朝の6時にスピーカーから謎の爆音が鳴る。
何事かと提督と鹿島がベッドから跳ね起きて窓の外を見る。
敵に空爆されているわけでもなく、人々の生活に何の変化はない。
なにやら歌かお経のようなダミ声が、町中に響き渡る。
榛名が、これはコーランの斉唱ですよと教えてくれた。
町の中央にある塔(ミナレット)のスピーカーから
アラビア語の説教が聞こえてくるのだ。
日替わりで内容を少しづつ変えて。
提督と鹿島はあまりのカルチャーショックに胃痛がしたほどだ。
そもそもアラビア語の知識はゼロなので何を言っているのか
さっぱり分からない。10分もすると斉唱は終わり、静かな朝が戻る。
電柱や建物の屋根の上に小鳥が止まっているのが見えた。
こんな国でも鳥がいるものなのだなと感心した。
三月の初旬。夜間の降雪の影響で道路には雪が積もっている。
外は空気がピンと張りつめていることだろう。鹿島が試しに
部屋の窓を開けてみる。呼吸したら肺まで凍ってしまいそうな寒さだった。
「今日の予報では、降水確率は低いようです。
一日中曇りですから、ほぼ氷点下をいったりきたりですね」
洗面所で顔を洗ってきた榛名が言う。この国では水が貴重なので、
洗面桶に入れた水をすくって顔を洗うようにと鹿島に教えた。
使っていいのは桶に入っている分だけだ。
鹿島は不満そうな顔をしながらもその通りにした。
髪をとかすクシはないかと聞いたら、自分の分しか持ってきてないと答える榛名。
鹿島は提督にばれないに舌打ちしたつもりだったが、実はバレていた。
三人はホテルのレストランで朝食を済ませてから、今後の予定を話し合った。
「一か月くらいかけて観光地を回りたかったんですけど、
今の時期はちょっと寒すぎますね。この時期は雨の日が多いですから、
晴れてる日にバスで移動するのがベストでしょうか」
「榛名よ。俺はカーブル市内をくるっと回るだけでも十分だぞ?
俺と鹿島はアフガンについて何も知らないんだ。
適当にその辺をぶらついてバザール(市場)を
冷やかすとかじゃダメなのか?」
「もちろん市内探索はしますけど……」
榛名は言葉を止めた。鹿島のことが気になったからだ。
鹿島は清潔なベッドの上で手や足を延ばしてストレッチしていた。
「なにか? 美容のために体操しているんですけど」
「ふーん。そうなんですか」
榛名は、あとで自分も真似しようと思った。
女のプライドから絶対に口に出すつもりはないが、
内心では自分より鹿島の方が女性としての
魅力は上だと負けを認めていたからだ。
一方、鹿島も同じことを考えていたのだから皮肉だ。
鹿島は、榛名の黒くて美しい直毛に憧れていた。
あの髪がもし自分のモノだったらと、思わない日はなかった。
「とりあえず今日はホテルでおとなしくしてましょうか」
提督は、いっそ一生ホテルから出なくていいよと思った。
「暇だからテレビでも見ましょうか」
現地の言葉でニュース番組がやっていた。
映像以外で理解できる部分はなく、現時点では無駄な情報といえた。
だが、これからこの国で生活するなら簡単な言葉くらいは覚えないといけない。
天気予報になった。
空色の背景に濃いひげを生やした男性キャスターが説明している。
世界地図の表示の仕方が、明らかにアフガンを中心に描かれている。
この地図の範囲に極東の島国は入っていない。
改めて、自分たちは遠い国に来たんだと提督は思った。
鹿島は意味不明な言語など聞きたくないと、テレビから目を背けている。
「鹿島さんはつまらなそうですね?」
「沼田市に帰りたい。ローソンで働きたい」
「日本にいたら死にますけど」
「どうして?」
「一航戦や五航戦の方々がよく言ってましたよ。
鹿島は泥棒猫だからお仕置きが必要だって。
艦載機を全て長距離飛行可能な爆撃機に替えてまで、
必死になって鹿島さんを探してしましたよ。
鹿島さんがいつまで沼田市で暮らせていたでしょうね?」
「来るなら来なさいよ。艦載機なんて全部打ち落としてやる!!」
「強がるのもいいですけど、
一航戦の艦攻隊の猛訓練を見ても同じことが言えますか?」
鹿島がつばを飲み込む。
「鬼の訓練と呼ばれた、夜間発着訓練で搭乗員の死者が何人も出るほどの、
あの伝説の一航戦ですよ。特に加賀さんは本気であなたを
殺したがっていましたよ。あの加賀さんを敵に回すだなんて、
想像するだけで榛名は震えちゃいますよ」
艦娘には、戦闘艦艇だった頃の記憶が存在する。
太平洋の戦いにおいて空母加賀は、常に赤城と行動を共にした。
真珠湾を火の海にし、英国東洋艦隊に大打撃を与え、
豪州のダーウィンを徹底的に破壊し、そしてミッドウェイで散る。
日本海軍の軍事力は、空母艦隊の力によって支えられた。
赤城と加賀を中心とした第一機動艦隊は、開戦時から半年間
(1941年12月から1942年6月まで)、
全世界のどの艦隊よりも優位に立つことができた。
同時に交戦した側である連合国からしたら
恐るべき侵略の象徴であり、例えば当時のソ連のスターリンは、
日本海軍を刺激しないよう細心の注意を払って米国との貿易
(ベーリング海の海上輸送)をしていた。
仮に日本を怒らせてしまった場合、
ウラジオストク軍港や樺太が、
真珠湾同様に火の海にされる可能性があると
ソ連の外務省は判断し、米国からの貴重な物資供給を断ることさえあった。
運命のマレー沖海戦。
英国のプリンス・オブ・ウェールズとレパルスが、
日本海軍の陸上攻撃機によって撃沈された。
英国海軍首脳は、奇襲により実質無抵抗だった真珠湾の艦隊と違い、
全力で戦闘行動中の新鋭戦艦ならば航空機の攻撃で
撃破されることはないと考えていた。
その認識は全くの誤りであり、上の二艦の撃沈は、
チャーチル首相が第二次大戦を通じて
最もショックを受けた出来事だったと自著に書き残している。
英国東洋艦隊と連合艦隊の間で、
インド洋の派遣を巡ってセイロン沖海戦が生起した。
南雲機動艦隊を中心とした日本の連合艦隊に対し、
英国は空母三隻に戦艦五隻を主力とした大艦隊を展開。
今回は英国側に油断はない。
英国側にも航空戦力と虎の子の戦艦部隊が存在する。
海洋の覇者。歴史と伝統ある王室海軍に比べたら、
生まれたばかりの赤子に等しい日本海軍に対し、
二度とインド洋の覇権を握ろうなどと夢を見させないため、
懲罰を食らわせる目的で攻撃を開始した。
結果、英国は致命的な敗北をした。
軽空母 ハーミーズ 沈没
重巡 コーンウォール 沈没
重巡 ドーセットシャー 沈没
駆逐艦 ヴァンパイア 沈没
駆逐艦 テネドス 沈没
タンカー2隻ほか、輸送船10隻以上沈没、損傷多数。
日本海軍に沈没船はゼロである。
『北アイルランドを含む大ブリテン連合王国』は、
現在の王室(征服王ギヨーム)が生まれてから実に
600年間もの間、戦争で負けたことがない。
王立海軍は常に島国の英国を他国の侵略から救ってきた。
造船能力、艦隊の練度、兵の志気、指揮官の質。
高度な頭脳と経験を必要とする職業(海軍)において
世界のトップであることを自称したのがロイヤル・ネイビーだった。
欧州の海域において英国海軍は覇王として君臨していた。
数でも質でも他国を圧倒する英国海軍に歯向かうことは。
自国海軍の滅亡につながると欧州列強国は認識していた。
その認識は正しかった。
その英国海軍が、セイロン沖海戦の結果、
日本海軍に海戦で勝つことは不可能だと判断し、
アフリカ東海岸まで東洋艦隊を撤退させ、
実に一年から二年近く戦力を温存する方針を取ったのだ。
英国海軍の長い歴史を紐解いても、
このような事態に陥るのは初めての事だった。
日本の同盟国のヒトラーでさえ、白人国家最強の海軍が
二等人種である日本人の艦隊に敗れたことに
口惜しさを隠せなかったと言う。
オーストラリアは本土の港が南雲機動艦隊の大空襲を受け、
壊滅的な打撃を受けた。ブリテン王国の弟分にあたる豪州には、
日本最強の空母艦隊に対抗する手段はないに等しかった。
オーストラリアは次の日の新聞に、自らの国の地図に巨大な日の丸が
描かれたイラストを掲載した。これは、まもなく祖国が上陸してくる
日本軍によって征服されることを暗示していた。
米国陸軍司令官のマッカーサーは、オーストラリアに日本軍が
上陸するのは間違いないとして、米国陸軍兵20万を上陸させて
長期戦を展開するつもりでいた。
ミッドウェイ作戦の暗号をハワイの諜報部(特殊作戦部隊)が
解読した時、現場ではニミッツ提督の指揮の元、
日本の空母艦隊を迎撃する態勢を取ったが、ワシントンの司令部は
敵の偽電文だとして最後まで信用しなかった。
ワシントンが出した結論は、日本はハワイを超えて西海岸(本土)を
空襲してくるというものだった。米国本土では灯火管制が敷かれていた。
ある日、国内の空を飛ぶ味方の陸軍の飛行機を、
日の丸(敵)だと誤認し、全力で迎撃戦を展開し、
その戦いの様子をラジオ中継してしまった珍事も実際に存在する。
市民は固唾を飲み(実は友軍同士の)迎撃戦を見守っていたと言う。
幸いなことに米国軍に死傷者は出なかったが、すでに米国内は
日本に対する恐怖でパニック寸前だったことが分かる。
すでに真珠湾(ハワイも米国本土)は奇襲された。
西海岸もいつ空襲されるか分からない。
きっと明日にでも日本の飛行機が爆弾を落としにやってくる。
これが、当時の米国民が日本に抱いた恐怖だった。
ミッドウェイの奇跡が起きるまでの半年間、米国海軍は
一度も日本海軍に勝利したことがなく、米国側の大本営発表も
新聞の紙面で度々されていた。これは米側の戦果を課題に発表するものであり、
国民の士気を高めるための情報操作だった。
ミッドウェイ作戦の前に、空母艦隊の司令官のハルゼーが
皮膚病のために入院。代理としてスプルーアンス提督が任命される。
スプルーアンスは自分が南雲の艦隊に勝てるわけがないと断るが、
上官の命令なので逆らえなかった。
太平洋艦隊の提督ニミッツも、まさか空母三隻を主体とする米艦隊が、
南雲の艦隊を撃破できるとは思っておらず、
状況不利と見たらハワイまでの撤退を命じていた。
また当時の米軍では、航空戦において零戦との真っ向からの
格闘戦で勝つことは不可能だと判断されていて、その場合は
雲の中に逃げることが許可されていた。
またこのニミッツという男は興味深い言葉をいくつも残している。
幼い頃から東郷提督に憧れていたこともあるのだろうが、
敵側の提督である山本五十六を指して、
「指揮官としての素養で完全に自分よりも格が上だ」と認めていた。
勝利者である連合国軍の海軍提督からこのような評価をされている以上、
国内はどうであれ世界的に五十六の評価が下がることは今後もまずないだろう。
彼らの国に共通していることは、日本海軍の戦闘力の高さは
もはや白人国家の常識を超越しており、いわゆるエイリアン、
宇宙人の艦隊が白人国家を攻撃していると認識されていた。
したがって日本帝国とは国そのものが恐怖の対象であり、
赤城や加賀、さらには二航戦や五航戦も含めて
日本の空母艦隊は『悪魔』だと考えられていた。
(キリスト教圏では力で勝てない相手のことを神が懲罰のために
遣わした悪魔だと考える癖がる。過去の例としてフン族や蒙古人)
日本が今後仮に攻撃目的の空母を本格的に建造し始めたとしたら、
全世界に衝撃を与えることになるのは間違いない。
日本の空母の恐ろしさを一番知らないのは、皮肉なことに日本人なのである。
(そして日本海軍と二度と戦いたくないと一番に思っているのは、
他でもない、3年半もの死闘を続けたアメリカ合衆国である)
その加賀に命を狙われている鹿島を辺境の国アフガン(日本の地理から見て)
に連れてきたことは、命を救ったと言ってもいいのではないのだろうか。
「そもそもですね」
榛名が続ける。前髪をいじりながら。
「提督の奥さんだった大和さんもいずれは加賀さんに
殺される運命だったと思いますよ。大和さんは戦艦としては
世界最強ですけど、一航戦の航空戦力の前では無意味ですよ。
加賀さんが戦闘機を全部外して爆撃機と雷撃機だけで
編成したらどうなりますか? どうやっても勝てるわけありませんよね」
「ちょっと待ってくれる。
加賀さんに命を狙われているのは榛名さんも同じだよね?」
「そうですね。でも榛名は大丈夫です」
「(その口癖うざ)どうして大丈夫なの?」
「99パーセントないと思いますけど、仮に加賀さんがアフガンまで
追って来て私を殺そうとしても、私は先に自殺します。もちろん
その前に提督のお腹に私の主砲を食らわせてからですけど」
なんとも物騒なことを言うものだ。鹿島は血の気が引いた。
榛名は真顔で言っているので冗談ではなさそうだった。
戦闘では加賀には勝てない。だから自分は死ぬ。
なにより恐ろしいのは、死ぬことに迷いがなさそうなこと。
「提督が私以外の女に奪われて、そいつの子供を産もうものなら、
それって私にとって最悪の未来ですよね。
そんな未来は望みません。そうなる前につぶしちゃいます」
「は、はは。な、なあ榛名……?」
「なんですか提督?」
「冗談はその辺にしてくれないか……」
「私が冗談をいう人間に見えますか?
あなたをアフガンまで連れてきておいて今さら?」
「で、ですよねー」
提督は、少しだけ萎えた。
昨夜から榛名のおっぱいに吸い付きたくて仕方なかったが、
(提督はストレスがたまると性欲が強まる。普通の人間ならそうだ)
今は榛名の体が遠いものに感じられてしまった。
話題を変えようと思った。
「……天気予報によると、これから数日雨が続くみたいだな。
晴れるまで俺たちはホテルに缶詰めか。
宿泊代もそれなりにかかると思うんだが、
榛名はお金の都合はできているのかな?」
「はい。お金は大丈夫です」
榛名は、特殊なケースの中にUSドルの紙幣をたくさん持っていた。
お財布の中には現地のお金(アフガニー)がたくさん入っている。
お金を盗まれたら大変なので、靴下の中や服の中にも札束を分散している。
さらに、リュックサックの中にゴールドのコイン(金地金)も入っている。
他には銀行にも預けているお金が大量にある。
ほとんどが外貨であり、USドルで換算すると、60万㌦。
今の為替レートで日本円に換算すると、だいたい6千万円を余裕で超える。
提督と鹿島は衝撃のあまりひっくり返った。
「提督と海外で暮らすための逃亡資金です。
ちなみに手に入れた方法は銀行強盗です」
榛名は艦娘の力を悪用して都市部の銀行を3行も襲撃した。
ちなみに襲撃したのは彼女ではなく、二航戦の蒼龍と飛龍を
言葉巧みに騙して実行させた。彼女らが手に入れた金を奪い取り、
現在はアフガンに潜伏しているのが現状だ。
ちなみに提督たちに報告した6千万とは過少であり、
実は日本円で換算して『13億円』ほどを個人で所有していた。
資産は主に株式、債券、現金(外国為替)、金、プラチナからなり
国内のネット証券の他にJPモルガン・スタンレー、
ドイッチュバンク、シティ、ANBアフロ、BNBパリバなど
複数国の銀行口座を開設して預けている。
「おいおい。おいおいおいおい!! なんだよそれ。
蒼龍達に俺らの居場所がばれたらガチで殺されるぞ」
「足がつかないように、日本から発つときに
ダミーの航空チケットの予約を取っておきました。
成田からの海行のチケットと、あと羽田で沖縄と北海道の便。
それと地上からの国内旅行に見せかけるために静岡の熱海行きの新幹線も」
「いくら小細工をして誤魔化したって、いずれはバレるんじゃないか?」
「大丈夫。榛名は大丈夫です。
その時はいっしょに死にましょう。捕まったら延々と拷問されるだけですから」
「んだよそれ……拷問て。なんで艦娘に拷問されないといけないんだよ。
おまえ俺があいつらの事、どんだけ大切にしてきたのを知ってて……
だいたいなぁ……何が大丈夫だ。全然大丈夫じゃねえだろ!!」
提督はすっかり頭に血が上った。
怒りのあまり肌着を脱いで上半身裸になってみたが、
暖房のきいた室内でも肌寒かったので、もう一度着ることにした。
「榛名よ!! おまえのやってることは滅茶苦茶だ!!
行き当たりばったりで、まるで計画性がないじゃないか!!
アフガンへの旅費が銀行強盗で手に入れたお金だって!?
銀行強盗ってよくさらっと口にできるなぁ!! おぉ!?
銀行預金ってのはな、人のお金なんだぞ!!
みんなが社会で汗水流して働いたお金なんだ!!
それを……蒼龍と飛龍を使って奪っただとぉ……?」
提督がツバを吐きながら怒る理由はもう一つある。
蒼龍の大きな胸が大好きだったからだ。
提督はストレスがたまった時に、よくパイタッチと称して蒼龍の胸を触っていた。
そういうことに寛容だった蒼龍は笑って許してくれたのは良い思い出だ。
「ふっざけんじゃねえええええええええええ!!
人様の大切なお金で俺たちはホテルに泊まってたのかよおおお!!」
提督はベッドの上に飛び乗り、ゴロゴロする。
一度床に降りてからまたベッドに乗るという、
摩訶不思議な運動を繰り返した。
とにかく、このくらいには彼の頭は混乱していたのだ。
それは鹿島も同じで、次から次へと明らかになる衝撃の事実に
さすがに頭がついて行かない。心優しく人を疑うことを
知らない鹿島には、銀行強盗などという発想がそもそもない。
「うるさいですよ」
華麗なる腹パンをされた提督が床に転がる。
ピクリとも動かなくなった。死んだのかもしれない。
鹿島は次は自分が腹パンされるのかと警戒したが、
榛名は鹿島には目もくれずトイレに入ってしまった。
そういえば水は使えるようになったのかと考えていると、頭痛がした。
次の日は曇りだった。午前中から雲が良く動いている。
午後になると一気に雨脚が強くなり、とても外には出られなくなった。
榛名が部屋に備え付けのチャイ(アラビア語で茶の意。
この場合はセイロンティー)を淹れてくれた。
提督がカップを口に運ぶと、あまりの甘さにむせそうになった。
「砂糖入れすぎだろ!!」
「中東地域では甘くして紅茶を飲むんですよ」
厳格なムスリムは酒を好まず断食の時期もあるためか、
甘味中毒な人が多い。紅茶に入れる砂糖の量は一般的な
日本人と比べて実に4倍なのだから驚きだ。
ちなみに禁酒家に甘味を好む人が多いのは世界に共通。
「提督は普通に食事ができるようですから安心しました」
「なにがだ?」
「昨日、榛名が提督のお腹をぶったでしょう?」
「ぶったってレベルじゃねえぞ!!
おまえ、まじ死ぬかと思ったんだぞ!!」
「はい。割と本気でやりましたから」
嫉妬が原因だった、と榛名が言う。
なにに、と提督が問う。
「銀行強盗の件の時、提督が頭の中に蒼龍さんの
おっぱいを想像していたでしょう」
「なぜそれが分かった!!」
「榛名くらいアフガンに詳しくなると、提督の考えている
エッチなことも分かっちゃったりするんですよね」
今後、榛名と話しているときに他の艦娘のことを
想像したら腹パンすると宣言した。
ちなみに昨夜の腹パンは戦艦榛名の本気の一撃だった。
分かりやすく例えると、クレーンにつるされた2.5トンの
鉄球が振り子運動をして、自分のお腹に激突したのと同等である。
大和の主砲(46センチ)を食らっても三日程度
昏睡して目覚めるタフな提督にとっては、10分も横になっていれば
治る程度の衝撃に過ぎなかったが、普通の人なら即死である。
鹿島は二人の会話を震えながら聞いていた。
翌日は午前中から雨が降っていた。
次の日は一日中晴れ間が続くとのことで、ようやく
観光をすることができる。観光というより住む目的で来ているのだが、
今のところお金には相当な余裕があるため、榛名が行きたいところは
全部回りつつ、同時に住みやすそうな場所を見つけることにしていた。
「トランプでもしましょうか」
またホテルで一日を過ごす。
三人でババ抜きをしたり神経衰弱をして暇をつぶした。
ふと提督が鎮守府を心配することを口にすると、
榛名の顔が険しくなる。
「榛名たちの帰る場所は日本じゃありませんよ?」
しかし、心配しないわけにはいかない。
提督が不在の状態で深海棲艦が攻めて来たらどうなるのか。
あるいは今頃後任の提督が彼女らを指揮しているのか。
それが可能なのか。
艦娘は病むほどに兵提督(物語の主人公の彼の事)を愛している。
代わりの提督がどれだけ有能で人徳があったとしても、
はたしてなびくかどうか。むしろ排除するのではないか。
ああ……大和(娘)は今頃お父さんがいなくてさみしい思いを……。
「昔のことは、もう忘れましょうよ!!」
と元気に言うのは意外なことに鹿島だ。
提督が娘のことを気にかけているのを表情から悟ったからだ。
これも女の嫉妬であった。
「私と榛名さんは、ここで提督さんとゆっくりとした時間を
過ごせて幸せなんです。嘘じゃありませんよ?
本当に幸せです。冷静に考えたら榛名さんがお金持ちで
一生お金に困らないわけですし、遊んで暮らせるじゃないですか。
横須賀で生きるか死ぬかの生活をしているより、
こっちの方がよっぽどいいですよ」
提督は、思わず鹿島の頭をなでた。
あまりにも必死な顔で言うものだから愛らしく思ったのだ。
榛名の顔が阿修羅になる。
提督はうんこを漏らしそうになる。
榛名を抱きしめてあげた。
日本にいる時と同じシャンプーの香りがして
頭がクラクラした。
今度は鹿島の表情が険しくなる。
図鑑に載っていたクロデメニギス(深海魚)と似ている。
しかたないので右腕を榛名が、左腕を鹿島が取り、体重を預けた。
「提督さん。愛してます」
「榛名も提督を愛してます」
提督の顔が、にやける。
アフガンに来て初めて笑った。
愉悦に満ちた醜い顔が部屋の姿見に映る。
だが、笑みは笑みだ。
人生は楽しまないと損である。
榛名の言う通りここなら追っても来ないだろうし、
こんな人生も悪くないかと思い始めた。
そう思っていた時期が、提督にもありました。