読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋となった。
オゾン層が破壊されて久しい昨今では陽光の照り付けが激しいが、
もう日中の気温が30度を超えることはない。
日付は10月の20日を数えた。
提督の消息はつかめていない。
大和が、艦娘一同が会した鎮守府の会議場でこう発言した。
「私は色々な艦娘を見てきましたが、翔鶴さんほど恥知らずで
人を出し抜いても何とも思わないクズを見たことがありません。
これは私以外の人も考えていることだと思いますが、やはり
彼と駆け落ちしたと思われる翔鶴さんの制裁は必須だと思います」
加賀が発言する。
「大和さんは提督が返ってくるまで待つの一点張りだったはずなのに、
急に意見を変えたわね。鹿島から聞いた通り提督はもう提督では
なくなったのよ。仮に彼がここに帰って来ても、再び神様と
契約をして提督をしてくれるかは疑問じゃないかしら」
「私には、彼との間に生まれた娘がいます。
娘が夜のたびにパパに会いたいと泣くのです」
だから翔鶴を抹殺してから提督を連れ戻すと大和は言う。
世界最強の戦艦の殺意すら込められた視線に加賀でさえ
目を合わせられないほどだった。
加賀は無理やり彼を連れ戻すことには反対だった。
ほとぼりが冷めるまでここで待っていればいいという、
当初の大和派の考えを支持していた。
「私は」
と由良が手を挙げる。
「いっそ全員で提督さんの住んでいる場所に押し掛けるべきだと
思いますよ。艦娘としてでなく、彼の妻としてね。ね?
この発想はどうですか。私たちも、もうめんどくさくなったから
深海棲艦と戦うのやめちゃいましょうよ」
「それはいけないわ」
と大和が低い声で言う。
「私たちは戦うために生み出された存在なのよ。翔鶴みたいな
クズは平気でその使命から逃げ出すけど、私達は違うはずよ。
みんなもそうよね? 提督は再びここに戻って来て、私たちの
指揮を取ってくれる。それが本来あるべき姿じゃないの?」
誰も答えない。
最近の大和は本気で荒れており、ストレス解消に
近所の自然公園の大木を拳でなぎ倒していた。
彼女がその気になれば、
ここにいる艦娘など拳だけで全滅させることができる。
「ちょっと榛名」
「ていとく~~提督も~~そう思いますよね」
「榛名ったら」
「えへへ。はるなはぁ……良い子ですからぁ……」
「それ止めなさいよ!! 不愉快なのよ!!」
大和の厳しい 責にも榛名は動じない。
目がうつろになった榛名は、大きな画用紙に
提督の顔を描き続けている。なんとも下手くそな
似顔絵に対し、何事かをしゃべり続けているのだ。
その隣にいる鹿島は、ニタニタ笑いながら
左の手首にナイフを押し付け、リスカの練習のような
ことをしている。どちらも精神的に限界のようだった。
赤城は、テーブルの上で手のひらを組み、ただ黙っている。
彼女が会議中に発言することはなく、たまにお茶を飲んでは
また黙り込む。何を考えているのかさっぱり分からなかった。
間宮はショックで寝込んでしまった。秋月は彼女の具合を
心配して看病してあげているので会議場にはいない。
ちなみに秋月は提督をここに連れ戻す案に賛成していた。
「おう。おどれら。さっきからなに
つまらんことでもめとんねん」
ここで新たな艦娘が登場した。
荒々しく扉を開けたかと思えば、テーブルの上にどかっと
あぐらをかいて座る。彼女の正体は大和の娘の大和だった。
母と同じ名前なことは今までに散々述べた。
「こんなとこでグダグダだべったところでラチあかんわ!!
パパを連れ戻すために日本中を捜索するべきとちゃうんか!!
それを加賀ぁ。貴様は何を言ってるんじゃああ!!
パパが自分から戻ってくるわけないやろ!!
あれは本気でここがイヤなって出て行ったっちゅうことやで!!」
この娘は、物語の冒頭では「パパ大好き~」などと言っている
幼女のはずだったが、父親の度重なる家出によって
このようにグレてしまった。日本語の訛りにまで影響が出ている。
母親の大和は深くため息を吐く。
「こら大和。加賀さんに対して失礼でしょう」
「やかましいわ。それよりどうすんねん」
「次を考えようにも提督の居場所が分からないのよ。
もしかしたらまたアフガニスタンに逃げた可能性もある。
もしくはニュージーランド? モンゴル?
チベットかもしれないわね」
ここで由良が、海外の可能性は低いと言った。
国内のあらゆる航空会社の利用データをハッキングしたが、
提督と思われる男性が利用した形跡はなかった。
ちなみに由良のハッキングスキルは、
旧ソ連の国家保安委員部の防諜部に匹敵するほど高度なものだった。
「現実的に行動するとしたら、我々でいくつかの班を作り、
日本中を手分けして探すことでしょうね」
「ふむふむ」
と飛龍が楽しげに頷く。蒼龍も乗り気だ。
由良の案は以下の通りだ。
赤城
加賀
蒼龍
飛龍
をリーダーとした四つの班を結成。
それぞれ東北、関東、東海、中国地方へ分散し
空母艦載機を使って捜索をする。
そのでも彼が見つからないようだったら
北海道、沖縄、北陸、九州地方なども継続して探す。
班のメンバーを分けるためのくじを引いた。
「うげ」
蒼龍が、明らかに嫌そうな顔をした。
榛名と鹿島と同じ班になってしまったからだ。
鎮守府のメンバーで一番病んでしまっている艦娘である。
鹿島は提督が脱走する日に立ち会い、必死に止めたのに翔鶴に蹴飛ばされ、
榛名は彼をアフガンに拉致するほど思いが強く、
一緒にラブホまで行ったのに、脱走する相談をしてもらえなかった。
「蒼龍様は……榛名と一緒じゃ嫌ですよね……。
すみません。私は加賀さんの班にでも合流しますから」
「今さらそんな気使わなくていいよ。
あんただって私の事大嫌いなんでしょ。
まっ、提督を見つけるまでの辛抱だし、しばらくは我慢してあげる」
蒼龍は、ニコッと笑う。飛龍ほど根に持つタイプではないようだ。
榛名は恐縮して繰り返し頭を下げた。相変わらず目の焦点が合わぬ
鹿島は自作の『提督人形』を持つ。これがないと不安なのだ。
こうして蒼龍班の行動が始まった。
各班ともに費用は40万円ずつ支給されている。
予算の範囲で彼を捜索し、お金が尽きる頃には神奈川に帰ることになっていた。
つまり帰りの分の新幹線代などは取っておかないといけない。
ちなみにこの金は横須賀鎮守府の予算を勝手に流用した。
立派な犯罪であるが、提督が不在のため仕方ない。
新横浜発の新幹線に乗る。
初めて乗る東海道新幹線。ひかり505号。
海での生活に慣れた艦娘にとって陸路を走るのは新鮮である。
榛名はすっかり観光気分になり、メカが好きなこともあり高揚して
饒舌になった。行き先はまだ決めておらず、静岡駅にするべきか、
浜松駅にするべきかで榛名と蒼龍が口論になっていた。
「はっ、ここはどこですか?」
鹿島がふいに正気に戻る。
10月の平日の車内はそれほどの混雑はなく、
スーツを着てヘッドホンをしたビジネスマンがいたり、
明らかに観光目的のジジババの集団がいて楽しげに会話をしている。
鹿島は鎮守府での緊急会議中も正気を失っていたため、
なぜ自分が新幹線に乗っているのかが理解できなかった。
蒼龍がイライラしながら事情を説明すると、
「えーーーーっ!! これから人力で提督様を探しに行くのですか!!
広い日本中を歩いて? そんなのバカみたいじゃないですか!!」
と騒ぐので、車掌さん?がこちらに歩いてくる。
完全にマナー違反だ。榛名が笑顔で謝って事なきを得た。
蒼龍は鹿島に制裁の腹パンしようかと思ったが、やめた。
蒼龍が腕を組むと、タートルネックのセーター越しに巨乳が強調される。
「鹿島に言われなくても私だって馬鹿だと思うよ。この案を考えたのは由良だから。
由良の真の狙いは、私らに広い世界を見せることで鎮守府の閉鎖的な、
ジメジメした空気を忘れて欲しいってこと。まじであの職場空気悪すぎ。
あのまま会議を続けていたら大和さんがブチ切れてまた戦争だよ」
「えっと……それじゃこれって旅行と変わらないですよね?」
「半分は旅行だね。彼が見つかる可能性は、ほぼないよ」
「警察に捜索願を出したらどうですか?
あっ、その前に大本営に報告したんですか!!」
「声デカいから抑えて。大本営にはとっくに連絡してあるよ。
でも無駄だった」
提督は、神との契約によって元の体を得た代わりに、
提督であることを放棄させられた。彼は、初めから大本営に
所属していないことになっていた。彼の職歴経歴その他は、抹消されたのだ。
横須賀鎮守府の艦娘を除く、全ての軍関係者の中から彼の記憶は消された。
なるほど。軍関係者でなくなったのは分かった。
だが彼は日本国民であることに変わりはない。
行方不明者として警察に捜索願を出せばよい。
だが問題なのは、提督の本名を誰も知らないことだ。
そもそも彼が鎮守府に来る前にどこで暮らしていたのかも知らない。
生まれがどこで、前職は何をしていたのか。
由良が執務室をあさって彼の履歴書や身分証明書を探した。
そうしたら、決定的な書類を見つけた。
彼の父親と母親あてに書いた手紙が見つかったのだ。
住所は栃木県足利市の樺崎町となっている。彼は関東地方の生まれだったのだ。
由良が詳細な住所を頼りに実家に電話するが、誰も出ない。
何度かけ直してもコール音がするだけで出る気配がない。
オレオレ詐欺の対策だろうか。
由良が憤慨しつつ、現地へと赤城と加賀の艦載機が飛ぶ。
現地はほとんどが山だった。艦載機の妖精が着陸して、
住所付近の住宅を捜索したが、主に60過ぎの老夫婦が住む集落となっており、
誰も提督らしき男を知らないと言う。そんな息子はいないという。
さらに苛立った由良が、提督の顔写真と大和の描いたスケッチを
頼りに電車に揺られて現地に行く。加賀も着いて行った。
そうしたら、いた。明らかに提督の母親と思われる60手前の女性が。
彼女は山のふもとの畑で、農作業をしていた。どこまでも続くサツマイモのつるを
引っ張り、一か所に集める。秋の収穫作業に汗を流していたのだ。
その隣には軽トラに寄りかかって茶を飲んでいる男性がいて、
その男が父親だろうと目星をつけた。
由良が丁寧に手紙に書かれていた名字を問うと、女性はそうだと頷いた。
いきなり都会から来たと思われる美しい娘に質問されたことに驚いていた。
住所郵便番号からして、彼らの背後にある一軒家が提督の生家で確定だ。
「あの、宗教勧誘の方でしたら、何度もお断りしているんですけど」
「すみません。私たちは怪しい者じゃありません。
おそらくあなた様のご子息と思われる方の職場の同僚でして」
「むすこ?」
「はい。息子様です。神奈川県の横須賀市の軍港で勤務されているはずでは」
「私たち夫婦に子供はおりませんが」
由良は、その後30分も掛けてここに来た理由を詳細に説明したのだが、
ついに理解してもらえなかった。何かが変だった。提督の書いていた手紙の
送り先のご両親は彼らに間違いないのだ。現に手紙の原本まで見せても、
心当たりがないと言い張る。嘘をつている感じではなく、本当に知らない風だった。
由良はまさか自分の捜査の仕方が
根本的に間違っていたのかと不安になりパニックになる。
「落ち着きなさい。すべては神の奇跡が引き起こしたことよ」
加賀が冷静に諭す。
「手紙の日付は、9月の末になっていた。この時点で提督はまだ提督だった。
でも彼は10月になってから神との契約で提督業を辞めてしまった。
だからね、きっと提督は初めから彼らの子供として生まれてこなかったことに
変更されてしまった。彼は神によって創造された新しい人間なの。
そうでもしないと、彼の体の後遺症がすべて治っていることの
証明にならないんじゃないのかしら」
「提督さんは、元の体を手に入れる代償として生まれ故郷まで捨てたんですか。
実家のご両親まで捨てて、第二の人生を歩もうと?」
「第二の人生と言うより、完全な生まれ変わりと言うべきじゃないかしら。
私達の知っている彼は、すでに一度死んでしまったのかもしれないわね」
提督は、鎮守府と一緒に艦娘まで捨てた。
そこまでなら一同も納得できた。
だが、翔鶴も連れて逃げてしまった。
これはどういうことなのか。
提督を辞めたはずなのに、翔鶴だけは好きだったのか。
みんなを平等に愛すると言ったのは嘘だったのか。
日に日に彼への思いが強まり、翔鶴への嫉妬心が燃え上がる。
だから提督を探しに行くべきだと冒頭の大和が主張するに至ったのだ。
すごい速さで景色が移り変わる新幹線の中で、蒼龍は眠そうにしていた。
榛名はチョコポッキーの袋を開けてポリポリ食べ始める。
鹿島は何気なく、車内につけられた画面付きの電光掲示板を見ていた。
くだらないCMを流しつつ、今日の日経平均株価と、
昨夜のダウ平均の終値がテロップで横に流れていく。
「うっ?」
鹿島は急にめまいに襲われた。それに頭が痛い。
生理周期はまだ先のはずだが、風邪でも引いたのだろうか。
念のためバッグの中の頭痛薬を探す。
鹿島はどんな時でも薬を持ち歩く癖があった。
ばんそうこう、ガーゼ、包帯、消毒液も常に持っている。
出先で提督が万が一けがをした場合に応急手当てをするためにだ。
もっとも自分がまず健康でいないと意味がないが。
その時、不思議なことが起きた。
鹿島の脳内に提督の後姿が映った。
提督は翔鶴と手を繋いで湖沿いの道を歩いている。
とても大きな湖であり、海に見間違えるほど広大だった。
続いて景色が変わり、酪農家がいくつも並ぶ広大な平地が浮かんだ。
また湖に戻る。松の木が植えられている。
また酪農家に戻る。牛舎から出てきた農夫がいる。
続いて車から見た景色に代わる。
提督は車に乗っていた。助手席の翔鶴が青い道路標識を指す。
そこには大津、近江大橋、近江八幡と書いてある。
彼らの車は、交差点を右折して近江八幡方面の道路を走った。
わずかな間気絶していた鹿島は、意識を取り戻した。
今見た夢は、提督の居場所を知らせる決定的な情報であった。
スマホで近江を調べると滋賀県とある。
ならば大きな湖の正体は琵琶湖に違いない。
提督は……滋賀県内にいる。
ここで鹿島は悩んだ。隣の席で寝息を立てる蒼龍と、
のんきにお菓子を食べている榛名に言うべきかと。
蒼龍の肩がビクッと揺れて目を覚ました。
まだ寝足りないのか、また腕組みをして
まぶたを閉じようとしたので鹿島が声をかけた。
「すみません。ちょっと具合が悪くなってしまったので
熱海駅でいったん降りますね」
「えっ……大丈夫? 一人で帰れるの?」
「帰りの新幹線に乗るだけだから簡単ですよ。
それに横浜駅まで一時間もかかりませんから」
その割には鹿島は元気そうだったので、疑い深い榛名が見逃すわけがない。
鹿島はなぜか熱心にスマホで滋賀県内を検索しており、
どうやら提督の居場所の手がかりを知っている風だった。
榛名は蒼龍に知らせるべきか悩んだが、黙っていることにした。
榛名のカンだが、鹿島はなぜか神の寵愛を受けていて、
たまに彼女の背後に白い羽根を生やした子供の天使が舞い降りることがある。
榛名は実際に、アフガンを旅した時に鹿島の周囲に天使が舞うのを見たことがある。
おそらく鹿島は神の手助けによって、絶対に見つかるはずのない
提督の住処を知っているのだ。ならば、榛名も鹿島について行こうと思った。