提督は夢の中でも女を抱いていた。
一航戦の加賀とその友人の赤城だ。
妻達とはあんなに激しくしたのにずるいと、
二人はいつもより激しく提督の体を求めた。
赤城と加賀は入れ替わりで提督の腰の上にまたがり、
髪を振り乱しながら大声で喘いだ。提督も彼女たちの
大きな胸を触りながら、何度も達した。
事後。ベッドの上で二人と寝そべりながら、提督は
眠りそうになる。すると加賀が提督の左腕を引いた。
この世界の提督は、左腕がある。鏡に映る顔も目鼻立ちが
整っている。彼は特に高校時代は綺麗な童顔だったから、
女生徒の間から太陽のように美しい男と呼ばれていた。
「まだ寝るのは早いんじゃないかしら?」
「そう……だね」
提督は熟睡している赤城とは逆の方を向いた。
髪をほどいた加賀と目を合わせる。加賀の方から
提督の胸に顔を預けてくるので髪をなでた。
「今こうしてあなたと会える。それだけでも私にとっては
もったいないくらいの幸せだと思っているわ」
「……ごめんな。俺がいつまでも現世にとどまっているせいで
君のもとに帰れなくて」
「あなたは現生の妻達のことを大切に思っているから死なない。
うふふ。私は提督の真面目で優しいところも大好きよ。
たぶん前も言ったわよね。神の奇跡でこうして会える。
私には十分なのよ。でも最近はね、欲張りな私には
もう一つの願いが生まれてきてしまったの」
――提督の子供が欲しい。加賀はそう言った。
それから加賀は一時間も話を続けた。
いわく、提督と大和との間にできた娘に、実は猛烈に嫉妬していた。
生きていた頃の加賀にとって許せなかったことは、大和に結婚で
先を越されたことよりも、先に子供を作られたことだった。
加賀は冷たそうな印象のある女性だが、実は誰よりも母性に
あふれており、夫を立てて陰から支える古風な日本人女性の気質である。
提督は実は加賀が料理が堪能なことをこの時まで知らなかった。
加賀は提督への想いを今さらながら語った。初めは配属されたばかりの
未熟な提督を見下していることもあったが、戦いで傷つく艦娘を
思いやって涙まで流してくれる彼の優しさに心を打たれてしまい、
また自らの未熟さを良く知っているから、どんどん新しい知識と経験を
得て男として成長していく彼の姿に憧れた。
そしてそんな彼だからこそ多くの艦娘に好かれ、逆に加賀と
関わる時間が減っていき、不満が募るという矛盾。
女性は人を観察することを好み、またそのことに長けた生き物だ。
これは少女が将来母となり、言葉も話せぬ赤ん坊の
世話をするために備わった能力だとされている。
一目惚れなどの例外を除けば、基本的に女性は男性の
能力や性格など細かい部分までしっかりと判断してから好意を抱く。
女性の好意の発生は遅く、男性のそれは早い。
男性の場合は9割方下心で女を好むからだ。
若年の男女の好意のスレ違いは、
この好意の発生のタイミングの違いによるものだ。
端的に言えば、ほとんどの男性はセックスに飽きた女に興味はないのだ。
だが女は性行為をプラトニックな愛の行きつく先だと考えたがる。
例えば少女漫画に出てくるような、一切の下心もなく、しかも
取り分けて秀でた部分もない平凡な少女に恋心を抱く男など、
現実世界ではまず存在しない。いや皆無だろう。
さて話を戻すが、これほど多くの艦娘に好かれている彼は、
間違いなく魅力のある男性だった。
提督はそんなこと……と謙そんするが、
加賀と赤城はその点での異論は絶対に認めなかった。
「私は五航戦に撃たれて死んだのよね」
「あ、ああ。そのようだね」
五航戦とは翔鶴を指している。翔鶴が後ろから弓で撃ったのだ。
「あの女、実はもう妊娠しているのよ」
「えっ、そうなのか!! 翔鶴からは何も聞かされてないが」
「私の情報は正確よ。だって神様から聞いたから」
全知全能の神はすべてを知っている。女性の姿をした艦娘に
かつての日本海軍の艦艇の魂を宿したのも神の仕業である。
提督も神の奇跡の力をお借りして翔鶴を現生に呼び戻した。
神の力を疑うなど絶対にしてはいけないことなのだ。
「提督。私も提督の子供が欲しいわ」
それはつまり、現実世界の提督に死ねと言っているのと同じだった。
死んだ後の世界にいる加賀と、現生にいる提督は夢の中で
偶然にも合うことを許されている。だが加賀が提督の子供を
身ごもることまでは許可されていない。
「正直に言うと翔鶴に嫉妬しているのよ。あの女だけ
現生によみがえって。提督の子供まで身ごもるなんてそんなの不公平よ。
五航戦のくせに。私はこういう性格だから、どんなに寛容になろうと
しても無駄だった。私はあいつのことを今後も一生許せないわ」
「君の気持はよくわかる」
「私はあいつよりもあなたのことを愛しているわ」
それはどうだろうな……。提督は言葉を飲み込んだ。
提督が大けがで入院した時、翔鶴は献身的に介護をしてくれた。
戦闘中に沈没覚悟で助けてに来てくれた。
加賀も、提督が夫婦仲が一番つらかった時、大和のメールを見て
吐いてしまった時に助けてくれた。横須賀での決戦では救援に来てくれた。
翔鶴と加賀で差をつけたくない。どちらにも感謝している。
「五航戦が死ねば、私が代わりに蘇ることもできるのに」
神様が与えた力の一つに、提督は死んでしまった艦娘を一人だけ
現生に呼び戻すことができる、というものがある。その艦娘は
肉体に魂が入った状態で蘇るから、生前の姿と何も変わらない。
ただし一人だけ。
今その枠は翔鶴で使い切っている。
加賀が言いたいのは、翔鶴を早く捨てろということだ。
ただし……。
「でも赤城さんを一人でこっちに残すわけにはいかないから」
とのことで、提督が死んでしまった方が都合がいい。
加賀は提督のことを愛しているが、赤城のことも同性として愛していた。
「んん……二人の話声が大きいから目が覚めちゃいましたよ」
赤城だ。長い黒髪に寝癖がついている。
「ふたりだけで内緒話してたんですか?
私も混ぜてくれないと寂しいじゃないですか」
「内緒話というほどのものではありませんよ赤城さん。
以前から話していた子供の件です。私も提督の
子供を身ごもりたいとお願いしていたんです」
「私も子供欲しいです」
「そうですよね」
赤城が猫のようなしぐさで提督に四肢を絡める。
赤城から甘ったるい女の香りがして
提督の頭がまた沸騰しそうになる。
「提督。最近夜は会えなくなりましたよね」
「そうだな……。ごめん。妻達の監視が前よりも厳しくなっちまってな」
夜遊びと称した家出。
提督は妻達に見られていない場所、という条件付きなら
月の出ている夜だけ赤城と加賀と会うことができる。
ふたりは一時的に受肉した状態で現生に召喚される。
三人はホテルで食事をしたり、おしゃべりをしたり、
飽きるまでセックスをしたりと有意義な時間を過ごしていた。
赤城は、提督と食事をするのが大好きだった。だから
提督も赤城の願いは最大限は叶えてあげたいと思っていた。
赤城が幸せそうにおにぎりを食べると、
加賀もうれしそうな顔をしていた。
あの二人の顔が今でも忘れられない。
「俺も本当はすぐ死のうと思ったんだけどな」
提督は大本営から出頭命令を受けたことがあった。
翔鶴は激怒して命令を黙殺することをすすめてくれたが、
あの時出頭すれば銃殺刑になることは確実だった。
そうすれば、艦娘のみんなも諦めが付くだろうと。だが今になって思えば
ショックで自殺する娘の方が多かったと思う。提督はまだ死んでない。
現生を生きる人間だ。だから、寿命を迎えて死ぬまでは
人間として、提督として生きるべきなのだと考えていた。
「赤城さん。そろそろ時間ですよ」
「もうそんな時間なんですか」
赤城が別れの言葉を言おうとしているが、もう耳に入らない。
提督は目の前が一瞬で暗くなり、意識が一度死んでまた蘇った。
「提督さん。提督さん」
身体を優しい手つきでゆすられる。ここは間宮の寝室だった。
提督はその日の夜は間宮の部屋で寝ていたのだ。妙に外が暗いなと
思ったら、まだ朝の四時過ぎだった。
「……あー体がだるい。どうしたんだい、間宮さん」
「提督がすごい汗をかいて寝ていたから、
心配になって起こしちゃったんです」
間宮の言っていることは全くのウソだった。暑がりの提督のために
部屋はエアコンが効いている。汗など一滴もかいていない。
間宮は夢を見ている提督が、
すごく幸せそうな顔をしているのが気に入らなかった。
大和から、提督は夢の中で一航戦と会っていると
聞かされていて、初めは馬鹿らしいと思ったが、どうもこの世界では
次々に神の奇跡が起きるようなので今では信じるようになった。
「すまなかったね。間宮さん」
「いいえ。こちらこそ起こしちゃってすみませんでした」
「ところでさ、そろそろこれ、外してくれないかな?」
「何度も同じことを聞くんですね。それは認められませんよ。
妻全員で話し合った結果、こうなったわけですから」
提督の足首は、床にある30キロの重りと鎖でつながれていた。
実は提督と添い寝をしていたのは間宮だけではなく、
今日は日替わりの当番で榛名もいた。監視役だ。
提督と二人だけで寝るのは禁止。夜寝る時だけ鎖を足に着ける。
朝になったら外してくれるので日常にはほとんど影響はない。
ちなみに夜トイレに行く時も妻がニコニコしながら
ついてくるので、提督にとって耐えがたいストレスとなった。
それから提督が夜に出歩かないように、ますます妻たちの監視が強まった。
鹿島と大和は束縛することに反対し続けたが、
多数決の結果で退けられた。秋月だけは中道派だった。
翔鶴、榛名、間宮、由良が先導して新しい決まり事を作っていく。
こうして色々と禁止事項が増えた。
・提督が一人で外出すること
・妻の許可なしに携帯を使うこと(実質没収)
・鎮守府内で一人になること(いかなる時間帯も)
これはつまり、提督は四六時中妻達によって束縛されることを意味していた。
提督がかつて嫌っていた形が再び再現されたことになる。
提督は確かに食事の補助は必要だが、間宮が作ってくれた
おにぎりやサンドイッチならば自分で食べられる。
それに買い物だって、重くないものなら自分でも買える。
提督が片腕だと知ると、定員が袋詰めを丁寧に手伝ってくれたりする。
提督はこれといって趣味のない男だが、散歩は好きだった。
特に行く当てもなく街をさまよい、多い時で一時間も歩く時がある。
そんな時は決まってコンビニかスーパーで甘いものでも買って
食べるのが好きだった。
彼はお金を所持することも許されていないので、
妻がいないと自販機のジュースを買うことさえできなかった。
外出先でも妻以外の若い女性に目を向けたら翔鶴や榛名が
殺気立つので、爆弾と歩いているのと変わらなかった。
精神的にまいり始めた提督を、天使鹿島がなぐさめてくれる。
だが鹿島も少し変わり始めて、今では提督を束縛し、
監視下に置くことに優越感を感じ始めていた。
「おはようございます提督さん。朝起きたら顔を洗いましょうね」
洗面所で顔をばしゃばしゃすると、鹿島がタオルで拭いてくれる。
「次はお着替えをしましょうね?」
着替えも全部してくれるので甘える。というか、甘えないと
妻の機嫌がどんどん悪くなるのでこうするしかない。
「私達を好きなだけ頼ってくださって構いませんわ。
今の提督さんは鹿島がいないと生きていけない。そうですよね?」
「ああ。そうだ。俺には鹿島が必要だ……」
「鹿島がいないと生きていけないんですよね?」
「そうだよ」(なぜ同じことを二度訊く)
「鹿島のこと好きですか?」
「大好きだよ。愛してる」
唯一まともだと思っていた鹿島も皆に影響されておかしくなっている。
毎日会うたびに鹿島のことを好きだと言わないと簡単に目のハイライト
が失われてしまう。みんなはそれだけ提督の愛に疑問を抱いているのだ。
提督の心の中に一航戦が住み続けている……。
そのことが気に食わなくなると、
みんなの疑心暗鬼がますます悪化する。
妻たちはある日の会議の結果、新しい決まり事を作った。
それは、朝に提督と会った妻は、必ずキスをすると言うものだった。
つまり朝食堂に全員が揃うため、朝ご飯を食べる前には
全員と順番でキスをしないといけないのだ。
「はいはい。良い子ですね。ちゃんとキスできましたね」
由良が提督の頭をなでる。提督はまた口中についた
唾液をティッシュで吹いて、今度は調理場の間宮とキスをする。
「ちゅ。もっとキスして。ほら。もっと感情を込めて」
エプロンをしている間宮の柔らかい胸の感触を感じる。
間宮はいつも最後の番なので、たっぷり時間をかけて口づけを楽しむ。
提督の顔は変形しているのに、こんな顔でも好んでキスをする妻達を
提督は不思議に思うこともある。
間宮が提督の首に手を回して楽しんでいると、
ちょっと長すぎませんか? と榛名が怒気を込めて言う。
間宮は修羅場になる前に調理場の奥へと消えてしまう。
いつものことだ。
提督は家事も炊事も一切をせず、
大本営との連絡さえ艦娘が代わりにやってくれる。
生まれたばかりの赤子(雛鳥)とは
五航戦でなくまさに提督を指す言葉だ。
妻たちはみんな戦闘艦ゆえに頭の回転がものすごく早く
優秀だが、今はその力を提督への束縛に使ってしまっている。
もはやこれだけの監視態勢の中、脱走するなど不可能だった。
嫉妬の鬼の由良は、提督が夜眠れないように明るい流行歌を
歌い続けて、睡眠を妨害するようにまでなった。
「私は歌がうまくなりたいから、寝る前に歌の
練習をしているんです。提督さんは眠いのにごめんなさい」
翔鶴も一時間に一度は提督をわざと起こして唯一の癒しを妨害する。
「あら、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?
トイレに行こうと思って電気を付けちゃったんです。
今消しますからね」
そうこうしているうちに時は流れ、
翔鶴はお腹を愛おしそうにさすりながら、満面の笑みで言った。
「提督との間に赤ちゃんができたみたいです。
この子に早くパパの顔を見せてあげたいですね。
もちろん絶対にないとは思いますけど、万が一
子供を見捨てるようなことがあれば、
その時はどうなるか分かっていますよね?」
続いて鹿島と由良も身ごもってしまい、提督の胃を破壊した。
他の妻が妊娠するのも時間の問題だろう。
提督は当初は大和と娘一人の家庭環境だったが、
これがさらなる大所帯へと変わろうとしている。
子供がいる。それだけで真面目で責任感の強い提督は
脱走しようなどと邪な発想は消えてしまう。
もう、いろいろな意味で逃げられない。
提督は7月の終わりには3キロ痩せていた。