鹿島が裏で何かをしてくれたのかもしれない。

 

 

「なあ由良。加賀の顔が懐かしく思えるよな」

 

「提督さん、前も同じ話をしましたよ……」

 

「そうだったかな。すまん。最近忘れっぽくなってな」

 

 

夫は加賀の事ばかり口にするようになった。

加賀は当たり前だがこの世にはいないし、不幸な死に方をした

彼女のことを口にすること自体が、妻の間ではタブーとなっている。

 

先の横須賀決戦では、間一髪のところで一航戦の攻撃力に救われた手前、

安易に批判するわけにもいかない。

さて。どうしたものかと聡明な由良は考えを巡らせる。

 

 

由良はその日、翔鶴と一緒の部屋で寝た。軽巡の彼女の部屋に

比べて大型空母の部屋は広々としていてびっくりした。

 

「それじゃあ、寝ましょうか」

 

「はい」

 

翔鶴の言葉に由良が応えて、電気が消される。

日々の鍛錬に疲れている翔鶴の寝息が聞こえるが、

由良はまだ起きている。由良はおそらくそろそろ

例の空母が現れるのではないかと思った。そうしたら、いた。

 

翔鶴の枕元には、どういうわけか人の足が見える。

幽霊には足がないと考えるのが普通だろうが、

加賀の足ははっきりと見えた。戦闘用の弓道着に身を包む。

 

加賀は、はっきりと敵意の視線を翔鶴に向けていた。

言葉を発したわけではないが、翔鶴のことが気に入らないのだろう。

 

『たかが五航戦ね』

『生まれたばかりの雛鳥が』

 

加賀は翔鶴と瑞鶴のことを見下していた。

 

提督には妻がたくさんいるが、翔鶴だけを恨むのは

女のプライドが許さないからなのだろう。

五航戦に女の幸せを奪われた一航戦のプライドが。

 

布団をはいだ由良が、勢いよく起き上がる。

 

「あなたはもう死んだのに、そんなことをしたって……

 何になるんですか。加賀さん!!」

 

加賀は一瞬だけ由良を見たが、また視線を翔鶴に戻した。

すやすやと、子供のように純粋な顔で眠る後輩を。

 

加賀は消えた。

 

初めからその部屋には何もいなかったかのように、静寂が訪れる。

否。初めから静寂だったのだ。静かにしていられなかったのは由良。

加賀は一言もしゃべることはなかった。

 

 

別の日の夜。

 

 

ベッドには間宮がいて、提督の隣で寝息を立てている。

間宮も女の盛りのためか、なかなか寝てくれないから、

最後は提督の方がすっかり疲れてしまった。

 

さあ眠ろうと思って目を閉じた次の瞬間には、

提督は異国の大地に立っていた。

 

 

そこは荒野だった。

 

起伏のない平坦な一本道が続いている。

荒れ果てた大地の中でそこだけが幹線道路になっている。

 

提督は、ラクダの上に載っていた。イラン高原で乗ったことのある

ヒトコブ・ラクダだ。提督の隣でラクダに乗っているのが加賀。

 

 

「久しぶりね。あなた」

 

「久しぶりって感じはしないな。

 おまえとはよく会ってるじゃないか。

 こうして夢の中の世界でな」

 

「あら。夢の中だって気づいているのね」

 

「それはもう。だって加賀はもういないんだからな」

 

「何を言っているのよ。私はここにいるじゃない」

 

 

――ワタシハ、ココニイル

 

 

つーん、と提督の目の奥が痛む。片頭痛の前触れだ。

 

 

高原の風が、吹き荒れた。

 

一体どこからこんなにも強い風が吹くのだろう。

提督のきつく締めたはずのターバンが風に揺られ、

地平線の彼方へと飛んで行った。

 

加賀の髪は黒髪のショートヘア。

いつものサイドの髪留めをしていないから、

見た目がいつもとずいぶん違って見える。

 

空はどこまでも青かった。

一見すると日本の夏空のようだが、どこか雲の形が違う。

雲があんなにも早く流れるものなんだなと提督は思った。

 

 

「本当は私も」

 

加賀の髪の毛が風に揺れる。

 

 

「こうしてあなたと、異国の地を旅してみたかった」

 

「いま、叶ってるじゃないか。お前の夢」

 

「この世界は幻想に過ぎないから。あなたにとってはね」

 

「お前にとっては違うのか?」

 

「それはどうかしらね」

 

 

提督は加賀に質問したいことが山ほどあった。

なぜ今は言葉が話せるのか。なぜ俺の夢にばかりでるのか。

なぜ死んでからも翔鶴に付きまとうのか。

 

そんなことよりも、提督には彼女に伝えたい言葉があった。

 

 

「加賀。俺たちを救ってくれて、ありがとう」

 

「……? そんなことをわざわざ言いたかったの?」

 

 

横須賀での決戦の時だ。

加賀達の助力がなければ提督達は全滅していた。

 

加賀は意外なことに、どうでもよさそうな風だった。

 

 

「お礼を言われたからには返事をしないといけないわね。

 どういたしまして。私が助けたというよりも、

 あなたに呼ばれたから現れただけですけど」

 

「俺の魔術で君を」

 

「そうよ」

 

 

提督には中東に古くから伝わる魔の力が備わっている。

精霊と悪魔の力を借りて、死者の蘇生ができる。

 

翔鶴は、生きた艦娘として具現化した。

だが加賀は違う。激戦の最中に現れ、役目を終えてから

すぐに消えた。再び天の世界へ去ったのだ。

 

 

「今俺が君とこうして話しているのは」

 

「きっと私と話がしたかったのね」

 

 

認めざるを得なかった。提督はまだ加賀のことが好きだったことを。

大和を始め複数の妻のいる身でありながらも、まだ子供のように

加賀に恋をしていた。もしかしたら、大和に告白される前から

加賀のことが好きだったのかもしれない。

 

 

「もうすぐ街に着くわ」

 

「あっ、ほんとうだ」

 

 

さっきまで、何もない荒野だった。

道中には枯れ木がいくつか見え、遠くには小高い丘と

青白く見える山々があるだけだった。

 

なのに、気が付いたら見知らぬ街の入口にまで達していた。

ふたりはラクダを降りてチャイハネ(喫茶)に足を運ぶ。

 

チャイハネのテラス席には、ペルシアじゅうたんが敷かれていて、

そこに座ってお盆を足の前に置いてチャイを飲む。

 

暑くもなければ寒くもない。少し空気が乾燥しているが、

祖国日本では秋の初めくらいの気温だ。

 

チャイは熱々のミルクティーだった。

夢の中なのにしっかりと甘い味がして、喉が焼けるほどに熱い。

 

 

「こうしてゆっくりとした時間が過ごせるなんて。

 ……本当に夢みたいね」

 

 

自嘲気味に笑う。

 

加賀は背筋を伸ばして正座し、品よくカップをもって口に運ぶ。

異国の地にいても加賀は和風の美人だった。

大和や鹿島も美人だが、美しさの種類が違う。

 

 

「……俺の腕が」

 

 

提督はこの時気づいた。確かに自分が両手で紅茶のカップを持てることに。

試しに自分の顔をなでて見る。鏡で見たわけではないが、感触から

自分が障碍者になる前の顔なのが分かり、いつになく高揚した。

 

 

「それはそうよ。だってあなたはここでは死んでいるから」

 

「死んだだと……? 俺はもう死んでいるのか?」

 

「ええ。死んでいるわ。でも明日になったらまた生き返る。

 起きて生き返る。寝て死ぬ。太陽が昇る。沈む。また繰り返す」

 

「生きた世界と死んだ世界を行き来しているのか?」

 

「そんなとこ。真剣に考えても考えるだけ無意味よ。

 この世界を作っているのは私達じゃなくて神様だから」

 

「君の口から神様なんて言葉が出てくるとはね」

 

「ええ。私だってそう思うわ。でも認めるしかないでしょう。

 こんな現象を見せられてしまって、

 どうやったら神の存在を疑えるのかしら」

 

 

加賀が「ふぅ」と大げさに息を吐き、足を崩した。

さすがに正座したままでは辛かったのだろう。

 

提督は、無性に加賀を愛おしく思えてしまって、彼女の肩を抱き寄せ、

頬を密着させた。いつか嗅いだことのある髪の匂い。

独特の甘い香り。なんとも母性にあふれていて、男を安心させる。

 

いつまでもこの匂いを嗅いでいたいと、そう思わせるほどに。

 

「ダイスキ」

 

加賀の耳元でのつぶやき。

 

提督も反射的に言葉を返そうとするが、

 

 

「はっ……?」

 

その次の瞬間、提督はベッドの上にいた。

 

酷く汗をかいていて、背中がびしょ濡れだ。

肌着を着替えようとしたが、片腕では着替えが困難だ。

汗で張り付く肌着に苦戦する。

おまけに喉の渇きもひどい。頭痛がするほどだ

 

仕方ない。間宮を起こそうと思い立つ。

 

「ん~~。ていとく~~? なにぃ? 

 わたしぃ、ねむいのにぃ……」

 

肩を三度ゆすったら間宮が半身を起こしてくれた。

眠そうに、まぶたをこすりながら。

 

「あなた!? どうされたんですか!?」

 

提督が滝のような汗をかき、しかも顔色が悪いので

間宮が本気で心配をしてしまう。

不思議な夢を見ただけだと言っても信じてくれない。

 

救急車を呼ぼうと騒ぎ出すので提督は必死に止めた。

最後は妻の一人である大和を電話で呼び出して事なきを得た。

 

深夜の3時のことだった。

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