デスゲーム終盤。
まどかVS杏子の決着は、あまりにも歪な形で訪れた。
これは、救済の物語である。



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※注意!※

この作品は現在一般作品のほうで連載中の龍騎×まどかのクロスオーバー作品の番外編となっております。
一応このお話だけでも見れなくはないかもしれませんが、オリジナルの要素が多い作品ですので、基本的に意味不明だと思います。
本編のほうを先にご覧ください(´・ω・)b

本編をチェックしてくれてる人でも、59話までの要素があります。
さらにエンディング後をスクロールしていただくと、71話までの要素を含んでおります。
今回のお話は、本編と組み込もうと思ってたけど、いろいろあって没にしたのを多少手を加えて掲載しております。
当然R-18ですので、キャラクター(まどか×杏子)が性行為をします。
さらに今回、暴力描写もかなり強いものとなっておりますので――

・性的なシーンが苦手な方
・強い暴力描写、グロテスクな描写が苦手な方
・18歳未満の方

上記に該当する方は、絶対に見ないようにしてください!


最後にもう一つ!
このお話はフィクションです。実際の人物とは一切関係ありません。
あと宗教の描写が出てくるのですが、十字架や讃美歌などの用語が出てくるものの、キリスト教をはじめとした既存の宗教とはまったく関係ありません。
このお話に出てくるのはオリジナルの宗教という設定です。




フールズゲーム番外編 第58.5話 佐倉杏子の殺し方

 

今日も一日無事に過ごせたことを感謝いたします。

そして今日を生きた我々の罪をどうか、お赦しください。

偉大なるミカエル。ガブリエル。ラファエル。ウリエル。ラグエル。ゼラキエル。レミエル。

そういって父は、巨大なステンドグラスに向かって祈りを捧げた。

本部と呼ばれた場所にあったその画の意味を、幼い杏子は理解することができなかったが、それでも一つだけ気になって部分があったので指をさした。

 

 

「どうしてあの天使様だけ後ろを向いているの?」

 

 

すると父は、あれは火の天使ウリエルだと教えてくれた。

後ろを向いているのは、彼がやがて主を裏切ることを示唆しているからだと説明した。

 

 

「ウリエル様は神に背いてでも我ら人類に慈悲を与えてくださったのだ」

 

 

かつて神は世界を創り、天使を生み出し、そして人間を作りたもうた。

神は人間を己の姿とそっくりに作ったため、大いなる愛を注いでくださった。

しかし人間たちはその優しさをはき違え、自分たちが生き物のなかで一番偉いのだと驕り高ぶった。

 

その結果、天使様たちの姿を与えられた他の動物たちを虐げ、こともあろうに食らうまでになってしまった。

これでは天使様たちがお怒りになるのも無理はない。いくら人類が神と同じ姿をしていたとしても、裁かれるべきであると声をあげた。

とはいえ業にまみれた人間たちが大人しく従うわけもなく、人間たちは天使様たちと争いを始めたのさ。むろん天使様の偉大な力の前に、人間たちは成す術もなく敗れていったが、そのなかでウリエル様が我らを憐れみ、自らの力を与えてくださった。

これにより人類は力を得たが、天の裁きを止めることはできず、その結果すべてを飲み込む大きな洪水が起こった。

 

それは、動物も、人間も、すべてを洗い流すだろう。

しかし神は情けを与えてくださった。すべての動物、そして人間のオスとメス、つまり番(つがい)を一組ずつ、箱舟に乗せてくださったのだ。

箱舟に乗った生命はその後、争うことなく繁栄の道をたどった。

むろん人間は生きるために他の生物を殺めることもあったが、傲慢な態度を封印して感謝を込めた。

 

 

「杏子が大好きなステーキを食べるときに頂きますというのも、奪った命に感謝するという意味を込めてのことなんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

 

杏子は改めてステンドグラスを見上げた。

父の真似をして手を組み、目を閉じる。

ありがとうございます神さま。そして火の天使さま。

火の、火の、火の――……。炎。

 

 

「魔女に騙されていた私はまさに悪魔だ! かつての魔女狩りのように火あぶりになって罪を償うしかない!」

 

 

父はそう言って火をつけた。

杏子が戻ってきた時には既に紅蓮の炎が家を包み込んでいた。

 

 

「落ち着いて佐倉さん! まだ妹さんが中にいるんでしょう!?」

 

 

マミはそういって飛び込んでいった。

杏子は動けなかった。理解できなかったからだ。

あれだけウリエルに感謝して、お祈りもしていたのに、なぜ裏切られた?

その意味がサッパリわからなかった。

 

 

「あ……」

 

 

杏子は家から上る黒い煙のむこうに神様を見つけた。

神はステンドグラスだった。

神はいつも父が言っていたありがたい教えを口にした。

父が信仰する宗教の中にある絶対的な掟だ。それを破れば地獄に落ちると父から耳にタコができるほど教えられた絶対の戒律。

 

 

・人が、人を殺してはならない

 

 

「!!」

 

 

佐倉杏子は飛び起きた。

荒い呼吸を落ち着けていくなかで、夢を見ていたのだと理解する。

夢など、久しぶりに見た。そしてそれは絶対に見てはダメな夢だった。

それを自覚した時、杏子は叫んでいた。

 

暴れる音が聞こえる。

浅倉は一瞬手を止めたが、カップ焼きそばのお湯を捨てて、中にあるソースの粉末を麺にふりかけていった。

青のりとマヨネーズが付属していたが、中にはこれを入れない人間がいるらしい。そういうやつらはどれだけいい大学に行っていてもバカなんだと浅倉は思っていた。

とにかく中にあるものを全てぶち込み、かき混ぜて完成だ。浅倉は麺をガッツリと掴む。水分が飛んでいい感じに団子みたいになっている麺を一気に口の中に入れようとして――、目を見開いた。

腕を掴まれた。麺の塊が頭上を通過していき、杏子の口の中にぶち込まれる。

 

 

「……おい」

 

「違う!」

 

 

どれだけ咀嚼してもモヤモヤが晴れない。

杏子は浅倉を蹴った。のけぞった浅倉は持っていたカップを宙に放ってしまう。

咄嗟に腕を伸ばしてカップをキャッチしたが、浅倉はそこで気づいた。

カップの中の麺が消えている。そして頭が熱い。浅倉の頭に焼きそばが着地していた。ドレッドヘアみたくなっている浅倉は杏子をジットリと睨む。

 

 

「殺すぞ」

 

「うるせぇ!」

 

杏子は壁を殴って教会を出て行った。

 

 

「おかしなヤツだ」

 

 

浅倉は杏子の背中が見えなくなると、焼きそばを手で掴んで口の中に突っ込んでいく。

 

 

「イライラする……! ああクソ! イラつくよマジッッ!」

 

 

木々に囲まれた道を前のめりに歩くこと数分、前からランニングをしてきた男を見つけた。

杏子は退かない。男も杏子が退くと思っているからそのまま前に行く。

二人の距離はすぐそこだった。男は不愉快そうに顔を歪めた。年齢が近かったからだろうか? 杏子には男が父に見えた。

 

 

「失せろ!」

 

 

杏子は男の腹を蹴った。

無意識に変身していたようで、男は面白いように吹き飛んでいくと、しばらく苦しんで、やがて呼吸を止めた。

 

 

「脆すぎだろ。そんな簡単に死んでくれるなよ」

 

 

その時、杏子の耳に張り付いた声。人が、人を殺してはならない。

 

 

「黙れ!」

 

 

気づけば叫んでいた。

 

 

「黙れ黙れ黙れぇッッ!」

 

 

杏子は走った。走って、槍を生み出して、刃を男の首に突き立てた。

そのまま引きちぎると、返り血が額を濡らす。

杏子は男の首を掲げながら空に叫ぶ。

 

 

「見ているかクソ親父! アタシはもう、アンタの神には従わない! 間違ってたのはソッチのほうだ!」

 

 

男の首から伸びた途中までの脊髄から血が垂れた。

それがポタリ、ポタリと落ち、杏子の顔を汚していた。

 

 

「………」

 

 

浅倉は焚火からやかんを取り出すと、沸騰したお湯をカップに注いだ。

蓋はしない。割り箸で麺をガシガシ突っつくと、そのまま食べ始めた。

馬鹿なのではない。ちゃんと蓋に書いてあった数字は見えている。

しかし浅倉から言わせれば三分も待つヤツのほうが馬鹿なのである。三分もあったら誰かに盗られてしまう。

そこで杏子が帰ってきた。血まみれで、男の首を持っている。

 

 

「飾るのか? 変わったヤツだな」

 

「ンなわけあるか。アンタのペットにくれてやるよ」

 

 

杏子が首を投げると、空間が割れてベノスネーカー、ベノゲラス、ベノダイバーが頭めぐって喧嘩をはじめた。

浅倉は何かを察して後ろを向いたが、杏子は浅倉の前に回り込むと、カップの中に手を突っ込んで麺を引っ張り上げるとガツガツ食い始める。

 

 

「オイ……ッ!」

 

「なあ浅倉、アンタ、弟がいたんだよな」

 

「ああ」

 

「アタシは妹がいた」

 

「だからなんだ」

 

「アンタなんで弟を殺したのさ?」

 

「もう忘れた。まあ、おそらく……、イライラしてたんだろうな」

 

 

杏子は嬉しそうに笑いはじめた。

 

 

「そうさ。そりゃアンタが正しい。だからアタシもモモを殺した。それは正しいことなんだ」

 

「どうでもいい。それよりお前、俺のラーメンを返せ」

 

「殺したヤツが二千円ポッケに入れてた。それで好きだけ買ってくるといいさ」

 

 

浅倉は血まみれの金をおしつけられてため息をついた。

こんなもの使えるわけがない。使ったらすぐに警察が来て面倒ごとだ。

とはいえ、腹は減っている。浅倉は金を受け取ると教会を出て行った。

残った杏子はカップ麺をペロリと平らげるが、イライラはまったくもって消えなかった。だから叫び、周囲に槍を打ち付ける。

 

 

リーベエリスの件もあってか、町全体が異様な空気になっていた。

続々と見滝原からは人が出ていき、はじめはそれを馬鹿だと笑っていた連中も、次第に片りんを見せる闇に気づいて、外出を控えたり、市役所へ転居の手続きに走っている。

まどか、さやか、サキは甘いものを食べて帰ってる途中だった。

ほむらは怪我が酷く、まだ自宅で寝ている。お土産が欲しいか聞いてみたが、まだ食べる気力もないようだった。

手塚が死んだ直後いうのもあるのだろう。なるべくワルプルギスに向けて、切り替えなければと思っているのだが……。

 

 

「まどかも気分はどう? 無理してない?」

 

「ありがとう。さやかちゃんがたくさん元気づけてくれたから大丈夫だよ」

 

「そういうさやかも蘇生してすぐだ。あまり無茶はするなよ」

 

「わーかってますってばサキさん。さやかちゃんは――」

 

「ん? どうした?」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 

河原を歩いていた時だ。

さやかは橋の下に何か見つけたようで、大急ぎでそちらに向かった。

まどかとサキも後をついていって気づく。それは大量の雑誌や漫画本だった。

 

 

「まったく、不法投棄とは困ったものだな。古本屋に売れば金になるの……に」

 

 

そこでサキも言葉を止めた。

まどかはサキの背中から顔を覗かせ、そこで察した。

 

 

「えっちなヤツだ!! まどか! サキさん! 大変ッ! これエッチなヤツ! とってもすけべぇな――」

 

「わかったわかった! いちいち声に出すな!」

 

 

三人は真っ赤になってうろたえる。実写もイラストもあった。胸を出して微笑んでいるものや、表紙から挿入しているハードなものもある。

 

 

「ひょえぇえ、こりゃいかんですなぁ! どれどれ」

 

「と言いつつ見るやつがあるか! こういうものは十八歳になってからだ!」

 

「でも前にサキさんから貸してもらった少女漫画あるじゃん。あれだってガッツリやってたじゃん」

 

「む!」

 

「うっわぁ、えっぐ。こんなガッツリ咥えて、吐きそうになんないのかな? げー、まずそー……」

 

「ど、どれどれ! ちょっと待てなんだこの体勢は! こんなので――」

 

「ふ、ふたりとも! だめだよっ! いけないよ!」

 

 

まどかは真っ赤になって顔を覆うが、さやかとサキは止まらない。

 

 

「あー、こりゃ、まどかには早いですなぁ」

 

「いやまったくだ。昔まどかは映画のキスシーンで熱を出したくらいなんだから。ってむぉっ! おお! なんと!」

 

「も、もぉおお! 二人ともダメなんだよ!」

 

 

まどかは注意しようとして目をあけた。

いけない。ガッツリ中身が見えた。心臓が破裂しそうになる。

 

 

「いやぁ、でもさサキさん。ここいらでいっちょまどかには性教育ってもんをですね」

 

「……うーむ。まあ、たしかに、いつまでもコウノトリとはなぁ」

 

 

ということで、さやかは雑誌の一つをまどかに押し付ける。

 

 

「見るのじゃ」

 

「え、えぇえ」

 

 

まどかは仕方なくピラリとめくる。めくる。めくる。

体が熱い。目がぐるぐるしてきた。もうここにはいられない。

 

 

「ほ、ほら! だれか来るよ!」

 

「げっ! マジ? サキさん逃げよう!」

 

「了解した!」

 

 

サキはまどかをおんぶすると、さやかと共に全速力でその場を離れた。

まどかの嘘に気づいていないあたり、サキたちも平常心を保ててはいないんだろう。

ともあれ、さやかの家に着くころには、むしろ冷静になる。

 

 

「すごいの見れたね。いやぁー、興奮興奮!」

 

 

さやかは笑っていたが、別れ際にポツリと呟いた。

 

 

「あーあー、あたしも恭介と一回くらいはあんなことしてみたかったな……」

 

 

まどかも、サキも、何も言わなかった。言えなかった。

無言で歩く。そしてサキの家の前にくると、やっと口を開いた。

 

 

「まどかには、いないのか? そういうことをしたい相手は」

 

「どういう意味?」

 

 

わかっていたが、とぼけた。

 

 

「いや、いや……、なんでもない。何かあったらいつでも連絡してくれ」

 

「うん、ありがとうお姉ちゃん……」

 

 

まどかは帰宅すると、着替えてベッドに飛び込んだ。

天井を見つめたまま時間を過ごす。

好きな人は、いた。

さやかが初恋の相手だった。じゃあいざ、さやかとそういうことがしたいかと聞かれると――、どうだろう?

ちょっと想像してみて真っ赤になる。

近くにあったぬいぐるみに顔を埋めて身悶えた。

 

しばらくして、さやかの言葉を思い出す。

魔法少女は死体のようなものだ。

やがて魔女になる自分たちが普通の生活に戻ることは、きっともうない。

まどかとて自分の家族を見ているうち、将来は母のようになりたいと漠然と思っていたが、もはや不可能な話である。子供を産むことはもちろん、結婚もできない筈だ。

 

それは魔法少女だからとか関係なく、まどかが心のどこかでこのゲームに生き残ることができいないだろうと決めつけてしまうネガティブな心が原因だった。

口では希望を連呼し、実際みんなで生き残る気でいるが、気づけば多くの命が犠牲になった。先輩も友人もみんな殺された。

 

 

(ダメだなぁ。また落ち込んじゃってる……)

 

 

織莉子とも協力関係になれたのだ。

今はやがて来るワルプルギス討伐に意識を集中するべきだ。

だからまどかは今すぐこのモヤモヤを取り除かなければならなかった。

でもどうすればいいんだろう? そう思ったら、先ほどの光景が思い出される。

 

 

「ちょ、ちょっとだけ……」

 

 

まどかはスマホを手にすると、普段ならば絶対に検索しないようなワードを打ち込み始めた。

そうやって蠢く裸体を見つめているうち、早乙女先生が保険の授業で熱心に語ってくれたことを思い出す。

 

『いいですか? 人間は死に近づくと性欲が上がるらしいです。だから災害時はくれぐれも注意して――』

 

そこで早乙女が魔女に食い殺される映像がフラッシュバックする。

まどかは焦るように次のワードを入れて知識を吸収していった。

先生が言ったことは男の人だけに訪れるものだと思っていたが違うのかもしれない。まどかは逃げるように性を求めている自分に気づいた

口で頬張ることや、胸で挟むこと、あるいはフィクションだと魔法少女が触手に弱いことも知ってしまった。

 

 

「はふぅ!」

 

 

真っ赤になったまどかは、もう耐えきれないといった様子で携帯を投げた。

魔法少女ではなかったら確実に熱が出ている。

まどかは窓を開けると、身を乗り出して風を浴びた。

 

もう忘れよう。

そう決めて空を見つめ、やがてまたベッドに寝転んだ。

しばらくすると扉がノックされる。父がタツヤと一緒に夕飯の買い物にいくらしい。

ついていこうと思ったが、少し休みたい気分だったので、留守番を選んだ。

 

 

「!」

 

しばらくするとインターホンが鳴る。

それだけではなく、ドン! ドン! と激しくドアを叩く音が聞こえてきた。

 

 

「あの、誰ですか?」

 

 

問いかけるが返事はない。

もう一度インターホンと、何かを打ち付ける音が聞こえてきた。

まどかは携帯に手を伸ばす。しかしそれを読んでいたように釘を刺された。

 

 

「誰かに連絡したらお前の弟を殺す」

 

「!」

 

 

確かに、もうすぐパパとタツヤが買い物から戻ってくる時間だ。

それに声で誰かわかった。まどかは扉を開ける。

すると衝撃音の正体がわかった。杏子が頭突きでノックを行っていたのだ。

 

 

「どうして、ここが……?」

 

「窓から顔出してたろ? それをウチのベノダイバーが見つけたのさ」

 

 

本当は逃げ回るユウリやニコを見つけ出すために飛ばしていたのが、思わぬ収穫があったと。

 

 

「危機感が足りないんだよアンタ。本当に殺し合いのゲームに参加してるって自覚があるのかい?」

 

「……っ」

 

「まあいいや。アタシがココに来た理由くらいは流石にわかるよな? 仲良くお茶しようってお花畑な誘いの筈がねぇもんな」

 

 

杏子は親指で外に出ろとジェスチャーを取る。

 

 

「おセンチになってるみたいだけど、テメェは言ったよな? 貴女はわたしには勝てないよって、偉そうに」

 

 

杏子はそれはそれは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「コッチはもうイライラが止まんなくておかしくなりそうなんだ。浅倉との勝負もあるし、お前から殺してやるよ鹿目まどか」

 

「……まだ、わたしが杏子ちゃんと戦うと思ってるの?」

 

「思ってるさ。さっきの通り、コッチには人質がいる」

 

「えっ」

 

「ベノゲラスをアンタの親父と弟につかせてある。仲間を呼ぼうとか少しでもおかしなことしたら……、わかるよな?」

 

 

まどかは携帯で父に『友達と出かける』とだけ送って、玄関を出た。

そして二人はそのままリーベエリス跡地にやってくる。

 

 

「この前みたいにはいかねぇぞ」

 

「………」

 

 

向かい合う杏子とまどか。

杏子がソウルジェムを握りしめると、彼女の体が炎に包まれる。

やがて炎が砕けるようにバラバラになって、魔法少女の姿になった杏子が立っていた。

まどかもソウルジェムを握りしめると、全身に赤いリボンが張り巡らされていき、それが弾けることでドレスに変わる。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

杏子が走り出した。

猛スピードでまどかへ突っ込んでいく。

前日に雨が降っていたため、地面はぬかるんでいるが関係ない。泥の破片を散らしながら、飛んできた矢を弾いていった。

やがて杏子は地面を蹴った。驚くべき跳躍力。多節棍を振り回して妨害に張られたバリアを粉砕していき、着地する。すかさず槍を横に振るうが手ごたえはない。

 

まどかもまた、翼を広げて後ろへ飛んでいた。

詠唱しながら、着地と同時に矢を放つ。蟹座のスターライトアロー、光の矢がハサミに変わると、まどかはそれを分離させて二刀流となった。

刃と刃がぶつかる。杏子は確実に距離を詰めてくる。ならばいっそ真正面から堂々とぶつかってみてはどうかとハサミを手にしたが、やはり特化したものの差は大きい。

まどかは防戦一方だった。多節棍は蛇のように執拗な動きで追い詰めてくる。

気づけばハサミが一つ右手から飛んだ。これ以上の接近を許してはいけない。

 

 

「アイギスアカヤー!」

 

 

巨大な盾を持った天使を召喚するが――

 

 

「あぐぁッ!」

 

 

盾を張ったと同時に地面から槍が伸びてきた。

異端審問。まどかが天使を召喚したのを見て、瞬時に技を発動していたのだ。

おかげでまどかは気づくのが遅れて回避ができなかった。さすがに串刺しになることはないが、地面から伸びる槍がまどかを打ち上げて地面に転ばせる。

まどかは見た。盾を飛び越えて降ってくる杏子を。

すかさず右へ転がって下突きを回避するが抵抗感を感じる。

左手に持っていたハサミに杏子が足を乗せていた。力を込めるがハサミは取れない。

 

 

「あう゛ッ!」

 

 

まどかは顎に衝撃を感じた。目にもとまらぬスピードで蹴られたのだ。

まどかのツインテールの右側が掴まれ、引き起こされる。

そこで腹を蹴られた。

まどかは衝撃で地面を転がっていく。

 

まだ終わらない。

足首に巻き付く多節棍。まどかの体が浮き上がると、杏子は武器を振るい、まどかの背中を地面に叩きつける。

さらにすぐに多節棍を振るい、次はまどかの腹を地面へ叩きつけた。

杏子はすぐにまた、まどかを持ち上げようとしたが、途中で失敗した。

 

まどかが矢を放ち、多節棍の鎖を破壊したのだ。

解放されたまどかはユニオンを発動してドラグクローを装備する。

空間が割れ、姿を見せるドラグレッダー、まどかの周りを旋回すると、口を開けて熱を集中させた。

 

 

「ハァアアア!」

 

 

まどかが吼えた。

突き出したクローと同時にドラグレッダーが炎弾を発射する。

杏子は指を鳴らして地面から槍を無数に出現させることでそれを受け止めるが――

まどかは既にクローを消滅させて、弦を弾いていた。

 

 

「トゥインクルアロー!」

 

「なにッ!」

 

 

受け止めていた炎弾を押すように光の矢があたる。

勢いを増す炎。強引に押し込むようにして槍を破壊した。

 

 

「ぐあぁあゥ!」

 

 

炎が直撃し、杏子は転がっていく。まどかはすぐに二発目のチャージに入ったが――

 

 

「!」

 

 

そこで、動きを止めた。

立ち上がった杏子が自分のソウルジェムを前に突き出していたからだ。

 

 

「なにを……!」

 

「見ての通りだ。殺せ! アタシを」

 

「そんなことっ、できるわけないよ!」

 

「だったらテメェの弟が死ぬぞ!」

 

「!?」

 

「殺せんのか!? アンタにアタシが!」

 

「そんなの――! お願い! やめて杏子ちゃん!」

 

「ふざけんな! 殺す気もないのにココまで生き残ってきたなんて言わせんなよ!」

 

 

イライラする。

槍を振るうたび、まどかを痛めつけるたび、杏子でも正体がわからないイライラが心を蝕んできた。

今もなぜか泥だらけのまどかを見るとイライラが加速していく。

だから杏子はソウルジェムを前に掲げている。

 

 

「殺さないとベノゲラスに弟を襲わせる! そしたら死ぬぞ!」

 

「……ッッ」

 

「止めるには今ここでアタシを殺すしかない! そうだろ! 鹿目まどか!!」

 

 

あまりにもおかしな話ではあるが、杏子としては、たとえこれで自分が死んでも問題はなかった。

むしろまどかが自分を殺さないことに今は激しい怒りを覚えている。

 

 

「選べよ、弟かアタシかを!」

 

「ッッッッ!!」

 

 

まどかは弦を引いた。杏子はニヤリと笑った。

にも、関わらず、その時は訪れなかった。

泥の上に、弓が落ちる。

まどかは崩れ落ちた。泥に膝を埋め、ただ俯くだけの置物になった。

 

 

「………」

 

 

杏子の笑みが消える。代わりに訪れた激しい憎悪。

 

 

「うぜェよ」『ユニオン』『アドベント』『アドベント』

 

 

まどかの下からベノダイバーが飛び出して、彼女を空に打ち上げた。

さらに杏子の背後にベノスネーカーが出現すると、杏子が生み出した巨大な槍に巻きついていく。

 

 

『ユニオン』『ユナイトベント』

 

 

槍と大蛇が一つに交じりあい、巨大なこん棒に変わった。

杏子は片足をあげて、直後降ってきたまどかをフルスイングで吹っ飛ばす。

まどかの体は凄まじい勢いで飛んでいき、やがて地面に墜落してからも泥をえぐりながら移動していく。

やがて完全に停止した時、彼女はピクリとも動かなかった。

 

杏子はベノダイバーに乗って確認に向かう。

まだ息はあった。攻撃の間際にしっかりとシールドを張っていたようだ。

しかし衝撃で変身が解除されて気絶している。

 

 

「ハハ、アタシの勝ちだな……! 結局アンタみたいなヤツは根本的なところでこのゲームにむいてねぇんだ! 今度こそ完全に死にやがれーッ!」

 

 

杏子は槍を構えて狙いを定めた。

しかし、どうにも不思議な気分だった。

協力派のくせに自分を倒したまどかは、それはそれはムカツク存在だった。

だからまどかを殺すことができれば、とってもスッキリして、このモヤモヤとイライラがスッキリサッパリ消える筈だった。

 

だが杏子にはわかってしまった。

きっと今、ここでまどかを殺したとしても高揚感など一つもない。

むしろへばりつく闇はより大きく深くなっていく。

 

 

「なぜだ? なんで……ッ!」

 

 

わからない。なぜ自分でもそう思うのか。

 

 

「なぜだ。なぜだ? なぜなんだ!?」

 

 

自問の果て、杏子の前に過去が広がった。

父が言う。人が、人を殺してはならない。

舌打ちが漏れる。杏子は歯を食いしばり、まどかの腕を掴んだ。

 

 

「……っ」

 

 

まどかは、ゆっくりと目を開けた。

知らない天井だった。体は重く、だるい。

上体を起こすとホテルの匂いがした。

ハッとして枕を見る。思った通り枕にもシーツにも乾いた泥がついていた。

ホテルの人たちに迷惑がかかってしまうのが申し訳なかった。

 

 

「ここ、どこなのかな……?」

 

 

周りを見ると、かわいらしい部屋だった。なぜだか周りには鏡が張ってある。

そこで聞こえていた音が止まった。

水が流れる音。お風呂場に誰かいる?

 

 

「よお、やっとお目覚めかい?」

 

 

一瞬、それが誰だかわからなかったのは、いつも結んでいた髪を解いていたからだ。

杏子は濡れた髪をタオルで拭きながら、まどかの傍に腰掛ける。

まどかは思わず後ろをむいた。杏子が何も着ていなかったからだ。

 

 

「杏子ちゃんが運んでくれたの?」

 

「場末のラブホテルさ」

 

 

近未来都市・見滝原の端。風見野を繋ぐまでの道に古いホテルがあった。

まるで見捨てられた地のようだ。杏子はどこか親近感が湧いてしまう。

 

 

「他に客はいないし、従業員は……、まあのびちまってるけど安心しな。殺してないよ」

 

「そう、なんだ。運んでくれてありがとう。でもどうして……?」

 

「気が変わったのさ。それにしても殺そうとしてきた相手を未だにちゃん付けで呼ぶなんて、どっかのネジが緩んじまってるんじゃねーの?」

 

 

杏子は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。

 

 

「お願いだからもう誰かを傷つけるのはやめて。絶対まちがってるよ!」

 

「おいおい、ちょっと優しくしてやれば説教かよ。本当に面倒なヤツだぜ」

 

 

まどかの瞳が潤んでいる。

なぜだ。なぜ泣く。その涙は誰のためのものなんだ。

杏子はなんだとても気持ちが悪かった。

 

 

「……アンタ、マミと一緒に戦ってきたんだろ?」

 

 

杏子の声のトーンが落ちた。

 

 

「もしマミが生きてて、今のアタシを見たら、どう思うかね?」

 

「きっと、悲しむよ。とっても悲しむ」

 

「違う。アイツはアタシを軽蔑して、そして拒絶する!」

 

「そんなこと――!」

 

「わかるんだ。アタシだって、ずっとアイツと一緒にいたんだから」

 

 

そうか。そうなのか。杏子がいうなら、そうなのかもしれない。

きっと杏子のほうがマミの深いところを知っている。

 

確かにマミは正義のヒロインであることに拘っていた。

だからきっと、こんなにも豹変してしまったかつての後輩を見たらショックで受け入れられないのかもしれない。

あるいは、たとえ杏子を救うためであったとしても理由をつけて銃を向けるのかもしれない。

 

杏子は目を細めた。

まどかの向こう側に絵が飾ってあった。

皮肉にもそこには無数の天使がいて、ほほ笑んでいた。

 

 

「アタシが人を殺したのは生き残るためでもあるし、何よりはアイツ、ウリエルに一発くれてやるためでもある」

 

「え……?」

 

「アタシはずっと神様と天使様に感謝してきた。にも関わらず親父は死んだし、シルヴィスはアタシを裏切った。だからアタシは――」

 

 

杏子は言葉を切った。こんなことを打ち明けて何になる?

しかしまどかを前にすれば、それだけモヤモヤが大きくなっていった。

そうだ。天使なんてのを召喚し始めた時点で、まどかのことが憎かった。

参加者の中でムカツク人間はたくさん見てきたが、心の底から憎いのはきっとこの鹿目まどか以外にはいないのかもしれない。

 

マミも、さやかも、ゆまも、牙を剥いてくる様は想像がついた。

それはサキやかずみや、とにかく他の魔法少女も同じだ。騎士だって当然のことだ。

城戸真司は少し例外かもしれないが、それでもやっぱり自分よりも年下の女には甘さを抱くというのは理解できる。

 

だが鹿目まどかは違う。

この弱弱しい羊の中に、何かが蠢いている。

でなければ仮にもまどかに負ける筈がなかった。

飼ってる絶望が違う? 何を偉そうに。できることなら今すぐ変身してまどかの全身をズタズタにしたかった。

 

だがダメなのだ。それではまどかを超えることはできないのだ。

ただ単に、まどかが目の前で死体になるだけだ。

それだけでは杏子の中にあるイライラは晴れない。

彼女の中にある脆くて、けれども煌々と輝きを放つ何かを手にして、それをへし折ることができなければ、この闇は永遠に晴れない。

思考を巡らせる。どうすればまどかを崩すことができるんだ?

すると杏子は、かつてまどかに一度助けられた時のことを思い出した。まどかが包帯を巻いてくれたのでお礼を言って、そしてそのあと、まどかに襲い掛かった。

 

 

「………」

 

 

あの時、まどかが大きく表情を変えたシーンがあった。真っ赤になってうろたえる。

予想していなかったこと。それがウリエルの炎を吹き飛ばすヒントなのでは?

考えみれば今もそうだ。人を殺す化け物を前にしても目を逸らさなかった彼女は、今は背中を向けている。

これが、まどかを崩すもの?

だったら――

 

 

「まあ、おあつらえ向きの場所ってわけだ」

 

「え……?」

 

 

杏子の眼は笑っていなかった。

獲物を見つけた獣の眼差しだ。しかし顔の下では歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

「決めた。今からアンタを抱く!」

 

「……っ!」

 

 

まどかは少し怯んだが、やがて首を傾げた。

 

 

「い、いいよ? ぎゅーってする?」

 

 

そういって両手を広げた。杏子は苦い顔でため息をつく。

 

 

「バカ! そうじゃねぇ! セックスさせろって言ってんだ!」

 

「………」

 

 

まどかはしばらくポカンとしていたが、やがて嘘のように真っ赤になった。

 

 

「えぇぇえぇええぇえええ!?」

 

 

 

 

「………」

 

 

杏子はシャワーからお湯を出した。

鏡は見ない。今の自分を見たら、きっと客観視してしまう。

我ながら、おかしなことを言いだした。

 

だがこれでいい。

これがきっと目には見えないアイツらをまとめて殺すことができる刃に変わる。

今もきっと奴らはアタシを見てる。だからダメージを与えるんだ。

奴らは死なない。死の上に立っているから。

しかし奴らを殺す刃はきっと存在している。杏子はそれを見つけたかった。

 

 

「ほ、本当にするの? 冗談だよね?」

 

気配を感じて振り返る。

まどかが浴室の前でモジモジしていた。

服は着ていない。内股になって右腕で胸を、左腕を股の間に置いて見えないように隠していた。

 

 

「泥を落としたいって言ったのはアンタだろ。アタシはあのままヤッちまってもよかったんだぞ。シーツとか枕だって綺麗なヤツに変えてやったし。わがまま言うな!」

 

「だ、だってぇ……!」

 

 

まどかの視線は落ち着かない。

杏子は杏子で裸だし。どこを見ればいいのやら。

もちろん宿泊学習や修学旅行で同性の裸は見てきた。

見滝原の修学旅行でも、さやかと仁美と一緒にお風呂に入っていただろうし抵抗はそんなになかった。

しかしそれはそれ、これはこれだ。すると杏子は浴槽の縁に腰掛けて、お湯を溜め始めた。

 

 

「アタシはまだアンタの家の周りにベノゲラスを待機させてる」

 

「!」

 

「本気だぜ。アタシはな」

 

 

まどかは杏子をまっすぐに見た。

驚きと、そこにはわずかな軽蔑が混じっている。

杏子は一瞬安堵しそうになったが、これが一過性のものでしかないことを思い出した。

もちろん本当に家族を殺したら、流石のまどかも杏子を殺しにくるだろうが、きっとその時まどかは魔女になっている。

"鹿目まどか"はあくまでも悲しむだけだ。

だから、違う。これはあくまでも脅しの道具でしかない。

 

 

「とにかく言われた通りにしろ。とりあえずは手を退けなよ。まずはそこからさ」

 

「……っ、っぅ」

 

 

まどかは真っ赤になって目をギュッと瞑りながら、ゆっくりと両手を退けた。

肩と足が震えている。杏子は呆れたように笑うと、まどかの手首をつかんで風呂場の中に引っ張っていった。

 

 

「髪くらい自分で洗えるよな?」

 

「ぅん……」

 

 

まどかが乾いた泥を落としている間、杏子は壁にもたれかかって、まどかの後ろ姿を見ていた。

一糸纏わぬ姿だからわかりにくいが、まどかも杏子も変身中だった。

魔法少女のドレスを意図的に消しているだけだ。

それは杏子からの提案だった。

 

 

「終わったよ……」

 

 

まどかがシャワーを止めて、困ったように杏子を見た。

杏子は、まどかの手首を掴むと、そのまま浴槽の中に連れていき、肩を並べてお湯に浸かった。

 

 

「あ、あの杏子ちゃん。おふろの色、白色にしてもいい?」

 

「ったく! いつまで恥ずかしそうにしてんだっつーの!」

 

 

杏子はまどかの肩に手をまわす。

まどかの体がビクン震え、強張ったのがわかった。

 

 

「胸はアタシのほうがデケェな」「ふゃああああああああああああ!」

 

 

杏子としてはちょっと指で触れたくらいだったが、まどかは上ずった悲鳴をあげる。

 

 

「うるせぇ! これからもっとスゲーことしちまうんだぞ! アタシたち!」

 

「す、すごいことってぇ……?」

 

「そりゃあ、だから――」

 

 

そこで杏子は頭をかいた。

 

 

「まいったな。アタシ、セックスしたことないんだった。アンタはあんのかい?」

 

「な、ないよ! ないに決まってるでしょ!」

 

「なんだよー……。まあでも――」

 

 

そこで声が聞こえた。

杏子、婚前交渉は絶対にやめなさい。

それが父の教えだった。新しい時代には新しい宗教の考え方が必要であると思っていた父は、肉や魚を食うことは許してくれたが、結婚前のセックスは許さなかった。

もちろん、そもそもそういうことをする相手と出会ってこなかったが、処女である一番の理由は父の教えを守っていたからではないのか?

 

肌を晒すことをしてはいけない。口づけをしてはならない。

それが、ウリエルをはじめとした天使様と、その上に立つ神様を敬う私たちの掟であると。

気づけば、杏子は立ち上がっていた。

動きに釣られて上を向いたまどかの頭を掴み、顎を抑えると、自分の唇をまどかの唇に強く押し当てた。

 

 

「~~~~~~ぅッツ!?」

 

 

まどかは目を見開き、反射的に杏子の腕を掴んだ。

しかしどれだけ力を込めても、ふりほどけない。

そうしているうち、杏子は舌を出して、まどかの上唇と下唇の間に滑らせた。

 

唇を舐めると、まどかの頬が桜色に染まり、力が抜けていく。

だから杏子の舌は、まどかの唇をこじあけて口内に侵入することに成功した。

蛇が入ってきたと、まどかは本気で思った。

そいつは口の中を暴れまわり、まどかの舌に絡みついてくる。

 

逃げなくちゃ。

まどかは舌を右のほうへ移動させたが、すぐに蛇に追いつかれた。

蛇は逃げようとするまどかの舌に纏わりつき、どこに逃げようとも執拗においかけては絡みついてくる。

 

ジュルジュルと、わずかに粘り気を含む水分の音が響く。

舌と舌がぶつかり合い、擦れあうことで、唾液が反射的に分泌されていく。

 

まどかは上を向いたまま頭を固定されているため、次々に流れ込んでくる杏子の唾液を止めることができない。

しかもそこに己の唾液が混じり、まどかはなかば強制的に喉を鳴らしていく。

熱い。混じりあった唾液が喉を通っていくのがわかった。

 

ひとつ、不思議なことがあった。

どちらかがそうしたのかはわからない。ソウルジェムの力だろうか。

この獣のような、貪る口づけであったとしても、フルーツの香が鼻孔をくすぐる。

杏子の唾液はりんごの味がした。まどかの唾液はほのかにメロンの味がした。

サキから貸してもらった少女漫画ではレモンの味がすると言っていたが、あれは本当だったのだと、まどかは思った。

 

ゴクン! と、まどかの喉がうるさい音を立てた。

そこで杏子がやっと唇を離した。しかしまだ舌は繋がったままだ。

触れ合った舌先同士が離れても、銀色の糸が一本、二人を繋いだままだった。

ともあれ、そこでまどかは大きくせき込む。

 

 

「ぶはぅ! げほっ! カハッ! ぅえァッ!」

 

「ハァ! ハァ! ハァッ! うッ、ぐゥッッ! ハァハァ!」

 

 

杏子は深刻な表情で呼吸を荒げていたが、やがて唇の端から唾液をたらしながらニヤリと笑った。

 

 

「こういうことさ! 凄いことって! へへへ!」

 

「ふぅッ! ふぅ! フゥ……ッッ!」

 

 

まどかの唇が震えていた。

口の中いっぱりにリンゴの香りが広がっている。

体が熱い。口の周りはベトベトだし、鼻水も出てていた。

恥ずかしい。顔を洗おうと立ち上がるが、そこで膝が崩れた。

だが杏子が腕を伸ばし、まどかを支えた。お礼を言う前に、杏子は両手でまどかを抱きかかえる。

 

 

「行こうぜ」

 

 

まどかをお姫様みたいに横抱きにしたまま、扉を蹴って外に出た。

 

 

「からだ……、拭いてないよ……」

 

「いいんだよ、そんなの」

 

 

二人はずぶ濡れのままベッドの前にやってきた。

杏子はまどかを放る。瞬く間にシーツの上に水のシミが広がっていく。

 

 

「い、いまはっ、そのッ、あったかいけど! で、でもでも! 温度が低くなったら、冷たくて風邪をひいちゃう……、かも!」

 

 

まどかは視線を泳がせるが、杏子は何も答えず、覆いかぶさるように位置をとった。

そして、まどかが逃げないように両手首を掴んでシーツに押し付けた。

まどかとしては、胸はもちろん、両脇まで見られていることに怯んでしまい、つい顔を背けた。

恥ずかしさと、お風呂の温度が高かったということもあって、まどかの白い体がピンク色に染まっている。

杏子はそれに既視感を覚えた。あれは確か、モモと一緒に長湯した後に見た――

 

 

「くッ!」

 

 

振り払う。

 

 

「こっち向きな」

 

 

囁くと、まどかは反射的に前を見た。

桃色と、赤色、二人の濡れた髪が混じりあう。

杏子が顔を近づけると、まどかは反らそうとするので、杏子はまどかの顎を指でつかんで前を向かせた。

 

まどかの左手がフリーになるが、特に抵抗はしてこなかった。

さっきのでコツはわかった。杏子は鼻がぶつからないように顔を斜めにして唇で唇に触れた。

またリンゴと僅かにメロンの香りがした。

そこで杏子は気づいた。気を遣っているのか、まどかが呼吸を止めている。

唇を離してやると、まどかは、ぷはっと勢いよく息を吸っていた。

 

 

『口づけをするな! 魔女め!』

 

 

脳に響く声を黙らせるため、杏子は再びまどかの唇を塞いだ。

また呼吸を止めるものだから、十秒くらいで唇を離した。

まどかは真っ赤になって、顔を反らした。

横を向いてくれたので、首筋が露になる。

 

杏子はそこへ唇を押し当てた。

甘い香りがする。杏子はいつだったか、家族で行った果樹園を思い出した。

楽しい思い出だった。しかし記憶違いか、フルーツに囲まれていた父が燃えていた。

裸で向き合うな。キスをするな。背けばこうなるぞ。

 

 

(黙れ……! 黙れ――ッッ!)

 

 

じゃあ今はなんだ! これはなんだ!

アタシは燃えていないぞ! 見ているかウリエル! 神よ!

見ろって言ってんだ! 親父ッッ!

 

 

「……?」

 

 

杏子は唇を離すが、不思議に思った。まどかの首に虫刺されがある。

はて? 人間の体ならおかしくはないが、あくまでも今は魔法少女の体なのだ。

虫に刺されたくらいでこんなに赤くなるものだろうか?

そこで杏子はピンときた。そこはさっきキスをした場所だ。

苛立ちから無意識に強く吸い付いていたようだ。

 

 

「なるほど。吸うとこうなんのか」

 

「ぇ、ぇ……?」

 

「えーっと」

 

 

杏子はまどかを抱き起し、向かい合う。

 

 

「アタシの首、吸ってみろ」

 

「えぇ?」

 

「いいから!」

 

 

まどかは戸惑いながらも杏子の首にキスをする。

 

 

(りんごの匂いだ……)

 

 

いい香りだ。まどかは言われた通り強く吸って唇を離す。

すると杏子の首に、赤い点ができていた。

 

 

「あっ!」

 

 

まどかはハッとした。

以前、パパの首に同じような痕があったので心配して聞いてみたら、気まずそうに慌てていたのはそういうことだったのか。

隣でママがケラケラ笑っていたのはそういうことだったのか。

衝撃だ!! まどかはフラフラと仰向けに倒れた。

 

 

「面白いよなー」

 

「おもしろくないよぉ」

 

「もっとつけていいか?」

 

「う、うぅん」

 

「ま。嫌だって言ってもつけてやるんだけど」

 

 

まどかはされるがまま、しばらく天井をぼんやりと見ていた。

なんだかムズムズしてきた。

 

 

「ひうッ!」

 

 

しかし突然じゅるりと音がして、ゾワゾワとした感覚が走る。

杏子がまどかの首を舐めていた。

舌が蛇のように這っていき、鎖骨を通り抜けて、胸までやってくる。

 

 

「あ、あぁぅぁ」

 

 

まどかはシーツをギュッと掴む。

 

 

「ぁ、あのっ、やっぱり! い、いいのかな!?」

 

「んあー?」

 

「わたしたち――ッ、その……!」

 

「女同士だけど、やっちゃいけないことでもないだろ」

 

「そうじゃなくてッ! その、だから! こういうことは! 愛し合ってる二人が赤ちゃんを作るために……、だから!」

 

 

杏子の動きが止まった。

愛? 久しぶりに聞いた言葉だったため、なかなか意味が思い出せない。

昔、言われた気がする。母に、父に、妹に。

父は燃えた。母も燃えた。妹は、殺した。

 

愛してる。そう言ったのに、だ。

孤児院(リーベ)の子供たちも、同じ言葉を言ってくれた。

もしかしたら家族のそれとは意味が違っていたのか?

でなければ、あんなことになる筈がない。

 

 

「愛していますよ。杏子さん」

 

 

目の前に、シルヴィスの笑顔が広がった。

 

 

「い――ッ! つぅ!」

 

 

まどかは激痛に顔を歪めた。

ぬっと、杏子が体を起こす。血と共に吐き出したのは、噛みちぎったまどかの右乳首だった。

 

 

「くッだらねぇ!」

 

 

杏子は左の拳を振り下ろした。まどかの腹に直撃した一撃。

いろんな臓器が死んだのか、まどかは咳き込むと共に血を吐き出した。

 

 

「くだらねぇッッ!」

 

 

右のフックがまどかの脇腹に抉り刺さる。

まどかは咄嗟にシールドを張ったが、拳はそれを砕いて肉体に直撃した。

脱力していたため、防御に集中できなかった。

一方で杏子は全力だ。骨が砕けたのか、殴った部分が紫色に変色してきた。

 

 

「……ッ」

 

 

まどかは目を細めたが、動かなかった。

そうしていると杏子が左胸に噛みついてきた。

同じように噛みちぎってやるつもりだったが――、違う。

杏子はゆっくりと口を広げ、乳房に歯を立てるだけに留まった。

歯形がくっきりと残り、わずかに赤くなっていたが、それでもそれだけだった。

 

 

「杏子……、ちゃ――」

 

 

まどかが苦しんでいると、杏子が肩に噛みついてきた。

 

 

「ィッ! 痛い!」

 

 

肩からダラダラ血が出てきた。

杏子は噛みちぎるつもりだったが、すぐに違うとなる。

これではダメだ。何かが違う。

 

まどかは動かなかった。

抵抗するつもりだったし、状況によっては魔法で戦うつもりだったが、それをしなかったのは家族を人質に取られているからだ。

しかしもう一つ理由がある。それは胸に落ちた『水滴』だ。

 

 

「ぐッ! ぐぅぅぅッッ!」

 

 

杏子は泣いていた。何かと必死に戦っているような苦悶の表情だった。

だからまどかは彼女にされるがまま、殴られた。

噛みつかれても表情を歪めるだけで、逃げようとはしなかった。

 

これは、おかしい。

 

異常だ。

しかしまどかはここでやっと杏子の優しさと弱さを垣間見た。

彼女の過去に何があったのかは今はまだ、察することしかできない。

それでもまどかはこの時、この瞬間、ほんのわずかだが見つけてしまった。

モンスターになった。佐倉杏子の殺し方を。

 

 

(上等だ! クソ! 上等だよ! ブッ壊してやるッッ!)

 

 

その時のまどかの顔を、杏子は忘れないだろう。

 

 

「………」

 

 

どれだけ、時間が経ったろうか。

 

 

「ぐッッ! ウゥゥッ!」

 

 

杏子は苦しげに呻き、まどかの体から唇を離した。

自分が泣いていたことには最後まで気づかなかった。

液体はたくさんあった。まどかと杏子の体は汗と血と唾液でベタベタになっていた。

まどかの体はあまりにもアンバランスだ。汗で張り付いた前髪、虚ろな瞳であること以外には何もない。

 

だがしかし、顔から下には白い肌にいくつもの赤い歯形とキスの痕、そして青アザが数えきれないくらい刻まれていた。

左腕に至っては折られているのか、青く腫れているだけではなく、おかしな方向に曲がっている。

さらに右親指は噛みちぎられていた。

一度体勢を変えたらしく、背中側にもそれらの傷はビッシリとあった。

 

 

「ぐあぁ、ア――ツゥゥッ! ゼェ! ゼェ!」

 

 

まどかは、ぼんやりと放心しており、反対に杏子が呼吸を荒げて苦しそうにしていた。

杏子は四足歩行のように移動して、まどかに顔を近づける。

 

 

「舌ッッ、出せェ!」

 

 

まどか言われた通りにすると、杏子がそこへ吸い付いた。

飢えた獣のようにまどかの舌を貪っていく。

その果てに、杏子は歯を立てた。

 

 

「………」

 

 

噛みちぎる。そう思った時、杏子はまどかの目を見た。

 

 

「ひっ!」

 

 

杏子は一気に顔を離した。なんだ? あの一瞬の恐れは。

今のまどかの目は何もない。

だがあの時、近距離で覗いたあの瞬間に感じたものはなんだ?

 

 

「ぐッ、あぁぁう」

 

 

血の匂いに混じったメロンの香が思考を鈍らせる。

リーベ時代、シルヴィスを問い詰めた時に、彼女がバラまいた写真がフラッシュバックしていった。

孤児院の裏で行われていた人身売買。

義弟や義妹たちを買った連中が、後日様子を撮影して送ったようだが、あれを見た時、不思議と子供たちがどんな扱いを受けたのかが明確な映像として脳に流れ込んできた。

 

肥え太ったスキンヘッドの男たちがドラッグを混ぜた葉巻を吸いながら笑っている。彼らの前に置かれた装置に繋がれた義弟が泣いていた。

スイッチ一つで装置が起動すると回転刃が泣き叫ぶ弟を輪切りにしていく。

男たちはスライスされた義弟の一部を両手で持つと、中央部分に男性器をねじ込んで腰を動かしていた。

 

衛生面など気にしない。

事実、男たちはそれが原因で後日、病を患う。

しかしその時その瞬間は、目先にある新しい快楽のほうが大切だったのだろう。

 

男たちは激しく義弟のパーツを動かして男性器をしごきあげる。

力が強いのか、ボトボトと肉や臓器の欠片、骨の一部が床に落ちていった。

男の一人が吠えた。射精して飛んだ精液が、杏子の額にかかった。

 

次の映像も鮮明だった。

義妹は両手を左右に開き、両足を組んだまま真っすぐ伸ばした状態で拘束されていた。、

専用の太いドリルで、掌と足裏、そして脳天に穴を開けられていた。

四人の男たちはその穴に男性器を入れて麻薬を楽しんでいた。

 

射太興業が流通させた『ヘブンズドア』という種類らしい。

幼い少女の頭から伸びた男性器。広げた両手から伸びる男性器。右足裏から伸びる男性器。

上から見れば、それはそれは歪な十字架だった。

この快楽に感謝します神よ。男は涎を垂らしながら笑っていた。

 

杏子おねえちゃん。大好き。

そう言って笑ってくれた双子の義妹と義弟が泣き叫んでいる。

ファラリスの牡牛。黄銅で作られた牡牛の像の中に人間を入れて火をつけることで火あぶりにする残酷な処刑器具だ。そこに二人は入れられていた。

激しい炎の熱を感じて悲鳴をあげる。

それをバックに、スーツに身を包んだ指揮者が、指揮棒を振り回していた。

後ろにはヴァイオリンやピアノを演奏する人間もいる。

 

 

『あづいよぉぉ!』

 

『おねがいぃぃ! だじでぇえええッッ!』

 

『ぐぎゃぁあぁああああ!』『ひぃぃぃぃいああ!』

 

 

富豪たちは悲鳴とクラシックの共演を楽しみながら酒を味わっていた。

炎が二人を焼き殺す。会場には一枚の絵が飾られていた。煙の向こうに見えたのは微笑む天使たち。

 

讃美歌が聞こえる。

リーベではみんなで歌った。

一番透き通った声をしていたのは、杏子が見つけて保護したナーシャという少女だった。

 

ナーシャはモモのことが好きだった。親友だからだ。

 

ナーシャは杏子のことが好きだった。愛していたからだ。

 

ごめんよ。杏子は困ったようにナーシャを拒んだ。

申し訳なかったが、でも彼女はあまりにも幼い。その感情はきっと一時的なものであると思っていた。

ナーシャは杏子が魔法少女であると知っていた。だからなおさら愚直すぎる憧れがあったのだろう。でも違う。そんなに偉いものじゃないと杏子は思っていた。

なによりも古来より同性同士というのは神の怒りをかうと父や、その仲間との会話の端々で感じていた。

 

だからナーシャが施設を出ていくと聞かされた時は安堵した。

彼女はこれから新しい生活をはじめ、そしてやがて普通の男性と恋に落ちて幸せになるのだ。それでいい、それがいい。杏子はそう思った。

だが写真の中にナーシャを見つけた。

映像が飛び込んでくる。

 

ステンドグラスの下、ナーシャは幸せそうに笑っていた。

ヘブンズドアを過剰に摂取したからだ。今の彼女には見えるものすべてが幸福の塊だった。

彼女は服を着ていなかった。そして巨大な皿の上に仰向けで寝ていた。

 

そこへ入ってくる男たち。

彼らもまたヘブンズドアを異常なまでに摂取しているのだろう。

すでに白目をむいて失禁しているものや、口から泡を吹いて男性器をしごいているものが目に付いた。

 

彼らは着席すると、一斉に祈りを捧げた。

佐倉家が食事をいただく際に唱える言葉と一字一句違わぬものだ。

やがて男の一人がナイフを手にしてナーシャの右乳房に刃を入れた。

ナーシャは嬌声をあげた。幸せだからだ。大量の血が噴き出るなかで、男は胸を切り取った。

そして果汁が滴る果実を食すかのように、むしゃぶりついた。

 

かつて生娘の血は不老不死になれると言われていたらしい。

男たちは次々にナーシャにナイフを入れて肉体をそぎ落としだした。

幼い彼女の体躯ならば一時間もしないうちにすべてがなくなるだろう。

電動刃で頭蓋を削られてもナーシャは喜んでいた。

 

麻酔はしていない。

常人ならばショック死している激痛でさえ、ヘブンズドアが快楽に変えているのだ。

事実、頭を取られて脳をむき出しにされ、それをスプーンで掬われても、ナーシャは恍惚の表情を浮かべていた。

秘部からは液体が溢れ、男たちはそれを啜り、近くにあった太ももにかぶりつき、肉を噛みちぎる。

その時、ナーシャと杏子の目があった。

すでに喉仏が喰われ、声帯を失っている筈ではあるが、ハッキリと声が聞こえた。

 

 

「杏子、愛してる」

 

 

その時、男がスプーンをナーシャの眼球に入れた。

そこで杏子は嘔吐した。あれが引き金となって、フールズゲームにおける最強のモンスターが誕生するのだ。

杏子は今、その時のことを思い出した。

 

頭に声が響く。

人が、人を、殺しては、ならない。

天使様と神様のため、処女でいなさい。

 

 

「ッッッ!」

 

 

杏子はボールペンほどのサイズにした槍をまどかの喉に突き刺した。

抜くと、血があふれる。

それが破瓜のような気がして、杏子は安心した。

しかしすぐに血は止まった。まどかを見たら、彼女はゆっくりと首を振った。

 

治したのだ。

そこで杏子は己が大きな間違いを犯していたことに気づいた。

傷など、意味なんてない。

なぜならばまどかは魔法少女だからだ。痛覚は遮断できるし、回復魔法が使えるまどかなら、歯形や骨折、キスマークなんて一瞬で治せる。

でもまどかは、それをしていなかった。

 

憐れみ以外に何がある?

杏子は憤った。槍を生み出すと、まどかの股に向ける。

処女の喪失が槍ともなれば、さすがにまどかは折れてくれる。

支える『芯』さえ壊せば、完全に彼女を超えることが――

 

 

「うぁぁあっぁああぁ!」

 

 

杏子は頭を押さえてうめき声をあげる。

できるわけがない。それでまどかを超えることはできない!

 

 

「もういい! もう逃げろ!」

 

 

杏子は槍を投げ、まどかの隣に倒れた。

両手で顔を覆う。もう何も見たくなかった。

 

 

「アタシの気が変わらないうちに早く! ここから出てけ!」

 

 

杏子はそこで自分が泣いていることを自覚してしまった。

もういい。もううんざりだ。もう嫌なんだ。

杏子はソウルジェムを操作し、視覚を消した。聴覚を消した。

闇に沈んでいく。そこにたどり着けば、また昨日のように強い自分に戻ることができる筈だから。

 

 

「……ッ!?」

 

 

だが、詰めが甘かった。

嗅覚だけ、消すのを忘れていた。

だから優しい匂いを感じてしまう。

すべての感覚が戻ってしまい、杏子は目を開いた。

 

すぐ傍に、まどかの柔らかな肌があった。

傷だらけのまどかは温かな笑みを浮かべながら杏子を抱きしめている。

 

 

「泣かないで、杏子ちゃん」

 

 

受け入れるのか。あんなことをされても、まだ。

杏子は初めて畏怖の念を抱いた。

だってそれは神様に嫌われたくないからと守り続けていた掟と同じではないか。

鹿目まどかは女神なのか? 杏子は本気でそう思った。

 

 

「でも、わたしは決めたよ」

 

 

ローシェルヒールが放つ淡い光がまどかを再生させる。

 

 

「ここで貴女を、倒すって」

 

 

杏子はゾッとした。

まどかが怖かった。これ以上、この光に近づけば悪魔なんて死滅する。

聖なる光で焼き殺されてしまうのだ。だから杏子はまどかに背を向けた。

しかし逃げるよりも早く。まどかに抱きしめられた。

 

まどかが光の翼を広げて閉じた。

己の翼で自身と杏子を包んだのだ。

杏子は必死にもがくが動けない。そうしていると別の天使が召喚された。

 

"メヒエルスピリット"。

活発の天使メヒエルは、他の天使たちと明らかにテイストが違っていた。

ヌタウナギのように円形の口に、鋭利な歯がビッシリとついており、体は紫色で、小さな手がある。

まさにクリーチャーのような見た目だった。

そしてそれは一瞬。まどかと杏子がメヒエルの口の中に吸い込まれた。

 

 

「……ッ!」

 

 

杏子は我に返る。

化け物に食われたのは覚えている。だからこんなに窮屈なのだ。

体内の筈だが薄暗い程度で、辺りは確認できる。

とはいえ目が見えたところで良い景色ではない。

前面を埋め尽くすのは、ブヨブヨとした肉の壁だ。呼吸はできるが、少し息苦しい。

暑いというのもあるが、なによりも頭がクラクラするほどの熟れた匂いがした。

これはリンゴとメロンを砂糖で煮てドロドロにしたような重くて甘ったるい香りだ。そこでハッとする。背中に感じていたのは肉の触感だが、前面ほど不快ではない。

 

 

「まどか……!」

 

「なぁに?」

 

 

まどかは相変わらず杏子を抱きしめていた。

 

 

「どういうッ、つもりだ!」

 

 

まどかは答えない。かわりに杏子の頭を優しく撫でた。

杏子の中で、何かよくないものが蠢いた。

そんなことをしてほしいとは一言も口にしていない。苛立って暴れようとする。

 

しかし、まどかの腕の中から抜け出すことは難しかった。

まどかの純粋なパワーが押さえ込んでいるのだ。

しかも、かろうじて抜け出したとしても、そこで肉の壁が縮まっていき杏子を押し付ける。肉の壁からはヌルヌルとした液体が分泌され、全身が滑って力を込めることができない。

かろうじて手を伸ばしたところで、滑るだけで全く掴めなかった。

 

 

「あぅッ!」

 

 

杏子は伸ばした腕を戻し、口を覆った。声を抑えるためだ。

こうなったのはまどかのせいだった。

彼女が腕を動かして、指で杏子のあばらを撫でたのだ。

体液のせいで滑りがいい。しかもそれだけではなく、まどかは舌を杏子の首筋に沿わせていた。

ただし、慣れないことをした自覚があるのか、まどかの鼓動が早くなる。

ドクンドクンドクン! まどかの胸と、杏子の背中が密着しているから、振動が鮮明に伝わってくる。

 

 

「ッ、くそ! どういうつもりだい?」

 

 

杏子は異変を自覚していた。なんだかおかしい。体が熱い。

 

 

「うあぁぁあっ!」

 

 

また杏子から意図していない声が漏れた。

まどかが杏子の左肩を噛んだのだ。しかし杏子とは違う優しい甘噛みだった。まどかの舌が杏子の汗をぬぐう。

 

 

「何を……ッ、しやがった……ッ」

 

「ミカエルディート」

 

 

杏子は気づいていた。ソウルジェムがなくなっている。

吸い込まれた際に分離されたのだろう。現在、体外では従順の天使ミカエルが杏子のソウルジェムに指を入れているところだった。

対象のソウルジェムを操作して感覚を操ることができる魔法である。

まどかは杏子の体を少し鋭敏に変えた。これならきっと気づいてくれる。今までは見えなかった――

幸福に。

 

 

「ここから出せ!」

 

 

杏子が叫んだが、まどかは答えない。

 

 

「くそ! ちくしょう!」

 

 

杏子は暴れるが、まどかに抱きしめられているから満足に動けない。

無理に動こうとすると体がまどかの肉体と肉壁に擦れて、いろいろなところが刺激される。

 

 

「ッッッ!!」

 

 

杏子は顎をひいて歯を食いしばった。

まどかの手が胸に触れてきたからだ。

声を出さないように堪えていると、心音が上がってくる。

シンクロするように、まどかも鼓動も早くなった。

 

暑い。甘い。狭い。

心臓のリズムが早く、強くなってくる。

まどかは腕で、杏子は背中で、お互いの心音を感じていた。

やがてそのリズム、タイミングが完璧に重なった時、感じる場所は全身になっていた。

 

鼓動が体に響くのだ。

二人は動かないが、ドクン! と心臓が跳ねた際に体がわずかに動いて、それが刺激になった。

ドクン! ドクン! ドクン! 一定のリズムで刺激が下腹部に集中していく。

 

 

「委ねて。杏子ちゃん」

 

「――ぁ!」

 

 

まどかは、囁くと、両手で杏子のお腹の下を押した。

 

 

「ォぁっ! ぅぅぁあッ」

 

 

杏子から声が漏れて、股から大量の液体が発射される。

 

 

「なッ、なんだよっ、これ……!」

 

 

上ずった声だ。大きな混乱があったのだろう。

まどかはというと、既にわかっていた。知恵の大天使ラジエルは結界を透明にする効果の他に、まどかが一度見たものの情報を記憶し、読み解き、検索エンジンと連動して知恵を与えることができる。

 

あの、さやかが見つけた雑誌。その知識が、まどかに与えられていく。

あの後に調べた情報が再度鮮明に与えられていく。一般的に、『潮』は『尿』であるといわれているらしいが――、まあそんな情報を説明しなくてもいいだろう。

 

 

「大丈夫。安心して。怖くないよ」

 

「ッッッ」

 

 

優しい声が嫌だった。

優しいのは幸せだからだ。

殺したので、もう戻ってこないモモの笑顔が飛び込んでくる。

パパと、ママが、自分を見ていた。

 

 

「よせ! やめろ! こんなホームビデオみたいなもんが見たかったわけじゃねぇ!」

 

 

杏子は考える。そうだ。拒めばいい。この異常な事態を終わらせるのだ。

念じて魔法少女のドレスを生成した。しかしそれはすぐに消し飛び、再び裸に戻る。

どうやらミカエルを跳ね除けるだけの精神状態ではないらしい。

それもこれも化け物の体内にいるからだ。杏子は槍で内側から貫こうと念じるが、そこでまどかが首筋を舐めた。

息が漏れる。槍のイメージが歪み、具現できない。

肉の壁が収縮し、狭くなる。まどかの汗と甘い匂いが広がる。

その時、まどかの手が杏子の胸に触れた。

 

 

「触るんじゃねぇ……ッッ」

 

「ううん。さわる。杏子ちゃんがわたしを感じてくれるまで、ずっと」

 

「ころっしッッてぇ! やぁっ、るぅ」

 

 

まるで語尾にハートがついているような、矛盾した声色だった。

今も大量の潮が股から吹き出ている。耳にはまどかが囁く声が聞こえてくる。

 

 

「苦しまないで」

 

 

まどかの汗、杏子の汗、涙、お互いのありとあらゆる体液。

メヒエルのからの分泌液。それらが空間を埋め尽くそうとしている。

甘い匂いの液体に溺れる!

杏子は不安になったが、まどかは彼女を強く抱きしめた。

 

 

「これは気持ちいいことなの。怖くもなければ、痛いことでも、辛いことでもないんだよ」

 

 

まどかの手が、杏子の足と足の間に伸びた。

それだけは阻止しなければならない。

杏子はそう思ったが、抵抗する力が入らなかった。

そうしていると感じた、まどかの指。

次の瞬間、杏子の体に電流が走り、目の前が真っ白になった。

 

 

「………」

 

 

グポォっと音がして、メヒエルから体液まみれの二人が排出される。

杏子は体液の影響で光沢のある全身を紅潮させており、腕で顔を覆っていた。

その様子を見て、まどかは頬を赤くする。

わかっていたつもりだが、まだ制御しきれていない感情があった。

喉が鳴る。まどかは、この熱が冷めやらぬ内に、ラジエルに『あるもの』を取ってきてもらうようにお願いをした。

 

 

「はっ、ふぅッ、ゥぁ」

 

 

杏子はなんとか呼吸を整えて、冷静になることができた。

顔から腕を退けて、目を開ける。

しかし冷静になったつもりだが、飛び込んできた情報を見て呆然とした。

そこにいたのは、もちろん鹿目まどかなのだが、とんでもない恰好をしていた。

 

中央の赤いリボンが特徴的な、前に大きなスリットが開いたピンク色のベビードールに、赤いアームカバーとガーターベルト。

さらに髪を結ぶ部分や、足首や手首にまかれたトゲ付きの黒いベルトは、SMを彷彿とさせるアブノーマルな印象を受ける。

 

 

「す、すごい恰好だよね。自分で選んでおいて怯んじゃったよ。えへへ……」

 

 

なんでも、かつてマミとさやかと魔法の特訓をしていた時に、失敗して魔法少女の衣装がとんでもないものになってしまったことがあったが、今の衣装がそれとそっくりだったとか。

 

 

「っておい、なんだこりゃ!」

 

 

気づく。杏子も裸ではなかった。

黒いビキニを着せられている。胸元は開いており、面積は小さめに感じる。

 

 

「うぇひひ! 下のほうさ、紐がえっちぃよねっ!」

 

「い、いぃいつの間に履かせた! ってか、どういうことなんだよ!」

 

「どうって。取ってきてもらったの! こういうホテル。いろんな衣装があるんだって」

 

 

まどかは真っ赤になって笑っていたが、杏子は引きつった表情でベッドから降りた。

 

 

「ま、まだやろうってのか!? 冗談じゃない! アタシは帰るからな!」

 

 

杏子は早歩きでまどかを通り過ぎたが、そこで光の翼が杏子を抱きしめ、まどかのもとへ引き寄せる。

 

 

「ま、待って杏子ちゃん。もう少し、もう少しだけ……!」

 

「バカ言えよ! あれだけ……、あれだけヤッておいて――ッ!」

 

 

まどかは大きく深呼吸をして、意を決したように後ろから杏子を抱きしめた。

そして杏子のビキニの中に右手を潜り込ませる。

 

 

「はぁあッ!?」

 

 

杏子の体が強張った。すぐに顔が赤くなって目が潤んでくる。

まだ天使の効果があるのか。それともクセがついたのか。

 

 

「ど――ッ、ゆぅッ、こ……っ! ッッッ!」

 

 

杏子は言葉を止めた。喋る余裕がなくなったからだ。

はじまりとは完全に立場が逆転していた。杏子が内股で震えており、水音がハッキリ聞こえてくる。

そうだ。感覚を遮断すればいい。杏子はそう思ったがソウルジェムは命令をはねのけた。まだ天使の支配下にある。すべての感覚を受け入れろと。

 

 

(気持ちいのかな? 杏子ちゃん……)

 

 

するとレジエルの指示が飛んでくる。

 

 

『胸を触ると、より快楽が生まれ、効果的でございます』

 

(そっか。そうだね。ありがとう)

 

 

まどかは、以前さやかに胸を触られた時のことを思い出した。

 

 

『いえいえ、あんな感じではなく、もっと激しく』

 

 

レジエルがやり方を送ってくれる。

まどかは空いている手で、それを再現してみた。

 

 

「うあぁぁぁあぁあっ」

 

 

杏子から声が出た。

彼女の太もも伝って床に落ちる大量の液体を見て、杏子とまどかは頬を真っ赤に染めて呼吸を荒げた。

体が密着しているから、またお互いの心音がハッキリと感じられる。

 

鼓動。だったら、生きている。こんな体だけど。

まどかは美穂と食事に行った時に、彼女がキメ顔で言っていたことを思い出した。

いい? まどかちゃん。生きるってのはね、つまり美味いってことなのよ。白菜を食べても……、ん? キャベツ? あれ? にんじんだっけ? まあいいや、とにかく何を食べても美味いって思えればオールオッケーなのよ。死ぬことばっかり考えてたらきっと何を食べても美味しくないでしょ? あ、すいませんビールおかわり! この子にはメロンソーダーを! ふふん。

 

なんて、もしかしたら誰かからの受け売りかもしれないが、ニュアンスはなんとなくわかった。

だったらきっと『生きるって気持ちいいこと』っていう言い方をしても意味は通ってくれるんじゃないだろうか?

早乙女先生だって血走った目で語ってた。性は、心に生きるって書くんだって。

だから、もっと聞きたい。もっと感じたい。

もっと、ドキドキしたい。無意識に指の動きが早くなる。

 

「お、おぃっ、バカ! もうとっくにぃ――ッ」

 

 

杏子はまどかを止めようとしたが、そこで大きくのけぞった。

 

 

「~~~ッッ! ~~~~~ッッッッ!!」

 

 

杏子はガクガクと震えており、目の焦点が合っていない。

やがて腰が抜けてへたり込む。

まどかは天使を召喚して、杏子をベッドの上に仰向けにさせた。

 

 

「ご、ごめんね。だいじょうぶ?」

 

「………」

 

「お水、のも? ね?」

 

「………」

 

 

杏子はまどかを睨みつけ、差し出されたペットボトルを奪うように受け取った。

ミネラルウォーターを一気に三本、空にする。

 

 

「……マジ、意外だった。アンタ、かわいい顔して、けだものだ」

 

 

まどかは、一瞬水を飲む手を止めたが、またすぐにゆっくりと飲みはじめた。

少し言い訳をしようと思ったが、弁解できる恰好ではないので止めておいたのだ。

まどかが水を飲み終えると、杏子がとびかかってくる。

 

 

「やられっぱなしは癪だ! 観念しなッ!」

 

「わ! わ! きょ、杏子ちゃん! 待って! え!?」

 

「これは勝負みたいなもんだ。アタシは勝負と名の付くもので負ける気はねぇからな! やったからにはやりかえされる覚悟があるんだろーなっ!」

 

 

杏子はまどかを組み伏せると、下着を剥ぎ取って足を広げた。

 

 

「ま、まってよ杏子ちゃん! だ、だめっ! だめだってば!」

 

「あんなド派手なことして、プラスこんな衣装まで着て、なんでまだ恥ずかしがってんだ! もうおせーよっ! ケツの穴までバッチリ見えてるっつぅの!」

 

「い、言い方ぁぁぁ……っ」

 

 

まどかは真っ赤になって涙目になる。

これはいい。反撃だ。杏子は先ほどの記憶を頼りに、指を入れようとするが――

 

 

「こ、これどうなってんだ?」

 

「そっか、そうだよね。見るの初めてだよね。わたしはラジエルから教えてもらったから……! ちょっと待ってて! 今、教えてあげるからねっ!」

 

「はい?」

 

 

気づけば、位置が反転しておりましたとさ。

 

 

「お! おーいッ!」

 

「えっとね、まずねっ、ここをこうして!」

 

「ふあ!」

 

「え! 声が出たでしょ!」

 

「殺すぞ!」

 

 

杏子は口をグッと閉じる。調子に乗らせるわけにはいかないので、声は出さないと誓う。

しかし、まどかの指がより深くなると、全身が熱くなって汗が滲んでくる。

このままではマズい。せめてもの抵抗に、自分の人差し指を噛んでみるが、水音はうるさいくらいに聞こえてくる。

 

 

「こう! だった気がする!」

 

 

まどかが微笑み、スイッチを入れた。

杏子の体が弓なりにのけぞり、シーツをギュッと掴んだ。

 

 

「どうかな杏子ちゃん! わかった? よかった?」

 

「はぁ! はぁッ! ざけんな! 全ッ然ッよくねーよ!」

 

「あ、あれ? 違ってたのかな? 確かあってると思うんだけど……」

 

「お、おい! 待て待て待てま゛――ッ」

 

 

まどかの指が再び入ってくる。一度、絶頂を迎えているから体が熱くて仕方ない。

感覚も研ぎ澄まされてる。杏子は両手で口を抑えて、何かを制御しようとするが、その意思には反して、またすぐに水を弄る音が聞こえてきた。

 

 

「音が聞こえるから間違ってはないと思うんだけど……」

 

 

まどかはドキドキしながら知識を思い出す。

 

 

「あ、そっか! ごめんね杏子ちゃん。ここだけじゃダメなんだった!」

 

「は、ぁ?」

 

「可愛いんだけど、ごめんね。もったいないけど脱がせちゃうねっ」

 

 

まどかは紐を引いて上下のビキニを脱がせると、律義に畳んで端に置く。

すぐにベッドに戻ってくると、光の翼を生みだし、それで杏子の体を撫でた。

 

 

「ぅあぁあああぁ」

 

「あっ、ごめん! びっくりしちゃった?」

 

「にゃんりゃおッ、そへぇ!」

 

「えへへ、気持ちいでしょ?」

 

 

まどかは翼で杏子の胸をくすぐりながら弄るのを続けた。

知識通り、より水音が大きくなってきた気がする。

そこで荒々しい呼吸を感じたので杏子を見てみると、大量の汗を流し、舌を出してまどかの手を見つめていた。

まどかはキュンとしたものを胸に感じて、杏子に顔を近づける。

小さく舌を出すと、だらしなく垂れている杏子の舌に触れた。

 

 

「ふふっ、ワンちゃんみたい」

 

 

杏子はうるさいと言おうとしたが、できなかった。

こんな天使みたいな笑みを浮かべている存在に、そんな乱暴な言葉を使ってはいけないと思ってしまった。

まだ、根底に聖職者としての想いが根付いているのか。

それを自覚すると、心の中からモヤモヤが湧き出てきた。しかしそれがパッと消える。白いスパーク、光が闇をかき消した。

何も考えられない。杏子の体が大きく跳ねて、液体が飛び散った。

 

 

「く――ッッ、ッツぅッツツ」

 

「こんな感じなんだけど、どうかなっ?」

 

「も、もういぃ! もういいっへ! 覚えらにゃ……、おッ、覚えれねーッよ!」

 

「そ、そっか。じゃあ、もっとゆっくりするねっ」

 

「ぃぃいやいやいや! そうじゃなくって! 頭が真っ白になって覚えられないよ!」

 

 

杏子は真っ赤になって必死に呼吸を整えようとする。

もう何度、まどかに絶頂させられたのかわからない。

 

 

「そっか。ごめんね。でも……」

 

 

まどかは、悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

「それなら、よかったと、思う。杏子ちゃんはきっとよくないことをいっぱい考えちゃってるんだよ……」

 

「ッ、どういう意味だよ」

 

「アリエルアイ」

 

 

発見の天使が持っていた双眼鏡は、普通ならば見えないものを見ることができる。

たとえば対象者の過去であったり。

 

 

「アンタ、まさか……」

 

「うん。杏子ちゃんに何があったのか、見た」

 

 

杏子は歯を食いしばった。

気づけば、まどかに拳を向けていた。まどかを殺そうと思った。

しかし、まどかに衝撃はない。拳はまどかに触れる寸前のところで停止している。

 

 

「う――ッ! ぐッッ」

 

 

杏子はここから逃げ出したかった。しかし脱力感がそれを許してくれない。

だからせめてもの抵抗に体を反転させてうつ伏せになるしかなかった。

これならせめて泣いている姿をまどかに見せなくて済む。

 

しかし杏子はすぐに怯んだ。尻が持ち上がったのだ。

まどかによって、シーツに膝をついて尻を突き上げる体勢にされる。

 

 

「おい! 今やることか!?」

 

「うん」

 

 

まどかは即答だった。

恥じらいからか、わずかに頬を桜色に染めてはいるものの、ためらうことなく先に進んでいく。

 

 

「ちょっと待ってね。自信がないからもう一度ラジエルにきくから。うん、うん。そっか、わかった。ありがとう。お尻の穴も使えるんだって」

 

「……は?」

 

「いくよ」

 

「ちょっ! まッッ!」

 

 

その時、杏子から今まで聞いたことのない声が出た。

それは本人からしてもそうだ。甲高い、上ずった声だった。

 

 

「かわいいね杏子ちゃん。体だって綺麗だし。うん、すっごく可愛い……」

 

 

杏子は何も言えなかった。

まどかが、より深く、奥に、侵入してくる。

フラッシュバックする光景。婚前交渉が禁じられたあの宗派の集会で配られた本の中に、どうしても愛を確かめ合いたいのならば、肛門で性交するように記載されていた。あの時はどういう意味かわからなかったが、今なら――

 

杏子は大きな声を出した。

まどかの翼に背中や胸を撫でられたからだ。

意識がそちらに傾き、杏子は本の内容を忘れた。

 

 

「つらかったね」

 

 

辛い記憶がフラッシュバックする。

確かに――、辛かった。

しかしその時、杏子は嬌声をあげた。

まどかが杏子の尻に優しく触れたからだ。

 

 

「こわかったよね……」

 

「よぜッ! やめ゛ろォ゛! そんな軽い言葉でッ、アタシの苦しみが! お前みたいなお花畑に――ッッ!」

 

「そうだよね。でも、だから、強い光で消してあげたかった」

 

「ぅあぁぁぁぅ」

 

「もう強がらなくてもいいんだよ。わたしたち、お尻の穴まで見ちゃってる関係なんだから。もう何を曝け出してもいいでしょ?」

 

 

戒律とかそういうレベルではない。まどかはどちらの穴にも触れてくる。

光の翼が胸を刺激してくる。杏子は涎をダラダラ流しながら鳴いた。

 

 

「今までずっと苦しんできたんだよね? でももう大丈夫だよ。安心してね」

 

 

杏子は理解できなかった。

こんな軽い同情の言葉が、今は心から嬉しいと思ってしまったからだ。

 

 

「こんなのッ! ソウルジェムを弄られたからだ! テメェがアタシを洗脳してるだけだろ!」

 

「じゃあ今までみたいに戻りたいの? 嘘だよ。そんなの絶対に嘘!」

 

 

杏子はハッとした。そういえば、いつの間にかモヤモヤが消えていた。

スッキリ、サッパリ。でもまたモヤモヤが襲ってくる。

はじめに浮かぶのはシルヴィスの顔だった。

しかしまたスパークが巻き起こると、快楽がシルヴィスの姿を有耶無耶にしていく。

まどかは杏子の腹部に力が入ったのを見て、少しだけほほ笑んだ。

うつ伏せに倒れた杏子を仰向けにすると、杏子の胸に舌を這わせる。

 

 

「ぃ! もぉ無理! 無理だ! やめてくれよ! 頼むって! さっきからもう何度も何度も――ッ! だからッ、その! お願いだから! これ以上は――!」

 

 

まどかは無視をした。

胸の先を軽く噛んでみると、杏子から弱弱しい声が漏れた。

ダメだ。もうダメだ。杏子は本気でそう思った。また絶頂(い)かされる。

 

これ以上、憎悪が壊れたら、自分が自分じゃなくなる。

希望を祈った自分はいつの間にか死んでいた。

その結果、生まれたのが今の自分なのに。それが壊れたら、どうなるのかがわからない。

それはとても怖いことだった。だから杏子はユニオンを発動する。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!」『アドベント』

 

 

空間が割れてベノゲラスが飛び出してきた。

だがほぼ同時に支配の天使ヴェヴリアーが召喚され、ベノゲラスを後ろから抱きしめて動きを止めた。

まどかが動かなければ天使は消えず、ベノゲラスは動けない。

そしてベノゲラスがここに来たということは、タツヤたちについているモンスターが離れたということだ。

 

 

「やめないよ」

 

 

喋ることや表情を変えるくらいはオーケーらしい。

まどかは今、杏子と目を合わせて柔らかな笑みを向ける。

かなり無茶はしたが、やっぱり慣れないことはあまりするものじゃない。

まどかの全身にも汗が見える。その一つがポタリと落ちて、杏子の汗に交わった。

でもこんな恥ずかしい思いをしてまで、やりたいことが生まれてしまったのだから仕方ない。

 

 

「杏子ちゃんが、すべてを忘れてくれるまで、わたしはずっと杏子ちゃんを気持ちよくしてあげたい」

 

 

杏子はポカンとしていた。

まどかの汗が聖水であると錯覚する。

一つ、己の体に落ちるたび、心に巣食う邪悪な悪魔が苦しんでいるのがわかった。

 

 

「何があっても、わたしが受け止めてあげるから!」

 

 

まどかはニッコリと笑った。太陽のような笑顔だった。

天井にあるライトと重なったから当然なのかもしれないが、それでも眩しい後光がさしていると思った。

 

 

「あ」

 

 

まどかはベノゲラスが消えたことを確認した。

杏子を見ると、彼女は涙を流しながら両手を前に伸ばしていた。

頬を赤く染め、懇願するような表情でまどかを見ている。

まどかは嬉しそうにほほ笑むと頷いた。

一度、杏子の額にキスをすると、両手を広げて杏子を優しく包み込んだ。

 

 

 

今日は、友達の家に泊まるね。心配しないで。

家族に送ったメッセージは、まどかが初めてついたドキドキの嘘だった。

現在、室内の温度は外よりも高い。ベッドの周りにはバニーガールやナース服、天使に取ってきてもらった見滝原の制服もあるし、体操着やスクール水着などなど。

とにかく脱ぎ散らかした衣装や、雑誌が散乱している。

 

今も隣の部屋ではアダルト雑誌を読みふけっているラジエルが、リアルタイムでまどかに情報を送っている。

二人はありとあらゆる快楽を試すことにした。

まどかが杏子に与え、それを覚えた杏子がまどかに返す。

ホテルスタッフたちには天使の力で軽い洗脳をかけて帰ってもらった。

 

 

「だからさ、声、我慢しなくていいんだっての」

 

「う゛ー」

 

 

それはそうだが、だからと言ってである。

まどかは枕に顔を埋めて悶えていた。ふと、足がピンと伸びる。

覆いかぶさっていた杏子はにやけそうになるのを堪えた。

まどかの香りが強くなった。体を密着させているから、汗と汗が混じりあうのがわかる。

 

 

「おっけい! よし! だいぶコツが掴めてきたよ。気持ちよかっただろ? まどか?」

 

「……~~~ッ」

 

「抵抗しても無駄だって。もうアンタの弱いところは完全に理解してやった!」

 

「~~~ッッッッ」

 

「でも、なかなかイクって言ってくれねぇよなぁ。お上品なのは結構なんだけど、アタシとしては消化不良っていうかさぁ……」

 

「もうやめてっ! はずかしくて死んじゃうっっ!」

 

「あー、でもさっきは結構大きな声で教えてくれったっけなぁー?」

 

「杏子ちゃんっっ!」

 

「あはははは!」

 

 

杏子は手を、まどかの胸に当ててみた。

バクンバクンと破裂しそうな鼓動を感じて、ニコニコと嬉しそうに笑う。

二人はベッドを降りた。シーツを乾かして取り換えてくれる専用の天使を召喚して、あっという間にベッドメイキングを完了させる。

すると、今度はまどかが上になってニヤリと笑った。

 

 

「怒ったよ」

 

「へ?」

 

 

まどかはテーブルにあった杏子の黒いリボンを持っており、それを杏子の頭に結んで目を覆い隠す。

 

 

「な、なんにも見えねぇぞ」

 

「てぃひひ、それでいいんだよっ」

 

 

一時間後。

目隠しをとった杏子は、ろれつがまわっていなかった。

取り換えた筈のシーツがベタベタになっている。観念したように腕を広げると、まどかがそれを枕にして隣に寝転んだ。

視覚を遮断されると、敏感になるとかならないとか。そういうことを嬉々として語ってみた。

 

 

「ねぇねぇ、杏子ちゃんは何回すごいのになったの?」

 

「……教えてたまるか」

 

「動物さんみたいな声がいっぱい出たねぇ」

 

「くうぅぅぅう!」

 

「えへへ、かわいいって意味だよ?」

 

 

杏子はグルリと体を反転させて、まどかの上になる。

今度はまどかの赤いリボンを取ってくると、まどかの両手を縛った。

杏子の髪は長いので、まどかの肌に毛先が触れてくっすぐたい。

 

 

「えっと……」

 

 

まどかはニコリと笑ってみる。

 

 

「や、優しくしてね……?」

 

「努力はしてやる」

 

 

杏子もニコリと笑った。

一時間後、まどかは杏子の胸に顔を埋めていた。

 

 

「……うそつき」

 

「努力はしたさ」

 

 

まどかの全身、至る所に赤い点がいくつもある。

今度は全てがキスマークだった。

痛みを放つ傷はひとつもない。

 

 

「……胸ばっかり触って。杏子ちゃんは変態さんでした」

 

「でもおかげでまどかから言ってくれたな」

 

「もう絶対あんなこと言わないもん」

 

 

まどかはふと、赤いリボンを見つめた。

派手すぎない? 自信なさげにそう言ったのは覚えてる。

まどかは杏子の赤い髪を見つめる。まさか、こんなすごいことをしちゃうなんて……。

 

そしてそれはその後にも続いていく。

二人は何度も抱き合い、互いを絶頂させることを目指した。いつしかまどかからリンゴの匂いがするようになり、杏子からメロンの香りがするようになった。

狂ったように抱き合うのは、魔法少女としての体力があったからだが、他にもいくつか理由がある。

 

 

「マ……、ミッ」

 

 

ある時、杏子の口からその名が出た。

筋肉が収縮し、トランス状態の先にあるオーガズム。

今までは絶頂を別の言い方で表すことばを口にしたり、まどかの名を口にしたり、大きな喘ぎ声をあげるかだったが――

ある時、巴マミの名前が出てきた。

 

まどかは真顔になった。

杏子は戸惑った。ムードを重要視する正確ではないが、マナー違反であることくらいは理解できた。

 

 

「……悪い、なんでもない。忘れてくれ」

 

 

まどかは頷いた。その後も抱いて、抱かれた。

次第に、まどかの中にある恥じらいの壁が崩れていく。

まどかは杏子の名を大声で叫んで絶頂を迎えたり、杏子が指定した卑猥な言葉を口にするようになった。

かつての自分が死んでいく感覚。

 

 

『恐怖が強くなると、性欲が強くなる』

 

 

早乙女の言葉がフラッシュバックした。

そうだ。怖くないわけがない。魔女。フールズゲーム。参戦派。

お前が、絶望の魔女なんだと言われた。

すべてを破壊し、地球を崩壊させる。

次第に実感が湧いてくる。大切な人たちがたくさん傷つく。それがなによりも怖い。

そして次に怖いのが、やっぱり苦しいことだ。

待ち受ける最強の魔女。ワルプルギスの夜。ワルプルギス。ワルプル――

 

 

『ヒャーハハハハハハ! ヒハッ! ヒヒヒィィイイハハハハハハハ!!』

 

 

聞こえたのは幻聴か、それとも未来か。

まどかの首が、腕がねじ切れ、業火で焼かれるビジョンが浮かぶ。

その時、脳に焼き付いた快楽が不安を一瞬だけ消してくれた。

もっと消してほしい。だからもっと杏子に抱かれたい。

 

でもそれはきっと、あまり頭のいいやり方じゃない。

まどかは杏子と肌をぶつけながら、どうしてマミの名を口にしたのかを考えた。

あの時、杏子は泣いていた。まどかはそれが快楽からくる涙だと思っていたが、違うのかもしれない。

 

知りたい。

 

まどかの願いが天使を動かしたのか、より正確な杏子の過去が広がった。

そうか、それは簡単で単純だった。

杏子は後悔しているのだ。だから過去を責めている。

本当はマミに連れて行ってほしかった。マミに手を掴んでほしかった。

 

たった一言、たった一言だ。

バカなこと言わないで! これからもずっと一緒よ!

それだけでよかったのに。

 

そういって引っ張って行ってくれるだけでよかった。

マンションに住まわせてなんて贅沢は――、まあ言ってくれたら最高だけど、それでもリーベに行こうとする自分たちを寂しいとか、ふざけないでとか、適当な理由をつけて止めてほしかった。

マミを殺しにいった時も、そもそも自分を倒してほしかった。

 

いっそ、殺してほしかった。

 

そうでなくても、見逃してあげた時に、まだ間に合うと思ってほしかった。

良心が残っているなら説得が可能なんだと導き出してほしかった。

追いかけてほしかった。手を掴んでほしかった。

アタシのことを、諦めないでほしかった。

 

 

「………」

 

 

まどかは目を細めた。

きっとここにいるべきは、マミのほうだ。

人間にはそれぞれ培ってきた関係性というものがある。

絆ともいうが、杏子の手を真の意味で引いてくれるのは、今もまだマミなのだ。

 

 

(わたしは……、どうなんだろう)

 

 

連れて行ってくれる人。

こういうことをするのは普通は好きな人なんだから、初恋の人が相応しい。

杏子の姿に、さやかが重なる。

 

 

「お、まどか気持ちいいのか? なんだか締め付ける力が――」

 

 

杏子は笑っていたが、まどかは涙を流して首を振った。

 

 

「あ……、わ、悪い、アタシのミスか」

 

「わたしを見て、杏子ちゃん。わたしもあなたを見る。これは、そうじゃないとダメなんだから」

 

「……ああ、悪かったな。まどか」

 

 

杏子はまどかの頬にキスをした。

しかし奇しくも、それがまどかの『鍵』になった。

肌を重ねるのは相手を壊すためではない。恐怖を忘れるためでもない。

これは魔女狩りでもなければ、ギロチンでもなければ、共に昇る十三階段でもないのだ。

 

 

「杏子ちゃんは、どうしてこんなことをしようって言いだしたの?」

 

「それは、お前の中にある何かが見たかった。それがわかれば、きっとアンタを殺せる筈だった。でも今は……」

 

 

まどかは確信している。救うためだ。

佐倉杏子をどうすれば救えるのか? あの悪かった杏子をどうすれば殺せるのか。

ハッキリわからないが、とにかく杏子のためだけに天使を創りたいと思った。

 

そして実際に、創った。

でももっと大きな天使を創りたい。その願いは、今も変わっていない。

この快楽の渦の中、まどかは天使のデザインを夢想していた。

絶頂の瞬間に形が少しずつ明確になっていく。でもそれだけじゃダメだった。最後のピースは今、掴んだ。

 

 

「ミハエルリング」

 

「ん?」

 

 

天使が指輪を落とし、まどかがそれを手にする。

 

 

「杏子ちゃん」

 

まどかは杏子に指輪を見せた。

 

 

「結婚しようよ」

 

 

沈黙が続いた。

やがて杏子は指輪とまどかを交互に見る。何度も。

 

 

「……冗談、ってわけじゃなさそうだね」

 

「うん。そうだね」

 

「どういう風の吹き回しだい?」

 

「今日、この一日で……、わたしたち、信じられないくらい、えっちしたよね?」

 

「ま、まあな」

 

「その途中で、杏子ちゃんはマミさんの名前を呼んだ。一回じゃないって気づいてた?」

 

 

杏子は固まる。自覚はなかった。

 

 

「わたしの名前を呼んでくれるなかで、マミさんと、ゆまちゃんの名前を呼んでた」

 

 

絶頂前、トランス状態になった杏子はうつろな意識でマミとゆまの名を呼んでいた。

その回数は次第に多くなる。涙を流しながら。過去を見ていた。

 

 

『マミさん……』

 

『なぁに?』

 

『ゆま』

 

『どうしたの?』

 

 

まどかは、ほほ笑んで、杏子の頬を撫でた。

 

 

「わたしが返事をしてたの、気づいてないよね?」

 

 

ズキンと、杏子の胸に謎の痛みが走った。

かつて、罪悪感を抱けていた時代に、似た痛みを感じたことがある。

 

 

「それだけじゃないよ」

 

 

快楽に果てたあと、杏子は回復するまで少しだけ眠ることがあった。

寝言が聞こえた。杏子は母を呼び、父を呼び、妹を呼んだ。

 

 

「戻りたいんでしょ? 愛に溢れていた日に」

 

「……もう戻れない」

 

「そうだよ。だってもう、いない」

 

 

仁美の笑顔が浮かんだ。まどかも痛いほどわかってる。

 

 

「だから、未来に行くの」

 

「……ッ」

 

「わたしは貴女と生き残りたい。えっちは、結婚する人としかしちゃダメなんだよ?」

 

 

婚前交渉を禁ず。

モモにも似たようなことを言われた。

注意してね、おねえちゃん。って感じで。

 

 

「……わかったよ、モモ。結婚すれば問題ないよな」

 

 

杏子は、ほほ笑み、まどかに向かって左手を差し出す。

 

 

「はめてくれるんだろ?」

 

「……うん!」

 

 

まどかはリングを杏子の薬指にゆっくりとはめる。

杏子は思わず笑ってしまった。まさかこんなことになるとは、自分でも実感が湧かない。ただ張り付く不快感もなければ、イライラなんてものは今、欠片もないのはわかる。

 

 

「へぇ、ぴったりじゃん。よく指のサイズわかったね。魔法で合わせたのか?」

 

「ううん。だってそれは杏子ちゃんだけの指輪なんだから、そこはちゃんとしたくて。たくさん見たり、舐めたりしてる間に覚えたの」

 

「あ、そう。照れること言ってくれるじゃん」

 

 

そこで、杏子は胸にキュンとした何かを感じた。

それがどんどん大きくなっていく。

何かがおかしい。気づけば、唇がニヤけていた。

 

 

「ま、まどか……」

 

「なぁに?」

 

「なんか、変なんだ。体がウズウズして……ッ!」

 

「きっとそれは、嬉しいって気持ち。だったらうれしいな!」

 

「ぐッ、うぅぅ」

 

 

杏子はまどかを見れなかった。

ずっと見ていたら、何かが変になる。だから視線を逸らした。

 

 

「アンタまさか、何か細工したのか?」

 

「その指輪はね、幸せを感じる感性を強化してくれるの。嬉しいとか、幸せとか、好きとか、そういう感情を鮮明にしてくれる」

 

 

杏子を包み込む多幸感は、無から湧き出ているのではない。

まどかが指輪を送ってくれたという想いを真正面から受けとめた結果なのだ。

もはや今、殺意や憎悪では杏子の幸せを止めることなどできない。

 

 

「よ、余計なことしやがって……!」

 

「じゃないと杏子ちゃんは素直になってくれないでしょ? せっかく心を開いてくれたんだもん。それをもっと大切にしてほしくて」

 

 

まどかが顔を近づけると、杏子は異常に赤くなる。

そもそも、裸のまどかが先ほどより五倍は魅力的に見えてきた。

胸の高鳴りがとまらない。目の前にいるのは自分を愛してくれる番(つがい)なのだから。

 

 

「幸せになろうね、杏子ちゃん」

 

 

まどかが近づいてくる。思わず杏子は悲鳴をあげた。

 

 

「ま、待て! よせ! 近づくな!」

 

「え……、どうして? 嫌だった?」

 

「よせ! 悲しい顔すんな! 張り裂けそうになる! だから嫌っつうか……ッ! とにかくマズイんだ! 今もしアンタにキスでもされちゃあ、アタシはアンタを好きになっちまう!」

 

「それはいけないの?」

 

「愛しちまうんだぞ!」

 

 

まどかは嬉しそうに笑い、自分の両手で杏子の両手を握った。

指を絡ませ、恋人繋ぎになって見つめる。

 

 

「いいんだよ。結婚って、そういうものでしょ?」

 

 

顔を近づけるが、杏子は顎を引く。確かに汗がすごい。耳まで顔が真っ赤だ。

 

 

「いッ、今も! 嬉しくてッ、ドキドキがとまんねぇ! こ、こんな状態で、きっ、キスなんてされたらッ、だ、だだダメだ! 絶対にダ――」

 

 

まどかが身を乗り出し、杏子に口づけをした。

将来を誓うほど愛し合う二人がキスをする。

文字にしてみれば何もおかしくはないが、唇を通してまどかの優しさを感じてしまい、杏子はひどく混乱した。

それに体は重ねていたが、口と口のキスはそれなりに久しぶりだった。

度重なる性行為で、パブロフの犬のごとくおかしなクセがついらしい。

その結果、ロマンもクソもないが、杏子は唇を離す前に失禁してしまった。

 

 

「えッ、すごい! キスだけで!?」

 

「うあぁっ、あぁう、み、見るなぁっ」

 

「杏子ちゃん! わたし嬉しい! そんなに喜んでくれるなんて!」

 

 

まどかは何度も連続で唇を重ね、最後は舌を絡ませた。

しばらくして唇を離すと、杏子は名残惜しそうにまどかの腕をつかんでくる。

 

 

「だ、ダメだ! これマジッ! やばい! 指輪外さないとッ、アンタの道具(モノ)になっちまう……ッッ!」

 

「ちがうよ。助け合いながら、支えながら生きていくんだよ?」

 

 

まどかはもう一度キスをした。再び杏子は潮を吹く。

激しく呼吸を荒げるなか、彼女は首を振った。

 

 

「でも父さんは違ったんだ……! 母さんに指輪をあげたのに、母さんもモモも……」

 

 

杏子は泣いていた。

 

 

「アタシを、捨てたんだ……」

 

 

とめどなく溢れていく。

 

 

「ずっと父さんのために頑張ってきたのに。怖い魔女と戦って、魔女にもなって、それなのに父さんはアタシを魔女だっていうんだ」

 

 

まどかはすぐに杏子の頬に触れる。

 

 

「すくなくとも、わたしはずっと傍にいるよ」

 

「じゃあ……! じゃあさ!」

 

「?」

 

「ギュッて……、してくれないのかよぉ」

 

「まかせて! ぎゅー!」

 

 

まどかは杏子を抱き起すと、力いっぱいに抱きしめる。

杏子もしゃっくりをあげながら、まどかを力強く抱きしめた。

 

 

「えひひっ! らぶらぶになろうねっ!」

 

 

それから二人はひたすらに愛を確かめ合った。

 

 

「まどっ、かぁ! すっ、きぃ」

 

「わたしもっ、大好きだよ!」

 

「ならっ、もっと……、キスっ、してよ……! もっと、まどかでいっぱいに……っ」

 

 

婚前交渉ではない。その事実が杏子を解き放った。

杏子は神にもウリエルにも勝てなかった。炎が大切なものを奪ったあの日からずっと否定するつもりで戦ってきたが、楔はあまりにも深く突き刺さっていたようだ。

しかしそれでも杏子は構わなかった。

 

 

「いかっ、ないで! アタシを……! 置いて、いかないで……!」

 

「うん。どこにもいかないよ……!」

 

 

全てを包み込んでくれる。真の女神を見つけたからだ。

 

 

「あぁッ、うぁぁっ! まどっ、かっ! まどかぁあぁ」

 

 

名を呼ぶたびに絶頂していた。

 

 

「杏子ちゃん――ッ、愛してる」

 

 

名を呼ばれるたびに絶頂していた。

愛している。それはとても幸せな言葉だ。

 

 

「アタシも、まどかのこと――!」

 

 

 

 

 

「はふーっ!」

 

 

浴槽。

まどかは満足そうに笑いながら、先に入っていた杏子の胸にもたれかかった。

 

 

「きもちよかったねぇ」

 

「ま、まーな」

 

「ふふふっ、まだふわふわしてる。杏子ちゃんは?」

 

「たしかに、まあ、フワフワ、してる、かもな」

 

「てれてるねぇ」

 

「うっ! うっせぇ!」

 

「らぶらぶだったねぇ」

 

「い、いちいち言うな! 恥ずかしいっての!」

 

「どうして? 素敵なことだよ。ほら、ぎゅーッてして」

 

 

杏子は言われた通り、まどかを強く抱きしめる。

 

 

「な、なあ。ひとつ聞いてもいいか?」

 

「いいよ」

 

「アタシっ、鹿目杏子になんのか? それともアンタが佐倉まどか?」

 

「ふふふっ!」

 

「笑うなよ! 真剣だぞ!」

 

「ごめんごめん。可愛くってつい。てぃひひ!」

 

「く、くそ!」

 

「杏子ちゃんはどっちがいい?」

 

 

杏子はギュッと抱きしめる力を強めた。

 

 

「鹿目……、杏子がいい」

 

「うん! えへへっ、そっかぁ。てへへ」

 

「まったく、ニヤニヤしすぎなんだよ」

 

「杏子ちゃんだって。そうだ! ウェディングドレス着ようよ。スタジオに行けば貸してくれるみたいだし」

 

「えー? 恥ずかしいって。ドレスなんざムズムズしてしょーがねぇ!」

 

 

杏子は幸せだった。

だからまどかを、より強く抱きしめる。

もう離れてほしくないからだ。

 

 

「……キスしてもいいかい?」

 

「いつでもいーよ? うぇひひ!」

 

 

杏子とまどかはキスをした。

やわらかい。いい匂い。杏子の心が温かくなる。

 

 

しかし残念。ここはフールズゲーム。

幸せは、そう長くは続かないものなのである。

 

 

「!」

 

 

轟音と凄まじい衝撃がホテルを襲った。

瞬く間に天井が崩壊していき、まどかたちは瓦礫の下敷きになる。

 

 

「クソッ! 大丈夫か!」

 

 

瓦礫をはねのけて、魔法少女のドレスに身を包んだ杏子が立ち上がった。

隣にある瓦礫を手あたり次第に投げ飛ばすと、変身済みのまどかと目があった。

 

 

「わたしは平気。でも、いきなりどうして……!」

 

 

そこで聞こえる笑い声。

杏子は表情を歪めて、その少女を睨みつける。

 

 

「ユウリィイ……ッッ!」

 

「お前らマァジィ?」

 

 

ユウリは崩壊していくラブホテルを見て、ますます笑みを深くする。

 

 

「ちょっとちょっとちょっとぉ。ユウリ様も混ぜてよォ。あの杏子ちゃんが堕ちちゃうくらいのテクニシャン? 凄いシェフだね鹿目まどか」

 

 

エリーを適当にザッピングしていたら杏子たちが泊まっていた部屋のテレビがついた。

 

 

「お楽しみすぎて気づかなかったって? 愚かなヤツらめ」

 

 

ユウリはカードを一枚落とし、銃口を向けた。

 

 

「言ってくれたらゴムとか用意したのに」『アドベント』

 

 

呼び出されたゴムの魔女パオラは、ビーチフラッグが突き刺さったゴムボールに体が生えているデザインで、足つきの浮き輪の使い魔・ボナを装着していた。

そのボナが無数に現れると、次々とボールが発射されていく。

 

 

「逃げるぞ!」

 

 

杏子はまどかの手を引いて走り出した。

迫るボールを槍で弾きながら進むが、体が重い。それはまどかも同じだった。

 

 

(くっ、やりすぎて動けないなんて間抜けな話があるか!)

 

 

だが、杏子の理由はそれだけではない。

槍を持った瞬間から、心にジワリと広がる不快感を自覚した。

これを味わいたくない。だから逃げたかった。

きっとこのまま武器を振るえば――

 

 

(まどかが、悲しむッ)

 

 

そこで衝撃が走った。

杏子の腹にパオラがめり込んでいる。

使い魔にボールを発射させ、本命は自分自身がミサイルになることだった。

その勢い。杏子の体が後方へ吹っ飛んでいく。

 

 

「杏子ちゃ――」

 

 

手を伸ばしたまどかだが、そこですさまじい勢いで黒い煙が視界を濁らせた。

ユウリが召喚したギーゼラがマフラーから煙幕を噴射したのだ。まどかはすぐに光の翼を広げ、はばたくことで風を発生させた。

煙が吹き飛ぶ。まどかが周囲を探ると、ギーゼラに足を掴まれて持ち上げられている杏子を見つけた。

 

しかし不思議な光景だった。

ギーゼラは右手で杏子を掴んでいたが、左手でも杏子を掴み上げていた。

ギーゼラは二人の杏子をそれぞれ左右に投げ飛ばす。

片方はユウリだ。まどかは杏子の左手を見るが、うまく確認できない。

どちらかに気を取られれば隙が生まれる。それを狙っているのだろうが、そこで二人の杏子がまどかの名を呼んだ。

 

 

「まどかぁ!」「まどかッ!」

 

 

刹那、まどかは矢を、まどかから見て右側の杏子に放った。

直撃した桃色の光。杏子は墜落し、うめき声をあげながらユウリに戻る。

 

 

「ぐあぁッ! ちッ! さすがはヤッただけあるって、こと……!?」

 

 

ベッドの上で何度も名前を呼ばれたから、イントネーションでユウリかどうかを判断できたと、そういうことだ。

ユウリはすぐに立ち上がると、二丁拳銃を連射しながら真横に走る。

まどかも弾丸を回避、防御しながら矢を連射していった。

光の矢が縦横無尽にユウリを目指す。ユウリは弾丸で矢を散らそうとしたようだが、枝分かれした矢は、それぞれが弾丸となって再びターゲットに向かった。

ユウリはステップを踏むが、矢の数が多い。

そうしていると一本が脚に――

 

 

「おっと!」

 

 

ユウリが変身魔法を使った。彼女の姿が一瞬で鹿目タツヤに変わる。

当たり判定がそれだけ小さくなり、矢は次々と空を切った。

小さな手じゃ銃を持つくらいしかできない。

だからすぐに武器を捨てて両手を広げた。

 

 

「たすけれぇ! まろかぁ!」

 

 

まどかの動きが明確に鈍る。

そこでタツヤはすでに落としていたカードを踏みつけた。

靴の裏にはリベンジャーの弾丸が仕込んである。

 

 

「アホすぎィイッ!」『アドベント』

 

 

黒い龍が一瞬でまどかに食らいかかり、空に舞い上がる。

 

 

「あぁぁ! うぐぁぁあッ!」

 

 

ドラグブラッカーは容赦なくまどかを噛み砕こうと口を閉じていった。

バリアを張っているものの、牙と牙が閉じていく恐怖。さらにドラグブラッカーは噛んでいたまどかを容赦なく木々にぶつけていく。

 

 

「ユウリッッ!」

 

 

杏子が槍を構えて飛んできた。

タツヤの変身を解除したユウリは、真っ向から飛び込んでくる杏子を見てため息をつく。

隙だらけだ。みぞおちに向かって足を伸ばすだけで槍が振り下ろされる前に叩き落すことができる。

だからユウリはそうした。想像通り、ユウリの足が杏子に突き刺さる。

 

 

「!?」

 

 

本当に突き刺さった。

スブッと、足が杏子の胸に沈む。

だが、いくらなんでもおかしい。感触が肉のそれじゃない。

すると杏子の姿が消えて、杏子はユウリの前に立っていた。

 

 

「は!?」

 

 

なんだこれは。こんなのは知らない。

ユウリは呆気にとられる。そして何よりも、一番驚いていたのは杏子自身だった。

今のは、まさか……。

 

 

(って、やばッ!)

 

 

反応が遅れたとユウリは自覚する。これでは杏子のほうが早く動いてしまう。

 

 

「……はぁ!?」

 

 

ユウリから間抜けな声が出た。

まあ無理もない。杏子だってわかってる。でも、それでも、まどかの笑顔が焼き付いている。だから杏子は槍から手を離し、地面に両手をついた。

 

 

「頼むユウリ! ここはッ、退いちゃくれねぇか……?」

 

「バカ? フールズゲームだぞ!」

 

 

ユウリが指を鳴らすと、バイクモードに変わったギーゼラが杏子に直撃する。

衝撃で吹っ飛んでいく杏子と、そこで聞こえた濁った電子音。

 

 

『フリーズベント』

 

 

ドラグレッダーが黒炎と共にまどかを地面に墜落させる。

 

 

「あぁぁ! うぐあぁうッ!」

 

 

まどかはすぐに立ち上がるが、ビキビキと音と立てて下半身が石に覆われていく。

大口を開けて向かってくるドラグブラッカー。まどかの上半身を噛みちぎるつもりだったが、そこで赤い炎が迸った。

咆哮と共にドラグレッダーが飛んでくる。突進でドラグブラッカーを弾き飛ばすと、まどかを守るように旋回した。

まどかは、すぐに乙女座の詠唱を始めるが、体勢を立て直したドラグブラッカーが黒い火炎を発射した。

対抗するドラグレッダー。赤と黒の炎がぶつかり合い、競り合うが――

 

 

「グォオオオオオオオ!」

 

 

黒い炎が勢いを増して、赤を飲み込んだ。

ドラグレッダーが倒れ、衝撃と熱でまどかの詠唱も中断されてしまう。

 

 

「絶望の魔女になられても困る! さっさとウェルダンにしてあ・げ・るッ!」

 

 

ユウリは左手に持っていた銃を捨てると、右の銃を両手で持つ。

銃口に張り付いた三角形の魔法陣が、徐々に絵柄を追加していき壮大になっていく。

 

 

「イル!」

 

 

まどかは巨大な盾を持った天使アカヤーを召喚するが、肉体的な疲労と受けたダメージが酷く、天使を保てるだけの精神力を維持できなかった。

すぐにアカヤーの姿が消えてしまう。そこでユウリが引き金をひいた。

 

 

「トリアンゴロ!」

 

 

高エネルギーのプラズマ弾が発射される。

まどかはギュッと目を瞑った。直後、襲い掛かる衝撃と痛み。

しかしそれは想像していたものではなかった。

 

まどかが目を開けると、景色が斜めになっていた。

スローになる。まどかは杏子を見つけた。彼女がタックルで石の拘束を破壊して、まどかを押し出した。

代わりに、杏子がまどかがいた位置に立っている。

弾丸はすぐそこだ。杏子は腕を交差させようと思ったが、左手にある指輪を見て両手を広げた。

これだけは、少しの傷もつけたくなかったから。

 

 

「杏子ちゃんッッ!」

 

 

悲痛な叫びだった。

まどかの目の前で、エネルギー弾が杏子に直撃した。

両手を広げていたから腹部にクリーンヒット。弾丸は肉体を貫き、杏子の体が上半身と下半身の二つに分離する。

 

 

「杏子ちゃん! やだっ! あぁぁぁあッ!」

 

 

まどかは這いずって杏子のもとへ向かう。

しかしユウリはまだ攻撃を止めていなかった。

怪鳥が配達員の恰好をしている手紙の魔女・マルタを召喚すると、二人へ向かわせる。

 

 

「食い殺せ!」

 

 

マルタは命令通り、口を開き――

 

 

『ファイナルベント』

 

 

マルタが今まさに杏子たちに食らいかかろうとした時だ。

魔女の体が真横へ吹っ飛んだ。両足蹴りのせいだ。マルタが向かう先には巨大なブラックホールが待ち構えている。

 

 

『ピギャアアアアアアアアアア!』

 

 

獣帝ジェノサイダーはマルタを闇の中に引きずり込むと消滅していく。

一方でユウリは、振り下ろされたベノサーベルをサイドステップで回避する。

 

 

「退屈してたんだ。お前でいい。遊んでくれ」

 

「いいよぉ? 五分コース。お代は命で!」

 

 

王蛇とユウリは蹴りを交差させた。

その間に、まどかは杏子の上半身を引きずっていく。

 

 

「うぅうぅうう!」

 

 

まどかは涙を流しながら杏子を運んだ。

やがて、大きな木の下にやってくる。幹にもたれかかると、お腹に杏子の後頭部を乗せて寝かせた。

 

 

「へへ……」

 

 

まどかと杏子の目があう。杏子は笑っていた。

 

 

「指輪は無事だぜ。それに聞いてくれよ。アタシ、ユウリを……、攻撃しなかったんだ」

 

「うん……! うん!」

 

「これでいいんだろ?」

 

「うんッ! 偉いよ杏子ちゃんッ! ごめんね! 本当にごめんね。助けてくれてありがとう! 傷つけないでくれてありがとうッッ!」

 

「泣くなよ。可愛い顔が……、台無しだ」

 

 

杏子は変顔をしてまどかを笑わせようとするが、上手くいかない。いろいろ。

 

 

「待ってて、今ッ、治してあげるから!」

 

 

ソウルジェムは無事なのだから、まだ安心できる。

そう思っていたが、まどかは表情を変えた。

杏子のソウルジェムが真っ黒に染まっていたのだ。

 

 

「ど、どうして!?」

 

「……アタシは、バカだから、浮かれて、アンタとの、未来を、想像……しちまった」

 

 

消え入りそうな声だった。

 

 

「海が……、まあ湖でも、川でもいいんだ。とにかくあの炎を消せるような、水があるところがいい。とにかくそういうのが見えるところに家なんか建ててさ」

 

 

白いワンピースを着ているまどかが優しい笑顔を向けてくれる。

その隣を歩くことができるのならば、それだけで幸せだった。

 

 

「しばらくは二人がいいけど、やっぱりガキも欲しいな。行き場がなくて困ってるやつにアンタのやさしさを与えてあげたい。そしたらきっと笑顔になるよ……」

 

 

アタシみたいに。杏子は静かに笑った。

 

 

「メシを……、一緒に食おう。それがやっぱり一番だ……」

 

 

アタシは食う専門だからあんたが用意してくれよ?

わかってるよ。怒んなよ。ちょっとは手伝うさ。

 

 

「みんなで笑って……、それはやっぱり楽しかっただろ? なあ、アタシ」

 

 

杏子は闇が渦巻くソウルジェムを掴んだ。

 

 

「でもッ、そんな光景は……、ありえない」

 

「ッッ!」

 

「わかるだろ? アタシの体はくせーんだ。どこを嗅いでも血の臭いがする」

 

 

やっぱ、そんな資格、どう考えても、ないんだよ

 

 

「汚い腕じゃ、誰も抱けないんだ……!」

 

 

杏子は泣いていた。

その時、まどかは大きな過ちを犯していたのだと理解した。

幸福を思い出してほしかった。忘れたならたくさん与えて、その尊さを知ってほしかった。

 

だが幸せでは、杏子の闇を殺せなかった。

むしろより深く自覚してしまう。与えられる資格がないと。

だから絶望する。なにより優しい杏子は、己が歩んだ道を割り切れなかったのだ。

少なくとも抱いた殺意と命は本物なのだから。

 

 

「待ってて! 待っててね! グリーフシードの予備が……!」

 

 

杏子を運ぶ際に天使を飛ばしてグリーフシードをホテルから回収していた。

だからそれを使ってとりあえず杏子を落ちつけよう。

そう思ったのだが、服をどれだけ探ってもグリーフシードが見つからなかった。

 

 

「そんなっ! どうして!?」

 

 

まどかは辺りを探すが、どこにもなかった。

それはそうだ。まどかのグリーフシードは上にあった。

太い枝。そこにグリーフシードが浮いている。

一瞬、景色が歪む。寝転んでいる神那ニコと、控えるバイオグリーザの姿があった。

 

 

「……恋は盲目、ってね」

 

 

まどかが必死に杏子を運んでいるものだから、簡単に抜き取ることができた。

それに気づいていないまどかは、ぐずりはじめてしまう。

すると彼女を落ちつけるように、杏子が腕を伸ばして頬を撫でた。

 

 

「いい。これで、いいんだよ……」

 

「よぐないよ゛ッ! いいわけない! せっかく、せっかく杏子ちゃんとッッ!」

 

「優しいな……、沁みちまう」

 

 

杏子の目から涙が溢れた。

皮肉なものだった。まどかを愛してしまったから、杏子はまどかの人生を一番に考える。するといらないのはどう考えても佐倉杏子だった。

 

罪にまみれた女は女神の傍にいてはいけない。

汚れてしまう。堕天使は地獄に落ちるべきである。

って、父さんなら言う?

 

 

「わたしはそれでも! 杏子ちゃんと一緒がいい! みんなで一緒に生き残って、それで……!!」

 

 

これでは杏子を救うことができなかった。

死期を早めただけ。殺しただけだ。

違う。こんなのは望んでない。まどかは涙を流す。

 

 

「ありがとう。そう言ってくれただけで十分だよ」

 

 

幸福だった。多くの命を奪った自分が浴びるには不釣り合いなほどの。

 

 

「傍にいてくれ。ギュッて、してくれれば、アタシはそれだけでいいんだ」

 

 

まどかは何も言えなかったが、とにかく杏子を抱きしめた。

杏子はというと、笑った。

嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。

まどかの温もりを感じるため、まどかの腕に触れる。

しかしその時、それを否定するようにソウルジェムが淀む。

 

 

「ぐぅうああ!」

 

「ッ! 杏子ちゃん! 待ってて! 今グリーフシードを探してくるから!」

 

「やめてくれ! もう無理だ! もう間に合わない!」

 

「でも!」

 

「傍にいてくれ! 一人にしないって約束してくれた!」

 

 

まどかは悔しげに俯いた。

悔しくておかしくなりそうだった。

しかしそれでも、杏子のために彼女を抱きしめた。

 

 

「傍にいるよ。ずっとッ!」

 

「サンキュー……な。でも、もういっこだけ、本当に……これ、が、最期。一生のお願いだから……」

 

 

杏子はソウルジェムを分離させ、まどかの前に持っていく。

 

 

「キス、してくれよ。とびきり激しいの。アタシを壊しちまうくらいのヤツさ」

 

 

それは、あまりにも残酷な提案だった。

杏子もわかっている。

しかしそれでも、己の最期を神ではなく、まどかに決めてほしかった。

 

 

「やだよぉ……!」

 

 

まどかはボロボロ泣いていた。

杏子も泣いていた。

しかしソウルジェムが濁る。

杏子は目を見開き、苦痛に叫んだ。

 

 

「杏子ちゃん!」

 

 

まどかは見た。

杏子の瞳の奥にそれはいた。

馬に乗って、コチラに向かってくる。パカラッ! パカラッ! パカラッ!

 

 

駆けよ! 武旦(ウーダン)――!!

 

 

「魔女が……! 来るッッ!!」

 

 

杏子が言った。それが合図だった。

まどかは杏子のソウルジェムを手にすると、キスをした。

そして、砕ける音がした。

まどかの口から、血に混じってソウルジェムの破片が零れる。

まどかは下を見た。杏子は微笑みながら死んでいた。

 

 

「うぅぅうぅ! うあぁぁあああぁあ!」

 

 

まどかは杏子を抱きしめて泣いた。ただひたすらに泣き続けた。

 

 

「ォオオオオォオオオ!」

 

 

趣の魔女の笑い声に混じって王蛇の咆哮が聞こえ。。

戦意は消えておらず、むしろ殺意はなお膨れ上がるものの、四肢のない状態ではバイザーにカードを入れることさえできない。

ユウリは笑い、魔法陣を乗せた銃口を向けた。

 

 

「不意打ちってもんがこの世にはあるんだ。初めて食った? 食あたりならゴメン」

 

 

顔の左半分が融解しているが問題ない。

体は傷だらけだがソウルジェムはまだ無事なのでいい。

後ろから走ってくるベノゲラスが到達するよりも先に、ユウリは引き金をひいた。

 

 

【浅倉威・死亡】【佐倉杏子・死亡】

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、王蛇チーム完全敗退】

 

 

 

 

 

 

 

織莉子は目を見開いた。

目の前では、まどかたちが話をしている。

 

 

(なんて鮮明な未来……!)

 

 

これほどまでに、何が起こるかを理解したのは初めてのことだった。

 

 

「どうした? 気分が悪そうだが」

 

「い、いえ、なんでもありません。少し疲れてしまって」

 

「そうか。まあ、もう決めることは決めたし、私たちは帰るよ」

 

 

サキたちが席を立つ。

織莉子はため息をつく。つくづく哀れで愚かだ。

しかし王蛇ペアが消えてくれるのは大きい。

考えた結果、織莉子が選んだのは沈黙だった。

 

 

まどかたちが歩いていると、一台の車が通りすぎる。

後部座席に乗っていたメガネの男、十川(とがわ)十三(じゅうざ)は、ぼんやりと外を見ていた。

 

 

「私は動く」

 

「はい?」

 

 

運転していたのはサングラスをかけた恰幅のいい男、尾賀松(おがまつ)だ。

 

 

「格言だよ」

 

「はぁ。すいやせん、学がないもんで」

 

「オレもそうだ。でもお前は聡明だ。ついてきてくれた」

 

「あたしは、坊ちゃんに恩がありますので……」

 

「見てみろ。誰も何も感じてない」

 

 

ラーメン屋には人が並んでいた。パチンコに入っていく人間もいる。

父も、その仲間も同じだった。

見滝原を出たいという自分を臆病者だとあざ笑った。

頭がおかしいと噂されているのは魔女を見たと言った時からだ。

あとはもうひとつ、きっと自分が愛人の息子だからだろう。

 

 

「武器が突然無くなったのも魔女の仕業だ。親父たちは盗まれたと思っているが、そうじゃない」

 

「はぁ」

 

「滅びるよ。見滝原は」

 

「坊ちゃんがいうなら、そうなんでしょう」

 

「麻薬なんて売ってる暇があったら逃げればいいのにな?」

 

 

十川は景色を見るのをやめた。前を見るためだ。

 

 

今日も、風は強い。

 

 

 

 

 

 

佐倉杏子の殺し方

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い髪のシスターが河原を歩いていた。

ずっと目を閉じているが、躓いたり、何かにぶつかる様子はない。

盲目なのではない。逆だ、彼女は全てを視ている。

 

 

「神に唯一の間違いがあるとすれば、人間を作ったこと以外にはないだろうと申し上げ奉る」

 

 

目を開く。普通の眼球ではない。六角形が張り巡らされている。

"ゴッド・アイ"。その目は多くの見えないものを閲覧できる。

たとえば『織莉子が視た未来』を覗き見ることもだ。

 

 

(鹿目まどか。恐ろしきかな。あれほど簡単に目的別の天使を生み出すか)

 

 

シスターは捨ててある雑誌や漫画の前で立ち止まる。

そこで何枚か写真を取り出した。

かつてシルヴィスがバラまいたものと同じものだ。佐倉杏子が見た最悪の光景が記録されている。

 

 

「しかし、まったくもって愚かなりや、佐倉杏子」

 

 

シスターは写真を雑誌の上にバラまいた。

そこには何も写っていなかった。真っ黒な写真。それはつまり――

杏子が見たものが、『嘘』であったことを意味している。

 

 

「幻影を信じ、存在しない少女の死体に絶望す」

 

 

シスターの名前は、ロズビー。

またの名を、"バズスティンガー・ホーネット"。

赤い蜂の化け物は、先端に蜂の尻がついた槍をふるった。

出るのは針ではなく炎だ。真紅が雑誌や漫画を包み込み、一瞬で灰に変えた。

 

 

「神が道化であり続けてもらわねば困ると言う。佐倉杏子」

 

 

ホーネットはロズビーに戻り、歩き出す。

 

 

「フールズゲームの道化でな」

 

 

それはそれは下卑た笑みを浮かべた。

 

 

そして、時は流れ。

 

 

虹色の空。砂の大地。

ギアが差し出した手をこともあろうに払い、それだけではなく一撃を食らわせる。

おお龍騎、お前はなんという大罪人か。

それが彼女の動きを鈍らせた。その結果、佐倉杏子の拳が頬に抉り刺さる。

 

 

「グゥッッ!」

 

 

砂の上に倒れたロズビーは思い出す。

真に愚かなのは、どちらだった?

もしもあそこで書を燃やさず、鹿目まどかの曇りなき輝きにほんの少しだけ赤い点を入れることができていたのなら、こんな未来にはたどり着かなかったかもしれない。

 

 

「実に、面白い……!」

 

「アァ?」

 

「佐倉杏子、覚えよ。私がお前を殺すなりや」

 

「上等だ! ゲームで決着をつけようぜ!」

 

 

答えの地で会おう。

ロズビーは新しい世界を、確かにその眼で視たのだった。

 

 

 





今回R-18にした一番の理由が、麻薬が出てくるというのと、幻想といえど関係して幼い子供が犠牲になるというところ。
あとは何よりそれらの行為にスポットを当てて、絶対にやってはいけないものであるという念押し描写が足りないかなというところで、倫理的な意味を込めてと年齢制限を上げました。

まあまあ、もちろん皆さん絶対にわかっていると思いますし、手に入れることなんてないとは思うのですが、改めて麻薬は犯罪ですし、そもそも己の体を傷つけるものなので絶対に使用しないようにしてくださいと!
そういう感じでございます。ええ(´・ω・)b

でまあ、どうせR-18にするなら、えちえちにしたろうということだったのですが、前書きのとおり初めはこれを本編にするつもりでした。
もちろん描写は抑え気味にしてましたけど、結果的にまどかが杏子を殺すということですね。
とはいえやはり個人的に、まどかはもうちょっと皆のものであり、聖域的な感じでいてほしかったということもあって、没にいたしました。


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