※この作品はR-18です。

「大和の愛から逃げ続けたらどうなるのか?」   作:なおちー

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提督は片頭痛になった。

滋賀県の琵琶湖沿いは観光地とされているが、少し人里を離れ場所には

たくさんの村がある。彼らがここに住み着いたのは全くの偶然だった。

その経緯をこれから説明する。

 

厚木ICから複数のジャンクションを経由して岐阜羽島ICで降りる。

夜が更けて朝日が昇る。提督は慣れない長時間の運転で疲労困憊だった。

 

インター近くのファミマに立ち寄り、軽く朝食を買い込む。

提督と翔鶴がおにぎりを食べ終わった後、タクシーはどういうわけか

故障してしまい、エンジンがかからなくなった。

 

提督に車の知識はない。翔鶴も同じだ。

イラついた提督が運転席のドアを拳で叩く。

翔鶴がそんな彼の背中にそっと手を置き、優しい言葉でなだめる。

 

ここからは歩いて行くしかないと腹をくくる。

 

 

翔鶴と手を繋ぎ、見知らぬ街を歩く。

金曜日の朝であり、普通の人たちは出勤の時間だ。

羽島市内は長良川を中心に栄えた地方都市だった。

 

彼らの住み慣れた横須賀市内と比べたら

どうしても田舎になってしまうが、背の高い建物がないだけで

生活に必要な店は十分にそろっており、交通量もそれなりにある。

 

翔鶴は何度も上空を見上げた。提督もだ。

 

今は朝である。青空が広がっており、索敵機に見つかりやすい状況だ。

今この瞬間も横須賀に捨ててきた艦娘たちは、諦めずに提督の

捜査を続けていることだろう。艦娘側からしたら広い日本となるが、

追われている提督夫妻からしたら、狭すぎる日本だ。

 

彼女らの戦場とする太平洋の大海原とは比較にもならない。

 

 

提督は明らかに重すぎるボストンバッグを肩にかけている。

実はこの中に大量の現金が入っていた。彼は神と契約する前に

彼が世間的にはこの世に存在しない人間になることを事前に通告されていた。

 

そのため、二つの預金口座に入っていた現金計420万を

現在のまま所持していた。こうでもしないと、あとから

銀行やATMでお金を引き出すことができないのだ。

 

アフガンを旅した経験を踏まえて、現金はシャツの内ポケットから

靴下の中、ズボンのポケットなど至る場所へと分散して入れてあるが、

見知らぬ土地で大金を持ち歩くことは大変なストレスだった。

 

翔鶴にも現金を一部持ってもらっている。

翔鶴も生きている心地がしなかった。

 

 

「どこかに住む場所を探した方がいいな」

 

「アパートとかでしょうか」

 

「契約は……できないか。俺は一度死んだ人間ってことになっている。

 契約しようにも身分を証明する手段がないんだ」

 

「でしたら身分証明書などを偽造すればよろしいのでは」

 

「偽造するにしても、

 どこかでゆっくりできる場所がないと書類も作れやしない。」

 

信号が青になったので、横断歩道を渡る。

適当に進んだ場所なのだが、ここは飲食店の多い通りだった。

焼き肉屋やラーメン屋が並ぶ。郵便局の看板が遠めに見えた。

 

途中で左手に快活クラブがあった。漫画喫茶なら日中の時間をつぶすのに

最適かと思われたが、よく考えたら開店時間前だった。

 

カラオケ屋があったので入ってみる。カラオケ屋なら時間は関係ない。

今日の午前中いっぱいはここで時間をつぶすことにした。もちろん

のんきに歌など歌う余裕などなく、翔鶴は一度トイレに行って化粧を直してきた。

 

提督は彼女のきゃしゃな体を抱きしめた。

 

「んっ……ちょ……ていとく」

 

「少しの間だから我慢してくれ。お前を抱きたくて仕方ないんだ」

 

「ここはダメですよ……個室には監視カメラがあるんですから」

 

「分かってるよ。キスだけだから」

 

ふたりは隣通しで座り、今後のことを話し合った。

 

まず街中で暮らすのは避けるべきだと提督が言った。翔鶴も同意した。

ふたりはいかにも夜逃げをしてきましたと言わんばかりの風貌であり、

また夫婦そろって顔立ちが非常に整っていることから人目を引いた。

 

受付にいた肥えた若い女性店員は、提督の琥珀色の瞳に赤面しながら接客していた。

ファミマに寄った時も妙に周りから注目されたものだ。

街中を歩いている時などもっとだろう。

 

「もっと田舎に移り住むとしたら、村とかになるのでしょうか。

 田舎では働ける場所が少なくて苦労すると思いますけど、

 お仕事の方はどうされるのですか」

 

「俺は実家が農家だったんだ。野菜作りだけじゃなくて梨の収穫も

 手伝ったことがある。どこかの農家の仕事の手伝いでもさせてもらえればな。

 でも秋の収穫の時期が終わっちまったら、農家は閑散期だな。困ったよ」

 

「私は自分で言うのもあれですけど、今まで華々しい空母艦隊として

 戦っていたので泥で汚れる仕事はちょっと嫌なんですよね。

 お店でサービス業をする方が向いている気がします」

 

「うーん。どうするか」

 

彼らには、計画がない。

 

提督は思い付きで横須賀を飛び出したまでは良かったが、

そのあとの計画を考えるだけの余裕がなかった。

だから今の彼らに必要なのは、今後のことを考える時間だった。

 

彼らは結局二時間ほどしてカラオケ店から出て行った。

近場で一番の安いホテル移動した。ラブホテルではなく

ビジネス用にも使われる地味なホテルだ。

 

昼下がりからたっぷりと肌を重ねあい、

逃避行のストレスを解消したはずだった。

紅茶を飲みながら、また今後のことを話し合うと、

どうにも新生活のめどが立たない。

 

提督は今までの艦娘同士のドロドロした人間関係から

解放されたことから、しばらく何も考えないで休みたいと言った。

 

翔鶴は、もっと真剣に今後のことを話したかったが、

提督が疲れているのなら仕方ない。

結局彼らは三日ほど同じホテルに滞在することになる。

 

 

四日目は風の強い日だった。

 

「いつまでもホテル暮らしをするわけにはいきませんよ。

 まずは住む場所を見つけて、そして定職に就きましょう」

 

「分かってるよ」

 

この三日間、ベッドの上とシャワールームで、

翔鶴と肌を重ね合わせた。避妊するつもりがないので

翔鶴の中に出せるだけ出してしまった。若く美しい翔鶴と狭い空間で

二人きりなので内から湧き上がる性欲を押さえることができなかった。

 

だが、こんなことをしてもむなしさが残るだけだった。

 

「提督は少し口数が減りましたよね」

 

「自分ではよくわかんな。

 もともとそんなにしゃべる方じゃないからな」

 

提督は、早くも脱走したことを後悔し始めていた。

 

彼は、赤城を暴行した二航戦や翔鶴、榛名、鹿島に嫌気がさして

衝動的に鎮守府を出ていくことにした。

 

そう。彼はここにいる翔鶴にも赤城の一件では腹を立てているのだ。

彼女を連れてきたのは成り行きの結果であり、心から

納得したわけではない。彼は神との契約で一般人となってからも、

頭の中ではまだ鎮守府のことを気にかけていた。

 

(次に深海棲艦の攻撃があったら、あいつらは死ぬんじゃないか)

 

今の横須賀には一航戦や二航戦がいるから、そう簡単にはやられないと信じている。

だが提督が逃げ出したことでおそらく彼女らも日本全国を探し回っていると

考えると、横須賀は完全に無防備だ。人類の敵である深海棲艦を倒すことの

できるのは高性能な近代兵器ではなく、艦娘だけだ。

 

なんて無責任なことをしてしまったんだろうと思っていた。

だから翔鶴の前で口数が減り、考え事ばかりをしていたのだ。

 

「提督は翔鶴といるのは楽しくないですか……?

 最近の私は少し口うるさかったですよね。

 でもこれからの生活の事とか本当に心配なんです。

 私は軍港以外の場所で暮らしたことがないから不安で」

 

「お前のことは嫌いじゃなって何度も言ってるだろ。

 俺がいつまでも昔のことを覚えているのが悪いんだよ。

 バカみたいだよな。……今さらだが、

 おまえ、赤城の太ももに弓をぶっ刺したのはやり過ぎだろ」

 

「あ、あれは!! ついカッとなってしまって!!

 申し訳ありません」

 

「くれぐれも俺のことは刺さないでくれると助かる」

 

「私が提督を刺すわけないじゃないですか!!」

 

「分かってるよ。言ってみただけだ。まったくおまえらとの

 生活はストレスがたまったよ。妻たちに外出を制限されて

 実質監禁された時もあった。憎まれ口の一つも叩きたくなるよ」

 

「そう言う提督だってアフガンに逃げたりして

 私たちを不安にさせたじゃないですか」

 

「……榛名に拉致されたんだよ。

 あれは俺の意志じゃないって何度も説明したはずなんだがな」

 

提督はベッドで横になり、片腕で頬ずえをついて話していた。

翔鶴に背を向けている。それが翔鶴にはたまらなく悲しかった。

 

「提督。私の方を見て話してくださいよ」

 

「今はそんな気分じゃないんだ。悪いな」

 

「やっぱり……私のこと嫌いなんですね。

 ご自分の性欲さえ解消できれば翔鶴はどうでもいいんですか」

 

「なんでお前はすぐマイナス思考になるんだ!!

 俺は翔鶴と結婚するって言っただろうが!! 

 お前の事を嫌いになったなんて一度でも言ったのかよ!! ああ!?」

 

提督は枕を翔鶴の方へぶん投げた。

彼はタクシーを運転している時から、いつになく苛立っており、

ささいなことで声を荒げる。いずれ夫になる人とはいえ、

年上の男性の怒声に翔鶴は委縮してしまう。

 

鎮守府にいた時とは別人。

提督としての業務をしていた彼は、勤めて冷静でいたが、

ここではもうただの一般人。全てにおいて遠慮がなくなってしまったのだ。

 

「うっ……ぐすっ……。そんなに怒らないでください。

 提督に冷たくされると、胸がぎゅっと苦しくなって辛いんです」

 

「わ、悪いな。俺もちょっと怒りすぎたよ」

 

翔鶴の後ろ髪をなでて、落ち着かせてあげた。

翔鶴は上半身裸の提督の胸に顔をうずめ、しくしく泣いた。

 

提督は、自分の人生がうまくいかないイラだちを翔鶴に

ぶつけていることを自覚していた。人間的に未熟な彼は、

こうすることでしかストレス発散ができなかったのだ。

 

「ぐす……うぅっ……」

 

すすり泣く、翔鶴の声。

彼女は一度泣き始めると簡単には泣き止んでくれない。

 

(ち……しょうがねえな)

 

と思いつつも、翔鶴の顔があまりにも色っぽいので勃起してしまう。

こういう時にセックスしても翔鶴は全然濡れないので意味がない。

だから彼女の心が落ち着くまで背中をぽんぽんと叩き続けるしかない。

 

「提督はいつか……」

 

「ん? なんだい」

 

「いつか私を捨ててどこかへ消えてしまうかもしれません。

 でも捨てられるその日まで、翔鶴は提督のことを愛していますから」

 

「はは……。何言ってるんだ。俺が翔鶴のことを捨てるわけないだろ。

 君は俺の妻なんだ。自分の妻を置いてなんで俺が逃げ出すんだよ」

 

実は、婚姻届けなど出せるわけもなかった。

 

提督も翔鶴も戸籍上は存在しない人物となっているからだ。

提督は前述の理由だが、翔鶴は軍属の艦娘であり、任務が終わって

艤装を外さない限りは、大本営に所属する軍艦となっている。

つまり厳密には人の姿をした軍事兵器なのだ。

 

よって二人の関係は恋人止まり。だから仮に翔鶴が子を産んだとしても、

提督はいつでも逃げることができる。あの時に喫茶店でした提督の

プロポーズも今となってはむなしいだけだ。

 

その日の夜は、翔鶴はコアラのように提督に抱き着いて寝た。

提督が腕枕をしてあげると彼女が子供のように邪気の無い顔で

すやすやと寝息を立てる。

 

提督は信仰心の強さから、これからも翔鶴と一緒に暮らすのが

自分の運命なんだと信じて疑わなかった。役所に婚姻届けが

出せなくても内縁の妻と言うことでいい。

 

 

提督は妻を悲しませてしまったおわびとして、見聞を広める意味も含めて

旅行をすることにした。彼らは東海地方の地理に疎く、

電車やタクシーを使うのも怖かったので、バスツアーに申し込んだ。

 

名古屋城を巡り、滋賀の比叡山延暦寺と彦根城に寄り、

琵琶湖の周囲をぐるりと回り、三重のフラワーパークで

夜のイルミネーションを堪能する。1泊2日で四県境を回る格安ツアーだ。

 

あいにく貯金ならまだあるから焦る必要はない。

提督のイライラと翔鶴の不安を解消するためにも、

旅をするのは有効だと思われた。翔鶴も笑顔で賛同してくれた。

 

 

「もう鎮守府のことは過去のことだ。忘れよう」

 

と提督は優しく翔鶴の手を握り、ツアーの待ち合わせ場所である

愛知県の豊橋駅に向かう。ここは新幹線ホームもある交通の要所だ。

 

バスに乗った。車内の席はほとんど埋まっており、

老夫婦や老婆の団体客でにぎわっている。

若い男女のペアはめずらしいから、添乗員の女性や

老人客らから注目を浴びた。

 

秋の行楽シーズンなので観光地はどこも混雑している。

その中でも比叡山延暦寺は、閑散としていて心が落ち着いた。

石段を登り、改装されたばかりの寺を眺めては、山の自然を堪能する。

 

時間のないツアーの中で提督は売店で「八つ橋」を買い、

翔鶴と一緒に食べた。翔鶴は西日本で有名なお菓子を始めて食べて感動した。

 

「仲がよろしいんですね。新婚さんですか?」

「あんたたちは、夫婦なのかい?」

「奥さんは若いし綺麗なんですね」

 

と、ツアー客やお店の店員さんにまで言われた。

提督は笑って肯定し、翔鶴は顔を真っ赤にして照れていた。

 

はっきりと翔鶴を妻だと言ってくれる、

彼のまっすぐな気持ちがうれしかった。

今すぐ彼に抱いてもらいたいくらいにうれしかった。

 

またバスに乗り、比叡山の険しい山道を下る。

次は彦根城を目指そうと県道を走っている時に、

運転手が途中で道を間違え、元来た道を引き返す珍事が発生した。

 

「こちらの運転手は、まだ見習いなのでたまに道を間違えることがあります」

 

添乗員がおどけて言い、車内の笑いを誘った。翔鶴も笑っていた。

 

提督はちっとも楽しくなかった。最近のバス会社はどこも経営が苦しいから

人の出入りが激しいのだろう。まして老人の人口が今後ますます減ったら

もうバスツアーなんて廃業の嵐に決まっている。

 

現にこのバスには若い男女は自分らしかいない。

老人以外もいるにはいるが、友達同士で来ている50代のおばさん達だけだ。

いかにもやせていて背が高く、普段は保険の営業でもやってそうな雰囲気だ。

 

今後、就職のことをまじめに考えなければいけない提督は、

旅の最中も神経質になっていた。翔鶴には内緒だが

空への警戒も怠らなかった。彼らは愚かにも真昼に観光をしてしまっているのだ。

一航戦や二航戦の艦載機に発見されないとも限らない。

 

横須賀の娘はみな優秀だが、その中でも空母機動部隊は特に優秀だ。

あいつらを敵に回して逃げ回るなど最初から不可能だとさえ思っていた。

 

皮肉なことに、逆に日本中のあらゆる建物レベルで捜索しないといけない

赤城たちこそ、提督を見つけるのが不可能に近いと結論を出していた。

 

現に作戦部長となった由良は、今回の捜索をただの旅行と定義し、

提督に会えずイライラした艦娘たちのガス抜きを目的としていたほどだ。

この時の提督には物事を客観的に捕らえるだけの精神的な余裕がなかった。

 

 

そんな生真面目さが、彼を追い詰めることになる。

 

 

「ご覧ください。向かって左手に見えるのが、琵琶湖でございます。

 日本で一番大きな湖と言われる琵琶湖です。

 ここからですと海に見えますよね」

 

太陽の光を反射してキラキラと輝く美しい湖だった。

「おおっ」とバス中で歓声が上がる。ここの客は面白いことに

ほぼ全員が関東の出身者だった。うち三分の一が東京から来たらしい。

 

「琵琶湖と言えば、近江ブルーが有名でございます。

 近江高校といえば甲子園で活躍したため全国的にも大変有名であり、

 ユニフォームの色は琵琶湖をイメージして……」

 

添乗員の女性は40過ぎだが小顔で瘦せていて、

なかなかの美人だった。だがタバコの影響か、

もしくはアルコールの飲み過ぎか、声がハスキーになっている。

濃すぎる茶髪が提督の好みではなかったが、説明の仕方が実にうまい。

 

改めてバスツアーは素晴らしいものだと思う一方、提督の体に異変が起きた。

 

「う……頭が痛い……」

 

「はい? 急にどうしたんですか。

 提督……? ちょっと!! 大丈夫ですか!!」

 

体調不良者が出たのでバスがコンビニに立ち寄ってくれた。

提督は目の奥がずきずきと痛むと同時に悪寒に襲われ、トイレで吐くに吐いた。

 

翔鶴もトイレの中に付き添った。吐き終えた提督は死人のように

真っ青になり、一人では立てないほど衰弱していた。

 

添乗員が慌てて病院への手配を進めようとするが、提督が首を横に振る。

 

「申し訳ありませんが、ツアーに参加できそうにないので途中で離脱します。

 ここからタクシーを呼んで帰りますからお気になさらず」

 

それでも添乗員と運転手が慌てて救急車を呼ぼうとするので翔鶴の方が断った。

翔鶴は彼の意思を何としても尊重してあげるつもりだった。

 

結局、ツアー代金の半分をのちほど返金することを約束し、

バスは去って行った。本当ならツアー代金の返金など本来の規約では

存在しないが、旅行会社が気を使ってくれた結果だ。

 

だが実際には提督がお金を手に入れることはない。

提督が伝えたのは架空の口座だからだ。

戸籍の登録を許されない彼には口座の番号など存在しないのだ。

 

 

翔鶴は彼に肩を貸しながら歩いた。だがどこへ向かえばいいのか。

 

ここは酪農家の集落だった。どこまでも平地が続き、牛舎や養豚場が点在する。

遠くから家畜の間延びした鳴き声が聞こえてくる。

空が青く、大きな雲の塊が、ゆっくりと流れていく。

 

彼らがたまたま下車した場所が昔ながらの田舎だったのだ。

田んぼ沿いの一件のコンビニを過ぎると、道路以外にはもう何もない。

初日に観光した名古屋城周辺とはえらい違いだ。

 

 

「提督。歩くのが辛いならタクシーでも呼びますか?」

 

「ものすごく気持ちが悪くてな。少しでも車に揺られたら吐いちまう」

 

「では、どこかで休む場所を探しませんと」

 

「だめだ……足に力が入らない」

 

提督は道端で倒れてしまう。県道沿いの歩道だ。

日中の割には全然人が通らない。視力が2を超える翔鶴が

目を凝らす。おそらく1キロ以上先にガソリンスタンドの看板が見えた。

今の彼らにとって何の役にも立たなそうだった。

 

「分かりました。ここで少し休みましょうか」

 

翔鶴はその場で正座して膝枕をしてあげた。どうせ誰も見ていない。

提督の顔を車道ではなく、酪農家に方を向かせてあげた。

農家の人たちも鍬などをもって作業をしているが、

ここからは結構な距離があって誰も気にしていない。

 

 

「翔鶴には何度も情けないところを見せちまって、

 そのたびに助けてくれてありがとうな」

 

「なんですか。そんな今さら」

 

「ホテルではすまなかった。イライラしてたから翔鶴に八つ当たりしちまった」

 

「今はそんなことよりも体調を治すことを考えましょうよ」

 

 

30分ほどそうしていると、提督の顔色が随分とましになった。

まだ全快には遠いが、自力で歩けるくらいには回復した。

 

 

「ここはおそらく限界集落だろう」

 

「限界集落って何ですか?」

 

「過疎化が進んで老人しか住んでない場所のことだ。

 報道番組で話題になってるのが、まさにこういう場所だ。

 今時の若者は農業全般をやりたがらないから、

 学校を卒業したら都会に出ちまう。

 このあたりには、おそらく空き家もあるはずだ」

 

農道に入り、山のふもとの道へ。さらに奥へ進んでいくと、あった。

 

古びたカーテンが風になびく、居間の扉が無防備に開けっ放しに

なっている平屋が。窓ガラスにひびが入っているし、

明らかに人が住んでいないのが分かる。

 

6畳間の居間と寝室の他には、台所とトイレと風呂がある。

いつから空き家になったのかは知らないが、比較的中は綺麗で

少し掃除をすれば住むことは十分に可能だ。利用料金を払ってないので

水洗トイレなどは使えないだろうが、その代わりに庭に井戸がある。

 

幸い周囲は林に覆われており、人目に付きそうにもない。

隣家も見当たらない孤独な一階建ての家だった。

 

 

「でも提督。空き家に住むのってなんだか気が進みません。

 私たちは生活家財も何も用意してないんですよ」

 

「もちろん仮の住まいだよ。

 俺の具合が良くなるまでの間だけでも、だめかな?」

 

「そういうことでしたら、まあ仕方ないですね……」

 

 

そこまで言って提督は畳の上にぶっ倒れた。

また頭痛の波が来てしまったのだ。

 

翔鶴は急いで布団を探す。押し入れの中に入っている布団は

かび臭くて泣きそうになるが、贅沢は言ってられない。

提督を布団の上に寝かせて、自分は家中の掃除をした。

 

掃除機やぞうきんなどはそのまま置いてある。普通に使えた。

洗濯機も同様だ。この家は空き家なのに電気ガス水道が使えるのだ。

亡くなった人の口座でライフラインの契約が継続しているのだろうか。

細かいところまでは翔鶴には分からない。

 

家中の汚いところをぞうきんで拭いた。

すごい汚れだったが、翔鶴は頑張った。

 

蜘蛛の巣が張っている風呂場は全体的に黒ずんでいて、見たくもなかった。

それに比べたらトイレは比較的清潔だったのが助かった。

だが洗剤が空で予備がどこにあるのか分からず困り果てる。

 

過去に泥棒でも入ったのか、台所の窓ガラスが割られている。

古びた新聞紙を張って風よけとした。

 

カップラーメンやカップ焼きそばの買い置きが随分とあって、

今でも電気ポットは正常に動いていたから腹の足しにはなる。

 

冷蔵庫にはとっくに賞味期限の過ぎたソーセージや牛乳が

あって吐きそうになるのですぐに外に捨てる。こうしてみると

全体的に生活に必要な道具は揃っており、コンビニも歩いて

15分の距離にあるので提督の看病をすることは可能だった。

 

あくまで仮の住まいだと翔鶴は自分に言い聞かせて不便な生活に耐えた。

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